朱色の雫

弦景 真朱(つるかげ しんしゅ)

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第二章 朱南国

追憶の景色ー山吹色ー

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ーーー

 姉らが消滅し、眞白ましろが政権を握ってから早百年。私は、牢屋の中で精神的に参っていた。仇の子に、子種を渡せと言われ、私自身は人体実験に使われ、センナは弄られ。
 気がつけば、望まぬ不老不死の体になっていた。死ねると確信するほどの苦痛を経ても、目が覚めてしまう絶望。

「姉上……」

 何度呟いただろう。何度会いたいと願っただろう。何度、後悔と自責を積み上げて押しつぶされそうになっただろう。
 眞白は相変わらず実権を握り、姉がどうして暴走したのか、原因の尻尾さえ掴めない。

「……必ず」

 必ず。必ず、暴いて見せる。
 最早、私の理性を繋ぎ止めるものは、この底知れぬ悔恨と、湧き上がる憤怒でしかないのだから。

 そして、幾ばくかの時が過ぎた。

 その頃から私のところへ足繁く通う少年がいた。名を、山吹やまぶきと言った。彼は、眞白の曾孫に当たるようだった。私のことを父と呼んでいた。

「父様。どうして父様は、ここに?」

「……お前は、知らなくていい」

「嫌です。父様、教えて下さい」

 彼は、好奇心なのか、使命感なのか、私のところへ足繁く通っては同じ問を繰り返した。私は、私個人の恨みに子孫を巻き込む気はなかったため、白を切り続けるつもりだったが、ついに根負けしてすべてを話した。
 山吹は、酷く困惑し、打ちひしがれていた。

「そんな……眞白様が、父様の姉様方を……」

「ああ。眞白のことだ、何処で会話を聞いているかもわからぬ。わかったら、あまり此処へは来るな」

 これで彼がここに来ることも無くなる、彼が眞白から怪しまれる前にここから遠ざけなければ。そう思っていた。
 だが彼は、私が予想もしない方向へ舵を切る。

「父様、私も眞白様の秘密を一緒に探します。目的を暴き、必ず無念を晴らしましょう」

「ばっ……お前、自分が何を言っているかわかっているのか!? 命が危険に晒されるかもしれないんだぞ!!」

 彼は私の言葉に顔色を変えることもなく、怯えることもなく、ただ真っ直ぐな瞳をこちらへ向けていた。

「父様。眞白様は、何者なんでしょうか? 元々淘汰される側だった訳ですよね。なのに、結果して今長になっている……私には理解ができません」

 彼の質問は、私からしたら涙が出るほど嬉しいものだった。なぜなら、姉らの行動を肯定してくれたからだ。淘汰される者がいるという事は、淘汰する側の者がいる。姉らは淘汰する側だった。つまり、恨まれても仕方がないのだ。
 しかし、我々にも我々の理由と信念がある。それを、肯定された気がしたのだ。

 私は戦慄きながら口を開き、彼にすべてを話した。

「姉らは、ヴィーの長であるれき様に、このナルスの建国を仰せつかった。ナルス建国前、この土地ではヴィーの称える、宇宙界の理を良しとしない反乱分子が居て、その反乱分子の討伐を、曆様の側近だった姉らが担った」

「反乱分子……もしかして、眞白様は」

「ああ。反乱分子の筆頭である、眞冬まふゆの弟だった。反乱分子抑制、討伐の際に、眞冬は姉らによって首を飛ばされ、殺されたんだ。だが、実質部下が慕っていたのは眞白の方で、眞白まで殺した場合に、反乱分子が新たな報復合戦を企てることを防ぐため、眞白を生かした。これが仇となった」

 目の前の彼はただ頷きながら聴いてくれた。このナルスで起きたことを、受け入れているかのように。彼は少し顔をしかめながら、言葉を溢した。

「眞白様の目的は、兄君の報復なんでしょうか?」

 普通に考えればそうだろう。だが、恐らく違う。これは、私の直感でしかないが。言葉を濁す私は、ずるいかもしれない。

「違うと思う……としか言えない。真因がわからない」

 だが、兄の報復であるならば、私のセンナを不老不死にする必要などなかっただろう。私は不老不死になってしまったが、眞白はまだなっていないはず。
 彼のセンナがまだ変化していないということは、私のセンナが度重なる実験の、何がきっかけで不老不死になったのかが、まだわかっていないということなのだろう。そうでなければ、私が不老不死になった時点で、同じことを自分のセンナにしているはずなのだ。

 しばしの沈黙の後、彼は少し考えてからゆっくり口を開いた。

「報復でないとすれば……何かあるかもしれませんね。少し、調べてみます」

「……ありがとう、山吹。無理はするなよ」

「はい!」

 笑顔で帰って行った山吹が、私の元へ現れることは二度となかった。

 私のところへ子種を貰いに来た女子に、山吹のことを尋ねると、眞白に罪を着せられ処刑されたと言っていた。やはり、私のところへ来ていたのがバレたのだろう。唇を噛みしめるが、血が滲むばかりで後悔が消えるわけではなかった。

 私は、子種を渡す行為の際、牢屋を出て、所定のところまでの移動を許される。その隙を狙って、何か一つでも情報をと考えていた。仮に見つかったところで、いくら殴られようと私は死なない。痛覚は生きているが、センナが不老不死になってしまったのだから。

 ーー山吹。すまない、すまない……。

 若い彼の命と願いを奪ったのは、紛れもなく私だ。やはりあのとき、追い返すべきだった。
 後悔しても仕方ないのだが、その日相手をする予定の女子とは何もせず、語らう中で山吹の腹違いの妹ということを知った。彼女から山吹のことを少しだけ教えてもらい、殺されるまで、真剣に何かを調べていたこと、調べた内容を紙にまとめていたこと。

「その紙はあるか?」

「あります。これです、今日香卦良様に会えると聞いて、用意しておきました。兄から、けして眞白様には見つからないように、と言われ預かったものです」

 山吹……!! 心のなかで名を叫ぶと、途端に涙が溢れた。私にとって彼は、姉らが亡くなってから、初めて優しさに触れさせてくれた身内だったのだ。亡くしてから気づくなど、自分の愚かさを呪った。

「すまない、……お前の名を教えてくれ」
 
萌希もえぎと申します、香卦良様」

「ありがとう、萌希」

 あふれる涙を拭うことなく彼女を抱きしめて、牢屋へ急ぎ戻った。山吹の残してくれた紙を読むために。

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