これが恋だというのなら、

池代智美

文字の大きさ
12 / 40
第三話 恋だの愛だの

第三話 恋だの愛だの

しおりを挟む


 恋愛というのはおそらくほとんどの女の子が話す話題で、好きな人が多いように思う。
 誰が気になっているとか、誰と付き合っているとか、はたまた好きなタイプだとか。
 恋する女の子は見ていて可愛いし、可愛くなろうと努力している女の子の姿は健気で美しい。
 
 恋愛は人を良い方にも悪い方にも変えてしまう。
 恋愛をゲーム感覚でしている人もいれば、盲目的になって相手を愛する人もいる。

「第一回恋バナ大会~!!」
「「イェーイ!!」」

——どうしてこうなったのだろう。

 今日ははなまる亭の不定休日で、世間一般では祭日のなんて事ない一日のはずだった。
 先日長窪さんがファミレスの優待券の期限が迫っているから若い子達で行ってきたらと、優待券を譲ってくれたのだ。
 所定のファミレスに来たところまでは良かった。
しかし席に着くなり沙也香ちゃんと福田さんが訳のわからない事を言うものだから、すっかり興が醒めてしまった。
 帰ろうとする香賀さんにならって私も席を立つと、後ろから沙也香ちゃんに引っ張られる。
 香賀さんは福田さんに袖を引っ張られていた。

「待て待て智之帰るにはまだ早いぞ」
「ふざけんな離せ」
「文恵先輩も露骨に嫌そうな顔しないでくださいよ~」
「ごめん無理。意味がわからない」
「帰りましょう先輩。こいつらといたら馬鹿が移る」
「馬鹿は移んないし! 夕樹のアホー!」

 騒がしい人達から目を逸らすと、困ったように側で立っている店員さんの存在に気付いて慌てて謝る。
 また後で注文すると言うと、店員さんは注文が決まり次第呼んでくださいと去っていった。

「とりあえず一旦座ってください。あと声のボリュームも落としてくださいね」

 そう言うと福田さんと沙也香ちゃんは悪どい笑みを浮かべた。

「え~実は八重野ちゃんの方が恋バナする気満々だったりする~?」
「え~そうなんですかせんぱ~い?」
「別に一緒に座らなくてもいいんですよ。私達あっちで食べるんで」
「「ごめんなさいどうかそれだけは」」

 空いている席を指差すと、二人は面白いくらい手のひらを返して私に懇願した。扱いやすい人達である。
 二つ折りのメニューを開いてページをめくると、おすすめは日替わりランチだった。
でも誰も日替わりランチは注文せず、それぞれ自分の好きな物を注文していた。唯一ドリンクバーだけは皆一緒だった。
 順番に飲み物を取りに行って、席に着く。
 沙也香ちゃんが両手で控えめにテーブルを叩くと、皆の視線が集まった。

「恋バナしましょう」
「……じゃあ、沙也香ちゃんからすれば?」
「えっえっ、あたしからですか!?」
「言い出しっぺの法則だろーがよ」

 応戦するように北島くんが口にすると、そーだそーだと福田さんも便乗する。
 私は福田さんもでしょと突っ込みたかったが、今言うと矛先をこちらに向けられそうだから口をつぐんだ。
 沙也香ちゃんの想い人である香賀さんは、我関せずと無言を貫いている。

「えーっとあたしは……その……香賀先輩が好きです! キャー言っちゃった言っちゃった!!」
「ハイ解散」
「はい集合ー! てか夕樹勝手に終わらせないでよ嫌がらせか!? まだ何も語ってないっての!!」
「お前と話してると頭痛くなってくるわ」
「なんだとコラァ! ちょっと頭いいからって調子乗んなよハゲェ!!」

 若者パワー恐るべし。
 この人数を前にして堂々と好きな人の名前を口にするなんて、私には信じ難い出来事だった。
 これも若さ故だとしたら本当に怖い。
 誰も口を挟めなかった。
 二人はよく口喧嘩をしているが、さっきの会話のテンポから普段からお互いに話をしているのが察せられた。
 北島くんはハゲてねーしと小声で沙也香ちゃんに言い返している。
一方で福田さんはニヤニヤと香賀さんを肘で小突いていたが、当人である香賀さんは沙也香ちゃんの告白に慣れているのか、無言でアイスコーヒーを飲んでいた。

「香賀先輩の好きなところはですね! 優しいところと、あと笑ったら可愛いところと、それから……」
「お前って笑ったら可愛いの?」
「……」

 悪気なく尋ねる福田さんに香賀さんは目を細めると、テーブルの下で福田さんの足を踏ん付けた。
 福田さんは痛がっているが、香賀さんは無視している。
 沙也香ちゃんは二人に目もくれず、香賀さんの好きなところを次々挙げていった。

「——まあ平たく言うと全部ですね! 香賀先輩の全部が好きです!!」

 沙也香ちゃんの目はきらきら輝いていて、まるであたたかい雪の結晶のようだった。  
 臆す事なく、自分の好きな人に直接好きだと伝えられる沙也香ちゃんはすごい。恋する女の子はやはり可愛かった。
 香賀さんが沙也香ちゃんの告白に返事をする様子はないが、沙也香ちゃんはずっとニコニコしていた。
 香賀さんを茶化す福田さんはなんだか楽しそうだ。
 人を茶化すのはどうかと思ったが、誰も何も言わなければこの場の空気が重くなるからあえて香賀さんを茶化しているのだろう。
 福田さんは大袈裟に沙也香ちゃんの言葉に頷くと、口を開いた。

「まあ沙也香が智之大好きなのはよく伝わったわ」
「えへへー。じゃあ次はヒロ先輩お願いしまっす!」
「あーそう来るかァ!」

 福田さんはわざとらしく額に手を当てて天を仰いだ。

「つっても今フリーだからなー」
「あれ? 前美紀さんって彼女さんいませんでした?」
「三日前に別れた。なんかタイプじゃなかった」
「最低じゃんこの人」
「もっと言ってやれ北島」

 香賀さんと北島くんの容赦ない口撃に、福田さんはえーんといかにもな泣き真似をした。完全にふざけている。

……いつもそんな感じだから、誤解されるんだろうに。

 オレンジジュースを飲むと、不意に福田さんにいい笑顔を向けられて、嫌な予感がした。

「いーんだよ俺には八重野ちゃんがいるから。なー?」

 嫌な予感が当たった。
 福田さんは誤解を招くような一言を言うと、場を混乱させた。

「そっそうなんですか文恵先輩!? 顔はいいけど割とクズなヒロ先輩と付き合っちゃってるんですか!!? あたしが言うのもアレですけどやめた方がいいと思いますよ!?」

 あわあわとわかりやすく動揺して私の肩を揺らす沙也香ちゃんは可愛らしいが、発言の中にはしっかり毒が含まれている。

「いや違うから。福田さんの冗談だから。落ち着いて沙也香ちゃん」

 私は人の言う事を簡単に信じてしまう沙也香ちゃんに一抹いちまつの不安を覚えると、ひとまず誤解を解くため福田さんの発言は冗談だと伝えた。

「お前な……タチの悪い嘘つくんじゃねーよ」
「そっすよ。つか考えたら八重野先輩がこんなんと付き合う訳ないか」
「おーい俺の味方いないの? つか皆して酷くね?」

 香賀さんに嘘をついたのをたしなめられ、北島くんに毒を吐かれたのに、福田さんは気にせずストローでメロンソーダをかき混ぜている。
 福田さんのフォローに回ろうか一瞬考えたが、今ここでするとまた新たな誤解を招く気がしてやめた。

「そーいう智之はどうなんだよ?」

——ここで香賀さんにその手の話題を振るなんて。

 福田さんは人差し指を突き付けると、観念しろと言いたげな目を香賀さんに向けた。
 あれだけ友達である香賀さんを心配していたなら、ここに来てわざわざやぶをつついて蛇を出すような真似をしなくてもいい気はするが、福田さんはそうはならなかったらしい。
 香賀さんは黙り込んでしまった。空気が重い。
 二人が喧嘩になる前に話題を変えようとしたが、私が言うより先に香賀さんが口を開いた。

「——今は、誰とも恋愛する気はない」

 香賀さんははっきりした口調でそう言い切った。
 やはり亡くなった彼女さんの事があるため、誰かと恋愛するのは考えられないようだった。
 自分を女々しいと香賀さんは以前言っていたが、長窪さんと同じで一途なだけだろう。
 あれだけ一途に想われていたら、彼女さんも幸せなはずだ。
 横目に沙也香ちゃんを見ると、少し困ったような顔で笑っていた。
 香賀さんのあの一言は捉え方によっては拒絶のように感じるだろうに、沙也香ちゃんは香賀さんの言葉を真正面で受け止めていた。
 強い子だ。私なら諦めてしまう。
 沙也香ちゃんは香賀さんが心の底から好きなのだと改めて感じた。
その一方で福田さんは、香賀さんの一言に落ち込んでもいなければ悲しんでもいなかった。
それどころか福田さんはまた悪どい笑みを浮かべて香賀さんに詰め寄っている。

「"今は"なんだよな? じゃあ"これからは”アリって事だよな?」
「揚げ足取んなよ……」
「っせーなー。俺はお前のシケたツラ見んのいい加減飽きてきたの。ちったぁ楽しく人生生きろって」

 香賀さんは福田さんに恨めしそうな目を向けたが、福田さんは楽しそうだった。
 その後二人はお互いの悪口を言い合った。
 私達の視線に気付いてすぐやめたが、そういう友情の形は羨ましく思えた。
 香賀さんの話を更に掘り下げようとする福田さんを香賀さんが叩くと、話は強制終了となった。
 不意に香賀さんと目が合ったが、香賀さんの目はすぐに北島くんの方へと向いた。

「俺の事はいいって。あー……北島こそどうなんだよ?」
「え。俺すか」
「こうなりゃお前も道連れだ」
「香賀先輩意外と理不尽すよね」

 北島くんは狼狽うろたえる事なく、ただ嫌そうに顔を歪めた。
 やはり北島くんは恋愛事には興味がないようだ。
コーラを飲みながら福田さんのうざ絡みを片手で制している。

「なんもないですって」
「いーやあるね! 健全な男子高校生なら恋の一つや二つや百や二百あるはずだ!」
「一気に増えたな」
「それヒロ先輩だけなんじゃ?」

 福田さんの一言に香賀さんと沙也香ちゃんのツッコミが入る。
 うら若き高校生なら何かあるはずだとしつこく追及する福田さんに、北島くんの拳も入った。
それでもまだ福田さんは懲りずに北島くんに恋愛の話題を振り続けた。
どうも福田さんはもう一度北島くんに殴られたいらしい。
 北島くんの二度目の拳が福田さんの肩に当たる瞬間、福田さんは北島くんの拳を手で覆うように握り込んだ。
そうして福田さんは空いた片手で、北島くんと肩を組んだ。
 北島くんは福田さんの行動に目を見開いて驚いていたが、すぐに不快感をあらわにした。

「な~教えろよ~」
「アンタには絶対教えねぇ」
「あんだとコルァ」
「あー……じゃあ好きな奴いるかどうかだけ教えろよ。そしたらそこの博允バカも納得するだろ」

 らちがあかない二人のやり取りに香賀さんが助言すると、北島くんはあからさまに嫌そうな顔をした。
 福田さんを納得させるには北島くんが恋ばなとやらをするのが一番だが、北島くんが不憫だ。
しかし沙也香ちゃんは興味津々といった感じで北島くんを見ているし、香賀さんも本気で止める気配はない。
私は私で北島くんをフォローしたい気持ちはあるが、矛先をこちらに向けてほしくないから静観している。ごめん北島くん。
 北島くんは福田さんから逃げるのを諦めたようで、大きな溜息をこれ見よがしにつくと、顔を俯かせた。

「……好きな人は…………」
「人は?」
「……いますよ。そりゃ」

 伏せていた顔が上がって、私は北島くんと目が合った。
 射抜くような視線に思わず肩が跳ねる。
それくらい北島くんの眼力はすさまじかった。
 沙也香ちゃんは北島くんの発言に小さい声でキャアキャアはしゃいでいた。

「んだよやっぱいるんじゃねーか。下手な嘘つきやがってシャイボーイかお前は」
「ねえねえ夕樹、同じ学校の人? タメ?」
「あーあーうるせーうるせー。答えたんだからもう終わりにしてくださいよ」

 北島くんはズゴゴと音を立てて、グラスの半分ほどあったコーラをストローで一気に飲み干した。
 北島くんの顔は首まで真っ赤だった。
 いつもは飄々ひょうひょうとしてクールな一匹狼の北島くんが、恋愛の話で照れているのは年相応で可愛らしい。
 北島くんは問い詰める沙也香ちゃんと福田さんの声から逃げるように、自分の両手で耳を塞いだ。
福田さんはそれを引き剥がそうとしたが、テーブルの下で北島くんに蹴りを入れられて、香賀さんの方へと倒れ込んだ。
 膝に倒れた込んだ福田さんの頭を容赦なく香賀さんが叩く。
 北島くんは耳を塞いでいた自分の手を離すと、私に目を向けた。

「つか! 八重野先輩はどうなんすか」

——矛先がこちらに向いて、由々しき事態だ。

 眉間に皺を寄せて私を睨むように見る北島くんの目はいやにまっすぐで、私は目を逸らせなかった。
 隣の沙也香ちゃんがハッとした顔で私を見る。

「そうだ! 文恵先輩さっきから全然喋ってないじゃないですか!」
「そうだっけ?」
「そうですよ! って訳でハイ! 次は文恵先輩の番!」
「えー」

 とぼけても沙也香ちゃんは誤魔化されてはくれなかった。
 皆グラスの中身がないのに誰も次の飲み物を取りに行かない。

 だいたい私は、こういった話題は苦手である。
 私が沙也香ちゃんくらいの年齢の時は勉強やら何やらで忙しかったし、恋する暇もなかった。
 好きな人はいたが、告白する勇気を持ち合わせていなかったのだ。
 話を催促する沙也香ちゃんの声をぼんやり聞いていると、タイミング良く店員さんが料理を運んできた。 

「こちらご注文の品です。熱いのでお気をつけください」
「はーい」
「ありがとうございます」

 私はそっと席を立つと、ドリンクバーの所へ向かった。
すると北島くんと福田さんが後からやって来て、二人はそれぞれ飲み物をグラスに注いだ。
 香賀さんと沙也香ちゃんの分も頼まれたようで、二人は両手が塞がっている。

「あー、砂糖とミルクは私持って行きますよ」
「サンキュー八重野ちゃん」
「あざす」

 私は砂糖とミルクを一つ多めに取ると、先に席に戻った。
 戻ると香賀さんだけがそこにいて、沙也香ちゃんはお手洗いに行ったようだった。
 福田さんと北島くんが戻ってきた後に、沙也香ちゃんが戻ってきた。
 いただきますを小さく口にして、ドリアを口に運ぶ。
 美味しさについ頬が緩んだ。

「食べながら文恵先輩の恋ばな聞きましょう!」
「おー」
「そうだな。とびきりのよろしく! 八重野ちゃん!!」
「お願いします先輩」

……有耶無耶には出来なかったらしい。

 私はむせそうになるのを水を飲んで誤魔化した。
 どうして他人の恋愛に興味を抱くのだろう。
 私とて他人の恋愛に全く興味がない訳ではない。
純粋な恋愛は応援したいと思っているし、特に友達や親しい人の恋愛は上手くいってほしいと思っている。
でも恋愛に対してはずっと苦手意識があった。

 所謂いわゆる恋愛脳という人達は、恋愛をしていない人を批判して相手がいなくて可哀想、いい人紹介するからと、余計な事を言って恋愛を勧めてくる。
恋愛至上主義でない人間からしてみれば、全て余計なお世話だ。人には人の優先順位がある。
 恋愛しようがしまいが個人の自由なのだから、恋愛する事自体を他人に強要するのは間違っている。
 過去にそういう類いの人から色々言われた事があるが、良い記憶は残っていない。

「八重野ちゃんの恋愛って想像つかねぇよなー」
「わかります! てか文恵先輩理想高そう!」

 好き勝手言う福田さんと沙也香ちゃんの声をBGMに、私は二口めのドリアを口に運んだ。

「先輩って好きなタイプとかあるんすか?」

 北島くんはいつかの帰り道の時のように、私にまっすぐな目で問いかけた。
 私の好きなタイプを聞いたところで北島くんの好きな子の参考にはならないと思うが、可愛い後輩の質問を無視するのも心苦しいため、ここは正直に答える事にした。

「……年上。将来的に長窪さんみたいになってくれる人」
「「「「あー……」」」」

 皆、納得したようだった。
 具体例を挙げるとすれば、経済的にも精神的にも自立していて、つ他人を思いやる事の出来る優しい人がいい。
ちなみに長窪さんはこの全てに当てはまる。
 沙也香ちゃんはもっと追及したいようで、物理的に私との距離を縮めた。

「えーでもでも! 彼氏はいた事ありますよね?」
「彼氏……だったのかな、あれは」
「何なに? 付き合ってなかったって事?」
「うーん……なんとなく一緒にいたけど、曖昧な関係でしたね」

——しまった、口を滑らせた。

 そもそもこの話は私に一つ区切りがついたというだけで、特に深刻性はない。
単純に言ってしまえば若さ故のあやまちという奴である。
 長期間まともに恋愛した事のない人間がいざ恋愛をすればこうなるという、私にとってのいましめだ。
 高校生を前にして、ただれた恋愛を語るのは私のわずかな良心が痛むが、今更口を閉ざしてもこの事態が好転する事はないだろう。
 私は現実逃避に無言でドリアを食べ進めた。

「じゃあ文恵先輩は付き合ってって言われなかったんですか?」
「まあ……うん」
「八重野ちゃんからは言わなかった訳? 付き合ってーって」
「それ言ったら、離れていきそうな人だったんですよ。だから言えなかったです」

 彼は顔が整っている人だったから、寄ってくる女の子はたくさんいた。
もし私が曖昧な関係に口を出そうものなら、面倒だと思われてその関係がなくなってしまう。当時の私はそれが嫌だった。
 友達以上恋人未満で、付かず離れずの関係は周りから見れば滑稽こっけいに映るのだろうが、私達にはそれが心地よかった。
多分私も彼も寂しかったのだろう。だから曖昧な関係になった。
 戻る事も進む事も出来なくて、いつしか私は本気で彼を好きになった。
 自業自得だが、あの感情は苦しくて仕方なかった。
 メールの返信の遅さを気にしたり、会う約束を破られた日には本当は他の女の子のところに行っているのではと疑ったりもした。
それでもやっぱり好きな人の事だから信じたくて嫌われないように接していたが、それも無駄になった。
 何度目かのドタキャンをされた当日に、街で彼が見知らぬ女の子といるところを見たのだ。
 漫画みたいな展開だった。
 本来恋人関係である彼女であれば、彼に直接話を聞く事も出来ただろうが、私は彼の“恋人”ではなく、恋人のような関係の“他人”だったのだ。
 私はその場から逃げるように走った。ただの臆病者だった。
 家に帰ってあの女の子は誰かを問うメールを彼に送ろうとしたが、書いては消して、送ろうとしてはやめてを繰り返した。
 結局、メールは送れなかった。

——だって私は彼の“恋人”ではなかったから。

 彼がどこで何をしていようと、私には関係ないのだ。
 彼は前に、私が男の人と二人きりでいたとしても嫉妬しないと言っていた。要するにまあ、そういう事なのだろう。
 彼にとって私は都合のいい存在だった。
そして私にとっても彼は都合のいい存在だった。
 彼本人の口から聞いた訳ではないからなんとも言えないが、もしかしたら私はただの遊びで、本命は別にいたのかもしれない。
 私はただ彼の真意が知りたかった。

……私と会っている時だけは、私の事を好きでいてくれたのかな、とか。

 そういうくだらない事を考えてしまうくらいには、私は彼が好きだった。
 好きで好きでどうしようもなくて、でも好きだと伝えればもろく崩れ去ってしまう関係に何も言えなかった。
だから私は彼に想いを告げる事もなく、結果疎遠になった。

 かいつまんで彼の話をすると、皆黙ってしまった。
 沈黙が気まずい。
 ジョークの一つでも言おうかと思ったが、自分のキャラではない気がして困った。

「それ完全に男が悪いっすよ」

 北島くんはハンバーグを既に食べ終わったようで、吐き捨てるように言うと、コーラを飲みながら眉間に深い皺を刻んだ。

「俺もそう思う」

 香賀さんは北島くんの言葉に同意すると、難しい顔でステーキを咀嚼した。

「あたしも! ってか有り得ないでしょ! めっちゃむかつくー!!」

 沙也香ちゃんは口をへの字にしながらフォークにパスタをひたすら巻いている。
 福田さんはいつもと変わらない様子でガパオライスをスプーンにすくっていた。
すると福田さんがスプーンを持っていない方の手で、ちょいちょいと私達を手招いた。

「いや待て。男の方に何か事情があったのかも……」
「先輩クズだからクズ野郎も庇うんすか」
「ヒロ先輩サイテー」
「泣かすぞてめーら。そりゃ俺もそいつの事クズだと思うけどさぁ、好きだった奴悪く言うと八重野ちゃんが……アレだろ。嫌だろ、なんか」
  
 首を傾げて心配そうに私を見つめる福田さんに苦笑を返す。
 福田さんの言う通り、あまり彼をボロクソに言われるとそこまで悪い人ではないと言いたくなるし、彼が一方的に悪い訳ではない。
 今、彼を好いているかと聞かれれば答えは否だが、嫌いになってはいなかった。
 私は面白くない話をしてしまった事を後悔すると、まだ怒ったままの沙也香ちゃんの頭を優しく撫でた。

「でもまあ私にも悪いところがあったから、こういう結果になったんですよ」
「文恵先輩……」
「——と、そういう訳で、恋愛は当分する気はないって感じですね」

 私は無理やり話を繋げると、強制的に恋ばなを終了させた。

「……次はもっといい人見つけましょうね! 先輩!!」
「あはは。そうだね」

 不思議と嫌な気はしなかった。
 きっと沙也香ちゃんが自分の事のように怒ってくれていたからだろう。
 北島くんも香賀さんも福田さんも、私を気遣ってくれていた。
 四人は早速次の話題に移っている。
 私はその様子を眺めながら、この人達に何を返せるだろうとぼんやり思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ

Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。 理由は決まって『従妹ライラ様との用事』 誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。 「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」 二人の想いは、重なり合えるのだろうか …… ※他のサイトにも公開しています。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...