55 / 239
第一章 ナルス
夏采の奪還(上)
しおりを挟む眼の前の夏能殿に我々が驚きを隠せないでいるのと同時に、奥で伯父上が夏能殿に冷たい視線を送っていた。
「夏能。いや、市松。どういうつもりかな」
夏能殿は面倒くさそうに伯父上を見て、頭を掻きながら口を開く。
「宣戦布告は長にするもんだ。こいつらじゃねえよ。それとも殺して壮透を煽るつもりか?」
「ほう……庇ったように見えたのは気の所為か? 市松。壮透への土産のために、というには少し苦しい言い訳だな」
「おいおい。残念ながらそんなんで揺らぐようなやつじゃねえ、ここで殺してもなんの得もねえからだよ。バーカ」
面倒臭そうにしながら我々を一瞥する夏能殿の目は、よく知っているいつもの夏能殿だった。
思わず名を呼ぼうとしたが、母が俺の喉から出る音を奪って声を止める。反射的に母を見れば、母は首を動かすことなく目だけでこちらを見ていた。
「そちらに寝返ったわけではないのか? 市松」
「時雨。わかってんだろ」
試すように笑う伯父上の瞳は、夏能殿を捕えて離さない。感情のない声で夏能殿が答えると、伯父上はまた笑っていた。
何がなんだか、ついていけないと言わんばかりに目を白黒させていたら、母から念が送られてくる。
『百夜。ここで戦うのは得策ではありません、あの銃弾は能力製、それも対空間用。この空間にいる限り逃げ場はなく、少々相手にするのは疲れます。次の合図で、ここからに離れます』
どこへと聞くのは野暮だ。しかし、どこへ。そんな自問自答を繰り返しながら母を見れば、母は笑顔だった。
『大丈夫、夏能殿を見ていてください』
もうなるようにしかならない、と半ば諦めながら夏能殿を見れば、夏能殿は背中で、伯父上からは見えない位置で指を立てていた。
三。
ニ。
一。
次の瞬間、夏能殿が振り返る。
闇属性をまとった手で思い切り地面を殴りつけた。
反射的に打撃を母と跳んで避ける。
生まれる空間の歪み。
思わずたじろげば、母が服の鈴を鳴らし、そこにいる全員の動きを封じる。
『行きますよ! 歪みに飛び込んで!』
先に飛び込む母に続き、歪みに飛び込む。
ビライトに来るときに通った空間のような、ぐにゃりとした通路だった。
「あーあ、頭いいな法華は。うまいこと避けられた挙げ句、逃げられちまったぜ」
遠くで夏能殿の声がする。
夏能殿。まさか。
いや、まだ真意はわからない。
だが、恐らく母にはわかっているのだろう。
母を横目で見れば、母は難しい顔をしていた。
やはり夏能殿は、味方ではないのか。敵なのか。
考えても、答えは出なかった。
ーーー
「せーのっ!」
と言って潜った空間。
その先は、暗い広間のような場所だった。
運良くなのか、三人とも一緒のところへたどり着いていた。目を見合わせて、頷く。
『ここはどこなのかしら』
『少し風で探知してもらうかの』
葉季は手を翳すと、そよ風のように周りへ吹いた。少し経ったあと、葉季の元へ風が帰ってくる。
『近くで血の匂いがするのう。この先だ』
慎重に移動すると、そこには肉片が散らばっていた。思わず目を瞠る。むせ返るほど充満している、血と肉の匂い。鼻と口を手で覆った。
「朱己。よく来た」
ぞわりと悪寒を感じて、声の方を見れば時雨伯父上と夏能殿がいた。
高能と葉季が直様目の前に出てくる。
「騎士気取りか、ふたりとも」
にたにたと笑う伯父上とは対象的に、無表情でこちらを見る夏能殿。
手を握りしめながら構えれば、時雨伯父上の後ろには複数人の銃を構えた人たちがいる。
「鹿の子。朱己は生かして捕まえろ。あとは殺しても構わん」
伯父上は後ろへ下がり、複数人の銃部隊が前に出る。鹿の子と呼ばれた者が複数人のうちの誰なのか全くわからないが、どうやら状況は芳しくないらしい。
気がつけば夏能殿は時雨殿の方へ移動していた。
何かを言いたげな夏能殿に、伯父上は虫けらを見るような目で肉片を見ながら言った。
「私にはまだやることがある。時間を稼いでもらえればそれでいい……千鳥が思った以上に持たなかった。あの役立たずが」
「仲間なのに……」
伯父上の発言に、自然と苛立ちを覚える。
きっとここに散らかっている肉片は、千鳥と言うのだろう。足元に肉片とともに転がるセンナには、微弱な力しか感じない。もう少し経てば何もせずとも灰になって消えるだろう。
「おい時雨!」
夏能殿の声を無視して伯父上は消えた。
やることとはなんなのか。苛立ちを覚えながら、目の前の銃部隊を睨む。自分たちが置かれてる状況も至極悪いことに変わりはない。
葉季が少し眉間にしわを寄せながら呟いた。
『この銃を構えている奴ら、センナを感じないのう』
『確かにそうね、葉季』
『どういうことだよ? センナが無いなんてあり得るのか?』
『これらは能力で生み出されているだけのもので、実態はないのかも。どこかにいるはず』
そして目の前には、夏能殿もいる。
こちらを睨んでいるようにも見える。
そりゃあそうだ、こちらに仲間を二人殺されている。
『とりあえず、こいつらをなんとかしないとね』
『任せろ!』
そう言って高能が勢いよく飛び出した。
高能目掛けて数多の弾丸が飛び出す。
高能の動きに合わせて弾丸が列をなして壁に埋まっていく。
「雷夏!」
クナイをいくつか飛ばして人形を取り囲む。
銃を構える人形たちはことごとく雷の餌食となり、砕け散った。
そして砕け散った人形たちは、またぬるぬると自分で破片を集めて元の姿へ戻っていく。
「なんだ、こりゃ」
高能の口から出た言葉に激しく同意する。
一体、どうなっているのだろう。
それから、高能は何度も技を変えては人形を破壊するが、同じように戻っていく。
『能力者を探さないときりがないわね』
どうやらこの人形に限界はない。そしてこの弾丸にも、限界はないようだ。まるで空間自体が敵かのように。
『高能、人形を引き付けておいて、能力者をこちらで探す!』
こちらの姿が見えるところにいる。
高能の姿を捉えて、あらゆる方向に追っていける。この広間は、太い柱が四本。
『高能、試しに柱に隠れて!』
高能はこちらを横目で見ると、弾丸の雨を避けながら柱の影に入り込んだ。
弾丸は止まない。高能の頭すれすれをミシン目のように撃ち抜いていく。
『分かった、ありがとう!』
柱の影も含めて、死角がない。それは考えられる場所は二つ。
『葉季! 風で天井を端から端まで切り刻んで! 私は床をやる! 空間中が敵の攻撃可能範囲かもしれない!』
『この空間自体か、相わかった!』
葉季もわかったのか、飛び上がると天井へ向かって技を仕掛ける。
「風華!」
激しい花吹雪のような風が、天井を完膚なきまでに破壊していく。さすがとしか言いようがないその様を見ながら、床に向けて手を差し出せば、床一面炎の海へと変わった。
その瞬間、どこからかうめき声が聞こえてきた。
「うぐ、うぅううぁ」
そして銃を乱射し始める人形たち。
高能が弾丸を雷で撃ち落とすが、次々に撃ち込まれる弾丸は一向に減らない。
「しゅ、き、は殺さナイ」
うめき声の主が、確かに言った言葉。
「う、ぐううぅぅうぅぅう」
崩れ落ちる天井、崩壊する床。
瓦礫に巻き込まれそうになるのを炎の膜で防御すれば、葉季も風で防御しているのが見えた。
『高能! 無事か!』
高能を探すが見当たらない。人形の操り主であるうめき声は、叫びながら崩れる床とともに下の階へ落ちていく。
「高能!」
念を使わずに叫べば、下に落ちた瓦礫の中から声がする。
「いってえ! 防御ミスった!」
瓦礫の上に立ち上がる高能を見て安堵するもつかの間、彼の後ろに謎の影。
「高能! 後ろ!」
私の声に高能が気づいたときには、その影は最後の力と言わんばかりに力が荒れ狂い、制御不能になっていた。
「まずい!」
葉季とともに高能のところへ移動した瞬間、その影は眩い閃光とともに大爆発を引き起こした。
0
あなたにおすすめの小説
初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
少し冷めた村人少年の冒険記 2
mizuno sei
ファンタジー
地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。
不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。
旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
転生騎士団長の歩き方
Akila
ファンタジー
【第2章 完 約13万字】&【第1章 完 約12万字】
たまたま運よく掴んだ功績で第7騎士団の団長になってしまった女性騎士のラモン。そんなラモンの中身は地球から転生した『鈴木ゆり』だった。女神様に転生するに当たってギフトを授かったのだが、これがとっても役立った。ありがとう女神さま! と言う訳で、小娘団長が汗臭い騎士団をどうにか立て直す為、ドーン副団長や団員達とキレイにしたり、旨〜いしたり、キュンキュンしたりするほのぼの物語です。
【第1章 ようこそ第7騎士団へ】 騎士団の中で窓際? 島流し先? と囁かれる第7騎士団を立て直すべく、前世の知識で働き方改革を強行するモラン。 第7は改善されるのか? 副団長のドーンと共にあれこれと毎日大忙しです。
【第2章 王城と私】 第7騎士団での功績が認められて、次は第3騎士団へ行く事になったラモン。勤務地である王城では毎日誰かと何かやらかしてます。第3騎士団には馴染めるかな? って、またまた異動? 果たしてラモンの行き着く先はどこに?
※誤字脱字マジですみません。懲りずに読んで下さい。
竜皇女と呼ばれた娘
Aoi
ファンタジー
この世に生を授かり間もなくして捨てられしまった赤子は洞窟を棲み処にしていた竜イグニスに拾われヴァイオレットと名づけられ育てられた
ヴァイオレットはイグニスともう一頭の竜バシリッサの元でスクスクと育ち十六の歳になる
その歳まで人間と交流する機会がなかったヴァイオレットは友達を作る為に学校に通うことを望んだ
国で一番のグレディス魔法学校の入学試験を受け無事入学を果たし念願の友達も作れて順風満帆な生活を送っていたが、ある日衝撃の事実を告げられ……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる