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(今日も変わらず、始まるのね)
そんなことをこの日も心の中で思ったのは、ベニート国のステファニア・サンマルティーニという伯爵令嬢だ。同じことを繰り返すのが、この家の日常となっていた。
いつから、これがいつものことになったのかと聞かれれば、ずっと昔からこうだと答えるしかない。なぜなのかはわからないが、変わらない日常が当たり前のように繰り返されている。
ステファニアには、母に一身に溺愛されている妹がいる。ステファニアの1つ下で毎朝、母は末娘のアンジェラ・サンマルティーニを可愛い髪型にした。
「今日は、リボンはこれにしましょう」
「……」
1つ違いで、妹が生まれる前から、生まれてからもステファニアは母にそんなことをされたことはない。ただの一度もない。
なにせ、ステファニアは髪を触られるのが好きではないから、よく覚えている。
アンジェラに新作の服を買っては与えて、着せ替えさせている。新作が出るたび、買っているが、そんな末娘を連れて出かけることはしない。
母が引きこもりで、伯爵家から外に出たがらないのも、昔からだ。
「やっぱり、アンジェラは可愛いわ!」
「……」
だから、商人を呼びつけて買い物をして、アンジェラがステファニアと出かけるのも許さず、自分の側にいさせた。
ステファニアは、母にそんな風に服を与えられたことはない。これがいいと着てみろと言われたことすらない。
それこそ、商人が流行りと言うのを信じているが、外に出ないのを知っているから、売れ残りを買わされていることもある。
可愛らしく見えるようにアレンジされた服でも、母が新作と思って購入しているのは、ボッタクリにあっているからではない。
この家の家計を案じてのことだ。変な格好にならず、アンジェラに似合う服を安く売ってくれていた。
わざわざ呼びつけられていても、嫌な顔せずに応対しているのも凄い。
それが伯爵家での日常と化しているのは、アンジェラが生まれてからだ。
「母上、またやってるのか?」
「えぇ」
伯爵家の長男であるノルベルト・サンマルティーニは、呆れた顔を母に向けた。ステファニアの兄で2つ年上のノルベルトは、これを止めようとしたことはない。
ステファニアが知る限り、それを見たことはない。兄が言わないとやろうとしない。すすんで何かをやるのをこれまでステファニアは見たことがない。
(頼り甲斐がないのよね)
末の妹は、母にそんな風に扱われて、嬉しそうにしているかというと……。
「今日も、死んだ魚みたいな目をしているな」
そう、アンジェラは母に可愛がられていることにうんざりしている顔をしていた。
可愛い、可愛い!と1人はしゃいでいるが、使用人たちもアンジェラが全く嬉しそうにしていないことに苦笑していた。
ステファニアは、何とも言えない顔をして妹を見ていた。
(よく見ているのに。この人は、もう1人。の妹のために全く動かないのよね)
ステファニアは昔は見ているだけでなく、どうにかしようとした。それはしつこく粘った。
「お母様、アンジェラと一緒に本を読みたいのだけど」
「いい加減にしなさい。アンジェラは、お前となんていたくないわ」
「っ、」
アンジェラは、母がそんなことを即答したのに驚いて顔を横に振った。あまりのしつこさに母がキレたのだ。
「ねぇ? アンジェラ、そうよね?」
「え、私は……」
「何? 違うとでも? 私といたいわよね? 私の方が、うんと可愛くしてあげられるわ」
「っ、」
なぜか、アンジェラのことを可愛くすることに異常な執着を見せた。
そんなことをアンジェラに言うとは思っていなかったステファニアは、しつこくしすぎたせいだと思った。
「全く、可愛くないからって、妹を妬むなんて信じられないわ」
「……」
ただ、妹と一緒に遊びたいと言っただけで、ステファニアが妹を妬んでいるかのように母は言うようになったのは、その時からだった。
(この人、何がしたいんだろ?)
ただ、姉妹で一緒にいたいのに母が、それを許さないのだ。
可愛い娘は、アンジェラだけ。可愛くないステファニアが娘ではないかのようにされるのは、いつからなのかを覚えていない。ただ、気づいた時にはアンジェラにべったりな母が、この家にいた。
そして、いつしか何も言わなくなったアンジェラの目から光が消えたが、それにも気づかずに母は、同じことを繰り返し続けていた。
この家から出ることを許さない母の側にいるしかできないアンジェラ。何がしたいか、これでわかるわけがない。
「お兄様。このままじゃ、アンジェラが壊れてしまうわ」
「……父上に言ってはみるが、あの人、あてにならないぞ」
父は、母がおかしくなってから伯爵家に戻って来なくなっている。お気に入りの愛人のところに入り浸っているらしく、アンジェラだけでなくて、子供たちみんなを見捨てているようなクズだ。
自分1人でも、幸せならいいような人だ。実質、この家のことをどうにかしているのは、兄だ。
それこそ、さっさと母と離婚してくれたらいいのにと思ったこともあったが、そうなるとアンジェラは連れて行くと言いそうだ。
(だから、言えないのよね)
母と引き離すためにどうしたら良いのかとステファニアは頭を悩ませた。
「お兄様」
「ん?」
「壁をぶち破るわ」
「は?」
ステファニアが出した答えは、それだった。
ノルベルトは、気がおかしくなったのかと思ってステファニアの額に手を当てた。
「熱なんてないわ」
「……いや、頭の中でおかしなことになってるだろ。医者に、専門的な医者に見てもらおう」
「壁よ」
「それは聞いた」
ノルベルトは、執事やメイドにステファニアを医者に見せねばと言う前にステファニアに掴まっていた。
妹の力強さにノルベルトの顔が引きつった。話を聞くまでどこにも行かせないし、握り潰しそうなものを感じていた。
それもこれも、このくらいしないと兄は聞き流してまた今度と逃げるのだ。だから、掴まえるようになった。
「あー、壁をどうするって?」
仕方なく聞くことにした。聞いて理解できればいいが、そうでなかったら専門家だなとノルベルトが頭の中で考えているのもお構いなしにステファニアは、アンジェラと自分の部屋の中を行き来できる扉をつけると言い出したのだ。
「そんなのつけたら、母上が気づくだろ」
「ちょっとした模様替えで、わからないようにすればいいわ。私たちが行き来できる扉でいいのだもの」
「……それで、母上がいない時に姉妹でいるのか?」
「そうよ!」
「……」
ステファニアは、これしかないかのようにした。
母は、流石にアンジェラと一緒の部屋で寝起きしていない。限りなく1人になる時間は限られているが、夜は母は部屋に戻っているのだ。
兄は、それを聞いて、なるほどなと考え始めた。執事や使用人たちも、突拍子もないが、母親のお気に入りの人形と化しているアンジェラの危うさに気づいていた。
あの目は、駄目だ。全てを諦めきっていて、こちらの心臓がギュッとなる時がある。何を言っても母から解放されないアンジェラのストレスは凄まじいと思う。
癇癪も起こさず、よく耐えているがアンジェラはまだ子供だ。どうにかしなければ、いけないのは確かだ。
(絶対にアンジェラと遊ぶわ!)
1人、遊ぶことにこだわっていたが、内緒で姉妹の部屋に行き来できる扉がついたのは、ステファニアが学園に入る少し前のことだった。
学園に入ったら、母と2人っきりで残されるのだが、扉がつけられてステファニアがアンジェラの部屋に突撃した時に妹はびっくりさせすぎてしまったが、それでも姉が部屋にいるのに嬉しそうに笑った。
(久々に見た! アンジェラが笑った顔)
その顔は確かに可愛いかった。
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