朱色の雫

弦景 真朱(つるかげ しんしゅ)

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第三章 最終決戦

二人の関係

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 いつの間にか時は経ち、朱色の雫ミニオスティーラの二人はすっかり一人前になっていた。
 たくましく凛々しいかむりと、相変わらず自由奔放なさい
 あたしはといえば、朱色の雫ミニオスティーラのお目付け役として見守る……否、監視してきた頃よりは一緒にいる時間も減り、自由に過ごしていた。
 朱色の雫ミニオスティーラの二人は白金の灯プラティニルクスである曆の側近になり、何やら楽しげに過ごしている。そういう意味では、二人の監視はあたしから曆になったと言っても過言ではないだろう。
 朱色の雫ミニオスティーラの監視。考えるだけでため息が出る。そもそも、と回転し続ける思考は流れ続ける滝のように、止まることを知らない。
 気がつけば曆の屋敷の前に着いていた。
 相変わらず長とは思えない簡素な建物。大して力を込めずとも開く扉の先に、彼らはいた。

「あんたたち、元気にやってる?」
「あ! 久しぶりじゃのう! 妾達は相変わらず元気じゃよ、ストラ」

 あたしの今の名前はストラ。
 実際名前はどうでもいいのだが、付けないと呼ぶのが面倒だと言われたのでつけた。
 奥の卓で仕事をしている曆の元まで歩みを進めると、彼は顔を上げるでもなく口を開いた。

「遅かったな。貴様にしては珍しい」
「やあね。レディにはやることが沢山あんのよ」
「レディだったとは驚きだな」
「あんたねえ! 大事なのは心よ!?」

 口にしてから、違和感に気づいた。
 彼はこんなに冗談を言うような男だったか。
 思わず口をつぐみ、彼を暫し見つめる。

「なんだ」
「……あんた、なんかあったの?」
「何の話だ」
「いや、随分と丸くなったじゃない。曆のキレの良さっていうか……なんていうか、針みたいだったのに」

 自分で口にしながら笑ってしまった。
 彼は、丸くなった。
 針のように鋭い目と、氷のように冷たい声だったのだ。今は全く、暖かい春のような声音になっている。

「誰しも何かしら変化はあるだろう」
「まあ、そうなんだけど……」

 何かが腑に落ちないながらも、あまり深堀するのは無粋だと目を逸らした。
 見かねたように祭が手をたたく。

「さてさて! ストラ、ちょっと稽古に付き合ってくれぬか? 妾の相手もたまには良いじゃろ?」
「そうね、いいわよ」
「そうと決まれば!」

 笑顔で手招きする彼女は、相変わらず太陽のようだ。妹の冠とは対照的な、眩い太陽。冠は月のように優しく照らし、時に冷たい眼光を向ける娘だ。祭は笑顔のままあたしの手を引き、曆の部屋を出た。

「気づいたんじゃな」
「は?」

 彼女はあたしを一瞥すると、笑顔を消した。

「曆の変化じゃよ」
「そりゃ! あんな、曆があんな顔するなんてね」

 思わず身を乗り出しながら、彼女の顔を覗き込む。彼女は陽の光に照らされた皮膚が反射し、とても輝いていた。伏し目がちなまつ毛さえ麗しく、観る者の目を奪う。

「妾も明確な時期はしらぬ。じゃが、どうやらまだ恋仲ではない。故に……」
「……故に?」
「両片思い、というやつじゃな!」

 とびっきり弾けんばかりの笑顔で、人差し指を突き立てる彼女を目の当たりにしたあたしは、思い切りむせ込んだ。

「なんじゃ、どうしたストラ! 大丈夫か?」
「い、いや……両片思いって、あんた……」

 祭は笑顔のままだ。なのに、どこか儚さがある。

「……あんた、寂しいの? それとも……」
「妾は曆のことが好きじゃが、恋愛感情ではない。それは本当じゃ」
「じゃあ」
「自分の片割れが掴もうとしておる幸せを、妾が止められるわけがなかろう? そう遠くないじゃろうな」

 彼女はため息をついていた。
 彼女のため息と同時に自分の口からため息が出ていたことに気づいたのは、彼女が小さく笑ったからだ。
 
「そんな……」
「戸惑いが声に出ておるぞ、ストラ。白金の灯プラティニルクス朱色の雫ミニオスティーラが、と言いたいんじゃろ?」

 彼女に言い当てられ、思わず口を噤んだ。
 あたしたちは五珠だ。
 お互いを殺し合うことで悦楽を得るような間柄だ。
 それは、つまり。

「曆と冠が決断することじゃ。覚悟が決まれば、関係は進むじゃろ」
「それはそうだけど、……黄金の果アウルムポームム漆黒の牙ニゲルデンスが黙っちゃいないわよ」
「それも含めた覚悟じゃよ。たとえ、いつか万が一が起きたとしても。自分たちが背負っておる運命のためなら仕方のないことじゃろ」

 自分たちの役目がある。
 横いる彼女のまつ毛が、力強く上がった。
 彼女の目に相応しい凛々しさで。

「妾は、何が起きたとしても、この手を血に染めることは厭わぬ」
「祭……」

 あたしが、彼女に何かを言えるだろうか。
 噤んだ唇を少しだけ開き、言いかけた言葉を飲み込んだ。気がついたときには、あたしは笑っていた。

「あんた、曆より男前よ!」
「そんなこと知っとるわ! 妾じゃぞ?」

 彼女の強さはどこから生まれるのか。そんな愚問ばかり浮かぶ。聞くだけ野暮だ。

「頼んだわよ、祭」
「当たり前じゃ、まあ任せておけ。妾も悪いようにはせぬ」

 彼女の心強い笑顔を見たのは、これが最後だった。

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