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プロローグ
前編
しおりを挟む(懐かしい。おばあちゃんだ。私の大好きなおばあちゃん。……大好きだったなんて過去形にできないくらい。今も大好き。もう、今の私をおばあちゃんが見てもわからないだろうけど、私はわかる。おばあちゃんを見間違えたりしない。その自信だけは揺るがない)
初老の白髪が美しく品のいい小柄なおばあさんが、若者向けのおしゃれなガーデニングウェアを見事に着こなして、花の世話をしていた。
その女性を見つめている人物は、それだけで感極まって泣きそうになって、目を潤ませていた。不思議なことにその人物なことを道行く人たちも、そのおばあさんも、誰とも目が合うことはなかった。そこにいるようで、そこにいない。それを見ている彼女は、よくわかっているため気にはならなかった。
そんな彼女が見ている先にいるおばあさんは、いつもあぁして花の世話をしていた。まるで、誰かと話すかのように自然と花に話しかけて優しい手つきで触れていた。
「とても綺麗よ。みんなが、あなたたちを見て癒される。私も、その1人」
そして、彼女に世話された花たちはそれに応えるように輝くような美しさを保ち続けていた。
「ここは、いつ来ても見事だな」
「ほら、あそこにいるおばあさんが1人で世話しているそうよ」
「それは凄いな」
道行く人たちが話をしていた。そんな場所を管理維持していることで、そういった面々にはかなりの有名人だった。
いつも花の世話をしているため、ガーデニングウェアばかりを身にまとっていたが、着飾ると彼女は同年代の女性よりも若々しく見えた。でも、ガーデニングウェアを着ていても、他の人とは違って見えた。育ちの良さが際立つものをその初老は常に持っていた。ガーデニングをしている時でも隠しきれない内面から滲み出る美しさが、常にある人だった。
彼女が世話をやく花たちは、いつも美しく、それは見事に育っていた。自由に出入りできるように開放されているため、そこに居るだけで癒される人たちが多かった。全ての人が癒されないわけがないと思うほど魅了される者が多かった。
広いところを1人で世話をしていることもあり、汚れてもいい格好ばかりしていたが、常に花の世話をしてきた彼女の手は土いじりが好きな者の手をしていた。
それを思い出して、ずっと見ていた者はこう思った。
(働き者の素敵な手をしていたっけ。清潔にしていても、とても状態のいい土の匂いがする気がした。それだけ、土に触れている時間が長い気がした。それと身体からは花の匂いがして、おばあちゃんの身体は花でできてるって、一時期思っていたっけ。日替わりの天然の香水をつけてるみたいだった。花と太陽の香り。もう一度、その香りを嗅いでみたい)
今にも泣きそうになりながら、懐かしさに瞳を潤ませていた。
そんな風に見られていることを知らずに初老のおばあさんは、せっせと手を動かしていた。
彼女は若々しい肌をしていたから実年齢より随分と若く見られてばかりいた。髪は綺麗な白髪で、太陽に当たるとキラキラと輝いて見えたが、いつも帽子を被っているせいで、そんな美しい髪を持っていることを知る人は少なかった。
今も帽子を被っているから、美しい髪が輝くのを見ることができなかった。でも、見えなくとも忘れることはできなかった。
(髪も、素敵だった。でも、ガーデニング中は、帽子を被ってばかりいたから、輝くのをあまり見れなかったな。それこそ、太陽に当たらなくともキラキラして見えていた気がする。……あれは、目の錯覚だったのよね)
不思議なことに太陽に当たらずとも、時折輝いているように見えた気がしたが、それを目の錯覚だと思っていた。
そんな、おばあさんの随分と向こうから、こちらに向かって来ている別の人物が見えた。まだ、かなり遠いが、どんな格好をしているかをよく知っていた。
その日も、可愛らしいワンピースを身にまとい、麦わら帽子を被っているに違いない。
(あの子だわ。ふふっ、やっぱり、この日もワンピースに麦わら帽子を被っているわ)
やっと黙認できるようになったのは、5歳くらいの女の子が、おばあさんの元に一生懸命に駆けて来ているところだった。一生懸命に走りすぎて、危うく転びそうになっていた。
「あらあら、危ないわよ」
走って来るのが見えたおばあさんは、立ち上がってその女の子にそんなことを言った。
だが、それで止まることはなかった。それどころか、女の子は更に加速していた。何度も転びそうになるのにおばあさんは、はらはらして見ているのは、毎回のことだ。
(こうしてみるとはらはらするものね。転んで大泣きしたことも、何度も合ったのに。学習しない子よね)
その子は、満面の笑顔で“おばあちゃん!”と走り寄って、そのスピードを落とすことなく抱きついた。5歳児とはいえ、勢いよく抱きつけば危なくないわけがない。祖母は、少し蹌踉めいたが転ぶことは決してなかった。
祖母も、孫が大好きなのが伝わるほど、抱きしめた孫に負けないくらいの笑顔だった。その笑顔は、祖母と孫だと誰もが疑うことはないほど、とてもよく似ていた。
それを傍観していた人物は、その光景を見ながら感慨深いものを感じずにはいられなかった。傍観している目の前に広がる幸せを絵に描いたような光景は、とある女性の小さい頃の姿であり、ちょっとばかり遠い昔にあったことだった。
今見ている女性の過去の光景ではない。前世の過去の光景だ。生まれ変わる前のことを彼女は夢の中で、不思議な感覚で懐かしげに見つめていた。
そう、これは、全て夢なのだ。もう、夢でしか前の家族に会えない場所に彼女はいた。それなのになぜか、夢の中で祖母にも前世の幼い頃の自分すら見ることができた。
(2人とも、本当に幸せそう。……こんな風に周りからは見えていたのね)
道行く人たちも、にこにこと笑顔になって通り過ぎていた。2人が幸せそうにしているのを見て周りも、微笑ましそうにしていた。
あそこにいる2人は、自分たちのことに夢中になっているが、見ている側になった女性は色んな感情が入り交じることになった。もう何度、泣きそうになっているかわからないほど、うるっとくるところが多かった。
そう思いながら、今も忘れることのないおばあちゃんとの思い出を自然と笑顔になりながら見つめていた。
過去というか。前世の自分のことをこんな風に見ることができることが、不思議でならなかった。
(前世のことを夢で見られるって不思議だわ。私が覚えてなければ、なぜこんな夢を見るのかって思うところでしょうね。……覚えているから、この夢を見るたび、色々思うのよね)
それこそ、生まれ変わる前の小さい頃の思い出のはずなのに記憶はまだ色褪せてはいなかった。何もかもが、鮮明に映し出されて欠けたところなど見当たらなかった。
それどころか。話すのに夢中で、周りなんか見てはいなかったはずなのに周りが物凄く鮮明なのも不思議でならなかった。
生まれ変わった先の彼女の魂に刻み込まれていたようだ。そこまでしてでも、祖母との思い出を忘れたくなかったのかも知れない。
(生まれ変わっても、こうして夢に見るほどってよっぽどよね。今も、おばあちゃんのこと大好きなのを覚えていられて嬉しいし、こうして夢を見れるのも嬉しいけど。でも、この角度から見れるのって、物凄く不思議。誰か別の人の視点で見ている気がするけど)
そこまで、考えても答えは全くわからなかった。
だが、前世をこうして覚えているおかげで、転生してからも彼女は、彼女らしくいられた。
でも、この夢は見たい時に見られるものではなかった。そのため、見ていられる時はずっと見ていたくなっていた。幸せな光景を少しでも長く見ていたい。そう思わずにはいられないのは、転生先で色々ありすぎるせいも大きかった。
(おばあちゃんみたいな人が、転生先の私の周りにもいてくれたらいいのに。それか、おばあちゃんの周りに花を愛でに来てくれていた純粋に癒されに来ていたあの人たちみたいな人がいてくれたら、少しは違っているのに。あの世界で花好きは、珍しすぎるのかな? だとしたら、私には生き辛いなんて言葉じゃ済まされない)
そんなことを思いながら、2人を見ていた。この後、どんな未来が待ち受けているかを知らない2人を何とも言えない表情で見つめていた。
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