朱色の雫

弦景 真朱(つるかげ しんしゅ)

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第一章 ナルス

六芒の籠目と蔓の部屋

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 あれから白蓮伯父上とは会っていない。というのも、伯父上がお忙しい。夏采かさい殿も、またお使いか何かでご不在なのを見ると、何やらきな臭いことが起こっているのだろう。
 少しだけ気がかりになりつつも、目先の重要事項である、夏采殿から言われた、六芒の一人籠目の締め上げ方を、ぼんやり考えながら歩いていた。
 どんな属性の、どんなやつなのか。知らないことには、効果的に締められない。

「朱己、どこ行くんだ?」
「あ、夏能殿。この前、夏采殿が捕らえてきた、籠目のところに行こうと思っています」

 そう、夏能殿の兄、夏采殿は国外を見回っているときに六芒の襲撃を受け、半殺しにしただけでなく捕らえてきたのだ。

「そうか、気をつけろよ。兄貴にボコボコにされたとはいえ、六芒だからな」
「はい、肝に銘じます。大丈夫です」

 夏能殿は少し心配そうにしていたが、一礼して牢屋へと向かった。

 隠密室が管理する、対能力者用の牢屋。そこに、青あざを作った、髪の長い性別不詳の者がいた。

「お前が、籠目か?」

 正直、髪の毛が長すぎて顔も見えない。夏采殿が半殺しにしたせいもあるのか、ところどころ髪の毛は血で固まっているようだ。

「そうよ。あんた、誰?」

 声が低い。
 正直な第一印象だった。

「私は朱己。罪人時雨の姪だ」
「あっそ。あんたが時雨様の……」

 髪の毛の隙間から、こちらを見ているのか、少しだけ体が揺れた。手足が拘束されているため、髪の毛を避けられないのか、少し頭を揺すっている。

「あたしは籠目。六芒の、一人。時雨様の目的は知ってんの?」

 目的。
 知らない、と答えるべきなのか、今の時点でわかっていることを答えるべきなのか、少し迷った。

「……偲様のセンナの回収か?」
「へえ。他には?」

 他には?
 そう問われると、少し考えてしまう。そもそも、時雨伯父上が六芒にどこまで話しているかわからない。下手にこちらの手を明かす必要もないし、答える必要はないように思う。口を閉じると、籠目は静かにこちらを見て、口を開いた。

「……へえ。言わないんだ、まあいいか。一つ教えてあげるわ。味方に背中を見せないことね」
「それは、どういう意味だ?」

 思わず眉間に皺が寄る。
 その反応が面白いのか、籠目はにたにたと嗤っていた。

「さて、と。仕事も終わったし、……市松ー」

 籠目は囁くように、しかし確かにその名を口にした。次の瞬間、黒い闇の空間が目の前に広がった。

「遅いわよぉ、市松ーー」
「悪い悪い。少し立て込んでてよ」

 そこに現れたのは、よく見知った顔だった。
 いつものように軽い口調で現れたかと思えば、こちらを見て笑顔で手をあげてくる。
 対照的に、私は信じられないものを見ているせいか、目が釘付けになり動けない。

「よお、朱己。さっきぶりだな」

 そう、さっき廊下であったばかりの。
 父の対。

「か……夏能、殿」

 何かあったのか、と言わんばかりに、小首を傾げている夏能殿は、いつもどおりだった。
 ただ、横にいる六芒の籠目の存在が、夏能殿が私の知らない一面を持っていることを肯定していた。

「朱己、あの時の攻撃は効いたぜ。なんたって遠慮なくボコボコにしてきたもんな」

 軽口を叩くように笑う夏能殿はよく知っている人だ。
 まだ信じられない、往生際の悪い自分がいた。

「夏能殿、なにかの……冗談、ですか?」

 私の問いかけに、いつもどおりの屈託のない笑顔で、こちらを見る。

「俺は、六芒。六芒の市松だ。以後、お見知り置きおぅ。聞いたことあるだろ?」

 神経を逆撫でするかのような挨拶。間違いない。間違いない、という事実が絶望を駆り立てる。

「ですが、市松は、市松のセンナは! 久岳を乗っ取ろうとしていたではありませんか……あれは、夏能殿のセンナではありませんでした!」

 口に出しながら、顔はきっと青くなっているのだろう。きっと、手は震えているのだろう。自分の体なのに、神経が通っていないように感覚がない。

「俺がいつ、センナが一つだって言ったよ?」 

 その目は、ひどく冷たかった。
 にわかには信じがたい発言で、私の頭の中を何度も何度も言葉が駆け巡る。
 センナが、一つではない。
 どういうことなのだろう。
 私の、いや、この国の常識が目の前で覆されようとしている。

「早く行きましょ、市松。また怒られるわよぉ」

 隣で退屈そうにしている籠目は、いつの間にか対能力者用の手錠を外し、手首を回していた。

「そうだな。……と、その前に朱己。これは、この前のお返し、だ!!」

 唐突に目の前に移動する夏能殿。
 黒く渦巻いた闇をまとう、右腕。
 閃光よりも早く右手を打ち込んでくる。
 反射的に右腕でかばうが、衝撃波とともにいとも簡単に吹き飛ばされた。
 壁に激突する前に炎をまとい防御する。
 致命傷にはならなかったものの、畳み掛けられる攻撃は避けきれない。

「おらっおらぁ!!」
「っ!! がはっ」

 自分ごと、壁を突き抜けて牢屋から押し出される。
 壁を突き抜けた背中に響く痛み。
 右腕の防御がなければ、今頃体は蜂の巣状だろう。おかげで、右手の義手は見るも無惨な姿になっている。

「っ、か、夏能……殿、お待ち下さい……っ」

 瓦礫の中で体を起こす私に、見下すように冷たい目を向ける。
 普段の太陽のような、明るい笑顔の夏能殿からは、全く想像の出来ない目に、背中が冷えるのを感じた。

「なんだよ」
「いつから……そちら側に?」

 違う。こんなことを聞いても意味がないのは知っている。時間を稼ぎたいわけでもない。引き止めても意味はないだろう。わかっている。瓦礫の山から立ち上がり、朽ち果てた右腕の義手を捨てる。
 それでも。
 炎の力で取り急ぎ右腕を再現し、同時に右腕を突き出して、籠目と夏能殿を炎で囲むように、円を描いた。

「逃がすわけには行きません……夏能殿」
「じゃあ、どうするってんだよ」

 面倒くさそうに頭を掻く夏能殿は、こちらを睨みながらため息を吐く。

「夏能殿を、止めます」
「馬鹿じゃねえからわかると思うが、こっちは二人、お前は一人。分が悪い勝負は辞めたほうが身のためだぜ」

 笑顔で頷く籠目。
 長い髪の毛を後ろにかきあげると、顔に大きな傷跡がある。

「そうよぉ。時雨様に、あんたはまだ無傷で残しとくように言われてんの! わかったらしっぽ巻いて逃げな」
「時雨伯父上に……」

 にたりと笑顔でこちらを見る籠目は、相変わらず性別不詳だった。夏能殿よりも高い背丈であることに少し驚いた。

「味方を呼ぶことは推奨しねえ。余計な死人を出すだけだぜ」
「ちょっとぉ市松、朱己のことは殺しちゃだめなのよねぇ? でも、味見くらいならいいかしら?」

 目の色が変わったのを見逃さなかった。
 私が逃げ道を作るより早く形成される空間。
 蔓が一瞬であたりを埋め尽くし、蔓の外側を夏能殿の闇属性の空間が囲む。

「あーそびーましょっ」

 不気味な笑みを浮かべた低い声が、私を歓迎していた。
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