Rasanz‼︎ーラザンツー

池代智美

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凡人か才人か

凡人か才人か1

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「——ねえキミ、此処の人間じゃないでしょ」
「え?」

 公園の広場ではしゃぐ大福とよもぎちゃんを眺めていると、いきなり女の子が声をかけてきた。
 見た目は大人しそうな女の子である。
そもそも僕が此処の人間じゃないなんて、どうしてわかったのだろう。
この子は特殊な能力でも持っているのだろうか。
 頭の中でぐるぐると思考を巡らせていると、女の子が僕の顔を下から覗き込んだ。

「ねえ、聞いてる?」
「えっ、あ、うん……聞いてる」
「冴えない返事。まるで凡人みたいね」

 女の子の鋭い一言に、僕は苦笑いを浮かべた。
 
——凡人"みたい"ではなく、僕は凡人なんだけどな。

 女の子は僕を上から下まで見ると、大きく溜息を吐き出した。

「キミ、地上《うえ》から来たの?」
「ええと……うん、そうだよ」
「ふーん。ワタシは地下《した》だよ」
「そうなんだ」
「そうなんだって……それだけ?」

 僕が不思議そうに首を傾げると、女の子は訝しげな顔をした。
 女の子の欲しい答えを僕は用意出来なかったらしい。

「あー……ごめん。僕、記憶喪失なんだ」
「……ああ、それで。どおりで今までと反応が違うと思った」
「?」
「地上生まれの人間ってね、地下生まれの人間を見下した奴が多いの。で、逆に地下生まれの人間は地上生まれの人間を見下してる」
「???」

 突然始まった話についていけないでいると、僕が理解していない様子が伝わったのか、女の子は呆れた表情になった。
 女の子はさっきより深い溜息を吐き出すと、僕に指を差した。

「要するに、差別があるって言ってるのよ」
「え……でもそれは凡人と才人の間だけなんじゃないの? 此処にいる時点で皆才人なんじゃ……」
「才人だとしても最下層は最下層の中で、見えない階級があるの」

 女の子はその見えない階級こそが差別なのだと続けた。
 僕は凡人と才人の間に差別があるものと認識していたけど、この女の子が言うには才人と才人の間にもあるものらしかった。

「……キミは随分と平和な所に住んでるんだね」
「平和かどうかはわからないけど、少なくとも僕の周りに差別をするような悪い人はいないよ」
「それはそれは、羨ましい限りだわ。ワタシの所は当たり前にあったもの」
「そうなの?」
「そうよ。キミ、都会に住んでるでしょ。田舎だとそういうのはよくあるのよ」

 女の子は遠くを見つめて声を落とした。
 寂しそうでいて、何かを諦めているような、そんな顔をしている。

「ワタシは才人の中でも凡人寄りだったのよ。才能がなかった」
「でも、君は地下生まれで……」
「生まれた所が地下ってだけ。ワタシは普通だった」
「普通……」
「そう。才人が嫌いな"普通"の人間」

 そう言われると、僕にも聞き覚えがあった。 
 地上で聞いた"普通"の言葉の数々である。
だけど普通なのは僕が凡人だからだったし、それが良い事とされていた。
 普通じゃなければ、地下に落とされてしまうのだ。

 女の子は才人の中では社会階級的に上位の最下層で生まれたけど、自分が凡人寄りの才能しか持っていなかったため、そこで差別を受けていたようだった。
 口から出る言葉は冷たいものばかりで、僕は少し心がざわついた。

「どいつもこいつも才能が好きなのよ。それで他人を見下したいの」
「皆が皆、そうじゃないと思うけど……」
「それはキミが差別をされた事がない側の人間だから言えるのよ。だからそういう綺麗事が言える」
「綺麗事……」
「そうだよ、綺麗事だよ。ワタシから言わせればね」

 女の子は目を伏せた。
 僕は何も言えなかった。
きっと僕が何を言っても、この子にとって綺麗事になってしまうから。
でもそれはなんだか、すごく寂しかった。

「……なんでキミがそんな顔するのよ」
「だって……君の言う通り、僕は綺麗事しか言えない人間だから」
「……変な奴だね、キミ」

 目が合った。
 夏の太陽みたいな明るい目だ。
 声は呆れが含まれていたけど、少し笑っていた。

「——実は僕、凡人なんだ」

 僕はどうにか目の前の女の子を慰めたくて、言ってはいけない秘密を口にした。
 女の子はそれを聞いた途端、眉間に皺を刻んで、苦虫を噛み潰したような顔になった。

「……何? 新手のギャグ?」
「違うよ。本当に僕は凡人なんだ。才人の記憶なんて僕にはない」
「地下に来た時点で才人でしょ。記憶がないせいじゃないの?」
「記憶はないよ。でもそれは僕の大切な人の記憶だけで、凡人の僕の記憶はあるんだ」

 訳がわからないといった顔で女の子は黙って僕を見つめた。
 僕自身も訳がわからなくて当然だと思う。
だけど才能がないという才人の女の子の言葉を聞いたら、そんなの僕の方がないよと言いたくなったのだ。

——才人の君が、才能がないなんて事ある訳ないって。

「君に才能はあるよ。僕なんかよりずっと」
「……それで慰めてるつもり?」
「っごめん、気に障った?」

 怒ったように言う女の子に僕はすぐ謝った。
すると女の子は今日で一番長い溜息を吐き出した後、へらりと笑った。

「ヘッタクソ」
「う゛っ」
「……ま、いいけどね。一応アリガト」

 女の子はそう言うと、元気に走り回る大福達に目を向けた。
 僕は上手い言葉が出てこなくて、走る大福達を女の子と一緒にしばらく眺めた。

「ねえ、キミの名前は?」
「僕はサンっていうんだ。君は?」
「ワタシはN」
「え。それって名前じゃないんじゃ……」
「なんでキミにワタシの名前教えなきゃいけないの」
「そ、そうだけど……」

 予想もしなかった返事をされた僕は、少しショックを受けた。
 確かに女の子—— Nちゃんの言う通りだけど、言い方が機械的で冷たかったのだ。
 Nちゃんはしゃがんで一輪の花を摘み取ると、すっくと立ち上がった。

「じゃあね」
「えっ」

 目をこすってみても、Nちゃんはもうそこにはいなかった。
 まるで最初から存在していなかったようだ。
 辺りを見回しても、見えるのは平和な公園の景色だけで、さっきまで話していたNちゃんは何処にもいなかった。

……もしかして幽霊だった?

 ふと考えた仮説に、僕は思わず首を横に振った。
 幽霊なら見るのも話すのも出来なかったはずである。僕にそんな能力はないから尚更だ。
 いきなり姿を消したのはNちゃんがマジシャンだったからの方が、幽霊説よりあり得るような気がした。
そうやって色々考えている内に、いつの間にか遊んでいたはずの大福が僕の足元にやって来ていた。
 僕は無言で大福を両手で撫でると、肌寒さを紛らせた。
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