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しおりを挟む「殿下。女性が目を覚ましました」
「わかった」
執務に戻ったが、気もそぞらな数日を送っていた。中々目覚めないことに嫌な予感がしてならなかったが、杞憂に終わりそうだ。
だが、彼女に顔の傷のことを告げるのが心苦しくてならなかった。目が覚めた彼女の顔は包帯が巻かれていた。
彼女は、助けてくれたことと怪我の手当てをしたことに礼を口にした。その所作は、貴族の娘にしか見えなかった。
「できる限りはしたんだが、事故の傷は跡が残りそうなんだ」
「……」
「すまない。そんな傷さえ残らなければ、あなたはこの世で一番美しいだろうに」
「え……?」
「どうした?」
殿下こと、エイベル国の隣りに位置する国の王太子は、不思議そうにベッドで横になっている令嬢を見た。
まるで、美しいと言われるとは思っていないかのように見えた。きっと、気のせいだろうが。
「いえ、何でもありません」
「……そうか。そうだ。その、あなたの名前を聞いてもいいか?」
「名前、名前は……」
そこで、名乗るのを躊躇ってしまった。すると王太子は……。
「もしかして、記憶がないのか?」
「っ、」
それに小さく頷いた。名乗れば、マルティネス公爵家に連れ戻されるかもしれないと思ってのことだ。王太子にも迷惑をかけないはずがない。だから、記憶がないふりをすることにした。
だが、そんなこと知らない王太子は、眉を顰めた。
「そうか。頭をあれだけ打ち付けていたからな」
「……」
王太子は疑うことなくあっさりと信じた。
その後、ようやく自分の顔を見ることになったのは、今回の傷さえなければと言うのが気になってのことだ。そうでなければ、一生見ることはなかっただろう。
「っ!?」
そこには、額の辺りに数センチ縫った跡があっただけで、爛れたような肌をしてはいなかった。
仮面を付けて生活していたから、支障をきたしていたかと思えば、それもなかった。
「すまない。その傷だけが残ってしまった」
「っ、」
つまりは、爛れた顔は治療できたのだ。それなのにあえて触れないでいるのだと思った。
この時のアデラインは新しい名前を王太子に与えられ、ジャスミンと名乗っていた。ジャスミンは、そこから大泣きしてしまった。
そんな風に泣いたことは、これまで一度もなかった。
「ジャスミン。本当に申し訳ない。せっかくの美しい顔なのに。ショックだよな」
「……いいえ。この程度で済んだのが嬉しいのです」
ジャスミンは泣き笑いで、お礼を言った。王太子は何も悪くない。女の子を助けたことも後悔していない。
目の前の王太子が助けてくれていなかったら、こうはなっていなかった。
「ありがとう、ございます」
「っ、!?」
その笑顔に王太子は、ジャスミンに心を奪われた。とっくに奪われていたと思っていたが、まだ足りていなかったようだ。
ジャスミンは勘違いしていた。顔は元々何ともなかったのだが、それを知ることはなかった。
そして、完全に心奪われることになった王太子もまた、記憶を失くして行くあてのないジャスミンと名付けた娘を婚約者にするために奮闘した。
彼は笑顔に再び心奪われたが、ジャスミンは馬車の中で危険を顧みず助けに来た王太子に心奪われていた。
お互いが、あの馬車の中で一目惚れをしたのだ。
そこから、相思相愛となり、ジャスミンは王太子に溺愛されることになった。
馬車の事故で怪我をしたとして仮面ではなくてベールを付けて顔が見えないようにしたのも、美しすぎる顔を隠しているとも、真逆に見せられない顔を隠すためとも言われていて、エイベル国のアデラインと同じ人物だと思う者はいなかった。
ジャスミンとなって運命の人と婚約してからの彼女は、黒幕が誰だったのかを突き止めることもやめた。更にはディアドラたちが、どうなったかも知ることもなかった。アデラインは、あそこで死んだのだと思うことにした。
それにこれまで、散々なことを言ってアデラインを悪く言っていた令嬢たちの多くが、アデラインがあの国からいなくなったことで悪口を言わなくなって、再び婚約することになったが、その婚約も上手くいかなかったようだが、今度はアデラインのせいと言うわけにもいかず、八つ当たりするのはアデラインのことを悪く言わなかった人たちだ。
アデラインが修道院に行ってしまったと思っていて、そこで幸せになっていると信じて疑わない人たちは幸せになっていたが、アデラインが色々言われていたのをあれこれ言われるようになっても、婚約者に益々大事にされることになるだけだった。
そんな風にアデラインに関わった人たちがなっていることも知ることはなかったが、ジャスミンとなった彼女が再び腸を煮えくり返すことはなかった。
いつ見かけても幸せいっぱいにしていた。だが、ベールのおかげでその顔をしっかり見ることができる特等席は王太子だけが、独占し続けることになり、王太子の弟もジャスミンに興味を持つことなく、別の令嬢に心惹かれてしまっていて、2人を邪魔する者が現れることはなかった。
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