魔導デイトレード戦記 2

高根 甲信

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1.夏の終わりとネコ

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もうすぐ後場の魔獣戦争が始まる。

「出来高すごいね」

9月28日、水曜日。

僕たちは、一匹の魔獣を監視していたが、画面を見ていた相棒の白猫が面白そうに言った。

12:25。
魔獣『パワーエクソダス』。
10:51から出来高と共に価格は上昇し、2525エネだった価格は11:16には2615に。15分ちょっとで実に90エネの上昇。

「でも、だいぶ下がってる」

僕が指摘したのは、その90エネの上昇が、その後の15分で34エネも下がっているということだ。
前場の引け値は2564だった。

「行って来いって感じだけど、どう思う?」

「うん。確かに下がってはいる。でもまだ直近安値2545を割ってない。しかも11:25の足型は下ヒゲの長い陽線トンカチ」

トンカチというのは、足形の一つだ。
価格が一時的に下げたが、すぐに戻る形。これがトンカチに見えるためそう呼ばれる。

「じゃあ買い?」

「日足は上向き。5MAも25MAも上向きなら、まだ上に行く可能性が高いだろうけど、魔獣使いが曲者かも…」

「…5MA?」

パプルは画面を見たまま、僕の質問には答えない。画面のもっと奥を観ているようにもみえる。

「何となく分かった。たぶん上がるけど、注意が必要なんだな…」

「始まるよ!」

12:30、後場が始まった。
前場の終値2564はあっさり更新され、いきなり2595から急上昇していく。

「強い。エントリー」

僕は2600を超えたタイミングで買いを入れた。価格上昇は止まらない。
歩み値が高速で記録されていく。

2600を下回るようなことがあれば、即座に返済売りするつもりだったが、その心配はなさそうだ。
2620…2630.2635.2640…
速すぎる。
板の動きが速すぎて、画面が追いつかない。

「エグジット」

2650を超えたところで、僕は売り抜けた。
『パワーエクソダス』の価格は、2660を少し超えたところが天井だった。
2660の価格はすぐ消え、あっという間に2630になり2620になりいつの間にか2600に戻ってしまっていた。
 
「やっぱり行って来いになるか…よかったね。売り逃げできて」

パプルが尻尾をパタパタやって、危なかったんじゃない?と言っているようだった。
僕の白いネコは、こうしろとかやめとけとかは言わない。
いつも事実だけを言っている。
だから僕は、その意味を考えてトレードする。

14700エネの利益が、モニターに表示されている。
僕のランチ代の、およそ20日分だった。


9月の終わり。
短日になり夏の終わりは感じるが、日中は秋というほど涼しくはない。
それでも街はサルスベリーの花が散り始めて、街道をピンクに染めている。

理事長が提案した延長戦を2日で終わらせた僕たちは、晴れて学生の身となっていた。
ノルマも、スポンサーのお金で全額返済したので、全て丸く収まったようだ。

僕は、懐かしい黒い部屋の壁側の席で、パプルとデイトレ真っ最中だ。
明るく爽やかだった教室は、僕たちが帰ってきた途端、あっという間に以前の暗い陰気な部屋に戻ってしまった。
教室がちょっと気の毒な気もする。

「ぎゃーっ!逆行するー!!」

トレード中のイルダが叫ぶ。
値動きが、自分の思いと違ったのだろう。

「こんにちわー!」

元気よくサンドラが入ってきた。胸の前に紙袋を抱えている。
奥のパーテーションから顔を出したイルダが、弱々しく手を振る。

「あ、サンドラちゃん!いらっしゃーい」

「やあ、今日は一人?」

僕もモニターから目を離して、サンドラを仰ぎ見る。

「ごめんなさい忙しい時に。あの、ノルマ先輩がたくさんお菓子もらっちゃって、うちでは食べ切れなくて持ってきたの」

「おかし!!」

奥でドタバタ音がして、イルダさんが走ってきた。
サンドラから嬉しそうにお菓子をもらうさまは、まるで飼い主とワンコだ。

「ジョエルは今大学病院行ってて、先輩のお手伝いしてるの」

サンドラたちは僕らがいない間、復学の署名活動を続けてくれていたらしい。
それを聞いた僕たちは、すぐにお礼に行ったわけだけど、反対に泣かれてそれはもう大変だった。

「忙しいんだね」

「そうなの。ノルマ先輩、ほとんど寝てないから。ジョエルもかなり心配してる」

「そう…それで手伝い行ってるのか」

サンドラが周りを見渡して言った。

「ニッキーさんは?」

「出かけてるよ」

僕の机の上からパプルが答えると、サンドラの目はハートになった。
彼女はパプルが触りたくて仕方なく、いつもイルダさんと取り合いつこをしている。

「あらーパプちゃん!ここにいたのー!」

「あっ、サンドラ!そのネコちゃんはあたしんだからね!」

2人に引っ張られて、相棒は干物みたいになっていた。

「ア、アレイ死…!ぐえ」

「アハハ。相棒を壊さないでよ」

このとき僕は、この平和な光景がずっと続くと思っていた。


ノルマが倒れたという知らせが来たとき、僕はそれがただの願望だったことに気づいた。

騒然となる教室の中で、パプルだけが静かにみんなを見ていた。
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