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第三章 最終決戦
最後のギミック
しおりを挟む漆黒の牙から溢れ出る憎悪が、私を焼き尽くさんとばかりに炎を巻き上げる。彼にとっては心底許せない話だったのかもしれない。
――貴方が囚われているのは、祭様ね。
私の言葉が、彼に燃え盛る火をつけた。
何よりも事実だと示しているのだ。彼自身の行動が。
「あの女は不完全だった! なのに俺に指図したばかりか、俺の上に立ったのにも関わらず簡単に暴走した、愚かで、嘆かわしいほど弱い身の程知らずだ」
「暴走させたのは貴方でしょう!?」
「暴走のきっかけを与えたに過ぎん。現にお前は今解除しても正気を保っている」
彼は目に怒りを滲ませながら、腕を振るい毒の霧を放つ。水の膜を作り出して霧を遮ると、同時に玄冬の手に現れたもの。
紅く滴る彼の血、のように見えた。
「お前は暴走とは何だと思う」
「……」
「何故俺達は暴走なぞせんのに、お前だけは暴走するんだと思う」
彼の手から滴る血が揺れた。
同時に全身に伝わる殺気が、私の目を釘付けにして離さない。
「朱色の雫の解除。そして暴走。おかしいとは思わなかったか?」
「何が言いたいの? まるで……」
まるで。
朱色の雫だけができるかのよう。
私にだけ仕組まれた、破壊の能力とでも言うのか。
「暴走は仕組まれたものだ。解除を導き出せない過去の朱色の雫に、俺が与えてやった存在価値だ」
「存在価値……」
「暴れ、国を破壊することでしか存在価値を導けない哀れな朱色の雫なんだ、お前は。祭もそうだ。俺が存在価値を与えてやったにすぎん。解除でしか逃れることのできない破壊の力」
彼の手から伸びる紅い雫が眼の前で霧散した。
咄嗟に口を塞ぎ、息を止める。
「解除が出来た最強のお前を暴走させることが出来たら……俺の望みは今度こそ叶う」
「……!」
覚えがある匂い。
暴走を逃れるために解除したというのに、更に暴走させようとするなど、正気の沙汰ではない。
「まさか……この血は……」
「なんだ、気がついたのか?」
にたりと嗤う少年は、心底愉悦に浸っているように見えた。
考えてみればそうだ。
私だけが暴走できる、というのは謎でしかない。
暴走とは現象だ。
つまり。
「この血は、貴方のセンナね……!」
「御名答だ、朱色の雫」
「そういうことね……センナを暴走というのは、貴方がセンナを粒子まで分裂させ、センナを支配している状態ってことかしら」
「……正確には少々違う」
声がして、反射的に後ろを振り返る。
全身血まみれの師走が、葉季とともに佇んでいた。
「師走……! その怪我、なんで?」
「気にするな、先に受けた傷が修復できなくなっただけだ。それよりも……やっと認めたか、漆黒の牙」
「ふん。白金の灯、記憶更新に勤しんでいるのか? 立派なものだ」
二人の会話についていけない私に、葉季が隣で口を開く。眉間に皺を寄せながら。
「漆黒の牙。お主のそのセンナの粒子が、朱己の暴走を引き起こすギミックだと、そういうことだな? ならばあの時、時雨が朱己に打ち込んだものも、貴様のセンナの粒子だったわけか」
「御名答、御名答。流石だな。朱色の雫を作るときに入れ込んだ能力である解除……その解除に匹敵する力を強制的に発動させる、暴走」
「そしてその暴走の発動条件が……漆黒の牙、貴方のセンナということね」
相変わらず薄気味悪い微笑みで、彼は私たちを見つめる。師走が記憶を事実に書き換えるために力を消耗してしまうために、傷を塞げなくなっているのは誤算だ。漆黒の牙との力の差は、あとどれほどか。
そんなことを考え、顔を僅かに歪めたのがばれているかのように、眼の前ににいる彼は私の名を呼んだ。
「朱己、さすがだな」
「貴方に褒められても嬉しくないわ、玄冬」
彼からほとばしり出る嫌悪と嘲笑の念が、私たちを飲み込むまでにそう時間はかからなかった。何より私の中に潜み、先代の朱色の雫を陥れた力が、漆黒の牙という最後のギミック付きだなんて。
我々の絶望が、彼には大層ご馳走のようだった。
「俺にしか、お前の本当の姿を開放できない。俺にしか、お前を楽しませられない」
「破壊と殺戮に悦を覚えたことはないわ」
「たわけ。認めたらどうだ、殺戮に特化した力を持つ、最強の五珠。俺はお前を使って、俺の望む世界を手に入れる。何度でも言おう、お前は俺がいなければ真の価値を発揮できない」
彼の怪しく輝く瞳が私を捉える。
思わず睨み返せば、彼はおかしそうに笑った。
「嫌なら俺を倒せ、朱己」
「望むところよ……!」
火花が散る。
彼の目の前で、交わる刀が激しく鳴る。
どうしても譲りたくないものがあるのだ。
私は。
奥歯を噛み締めながら、玄冬の漆黒の刀を弾いた。
「この世界は、貴方には譲らない!」
「やってみろ、お前に今こそ教えてやる! お前のセンナが何を望んでいるかを!」
彼の望むものが、望む世界が、きっと私達と交わらないのだとしても。
必ずこの世界は守ってみせる。
私達の最後の希望なのだから。
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