23 / 45
第23話:ある冬の夜の夢
しおりを挟む
時は遡り―――。
大公園に到着したゴトーは早速仕事道具を開いて作業を開始する。
今にして思えば仕事道具を会場に持って行き、そこで作業を行えば良かった事だろう。
だが会場には大勢の出入りがあり、そこで集中して作業できるかどうかは疑問である。
更にゴトーは種付けおじさんだ。
極端な話、スタッフにリンチされたとしても殴り返せない。
もしも暴力を振るってしまえば、警察がゴトーと、それを庇おうとする種付けおじさん達を駆除する事だろう。
種付けおじさんには正当防衛という文字は存在していない。
だからゴトーは、意識の外から突然鉄パイプが自身の頭に振り下ろされても、何も反応できなかった。
頭への激痛、揺れる視界、回る世界、白い光と赤いフィルター。
それでも体を丸めて手に持っていた衣装が汚れないように守ったのは、彼の魂に染み込んだプロ意識のなせる業だったのだろう。
こみ上げる吐き気を飲み込み、周囲を見渡す。
木々の陰から何人もの青年達が、各々に得物を持って詰め寄ってきていた。
何故という疑問を捨て置き、この場から逃げようと足に力を入れるも、最初の一撃があまりに重かったせいで真っ直ぐに立つ事が困難であった。
それでも種付けおじさんの肉体能力ならば、殴られ続けられても走り続ければ逃げられるはずだった。
ゴトーは両手で抱きかかえている衣装を見る。
調整そのものは終わった、あとはこれを届ければいいだけ。
だが……今、この状態で走ればこの衣装がどうなるか?
自分の血がつくかもしれない、転倒して土をつけてしまうかもしれない、取り囲んでいる奴らに掴まれるかもしれない、もしかしたら破れるかもしれない。
いや、別にそうなってもいいはずだ。
この衣装はバックダンサーである大駆 夢のものだ、そこまで大事にする理由はない。
ほつれたのであれば縫えばいいだけ、汚れたなら洗えばいいだけ。
そもそも自分は種付けおじさんだ、今更この衣装がどうなろうと、困るのは自分ではない。
そこまで頭の中で考えておきながら、ゴトーは衣装を守るように体を丸めた。
我ながら馬鹿な事をしていると自覚しておきながら、彼は青年達に殴られるがままとなる。
痛覚を鈍らせてはいるものの、全く感じなくさせる事はできない。
だからゴトーは気を紛らわせる為に別の事を考える事にした。
種付けおじさんになる前、まだ隼■と呼ばれていた頃、あの時は自身の感性の赴くままに仕事をしていた。
それだけで多くの人々が称賛した、誰もが彼のデザインを求めた。
万能感が身体中を巡り、求めていたものが満たされ……代わりに心の熱が失われていった。
苦悩で頭がねじ切れそうになりながらも、新しいデザインを出した。
前と同じように、皆が称賛した。
苦痛に負けて、妥協したものを出した。
変わらず誰もが求めた。
その時、隼■は気付いてしまった。
誰も自分の磨き上げた作品を見ていないという事を。
そうだとしても手は止められない。
新しいものを、素晴らしいものを生み出そうと走り続けた。
そして心が渇き続けた。
だから心を取り戻す為に身体を重ねる店に入り浸った。
一時はそれで忘れられたが、徐々にその抑えが効かなくなっていった。
いつまで苦しまねばならないのか、いつになれば楽になれるのか。
毎日、毎時間、毎分、毎秒そう考えている内に気付いてしまった。
恐らくこれは、死ぬまでなのだろうと。
その瞬間、自分を抑えているものが外れた。
後はもう、ケダモノのように貪っていった。
何故なら、それでしか渇きを癒す方法を知らなかったから。
そうして彼はゴトーと成った。
死ぬまで続くと思われていた苦痛が取り除かれたのだ。
種付けおじさんは闇の中に潜み生きるもの。
それでもゴトーにとってはその全てが輝きに満ちていた。
思うがままに生き、死にたいときに死ねる二度目の生を最期まで謳歌する事を誓った。
だというのに、服を作る事を止められなかった事に苦笑していた。
種付けおじさんの服だというのに手に取る奴がいる。
ブランド名ではなく、真剣に自分の作品に向き合う人がいるのを見ていく事で、心の渇きが潤されていった。
そして何の因果か、今はアイドルの衣装なんかに手を出すハメになってしまった。
そしてその内の一着を、自分が必死になって守っている。
目新しさと美しさしか見えていなかった一人よがりな作品とは違う、誰かに望まれた魔法のドレス。
生涯、これ以上の傑作は産まれないと確信したゴトーは、殴られながらも笑みを浮かべた。
とはいえ、背中が凶器で殴られすぎて、もうこの刺激が痛いというものかも判別ができなくなっていた。
それでもゴトーは大丈夫だと希望を持っていた。
種付けおじさんとして生きていれば理由もなく暴力に晒されることなど珍しくもない。
だが、それで死んだ種付けおじさんはいないと、生き残った同類が言っていた。
ゴトーは知らない、それは生存性バイアスなのだと。
どこかで殺され、誰にも知られず役所に回収されていく個体もいる事を。
ゴトーは知らない、今自分を襲っている青年達が誰なのかを。
一人はヨシトに暴力を振るった者、一人は星見を狙っていた者。
トーマがヨシトと星見を助けたから彼らはここにいる。
種付けおじさんから逃げたから、それを克服する為に仲間と共にここに来ている。
これはトーマが招き寄せた因果である事を、ゴトーは最期の瞬間まで知る由はなかった。
大公園に到着したゴトーは早速仕事道具を開いて作業を開始する。
今にして思えば仕事道具を会場に持って行き、そこで作業を行えば良かった事だろう。
だが会場には大勢の出入りがあり、そこで集中して作業できるかどうかは疑問である。
更にゴトーは種付けおじさんだ。
極端な話、スタッフにリンチされたとしても殴り返せない。
もしも暴力を振るってしまえば、警察がゴトーと、それを庇おうとする種付けおじさん達を駆除する事だろう。
種付けおじさんには正当防衛という文字は存在していない。
だからゴトーは、意識の外から突然鉄パイプが自身の頭に振り下ろされても、何も反応できなかった。
頭への激痛、揺れる視界、回る世界、白い光と赤いフィルター。
それでも体を丸めて手に持っていた衣装が汚れないように守ったのは、彼の魂に染み込んだプロ意識のなせる業だったのだろう。
こみ上げる吐き気を飲み込み、周囲を見渡す。
木々の陰から何人もの青年達が、各々に得物を持って詰め寄ってきていた。
何故という疑問を捨て置き、この場から逃げようと足に力を入れるも、最初の一撃があまりに重かったせいで真っ直ぐに立つ事が困難であった。
それでも種付けおじさんの肉体能力ならば、殴られ続けられても走り続ければ逃げられるはずだった。
ゴトーは両手で抱きかかえている衣装を見る。
調整そのものは終わった、あとはこれを届ければいいだけ。
だが……今、この状態で走ればこの衣装がどうなるか?
自分の血がつくかもしれない、転倒して土をつけてしまうかもしれない、取り囲んでいる奴らに掴まれるかもしれない、もしかしたら破れるかもしれない。
いや、別にそうなってもいいはずだ。
この衣装はバックダンサーである大駆 夢のものだ、そこまで大事にする理由はない。
ほつれたのであれば縫えばいいだけ、汚れたなら洗えばいいだけ。
そもそも自分は種付けおじさんだ、今更この衣装がどうなろうと、困るのは自分ではない。
そこまで頭の中で考えておきながら、ゴトーは衣装を守るように体を丸めた。
我ながら馬鹿な事をしていると自覚しておきながら、彼は青年達に殴られるがままとなる。
痛覚を鈍らせてはいるものの、全く感じなくさせる事はできない。
だからゴトーは気を紛らわせる為に別の事を考える事にした。
種付けおじさんになる前、まだ隼■と呼ばれていた頃、あの時は自身の感性の赴くままに仕事をしていた。
それだけで多くの人々が称賛した、誰もが彼のデザインを求めた。
万能感が身体中を巡り、求めていたものが満たされ……代わりに心の熱が失われていった。
苦悩で頭がねじ切れそうになりながらも、新しいデザインを出した。
前と同じように、皆が称賛した。
苦痛に負けて、妥協したものを出した。
変わらず誰もが求めた。
その時、隼■は気付いてしまった。
誰も自分の磨き上げた作品を見ていないという事を。
そうだとしても手は止められない。
新しいものを、素晴らしいものを生み出そうと走り続けた。
そして心が渇き続けた。
だから心を取り戻す為に身体を重ねる店に入り浸った。
一時はそれで忘れられたが、徐々にその抑えが効かなくなっていった。
いつまで苦しまねばならないのか、いつになれば楽になれるのか。
毎日、毎時間、毎分、毎秒そう考えている内に気付いてしまった。
恐らくこれは、死ぬまでなのだろうと。
その瞬間、自分を抑えているものが外れた。
後はもう、ケダモノのように貪っていった。
何故なら、それでしか渇きを癒す方法を知らなかったから。
そうして彼はゴトーと成った。
死ぬまで続くと思われていた苦痛が取り除かれたのだ。
種付けおじさんは闇の中に潜み生きるもの。
それでもゴトーにとってはその全てが輝きに満ちていた。
思うがままに生き、死にたいときに死ねる二度目の生を最期まで謳歌する事を誓った。
だというのに、服を作る事を止められなかった事に苦笑していた。
種付けおじさんの服だというのに手に取る奴がいる。
ブランド名ではなく、真剣に自分の作品に向き合う人がいるのを見ていく事で、心の渇きが潤されていった。
そして何の因果か、今はアイドルの衣装なんかに手を出すハメになってしまった。
そしてその内の一着を、自分が必死になって守っている。
目新しさと美しさしか見えていなかった一人よがりな作品とは違う、誰かに望まれた魔法のドレス。
生涯、これ以上の傑作は産まれないと確信したゴトーは、殴られながらも笑みを浮かべた。
とはいえ、背中が凶器で殴られすぎて、もうこの刺激が痛いというものかも判別ができなくなっていた。
それでもゴトーは大丈夫だと希望を持っていた。
種付けおじさんとして生きていれば理由もなく暴力に晒されることなど珍しくもない。
だが、それで死んだ種付けおじさんはいないと、生き残った同類が言っていた。
ゴトーは知らない、それは生存性バイアスなのだと。
どこかで殺され、誰にも知られず役所に回収されていく個体もいる事を。
ゴトーは知らない、今自分を襲っている青年達が誰なのかを。
一人はヨシトに暴力を振るった者、一人は星見を狙っていた者。
トーマがヨシトと星見を助けたから彼らはここにいる。
種付けおじさんから逃げたから、それを克服する為に仲間と共にここに来ている。
これはトーマが招き寄せた因果である事を、ゴトーは最期の瞬間まで知る由はなかった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる