56 / 65
56 トリックスター
しおりを挟む
この国では珍しいピンク色の淡い光をまとった髪。
優しげな微笑みを湛えながらも、どこか達観したこの世のものとは思えない、静けさと美貌をまとったタレ目の……何故かちょっとイラッとする謎の女性。
私は思わず身を起こしました。
屈強な近衛騎士たちの警備を実力で突破してきた『猛者』なのではないかと思ったのです。
ですが……とても華奢なそのお姿に、考えを改めました。
武器も持たない、か弱い女性がどうやって近衛騎士さんを打ち倒すのでしょうか。
それでは、どうやってここに来たのでしょう?
疑問はつきませんが、私が一番疑問に思っていることを聞いてみます。
「……どなた様、でしょうか……?」
私の問いかけに、その女性はそっと微笑みます。
そして、まるで母が子に語りかけるような、柔らかで、温かな口調で答えました。
「あなたは、今までずっと努力してきたのよ。たとえ思い出せなくてもね。私はずっと見てきたの。あなたが癒してきた人々のことを。あなたの選択が救った未来のことを。だから、安心して――セレナティアちゃん。浄化の儀式はきっと、うまくいくわ」
私が『誰でしょうか』と聞いたのに、素っ頓狂で不思議な答えが帰ってきました。
このお方は話が通じません。とにかくイライラします。
きっと自己中心的な方なのでしょう。
こういう方はあまり相手にしないほうが良さそうです。
気持ちを落ち着かせるために、一度目を閉じました。
深呼吸をしましょう。
もう一度目を開けてみると、謎の女性は姿を消していました。
いまのは夢だったのでしょうか?
だとしたら、ああいうのを悪夢というのですね。
そうして迎えた――浄化の儀式、当日の朝でした。
重い部屋の扉が開かれ、数人の神官さんたちがしずしずと部屋へと入ってきました。
彼らは純白の装束と神聖な香をまとっています。
私は静かに立ち上がると、儀式用の特別な白装束に身を包みます。
いよいよです。
この一歩の先に、私の運命が――浄化の儀式が待っているのです。
◆
牢獄の中は、静かでやることがなかった。
外界の喧噪も、時間の流れすらも、冷たい石に隔てられて遠ざかっていくようだった。
思い返せば、ミレイナ嬢には悪いことをしてしまった。
何かを言おうとした彼女を止めるために「セレナティア様を頼みます」と言ったが……純真なミレイナ嬢のことだ。きっと本気に受け止めてしまっただろう。
あんなことがあったのだ。リュシオン殿下が彼女たちに見張りをつけないはずがない。きっと今頃は身動き1つ取れない状況で気をもんでいるに違いない。
俺の言葉で苦しんでいなければいいが……。
言っておくが、俺はここで腐っていたわけじゃない。
収監されてからもずっと日にちを数えて準備してきたのだ。
セレナは今日、浄化の儀式を迎える。
俺は、ここで、何もできずにただ待っているしかないのか?
このまま、セレナを救えないままで終わるのか?
――答えは否だ。
もし、そんなことになれば俺は一生後悔する。
月明かりが差し込む独房で、俺はひとり血が滲むほどに拳を固く握った。
まだ外は暗く、夜が明ける時間じゃない。日が昇るまでは数時間程度あるだろう。
脱獄するなら……今しかない。
あれから毎日、何度も牢の鍵や壁の造りを調べた。看守が見張りにくるタイミングも感覚で覚えた。
ちょうど今が見張りの交代の隙をつける時間だ。
たとえ後で罰されようとも、極刑になっても構わない――セレナの命は俺が救う。
そして、意を決して立ち上がったその瞬間、後ろから声がした。
「はぁ~い、そこでストップぅ、団長さん♪」
「……なにっ!?」
――ここは独房だぞ?
さっきまで誰もいなかったはずだ……そもそも。俺が収監されてからこの部屋の扉が空いたことはないといのに。
それなのに……さも当然のように牢の中に女が現れたのだ。
これは、現実か?
ピンク色の髪に、どこか神々しさを感じさせる気配。
母性を感じさせるその表情は、人間離れしているといっていいほどに整っている。まるで彫刻のような完全に調和の取れた美しさ。少しタレ目だけれど……。
一体誰なんだ、この女性は?
……いや、まてよ? 一度だけ会ったことがある。
「貴女は……たしか、セレナのご友人の?」
「久しぶりねぇ、団長さん。そうでぇ~す。セレナティアちゃんの友達。エルちゃんで~す」
場違いなほど間延びした声でそう言うと、自称『エルちゃん』はくるりと回って見せる。
自由すぎるその振る舞いに言葉を失っていると、彼女は慈愛に見た表情で微笑んだ。
「セレナティアちゃん、とってもいい子でしょ? 仲良くしてくれてありがとうね」
「いえ、こちら……こそ……?」
まさか、それだけを言いに来たのか?
「違うわ。あなたを止めるためにきたの。今あなたが牢から出ても……事態は良くならないどころか、むしろ悪化するから」
今……俺の心を読んだ? まだ何も言っていないぞ?
俺は戸惑いながらも必死に反論する。
「悪化するだと? じゃあ、セレナが危険な儀式に向かおうとするのを……黙って見ていろというのか?」
「う~ん……」
彼女は独房の中を、自分の庭を散歩するかのように歩きだした。そして何かを考えているようだったが、ポツリと呟いた。
「あのね……説明しにくいんだけど、浄化の儀式は無事に終わるの。これは保証するわ」
その言葉に、俺は息を呑んだ。
なぜだろう。全く根拠ない話なのに……心のどこかで、その言葉を信じたいと思ってしまった。
「……それでも、俺は――セレナを」
「あなたが無茶をすれば、守れる命すら守れなくなるの。それに……セレナティアちゃんは、きっとその後にこそ、あなたの助けを必要とする。だから、今は……耐えて。彼女の未来を信じてあげて」
彼女はそっと、俺の肩に手を添えた。
その手は不思議な温かさを持っていて、妙な安心感を感じる。
「わかった。脱獄はやめよう。だが、その話は本当なんだろうな――」
振り返ると、そこには誰もいなかった。
優しげな微笑みを湛えながらも、どこか達観したこの世のものとは思えない、静けさと美貌をまとったタレ目の……何故かちょっとイラッとする謎の女性。
私は思わず身を起こしました。
屈強な近衛騎士たちの警備を実力で突破してきた『猛者』なのではないかと思ったのです。
ですが……とても華奢なそのお姿に、考えを改めました。
武器も持たない、か弱い女性がどうやって近衛騎士さんを打ち倒すのでしょうか。
それでは、どうやってここに来たのでしょう?
疑問はつきませんが、私が一番疑問に思っていることを聞いてみます。
「……どなた様、でしょうか……?」
私の問いかけに、その女性はそっと微笑みます。
そして、まるで母が子に語りかけるような、柔らかで、温かな口調で答えました。
「あなたは、今までずっと努力してきたのよ。たとえ思い出せなくてもね。私はずっと見てきたの。あなたが癒してきた人々のことを。あなたの選択が救った未来のことを。だから、安心して――セレナティアちゃん。浄化の儀式はきっと、うまくいくわ」
私が『誰でしょうか』と聞いたのに、素っ頓狂で不思議な答えが帰ってきました。
このお方は話が通じません。とにかくイライラします。
きっと自己中心的な方なのでしょう。
こういう方はあまり相手にしないほうが良さそうです。
気持ちを落ち着かせるために、一度目を閉じました。
深呼吸をしましょう。
もう一度目を開けてみると、謎の女性は姿を消していました。
いまのは夢だったのでしょうか?
だとしたら、ああいうのを悪夢というのですね。
そうして迎えた――浄化の儀式、当日の朝でした。
重い部屋の扉が開かれ、数人の神官さんたちがしずしずと部屋へと入ってきました。
彼らは純白の装束と神聖な香をまとっています。
私は静かに立ち上がると、儀式用の特別な白装束に身を包みます。
いよいよです。
この一歩の先に、私の運命が――浄化の儀式が待っているのです。
◆
牢獄の中は、静かでやることがなかった。
外界の喧噪も、時間の流れすらも、冷たい石に隔てられて遠ざかっていくようだった。
思い返せば、ミレイナ嬢には悪いことをしてしまった。
何かを言おうとした彼女を止めるために「セレナティア様を頼みます」と言ったが……純真なミレイナ嬢のことだ。きっと本気に受け止めてしまっただろう。
あんなことがあったのだ。リュシオン殿下が彼女たちに見張りをつけないはずがない。きっと今頃は身動き1つ取れない状況で気をもんでいるに違いない。
俺の言葉で苦しんでいなければいいが……。
言っておくが、俺はここで腐っていたわけじゃない。
収監されてからもずっと日にちを数えて準備してきたのだ。
セレナは今日、浄化の儀式を迎える。
俺は、ここで、何もできずにただ待っているしかないのか?
このまま、セレナを救えないままで終わるのか?
――答えは否だ。
もし、そんなことになれば俺は一生後悔する。
月明かりが差し込む独房で、俺はひとり血が滲むほどに拳を固く握った。
まだ外は暗く、夜が明ける時間じゃない。日が昇るまでは数時間程度あるだろう。
脱獄するなら……今しかない。
あれから毎日、何度も牢の鍵や壁の造りを調べた。看守が見張りにくるタイミングも感覚で覚えた。
ちょうど今が見張りの交代の隙をつける時間だ。
たとえ後で罰されようとも、極刑になっても構わない――セレナの命は俺が救う。
そして、意を決して立ち上がったその瞬間、後ろから声がした。
「はぁ~い、そこでストップぅ、団長さん♪」
「……なにっ!?」
――ここは独房だぞ?
さっきまで誰もいなかったはずだ……そもそも。俺が収監されてからこの部屋の扉が空いたことはないといのに。
それなのに……さも当然のように牢の中に女が現れたのだ。
これは、現実か?
ピンク色の髪に、どこか神々しさを感じさせる気配。
母性を感じさせるその表情は、人間離れしているといっていいほどに整っている。まるで彫刻のような完全に調和の取れた美しさ。少しタレ目だけれど……。
一体誰なんだ、この女性は?
……いや、まてよ? 一度だけ会ったことがある。
「貴女は……たしか、セレナのご友人の?」
「久しぶりねぇ、団長さん。そうでぇ~す。セレナティアちゃんの友達。エルちゃんで~す」
場違いなほど間延びした声でそう言うと、自称『エルちゃん』はくるりと回って見せる。
自由すぎるその振る舞いに言葉を失っていると、彼女は慈愛に見た表情で微笑んだ。
「セレナティアちゃん、とってもいい子でしょ? 仲良くしてくれてありがとうね」
「いえ、こちら……こそ……?」
まさか、それだけを言いに来たのか?
「違うわ。あなたを止めるためにきたの。今あなたが牢から出ても……事態は良くならないどころか、むしろ悪化するから」
今……俺の心を読んだ? まだ何も言っていないぞ?
俺は戸惑いながらも必死に反論する。
「悪化するだと? じゃあ、セレナが危険な儀式に向かおうとするのを……黙って見ていろというのか?」
「う~ん……」
彼女は独房の中を、自分の庭を散歩するかのように歩きだした。そして何かを考えているようだったが、ポツリと呟いた。
「あのね……説明しにくいんだけど、浄化の儀式は無事に終わるの。これは保証するわ」
その言葉に、俺は息を呑んだ。
なぜだろう。全く根拠ない話なのに……心のどこかで、その言葉を信じたいと思ってしまった。
「……それでも、俺は――セレナを」
「あなたが無茶をすれば、守れる命すら守れなくなるの。それに……セレナティアちゃんは、きっとその後にこそ、あなたの助けを必要とする。だから、今は……耐えて。彼女の未来を信じてあげて」
彼女はそっと、俺の肩に手を添えた。
その手は不思議な温かさを持っていて、妙な安心感を感じる。
「わかった。脱獄はやめよう。だが、その話は本当なんだろうな――」
振り返ると、そこには誰もいなかった。
2
あなたにおすすめの小説
『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています
六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。
しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。
「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
婚約破棄? めんどくさいのでちょうどよかった ――聖女もやめて、温泉でごくらくしてます
ふわふわ
恋愛
婚約破棄を告げられた聖女リヴォルタ・レーレ。
理由は、「彼女より優秀な“真の聖女”が見つかったから」。
……正直、めんどくさい。
政略、責任、義務、期待。
それらすべてから解放された彼女は、
聖女を辞めて、ただ温泉地でのんびり暮らすことを選ぶ。
毎日、湯に浸かって、ご飯を食べて、散歩して。
何もしない、何も背負わない、静かな日常。
ところが――
彼女が去った王都では、なぜか事故や災害が相次ぎ、
一方で、彼女の滞在する温泉地とその周辺だけが
異様なほど平和になっていく。
祈らない。
詠唱しない。
癒やさない。
それでも世界が守られてしまうのは、なぜなのか。
「何もしない」ことを選んだ元聖女と、
彼女に“何もさせない”ことを選び始めた世界。
これは、
誰かを働かせなくても平和が成り立ってしまった、
いちばん静かで、いちばん皮肉な“ざまぁ”の物語。
婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。
黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。
しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。
3回目の人生は、悪役令嬢を辞めて引きこもります~一歩も出ずに国を救ったら、なぜか「聖女」として崇められ最強の男たちが部屋を包囲してくる件~
放浪人
恋愛
公爵令嬢エリザベートは、1度目は悪役令嬢として断罪され処刑、2度目は改心して聖女となり国に尽くしたが過労死……という悲惨な最期を遂げた。 記憶を持ったまま3度目の人生が始まった瞬間、彼女は固く決意する。 「もう絶対に働きません! 今世は部屋から一歩も出ず、睡眠と趣味に命をかけます!」
最強の拒絶結界『絶対領域』で部屋に籠城し、婚約破棄イベントも夜会も全て無視して惰眠を貪ろうとするエリザベート。 しかし、彼女の「働きたくない」一心からの行動――適当な農業アドバイスや、安眠妨害への容赦ない迎撃――が、周囲には「国を憂う深慮遠謀」「慈愛に満ちた奇跡」として超好意的に解釈されてしまう!?
ヤンデレ化した元婚約者の王太子、物理で愛を語る脳筋騎士団長、効率厨の隣国王子、さらには古代の引きこもり少年までをも巻き込み、事態は国家規模の大騒動へ。 部屋ごと空を飛んで戦場を浄化し、パジャマ姿で古代兵器を操り、地下牢をスイートルームに変えながら、エリザベートは究極の安眠を手に入れることができるのか? 塩対応すればするほど愛され、逃げれば逃げるほど伝説になる、最強引きこもり令嬢の勘違いドタバタ溺愛ファンタジー、ここに完結!
学園では婚約者に冷遇されていますが、有能なので全く気になりません。〜学園でお山の大将されてても、王宮では私の方が有能ですから〜
織り子
恋愛
王都カラディナにある国立魔術学園では、満十六歳の生徒たちの社交界デビューを兼ねた盛大なパーティーが開かれていた。
侯爵令嬢タレイア・オルトランは、婚約者である第二王子アスラン・オグセリアの迎えを待つも、結局ひとりで会場へ向かうことになる。
学園では身分の差がないとはいえ、アスランが公然とタレイアを侮辱し続けてきたことで、彼女は生徒たちから冷笑と蔑視の的となっていた。しかしタレイアは、王城で政務を担ってきた聡明さと矜持を失わず、毅然と振る舞う。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる