元勇者、2度目の転生で推しの悪役令嬢(脳筋)から下僕に任命されたので断罪フラグをぶっ壊すことにした

ちくわ食べます

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7話 抜剣せよ

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「そんな……オーガが2体もいるなんて……」


 アメリアが絶望的な声を漏らす。
 しかし、彼女はすぐに唇をきつく結び、僕の前に立ちはだかった。
 

「え!? アメリア様……?」
「リオン君。ここは私が時間を稼ぐわ。あなたはその隙に逃げなさい」
「アメリア様、何を言ってるんですか……?」
「いいから行きなさい! 元はといえば、私があなたを連れてきてしまったのだから。ここを預かるのは私の責任なのよ」
「だめです。下がってください!」
「いいから……あなたは、あなただけでも逃げるのよ……」

 彼女の声は本気だった。
 僕を逃がすために、たった1人で2体のオーガに立ち向かうつもりなのだ。

 アメリアは僕の静止を無視してオーガに近づいていく。

 まるで、オーガの注意を自分に引き付けようとするみたいに……。
 
 その時、前方のオーガが咆哮を上げ、巨大な腕をアメリアに向かって振り下ろそうとした。

「アメリア!」

 ゴゥゥっという風を切る音と共に、オーガの魔の手がアメリアに迫る。
 
 このままじゃアメリアは……。
 そんなことさせるかよ! 
 
「縮地!」

 地響きとともにオーガの腕が地面を抉る。
 だが、そこにアメリアの姿はない。
 
 一瞬で距離を詰めた僕が、アメリアを抱えて離脱していたからだ。

「……僕の推しは、絶対に傷つけさせない」
「え……リオン君? どうして? 私は助かった、の?」

 アメリアの声は小さく震えていた。
 あんな巨大なモンスターだ。いくらアメリアだって怖くないなんてありえない。

 僕は抱えていたアメリアをそっと下ろす。
 その瞬間、スカートとニーハイソックスの間、いわゆる『絶対領域』に目を奪われそうになった。

 ……尊すぎる。

 だが、視線が釘付けになる手前で、唇を噛み締めることでなんとか耐えた。

 大丈夫。……3秒くらいしか見ていないはずだ。
 
「どうしたんですかアメリア様。僕たちは同じ『オシカツ』のパーティーメンバーじゃないですか。僕を頼って下さいよ」
「リオン君……」
「それに僕を、もう少し信じてみませんか?」
「信じる……って、どういうことかしら?」
「だって、アメリア様は僕を認めてくれたんですよね? 昨日のパーティーで『あなたやるわね』って言ってくれたじゃないですか」
「まあ…………言ったわね」

 あの時、初めて推しであるアメリアに褒められて。
 僕は嬉しかったのだ。天にも登るほどに。
 
 たとえ、突然パンチとキックをお見舞いされたとしても。
 そんなことは関係なしに、嬉しかった。

「なら、僕を信じてみましょうよ。あなたが認めたこの僕を……」
「リオン君………………あの、そんなに私の太ももが気になるの?」
「……ッ! また見てしまっていたのか! 僕のバカ!」

 せっかくいい雰囲気になったと思ったのに、ぶち壊しだ!

 でもそんな服を着ていたら目が行っちゃうでしょうよ。
 そんなスラリと長い脚で、眩しい太ももがそこにあるんだもん!
 と、男ならではの言い分があるが……ジロジロ見るのは失礼かもしれない。
 
「ま、まあ気になるといえば気になります……はい。でも、僕のことも信じてもらえると……助かります」
「分かったわリオン君。……信じてあげる」
「ありがとうございます…………」

 アメリアは平然としてるけど……。
 性癖を暴露したみたいで、なんか僕だけが恥ずかしいぞ。

「さあ行くのよ下僕ッ! あの化け物を倒しなさい!」
「了解です。アメリア様!」

 アメリアが普段のお嬢様モードに戻ったら、僕もなんか調子出てきた気がする。
 やっぱり彼女はこうじゃないと。
 
「オーガたちを倒したら、太ももを好きなだけ見せてあげるわ……」
「なんですとっ!?」
 
 オーガたちは僕が必ず倒す!
 だって……アイツらは僕の推しを叩き潰そうとしたから。
 べ、別に太ももを見たいからとかじゃないぞ……。

 じゃあ、ひとおもいに葬ってやろう。
 ゴブリンを一掃した光魔法で片付けてやる。

「ルミナス・アロー!」

 指先から小さな光の点が生まれ、そこから分裂した光の矢が放たれる。
 それは寸分たがわずに前方のオーガに降り注いだ。
 
 
「グ……ォ?」

 しかし……。
 
 オーガは一瞬、煩わしそうに眉をひそめただけ。光の矢はその分厚い皮膚に傷を付けることすらできず、弾けて消えてしまった。

 ゴブリンに致命傷を与えた光魔法だったが、オーガには全く効いていない。

「なっ……効いてない!?」
「ダメよ、リオン君! オーガは魔法耐性が高いの! 魔法は……恐らく、効かないわッ!」

 そうか、この世界のオーガは魔法で戦うのは分が悪いんだな。

 ……なら物理で攻めようじゃないか。

 僕が意を決して向き直ると、オーガは生えていた木をメキメキと引き抜いた。
 それが何でもない取るに足らないことかのように!
 
 なんていう怪力だ……。

 そして大木を軽々と振り上げ、僕に向かって薙ぎ払うようにして襲いかかってきた。

 
 僕はとっさにオーガの足元に駆け込み、その巨大な棍棒による薙ぎ払いをスライディングでくぐり抜ける。

 ブォン――と空気を切り裂く凄まじい風圧。

 その凄まじい音を置き去りにして、僕はオーガの膝裏に全体重を乗せた蹴りを叩き込んだ。
 
 よし、確かな手応え!!

 だが、僕の全力の蹴りを受けてもオーガはよろめきすらしなかった。
 そして攻撃をまるで意にも介さず、醜い顔をゆっくりとこちらに向ける。
 
「たいして効いてない……か」

 考えてみれば当たり前だ。
 リオンの肉体的な能力は勇者のそれとは比べるまでもなく低い。ゴブリンならまだしも、オーガともなるとダメージを与えるのは厳しいのだろう。
 
「リオン君……やっぱり逃げましょうか。オーガは私たちの手に追える相手じゃないのよ」
「でも、こいつらを見逃したら他の人に被害が及びますよ!」
「それはギルドに報告すれば済むことだわ。そうすればギルドが手を打つはずよ。私たちがやるべきなのは早くこの場から撤退して、この異常事態を報告することよ」
「アメリア様……」

 たしかに彼女の言うことは正論だ。
 こんな魔法も物理もほとんど通らないような化け物が、低ランクの冒険者が行くような森にいるなんて明らかに異常だ。
 
 放っておけば、相当な数の冒険者に被害者が出てしまうだろう。
 速やかにギルドに報告して、低ランクの冒険者を立ち入り禁止にしないといけない。そして高ランクの冒険者で討伐作戦を立てるべきだろう。

 だがそれは、僕がオーガを倒せない場合の話だ。

「こいつらは……僕がここで倒します」
「でも……どうやって? 魔法も物理も効かないのよ? 太ももはお預けになるけど、ここは引くべきだわ」
「……大丈夫です。まだ、手はあります」

 ……別に、太ももが見たくて食い下がっていると思わないで欲しい。
 僕にはまだ、打つ手があるのだ。
 
 厳密に言うと、オーガは物理が通じないわけじゃない。
 僕の体術が通じないだけだ。
 
 それなら……体術を上回る威力の手段を使えばいい。
 
「勇者の名において命ずる。抜剣せよエクス・ルクス!」

 詠唱に応えるように、掲げた右手の先に光の亀裂が生じて空間が裂ける。僕はその裂けた空間に手を突っ込んで『それ』を引っ張り出した。
 
 清らかな水のように、うっすら青白く光る刀身。

 エクス・ルクス。手に取るのは16年ぶりくらいか……?
 久しぶりに見た聖剣。だが、その輝きは以前と比べてもまったく衰えていない。
 
 これこそが、かつて魔王を討ち滅ぼした勇者の力『聖剣エクス・ルクス』だ。

 まあ……魔王とは相打ちだったけど。
 なんだろうなあ……どうも締まらないなあ。
 

「なによ……その剣。どこから出したの?」
「まあ、召喚みたいなものです。じゃあ、ショータイムといきましょうか」

 他の人に被害が……とか言ったが、本心は違う。
 アメリアに襲いかかり、怖がらせたオーガたちは許せない。万死に値する。
 他の冒険者に頼むなんてありえない。こいつらは僕が倒す。
 そして太ももを…………いや、それは……今関係ない。
 
 神々しい光を放つ剣を構えると、相変わらず僕たちを挟むように陣取っている2体のオーガに向かって微笑んだ。
 
 自分で言うのも何だけど、今の僕は悪い顔になっているんじゃないかと思う。
 でも今は、勇者として活動してるわけじゃないから……まあいいだろう。
 
 次の瞬間、僕の前にいた1体のオーガが細切れになる。
 オーガの指が、腕が、足が、胴体が、胸が、首が、するりと切り離されたかのようにバラバラになり崩れ落ちていく。
 
「リ、リオン君……。今のは……一体、何……? その剣は……あなた、いったい何者なの……?」
「これが僕の剣技です。詳しいことは後で話します……」

 そして残るもう1体のオーガも始末しようとした時……。

「…………くッ」

 ズッシリとした重さが体を襲う。
 耐えきれないほどの虚脱感が押し寄せてくる。
 嘘だろ……まさか、もう限界か?

 聖剣『エクス・ルクス』の抜剣には多大な負担がかかる……でも、まだ10秒かそこらだぞ?

 やっぱり12歳の少年には早かったか?
 でもあと1体のオーガは、何としても仕留めないと。
 オーガに向かおうとするが、膝が震えて足が言うことを聞かない。

「どうしたのリオン君。様子が変よ……」
「だ、大丈夫です……こいつは僕がなんとか……します」

 とはいえ、ろくに力が入らない。
 だめだ……もう少し頑張れ、僕。
 
 僕は最後の力を振り絞って、オーガに向かって聖剣を放り投げた。
 投擲のような投げ方ではなく、放り投げただけになってしまったが。
 それだけでもう限界だった。

 弧を描いて飛んでいった聖剣はくるくると回りながらオーガに到達すると、いとも容易く切り裂いた。

 あとに残るのは、上下に泣き別れになったオーガの死体。
 聖剣『エクス・ルクス』は相変わらず、ものすごい切れ味だ。
 
 オーガを切り裂いた聖剣は地面に突き刺さった後、光の粒子となって消えていった。
 そうして2体のオーガを倒したが、僕はもう限界だった。

 肩で息をする僕に、アメリアが声をかけた。
 
「もしかしてリオン君、すっごく疲れてる?」
「ええ、無理しすぎました。少し休んでもいいですか?」
「途中までカッコよかったのに。なんだか締まらないわね……」
「僕もそう思います…………」

 後には静寂と、静かに笑う僕たちが残されていた。
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