新訳 Death-Drive

ユズキ

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第1部

第1話 夜明け

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 楽園エデン。全ての生命の最後の生存圏。
 


 名も忘れ去られてしまった大陸。
 







 ノアム・ピアース
 










 第7コロニー ガガロの壊滅から4年が経過した。
 他のコロニーに住む人々に与えられた衝撃と恐怖心は薄れ、それぞれの日常へと戻るのだろう。
 しかしノアムは違った。彼は4年間、自らの妹を殺した敵を探してきた。
 第7コロニー崩壊の原因は、人類の敵たる虚無の使徒による攻撃であると現在は断定されている。
 しかし、ノアムは第4コロニー アレクサンドリアの、評議会議員 シモンズ…この男がガガロ襲撃に加担したという情報を掴んだ。
 16歳になったノアムは、今夜、復讐の引き金を引く。この日…復讐劇の幕が開く。

 第7コロニーの襲撃から生き残った居住者達は、第4コロニーの貧民街に追いやられ、貧しい生活を送っていた。貧民街はコロニーの南部にあり、杜撰な体制のせいで、コロニー内部に侵入してきた霧の脅威に晒されている。
 一方、第4コロニーの北部では、コロニーの階級社会の頂点に立ち、まさに貴族とも呼ぶべき富裕層が贅沢な暮らしを送っていた。

 天象儀が採用され、ガラスと骨組みが張り巡らされた虚構の空に、劇場、パブ、音楽や芸術が馴染んでいる。高さ300m、面積が88km2もある広大な設備とはいえ、完全に閉ざされた閉鎖空間であり、空気はどんよりしているが…生活の豊かさがそれを打ち消していた。
 しかし南部にある貧民街と貴族の暮らす北部の街では、大きな格差が存在する。しかし居住者たちが"外界"と呼び忌み嫌うコロニーの外の世界に行くよりはずっと恵まれていた。

 ノアムはこの、第4コロニーのゲート前にいた。難民としてではなく、来訪者として。
 彼の目的は、妹を死に追いやった世界への復讐。
 そして、この4年でこのコロニーの貴族の一人が、ガガロ壊滅を謀ったらしいことを知ることができた。
 真相を確かめ、必要ならば殺すために、ノアムは今ここにいるのだ。
 彼はコロニーのゲートをくぐり、北部へ向かった。北部の情報は、コロニーに入ったことのあるトレーダーから事前に得ている。ターゲットについても。
 ターゲットはアレクサンドリアの裏社会を牛耳っていて、他のコロニーにも影響を与えていたそうだ。
 ……
 ノアムは懐にしまった拳銃を握りしめた。
 キャラバン隊に同行し、貧民街の市場に辿り着いたノアムは、一人で路地裏の暗闇に消えていった。
 羊の群れから羊がいなくなれば、大きな問題となる。しかし紛れ込んだ狼がいなくなったくらいでは、大して騒ぎにはならない。
 ノアムはキャラバン隊に牙を剥かないかわりに、彼らの群れに同行するという、ある意味では契約ともいえるものを交わし、コロニーに侵入したのだ。
 第4コロニー北部へと辿り着いたノアムは、もう一度懐に隠した拳銃を握りしめた。

「今日で…全てが変わる…」と彼は白く濁った声で呟いた。ノアムはまた路地裏の深い闇の中へと姿を消した。

 


 歓楽街は、多くの人々が苦しんでいるにも関わらず、腹立たしいほどに煌めいている。
 その煌めきを、コロニー社会の権力者や貴族的な地位の人間が独占し、貪欲に喰らい尽くしている。

「どこだ…」ノアムは金で雇ったフィクサーの位置を探していた。
 フィクサーとは、楽園のコロニー全域で活動している報酬目当てで雇われた集団(傭兵)の集合体。
 ノアムが雇ったフィクサーは、先行でシモンズの身柄を拘束するために2日前から潜入していた。
 ノアムは耳に当てた通信機器をガチャガチャと回し、声を送った。
「モーリス、守備はどう。」
 やがて雑音混じりの返事が帰ってきた。
「ボス、北部西街道の橋のとこまで来てくれ。任務は達成だ。」
「よくやった。感謝する。」ノアムは少し小さな声で感謝を伝え、フィクサーと合流した。
「あそこの廃屋の隣にある倉庫だ。密室で、音も外には聞こえねえ。条件は満たしてるぜ。」フィクサーのモーリスはタバコを川に落とし、デジタルデバイスを取り出した。
「…もう振り込んだのか。」モーリスは驚いた目でノアムを見つめている。
「6000クレジット、きっかり振り込んだ。」クレジット…嘘偽りのない電子のお金。ノアムはモーリスと握手を交わし、倉庫へ向かった。
「おい、白いの!」モーリスはノアムを呼び止めた。「頑張れよ」男はそれだけを言い残すと、後ろを向いて去っていった。

 ノアムは倉庫の重い扉を開け、部屋の明かりを付けた。
「シモンズ・レイバートン…顔を上げろ。断罪の時だ。」椅子に縛り付けられ、俯いている彼にそう声をかけた。
「私は…何故ここに連れてこられた…?」シモンズは困惑の色を浮かべている。
「俺はガガロ襲撃の生き残りだ」ノアムはゆっくりとシモンズに歩み寄った。
 ノアムは拳銃を取り出し、椅子からノアムを見上げている彼に向けた。「お前に聞きたい。お前がガガロ襲撃を指示したのか?」
「わ、わた」シモンズは唇を噛み締めた。
「私は… 私の信じる正義のため、ガガロ襲撃までの手引きを執り行った!」
 ノアムは目を少し細め、拳銃を僅かに振って、彼に続きを話すよう促した。
「史上最悪のテロ事件には意味がある…我々は」
「我々…?」
「そうだ、我々は虚無の使徒と手を組みガガロ襲撃を指示した!だが、このコロニー社会のため…楽園のために意義があること…!」シモンズは歯を食いしばって、涙をこぼした。
「…俺は復讐をしにきたんだ。お前を殺しても?」
 ノアムは優しい声で語りかける。
「…いいや。私には、一人娘がいる…君と…同じ年代だ。いつか、もしもの復讐も、受け入れる覚悟もできていた…私は大罪人だ…   …だが」

「だが、こんな私でも娘を…愛している   だから  だから私は死にたくない…!」シモンズは懇願した。相手が人であると信じて。
「シモンズさん…もう、泣かないで」ノアムの顔は慈悲に満ちている。
「じっとしていてください。ほどきます」と、シモンズの拘束を解き、彼が椅子から立ち上がるのを待った。
「…君  いや、君だけじゃない。ガガロで亡くなった人々… 君のような難民… 私は、償っても償いきれない罪を犯した…だが…」シモンズは喘ぎ喘ぎ語った。
「この期に及んで…私は生きていたいんだ…」
「…そうか」ノアムはシモンズを

 ノアムはシモンズを撃った。
 その銃で、彼を撃った。
「え…?」吹き飛んだシモンズは後ろの壁にぶつかり、崩れ落ちた。
「おまえの共犯者は」ノアムは聞いた。
「…へ…び」
「蛇?」
「蛇の結社…我々は  評議会議員のエリートから選抜された秘密結社 蛇だ」
「フン」ノアムはシモンズを続けて撃った。

「全員殺す」ノアムもまた、ガガロ壊滅に伴い死んだ。今のノアムは人ではない。復讐を成し遂げるためこの世に産み落とされた悪魔。


「妹の魂の安寧の為に全員殺す。」
 ノアムは、倉庫を後にし、コロニーを脱出しようとした。
 しかしコロニーのゲートで、2人の警備員に呼び止められてしまう。
「おい…お前」警備員の1人が、ノアムの顔を見た途端に顔色を変えて銃を構えた。
「白喰い…!」
「…知ってたのか」ノアムは両手を上げた。
「奴は楽園全域で…指名手配されている白喰いのノアムだ!」警備員は、相方に聞こえるよう発し、増援を呼ぶよう合図した。
「大人しく退け、でなきゃお前らも殺す」ノアムは依然として、冷静だった。
「銃を構えろ、何をするかわからんぞ!」5人の警備員が、ライフルを構えてやってきた。

「これだけじゃないぞ、第4コロニーに常駐している軍部隊も出動している…お前はもう終わりだ、投降しろーーーーーーーーーッ!」

 警備員たちが、ゆっくりと近付いて来る。

「あぁ……ああああぁ」
 ノアムは段々と姿勢を崩し、膝をついた。
 

「うぉあ……あああああ!!!!」
 ノアムの体中から黒い液体がボタボタと垂れる。
 そして黒い液体がノアムを包み、見えなくなった。
 やがてそれはノアムのEs、切り裂きジャックの姿を成す。
 切り裂きジャックは頭を抱え雄叫びを上げた。
 ジャックの体は常にドロドロと流動している。
「オォ」「ォオオォオオ」
「オオオオオオオオオオオオ」

「な…なんだ」警備員たちは顔を青くし、後ろに下がる。

「オオオオオオオオオ」切り裂きジャックは雄叫びを上げ、無から鋼鉄製の歪な剣を作り出し、一振でその場にいた警備員の首を跳ねてしまった。

 そして、ノアムは切り裂きジャックの力でコロニーのゲートを破壊し逃亡した。



「ここなら…安全か」歪んだ森の中で、白い息を吐いたノアムは、空を見上げた。
「僕は…やってみせる」
 その時、辺りに霧が発生し、空を閉ざした。
「来たか…」ノアムは視点を落とし、前方を見る。

 霧の奥から、無数の黒い手がやってきて、
 ノアムを捕まえようとした。
「切り裂きジャック!!!!」
 ノアムは先程同様に、切り裂きジャックを喚び、黒い手を微塵に切り落とした。



 ノアムは霧の影響下から逃れていた。

 霧の脅威は、引きずり込もうと伸ばされた無数の手だけではなく…そして、奴らにはノアムの所持品の拳銃や、ナイフといった通常の武器は効果がない。

 霧の世界に、人間が立ち向かう方法はひとつしかない。

「Es」。人々はその力をそう呼んだ。
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