新訳 Death-Drive

ユズキ

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第1部

第7話 影を照らして

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 ノアムはもう一度、掌を前に突き出した。
 すると前方に幾つかの刃が現れ、刃は円を描くように廻り始めた。
(刃の遠隔生成…ようやく出来るようになった。)
 掌を閉じると、刃は一直線に、円の中心へと向かった。
(標的の周囲を廻り、最後には全ての刃が標的に向かって直進する…これがニュートラルな遠隔生成。)
(さっきみたいに敵の体内に直接刃を生成することもできる…だが、物凄い集中力を要する技だ…瞬時にやるのは難しそうだ…)

 ノアムは新たな力を確認し、皆が待つ車の位置に戻った。隊員は皆傷だらけだが全員が無事合流し、第6コロニー マルセイユに帰還した。そして彼らは戦いの疲労を癒し、英気を養っていた。

「ノアム、ちょっといいか。」ディエゴが部屋の扉を叩いた。
「なんだ?ディエゴ…オズワルドまで。」ノアムは扉から顔を覗かせた。
「来てくれ。"奴ら"について気になることがあるのでな。」
 ディエゴに案内されて辿り着いたのは、マルセイユ南部の古びた酒場だ。
「ここの店主とは昔からの知り合いでな。よくイヴァン博士と飲みに来てたんだ。」ディエゴはクレジットのコインを投げ、酒瓶を受け取った。
「オズワルド、お前確か二十歳だよな。ノアムは…まだまだお子ちゃま…だな、お酒は飲めないだろう。」ディエゴはケタケタと笑い、2人分のグラスに酒を注いだ。「さて、あんたら。蛇の結社…聞いたことは当然あるよな。」
「"評議会議員のエリートから選抜された秘密結社"…」ノアムはシモンズが語ったことをそのまま呟いた。「俺はその蛇の結社とやらに所属する男を殺した。」
「…はっ」ディエゴは笑った。「あんたが仲間でよかったよ」
「ちょっといいか、オズ。」ノアムはオズの肩に触れた。「俺たちと初めて会ったとき…なぜ先回りできたんだ?たしか俺とミリアが会ったときから情報が漏れていたと言っていたが…そして、いつでも見られてるとも」
「えぁ…ああ!あー!そうだった!ノアム耳貸せ耳!」オズワルドはノアムの首に腕をかけ、ヒソヒソ声で話した。「蛇の結社の人間によぉ、厄介なやつがいるんだ…詳しいことは知らねぇが、そいつは楽園全土を観察できるとか…」
「楽園全土を観察…!?」ノアムは驚いた。
「そうだ。常にコロニー内や外界を見張り、蛇の結社の不利益になるようなことがあったら、そいつが都合のいいように介入するんだとよぉ~…」オズワルドは顎先を指でなぞった。「俺はそいつと直接会ったことはねぇが、フィクサー連合のエージェントからちらっとその話を聞いてな…まじで記録ダダ漏れってレベルでよぉ…」
「おい、ガキ共… 本題にうつろう。」ディエゴが話を止めた。「いいか、虚無の使徒の指導者は、かつては俺たちの仲間だったんだ…。」
「アンヘル・ラストリーフ…E社の社員にして、かつてネクタル社と合同で進めていた楽園浄化計画の最重要メンバーの一人だ。」
「アンヘルは4年前、何人かのEs能力者を連れラボを脱走…その後、第7コロニーを炎に包んだ。俺が知っているのはそこまでだが…やつの凶行が、評議会の…いや、蛇の結社の意向かもしれんのだ。」
「そうか…」とノアムは呟いた。「俺が殺したシモンズという奴が、虚無の使徒と手を組みガガロ襲撃までの手引きを執り行ったと自白した… 肝心の虚無の使徒の筆頭はE社の、コロニー内の人間だったのか…!」
「虚無の使徒自体は、ガガロ壊滅以前にも存在は確認されていた…だが"カイン"が現れるまでは、文明から離れた地で、静かに霧を崇めているだけの教団だった…」ディエゴが加えて説明した。
「それでな、俺が気になってんのは…」ディエゴは酒をがっと飲んだ。「当然そこまでの事をするからにはでかい計画があるだろ、アンヘルと、その蛇の結社とやらには…奴らはなんでコロニーひとつを破壊したんだ?」
 一体どうして…ノアムとオズワルドは首を傾げた。
「はっ、検討もつかんよな…俺もだ…でもな」
「その目的は不明だが、ガガロ壊滅の全貌を知れば知るほど…胸糞悪くなるぜ。事件に関与したとされるのは、蛇の結社や虚無の使徒だけではない。」
「エルドラドを本拠地に活動している犯罪者集団"エンペラーズ"…彼らが実行犯であるカインに爆薬と人員を提供したのだ。」
「ああ、てことはエンペラーズと接触すれば、蛇の結社のしっぽも掴めるんじゃないか!?」オズワルドはでかい声で言った。
 ディエゴは指を鳴らした。「大正解。」
「デイビッド博士と話し、計画を立て、エルドラドに潜入する。あくまでこれは任務ではなく、個人的な…ミリアのための作戦だ。エンペラーズだけでなく、コロニーのセキュリティや他の遠征隊にも注意が必要になる…Es能力もむやみには使えない。外界の任務よりも危険が伴う作戦だ。もし手に余るようなら、お前らは降りてくれても構わない。」
「ミリアの為なら俺はやる。」ノアムは机の上に乗せた手で拳を握った。
「うわ、俺が言いたかったセリフを…まあいいや、俺も隊長が好きだからやるぜ。」オズワルドは言った。
「よかった。イヴァンさんに話しとくよ。もう帰っていいぞ。」
 ノアムとオズワルドは席を立って、酒場を後にしようとした。オズワルドはそのまま行ったが、ノアムだけその場に留まった。
「どうかしたのか?ノアム」席に座ったままのディエゴが、ノアムに声をかけた。
「そういえば、なぜミリアは呼ばなかった?彼女にも、この話を伝えるべきでは…」ノアムは尋ねた。
「今はあの子を追い詰めるような真似はしたくないんだ。作戦の件については俺から話す。お前は宿舎に戻ったら、あの子と話してやってくれないか。確か同じ部屋を借りてるんだろ。」
「あの子の精神的な支えになれるのは歳の近いお前しかいない。」ディエゴはノアムの肩に手を置いた。「頼んだぞ。」


 ノアムは帰宅し、ミリアの寝室の扉を優しく叩いた。
「入っていいか?お前と話したい。」
「駄目…」ミリアの返事はその一言であり、声量も小さく元気がないことが伝わってくる。
 ノアムは扉の前で胡座をかいて待った。
「…ずっとそこにいるつもり?」とまだ居座っているノアムに気がついたミリアは言った。
「ああ。お前が話してくれるまで動かない。」
 ノアムは待ち続けた。やがて、夜が明け…ノアムはやっと立ち上がった。
「…ずっとそこに居たの?」扉が少しだけ開き、ミリアがその隙間から顔を覗かせた。
「ああ。悪いか?」
「…もう。」ミリアはノアムの腕を掴んで引き、部屋に入れた。「で、なに…」ミリアは不機嫌そうに言った。
「何があったかは知ってる。だから、慰めに来た。」
「はは…下手だね、ノアム。」ミリアは思わず笑った。
「下手って…何が?」ノアムはどうしてミリアの失笑を買ったのかわからず、戸惑った。
「それでもお兄ちゃんなの?まあ…変に隠そうとするよりはいいかも。」
「えっと…」
「いいよ。私から話すから、あなたは聞くだけで大丈夫…」ミリアは完全に、ノアムから会話の主導権を取り上げた。
「私は…戦うの好きじゃないの。」
「痛い思いをするのも…汚れるのも…常に死ぬ危険性と隣合わせのこの仕事が好きじゃない。」
「父を見つけるまで我慢するつもりだった。自分の気持ちを抑えて…殺してきた。」
「でも、この前の任務で、我慢できなくなっちゃった。」
「あなたも知っての通り…カインの正体はかつてE社に所属していたアンヘルという男だった…  戦ってきた敵が…父を誘拐した、殺すべき相手が、私の尊敬してた人だなんてさ…」
「あなただったらどう思う?あんまりだよね。」ミリアはノアムの顔を見つめた。するとノアムはすぐに顔を逸らした。しばらく、間が空いた。
「ミリア、俺は…」ノアムはなにかを言いかけた。
「ほんとに下手だねー…」ミリアはノアムを嘲笑うように言った。
「ミリア… 俺はあくまでお前を慰めに来たんだ。だから…」ノアムはミリアの頭に手を置いた。
「妹が俺に泣きついてきたとき、よくこうやった…」
「妹からも、よく下手って言われた…なにが下手なのか、今になってもよくわからないけど、俺は…」
「俺はお前の味方だよ。」ノアムはミリアをそのまま抱きしめた。「これからは俺がお前を守る。」
ミリアはノアムを突き飛ばした。
「やっぱり、下手…」
「なんで…」
「でも…ありがとう。少しだけ…よかったよ。」


その後、2人は外に出て光を浴びた。
「家族って…やっぱり、いいよな。俺もお前も…いや、皆家族は好きなはずだ。」ノアムは手すりに寄りかかり、コロニー内を流れる河川を眺めながら言った。
「皆が皆ってわけじゃないよ…私もあなたも、家族を愛せる環境にいたけど…そうじゃない人も沢山いる。」
(俺も両親についての記憶無いもんなぁ…)ノアムは少し寂しそうに、ドームの天井を見上げた。
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