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親心と子心 side
親心と子心 side:長窪
しおりを挟む休暇中に香賀くんから、まどかくんが交通事故に遭ったと連絡が入った。
気付いた時間が遅くて、僕は慌てて連絡を折り返した。
すぐに友人に事情を説明して家に帰ろうとしたが、そこに文恵くんと塩谷くんの連絡が入る。
文恵くんのメッセージの内容を見ると、まどかくんの容態は骨折である事が記されていた。
塩谷くんからの連絡もまどかくんの入院を知らせるもので、職場の事は気にしなくていいと綴られれている。
塩谷くんの文章を読み終えた後、また香賀くんから連絡がきて、文恵くんが泣いた事を知った。
僕はまどかくんが生きている事に安堵した。
同時に、香賀くんや塩谷くんの気遣いを有難く思った。
——それにしても、文恵くんが人前で涙を見せたのは良い傾向だろう。
文恵くんは自分の弱さを隠して強がってしまう癖がある。
強そうに見えるが、そういうところに関しては脆い部分を持っているのだ。
僕は文恵くんに返事をすると、塩谷くんと香賀くんにそれぞれ返事をしようと携帯電話を操作した。
しかしよくよく見ると、香賀くんの連絡には文恵くんとまどかくんが言い合いをしていたと書かれてあって、香賀くんは二人の仲を心配したようだった。
文恵くんはまどかくんと一度も喧嘩をした事がない。否、喧嘩をした事がないというよりは、文恵くんがまどかくんに言い返す事がなかった。
文恵くんは自分に向けるまどかくんの態度を仕方ないものだと諦めていたのだ。
それが今どういう心境の変化なのか、文恵くんはまどかくんと対等になろうとしている。
家族の僕達にも遠慮をするような子だから、文恵くんがまどかくんに本音をぶつけたのはとても嬉しかった。
僕は香賀くんに付き添ってくれた御礼と、休暇は途中で切り上げて帰る事を伝えた。
塩谷くんにも同じ文面でメッセージを送った。
翌日朝一の飛行機に乗って病院に行くと、まどかくんは文恵くんが自分を心配していた事と、文恵くんに対する態度を香賀くんに窘められた事を不服そうな顔をしながら話した。
まどかくんはまどかくんなりに色々思うところがあったらしく、話が終わると苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「まどかくん……もう少し自分の気持ちに正直になった方がいいよ? 文恵くんもだけど」
「ぅぐ……わかってます……」
まどかくんは苦い顔で返事をした。
姉妹だからか、やはり表情がよく似ていた。
職場で文恵くんに会うと、いの一番に休暇中に連絡した事を謝られた。
文恵くんの中では誰にも頼らず一人で解決したかった問題らしい。
二泊三日の旅行がまどかくんの入院で途中で帰る事になったのを気にしていた。
たとえまどかくんが無事だったとしても、気になって旅行を楽しむどころじゃないと言うと、文恵くんは複雑そうな顔をした。
単刀直入に文恵くんに泣いたのか聞くと、文恵くんはかなり驚いていた。
詳しく話を聞こうとすると、タイミング悪く電話がかかってきて、文恵くんとの話が中断される。
有耶無耶になってしまった話を続けるのは難しく、僕は次の機会を設ける事に決めた。
♢
後日自宅に呼び出すと、文恵くんは神妙な顔つきで家にやって来た。
リビングに行ってソファに腰掛けると、文恵くんはわかりやすく俯く。
何か言う事はないのかと聞くと、文恵くんは連絡が遅れたのを僕が怒っていると思ったようで、僕に謝罪した。
僕はそうじゃなくてと訂正して、香賀くんから聞いたまどかくんとの喧嘩の件を聞いた。
しかし文恵くんはまどかくんと喧嘩した認識がないらしく、首を傾げて自分が妹の前で泣いた事を話した。
思っていた答えとは違っていたが、それでも文恵くんが人前で泣けるようになったのは大きな成長だ。
僕が良かったと言うと、文恵くんは不思議そうな顔をした。
文恵くんは良かったとは思わないと言ったが、僕は人前で泣く行為は自分の弱さを見せる、ある種の強さだと思っている。
やんわり伝えると、弱いところは見せたくないと意地っ張りの文恵くんらしい言葉が返ってきて、僕は思わず笑ってしまった。
頭を撫でると、文恵くんは恥ずかしそうに目を伏せた。
そういうところは子供の頃のままだ。
手で顔の表情を誤魔化す文恵くんに僕はまた笑うと、子供に頼られたい親の意地がある事を話した。
親と子はいつまでも親と子の関係だと言うと、文恵くんはわかっていると複雑そうな顔をした。
肩の力をもう少し抜くように言っても、文恵くんの表情は変わらなかった。
きっと文恵くんは僕を頼りないと思っているから頼らないのではなく、頼り方がわからないから僕を頼らないのだろう。
しっかりしている性格だから余計に文恵くんは先の事を考える。
自分はさて置いて、他人の迷惑ならないかを第一にするのだ。
でも僕としては文恵くんにわがままを言ってほしかった。
遠慮しがちで周りの顔色を窺う癖のある文恵くんは、他人の負担を受け持っても自分の負担は抱えたままだ。
誰かのために何か出来る事は素晴らしい事だが、それで自分が潰れてしまえば意味がない。
だから僕は文恵くんに、わがままになっていいし、もっと自由にしていいのだと伝えた。
しかし文恵くんは今でも充分わがままだと言う。
わがままらしいわがままなんて今まで聞いた事がないのに、今の現状をわがままと言う文恵くんに、僕は少し悲しくなった。
そして彼女をそういう風に育ててしまった自分にどうしようもなく腹が立った。
——彼女を“いい子”にさせてしまったのは、周りの環境が原因なのだ。
大丈夫と言う文恵くんは、まるで自分に無理矢理言い聞かせているようだった。
それを指摘すると、文恵くんは困った顔で駄目なのかと僕に問いかけた。
駄目ではないが、その優しさ故に人との調和を優先して自分の本音を隠してしまうのが心配だ。
僕はムッとして反論しようとする文恵くんを手で制止すると、言葉を続けた。
文恵くんは聡く、人の感情や行動を汲み取る能力があり、その能力は一種の才能だ。
その才能は文恵くん自身を大きく、強い存在に見せるが、それらは良くも悪くも作用する。
周りは頼れる存在だと文恵くんを見たとしても、文恵くん自身が無理をして倒れては本末転倒だ。
順を追って話していくと、文恵くんの図星を突いたようで、文恵くんは黙り込んだ。
そうしてしばらく沈黙すると、文恵くんは自分は弱いのかと僕に尋ねた。
素直に弱くも強くもないと答える。
文恵くんは矛盾していると言った。
そもそも人間は矛盾を抱えていて当然だ。
仕方ない事だと言うと、文恵くんは悪い意味で受け取って浮かない顔をした。
僕は慌てて諦めるのではなく、受け入れるという意味で言ったのだと訂正した。
文恵くんは唐突に、僕にずっと言いたい事があったと言い出した。
平静を装って返事をしたはいいが、僕は何を言われるのかと内心ヒヤヒヤして頬を掻いた。
しかし文恵くんは、自分も家族なのだから頼ってほしい、力になりたいと言ってきた。
ずっと前からそんな事を思っていたのか聞くと、文恵くんは気まずそうにしながらもしっかりと頷く。
僕は文恵くんの優しさに目頭が熱くなった。
文恵くんの肩を叩いて、僕の力になりたいという文恵くんの考えは、僕が君達に頼られたい思いと同じだと教える。
すると文恵くんはまた沈黙して、自分の場合は誰かのためじゃなくて自分のためだから、ただのわがままだと尤もらしい事を口にした。
だから僕は、そのわがままも僕と同じだと言ってやった。
文恵くんは僕に呆れていたが、否定されて悲しくなったのは事実だ。
小さな手に触れて、文恵くんは優しいと改めて伝える。
文恵くんはそれを容易く否定したが、僕はもう一度優しいと言う。
文恵くんは、自分がそうしたいからしているだけで本当の優しさとは違うと言葉を返した。
だから僕は、文恵くんに優しさで相手に見返りを求めた事があるかを尋ねた。
逃げようとする彼女の手を掴んだまま見つめる。
すると文恵くんは観念したように優しさに見返りを求めた事はないし、期待していたらキリがないとこぼした。
それが本当の優しさだと言うと、文恵くんは言っている意味がよくわからないと眉を下げたが、自分の損得感情ではなく相手のためを考えるのが本当の優しさで、文恵くんがたとえ自分のためだと言ったとしても知らない内に誰かのためになっていると説明した。
文恵くんはどこか腑に落ちたようだった。
握っていた手を離すと、八重野くんは不思議そうな顔をした。
両親が生きてさえいれば今頃は上手く大人に頼れていただろうかと、どうしようもない考えが頭をよぎる。
——でも今彼女の目の前にいるのは、他でもない僕だ。僕だから言える言葉がある。
文恵くんの優しさは妹のまどかくんにも伝わっていると言うと、文恵くんはそんな訳ないとすぐ否定した。
すかさず僕はまどかくんは文恵くんの意地っ張りな部分が似ているのだと反論する。
文恵くんはわかりやすく眉間に皺を寄せて首を横に振った。
僕は予想通りの文恵くんの反応に笑みを浮かべると、姉妹でよく話し合った方がいいと助言した。
文恵くんは相変わらず否定的な意見で、まどかくんに話しても自分の話を聞いてくれるとは限らないと言う。
僕は最初から決め付けては勿体ないし、まどかくんがあの態度を取るのは何か理由があるのかもしれないと返事をした。
自分が嫌いだからあの態度なのだと、文恵くんは懲りずに決め付けて、他に理由があるのかと尋ねた。
彼女達の間に確執があるのは明らかだ。
特に妹のまどかくんは姉の文恵くんに対して強い思いを抱いている。
憎まれ口を叩いてはいるが、まどかくんも本当は寂しいのだろう。
僕は溜息をつく文恵くんの頭を撫でた後、両頬を引っ張った。
何ですかと言う文恵くんに、僕は溜息をつく。
文恵くんは私が悪いのかと聞いてきたが、喧嘩両成敗だと正論を口にした。
喧嘩はしていないと言い返されたが、僕は取り合わなかった。
二人の仲を取り持ちたい気持ちはある。
しかし姉弟の間に何度僕が入っても、根本的な解決にはならなかったため、今は見守る事にした。
わざと荒っぽく文恵くんの髪を撫でてから手櫛で髪をとくと、文恵くんは慌てた様子でソファから立ち上がった。
そろそろ帰ると言う文恵くんに、送るから待ってと引き止める。
脈絡なしにいつもありがとうと頭を下げられて、僕はびっくりして一瞬思考が止まった。
血の繋がりがなくても僕を慕ってくれるのはやっぱり嬉しくて、この子の親でいられる事を誇らしく思った。
——与乃が生きていたら、彼女にどんな言葉をかけただろうか。
僕はそっと息を吐き出すと、頬を掻いた。
答えなんて出なかった。
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