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第5話:種付けおじさんの生存圏
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日が沈みながらも、空の暗幕を突き刺すような光と人が溢れる繁華街。
そこに異質なものが歩いていた。
見る者全てがそれから目を逸らし、もしくは不快感を吐き捨てるように舌打ちをする。
大公園から逃げ出した新人の種付けおじさん……吉十(ヨシト)は、人々の突き刺すような空気から自分を守るように雑巾を縫い合わせたマスクを深く被る。
ヨシトは繁華街を歩き、かつてあったものを探す。
消されてしまった自分の名前を、自分が存在していた証拠を。
少し前まで存在していた、彼の当たり前の風景はもうここにはない
あまりにも近く、それでいて絶対に届かない昨日の思い出でしかないのだ。
その思い出の残滓を求め、家に帰る時間を遅らせる為に利用していた軽食店の扉へ手を伸ばす。
「オイオイ、なにゃってんだテメェ?」
だが後ろからやってきた若者達がその肩を掴む。
いや、それどころか思い切り引っ張られ地面に引き倒された。
「身の程も知らねぇ種付けおじさんが!」
「臭ぇし汚ねぇんだよテメェら! 死ねッ! くたばれ!」
そして地面で転がっているヨシトを複数の若者達が蹴り続ける。
手で触ることすら躊躇するゴミを遠くに追いやるように、本気で足蹴にする。
突然の暴力に晒されたヨシトは体を丸めて自分を守ろうとする。
種付けおじさんの肉体は強靭だ、この程度であれば骨が折れることもない。
だが、ヨシトはつい先日までただの一般人だ。
無数の悪意と暴力を受けた経験なぞあるはずもなく、ただ震えてやり過ごすことしかできなかった。
闇夜を照らす街灯は異物を晒すスポットライトであり、周囲の喧騒と罵倒は鋭い針のようにヨシトを傷つけていった。
流石に蹴り疲れたのか、若者の何人かの息が上がっている。
だがそれで終わるような者であれば、最初から種付けおじさんを集団でリンチするはずもない。
リーダーらしき人物が、ビルとビルの隙間に置かれていた工事で使う足場を持ちだした。
もちろん、誰も止めない。
種付けおじさんを殺したところで、何の罪にもならないのだから。
そうして鉄の凶器は大きく振りかぶられ……何かがその手を掴んで止めた。
「探したぞ、後輩。皆も待ってる、帰ろう」
「あ、あ……」
ヨシトは何か言おうとするが、言葉が何も出てこなかった。
それを見てトーマは察したように静かに頷く。
「……おい、なんだよこの手は。何しようってんだ?」
だがこの若者達にとってはそんなこと何も関係がない。
リーダー格の男が敵意を込めてトーマを睨む。
「何もしないさ。ただ、彼を解放してくれると嬉しい。お願いだ、もう十分だろう?」
しかし男は掴まれていない手でトーマを全力で殴る。
それを合図に他の男達も一斉に殴り始めた。
地面で丸まったヨシトとは違い、トーマは無防備のまま殴られ続ける。
だがどれだけ殴られようともビクともしなかった。
素顔はマスクで隠されているせいでどんな表情をしているか分からず、何の反応も示さないことで、若者達は目の前にいる生物がどれだけ異物なのかを潜在意識で感じ取ってしまった。
それを握っていた手から感じ取ったトーマが掴んでいた手を離す。
「チッ、行くぞお前ら!」
そうしてリーダー格の男に付き従うように、若者達はまた街の喧騒の中に戻っていた。
「あ、あの……オレは……」
トーマは何かを釈明しようとするヨシトを力強く持ち上げ、優しく語り掛ける。
「気にするな。キミはちょっとばかりノスタルジーに浸る為に昔の場所に訪れてしまっただけなんだ」
トーマは肩を貸し、ヨシトと共に路地裏の暗がりへと入っていく。
「我々の居場所はこんな光の突き刺すような所じゃない、静かで穏やかな暗がりの中なんだ」
そこに異質なものが歩いていた。
見る者全てがそれから目を逸らし、もしくは不快感を吐き捨てるように舌打ちをする。
大公園から逃げ出した新人の種付けおじさん……吉十(ヨシト)は、人々の突き刺すような空気から自分を守るように雑巾を縫い合わせたマスクを深く被る。
ヨシトは繁華街を歩き、かつてあったものを探す。
消されてしまった自分の名前を、自分が存在していた証拠を。
少し前まで存在していた、彼の当たり前の風景はもうここにはない
あまりにも近く、それでいて絶対に届かない昨日の思い出でしかないのだ。
その思い出の残滓を求め、家に帰る時間を遅らせる為に利用していた軽食店の扉へ手を伸ばす。
「オイオイ、なにゃってんだテメェ?」
だが後ろからやってきた若者達がその肩を掴む。
いや、それどころか思い切り引っ張られ地面に引き倒された。
「身の程も知らねぇ種付けおじさんが!」
「臭ぇし汚ねぇんだよテメェら! 死ねッ! くたばれ!」
そして地面で転がっているヨシトを複数の若者達が蹴り続ける。
手で触ることすら躊躇するゴミを遠くに追いやるように、本気で足蹴にする。
突然の暴力に晒されたヨシトは体を丸めて自分を守ろうとする。
種付けおじさんの肉体は強靭だ、この程度であれば骨が折れることもない。
だが、ヨシトはつい先日までただの一般人だ。
無数の悪意と暴力を受けた経験なぞあるはずもなく、ただ震えてやり過ごすことしかできなかった。
闇夜を照らす街灯は異物を晒すスポットライトであり、周囲の喧騒と罵倒は鋭い針のようにヨシトを傷つけていった。
流石に蹴り疲れたのか、若者の何人かの息が上がっている。
だがそれで終わるような者であれば、最初から種付けおじさんを集団でリンチするはずもない。
リーダーらしき人物が、ビルとビルの隙間に置かれていた工事で使う足場を持ちだした。
もちろん、誰も止めない。
種付けおじさんを殺したところで、何の罪にもならないのだから。
そうして鉄の凶器は大きく振りかぶられ……何かがその手を掴んで止めた。
「探したぞ、後輩。皆も待ってる、帰ろう」
「あ、あ……」
ヨシトは何か言おうとするが、言葉が何も出てこなかった。
それを見てトーマは察したように静かに頷く。
「……おい、なんだよこの手は。何しようってんだ?」
だがこの若者達にとってはそんなこと何も関係がない。
リーダー格の男が敵意を込めてトーマを睨む。
「何もしないさ。ただ、彼を解放してくれると嬉しい。お願いだ、もう十分だろう?」
しかし男は掴まれていない手でトーマを全力で殴る。
それを合図に他の男達も一斉に殴り始めた。
地面で丸まったヨシトとは違い、トーマは無防備のまま殴られ続ける。
だがどれだけ殴られようともビクともしなかった。
素顔はマスクで隠されているせいでどんな表情をしているか分からず、何の反応も示さないことで、若者達は目の前にいる生物がどれだけ異物なのかを潜在意識で感じ取ってしまった。
それを握っていた手から感じ取ったトーマが掴んでいた手を離す。
「チッ、行くぞお前ら!」
そうしてリーダー格の男に付き従うように、若者達はまた街の喧騒の中に戻っていた。
「あ、あの……オレは……」
トーマは何かを釈明しようとするヨシトを力強く持ち上げ、優しく語り掛ける。
「気にするな。キミはちょっとばかりノスタルジーに浸る為に昔の場所に訪れてしまっただけなんだ」
トーマは肩を貸し、ヨシトと共に路地裏の暗がりへと入っていく。
「我々の居場所はこんな光の突き刺すような所じゃない、静かで穏やかな暗がりの中なんだ」
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