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エウリュディケの婚約者は、フォルミオンという名前のテネリアの王太子だった。
二人とも、幼い頃から容姿端麗で、成長するにつれて人目を独占するような美男美女となっていた。そんな二人は、幼い頃に婚約したこともあり、とても仲が良く見えていて周りからは理想そのものだとよく言われていた。
「本当にお似合いよね」
「本当ね。容姿がいいと得するわよね。聖女なんて先祖がいても、王太子の婚約者になれるんだもの」
「聖女なんて、おとぎ話でしょ」
「あら、エウリュディケ様は聖女がお嫌いだと聞いたわよ?」
「ご自分の先祖を悪く言うなんて、最低な子孫がいたものだわ」
「でも、それもわからなくはないわ。せっかく、何もかも恵まれているのに血筋が誇れないんだもの」
そんな風に話す令嬢たちの声が、エウリュディケにも聞こえてきた。あれは、エウリュディケに聞かせる気で話している面々だろう。
(他では何も勝てないからって、そこを話すのよね)
エウリュディケは、聖女の子孫と言われるたびに腹が立って仕方がなかった。聖女と聞くだけでも、この時のエウリュディケは嫌で嫌で仕方がなかった。
それが、聖女のことを調べて心変わりすることになるとは全く思っていなかったが、この頃のエウリュディケは顔に出ないようにしながら、そんな話をして楽しそうにしている令嬢たちの顔をしっかりと覚えることに集中していた。
そんなことをしていたら、隣に立つ婚約者がそっと肩に手を乗せて来た。
(気安く触らないでほしいものだわ)
どんなに見目が良かろうとも、エウリュディケは殺意を覚える顔をしている婚約者の行動に内心でそんなことを思ってしまったが、それを顔に出すことはなかった。
それこそ、今すぐその手を叩き落としたいとか。切り落としてやりたいとか思う感情を気取られることはなかった。
「気にすることはない」
「王太子殿下」
(あなたは、思っているほど気にしていないわ。それより手を離してほしいのだけど)
そんなことを思っていたが、フォルミオンには全く伝わっていなかった。それもいつものことだ。
「君は、君だ。私は、君が聖女の末裔だから婚約者に選んだわけではない。そんなこと関係なく、君だから選んだんだ」
「……」
周りが色々と言っていようとも、少なくとも王太子から聖女のことを悪く言うのをエウリュディケは一度も聞いたことがなかった。
エウリュディケは、最初の頃から王太子の顔立ちに殺意を覚えてならなかった。顔立ちが良すぎて、中身が伴わない男性に違いないとすら思っていたが、どちらも優れた人物だったことに思わずらしくもなく、反省していた。直す気は全くないが、反省だけはしていた。
(口にしないだけだとしたら、私の方がボロクソに聖女のことを嫌っていたのを知らないのよね。同じ気持ちだったら、婚約者とだけは悪口大会ができたかも知れないのに。そこが残念だわ)
そんなことを思ってしまいつつ、ようやく離れた手にホッとしていた。
でも、今度は肩から腰に手が触れたことに頬がぴくりと動いてしまった。
「エウリュディケ? どうかしたか?」
「いいえ。何でもありません」
その場を移動するのに手が移動しただけだったようだ。
(わざわざ腰に手を回す必要もないでしょうに。ぞわぞわする)
そんなことを思っているのに王太子に寄り添うようにその場をあとにしたことで、それを見た面々が本当に仲がいいと騒いでいるのはいつものことになっていた。
エウリュディケは本音と建前を公爵家の令嬢として使い分けるのが、日に日に上手くなっていた。王太子が使い分けていても同じでしかないのだが、今のところエウリュディケだけが最低最悪なままだと思っていた。フォルミオンの本心がいまいち掴めないのだ。
心の中でどうしても欠片も好きになれないことを反省しつつ、エウリュディケは見せかけだけでも彼に相応しい令嬢となるべく奮闘することに躍起になったかのように見えて、愛想を尽かされたくて仕方がなかった。
彼のためにそうしているかのように見せて、尽くすことに嫌気がさして婚約解消してほしかったのだ。自分のような者が婚約者になったことがバレずに相応しい令嬢が他にいると思ってもらえたら良いとすら思っていた。
そんな内面が計算高くどす黒いものしかないエウリュディケのことなど欠片も悪く取らず、フォルミオンは何かと気にかけてエウリュディケに声をかけてくるのだ。申し訳ない気持ちが日毎に大きくなったかというとそんなことはなかった。
(この人、私のことちゃんと見てくれていない気がするわ)
エウリュディケがしてほしいことの真逆なことばかりをし続ける王太子にそんなことを思ってしまった。
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