光の戦車と黄金皇帝 〜秘密の妃は素直じゃない

有馬 礼

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第2章 光の戦車は照れ屋さん

6 光と闇の和合

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 レイフは火の精霊の剣を手に現す。

「自分のしてることの意味がわかってるのか? 今すぐ去れ」

 警告を与えるが、マークは意に介さない。

「レイフ、私とひとつになろう? 光と闇の和合を成し遂げるんだ」

 女性をエスコートする時のように、手を差し伸べてくる。この手を取れ、ということか。

「いきなり何言ってんだ。てめーもイカれた野郎だな」

 レイフは嫌悪感を露わにする。

「私たちが力を合わせれば、この夕闇の世は、ひとつに調和する。要素は4つに分離して、愛と憎しみが分離したこの世が、ひとつになるんだよ? さらには、光と闇の世界も。貴女の力が必要だ」

 マークは唇をきゅっと吊り上げて笑う。

「そんなもの。私は望まない」

 レイフは硬い表情で言い捨てる。

「レイフ、貴女は悲しくないの? この分離を見て」

「私はこの世界を、この世界のままで愛している。お前が言うところの分離こそ、私が愛するものだ」

「やれやれ、貴女は何も分かってない」

「分かる必要なんてない。この美しい世界に手を出すな。いるべき場所に戻れ」

 マークは笑顔を崩さない。

「では、貴女が封印したネクロマンサー、あの棺を私に譲ってほしい」

「断る」

「そうか…。では、奪い取るまで」

 マークは精霊を現す。しかしそれはレイフや王太子と違って具体的な形を取らなかった。陽炎のようにぼんやりとゆらめいている。だが、力が弱い者の精霊とは全く違う。これは意図された姿だ。
 マークがさっと手を振ると、4体の精霊はお互いに混ざりあって、大蛇のようにのたうつ。

 ドラゴンが咆哮と共に口から炎を吐き出す。

 精霊もそれに応じて色とりどりのビーズをぶちまけたような1枚の壁に変化すると、炎を受け止める。炎は、壁に触れると吸い込まれるように消える。
 レイフは目を疑う。

「消えた…?」

「これはね、『混沌』だよ」

 マークが楽しそうに言う。

「4つの精霊が和合した、究極の形。これに、私の闇と貴女の光のが合わさることで完全になる」

 レイフの水のランスが現れ、壁に突進、激突する。雷のような大音響が轟き、空気がビリビリ震える。
 壁にヒビが入り、四散する。マークが僅かに目を見開いた。
 その隙を突いてドラゴンが突進する。吐き出した氷の息は、マークの放った『混沌』により霧散する。

「消される。全てを混沌に変えてしまうんだ」

 ドラゴンが呻く。ドラゴンが振った丸太のような尾を、マークは間一髪避ける。

「そう。混沌は全ての要素を受け入れ、ひとつにする。火も水も。愛も憎しみも、喜びも悲しみも、生も死も。この、分離の哀しい世を、調和するんだよ」

 マークはうっとりした表情で言う。

「余計なことするんじゃねえよ。引っ込んでな」

 レイフは嫌悪感を隠さない。
 緑の巨大なクロスボウの姿をした風の精霊が矢を射かける。混沌の壁が砕け、巻き起こった爆風でマークが吹き飛ばされる。
 マークは跳ね起きざまに、手を真横に薙いだ。球状の混沌が放たれる。土の精霊である金色の投石器が岩をぶつけ、爆発が起こる。ドラゴンは翼を開いてレイフを守った。

「ありがとう、ドラゴン」

「レイフ、降りてくれ。俺の炎や氷はあいつの混沌に敵わないけど、物理的な力なら負けない」

「わかった」

 レイフはドラゴンの背中から飛び降りる。
 ドレスではなく、レイフの体型に合わせて小さく仕立てた騎士服を着ていてちょうどよかった。
 ドラゴンは咆哮を上げ、マークへ突進する。危うく避けたマークを追い、尾を振る。マークは混沌の壁を作り、尾の直撃を防ぐ。

「君にはこの子と遊んでてもらおう」

 地面に黒い円が現れる。ドラゴンは翼を開いて上空へ逃れる。
 地面に突如開いた暗い穴から現れたのは、双頭の大蛇だった。黒に近い深緑の鱗が、滑るような光を放つ。大蛇が地上に這い出すと、穴は何事もなかったかのように掻き消えた。
「親戚でしょう? 仲良くするんだよ?」

 マークは蠱惑的に笑う。

「親戚じゃねえ。一緒にすんな」

 ドラゴンは地上に降り立つ。双頭の大蛇は、その2つの頭部それぞれから、炎の舌と氷の舌をチロチロと見せていた。
 マークは自分に目掛けて突進してくるランスをかわす。

「今、竜と話しているところだよ。野蛮な人だな、貴女は」

「ドラゴンとおしゃべりしてくれと頼んだ覚えはねえな」

 レイフは火の剣を構える。ドラゴンが吐いた炎の息の熱風が、レイフの長い髪をなびかせる。
 レイフが地面を蹴る。マークがなんとか反応したとき、既にレイフは眼前に迫っていた。混沌の盾で間一髪火の剣を防ぐ。全力で押し返そうとするが、逆にギリギリと押し込まれる。女の力ではない。なんとかレイフを弾き返すが、レイフはもう一度地面を蹴ると、身体を捻って剣を打ち下ろす。マークは防戦一方となって、レイフの剣をなんとか防ぐ。土の投石器から放たれた岩が混沌の壁にぶち当たってヒビをいれる。
 ランスとクロスボウはドラゴンに加勢していた。大蛇の胴体にはクロスボウの矢が深々と何本も刺さっているが、全く力は衰えていない。突進してきたランスを尻尾で絡め取ると、地面に叩きつける。そうしながらドラゴンの炎の息を氷の息で相殺する。ドラゴンは宙に舞い上がると、足の鋭い爪で大蛇の頭に掴みかかる。大蛇が身をくねらせてかわしたところに、ランスが氷の頭に突き刺さる。

 ギャアアアアアッ

 大蛇の氷の頭が断末魔の叫びと共に氷の息を吐き出す。ドラゴンは咄嗟に空中で身体を捻るが、片方の翼が氷の息に触れ、凍りつき、バランスを失って地上に落下する。
 そこへ炎の頭が大きな口を開けて迫る。風のクロスボウが連続射撃で牽制する。
 ドラゴンはなんとか身体を起こすが、凍った翼はすぐには戻らない。ランスは大蛇の頭部から自身を引き抜き、クロスボウと共に、ドラゴンと大蛇の間に割って入る。

「ドラゴン!」

 レイフは視界の端に半身が凍りついたドラゴンを捉える。

「余所見をしてるとは、余裕だね」

 マークが上から下へ腕を振り下ろす。混沌が形を変えて鞭になり、レイフの身体を打つ。まともに食らってレイフは地面に仰向けに叩きつけられてバウンドする。焼けつくような痛み。思わず手放した火の剣が跳ねあがり、さらにレイフの身体に巻きつこうとする混沌を断ち切る。
 土の投石器が僅かに隙が生じたマークに向けて岩を放つ。岩は混沌の壁にぶつかって、なお速度と重みを増す。マークはそのまま後ろに吹き飛ばされる。
 レイフは痛む身体を叱咤して飛び起きると、ドラゴンの元へ走った。射程距離ぎりぎりに近づいて、大蛇に向けて腕を伸ばす。

 封印。

 4つの要素を結晶化することで魔物をその中に閉じ込めることができる、精霊使いの守護者だけが使える術だ。大蛇は黒い水晶のようなものの中に閉じこめられて動きを止めた。

「ドラゴン、大丈夫か!」

「ああ、助かった…」

 ドラゴンが翼を打ち振って氷をふるい落としたその時。ドラゴンとレイフの間に緑の陽炎が立った。
 「現れ」の術だ、と思った時には脇腹に鈍い衝撃を受けていた。本能的に火の剣を手に呼び戻し、現れたものに向けて薙ぐ。マークの左腕、肩から少し下からが、身体を離れて宙を舞い、地面に落ちる。鮮血が噴き出す傷口を押さえ、マークが地面に膝をついた。
 レイフは2、3歩後ずさると、尻もちをつく。左の脇腹には、短剣が突き立っている。

「レイフ!!」

 ドラゴンは雷のような声で絶叫すると、短い前肢でレイフを抱き上げ、空に舞い上がる。レイフを背に乗せている時は到底出さないような速度で、矢のように王宮を目指して一直線に飛んだ。飛びながら、レイフの魂を繋ぎ止めるために自身の魂の要素を与え続ける。

 ドラゴンは王宮正面の庭園に着地する。地面を滑って速度を殺す。美しく整えられた花や木々が一瞬で踏み潰された。構わずにドラゴンは王宮のどこかにいる王太子の魂に向けて叫んだ。

「王太子、来てくれ! レイフが負傷した!」

 雷のような声は、王宮の窓ガラスをビリビリと震わせた。
 その声は、宰相と打ち合わせをしていた王太子にも届いた。ザッと血の気が引くのを感じ、弾かれたように椅子から立ち上がる。

「すまない、続きは精霊と頼む」

 何とかそう言い置いて、精霊をその場に残すと、執務室を飛び出した。ディクスが後を追う。

「僧侶を」

「既に手配しました」

 王宮の廊下を全力疾走で駆け抜けながら、最低限の会話を交わす。

(レイフ、死ぬなよ…!)

 この前のレイフの様子が脳裏をよぎる。彼女が視たものは、これだったのか? もしかしたら彼女は…、訊かないでくれと言ったのは、こういうことだったのか? 嫌だ、考えたくない。

 王太子はドラゴンが降り立った王宮の正面を目指す。階段を駆け降りるのももどかしく、長い階段の中程から飛び降りる。文官のディクスはついて来られないが、気にかけている暇はない。先程のドラゴンの声に怯え、廊下でまごまごしている者たちを置き去りにして駆ける。

「レイフ!」

 王宮の正面に走り出る。

「王太子!」

 ドラゴンが狼狽しきった様子で、縋るように王太子を見る。
 その手の中にぐったりとして横たわっているのは、紛れもなくレイフだった。騎士服の肩は布地が裂けて血が滲んでおり、なによりも、左の脇腹には短剣が突き立っていた。

「アー、ルト…」
 
 レイフは苦痛に蒼白の顔を歪めながら、短剣に手を触れる。王太子は咄嗟にその手を押さえた。

「だめだ抜くな。血が溢れる」

 王太子は血まみれのレイフの手を握る。

「僧侶を呼んでいる。もう少しだ」

 レイフはドラゴンの手の中で力なく頷いた。
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