71 / 133
凡人か才人か
凡人か才人か1
しおりを挟む「——ねえキミ、此処の人間じゃないでしょ」
「え?」
公園の広場ではしゃぐ大福とよもぎちゃんを眺めていると、いきなり女の子が声をかけてきた。
見た目は大人しそうな女の子である。
そもそも僕が此処の人間じゃないなんて、どうしてわかったのだろう。
この子は特殊な能力でも持っているのだろうか。
頭の中でぐるぐると思考を巡らせていると、女の子が僕の顔を下から覗き込んだ。
「ねえ、聞いてる?」
「えっ、あ、うん……聞いてる」
「冴えない返事。まるで凡人みたいね」
女の子の鋭い一言に、僕は苦笑いを浮かべた。
——凡人"みたい"ではなく、僕は凡人なんだけどな。
女の子は僕を上から下まで見ると、大きく溜息を吐き出した。
「キミ、地上《うえ》から来たの?」
「ええと……うん、そうだよ」
「ふーん。ワタシは地下《した》だよ」
「そうなんだ」
「そうなんだって……それだけ?」
僕が不思議そうに首を傾げると、女の子は訝しげな顔をした。
女の子の欲しい答えを僕は用意出来なかったらしい。
「あー……ごめん。僕、記憶喪失なんだ」
「……ああ、それで。どおりで今までと反応が違うと思った」
「?」
「地上生まれの人間ってね、地下生まれの人間を見下した奴が多いの。で、逆に地下生まれの人間は地上生まれの人間を見下してる」
「???」
突然始まった話についていけないでいると、僕が理解していない様子が伝わったのか、女の子は呆れた表情になった。
女の子はさっきより深い溜息を吐き出すと、僕に指を差した。
「要するに、差別があるって言ってるのよ」
「え……でもそれは凡人と才人の間だけなんじゃないの? 此処にいる時点で皆才人なんじゃ……」
「才人だとしても最下層は最下層の中で、見えない階級があるの」
女の子はその見えない階級こそが差別なのだと続けた。
僕は凡人と才人の間に差別があるものと認識していたけど、この女の子が言うには才人と才人の間にもあるものらしかった。
「……キミは随分と平和な所に住んでるんだね」
「平和かどうかはわからないけど、少なくとも僕の周りに差別をするような悪い人はいないよ」
「それはそれは、羨ましい限りだわ。ワタシの所は当たり前にあったもの」
「そうなの?」
「そうよ。キミ、都会に住んでるでしょ。田舎だとそういうのはよくあるのよ」
女の子は遠くを見つめて声を落とした。
寂しそうでいて、何かを諦めているような、そんな顔をしている。
「ワタシは才人の中でも凡人寄りだったのよ。才能がなかった」
「でも、君は地下生まれで……」
「生まれた所が地下ってだけ。ワタシは普通だった」
「普通……」
「そう。才人が嫌いな"普通"の人間」
そう言われると、僕にも聞き覚えがあった。
地上で聞いた"普通"の言葉の数々である。
だけど普通なのは僕が凡人だからだったし、それが良い事とされていた。
普通じゃなければ、地下に落とされてしまうのだ。
女の子は才人の中では社会階級的に上位の最下層で生まれたけど、自分が凡人寄りの才能しか持っていなかったため、そこで差別を受けていたようだった。
口から出る言葉は冷たいものばかりで、僕は少し心がざわついた。
「どいつもこいつも才能が好きなのよ。それで他人を見下したいの」
「皆が皆、そうじゃないと思うけど……」
「それはキミが差別をされた事がない側の人間だから言えるのよ。だからそういう綺麗事が言える」
「綺麗事……」
「そうだよ、綺麗事だよ。ワタシから言わせればね」
女の子は目を伏せた。
僕は何も言えなかった。
きっと僕が何を言っても、この子にとって綺麗事になってしまうから。
でもそれはなんだか、すごく寂しかった。
「……なんでキミがそんな顔するのよ」
「だって……君の言う通り、僕は綺麗事しか言えない人間だから」
「……変な奴だね、キミ」
目が合った。
夏の太陽みたいな明るい目だ。
声は呆れが含まれていたけど、少し笑っていた。
「——実は僕、凡人なんだ」
僕はどうにか目の前の女の子を慰めたくて、言ってはいけない秘密を口にした。
女の子はそれを聞いた途端、眉間に皺を刻んで、苦虫を噛み潰したような顔になった。
「……何? 新手のギャグ?」
「違うよ。本当に僕は凡人なんだ。才人の記憶なんて僕にはない」
「地下に来た時点で才人でしょ。記憶がないせいじゃないの?」
「記憶はないよ。でもそれは僕の大切な人の記憶だけで、凡人の僕の記憶はあるんだ」
訳がわからないといった顔で女の子は黙って僕を見つめた。
僕自身も訳がわからなくて当然だと思う。
だけど才能がないという才人の女の子の言葉を聞いたら、そんなの僕の方がないよと言いたくなったのだ。
——才人の君が、才能がないなんて事ある訳ないって。
「君に才能はあるよ。僕なんかよりずっと」
「……それで慰めてるつもり?」
「っごめん、気に障った?」
怒ったように言う女の子に僕はすぐ謝った。
すると女の子は今日で一番長い溜息を吐き出した後、へらりと笑った。
「ヘッタクソ」
「う゛っ」
「……ま、いいけどね。一応アリガト」
女の子はそう言うと、元気に走り回る大福達に目を向けた。
僕は上手い言葉が出てこなくて、走る大福達を女の子と一緒にしばらく眺めた。
「ねえ、キミの名前は?」
「僕はサンっていうんだ。君は?」
「ワタシはN」
「え。それって名前じゃないんじゃ……」
「なんでキミにワタシの名前教えなきゃいけないの」
「そ、そうだけど……」
予想もしなかった返事をされた僕は、少しショックを受けた。
確かに女の子—— Nちゃんの言う通りだけど、言い方が機械的で冷たかったのだ。
Nちゃんはしゃがんで一輪の花を摘み取ると、すっくと立ち上がった。
「じゃあね」
「えっ」
目をこすってみても、Nちゃんはもうそこにはいなかった。
まるで最初から存在していなかったようだ。
辺りを見回しても、見えるのは平和な公園の景色だけで、さっきまで話していたNちゃんは何処にもいなかった。
……もしかして幽霊だった?
ふと考えた仮説に、僕は思わず首を横に振った。
幽霊なら見るのも話すのも出来なかったはずである。僕にそんな能力はないから尚更だ。
いきなり姿を消したのはNちゃんがマジシャンだったからの方が、幽霊説よりあり得るような気がした。
そうやって色々考えている内に、いつの間にか遊んでいたはずの大福が僕の足元にやって来ていた。
僕は無言で大福を両手で撫でると、肌寒さを紛らせた。
0
あなたにおすすめの小説
ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜
遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった!
木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。
「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」
そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
揺れぬ王と、その隣で均衡を保つ妃
ふわふわ
恋愛
婚約破棄の断罪の場で、すべては始まった。
王太子は感情に流され、公爵令嬢との婚約を解消する。
だが、その決断は王家と貴族社会の均衡を揺るがし、国そのものを危うくする一手だった。
――それでも彼女は、声を荒らげない。
問いただすのはただ一つ。
「そのご婚約は、国家にとって正当なものですか?」
制度、資格、責任。
恋ではなく“国家の構造”を示した瞬間、王太子は初めて己の立場を知る。
やがて選ばれるのは、感情ではなく均衡。
衝動の王子は、嵐を起こさぬ王へと変わっていく。
そして彼の隣には、常に彼女が立つ。
派手な革命も、劇的な勝利もない。
あるのは、小さな揺れを整え続ける日々。
遠雷を読み、火種を消し、疑念に居場所を与え、
声なき拍手を聞き取る。
これは――
嵐を起こさなかった王と、
その隣で国家の均衡を保ち続けた妃の物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる