これが恋だというのなら、

池代智美

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第二話 心の一番柔い部分 

第二話 心の一番柔い部分 

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 学校が終わった夕方。
 私は駅でクラスメイトと別れると、レコードショップへ向かった。
 今日は私の好きなバンドのCDが発売される。
前回はうっかり予約するのを忘れて店を歩き回るはめになった上、何処も売り切れで手に入れるのに一ヶ月かかった。
今回はその教訓を活かしてちゃんと予約をしている。

 最初に受付に行って特典付きのCDを貰うと、私は新譜が置かれてあるコーナーへと移動した。
 最近デビューしたアーティストさんで、ちょっと気になっている人がいるのだ。
 知名度は有名な人に比べたら今はないが、いずれ有名になる人だと私は確信している。
 棚の上から順番に見ていくと、目的のアーティストさんの名前を見つけた。
 CDに手を伸ばすと、男の人と手がぶつかった。

「すみませんっ」
「あ、いや、こっちこそすみません」

 慌てて手を引っ込めて謝ると、聞き慣れた声が頭上から降ってきて、私は思わずその人に目を向けた。

「……八重野?」
「……香賀さん?」

 目の前にいたのは、はなまる亭でよく知る香賀さんだった。
 プライベートで知り合いと出会う事がそうないため、どうしようと思考を巡らせる。
すると香賀さんの方が気を利かせて話題を振ってくれて、そのまま一緒にファミレスへ行く事になった。
 ファミレスに着くと、今は数が減ってきた喫煙席へと案内された。
 私と香賀さんは椅子に座ると、メニューを広げて注文を決めた。
 香賀さんはコーヒー、私はカフェラテを注文した。

「なあ、煙草吸っていい?」
「どーぞ。いつも吸ってるんだからわざわざ聞かなくてもいいのに」
「や、まあ一応な。マナーとして」

 煙草を箱から取り出す香賀さんはかっこいい“大人”に見えた。
 灰皿を渡すと、香賀さんは御礼を言ってフィルターに火をつけた。

「香賀さんってあのアーティストさん好きなんですか?」
「いんや。博允が好きだからどんな感じかと思って」
「そうなんですね」

——福田さんも好きだったのか。

 知り合いの新たな共通点に、私は少し嬉しくなった。
 香賀さんが吸っていた煙草から口を離すと、煙がふっと周りをただよった。

「八重野ってさ」
「?」
「あんま踏み込んでこないよな」
「……はあ、まあ」
「だからなんか、話したくなるんだけど」

 香賀さんは側に置いた黒いギターケースへと視線を移した。

「……今日は街ぶらつきながら曲考えたんだ。でも全然思い付かねぇの。それどころか、あいつに似てる奴、目で追っちまって」
「……」
「…………いなくなって三年も経つってのに、馬鹿だよな」

 そう言って香賀さんは自嘲的な笑みを浮かべた。
 辛くて苦しくてどうしようも出来ないこの状態に、救いを欲しがっているようだった。

「ワリ、こんな話するべきじゃなかったな。忘れてくれ」
「……誰かに馬鹿って言われたんですか?」
「え?……ぁ、いや……」
「じゃあいいじゃないですか。忘れられないのは、何もおかしな事じゃないですよ」

 忘れたくても忘れられない記憶は誰にでもある。
 香賀さんが彼女さんを愛していたなら、忘れる選択肢は最初からないように私には思えた。
 香賀さんが新しい彼女を作らないのは、亡くなった彼女に対する罪悪感か、はたまた別の理由なのかは他人の私にはわからないが、それでもこの目の前の人が悪い人ではないのはわかっているつもりだ。
 香賀さんはわかりやすく動揺して目を泳がせている。
 やっぱり“誰か”に“何か”を言われたらしかった。

「あー……でもさ、女々しくねぇ?」
「人によったらそう見えるかもしれませんけど、それはそれ、これはこれでしょう。長窪さんは今でも奥さんの事想ってますよ? それも女々しいと?」
「や、長窪さんは色々昇華しょうかしきってるから成功してるだろ? 俺はそうじゃないから……」

 香賀さんは困ったように頬を掻いた。
 私はカフェラテを一口飲むと、カップをソーサーに置いた。

「大丈夫ですよ、香賀さんは」
「んー……」
「香賀さんは自分の才能に胡座かいてふんぞり返るような人じゃないでしょうし。時間を置けばまた書けるようになりますって」 
「……そんなもんかねぇ」

 香賀さんは灰皿に煙草の先を押し付けると、火を消した。
 残った煙が緩やかに上へのぼる。
 香賀さんは上に向かう煙をぼうっと眺めると、目を伏せてコーヒーを飲んだ。
 いつも大きいはずの香賀さんが、なんだか今は小さく感じた。

「八重野」
「はい?」
「ありがとな。ちょっと元気出た」
「それなら、良かったです」

 香賀さんは年下の私に真面目な話をしたのが恥ずかしかったようで、視線をあちこちにやってコーヒーを飲んだ。
 私の稚拙ちせつな言葉で香賀さんを励ませたかは不明だが、少しでも香賀さんの気休めになったならそれでいい。
 人前で涙を流せないのは香賀さんが大人で、性別が男だからだろう。
きっと他にも理由はあるだろうが、私は香賀さんの苦しさが少しでもなくなればいいなと思った。

 大切な誰かを亡くしたら、亡くした事実を信じられなくて、付き纏う現実の苦しさを人は忘れたいと思うのかもしれない。しかし私は忘れたいとは思わなかった。
 
——人は二度死ぬ。

 誰かがその人の事を覚えていれば、その人の魂は“生きて”いる。
 勿論人によって賛否両論はあるだろうが、それでも私はいつか本で読んだその言葉を信じて今まで生きてきた。
 生の反対は死だ。生きていれば必ず死ぬ。
 空想上の世界でない限り、人は生き返ったりしないし、動物だってそれは同じ事だ。
 私が両親の葬儀で泣かなかったのは、そういう考えが根底こんていにあったからなのかもしれなかった。

 香賀さんは別れ際、少しすっきりした顔で私に手を振った。
 私は香賀さんに手を振り返すと、駅に向かって歩いた。
 ちょうど良く来た電車にそのまま乗り込む。
 電車の窓から見える夕陽ゆうひが眩しくて、私は光に背を向けて壁に寄りかかった。



 はなまる亭平日、昼からのお仕事である。
 高校生組は夕方から来るため、沙也香ちゃんと北島くんは現時点ではいない。
 この間会った香賀さんも特に変わった様子はなく、いつも通りだった。
 トラブルもない平和なはなまる亭だ。
しかし今日は滅多に被らない休憩が、福田さんと一緒だった。
 
 鞄から読みかけの本を取り出して、ページをめくる。
 向かいの席で福田さんはスマホを高速で操作していた。

「な、ところで八重野ちゃんさー智之となんかあった?」
「別に何も。なんでですか?」
「いや、なんかすげー八重野ちゃん褒めてたから。いい子だよなーって」
「はあ……」

 ページをめくる手を止めて適当な返事をすると、福田さんは向かいの席から移動してわざわざ隣の席へと腰掛けた。
 目が合うと、ニコッと笑顔を向けられた。

……本、読もうと思ってたのに。

 小さく息をつくと、福田さんは何を勘違いしたのか笑顔から悪どい顔に変わった。

「なーになにぃ? あいつの事気になっちゃってる感じ?」
「馬鹿言わないでください。だいたい万が一でも私が香賀さんを好きになったら、泥沼確定じゃないですか。嫌ですよ職場がそんな事になるの」
「あー……」

 福田さんはわかりやすく顔を歪めると項垂うなだれた。   
 沙也香ちゃんは香賀さんが好きだ。
当然、沙也香ちゃんは香賀さんと彼氏彼女の関係になりたいと思っているだろう。
 好きな人に好かれたいのは自然な事だ。
それなのに私まで香賀さんを好きになったらなんて、考えたくもなかった。
 第一、女の嫉妬は怖いのだ。
人の恋路こいじを邪魔する奴は馬に蹴られて云々うんぬんとあるように、恋する人間は何をするかわからない。
 人を好きになる事は素晴らしい。だが同時に、恋は人を狂わせるものだと私は思っていた。

「でもさー、俺八重野ちゃんと智之合うと思うんだよねー」
「……」
「八重野ちゃん無視しないで。俺人生の先輩」
「先に生まれたやからの間違いでは」
「酷っ!? え!? 沙也香からなんか言われた!? 影響受けた!?」

 懲りずに話を続ける福田さんに呆れた目を向けても、福田さんはガラスのハートがどうとか言って胸を押さえるだけだった。

……本格的に無視したい。

 しかし私がそう思ったところで、福田さんの話は終わらなかった。

「あーほら、なんつーか……あいつ、彼女ちゃん亡くしてるじゃん? 八重野ちゃんは両親亡くしてるし……こう言ったらアレだけど、大切な者亡くしてる同士だから、そういう苦しみもわかり合えるんじゃねぇかと思って」

 俺はわかりたくてもわかんねぇからと、付け足してバツ悪そうに笑う福田さんの顔が、なんだか少し痛そうに見えて、私は言葉を探した。

「……まあ、考えとしてはわからなくもないですけど、でもそれだけでわかり合うのはちょっとむなしいですよ。単なる傷の舐め合いで終わっちゃいそうですし」
「……やっぱり? いやでも逆に……うーん……」

 福田さんは何やら考え込んでしまった。
 福田さんが私に何を伝えたいのかはわからないが、福田さんは福田さんなりに香賀さんの事を気遣っているのは充分わかった。所謂いわゆる男の友情だ。
 最初のふざけたニヤケ顔とは打って変わって、福田さんは真面目な顔で溜息をついた。
 頬杖をついて遠くを見る福田さんの横顔は物憂ものうげだ。

「けどホントのとこさ、俺はあいつに幸せになってほしい訳よ。俺と違って智之クズじゃねぇから、一人の女の子を幸せに出来るはずだし」
「うーん……でも香賀さんなら大丈夫だと思いますよ。というか福田さんはクズじゃないです」
「なーに言ってんの八重野ちゃん。聞いてんでしょ俺の噂。女取っ替え引っ替えだーって」
「だからってそれでクズは安直あんちょくでしょ。福田さん、なんだかんだで面倒見いいし、優しいし。あと友達想いですし」

 福田さんの女性関係はだらしないのかもしれないが、それは聞いた話であって実際に私がその場面を見た訳でも聞いた訳でもない。
 私の知っている福田さんは見た目がチャラついていて、でも人の行動をよく見ている。
仕事のフォローだって的確だし、文句を言いながらも結局は手を貸してくれる人なのだ。
だから福田さんの持つさりげない優しさだとか、人を笑わせる面白さだとかは、充分尊敬に値する。

 福田さん自身の良いところを指折り数えて挙げていくと、福田さんはいつの間にか身体を小さくして顔を両手で覆っていた。
 何か見当違いな事を言ったかと一瞬焦ったが、福田さんの髪の隙間から覗いた耳元がわずかに赤くなっているのが見えて、ただの照れ隠しだと察しが付いた。
 あれだけ普段自分はモテると自慢しておきながら、実際人に褒められると照れてしまうなんてちょっと可愛い。

「八重野ちゃんさー……」
「なんですか?」
「マジいい子だよなー……」

 まるで優しい目で孫を見るおじいちゃんのように、しみじみとした口調で福田さんが言うから、私はつい笑ってしまった。

「いい子じゃないですよ。なんですか急に」

 そう言い返すと、福田さんは顔を覆っていた手を外した。

「いい子だって。俺みたいな奴に優しくしてくれるし?」
「優しくした覚えないんですけど……」
「無自覚かい」

 福田さんは芸人さんのように手にスナップをきかせて、私にツッコミを入れた。
 面白いなと福田さんを見ていると、惚れたかとキメ顔で聞かれて軽めに肩に拳を入れる。
 聞こえた呻き声は知らないふりをした。

「そういえば福田さん」
「なんですか八重野ちゃん」
「福田さんも割とマイナーな音楽聴いてるんですね。この前香賀さんから聞きました」

 最近発売された新曲の話題を振ると、福田さんは目の色を変えてスマホを操作してCDのジャケットの写真を私に見せた。
それから私は福田さんと、休憩時間が終わるまで好きな曲と歌詞についてを語った。

 夕方になると沙也香ちゃんと北島くんが来て、はなまる亭にいるスタッフの平均年齢がちょっと下がった。
 今日の夜のお客様は食欲旺盛な方ばかりだったため、注文の嵐だった。
その上厨房のスタッフの一人が体調不良で欠勤になって、長窪さん達もかなり忙しそうだった。
 今日のまかないはミートソーススパゲティである。
 昼メニューのパスタがテーブルにあるのは、少し不思議な光景だった。
 聞けば昼のメニューを夜にどうしても食べたいと言うお客様がいたらしかった。
きっとお子様の希望だろう。
今日は忙しすぎたから適当な分量で作ってまかないに回されたのだ。それについてはよくある事だった。

 福田さんは今日は用事があるらしく、まかないを食べずに帰っていった。
 後片付けは長窪さんと香賀さん、私がやる事になったが、閉店準備は済ませているから後はまかない分の皿洗いとゴミ出しだけだ。
 ゴミを集めて裏口から外に出ると、皿洗いを終えた長窪さんと香賀さんが喫煙所で煙草を吸っているのが見えた。
 私はその脇を通り過ぎると、ゴミ置き場の鍵を開けて中にゴミを入れた。

「長窪さんは、今でも奥さんの事夢に見たりします?」
「ああ、たまになら。でも……」

 長窪さんと香賀さんは込み入った話をしているらしい。
おそらく香賀さんの中で何らかの心境の変化があったのだろう。
 香賀さんは興味本意で他人の領域に踏み込む事はしない人だ。 
 長窪さんは最愛の人を亡くしているから、その辺りで何か助言を貰おうとしたのかもしれない。

——何にせよ私が聞くような話ではない。

 私はゴミ置き場の扉を閉めると鍵をかけて、小走りで二人の横を通り過ぎた。

「あ、文恵くん! 先に帰らないであと五分だけ待っててねー!」
「……はーい」

 邪魔にならないように先に帰ろうと思っていたのに、釘を刺されてしまった。
 私が長窪さんを出し抜ける日がそろそろ来てもいいはずなのに、いっこうにその日が来る兆しが見えない。
 私は長窪さんに返事をすると、軽く手を振って中に戻った。
 更衣室で着替えを済ませて休憩室へ向かう。
 休憩室はついさっきまで人がいたと思えないほど、暗く静まり返っていた。
 部屋の電気をつけて椅子の上に鞄を置くと、私は鞄の中からスマホを取り出した。時刻は十時半だ。
 長窪さんはあと五分と言っていたが、香賀さんと話をしているならもう少しかかるだろう。
 私は隣の椅子を引いて腰掛けると、スマホのゲームのアプリを起動させた。
 音量を小さくしてログインを済ませる。
 キャラクターボイスが再生されると、ゲーム画面が切り替わった。
 しばらくキャラクターのレベル上げにいそしんでいると、十分ほど過ぎた頃に扉をノックする音が聞こえた。

「ごめんね待たせて」
「八重野ごめんな」
「大丈夫です」
 
 私は顔を上げると、ゲームを切りのいいところまで進めてスマホをしまった。
 時間は午後十時四十五分になっていた。
 長窪さんと香賀さんの話は思っていたよりも早く終わったようだ。
 帰り支度を済ませて外に出ると、冷たい風が吹き抜けた。
 庭先の桜は満開に咲いて春をいろどっているのに、気温だけがそぐわないのは異常気象のせいだ。
 私は香賀さんと、長窪さんが出てくるのを裏口付近で待った。
 会話はなかった。
 少しすると、長窪さんが裏口から出てきた。

「お待たせ」

 長窪さんは最後に裏口の鍵を閉めると、私達に向き直ってお疲れ様と笑顔で頭を下げた。
 店主なのだからもう少し偉ぶってもバチは当たらないと思うが、長窪さんはそういった事をしない謙虚な人だ。だからこそ多くの人に慕われる。
 頭を下げる長窪さんに、私も香賀さんも頭を下げてお疲れ様でしたと同じ言葉を口にした。

「じゃあ、お先に失礼します。色々ありがとうございました」
「また何かあったら気兼ねなく言ってね。気をつけて帰るんだよ」
「お疲れ様でした」

 香賀さんは今日はバイクに乗って帰っていった。
 私と長窪さんは香賀さんを見送ると、アパートを目指して歩いた。
 毎回帰るのは一人でも大丈夫と言っているのに、今日も上手く断れなかった。相変わらず長窪さんは心配性だ。

「そういえば……」
「なんですか?」
「いや、文恵くんは小さい時からさようならもバイバイも言わなかったなあと思ってね」
「ああ……」
「何か理由があったりするのかい?」
「……」

 別に長窪さんが気にするほどの理由はない。
 ただ、幼い私は“さようなら"も"バイバイ"も別れ際の一言にはいまいちピンと来なかった。
 友達とまだ遊んでいたかったのに時間だけが私の気持ちを追い越していくから、“さようなら"も"バイバイ"も言いたくなくて、無意識の内に“またね"を口にした。
多分その一言に“また遊ぼうね"とか、"また明日会おうね"とか、そういう意味を込めたのだと思う。

——昔、別れ際に友達につられて“バイバイ"と言って、会えなくなった友達がいた。

 私が気負う必要はなかったが、幼い私は何か責任を感じていて、それ以降“バイバイ"という挨拶をしなくなった。
 両親が亡くなってからは余計だった。
 これ以上大切なものを失いたくなくて、私は願掛けに"またね"を繰り返したのだ。
でもこれら全てを長窪さんに伝えるのは、心配をかけてしまいそうで躊躇ちゅうちょする。
ただでさえ長窪さんは心配性なのだ。
 私は本音を心の奥底へ押しやると、建前を言うために口を開いた。

「別に、理由なんてないですよ。ただ"またね"の方が語感的に好きなだけです」
「……そっか。でも"またね"の方がまた会える気がするからいいよね」
「そう、ですね」

 同じ事を考えていた長窪さんにびっくりして、声が上手く出せなかった。
 不審に思われていないかと隣を歩く長窪さんの顔を盗み見る。
 特に何もないみたいで、私はホッとした。
 
「……妹は元気ですか?」
「ああ、うん。まどかくんは元気だよ。お姉ちゃんがいなくてやっぱり寂しいみたい」
「いや、寂しくはないと思いますよ。まあでも元気なら良かったです」

 妹が寂しがっているというのは長窪さんの社交辞令だろう。
向こうはきっと私がいなくなって清々したと思っているはずだ。
 顔を合わせれば私に突っかかってきた妹は、私が離れてしまえば自然と衝突がなくなった。顔を合わせる事がまずないからだ。
高校生の妹と専門学生で且つ働いている私が同じ生活を送ろうとしても、生活スタイルは異なる。
それでも工夫すればなんとか二人で生活出来ると思っていたが、結局は妹の反対があって二人暮らしはナシになった。
 私は案外薄情で、一人暮らしを始めると一人の心地良さがわかった。
 唯一の家族である妹と離れるなんて有り得ないと思っていたのに、いざ一人になってみれば自由気ままな暮らしを楽しんでいる。
 自分の姉としての役割を忘れた訳ではない。
ただ、周りの重圧から解放されたようで、少し気が楽だった。

 アパートの階段近くまで行くと、私は足を止めた。

「ありがとうございました。でも長窪さんも遅くなるから、次はホントに送らなくて大丈夫ですよ」

 振り返って言うと、長窪さんは小さく笑った。

「君達姉妹は、本当によく似ているねぇ」
「っ」

——まさか、そんな訳ない。

 血は繋がっているから顔は似ている部分があるかもしれないが、私と妹の性格は真逆に近い。
言葉を濁す傾向にある私とは違って妹はハッキリ物を言うし、消極的な私とは違って妹は積極的だ。
 学校の成績だって妹の方が優秀で、才色兼備という言葉がよく似合っていて、才能にも恵まれている。そんな妹が私と似ている訳がない。
 私は首を横に勢いよく振った。

「いや……似てないですよ全然。私より妹の方が出来がいいですし」
「そういう事じゃなくてね、さっき君が妹を心配したように、まどかくんもお姉ちゃんを心配してたんだよ」
 
 長窪さんは優しい声で私の頭を撫でた。
 何も言えなかったし、こういう時どんな顔をすればいいかもわからなかった。
ただ目の奥からじわりとにじむ“それ”を、落ちる手前でとめるのに精一杯だった。
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