朱色の雫

弦景 真朱(つるかげ しんしゅ)

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第二章 朱南国

兄弟と妻

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 激しく暴風を巻き起こす時雨伯父上。
 対照的に、時雨伯父上を前にしている白蓮伯父上と父は至極冷静だった。

「兄上はまるで化け物のようだ、壮透」
「ええ……仮に兄上が姉上のセンナの為にのだとしたら……」
「……兄妹愛というより、最早執着だ。何がそうさせたのか……事実は本人に聞くのが早いが、答えてくれそうもないね」

 時雨伯父上の風は、周りを斬りつけ破壊していく。巻き上げられた残骸たちが、操られるようにして襲いかかる。

「……変だな」
「ええ、変ね」
「うむ、変だのう」
「あら葉季、気づいたの? 流石ねぇ」
「……ちょっと、皆どうしたのいきなり」

 いきなり呟いた師走を皮切りに、皆頷きながら答える。何がおかしいのか、腑に落ちない。顔にそのまま現れていたのか、葉季は笑うしヴィオラは呆れている。

「いや、時雨伯父上がこの工場で何かしようとしているならば、こんな風に怒りに任せて破壊するような真似をするか、と思ってのう」
「……! 確かに……」
「考えられるとすれば、二つだよね。この工場でしたいことがすでに完了しているか、もしくは……」
「ここが、偽の工場か、ね」

 ヴィオラも、葉季も光琳も。
 流石としか言いようがない。目の前の情報を、冷静に受け止めて分析する力。余程呆気にとられた顔をしてしまっていたのか、ヴィオラに背中を叩かれた。

「しっかりなさいよ! 本当、昔からポンコツなのは変わらないわね!」
「あはは……皆頼もしい限りだわ」
「貴様等、無駄話はそこまでだ。白蓮たちが仕掛ける」

 師走の声に気が引き締まる。
 吹きすさぶ風の中で、白蓮伯父上が構えたまま、ゆっくり口を開いた。

「兄上、姉上の自害の理由、そして姉上の正体……兄上は、いつから知っていたんです?」
「答えぬと言っているだろう! 偲の辛さなど、お前たちにはわかるまい!!」
「ええ、わかりません。ですが、今の兄上の姿が、姉上の望んだものではないということは、流石に私にもわかる!!」

 ぶつかり合う激しい二つの力。

 時雨伯父上の思惑が何なのか、この工場でしたいことは何なのか。
 音波の壁の内側で、父たち兄弟の行く末を見つめていた。

ーーー

 今から、数十年前の話。
 私は、弟である壮透に長を譲った。
 当時、まだ齢二十にもならない壮透に長を譲ったのは理由がある。

 姉、偲の死の真相を確かめるためだ。
 長のままだと自由に出歩けないため、兄の特権を振りかざして弟に長を引き継いだ。
 私の妻である法葉ほうようが、姉、偲を痛く慕っていたこともあり、

「妾のことが大切なら、偲様の死の真相を突き止めろ。でなければそちを殺して妾も死ぬ」

と言われたことが大きい。そうは言っても、幸いなことに子どもたちにも恵まれ、傍から見れば我々夫婦は至って順風満帆だろうが。実態としては、惚れた弱みを最大限利用されている状態だ。
 我ながら……と呆れたように笑ってしまう。五条家から引き離し守るためとはいえ、無理やり婚姻関係を持たされた彼女は紛れもない被害者だ。彼女が望むことを叶えるのが、責任のとり方として正しいだろう。

「白蓮。偲様の月命日故に、花を買ってくる」
「法葉、一人で行くのかい? 荷物持ちとして私も行こう」
「そちは来るでない! たまには妾一人で出かけたい日もあるでの」

 そうかい、と答えれば彼女はさっさと背を向けて出ていった。
 法葉が今日のように一人で出かけることは珍しくない。そして、夏采という密偵を振り切って出かける先は、大体わかっている。時雨兄上の別邸だ。

「夏采。今日もかい?」
「ああ、相変わらず撒くのが上手いぜ、法葉は」
「ははは、気づかれてるね。……時雨兄上と、何をしているか探れるね? 夏采」
「おいおい……お前も相変わらず人使いが荒いぜ」

 卓の上に肘を付き、顔の前で手を組む。
 妻である法葉の浮気やら不倫を疑うというような、くだらないことはしない。そもそも私は、彼女から愛されていないわけだが、彼女は子煩悩だから子ども達を裏切る真似はしない。子を成した理由はそこだ。彼女を繋ぎ止めるためなら、手段は選ばない。
 では、彼女は何故兄上のところに通うのか。
 椅子から立ち上がり、踵を返して窓際まで歩みを進めた。

「姉上……貴女が背負って隠した事実は、何なんです?」

 法葉は、兄上が気づき始めていると踏んだのだろう。偲姉上の、事実に。
 法葉の性格からして、私の立場と能力を利用し、最大限の情報をかき集めさせ、最後は自分で決着をつけることを望むはず。

「法葉にとって、そういう意味では兄上は味方というわけか……」
「おいおい、また勝手に頭の中で話進めてるだろ……ついていけてねーぜこっちは」
「法葉が、姉上の死の真相を突き止める、という目的を持っている。つまり、この目的を同じとする者は味方である、と考えてもおかしくはない」

 振り返ると私の後ろまで来ていた夏采と視線が重なる。

「例え兄上が、最近怪しい者たちとつるむなどの動きをしているとしても、法葉と兄上の目的が同じなら、彼女にとっては取るに足りないこと……とかね」

 そう。目的が達成できるならば、手段は選ばない。私と彼女の共通項だ。その点では、私達夫婦は似た者同士と言えるだろう。

「……つまりあれか。お前、俺に『時雨の目的も暴け』って言いたいわけか?」
「惜しい。目的はもう察しがついているから、強いて言うなら『兄上が誰とつるんでいるのか』が知りたい」
「余計難易度上がってるじゃねえか! おい!」
「出来るよね、夏采? なんたって私の対なんだから」
「お前なあ……」

 盛大にため息をつく彼は、私の無茶振りは慣れっこだ。昔から色んな無茶振りに応えさせられてきた彼からすれば、今回の無茶振りも難なくこなすだろう。

「頼んだよ、夏采。兄上がつるんでる相手、そして法葉と兄上が何をしようとしているか……探ってくれ」
「わかったよ。けどよ、お前……もしバレたら」
「いいさ、もう嫌われてるんだから。もっと嫌われるくらい大したことじゃない。彼女を失うことに比べたらね」

 あっけらかんと答える私を、呆れたように見つめると、夏采は頭をかきながら姿を消した。
 私にとって大切なのは、この国、そして妻。
 失うわけにはいかない、私の宝だ。

「姉上。貴女の願い、必ず暴いてみせますよ」

 勿論、妻のために。
 だが、姉の願いが、なんとなく個人の領域に留まらないものであると、直感的に気づいていた。
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