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第一章 ナルス
私の居場所
しおりを挟む十二祭冠の組分けも終わり、会合は幕を閉じた。
突撃組に一言声をかける。
「出立は、明朝。それまでに準備しておいてくれ」
部屋に戻り、少しだけ仕事を片付ける。
胸がそわそわして、落ち着かない。
父は、夏能殿の居場所を、あの球から逆探知できたのだろうか。
終わった仕事と終わらなかった仕事を仕分けし、妲音の元へ持っていく。いつもは朱公に任せるのだが、今回は朱公にも着いてきてもらうため妲音に預けて行くことにした。
「妲音。私だ……いる?」
「どうぞ、朱己」
男の声がして扉を開ければ、目を真っ赤にした妲音と、それを宥める光琳がいた。
「だ、妲音……どうした?」
「仕事の書類だよね、そこの卓へ置いてくれるかな?」
思わずたじろぐと、光琳が笑顔でこちらを見て、指をさす。言われたとおり仕事を卓の上に置き、妲音の近くに腰掛けると、妲音は嗚咽を漏らしながらこちらを睨んできた。
「……くっ……う、なんで……なんであなたがっ……うっ……」
申し訳ないがさっぱり言いたいことがわからない、と思いながら光琳をちら見すると、苦笑いしながら教えてくれた。
「妲音は、君が白蓮様から、名指しで行くことを強制されたことが、納得できないみたいで」
強制。
あの場だけだと、確かに私はもう否応なしに行くことになったと見える。私は妲音の手を握ると、むせび泣く妲音に静かに話しかけた。
「……妲音。ありがとう。大丈夫だから、私は納得して、白蓮伯父上に着いていく。だから心配しないで。必ず、帰ってくるから」
俯く妲音を下から覗き込むように見上げれば、妲音は大粒の涙を零しながら、こちらを見てきた。
「大丈夫。必ず、なんとかする」
本当だろうか。
不安な気持ちが、ないと言えば嘘になる。
だけど、昔の私なら、伯父上を捕らえて処刑さえできれば、死んでもいいと思っていた。でも今は違う。
「……私、夏能殿と対峙したとき、死ぬのが怖いと思った」
「……え?」
「殺されるってこういうことなんだって、遺していくってこういうことなんだって思ったら、怖かった。でもそれは、遺していくのが辛いくらい、大切な存在が居てくれるって理解したからだよ」
自分にそれを、気づかせてくれた人たちがいる。
命を賭けて、助けてくれた人がいる。
命をもって、遺された側の辛さを教えてくれた人がいる。
自分が帰ってくることを、信じて待ってくれる人たちがいる。
「私、必ず生きて帰ってくるから」
生き抜く覚悟。
私の言葉を、静かに聞いていた妲音は、覆いかぶさるように抱きついてきた。
「約束……っで、すわよ……うっ」
光琳も隣で微笑んでいた。
私も妲音の背中を擦りながら、頷いた。
「母様も、兄様も、葉季も高能も伯父上も。みんな生きて帰ってくる。約束する」
不安がないと言えば嘘になる、それでも。
生きて帰る。そう誓った。
ーーー
妲音のことを光琳に任せて、部屋をあとにした。
自分のためにも、心の整理をしておきたいと思い向かう、いつもの場所。
自分が力を暴走させてから、出入り禁止になっていた秘密基地。
久々に来てみると、あのときのまま、焼け野原で穴ぼこだらけの、見るも無惨な状態になっていた。
「酷い状態……改めて大変なことをしたのね」
あの時、夏能殿も助けてくれたと聞いた。
命がけで、助けてくれたのに。
あれさえも、演技だったのだろうか。
そんなことを考えながら歩いていたら、足元に石盤の欠片が落ちていた。
「これ……」
こうちゃんの、墓石。
そう思って拾い上げれば、小さな欠片は崩れ去ってしまった。
「……こうちゃんの、センナと同じ……」
灰になって消える。センナのように。
脳裏を過る、死。
脳内を駆け巡る、殺した婚約者の記憶。
胸を抉る、殺される瞬間の恐怖。
手が震え、足がすくんだ。
目を伏せて深呼吸する。
大丈夫、大丈夫。生きる。
こんなにも、不安で押し潰されそうなのに。
「朱己!」
突如背後から物凄い勢いで抱きとめられ、心臓がはねた。
「……どこに行ったかと思ったが。やはりここだったか……」
はぁ、と息を切らしているのがわかる。
私の肩に置かれた彼の顎。
こころなしか震えている手と、荒い息を感じて、探し回ってくれたのだとわかる。
「葉季……ごめんなさい」
「……勝手に、居なくならんでくれと、何回言ったと思って……はあ」
彼の腕は私から離れ、私の背後で、崩れるように地面に座り込んだ。
「だ、大丈夫!?」
「心配いらぬ、息が切れただけだ」
彼の目の前にしゃがみこめば、彼は手を左右に振りながら笑った。
「……先程、父上に尋ねたが、何も教えては貰えなかった。お主も、わしに言えんことがあると思う。無理に言う必要もない」
諦めたように笑う葉季は、息を整えながら、少しだけ汗ばんだ手で、こちらの手を握ってきた。
「本当ならお主が背負うその大量の重たそうな荷物を、わしが半分貰いたい。しかし、それは恐らく長の荷物。わしがもらうことはできん」
心がぐっと重くなった。
そうだ、誰かに預けることなんてできない。
私が背負わなければならないのだ。
なのに、その事実が酷く恐ろしい。
言葉の続きを聞くのが怖くて、目を瞑った。
「だが、不安とか葛藤はお主の心で、それはお主のものだ。それくらいはわしにも分けてくれ。お主の不安も喜びも全部、半分わしにくれ」
半分じゃなくてもいいがのう、と笑う葉季は清々しい笑顔だった。
思ってもみない、突き放されると予想していた言葉とは全く違う言葉が降ってきて、動揺する私を見てはまた笑っていた。
「なんつー顔をしておる! 当たり前であろう! 一人で背負う必要はないぞ、心は。ほれ、おいで。朱己」
どうしてこの人は、いつも一番欲しい言葉をくれるのだろうか。
両手を軽く広げて、ほれ、と急かしてくる。
彼のことを思えば思うほど、本音が溢れてくるのだ。気がつけば彼に飛びついていた。
「走ってきて汗をかいた故、少し汗臭いかものう」
「臭くないわ、全然」
笑っている彼の胸に思い切り顔を埋めれば、両腕で抱きしめてくれた。頭を撫でながら、よしよしと言っている声からして、きっと彼は笑っているのだろう。
「……もう少しだけ、このままでいてくれる?」
「勿論」
彼の腕の中で目を瞑って、深呼吸した。
伝い落ちるものが、わからないように。
「わしはずっとそばにおる。なんなら、死ぬときも一緒だ。お主のセンナの暴走を止めたあの日から、ずっとそう思っておる。お主の居場所は、ここだ」
「……ありがとう」
「なんも。必ず生きて戻ろう」
彼の腕に力が篭った気がした。
小さく頷けば、また涙が溢れた。
失いたくない。この温もりだけは。
もう二度と、失いたくない。
出立まで、もう少し。
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