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第1章:異世界来訪編

第10話:修行③ ~動じぬ強い心をもつべし~

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 初めて投影を成功させてからというもの、流王の助言の下、僕は更なる練習にはげんだ。

「実は、草切れに樹木のイメージを投影させるのって、結構難しいんだ。同じ自然物とはいえ、硬度が全然違うしね。だからこそ、それを成功させた丈嗣たけつぐ君なら、応用だって比較的簡単に利かせられるはずだよ」

 実際彼の言葉は正鵠せいこくを射ていた。
 僕は樹に鉄を、石に樹を、草に石をと、次々にイメージ投影を成功させていった。これには流王るおうだけでなく、他のメンバーも驚いていた。あかねなどは、自分にもコツを教えて欲しいとこっそり相談に来たくらいだ。

 チートを使いこなせるようになるにつれて、あの妙な“酔い”も徐々に軽減されていった。
 これも流王に教えてもらったことだが、僕たち“サンプル”はこうして能力を習得することにより、TCKとの親和性を高めることが出来るのだと言う。

「これはあくまで推測だけど、チートを使えば使うほど、脳のゲームへの適応率が高まるんだと思う。現実世界と同じように、練習して修行することで、このTCKでも強くなることができるんだ。
 だからって、身の丈に合わない力の行使は禁物だよ。チートっていうのは、ゲーム上に設定されたルールを超える力だ。無理したら脳に負荷がかかって、最悪の場合死に至る可能性だってある」
「……過去に、誰か亡くなった人がいるんですか」

 流王は目元を細めたが、それ以上は何も言わなかった。

 ただ、無理なチートの行使は避けるよう何度も念押しされたことから想像するに、それは実際に起きた出来事だったのだろう。時が経てば、いつかは話してくれるのだろうか。

******

 そして遂に、僕の修行は最終段階を迎えようとしていた。
 流王の部屋に入ると、既に阿羅あら宇羅うらが椅子に座ってこちらを見ている。

「この課題をクリアすれば、丈嗣君も晴れて半人前――いや、四分の一人前だ!」
「何言ってるんですか、良くて十分の一人前でしょ。……というか、何で私ここに呼ばれたの、流王さん」
「何言ってるんだ、阿羅。丈嗣君のサポートに決まってるだろ」
「ハァァァァァ?! 何で私が」
「不安なのは分かる。確かに、三分の一人前の君だけでは、もしもの時に丈嗣君を守り切れないものな」
「え……私まだそんなに頼りないですかね」

 珍しく落ち込んだ顔をしている阿羅の肩を、宇羅が優しく叩く。

「大丈夫だよ、阿羅。私がいれば百人力だから」
「宇羅さん……ちゃんもいるなら心強いよ」
「おい丈嗣、何しれっと宇羅にタメ口きいてんだよ、お前」

 阿羅が怒気のこもった視線を寄越したが、素知らぬふりをしてやり過ごす。
 彼女に「シカト」が有効であることは、宇羅からこっそりと聞いていた。ただし、用法・用量に気をつけないと、とても面倒な「拗ねモード」に突入するため注意、とのことだ。1度くらいは彼女の拗ねた姿も見てみたいが、それは次の機会に取っておくことにする。

 場が収まったところで、流王が課題の内容を説明した。

 内容は至ってシンプルで、街を出た先にある「始まりの魔窟まくつ」の最奥にあるアイテム、「老退竜の尾鱗びりん」を取ってくるというものだった。希少性の高いアイテムではないが、流王に見せてもらったそれは、サファイアのように美しい澄んだ紺碧こんぺき色をしていた。 

 いよいよ、この力を使って魔物を倒す時が来たのだ。
 この経験したことのない胸の高鳴りはなんだろう。無性に大声をあげて自分を鼓舞したいこの気持ちはなんだろう。

 早くも腰を浮かしかけている僕を見て、阿羅と宇羅は顔を見あわせて苦笑している。
 流王もやれやれといった調子で首を振ったが、直後に僕を見据えた瞳は真剣そのもので、僕は思わず生唾を飲み込んだ。

「最後に1つ、言っておかなきゃいけないことがある」
「分かってますよ。身の丈を超えたチートの行使は控えよ、でしょ?」

 調子づいていた僕はそう軽口を叩いたが、こちらに向けられた視線は冗談とは思えない。

 急に雲行きが怪しくなり、僕は戸惑った。

「いや、もっと大切なことだ」

 そう告げる流王はいつになく神妙な面持ちをしている。先ほどまでは陽気に見えた阿羅と宇羅も、心なしか緊張しているようだ。
 流王は小さく息を吸うと、一言だけ口にした。

「死ぬな」
「……はい?」
「死ぬなよ、丈嗣君」

 言葉の意味を図りかね、首をかしげる。

 死んだら、課題クリアならず、ということだろうか。確かに、制限時間はないようだし、それくらいの縛りはあっても良いかもしれない。
 そういえば、僕はこのTCKに来てから、幸運にも1度もゲームオーバーになっていない。安原は、ゲームオーバーになったらペナルティがあると言っていた。一体どんなペナルティが課されるのだろう。

 だが、続く言葉に僕はわが耳を疑った。

「死んだら、君の人生も終わる。ゲーム内の死は、肉体の死に直結している。俺たちに、復活なんて温い救済措置はない。脳の機能は止まり、現実の肉体は魂の抜けた肉塊へと変わる。だから……死ぬなよ」

 最後の言葉は耳に入らなかった。僕は口をあんぐりと開けて、流王とひいらぎ姉妹を代わる代わるに見つめた。

 しかし誰も、冗談だと笑いはしなかった。

******

 部屋から出ようとしたところで、僕だけが流王に引きとめられた。なぜか声を潜めて、耳元でささやくように尋ねられる。

「ちなみに、丈嗣君は何番なんだ?」
「……え?」
「TCKに接続される時に、現実世界でベッドのある部屋に入っただろう。その部屋の番号さ。
 動揺しているところ悪いが、とても大切なことなんだ。覚えていたら教えてもらえないか」
「……ええと、すいません……全く覚えてないんです」
「そうか。もし思い出したら、まずは俺に教えてくれよ。ちょっと気になることがあるからさ」

 生返事をして、部屋を辞去する。

 部屋番号? そんなものはどうだって良いだろう。そんなことより、ゲーム内で死んだらもう復活できないってどういうことだ。そんな話、今の今まで聞いたことがない。

 現実感が希薄だった。足の裏の感触はふわふわとしていて、支えのない雲の上を歩いているような気分がする。部屋を出て数歩歩いたところで、僕は立ち止まった。

 ……そうだ、比喩だ。あの話は、たとえ話に違いない。
 要は「死ぬ気で」やれと、そういうことなんだろう?

 小声でぶつぶつとつぶやいていると、前を歩いていた阿羅がこちらを振り向いた。

「おい、大丈夫かよ」

 だが僕は答えなかった――いな、答えられる状況になかった。その時僕は、必死に自分に言い聞かせていたからだ。

 ……あの話は僕のやる気を引き出すための方便だ。よくある精神論の類にすぎない。
 そうだ、そうに決まってる。さも本当に死んでしまうような口ぶりで話せば、怠惰たいだな僕もやる気を出すとでも思ったのだろう。
 そんな発破はっぱをかけられずとも、僕だってやる時はやって――

「おいってば!」

 いら立った声と同時に、頭に鈍い衝撃が走る。視線をあげると、不機嫌そうな阿羅の視線と真っ向からぶつかった。
 彼女は僕の頭に振り下ろしたこぶしを戻すと、とげとげしい表情のまま腕組みをした。

「何を急にうじうじしてんだよ、お前」
「……ほっといてくれ」

 口が勝手に動いたと思ったら、そんな言葉が飛び出していた。
 直後にいかんともしがたい自己嫌悪が自分を包む。

 阿羅はそれほど感情的になってはいなかった。ふんと小馬鹿にしたように鼻を鳴らすと、くるりとこちらに背を向けた。振り向かないまま、ぽつりとつぶやく。

「ま、あとはあんた次第だから」

 そう言うと彼女はそのまま1度も振り返ることなく、僕の前から歩き去っていく。

 名状しがたいやるせなさと、今まで感じたことのない孤独感だけがいつまでも尾を引いていた。
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