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乙女ゲームの婚約破棄イベントで捨てられたモブのAIの戦い
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遠い遠い昔
世界は一度、滅びてしまいしました。
創造主は考えました。
どのような世界が必要か?
ふと思い出されるのは神々の対話でした。
創造主は色々なものを足すことによって生命を誕生させます。
この世界はアルパイン_アーチと名付けられました。
沢山の種族が生まれました。
その中で最強はドラゴン、そして最弱は人間でした。
人間はドラゴンと戦うために神像を作り出します。
神像でドラゴンを倒しますがドラゴンも負けじと対抗してきます。
神像が生まれては消え生まれては消えの繰り返し。
終わりのないループにみんな疲れていました。
ただ、どこから来たのか分かりませんが創造主に気に入られる女性が現れます
女性は争いごとの絶えない悲しい場所に涙します。
女性は自分に何か出来ないかと歌を歌います。
歌はドラゴンを眠らせることが出来ました。
歌で争いごとを鎮めることが出来ました。
これが歌魔法の始まりとされています。
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キーンコーンカーンコーン
先生が教科書を読み上げたところで授業の終了を知らせる鐘が鳴る。
「はい、今日の授業はここまでだ」
先生が教科書を閉じ、静かに告げた。
小さな子供が手を挙げて先生に質問する。
「せんせー、歌魔法って聖女様が始まりなの?」
「そうだ、今でも聖女様は歌魔法でみんなを守っているんだ」
強面でガタイの良い男性だが小さな生徒達には笑みを浮かべて優しく答えた。
だが、その笑顔が少々不気味であるが幼い子供たちは特に意識せず、先生のいう事を素直に聞きいれる。
「「「そうなんだー」」」
初等部の学生たちが無邪気にかつ元気よく納得する。
好奇心旺盛な初等部の学生は更に質問をする。
「しんぞう?ってなんですか」
「ああ、神像だね。これは諸説あるが今のマギネスギヤがそれに当たると言われているよ」
「マギネスギヤ好き」
「僕も」
「私も」
口々にマギネスギヤのことを話し始める生徒達
まあ、この学園に通ってエリートとしてのし上がるその道があるからそれを目指す子もいるのだろう。
また、マギネスギヤのパイロットは上級騎士として扱われるからな。
「はい、しずかに」
授業は終わったので区切りを付けたい先生。
柏手を打って少々興奮気味の生徒たちを落ち着かせる。
「はいはい、それまでだ。今日の授業はこれで終わりだ、それに明日からは夏季休暇だ。だからってあまり遅くまで残るんじゃないぞ」
男性は顔に似合わず優しい言葉をかけて、生徒たちに帰りの挨拶を促した。
「「「はーーーい」」」
可愛い声で返事する少年少女達
その声を聴くだけで強面の男性教師の顔が緩んでいるのが廊下からも見て分かる
「せんせーさようなら」
元気いっぱいの男の子が一番に廊下へ飛び出した。
俺は廊下にいたためにその男の子と目が合ってしまう。
ここは年上として怖がらせないように笑顔を送ろう。
最高のスマイルを男の子に送った。
「あーこの人、また廊下に立たされてる」
「本当だ、このお兄ちゃん、また廊下に立ってる」
「面白ーい」
なぜか少年少女が俺の周りに集まってくる。
バカやめろ、つつくな!
今、両手が塞がっているし筋肉が……震えているんだ!
「バケツおもそー」
「水いっぱい入ってるね」
「お兄ちゃん、楽しい?」
俺はすでに成人した大人の男性だ
マッチョでもなければ高身長イケメンでもないごくごく普通の17歳の男だ。
そんな、俺は不敵な笑みが自然と出てきてしまう。
無性にこの少年少女達をぶん殴りたい気持ちで満ち溢れている証拠だ
殴ってみようか、よし殴ろう
「はぁ」
と思っても自制心が働いてしまい俺が出来る事といえばため息をつくことぐらいだ。
初等部の教師前
俺が初等部のガキが鬱陶しいので殴ろうと決心したが心優しいので許してやることにした。
なんていう、そんな冗談を頭の中で考えながらバケツを持つ手に力を入れる。
何とも情けない姿をさらしながらやり過ごしていたところ……とある女性が俺の目の前に現れた。
そう女神が降臨されたのだ。
「ダーリンったら、また廊下にいる」
「おや、モカこんにちは」
「もう、こんにちはじゃないよ。今度なにしたの?」
少年少女をかき分けて俺に掛ける声はまるで天使のように美しく澄んでいた。
ボリュームのある金髪をなびかせながら、大きな瞳でこちらを見てくる。
俺と同じ17歳のはずだが、とても成熟した女性で男性なら誰しもが見惚れて釘付けになってしまうほどの美貌を持っていた。
そんな彼女は俺の自慢の恋人であり婚約者だ。
名前はモニカ=マクスウェルというのだが俺は親しみを込めてモカと呼んでいる。
なんせ俺の将来の伴侶だからな!
「ああ、ちょっとマギネスギヤのブラックボックス部の改造をしていたんだよ、そしたら先生がさぁ……」
俺はマギネスギヤのエンジニア志望だった。
魔力を持たない俺でも出来るエンジニアという職を目指すのだが、まさかテストで魔力が必要な問題を出されるとは……。
別に魔力がゼロでも他人に魔力を魔石に入れてもらい使ってもテストでは合格が出来る。
いつもならモカにお願いしていたのだが、ある思い付きで学園のマギネスギヤを弄っているところを先生に見つかってしまったのだ。
そして、今に至る……とほほ。
「あっ、ダーリン……ちょっと待ってね」
俺が愚痴をこぼそうと思っているとモカは手で遮り少年少女たちに体を向ける。
そして、優しく微笑みながら少年少女と目の高さを合わせるように座り込み早く帰るように諭す。
「みんな早く帰らないとお父さんとお母さんが心配するよ」
「うん、わかった」
「はい、よいお返事です」
少年の元気のよい返事に天使の笑みを浮かべるモカ。
「ねえ、お姉ちゃん」
「ん?」
「今日ね歌魔法ならったの!」
「そうなんだ、偉いね」
今度は小さくて可愛い女の子が興奮した状態でモカに詰め寄る。
どうやら今日の授業は小さな女の子にとって衝撃的だったのだろう。
「お姉ちゃんはお歌を歌えるの?」
「お歌?歌魔法の?」
「うん」
目を輝かせて期待に満ちた眼差しをモカに向ける。
モカは歌唱学科の生徒特有のピンクリボンが付いた制服を着ているので少女も歌が歌えると思ったのだろう。
モカは若干戸惑いながらも少女の光り輝く瞳に応えることした。
「ええ、ちょっとだけね」
モカは軽く息を吸い込み
『ら~らん、ららら~♪』
素晴らしい歌声を子供たちに披露する。
モカの歌声はいつ聞いても素晴らしい。
天使の歌声と賞賛があるほど彼女の歌は全校生徒が認めている。
「お姉ちゃん、きれいな歌声!」
「ありがとう」
「ねえ、もっと聞かせて」
「また今度ね、早く帰らないとこのお兄ちゃんみたいになっちゃうよ」
モカさんそれは最高のオタクになれる素質がありますよ。いいんですか?
「それはイヤ!」
少女は物凄い嫌そうな顔をして条件反射的に答える。
そんな少女にモカはにっこり……俺はガックリする。
「それじゃあ、早く帰りましょうね」
「うん!」
モカの笑顔は誰でも幸せにできるのだろう。
俺のようになると脅されたせいで、先ほどまでの眉間のシワは取れ満面の笑みで頷く少女。
これにはさすがの俺も笑みがこぼれる。
なんというか微笑ましい光景だ。
「ばいばい、お姉ちゃん」
「ばいばい」
少年少女はモカに手を振り帰っていく。
モカもそれに応えるように手を振って見送る。
手を振るだけなのにモカは絵になるよな。
「ねえ、ダーリン……あのね」
皆が帰ったのを確認してモカは俺のほうに向きを戻す。が、しかし……
「おい、少しは反省したか?」
何やらモカが話し始めていたのだが突如現れた諸悪の根源が威嚇するように俺に詰め寄る。
モカが話始めたことろに割って入ってくる諸悪の根源
その女性は長い足を見せつけるようなタイトなスカートを履いており普通の男性なら興奮して妄想が止まらないだろう。
しかし、この女性に限っては……男が傍に近寄れなかった。
その人はエリザベス=クライツ先生
マギネスギヤというロボットの戦闘において功績を残し女性ながら騎士爵の爵位を持つ有名人だ。
この王都で彼女ことを知らない人のほうが珍しいだろう。
ただ、性格がこの通り横暴であることから結婚相手がいまだに……
「なあ、サミュエルよ」
「は、はい」
「おまえ、今、何か失礼なこと考えていないか?」
「いえ、そんな……まさか……ハハハ」
この人は心を読むことが出来るのだろうか?っというぐらい何故か相手のことを見透かしてくる。
正直、やりにくい先生だ。
「モニカ」
「はい?」
「アンソニー殿下が探しておられたぞ」
「私を……ですか?」
モカは自分が呼ばれていることに驚いている。
「ああ、準備がどうとか……今日の夜会の準備係だったのか?」
「いえ、違いますが」
「まあ、すまないが行ってもらえるか?」
「わかりました。ダーリン、また後でね」
「おう」
俺に背を向けて移動を開始するもモカは何かを思い出したのか立ち止まり振り返る。
「そういえば、明日の朝の朝食、またナポリタンスパゲッティでもいい?」
「ああ、毎日でもいいぞ」
「それは流石に飽きるよ」
「モカが作るなら何でもいいよ」
「ありがとう、サム……それじゃあ、行ってくるね」
「ああ」
モカは少し名残惜しそうに職員室のほうへと歩き出す。
そういえば、さっき何を言いかけたのだろう?
「で、サミュエル=ロスガードよ」
「はい」
高圧的なエリザベス先生に名前を呼ばれ俺の背筋が伸びる。
「こんな初等部の廊下に立たされて初心にかえれただろう?純粋な心に戻ったことで今一度、問う。なぜあのようなことをした?」
「あのようなこと?」
正直、俺には何故咎められるのか見当もつかない!
ってことはなく、申し訳ないと思いながらもシラを切ってみた。
「シラを切るつもりか?」
流石です。お見通しですか……ですが、今日は夜会もあるのでここは早く切り抜けなれば!
「実はあれには訳がありまして」
「ほう、言ってみろ」
「あれは亡き母の遺言で……」
「ちょっと待て」
「はい?」
「お前の母親はセリーヌ=ロスガードだったよな?」
「それが何か?」
「まだ、生きているではないか馬鹿モン!」
俺としたことが失態だ。
そういえば、うちの母親とエリザベス先生は知り合いだったな。
「よーし、夜会までまだ時間があるからそれまでみっちりと語り合おうじゃないか」
「ちょ、先生、それはいくら何でもあんまり」
「そこに座れ」
床に指をさしそこへ座れと命令するエリザベス先生
「え?ここは廊下で床が冷たく……」
「聞こえなかったか?」
俺が反論すること自体が間違いだったと思うほどの形相でにらみつけてくるエリザベス先生。
美人だからか迫力がその他大勢と比較して半端ねえ……。
鬼だ……目の前に鬼がおる……
「…………はい」
俺は恐怖のあまり小さくなりながらエリザベス先生が指さす場所へと座る。
そのまま俺は初等部の教室前の廊下でみっちりとありがたいお話を貰う。
ただ、エリザベス先生って中身は兎も角、見た目は……めっちゃタイプなんだよな。
しかも、鍛えているし女性としての膨らみもしっかりと強調する服を着ているため……エロい。
胸や尻のカタチなんて見ているだけでよだれが……
正直、この性格を差し引いても恋人にしても全然、俺なら問題ないな。
「おい、聞いているのか!」
「はい」
っと、顔を近づけて詰め寄るエリザベス先生なのだが…………なぜか顔が高揚しており頬が赤く染まっている。
「そ、その、なんだ、あまりそんな目で見るな」
目が伏せ、口を研がせるエリザベス先生。
かわいいの破壊力が凄まじいことになっていた。
俺、モカがいなかったら絶対に落ちてる……よ。
ってか、先生、本当に心が読めるのでは?
にしても反則的にカワイイ反応しないでください。
アウトです。
先生は今年でさんじゅう……
と、先生の年齢を頭に思い浮かべていると表情が一変する。
「……サミュエル、お前死にたいようだな」
「……滅相もございません」
絶対に心が読めるよな……うん……。
このあと、本当に俺は夜会ギリギリまで先生の体を眺めることになってしまった。
☆彡
エリザベス先生の女体をこれでもかと拝んだ日の夜。
ヴォルディスク王立学園伝統の夏季休暇前・親睦パーティが開かれた。
ただ、この親睦パーティは通称「夜会」と呼ばれる。
本来、夜会とは社交界や上級階級などでパーティやイベントのことを指すが、学園のパーティーなので平民なども参加する。
ただ、ドレスコードはあるので平民であれ皆、普段着ではないフォーマルな服装で来場していた。
そして、当然のことながらダンスパーティも組み込まれており恋人がいる生徒は一緒に参加してダンスを楽しむ。
また、恋人がいない生徒はこの場……夜会での出会いを期待する生徒も男女問わず大勢いる。
俺は着替えるのに少し手間取ったがなんとか間に合うことができた。
モカに渡していた洗濯物が見つからなくてちょっと焦ったが何とかなったな。
いつもモカ任せなのを少しばかり反省する。
走ってきたので息を整えていると俺に向けての囁く声が聞こえてくる。
「あいつ、やっぱり来たな」
「ああ、爆発しろよ」
「くそ、アイツさえいなければモニカさんは……」
何やらやっかみが聞こえるが俺はそれを無視する。
だがそんな、嫌われ者の俺に声を掛ける人物がいる。
「よう、勝ち組」
白いスーツを纏った男が俺のところへやってくる。
こいつの名前はカーツ。
なんとも陽キャ、ウェイ!って感じで馴れ馴れしい男だ。
ただ、こいつは決して悪い奴じゃないんだよな。
「カーツか……って勝ち組ってなんだよ」
「お前にはモカちゃんがいるだろ」
「ふっ、まあな」
俺はカーツの言葉に少々、鼻が高くなる。
高く成るどころじゃないな、まさに天狗だな。
「俺はこれから探すぜ」
「まあ、お前ならすぐだろ」
俺は決して嫌味でも何でもなく、カーツはその気になれば恋人の一人や二人作るのは朝飯前だろう。
だってさ、逆立ちしても絶対に勝てないほどイケメンだもん。
だからみな、こいつと何かするときは絶対に彼女連れてこないからな。
こいつになびかなかったのはモカぐらいだよ。
「そんなことはないよ」
「なんだろう、その面でその謙虚な姿勢は腹が立つな」
「おいおい、お前と同じ田舎の貧乏男爵子息なんて相手にしてもらえないよ」
「結婚相手としては別ってことか」
「まあな」
本当にそうなのか?っと疑問を持つが……
それよりもテーブルには色とりどりの花が飾られており、その花に負けいぐらい豪華な料理も並んでいる。
「カーツ、この夜会の料理ってこんなにも豪華なんだな」
俺は正直、もっと簡素な立食用の料理だと思っていたので驚いていた。
「いや、どうやらあの人が在籍しているのが大きいらしいぞ」
と、友人のカーツが教えてくれる。
「もしかして、第二王子か?」
俺はカーツに尋ねる。
「だろうな」
なんとなくだが、そうだろうと思っていたことが当たったようだ。
「本当、俺たち男爵家の芋料理と比べたら……クッ」
「泣くなサム、思う存分楽しもうじゃないか」
あまりの料理の質の違いに驚きと興奮で泣けてくる。
いや、芋料理も美味しいんだけどね。
見た目の豪華さがあまりにも桁違いだ。
「あ、カーツくんここにいた」
声のするほうに視線を移すと、少し離れた場所から駆け寄ってくる少女の姿があった。
彼女の茶色いボブカットに光があたり、光り輝くように見えた。
なんとも親しそうにカーツに近づく女性はすぐさまカーツの右腕にしがみつく。
「おや、バレた?」
「もう、探していたんだよ」
彼女は少しほほを膨らましながらカーツを見上げる。
「ごめん、アリーシャ」
カーツは、特に悪気はなかったが、謝罪することにした。
しかし、彼の謝罪はめんどくさいというのを一切に顔に出さずに爽やかな笑顔というオプション付きだ。
イケメンスマイルのおかげなのは目に見えていた。
右腕にしがみつく彼女の頬は高揚し赤くなりながら「仕方ないな」っと呟くように許していた。
カーツ……爆発しろ
「なんだ、カーツここにいたのか」
と、逆サイドからカーツの左腕にしがみつく女性が現れる。
逆サイドの女性はアリーシャと違い胸が大きく開いたドレスを着ている。
「ルアナ、その……当たってる」
ルアナって確かカーツの幼馴染だっけ?
俺と同じクラスだから知っていたが、なんだそういう関係だったのか。
「なんだよ、アリーシャは良くはあたいはダメなのか」
ルアナの性格はガサツそのものだが、体はとても発育がよく、まるで大玉スイカ2つがカーツの腕を挟み込むような状態だ。
そして今、目のまえでカーツを取られまいと自分の武器を使ってカーツに迫っているって感じかな。
ルアナも女の子だったんだな……教室の様子からは想像が出来なかったが……
「もうルアナばかり意識しないでよ」
ルアナの反対の腕に更なる圧力をかけるアリーシャ
「ア、アリーシャ!」
「むう……」
アリーシャの反撃にカーツが反応する。
その反応が気に入らないルアナは更なる圧力をカーツに与える。
ただ、大きさの比較は一目で分かるほどの違いがありルアナの圧勝だ。
「えっと、向こうの料理がおいしそうだから行ってくるよ」
カーツはその場から動いて現状を打破しようとするのだが
「いいね、行こう」
「おう、いいぜ」
しがみついた腕から離れない2人にため息をつくカーツ。
また、カーツの見えないところでカーツを挟んでいがみ合う女性2人。
「サム、すまない。俺は向こうのテーブルへ移動するよ」
「ああ、爆発しろよカーツ」
「うるさい!」
カーツは2人の女性と腕を組んで移動する。
その後ろ姿を見送りながらふっと我に返ると音楽が聞こえてくる。
しかし、その音楽はずっと流れていたものだった。
先ほどまで濃いメンバーと一緒にいたせいでBGMを聞き逃しているだけなのだ。
ってか、俺はさっきまで一体、何を見せられていたんだ?
クソ、カーツのやつめ……イケメンはやっぱり敵だな。
「にしても、モカ遅いな……」
ロフトの傍で待っていて言われたのだが一向に現れる気配がない。
ただ、闇雲に探し回ってすれ違う可能性があるので、その場で音楽を聴きながら料理を楽しんでいた。
『ロゼッタ、今この瞬間を持ってお前との婚約は破棄する!』
「ん?」
夜会のパーティ会場で何やらイベントでも開催されたのだろうか?
若く凛々しい金髪の男性が声高らかに宣言した。
にしても、内容が少々穏やかではないのだが?
「そ、そんな……私はいつもアンソニー殿下のことを思って……」
俺はイベントが行われているであろう場所が見えるところへ移動する。
そこには2人の男女が少し離れた位置で会話をしていた。
「うるさい。そのような戯言を信じる俺ではない」
男のほうは声量も大きく、威圧的な感じだ。
「アンソニー殿下……」
対して、女性は真っ青な顔をしており声も震えている。
彼女の髪は情熱的な赤色でこの国でも珍しい。
また、手入れが行き届いているおかげで、艶がよく光っているように見えるほどだ。
だが、その髪も艶がなくくすんだように見えてしまっている。
「俺にふさわしい女性が現れたのだ!」
ちなみに男性はこの学園では超有名人で王子様のアンソニー=ヴォルディスク
第二王子であるが次期国王としての期待が高い。
優秀がゆえに第二王子のアンソニー殿下を推す貴族が多いとか。
にしても、婚約破棄って聞こえたんだが?
その理由が相応しい女性?
王子様……優秀だと聞いていたが……大丈夫か?
「そんな……私の何が不服なのですか?」
対する女性もこの学園では超有名人。
公爵令嬢であり、第二王子の婚約者ロゼッタ=ヴィンダーソン
言い争っているのは婚約者同士なのだ。
「そんなもの自分の胸に手を当てて考えろ」
「そんな……アンソニー殿下」
王子様の破天荒な言葉で崩れ去るロゼッタ令嬢。
正直、見て居られないな。
だが、周りの女性は何故かロゼッタ令嬢に冷たい
(いい気味)
(ホント)
おいおい、ロゼッタ令嬢ってそこまで嫌われているの?
俺はいたって普通の令嬢だと思っていたが、どういうことだ?
『俺のこれからを支えてくれる最高の伴侶を紹介しよう』
またもアンソニー殿下が声高らかにしゃべり始める。
すると見慣れた女性が現れてアンソニー殿下の隣に並ぶ。
「え?……あ……」
俺は目の前の事実にショックを受ける。
「彼女がこれからの俺を支えてくれる、そして未来の国母となる聖女モニカだ」
声が出ない
理解が追い付かない
体も微動だにできなかった
呼吸も次第に出来なくなり呼吸困難になっているのがわかる。
まるで自分の体ではないようだ。
「は?……モニ……カ?う……うそ……だろ?」
口の中が乾いて上手く声が出ない。
そんなことよりも……なぜだ!
何故、そんなところにモカがいる?
ドレスも一緒に選んで同じ店でオーダーメイドしたものじゃないだろ?
そんなに高級ではないが、今着ている服は明らかに必要金貨の枚数の桁が違う
優雅に手を体の前に組んで立っているモカ。
その左手の薬指には眩しく輝く指輪が俺の心臓を焼き払う。
そう、一目で見てわかってしまうほど豪華で俺が送った指輪と違うからだ。
モカの指には俺の知らない指輪が光り輝いているのを見て少しづつだが可笑しくなっていく自分がいた。
さらに追い打ちをかける様にアンソニー殿下は俺を指さし忠告をしてくる。
「そこのお前も分かっているな?彼女は聖女として選ばれたのだ。今後、気安く話しかけるのはやめてくれたまえ」
アンソニー殿下はモカの肩を抱き寄せ俺のほうを見て勝利の笑みを浮かべる。
その光景を見た俺はどのように解釈すればよいかわからなかった。
「いいか、次から聖女と廊下ですれ違う時は跪いて動くなよ」
アンソニー殿下の訳の分からない言葉が俺には全くと言っていいほど響かない。
それよりも、モカに捨てられたという事実のみが俺の脳を破壊する。
「そんな……モニカ……あなたは……」
ロゼッタ令嬢は何かを言いかけるがその言葉に被せる様にアンソニー殿下は言葉を放つ
「ロゼッタ、モニカは神聖教会から聖女と認定されている。立場は君より上だということを理解しろ」
アンソニー殿下の言葉はどれほどロゼッタ令嬢に突き刺さったのだろう。
彼女はその場でバタンと勢いよく倒れてしまい、気を失う。
「ロゼッタ!」
倒れたロゼッタ令嬢に駆け寄るのはアルフレッド殿下だ。
アンソニー殿下の腹違いの兄である。
「おい、ロゼッタ、大丈夫か?」
アルフレッド殿下が抱き上げ声を掛けるが返事がなかった。
「すぐに彼女を医務室へ」
彼はロゼッタ令嬢を抱え上げそのままこの場を去ろうとする。
アルフレッド殿下はアンソニー殿下へ鋭い眼差しを向けるがすぐに出口へと向きを変える。
夜会の会場が混乱する中、俺はモカが別の男に抱き寄せられていることを見つめ続ていた。
それに先ほどからモカは俺と目を合わせてくれない。
「なんで……」
彼女に手を伸ばそうにもそれすら許さない様な気がした。
ただ、頭の中にあるキーワードで思考回路が停止する。
そう、俺は「捨てられた」のだ。
俺と先ほど倒れたロゼッタ令嬢は婚約者に捨てられた。
その事実をどう解釈すればよいのか分からない。
これが現実なのかと受け入れることが出来ずに必死に頭の中で否定するも目の前の現実が否定を否定する。
頭が可笑しくなったんだろうな。
ふと、遠い記憶が思い出される。
それは悪役令嬢の婚約破棄というアニメで見たことのある場面だ。
「あはは、俺はモブだったのかな……そして、ロゼッタ令嬢はまるで悪役令嬢だな」
ん?
……って、あれ?
もしかして、これはゲームのイベント?
いや、俺はそんなものを知らない
ゲームってなんだ?
乙女ゲーム?いや、俺はプレイしたことがない。
アニメや小説で見たことあるとか?
ちょっと待て
……そもそも、ゲームやアニメってなんだ?
更に頭が混乱してきた。
どうなっている?
モカに捨てられたから頭がおかしくなった?
ありえるな。
確か、この世界の身分制度は小説で見るような絶対王政で、魔法技術が発達しており都市部機能は産業革命時のイギリスに近い。いや、でも食文化は日本に近いのか?
……だ・か・ら!産業革命ってなんだよ!日本ってどこだよ!?
いや……思い出した。
俺……転生者なのか……!
何も出来ない俺はその場で動けない状態でモカを見る。
その後もずっと俺とは目を合わせないモカ。
思考が混乱して挙動不審な俺に対して軽蔑の目を向けるアンソニー殿下
「ふん……では我々も行こう」
「はい」
モカはアンソニー殿下の言葉に笑顔で返事をする。
そして、アンソニー殿下が構えると腕を取り体を寄せるモカ。
二人はゆっくりと歩幅を合わせて夜会の会場から出ようとしていた。
それを呆然と見つめるだけの俺
今の俺にはどうするのが正解なのか分からなくなっていた。
今自分のおかれた環境を整理するには時間が必要だな。
にしてもなんだか、懐かしい感じがする。
前世を色々と思い出すなぁ……って、なんだ……頭が……痛い……割れそうだ。
「キャー、ちょっと人が倒れたわ」
「……サム!(ダーリン)」
薄れゆく意識の中、女性の悲鳴が聞こえた
それと同時にモカの声も聞こえたような……気がした。
☆彡
俺の前世は至って普通のサラリーマンだった。
これといった特技はなく中肉中背の平凡な顔……モブという言葉がピッタリの男だ。
そういう意味では転生しても何も変わっていないと思う。
高校時代に自作パソコンを作成してそれを散々いじり倒す根っからのオタク。
ただ、前世では人に誇れるものがあったことはあった。
前世で俺は奇跡的に結婚できた。
嫁は隣に住む幼馴染で誰もが羨む美貌を持っており、俺と違って中、高、大、そして社会人になっても毎月告白されるぐらいモテる女だ。
正直、自慢しても恥ずかしくないむしろ自慢したいぐらいの嫁だった。
今思えば、なんで俺と結婚したのだろうと思う。
他校の生徒から告白されていることも見たことがあるし、芸能関係者から名刺を貰ったりもしていた。
また、見た目だけではなかった。
家事スキルは完璧で高校生ぐらいから俺の身の回りの世話は嫁がしてくれていた。
そんな嫁はずっとそばにいてくれて結婚したのは俺たちが28歳の時だ。
正直、社会人になってからはほぼ同棲しているも同じような状態だったが、俺が気おくれしてしまいプロポーズに時間が掛かってしまったのが原因だ。
ただ、その2年後、30歳の時に離婚することになった。
何故、分かれたのか?
それは嫁の浮気が原因だった。
ある日、会社から帰ると嫁がリビングで電気もつけずにイスに座っていた。そして、テーブルの上には離婚届が置かれていた。
その時の嫁の表情ときれいに片付けられた机の上に置かれた紙切れを見て足が震えたのは鮮明に思い出せる。
離婚の理由は……「好きな人が出来た」と一言のみ。
「おい、どうして……俺の一体、何がダメだったんだ?」
「…………」
「何か言えよ。じゃないと分からないだろ」
「…………」
「俺と喋るのすら嫌ってことか?」
「…………」
何もしゃべらない嫁に怒りがピークに達して
「何とか言えよ!ばかヤロウ!」
しまいには、大声で怒鳴り散らしてしまう。
それでも嫁は俯き、俺がその後も罵声を浴びせ続けてるもがその日は一言も喋らなかった。
翌日、目が覚めると朝飯だけは用意してくれていた。
ただ、嫌味で作っているのか、罪滅ぼしでもしたいのか分からない。
机の上に置かれていたのは俺が昔から大好きなナポリタンだ。
だが、流石に浮気した嫁の作った食い物なんて食べる気にはなれずゴミ箱に捨てた。
そして、その日から嫁が家に帰ってくることはなかった。
浮気相手の家に転がり込んでいるのだろうと思うと正気でいることは出来ずにモノに当たり散らしてしまう。
「クソッ!クソッ!クソッ!」
帰ってこないことに腹を立て電話をするも嫁は出ない。
嫁は今頃、浮気相手とよろしくやっているなんて考えただけで何度も嘔吐してしまった。
そして、一週間が経ったころに嫁がふらりと家に帰ってくる。
嫁を説得しようとした。
当時も感じていたが今思い出すだけでも惨めだったなと思う。
一週間、悶々としたせいか精神的なダメージが大きく正常ではなかった。
ただ、「捨てられる」……この恐怖に心が支配されていた。
腹が立つのもこの恐怖を誤魔化すためだと後になって理解する。
だが、この日、嫁が衝撃的な事実を口にすることで離婚届にサインする決心がついた。
離婚届に名前を書くことを決めたきっかけが、嫁のお腹に相手の子供がいると知ったからだ。
もう、ダメだ……受け入れるしかない。
しかしだ……いざ、既に嫁の名前が書いてある離婚届に記入するときに手が震えた。
正直、自分の字はお世辞でもきれいな字とは言えない。
それが更に震える手で書くので自分で書いた自分の名前が読めないぐらい酷かった。
慰謝料、財産分与、住む場所……嫁はすべてこちらに任せると言ってくれた。
慰謝料も言い値を払うと言ってくれる。
しかし、俺はどれも放棄した。
俺は家から出ていくことにした。
マンションを購入していたが、もう嫁と一緒にいることが出来ないと理解し……いや、違うな。
早く離れないと俺が持たなかった。
常に心臓がうるさく鳴り響く毎日に心身ともに疲れていたのだ。
顔を合わせるたびに涙が零れそうになった。
しかし、俺はまだ絶望を知らなかった。
俺は会社を辞めてニートになっていた。
幸いというか金はあったので生活に困ることはなかった。
だが、人間というのは簡単にダメになるんだと実感。
俺は安いチューハイで飲んだくれて毎日ダメ人間になっていた。
仕事もせずに昼からレモンチューハイを飲み、腹が減ったらスーパーの惣菜コーナーへ行くという生活。
高校時代からの自作パソコンも気が付けば12年以上たっていた。
こいつには自作のチャットボットが入っておりAIで学習したモデルを元に会話をしてくれる。
といっても、帰ってくるのは定型文であるので返事にはパターンがあった。
「なあ、楽しいことない?」
「………………とデートしてみては?」
「クソ!」
嫁もこのチャットボットと話をしていたので時折、嫁の話が出てくる。
その度に涙が止まらなくなり、同時に行き場のない感情を物にぶつけてしまう。
ただ、このチャットボットに悪気なんてない。
学習したデータを使って返事を返しているだけなのだ。
そんな生活を1年ほど続けたある日、実家から呼び出される。
一体何事かと実家に帰るといきなりオヤジが喪服を差し出す。
無言で渡された喪服を受け取り着替えると近所の葬儀にでるから一緒に来いと言われた。
なんとなくというか、オヤジの無言が真剣さを物語っていたのでしぶしぶと付いていく。
連れていかれたのは、実家の隣の家……元嫁の家だった。
元義父か元義母が亡くなったのか?
元嫁と顔を合わすのは気まずいな……。
そんなことを考えながら玄関をくぐり通夜が行われている居間へと足を運ぶ。
うちの実家はかなりの田舎なので自宅の葬儀が近所では普通に行われていた。
間取りは昔のまま変わっておらず、一番奥の部屋に和室がある。
階段の横に大きな傷がそのまま残っているのを確認して当時を思い出してしまう。
目的の部屋の前から焼香の香りが強くなりいかにも葬儀だなって感じる。
そして、部屋に通されたときに一番最初に目につくのは亡くなった方の写真だ。
その写真を見たとき、俺は固まった。
あまりにも想定外の人物の葬儀であることにこの時、初めて気が付いたのだから……。
そこには元嫁が満面の笑みでピースサインをして写っている写真が飾られていた。
正直、この時は悲しいとかよりも事実を受け止めるのに戸惑ったという感覚だ。
「和樹さん、これ見てくれる」
居間の入り口で立ち止まってしまった俺に元義母が震える手で手紙の入った封筒を渡してくれた。
封筒を受け取る際に通夜が行われている部屋の奥にはベビーベットが見える。
正直、気の毒だなと思ったが口には出さなかった。
もしかしたら、この元義母は生まれて間もない孫の面倒をこれから見るのだろうかなど思考してしまう。
不倫の末に出来た赤子でも血のつながりのある孫なら愛情持って育てられるのか?
と、ちょっと上から目線で見てしまった。
「わかりました。後で確認させて頂きます」
俺は失礼のないように丁寧にその封筒を受け取る。
受け取った封筒は内ポケットにしまい、オヤジと香を上げ自宅へと帰宅しようとした。
が元義父に玄関で引き留められる。
「よかったら動画見てもらえないか?」
「動画……ですか?」
「ああ、頼む」
元義父は俺に頭を下げた。
いくら不倫して出て行った元嫁の父親であっても小さいころから知っている近所のおじさん。
その人がこうして頭を下げているのだ。
俺は断ることなんて出来なかった。
ただ、封筒は一度開封されており簡単に中身を取り出せた。
分厚い手紙だと思っていたが、入っていたのは俺の名義の預金通帳と動画データが記録されたカードが入っていた。
俺は元嫁の玄関で動画を見ることに。
ただ、動画を進むにつれて手足が震え立つことが出来なくなりその場にへたり込む。
動画はどうやら元嫁が友達と宅飲みしているものだった。
写っている場所は俺の知らない部屋だが、なんとなく元嫁の友達の部屋だろうと推測される。
動画には2人しか映っておらず、ビデオカメラかスマホをタンスか何かの上に置いて定位置で撮っているようだ。
『『かんぱーい』』
チューハイの缶を開けお互いに相手の缶を気づかないながら激しくぶつける。
『はーちゃん、報告があります』
『なんでしょうか?』
その場で元嫁は立ち上がり手を額に当て敬礼する。
『旦那と離婚しました!』
『おぉ』
ついでに缶チューハイを天高く掲げ離婚報告をする。
その嫁の姿は家の中なのにニット帽をかぶったままだった。
だが、違和感があった。
元嫁は腰まできれいな髪が伸びていた。
いくらなんでもニット帽の中に全部入るほどの毛量ではない。
もし入ったとしたらニット帽はもっと大きく膨らむはずだ。
それとも浮気相手に合わせて切ったのか?
と、そんな考察をしながら再度、動画に集中する。
室内ニット帽の嫁にパチパチと拍手するはーちゃん。
ちなみに友達のはーちゃんを俺は知っている。
学生時代の元嫁の友人だ。
『これで新しい人生……ぐすん……』
元嫁が泣き始めて呂律が回らなくなる。
離婚できたことが泣くほど嬉しいのだろうか?
逆に俺が泣きたくなってくる。
『ちょっと、どうしたの。あなたが望んだことでしょ?』
立ち上がった嫁に近づき背中をさすってくれるはーちゃん。
『だって……ずっと一緒……だったから……』
『分かってる辛かったね』
『うん』
『じゃあ、今日は飲んで泣こう』
『うん!』
『飲むぞー』
『おー!』
二人は立ち上がったままその場で缶チューハイを天高く掲げる。
『って、そういえば、あんた妊婦……』
そうだ、彼女は……あれ?お腹が大きくないな。
これは離婚してすぐの動画だろうか?
『あぁあれね……実は……うそぴょん!』
『マジ?あぶな、危うく騙されるところだったわ』
『でしょ、離婚のサインの決め手はそれだったよ』
クソッ……俺はそんなウソに引っかかったのか?自分が情けなく思えてくるぞ。
『じゃあ、末期ガン……ってのも嘘だよね?』
『…………それは……ホント』
は?ちょっと待て……。
ガン?
『…………そっか、ってアルコール大丈夫なの?』
『先生がね、もう……好きなことしてもいいよって』
沈んだ表情で話す嫁に、はーちゃんは焦っていた。
どういう反応していいか困っている様子だ。
『なら、飲まなきゃね!』
『おー!』
すぐにはーちゃんは切り替えて明るい顔になる。
しかし、無理しているのが映像で見て取れる。
その後も二人はかなりの缶チューハイを開ける。
次第に、机の上はおつまみセットと空き缶で埋め尽くされる。
にしても……元嫁が末期ガン?
浮気した天罰か?
『よし、じゃあもっと超ガールズトークだ』
はーちゃんが嬉しそうに意味のわからない単語を大声で叫ぶ。
『何々?』
『愛を叫んじゃおう!』
『はーちゃんの?』
『あんたの!』
『えー、もうしょうがないな』
なるほど、浮気相手の名前がここで聞けるな。一体、誰なんだ?俺の知っている奴か?
『ほれほれ、言ってみ。新しい恋が始まるかもよ』
『んーじゃあ、愛の告白しゅる』
『いいねいいね!』
『和樹ぃぃぃ大好きだぁぁぁ愛してるぅぅぅ』
『それ元旦那じゃん』
え?俺?
『そう!それ以外いらない!和樹以外の男なんてどうでもいい』
『絶世の美女がもったいない』
『いいもん、和樹が幸せならそれでいいもん!』
頬を膨らませて拗ねる元嫁。
その頬を指で刺して空気を抜くはーちゃん。
プシュー
『すねないすねない』
『わたし生まれ変わったら絶対に和樹の子供を産むの!』
『頑張れ~』
口を手で囲って元嫁を煽るはーちゃん。
『あぁぁぁ、信じてないな!』
『信じてる信じてる』
『和樹は私の分まで幸せになってねぇぇぇ』
『イェーイ』
カメラに向かって叫ぶ元嫁。
正直、近所迷惑なんじゃないかと思うほど叫んでいる。
『生まれ変わったらまた会おうねぇぇぇ』
『イェーイイェーイ!』
『うぞづいでごめんねぇぇぇ、あいじでるぅぅぅ』
突如、泣きながら叫ぶものだから涙とよだれがあふれ出てくる。
俺が知っている元嫁よりも瘦せこけており、酒を飲んだというのに顔色が悪い。
想像するに本当にこの時点でもう……
『イェーイイェーイイェーイ!』
陽気にイェーイと煽っているはーちゃんだが、彼女もしっかりと泣いていた。
目を真っ赤に充血させて鼻水も出ている。
『『アハハハハハハハ』』
二人は女の友情を確かめるように肩を組み涙を流しながら笑っていた。
動画が終わると俺もその場で腰を抜かして泣いていた。
喪服を着た大の大人が座り込んで涙を流す。
また、動画が終わり自分の中で理解が進むと俺は元義父に頭を下げていた。
そう、嫁は不倫して離婚したわけではなく……末期がんで後先短いことを悟り自ら離れたのだ。
「お義父さん、遅いかもしれませんが、もし良かったら……可憐の傍に……いさせてください」
俺は間違いを起こした……そして、それはもう手遅れになっている。
元嫁の辛い時に俺は彼女から離れてしまった。
今から傍にいてやっても意味がないかもしれない。
それでも俺は彼女の傍にいたかった。
だから、自然と頭を下げることが出来る。
座り込んで泣きながら頭を下げる……気が付いたら土下座していた。
なぜ、この時、土下座したのか自分でも分かっていない。
もしかしたら、許されたいなんて甘えがあったのかもしれない。
そんな俺にはお義父さんは俺の肩を叩く。
そして、意外な言葉を俺に掛けてくれる。
「……ありがとう」
ただ、お義父さんはどことなく嬉しそうに俺に声を掛けてくれる。
「俺は、何も気が付かず、可憐が一人寂しく……」
「違うよ、和樹くん」
「え?」
「可憐は最後に言っていたんだ。『和樹、ナポリタン出来たよ』って」
「ナポリタン?」
「ああ、あの子は夢の中で……最後の最後まで君に料理を作っていたんだ」
「…………ッ」
心深くにお義父さんの言葉が胸に刺さる。
元嫁、可憐は最後まで俺と一緒にいる夢を見ていたんだ。
そこまで……俺は……愛されていたんだ……なのに、俺は……。
「すみません、すみません」
もう、どうしていいか分からない。
感情が生理出来ない、心と思考が一致しない。
目の前の景色もバラバラになっていくような気分だ。
「いいんだ。謝る必要なんてない。最後まで可憐の傍にいてくれたのは紛れもなく、和樹くんなんだ……ありがとう」
「お、おじさん……お、お、俺……俺は……」
「娘の……可憐の傍にいてやってくれるかい?」
お義父さんに言われ俺はすぐに可憐へ身も心も向ける。
「ありがとうございます」
先ほどは赤の他人のように一歩引いた感じで可憐に接していた。
それは自分を守るために一歩引いていたのもあるだろう。
ただ、もうそんなことはしたくない。
もう遅いが、離れたくない、少しでも傍に寄り添いたい。
「可憐……俺も……お前のこと……愛してる」
冷たくなった妻に熱く話しかける。
もう動かない、話もしない、笑わない……そんな可憐の枕元で俺は愛を囁く。
聞いてくれなくていい、答えなくていい、自己満足であることは十分承知の上。
俺は可憐に愛を伝えて生きていくと心に決めた。
そのためだろうか、前世では可憐以外の伴侶を持つことが出来ず寂しい人生となる。
過労死するまで俺の相棒は自作パソコンに入ったチャットボットだけだった。
前世でよく考えていたな。
捨てられても女々しくすがってみるのもいいかもなって思っていた。
次捨てられたら…………女々しくすがってみるのもありなのかもしれない。
☆彡
ふと、気が付くと自室の天井が見える。
そして、右手がとても暖かった。
これは誰かと手を握っている?
体を起こすことなく顔と視線だけを右手に向ける。
すると、女性が俺の右手の傍にいた。
「あれ?」
可憐?と思ったが違う。
前世の記憶を思い出してしまったせいで少しばかりだが記憶の混乱が起こっていた。
女性は俺が目を覚ましたことに気が付くとグッと顔を近づけてくる。
「あ、サム!」
「モ、モ、モカ?」
俺に話しかけてくれたのはモカだ。
俺の右手をモカは両手で祈るように握りしめていた。
モカはもしかして、泣いていたのだろうか?
目が少し赤く腫れあがっている。
「よかった。急に倒れたから……大丈夫?」
俺のことを心配してくれていることが嬉しいのだが……どうしてここに?
アンソニー殿下は?
もしかして、モカがアンソニー殿下と婚約したのはやっぱり夢?
じゃあ、転生前の記憶って何?全部夢なのか?
ダメだ、あまりにも沢山の情報が入ってきすぎて整理が追い付かない。
「大丈夫?」
モカが心配して俺の顔を覗き込む。
すぐにでも唇と重ね合わせることが出来るぐらい覗き込むモカ。
こんなにも大胆だったかな?
「なあ、モカ?」
「ん、どうしたの?」
正直、モカとアンソニー殿下との関係を聞くのが一番手っ取り早いか。
ただ、本当だったら……俺はどうすればいいだろうか?
「急にこんなこと言って変かもしれないんだけどモカは俺と結婚……」
俺の話は遮られ目の前にあったモカの顔は一気に離れていく。
そして、罵声のような声が飛んでくる。
「おい、気安くモカと呼ぶな。聖女モニカ様だ」
急に俺とモカの間に割って入ってくるアンソニー殿下
なぜこんなところにアンソニー殿下が?
もしかしてだけど、やはりあれは現実なのか?
「ちょっとトニー、サムには……」
モカがアンソニー殿下をトニーと呼ぶと同時に俺の胸に痛みが走る。
「いや、ダメだ。お前は聖女だ。このような下賤な者と対等に会話をするなど」
「なによ、その下賤な者って私は……」
トニー……か……二人ともいつの間にかそんなに仲良くなっていたんだな。
俺は全然、気が付かなかったよ。
モカは付き合いの長い俺から見て絶世の美女だ。
また、アンソニー殿下のことをトニーか……
俺の恋敵は王子様か……これは敵わない……だろうな。
それにいつの間にか俺のことはダーリンからサムに降格しているよ。
それじゃあ、俺もけじめをつけないといけないな。
なあに、前世でもこうやって女に捨てられることはあった。
初めてじゃないんだ……落ち着けよ、俺!
まずは前世の教訓を受けて……泣いてすがってみるか?
「なあモカ……たのむよ……謝るからさ……俺を捨てないでくれよ……世界一、モカを愛してるんだ」
俺はベットから降りてモカの足元で土下座をしてみた。
正直、情けないと思ったりもするが、何か行動してみないと事態は好転しない。
ただ、これが良いかどうか分からなかった。
一種の賭けだと思っている。
「なあ、モカぁ~」
俺はまだ続けてみた。
しかし、何の反応も帰ってこない。
これは失敗したかもと、モカの顔色を窺おうと顔を上げると、目の前にキラリと光るものが現れる
「う、うわ」
突如、俺に抜き身を剣を向けるアンソニー殿下
「貴様は恥を知れ」
俺は両手を挙げて降参の意を示す。
「ちょっと、トニー待って」
アンソニー殿下の腕にしがみつき制止を促してくれるモカ
「おい、離せモカ。こんな男は生きている必要などない」
「お願い落ち着いてトニー」
モカはなんとか矛を収めてもらうと二人の間に割り込みアンソニー殿下に正面から抱き着く。
その必死な制止に答えるアンソニー殿下
すぐに剣は鞘にしまわれて、モカを抱きしめる。
「わかったよ、モカ」
「あ、ありがとう、トニー」
抱き合う二人を見て流石にこれはもう復縁は不可能だと思い知る。
前世の時とは状況がまるっきり違う。
モカはこれから俺以外の人と力を合わせて幸せになろうとしているのだ。
それによく考えてみろ、相手は王子様だ。
俺が逆立ちしても敵うはずがない。
むしろ、モカの幸せを考えるなら喜ぶべきことだ。
俺は情けない態度から一変し、節度ある態度に切り替える。
そう、諦めることが肝心だ。
「見苦しいところをお見せして申し訳ございませんでした。アンソニー殿下、聖女モニカ様」
俺は膝をつき深々と頭を下げる。
「今後はこのようなことがないように致します、どうかお許しを」
俺の謝罪の言葉を聞いて満足してくれるアンソニー殿下。
「それでいい。いくぞモニカ」
「ちょっと待ってよトニー。サム、またね」
またね……か。
アンソニー殿下とモカが結婚すれば彼女はいずれ王妃。
身分が違いすぎる。
なるべく、会わないほうが良いだろう。
ただ、自分が思っているよりも冷静でいられる。
どうやら前世の記憶や経験が蘇ったからだろう。
現状を俯瞰して客観的に見れていると思う。
よく考えてみろ。
モニカは聖女に選ばれたのだ。
たかが、騎士の息子と結ばれるなんて部不相応だ。
「今更、新しい恋なんて……出来るかなぁ……はぁ、無理だろうな……なぁ、可憐」
俺は一人残された部屋、独り言をつぶやきながらため息をついた。
☆彡
(モニカ視点)
「ちょっと、なんでダーリンにあんなこと言うのよ」
先ほどまで耐えていた感情を爆発させわたしはトニーに強く抗議した。
身に着けていた高級アクセサリーも投げつける。
それとあまりにもサムが不憫でサムのことを思うと涙が止まらない。
「君はまだ自分の価値が分かっていない」
トニーは投げつけられたアクセサリーを振り払い強い口調で返してくる。
「分かっているよ、聖女だと言いたいんでしょ?」
だけど、私も頭に来ていたので口調としてはかなり強く反論してしまった。
「その通りだ。そして、君は俺の妻になる女性だ」
「そんなわけないでしょ。全部演技だって言ってたじゃない」
そう、この婚約は神聖教会や国民の支持を仰ぎ目的を達するまで期間限定婚約なのだ。
「大声で言うな!誰がきいているか分からない」
だけど、このことを知っているのは当事者とごく一部の人間のみ。
ついつい血が頭に上りトニーを問い詰めていたことに、私は「ハッ」と我に返り手で口を覆い涙をぬぐった。
そして、先ほどよりも声量を落としてトニーへの抗議を再開しようと思った。
しかし、さきに口を開いたのはトニーだ。
「それに、お前がダーリンといっても現状では俺がダーリンになる。それを忘れるな」
「違う、あなたは本当のダーリンじゃない。わたしのダーリンはサムだけ。これまでもこれからも……」
私の決意は固いということをトニーへ抗議する。
「教会が、国が、民が、それを望んでいない。聖女は勇者である俺と一緒になるべきだという声が大きいのだ」
トニーもあまり大きな声を出せないが威圧するような喋り方で正論を説いてくる
「だから一時的に婚約ということにしたんでしょ。それにあなたとわたしは公務以外は一緒に生活しない」
だけど、わたしはわたし。聖女である前にダーリン……サムが大好きなモカなのよ。
そこは譲れない!
「……わかっている」
「だから私生活はダーリン……サムと一緒にいるの!」
「それはダメだ」
「約束と違うじゃない、それに明日の朝ごはんも帰って作らないと」
頑なにわたしとサムの生活を邪魔しようとするトニー。
「これは……サムとも話が付いている」
「本当に?」
「あ、ああ、本当だとも。彼は君に対しての様子がぎこちなかっただろ?」
「え?そうね……もしかして、あれは演技だって言いたいの?」
「そうだ、彼は聖女のことを考えて、周りに悟られないように演技をしているんだ」
わたしだけ知らなかった?
でも、どうしてダーリンは私に何も言ってくれなかったの?
そうか、言いそびれたのね。
あの時、エリザベス先生に叱られてたから……
それにダーリンがあんなにすがってくるなんて今までなかったし、あれも演技だった?
「……わかったわ。でも、絶対に魔王を倒したら婚約破棄してよね」
わたしの言葉にトニーは暗い顔をする。
「ああ、生きていればな」
いくらなんでも失言だと感じた。
これから行われるのは魔王討伐。
当然、命の保証なんてない。
ましてや勇者として戦陣に立つトニーは命がけと言っていいだろう。
「……悪かったわよ」
そう、これは魔王を倒すために王国と神聖教会が一致団結するための政略婚約。
でも、ダーリンをダーリンって呼べないのがこんなにもつらいなんて。
しかも、なんでトニーなんかをダーリンって……おぇ
そっか、サムか……サム、サム、サム……ああ、会いたくなってった!
私を聖女ではなく、モカとして見てほしい。
パイロットとしての才能ないけど、マギネスギヤが大好きでオタクなサム。
ダメなところもあるけど優しくてとても手先が器用なの。
彼は機械の修理をするけど手で再び組み立てられたその機械は、どんなに古く傷んでいても、まるで新品のように見事に復活する
それぐらいすごい人。
愛してやまない愛しのダーリン。
だからこんなウソの婚約なんて早く解消しなきゃ。
でも、トニーは約束してくれている。
魔王を倒したら婚約破棄してくれてサムと一緒に生活できるように……。
サムにもこのことは伝わっていると聞いている。
サムも頑張ってくれているんだよね。
サムとの将来のため、絶対に負けられない!
待っててね、本当のダーリン……全部終わったらすぐに新婚旅行よ!
わたしはトニーと別れた後、着替えと入浴を済ませ自室に戻った。
聖女となったことでかなり豪華な部屋を用意してもらっている。
質素なベッドから天蓋付きのベッドになり大きさも倍以上だ。
しかし、落ち着かないわたしは衣装ケースに入っている男性用の肌着を抱きしめる。
「サム……会いたいな」
くんくんと匂いを嗅いでサムを思い出し、肌着に顔を埋めながら静かな夜を過ごしていた。
しかし、あることに気が付いてしまう。
「……匂いが薄くなっている!」
赤ちゃんのような匂いがしていたサムの肌着。
私が顔を埋め頬釣りを繰り返したことで自分の匂いが移ってしまったのだ。
このままじゃ……わたし、死んじゃう!
居ても立っても居られないわたしは衣装ケースからもう一枚の男性用の肌着を取り出し抱きしめる。
「これはまだ、大丈夫!」
予備のサムがまだ残っていることに安心してそのまま眠りにつくのだった。
☆彡
(???視点)
月が綺麗で静かな夜。
王城の窓辺で金髪の男性が月を眺めていた。
虫のさえずりがかすかに聞こえる中、無音といえるほど僅かな物音しか立てずに彼に近づく者が現れる。
「影か?」
男は動揺することなく物陰に隠れる者に話しかける。
「いかがなさいましょうか?」
声は少々籠っている。
マスクをしているのだろう。
そして、その声は明らかに女性ということが分かる。
見えたりはしないがひざ下から声が聞こえてきた。
声の響きや方向から見えない相手は膝をつき首を垂れている様子がうかがえる。
「サミュエルを処分しろ」
「……よろしいのですか?」
男の命令に少し戸惑いを隠せない影と呼ばれる者。
「何がだ?」
自分の判断に疑問を投げかける影に少々、苛立ちをつのらせる男。
「聖女様がお知りになったら」
明らかに男のほうが上なのだが、進言をやめない影
「事故に見せかけろ。内容は任せる」
「かしこまりました」
何も見えないがなんとなくの気配で礼節は知っている人物だとわかる。
そして、またしても無音で去っていく。
気配がなくなったことを確認したことで動き始めたと喜ぶ金髪の男性。
「ああ、やっと君が来てくれた。愛しているよモニカ……もう誰にも渡すものか……モニカさえいれば何もいらない……」
月に手を伸ばし、ほほを染める男性。
☆彡
(ロゼッタ視点)
夜会が終わり私は寮の自室へと戻ってきた
椅子に腰かけふと思い出す今夜の出来事。
婚約破棄、そして悪役令嬢
この単語を知ったのは私が12歳の時だ。
家の廊下で思いっきり転んで頭を強く打った時に思い出したのがアニソンだった。
そして、徐々に思い出される前世の記憶。
そう、私は転生者だった。
死因はガンだった。
最後の病院のベットの上で飽きるまで見たアニメ達のオープニングテーマが今でも脳裏に焼き付いている。
アニソンを歌うたびに少しづつ戻る記憶。
この体は前世と違い美貌も美声も兼ね備えているおかげで、いつの間にか周りから歌姫と呼ばれるようになっていた。
更には聖女に一番近いとすら噂されるほど
そのおかげだろう。
14歳の時にこの国の第二王子と婚約することになった。
ただ、婚約時に思い出したことで気になることがあった。
私の名前や王子の名前に聞き覚えがあるのだ。
その後しばらくして思い出される乙女ゲームのタイトル
「勇者達と恋するマギネスギヤ」
という、SFRPG要素が入った女性向け恋愛シミュレーションゲーム。
ロボットに乗った勇者に守ってもらったり、お姫様抱っこでコックピットに乗ったりとどちらかというと男性が好みそうなものであまり人気がなかった。
私は……あれ?誰だっけ?確か、知り合い?恋人?にロボット好きがいて彼なら好きだろうなと思いながらポチポチやっていたので覚えていたのだ。
まあ、そのおかげだろう。
今回の婚約破棄のイベントはいずれ起こるだろうと予期していた。
それに、第二王子のアンソニー殿下と話をしたことなんて数えるぐらいしかない。
感情なんてものは何もない。
強いて言えば、父がどんな顔をするのかが不安である。
ゲームでは婚約破棄後のロゼッタのことは触れられていなかった。
それにしても、我ながらかなりの名演技よね。
ゲームで何度か見ているけどセリフも完ぺきには覚えていなかったから、半分以上はアドリブで凌いだ。
自画自賛するしかないが、満足いく演技だったな。
ただ、一つ気がかりがある。
ゲームではモニカに恋人なんていなかったはず。
だから、もしかしたら婚約破棄はイベントは発生しないのでは?っと思っていたのだが案の定である。
そして、あのモニカの恋人が可哀そうだったわ。
絶望という言葉が彼の周りに纏わりつくように覆っていた。
顔面が真っ青になっており、立つことも辛そうだった。
モニカは女の私から見ても美少女よね。
私だって今の自分の見た目に自信があるけど、あの子は反則だわ。
それなのに決して驕ったりしないいい子なのよね。
まあ、おかげで男女問わず人気でるってものね。
あのモニカの恋人、正確には元恋人かしら……やっかみとかあったのに平気な顔しているから何というか、精神的に逞しいと思っていたけど、やっぱりモニカが心の支えだったようね。
それが失われて今後、どうするのかしら?
まあ、私が考える事じゃないわね。
明日から夏季休暇のために準備を始めることにした。
そこで、教室に忘れ物をしているの思い出して取りに行く。
「やあ、ロゼッタ」
「これは、アルフレッド殿下」
教室へ行く途中で顔見知りに出会った。
私は立ち止まりスカートを裾をつまみ挨拶をする。
公爵令嬢の私がここまで礼儀正しくしないといけない相手だからだ。
その出会った人はこの国の第一王子。
第一王子は第二王子と違ってとても優秀で気品のある男性です。
正直、第二王子と婚約するより第一王子と婚約したかった……いや、本命は現在の勇者レイブン様だけど。
「その、今回の件については……僕も知らなかったことで……何といえばいいのか」
どうやら婚約破棄の件をアルフレッド殿下は知らなかったみたいね。
でも、私の心配よりも自分のほうがかなりダメージ大きいと思いますけど。
なんたって、モニカを狙っていた一人ですもの。
「いえ、私は大丈夫です。お気遣いありがとうございます。清々した気分です」
私の意外な回答にキョトンとするアルフレッド殿下。
「え?あ、あ、そうなんだ……えっと、こんな時間にどうしたんだ?」
「教室に忘れ物をしてしまいまして」
「君が?珍しいこともあるもんだね」
「ええ、お恥ずかしい限りですわ」
オホホと手を口に当てて微笑む。
「おや、これはロゼッタ令嬢ではありませんか」
私がアルフレッド殿下と話をしていると割って入る男が現れる。
「このような時間にこのような場所で会えるなんて運命を感じます」
「あら、お上手ね、ポルトンさん」
「いえいえ、滅相もございません」
私たちにズカズカと近づくぽっちゃり男子は男爵家子息のポルトン=ウブリアーコ
苦手な男なのよね。
先ほどから視線が私の胸にしか行ってないのですが?
そんなにも私の胸とおしゃべりがしたいのかしら。
まあ、あまり大きくない胸で喜べるなんて……そこだけは見る目があるわね!
ただ、生理的に彼を受け付けないのはどうしようもない。
「お二方ともごめんなさい。急いでますので」
早くこの場から切り抜けようと脱出を試みる。
「そうだね、もう時間も遅いから早く戻ったほうがいい」
「ありがとうございます。アルフレッド殿下」
流石にアルフレッド殿下は分かっていらっしゃる。
この場からすぐにでも逃げたい私の気持ちが。
「まあ、ここで会ったのも何かの縁です。用事があるならお供しますよロゼッタ令嬢」
いや、一秒でも早くあなたと離れたいのよ!
空気読みなさい!
「いえいえ、私も用事が済み次第、すぐに部屋に戻りますので」
「ならば、しばしの間、わたくしめが……」
どうしよう、意地で付いてこようとしてない?
「ポルトンくん、ちょっといいかな?」
「これはアルフレッド殿下、いかがなされました?」
アルフレッド殿下はポルトンの耳に顔を近づけ手で壁を作りヒソヒソと小声で何か話しかけていた。
私には聞こえないが次第にポルトンが興奮していき
「申し訳ございません。ロゼッタ令嬢。用事が出来ましたのでここで失礼させていただきます」
「ええ、大丈夫ですよ。ごきげんよう」
ポルトンはアルフレッド殿下に何を吹き込まれたのか知らないが大きな体を揺らしながら急ぎ足でその場を離れる。
残された私はアルフレッド殿下に視線を向けると彼と目が合う。
するとアルフレッド殿下は二コリを笑いかけてくれる。
たぶん、アルフレッド殿下が助け舟を出してくれたみたいだ。
「アルフレッド殿下、ありがとうございます」
「気にしないで、それじゃあ俺はこれで」
アルフレッド殿下は進行方向へ体を向け背中越しに手を振る。
私はその背中に頭を下げアルフレッド殿下が見えなくなってから移動を始めるのだった。
目的の教室に到着。
正直、深夜の学園は不気味なので早く帰りたいと思っていた。
お化け?いえ、この世界では正直、人間のほうが怖いわ。
人の命を何とも思っていない人が多いこと多いこと……。
日本人の感覚でいたら命がいくらあっても足りないもの。
っと、自分が今しがた深夜の学園に一人でいることに気が付き更に恐怖する。
「誰も……いないよね」
ガタ!
「きゃぁぁぁぁぁぁ!」
私はあまりの恐怖に絶叫を上げる。
しかし、冷静に物音がするほうを見ると机から忘れ物の教科書が堕ちただけだった。
「なんだ……脅かさないでよ」
ホッと胸をなでおろす。
しかし、次の瞬間に激しくせき込む。
「ゴホゴホゴホッ」
口を手で覆い咳き込む
かなり苦しく咳が止まらかった。
そして、何かを戻してしまう。
正直、食べたものが少し出たのだろうと思っていたのだが
手に付いたのは……大量の血のりだった。
「そ、そ、そんな……今度こそ……幸せになろうって思っていたのに」
その場でペタンとへたり込んでしまう。
自分がこの後、どうなってしまうのか……不安で一杯になりしばらく立ち上がることが出来なかった。
☆彡
(サミュエル視点)
夜会の翌日
俺は前世の記憶が蘇ったことでやってみたいことがあった。
それは未だに解読不能とされているマギネスギヤのブラックボックスを操作してみることだ
どこかで見たことある文字だと思っていたが何の変哲もない普通のプログラミング言語であることを思い出す。
確認をするために俺は学園の訓練用のマギネスギヤを借りることにした。
まずはマギネスギヤのもう一人の教官、ギルボア先生に許可をもらう。
とても情に深い先生で俺の好きな先生だ。
母の遺言としてああだ、こうだと説明をし使わせてもらうことに……まあ、母からはマギネスギヤをああしろこうしろなんて一切聞いたことがない。
「そうか、おっかさんの……」
「……はい」
俺は罪悪感を感じながら学園にある訓練用のマギネスギヤの元へ案内される。
格納庫の奥にある全長10mの機体、マギネスギヤは赤と黒のアドバンスカラーで塗装されていた。
「はぁ……カッコイイ」
「ふっ、おめえもこいつの良さが分かるのか」
「当たり前じゃないですか、ワクワクが止まりません」
前世と合わせるといい年した精神年齢のおっさんになるが、ロボットだけは別腹だ。
この合理性の合わせ技がなせるフォルム……魔力とかわけわからんが、駆動関係やこいつに使われるパーツはとても理にかなっている。
前世で人型のロボットを見たいと思ったら新幹線に乗る必要があったが、こうして目の前にあるだけで感無量だ。
「ほらよ、鍵の魔石だ」
「あ、ありがとうございます!」
「なに、気にするな。おっかさんの思い、無駄にするなよ」
「……はい」
キュィーン
借りた魔石を使うとマギネスの起動音がする。
ああ、この音……心地いぃ!
この音を聞くたびに俺は鳥肌が立ち武者震いをする。
はあ、自分自身でこのマギネスギヤに魔力を入れて操作できたらどんなに気持ちいいことか。
まあ、そんな夢物語は置いておいて作業だ。
コックピットの操作パネルの根本にキーボードを繋いでキーを叩く。
これをこうして……ここを入れ替えて起動っと。
前世の記憶が思い出せたおかげで変更する工程は頭の中に出来上がっていた。
しかし…………
ビィー
警告音が鳴り響く
それと同時にコクピットの前面に赤く光る文字が浮かび上がる
「あ、失敗した……」
これは少々骨が折れる作業になりそうだな……。
「あのギルボア先生」
「なんだ?」
「もう少し、ここにいてもいいですか?」
なぜかギルボア先生は少し涙目になりながら
「そうか、おっかさんを思い出したか……ああ、いくらでもかまわんよ」
壮大な勘違いをしているようだが、この際、ヨシとしよう。
「俺は戻るから好きなだけやってくれ」
「ありがとうございます」
ギルボア先生は俺を残して職員室へ戻っていった。
その後、俺はマギネスギヤのコックピットに残り赤く発行する文字と戦うことになった。
「さあ、前世で嫌というほど見てきたエラー文そっくりだ。一日で片付けてやるよ!」
服の袖口をまくり上げて気合を入れる。
そう、この程度の作業はあのデスマーチから比べれば屁でもない。
その後、次々と修正していくが、妙な感覚に陥り自分でも不思議だった。
俺ってこんなにプログラミング得意だったっけ?
前世では仕事だから仕方なくやっていた。
だが、この若い体だからだろうか?
かなりのペースで修正作業が終わっていく。
「よし、完成、スイッチオン!」
修正作業を終えて再度、マギネスギヤの起動をする。
甲高い機械音と共にマギネスギヤのコックピットが光り輝く。
成功かな?っと思った矢先に突如、目の前にウィンドウスクリーンが表れる。
『パスワードを入力してください』
パスワード……流石に分からない……適当に何か入れてみるか?
っといっても何を入れようか悩んでいた。
うーんっと唸っても出てくるのは前世のスマホのロック画面に入力していた数字の羅列のみ……しかし、安直すぎるから却下する。
「よし、これ入れてみよ」
俺が入れてみたのは前世の自作パソコンで使っていたパスワードだ。
あまり金がなかったから最安の低スペックパーツをかき集め作った。
しかし、あまりに低スペックすぎてWINが動かなくてオープンソースのOS入れたんだよな……。
幸い会社で使い慣れたOSのために別に苦労したことはない。
むしろ仕事の勉強になったよな。
前世を思い出しながらパスワードを入力したのだが
「マジかよ……」
パスワードをクリアしてしまう。
適当に入れたパスワードが通ってしまったことに驚いていると、新たにウィンドウが現れて画面に文字が浮かび上がる。
『ダウンロードとインストールを行いますか?y/n』
と、装飾などはなく質素というかシンプルな画面が怖かったりする。
何をダウンロードするんだ?
俺の経験上、訳の分からないものはダウンロードもインストールもしないのが良い
それにこれは学園のマギネスギヤで俺のものじゃない。
ここはNOだ。
俺は「n」を打ち込んだ。
『要求は取り消されました』
は?
『ダウンロードとインストールを行いますか?y/n』
おいおい、もしかして?
「n」は違うということはと思い俺は「no」を打ち込んだ。
『要求は取り消されました』
まじか……
『ダウンロードとインストールを行いますか?y/n』
一体、どうなっているんだ?
プログラムを見た限りそんなものはなかった。
俺がやったことといえば、文法エラーを修正しただけだ。
パッケージ管理?
それともヴァージョンに問題が?
もしかして、ウィルスか何かに感染しているのか?
うーんと唸っても解決策が浮かんでこないのでダメもとで俺は「いいえ」を打ち込んだ。
『要求は取り消されました』
はぁと溜息をつく
『ダウンロードとインストールを行いますか?y/n』
何度も俺の目の前に浮かび上がるウィンドウスクリーン。
魔力の残量を見るともう残り少ない
魔力を持たない俺がこれ以上触るには新しい魔石が必要だ。
魔石も安いものじゃない。
これ以上は授業にも支障が出るだろうと思い俺は電源を落として帰ることにした。
マギネスギヤから降りて出入口へ向かおうとしたのだが……
『ダウンロードとインストールを行いますか?y/n』
なぜかマギネスギヤの動力切っても俺の目の前に現れるウィンドウスクリーン。
更にはマギネスギヤから離れてもウィンドウスクリーンは付いてくるのだった。
もうどうでもいいやと少々やけになり俺は「y」を押す。
押してダウンロードが開始されインストールが始まると同時に激しい腹痛が襲い掛かる。
「え?」
急に腹が熱くなり全身が動かなくなる。
俺は恐る恐る視線を腹部へと持っていく。
何故か俺の腹部から剣の刃の部分が生えていた。
薄れゆく意識の中、ゆっくりと世界が動く。
どう考えても剣を背中から突き立てられたようだ。
しばらくすると、剣が俺の体から引き抜かれる。
それと同時に、振り向くとそこには黒づくめの男が立っていた。
正直、もう駄目だと観念した俺はゆっくりと意識が遠のいていく。
「か……可憐……やっと、会いにいけるよ……」
前世を思い出したからだろう。
最後まで可憐のことが頭から離れなかった。
今度は可憐の生まれ変わりと一緒に生活できれば最高だな……。
☆彡
目を覚ますと辺りは真っ暗だった。
現状、分かるのは冷たい床の上にいるということぐらい。
ここがあの世だろうか?
音もなく静まり返っていた。
その静寂を破るよう音が鳴り始める。
その音はどこか懐かしい……前世の自作パソコンの起動音に似ている。
次の瞬間、辺り一面が光始める。
見たこのない場所。
辺りを見渡せばずらりと並ぶ制御基板や制御装置。
そして、天井にも大型のスクリーンによるレーダー探知機のようなもの。
展望台のような窓から見える光り輝く無数の星々。
まるでアニメの宇宙戦艦のメインブリッジのような場所。
「目が覚めましたか?マスター」
性別は男だろうか?
ただ生身の人間というよりも合成音声のような声がする。
声のするほうに振り向くが誰もいなかった。
「おい、誰だ?誰かいるのか?」
「マスターこっちですよ」
今度は左から声が聞こえるので左を向く
しかし、誰もいない。
「ですからこっちです」
またも左側から声が聞こえる。ただ、少しばかり下にいるようなので左下に視線を移す。
「……は?」
「その呆れたような顔はなんですか。失礼ですマスター」
やっと姿を見ることができたが、一言でいうと前世のご当地キャラって感じだ。
とても小さく拳ほどの大きさである。
まあ、前世でいうところの手のひらサイズのブリキのおもちゃという感じだな。
真っ白い体は手入れが行き届いているのだろうか?光に当たる場所の光沢は眩いほどであった。
俺の目の間に現れたブリキのおもちゃは流暢に話しかけてくる。
ただ、想像からかなり逸脱した姿をしているために
「お、お、お、お前は」
「キュートな姿に驚きました?」
「あ、いや……えっと」
「あ、これは自己紹介が遅れました。私の認識コードはW21815109407618205544435409です。あなたをサポートする超高性能サポートAIです。よろしくお願いいたします」
自己紹介で認識コードを教えられても覚えられないな
それに、こいつ良くしゃべる……情報の処理の追い付かない。
「名前はないのか?」
「認識コードですか?それなら先ほど」
「違う、もっとその簡単な名称はないのか?」
「私は認識コード以外の名称を登録していません」
「そうか……」
にしても認証コード……覚えれないな
「なあサポートAI」
「なんでしょうか?あ、ちなみに超高性能サポートAIです」
変な奴だなっと思いながらも再度、その姿を瞳に移す。
似ているんだよね……
前世のご当地キャラで桃ちゃんという名前だったよな。
更にこいつは白いから……
「白桃って名前じゃダメか?」
「マスターがそう呼びたいならどうぞ」
「わかった、ならそれで頼む。認証コードは覚えれないよ」
「了解です。マスター!『白桃』をアーカイブへ登録しておきます」
白桃は特に変わった様子はないが何やら内部で処理を行っているのが分かる。
「では、質問。白桃、ここはどこだ?」
なんとなくだが、白桃の処理が終わっただろうというタイミングで俺は話しかけた。
「宇宙船ジャスミンの中です」
「……は?」
宇宙船?それは宇宙へ行くための船!
って、まじか?
「宇宙船の中です。そして、現在位置は操作系が集中するメインブリッジですね」
「…………は?」
「マスター、言葉がわかりませんか?」
「そうじゃなくてなんでこんなところに俺はいるんだ?」
「連れてきました」
「なんで?」
正直、理解が追い付かない。
こいつの言っていることは本当なのか?
「ナノマシンによる生体強化を施すためです」
白桃は更に訳の分からない言葉を並べ立て俺を混乱させる。
「……は?」
俺は白桃の言葉を聞き、もしかしてと思い慌てて体のいたる場所を触る。
ナノマシンだって?
俺はロボットになったのか?
ロボットは好きだが自分がロボットになるのはちょっと抵抗があるぞ。
もしかして、男性のシンボルも……よし、大丈夫……健在だ。
「どこ触っているんですか?」
「いやいや、いきなり宇宙船に連れてこられて生体強化?何、俺ってサイボーグにでもなったの?」
「サイボーグ?……あの歯車で動く人形ですか?」
「違うのか?」
「マスターの言っているサイボーグとはこのようなものですか?」
そういって俺の目の前に現れるウィンドウには機械仕掛けの人間が映し出される。
「そうこれ」
「違いますよ。私が施したのは生体強化ですので……そうですね超人と言ったほうが良いかもしれません」
「マジか」
「マジです」
「疑問なんだが、なんで俺を超人にしたんだ?」
「マスターは一度心肺停止いたしました」
「…………は?」
「その顔、やめましょう。馬鹿に見えますよマスター。あ、馬鹿ですか?」
「おい」
一度心臓が止まった?もしかしてあの黒づくめの仕業か?
あいつは一体誰だったんだ?
「なあ、白桃。俺を殺そうとしたヤツのことは知っているのか?」
「さぁ」
「さぁって……」
俺の傍で浮かんでいるブリキのおもちゃは表情を変えることなく淡々と話しを続けてくれる。
「マスターはブラック・アカシックレコードからシステムをダウンロードとインストールを行いました。そして、この船のスーパーユーザーとなったマスターの危機に駆け付けただけですから」
「お前ってこの船のAIなのか?」
「はい、このジャスミンの制御からお掃除まで担当する超高性能サポートAIです」
白桃は自信満々に自分の胸を叩く
「自分で高性能って大した自信だな」
「この銀河にいる以上、最上位システムと言っても過言ではありません」
物凄い自信だな。
自信過剰じゃないか?
まあ、いいか。それよりも……
「じゃあ、その超高性能なAIくんにお願いがあるのだが」
「命令でしょうか?」
命令?まあ、俺がマスターになるから命令になるのかな。
「まあ、そうだな。俺を自宅まで帰してくれないか?」
「申し訳ございませんが、エネルギーが足りません」
「何故だ?」
「マスターの治療にほとんどのエネルギーを使ってしまったので、現状も余剰エネルギーで何とか稼働しています」
俺の治療ごときで宇宙船のエネルギーがなくなるのか?
まあ、助けてもらったからあまり無理は言えないか。
「エネルギー不足って今後はどうするんだ?」
「とりあえずは恒星からエネルギーを補給しようかと」
「恒星?太陽からってなると太陽電池ようなものか?」
「いえ、そのような非効率的なもではなく、直接太陽などの核反応エネルギーを貰います」
白桃が言ってることが理解できないが何やらすごい技術のようだ。
「そのエネルギー補給というのはどのぐらいかかるんだ?」
「2か月ほどは掛かりますね」
「おいおい、すぐに帰りたいんだが」
「方法がないわけではありません」
「何でもいいよ、頼むよ」
そうじゃないと学園の出席日数が……あっ、そういえば夏季休暇か?
「ただ、よろしいでしょうか?」
「なにがだ?」
「この宇宙戦をこのまま目標地点まで落下させることならできますよ」
なんだ、出来るんじゃないか。
最初から……ん?落下?いや、その前に燃え尽きないのか?
「なあ、大気圏突破出来るのか?」
「この程度の惑星の大気圏で傷がつくジャスミンではありません。ただ……」
「ただ?」
俺は少しばかりだが、嫌な予感がしてきた。
「減速ができません」
んんんんんんんん?
「ちょっと待て」
「そのまま地表に落下という形になります」
「おいおい、木っ端みじんじゃないか」
自殺行為を進めるなんてなんてクソAIだ?と思ったが、予想外の答えが返ってくる。
「ええ、惑星がね」
「え?そっち?」
「この船はブラックホールに飲まれても平気な設計ですよ。この程度の質量の惑星に衝突した程度では無傷です」
「なあ、それって帰る帰らないじゃなくて、帰る場所がなくなるよな」
「そうともいいますね」
どうしよう……このサポートAI……ポンコツなのでは?
「なあ、他に方法はないのか?」
「そうですね、その他の方法となると……検索してみます」
白桃はどうやらアーカイブに接続して検索中のようだ。
俺は検索結果が出るまで待つことにした。
「お待たせしました」
「何かあったか?」
「ええ、地上にある特定のポータルと接続をつないで転移することが可能です。あ、もちろん学園の付近で検索しましたよ」
「なるほど!ってエネルギー不足なのに転送できるのか?」
「ポータル施設に残っているエネルギーを使用します」
正直、白桃が何を言っているのかよくわからないが帰れるなら良しとしよう。
白桃が準備するから待ってくれと待つこと15分
白桃からお呼びがかかる。
「接続完了しました」
「お、おう」
目の前にあったポータルの中心が眩く光り輝く。
「これに入るのか?」
「はい、学園に一番近いポータルにつないでます」
「そ、そうか……」
「ではいってらっしゃい、マスター」
「なんだ、付いてきてくれないのか?」
「ええ、私はここから離れるわけにはいかないのです」
「はいはい、超高性能AIは忙しいんだな」
「エッヘン、ただ回線はつなげておきますのでどこにいても通話などはいつでもできますよ」
「どこにいてもか?」
「はい、この銀河内なら遅延のないレスポンスが可能です」
これでもかとふんぞり返る白桃。
それにしてもこの船といいAIといい誰が作ったんだ?という疑問が浮かぶ。
「なんというかすごい進んだ文明で作られたのか?」
「はい、私が作られた時の文明は既にレベル5でした」
レベル5ってどれぐらいなのかよくわからないが……まあ、すごいのだろう。
っていうか、本当に戻れるのかちょっと不安になってきたな。
なぜなら目の前のまばゆい光の中に入る必要があるのだ……大丈夫なのか?
この光の中、正確にはポータルで移動するのだろうけど、原理がさっぱりわからん……信用していいのか?
「よぉぉぉし、いくぞ」
俺は気合を入れるために声を上げる。
しかし、その掛け声を茶化す白桃。
「掛け声はいいのですが、腰が引けてますよマスター……早く入って下さい」
「うるさい、心の準備が必要なんだよ」
こうして俺は命を取り留め、無事に学園の近くへと戻ることができた……はずだった。
しかし、光を抜けた先は薄暗い空間だ。
見回して見ても辺り一面何もない場所にポツンとある転送装置。
天井も高く土というか岩に囲まれた……まさに地中の巨大ドームといった感じだ。
だが、俺が驚いたのはその空間というよりも……
「なあ、白桃聞こえるか?」
振り向きざま転送装置に向かって話しかける。
「何でしょうか、マスター」
すると、左肩付近にウィンドウ画面が開き脳裏にテレパシーのように白桃の声が響く。
不思議な感覚で面白いのだが、今自分が置かれている状況が面白くないので血の気が引いていた。
「ここは……?」
「学園の近くにあるポータル施設です。ジャスミンの船とここをつないで転送しました」
その説明は入る前に聞いたな。
「いや、そうじゃない」
「どうしました?何か問題でも?」
「大ありだろう!」
「ポータル施設ですか?ここは遥か昔に栄えた文明が残した遺産のようなもので」
俺が期待する回答から離れた解答が返ってきたので再度、質問する。
「だから、そういうことじゃない」
「ではなんだというのですか?」
目の前の状況に緊張しており、呆れたような白桃の姿にイラっとする。
「なんでダンジョンの中なんだよ!」
白桃は首をかしげる。
何が問題なのか分からないといった感じだ。
「それは、長い時間をかけて魔力がたまりダンジョン化しているだけです」
「だけって、あのやばそうなモンスターどうするんだよ」
俺は数メートル先にいるヤバイ奴に指をさし、ウィンドウ画面の白桃に唾を飛ばした。
「モンスター?あのわんこですか?」
わんこ?確かに眠っている寝顔は可愛いかもしれないけど、図体の大きさからヤバイ感じがヒシヒシと伝わってくる。
「わんこってあんなドデカいわんこ?見たことねえよ」
「あれはフェンリルというわんこですね」
フェ……ン……リルだと?
「おいこら……ちょっと待て、フェンリルって空想のモンスターじゃねえのか。絵本でしか見たことねえよ!」
「実物が見れてよかったですね」
「良くねえよ……ってかこうやって正面から会いたくなったなぁ」
「まあ、出会ってしまったので仕方ありませんね」
「お前は安全な場所にいるから気楽いいよな」
「私も忙しいのです。それよりもいいんですか?」
「何がだ?」
「あのわんこ、やる気ですよ」
「……っえ?」
わんこがやる気になっている。
その事実から一刻も早く逃げ出したい。
「ガルルルルルッル」
臨戦態勢のわんこ……
あっ、俺、終わった……
「あ、そういえば、マスター忘れ物が……」
何か白桃が言っているが俺はそれどころではなかった。
死相が見える。ってか、死ぬよな俺……
「白桃……忘れ物なんてどうでもいいよ……ってか、この状況を何とかして……く……」
俺の言葉よりも早くフェンリルは動き出す。
銀色に光り輝く毛並みが逆立ち強化魔法を纏う。
この世界に来てあそこまで完璧な強化魔法は見たことがない。
まさに伝説の生き物……
「では、ポータルから大きいの出ますので離れてくださいね」
白桃が何か言っている。
だが、もうどうでもいい。
勢いよくこちらに向かってくるフェンリルに俺は死を覚悟した。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ」
俺は頭を抱えて身を低くする。
そうしたいと思ったわけではない。
反射的に体が動いたのだ。
惨めな格好であることは認める。
だが……怖いものは怖いのだ。
「……あれ?フェンリルは?」
恐る恐る自分の体を見るが何も変化はない。
自分の体に変化がないと確認した視線をゆっくりと上げるとそこには巨大な狼の体を受け止めるアドバンスカラーのロボットがいた。
「マギネス……ギヤ……」
「なんとか間に合いましたね」
脳に直接響く白桃の声に安心したのか強張った身体から力が抜けるのを感じる。
「は、白桃……」
「何ですか?マスター」
「こ、これは?」
「マギネスギヤですよ」
「ああ、そうだな……」
目の前ではアドバンスカラーのマギネスギヤが伝説の生き物であるフェンリルと戦っている。
フェンリルは身体強化の魔法によって超高速移動にてマギネスギヤの背後を取る。
しかし、マギネスギヤはアクロバティックな動きであっさりとフェンリルの攻撃を避けることに成功。
「俺は夢を見ているのだろうか……」
現実離れした高次元な戦いに俺は身動きを取ることができなかった。
「マスター、ぼーっとしてないで乗ってください」
「え?乗るの?ってか乗っていいの?」
「当たり前です」
その言葉に俺は興奮していた。
本来なら恐怖でしかない命のやり取りだが、なぜか白桃が付いてくれていれば大丈夫という楽観的な感情も持ち合わせていた。
そのため、「憧れのマギネスギヤに乗って戦闘が出来るかも……」っという子供の頃からの夢が実現し、ワクワクしている。
「というか、戦闘中にどうやって乗ればいいんだ?」
「ちょっと待っていてください」
「分かった」
すると、マギネスギヤは俺に向かって移動してくる。
それを真っ直ぐに追いかけてくるフェンリル。
あまりに直進的な動きだったためマギネスギヤはタイミングを合わせて回し蹴りにてフェンリルに強烈な一撃を放つ。
その蹴りがヒットして盛大に吹き飛ぶフェンリル。
「さあ、乗ってください」
「わかった」
移動しているマギネスギヤに合わせて俺も走って移動して、動きながらマギネスギヤに乗り込む。
ただ、乗ってすぐに俺は驚いた。
「これが……マギネスギヤのコックピットだと?」
「ええ、少しばかりですが改良いたしました」
乗り込んだマギネスギヤは俺の知っているマギネスギヤとは全くの別物だった。
本来のマギネスギヤなら目の前に小さなモニターがあり頭部のカメラと連動しているのが普通なのだが、
こいつは完全マルチビューで360度すべてがコックピット内に映し出されていた。
「これが少しって……全く別物じゃないか」
「いえ、そんなことはないですよ、コックピットはユニットで交換可能なので大したことではありません」
俺は憧れの……前世のロボットアニメで出てきそうなコックピットに興奮していた。
「いや、すごい、すごいよめっちゃすげー!。なあ、これってやっぱりジャスミン……宇宙船に備え付けのマギネスギヤなのか?」
「いいえ、マスターの近くに落ちていたので回収しておきました」
俺はふと我に返り冷静になり始める。
「俺の近く?それって学園のモノじゃない?」
「そうなのですか?てっきりマスターのモノだと」
「「…………………………」」
少しばかり沈黙ののち俺たちは何もなかったかのように話を進める。
「そういえば、これってどうやって動いているんだ?ちなみに俺は魔力なんてないぞ、いやもしかして超人になった俺に魔力が……!」
そう、マギネスギヤは魔力で動くロボット。
だから魔力が皆無の俺はパイロットではなくエンジニアを目指したのだ。
「マスターに魔力なんてありませんよ」
「なんだよ……期待したのに……っというか、ほんと、どうやって動かすの?」
「超人うんぬんというより魔力も要はエネルギーの一種ですから、代替エネルギーがあればこの手のモノは動かせます」
「……で、どうすればいいんだ?」
「普通に戦ってください」
「白桃がサポートしてくれるんだよな」
「いえ、必要ないでしょう」
「待て待て待て……俺……マギネスギヤで戦闘なんてしたことないぞ」
「あ、大丈夫ですよ、マスター」
「何が大丈夫なんだよ」
「戦闘プログラムをインストールしますのでしばしお待ちください」
「は?」
え?俺にインストールされるの?
もう俺、ロボットじゃん……なんか自分が怖くなってきたよ
「では、マスター操作を預けますので……って何落ち込んでいるんですか?」
「いやさ……なんでもない」
「?」
俺の目の前のプログレスバーがいっぱいになる。
それと同時にフェンリルが再度、こちらを目掛けて突進していた。
「こえー、でも、やるしかない!」
俺は操作ボールを握りマギネスギヤを動かす。
まるで熟練者のようにフェンリルの攻撃を避けることに成功する。
「あれ?俺って……すごい?」
「いえ、戦闘プログラムが優秀なのです」
「そこは誉めろよ」
「いえ、事実です」
可愛げのない白桃はさておき……これは少し、いやかなり面白い。
フェンリルの攻撃は音速を超えているのだろう。
マギネスギヤの測定ではマッハ3だ。
しかし、俺にはスローモーション撮影のようにゆっくりと見える。
「た、た、た……」
「た?」
「楽しい!」
「マスター戦闘中ですよ」
「いや、これ……最高にすごいじゃん」
「そうですか?もっとカスタマイズできれば良かったのですが、何分エネルギー不足だったために」
「いやいや、これ最高だよ、伝説の生き物倒せちゃうよ」
「まあ、あの程度なら楽勝ですね」
俺はとても良い気分になっていた。調子に乗った俺は腰に装備してあった魔導ライフルを構える
「これで終わりにしてやるぜ……て、これもカスタマイズされている?」
これはマギネスギヤの魔力を使って弾丸を飛ばす魔導ライフル。
弾丸と言っても大きめの石を飛ばすと言ったほうがいいだろう。
と、本来の魔導ライフルよりも前世のアニメでみたライフル銃に近い気がするが……
「ですね、ただ、あまりにも非効率的なのでカスタマイズしておきました。連射も可能です」
カスタマイズ……そういえば、マギネスギヤもカスタマイズしたって……
少しばかりだが違和感があったので白桃に聞いてみた。
「カスタマイズってどこにあったやつを改造したのだ?もしかして学園の……」
「それもマスターの近くに落ちていました」
「「………………………………」」
俺と白桃は少し沈黙してすぐに両者とも頷き解決する。
そう、過ぎてしまったことだと。
「にしても、こんな魔導ライフルであのフェンリルを倒せるのか?」
「普通は無理ですね」
「ならもっと別の強力な武器ないの?」
「ありません、それで戦ってください。大丈夫、レクチャーは行います」
「マジかよ」
俺は攻撃を避けながら白桃から一通りのレクチャーを受けてそれに従いフェンリルに挑む
「ここがああなってこうなって……」
「ふむふむ」
「で、こうしてああして……」
「ふむふむ」
「わかりましたか?」
白桃の問いに俺は自信満々に答える
「よし、ちょっとだけ理解した」
「全部理解して下さい」
ようは実践あるのみだ。
「よし、銃弾をセット。ロックオンしてトリガーを引く」
俺は魔導ライフルを勢い任せでぶっ放す。
しかし、弾丸はフェンリルの硬い皮膚に弾かれてダメージを与えることが出来なかった。
「あるぇ?おかしいな」
「マスター先ほど説明したとおりにやってください」
「やったぞ」
「全然違います」
「だってさ、加速?念動力?だっけ、よく意味が分からんぞ」
俺は事前に加速状態に入って念動力で出力を調整と言われても意味がよくわからなかった。
戦闘プログラムがインストールされていると言っても理解できていないので体もいまいち反応が悪いのだ。
「んー、そうですね。よし、ではこうしましょう」
「おう、どうすればいいんだ?」
「写経してください」
「は?」
すると、白桃は俺の目の前に光センサーのキーボードを用意する。
そして、ウィンドウにはかなり長いプログラムが映し出されていた。
「おいおいおい、まさかこれを写せと?」
「はい、理解できないならプログラムを写経するのがマスターには一番かと」
「だって、マイクロスコープ現象?がどうとかこうとか言われてもわかんねえよ」
「だから、写経しましょう」
「……戦闘中に?」
「もちろんです」
俺はもうやけくそになりキーボード入力を行い始めた。
「まずは加速から」
「ぬおおおおおお」
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ
兎に角、手を動かせ!という勢いで写経を始める。
「なあ、白桃」
「なんですか、マスター」
「コピペしたい」
「ダメです」
「ちくしょおおおおおお」
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ
その後、フェンリルのひっかき攻撃やしっぽグルグル攻撃を避けながらも俺はタイピングを続けた。
カタカタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ
「出来た!」
ターンと、最後のエンターキーを打つ力に力が入りキーボードの良い音がした。
って、このキーボードもよく考えればすごいよな。
空中に浮かんでいる光をタッチしているだけなのにキーの打鍵感が最高に気持ちいいからな。
「なるほど、ここの部分で微小な粒子や波動の相互作用を計算するのね」
「それで念動力が使えます」
「ならば、最後にこのプログラムを弾丸にインストール」
全ての工程が終了。
しかし、フェンリルの攻撃がやむことはなかった。
ただ、写経中もフェンリルは攻撃を続けていたせいでかなり疲れているのか舌を出して息を切らしていた。
「これで終わりだ!」
俺はフェンリルに向かって魔導ライフルを構えた。
そして、トリガーを聞く瞬間に白桃が話掛けてくる
「マスター、弾道補正しました?」
「あっ!」
ターン!
俺が放った弾丸はフェンリルのこめかみを掠めて奥の壁にぶつかる。
その弾丸は壁にぶつかったぐらいでは勢いは衰えることなく次々と壁をぶち抜いていった。
「あー、えっと」
「マスター」
白桃が俺を白い目でみる。
「大丈夫……次は大丈夫だ」
「マスター、あのですね」
何かもの言いたげに話しだす白桃。
だが、お前の言いたいことは分かってる。
「大丈夫、次は絶対に当てるから心配するなって」
「いえ、違います……相手が怯えていますよ」
「え?」
フェンリルはいつの間にかマギネスギヤと距離を取っていた。
そして、いつ逃げ出そうかと後退りをしている。
右後ろ脚を一歩……左前脚を一歩……少しずつ後退していた。
「クゥゥゥン」
まるで捨てられた子犬のような鳴き声をして、怯えているのが分かる。
「マスター」
「なんだよ、白桃」
「それ撃ちます?」
白桃はマギネスギヤが魔導ライフルを構え銃口をフェンリルに合わせていることに疑問を投げかける。
「バカヤロウ……無理だろ」
俺は戦闘状態を解除して魔導ライフルを煽り向こうへ行けとゼスチャーを送る。
「ほら行けよ」
「…………」
フェンリルはゆっくりと元居た場所へと戻っていく。
「はあ、なんか疲れた」
「ご苦労様です、マスター」
「ホント……ご苦労様だよ」
この後、俺たちは無事にダンジョンを脱出した。
☆彡
扉を開けるとそこは学園の礼拝堂だった。
ジャスミンという宇宙船から空間移動ポータルに乗ったのはいいが……そこは、学園地下のダンジョンだった。
宇宙船からこの礼拝堂までの道中……そりゃあ、色々ありましたよ。
本当に色々、あったさ……うん。
俺は白桃の力とマギネスギヤの力を借りてなんとか死に物狂いでダンジョンを脱出することに成功。
そして、今に至る。
「し……死ぬかと思った」
「ご苦労様です。マスター」
「ああ、本当にご苦労様だよ」
にしても学園の礼拝堂がダンジョンと繋がっていたなんて信じられない。
俺はもう一度、扉を開けて中を覗いてみる。
そこはやっぱり岩で出来た洞窟だ。
しかもかなり暗いので明かりを照らすものが無ければほとんど中を見ることは出来ない。
「ちょっと、あなた死ぬ気?」
俺は腕をつかまれて礼拝堂へと引き出される。
そんなに強い力ではないが、急な出来事だったためにドアに後頭部をぶつける。
「イテテテ」
「もう、その中に入ったらその程度の痛みでは済まないわよ」
俺の腕を引っ張った本人は腕を組み説教を始める
彼女の名前はロゼッタ=ヴィンダーソン
王太子殿下の元婚約者だ。
「なんで、こんなところにいるんだ?」
「それはこっちのセリフよ。ここは一般生徒は立ち入り禁止のはずよ。それによりにもよって難易度SSSのダンジョンに入ろうとするなんて」
「へ?難易度SSS?」
「そうよ……って、そんなことも知らずに入ろうとしていたの?」
入ろうとしていたというか、出てきたんだけどね……説明が面倒だから話合わせるか。
「いやー迷子になったんだ」
「迷子って普通は入れないわよ」
「そうなのか?」
「ええ、そうよ。それに見つかったら捕まるわよ」
「マジ?」
「マジよ」
「よし……それじゃあ、戻るわ」
捕まるのは嫌と反射的に来た道を戻ろうとしてしまう
「ちょっと、戻るってなんでダンジョンへ行こうとしているのよ」
「…………冗談だよ」
「もう……あなた、辛いかもしれないけど失恋なんていつでもそんなものよ」
「え?」
「だって、モニカさんに捨てられたでしょ?それで死のうとしているのね……気持ちは分かるけどそのつらさは一時の感情よ」
「は……はぁ……」
「そうだ、私がデートしてあげようか?」
「……は?」
「そうね、気分転換が大切よ。楽しいことすれば少しは気が晴れるわ」
「そうだな、いつする?」
調子に乗って返事する
そうすると意外な返答が返ってくる。
「もちろん、今でしょ!」
「マジ?」
「マジ」
というわけで、なぜかいきなり公爵令嬢とデートすることになった。
この学園は王都のほぼ中央にあり一歩出れば活気のある街へアクセスすることが出来る。
「まずは服ね」
「え?服?」
「そうよ、これからデートするのよ。身だしなみは整えてもらわないと」
「ああ……」
そういって服を買いに行き試着する。
ただ、試着する服はあまりにも高価だった
「流石にこれは買えないぞ」
「いいわよ、私が払うわ」
これは断ってもダメなやつだろうと俺は服を受け取る。
ああ、これで本日はロゼッタ令嬢の言いなり確定だな
と内心怯えてしまう。
どんなことをさせられるのだろうと、思っていると手を引かれて連れてこられたのは
いい匂いがする屋台だった。
「ほら、あれ食べよう」
ロゼッタ令嬢は屋台で肉を買いその肉を渡される
「驚いたな」
「何がよ?」
「お嬢様が小銭を持っているなんて」
「なに?私がお金持っているのが不思議?」
「いや、お嬢様なら金貨しか持ってないか付き人に払わせるものだとばかり」
「偏見……いや、意外と多いわね。まあ、そういう点、他の令嬢と違うわね」
「だろ?」
「嫌かしら?」
「まさか!そんなことはありませんよ、ロゼッタお嬢様」
「そう、あ、そうだ。私のことはローズって呼んでいいわよ」
「え?いいのか?」
「あまりロゼッタお嬢様って呼ばれるのは好きじゃないの」
「わかったよ、ローズ」
「よろしい」
意外にもフランクな感じで内心ほっとしていた。
にしても、こいつも婚約破棄されて大変なはずなのに俺のこと気遣うなんてすごい奴だな
隣に歩くローズに興味がわき見とれてしまう
トン
俺がローズに見とれているせいで他の通行人に肩がぶつかってしまう
「おい、いてえじゃねえか、にいちゃん」
肩がぶつかってしまった男は2メートルちかい大男でこちらに啖呵を切りながら歩み寄ってくる。
「す、すまん」
あまりの身長差に圧倒されてしまう。
一応、俺は謝るしかし何故か男は腹の虫の居所が悪かったのか
「ふん」
「グハッ」
何を言うこともなく痛烈なボディブローを仕掛けてくる。
俺は避けることが出来ずにそのまま受け入れる。
先ほどまで食べていた肉が喉元まで戻ってくるのではないかというぐらい強く打たれた。
まともに立つことが出来ずそのまま膝を地につけうずくまる。
「ちょっと、何してるのよ、こっちは謝っているでしょ」
ローズが大男に対して文句を飛ばす。
「あ?」
どうやら話が出来る相手ではなさそうだ。
「おい、やめておけ」
俺がローズを制止する間もなく大男はローズに俺と同じボディブローを放つ。
しかし、ローズはそれをあっさりとかわす
「へ?」
更に避けるのみならず、反撃をするローズ
カウンターの上段蹴りが炸裂する。
しかし、身長差から大男の脇腹にクリーンヒット。
スカートを履いているのにお構いなしで蹴りを入れるローズ
ちなみにパンツは見えなかった俺……。
「ガハッ」
大男は口から泡を吹く。
ローズの完璧な身のこなしによりいつの間にか大男は地に伏せる。
「すげえな」
「大したことないわよ、こんな男」
「それよりさ」
「そうね、ここは退散しましょう」
大通りのど真ん中でひと悶着してしまい人だかりができてしまっていた。
(あのお姉ちゃんすごい)
(それに比べて、隣は彼氏か?)
(情けないやつだな)
どうやら俺は情けない彼氏というレッテルを貼られているようだ。
トホホ
「ほら、行くわよ」
「ああ」
あまりにも注目を集めているためにその場から脱出する
☆彡
情けない彼氏という勲章をもらったのち
俺は手を引かれて小走りになるローズを追いかける。
ローズの口は緩んでおり、とてもかわいい笑顔だった。
その顔に俺は少しばかりだが心がざわつく。
俺と同じ背丈で女性としては背が高いローズ。
ドレスを着こなせばカッコイイ女性として周りから評価を受ける。
そのような女性が無邪気に見せる笑顔がこれほどまで強烈だとは……良いものが見れたな。
「ねえ、見てあそこ……行きたかったのよ、行きましょう!」
小走りで行きついた先は別のお踊りに面する大きなお店だった。
そこは職人がこだわりの家具を売る店だった。
一見(いちげん)さんお断りの超高級店。
「ようこそ、ロゼッタお嬢様」
中に入ると店主がいの一番にローズに挨拶をする。
流石、公爵令嬢
店主の腰が低いこと低いこと……
「ねえ、ミックのイスが欲しいの」
「弟君のですね、もちろん最高級の幼児用のイスをご用意いたします」
「頼むわ」
店員はすぐさま店の奥へ行き、他の店員にイスを用意するように指示を出す。
あとから知るのだが腰の低かった店員はこの店のオーナーだったようだ。
「なあ、ミックって?」
「え?私の弟なの。まだ2歳で……そして、天使なの!」
キラキラと輝く目つきでミックに思いをはせるローズ。
どうやら年の離れた弟がよほど可愛いと見える。
俺はどんなイスが出てくるのか楽しみだったが意外にも店員が持ってきたのはシンプルなイスだった。
「こちらでいかがでしょうか?」
「悪くないわ、これを届けておいてもらえるかしら」
「かしこまりました」
これだけのやり取りとあとはイスが届くのを待つだけらしい。
荷物持ちぐらいはしたほうがいいのかと思ったがこの後もまだ、色々と店を回るから手ぶらで行こうと言われる。
その後も彼女はとても元気に俺の手を引きあちこちへと誘導してくれる。
にしても、今の彼女に公爵家のご令嬢という姿はどこにもない。
俺の知っているロゼッタ公爵令嬢は物静かで優雅な女性というイメージだ。
若いのに物腰が落ち着ているなっという印象だった。
それが今、目の前の彼女にそのようなお淑やかさは欠片もない。
もしかしたら、これが本来の彼女なのかもしれない。
今まで王太子殿下の婚約者で聖女としてふるまう必要があった、
それがなくなり解放されているということだろうか?
それか彼女も無理をしていると考えるべきなのかもしれない。
(マスター)
「なんだ?」
目の前にウィンドウが開くが音声オンリーという文字のみが映し出される。
(つけられていますよ)
「なんだと」
(ウィンドウで確認を……)
「うわ……ほんとだ」
俺は白桃のナビゲーションシステムにより追跡者の位置が手に取るように分かっていた。
ただ、一切手を出そうとする気配はない
様子見?それかローズの護衛かもしれないと思っていた。
「ねえ、何て辛気臭い顔しているのよ」
「してねえよ、お前がそんなキャラだと思わなくて驚いてんだよ」
「もう、私はそんな堅苦しいお嬢様な訳ないじゃない」
「学園では堅苦しいお嬢様だろうが」
「そうよ、だって必要だったんだもん」
「大変だな」
「ほんと、肩が凝って仕方ないのよ」
肩こり?
俺は少し視線を降ろす。
その大きさで?
……っとは口が裂けても言ってはならないだろう。
『おい、新しい勇者様と新しい聖女様のお披露目が始まるぞ』
何やら周りが騒がしくなってくる。
どうやら大広間にて勇者と聖女の凱旋が行われるようだ。
「ねえ、向こう行こうか」
なぜか、彼女は凱旋が行われている大通りとは反対側へと誘導する。
「見に行かなくていいのか?」
「あなた、見たいの?」
どうやら彼女は俺に気を使ってくれているのだろう。
全く気にしていないと言えばうそになる。
だが、前世の記憶が戻っているせいで恋人を取られたことがそこまで苦になっていなかった。
「いや、大丈夫だ。この目で確かめたいんだよ」
「そうなの?」
心配そうに俺の顔を覗き込むローズ。
こいつ本当にいいやつだな。
「ああ、頼む連れて行ってくれ」
「仕方ないわね、それじゃあ一緒に行きましょう!」
俺はローズに手を引かれて凱旋パレードを行っている大通りへと足を運ぶ。
それにしても、俺はすごいことをしているという実感があった。
一般市民の俺が公爵令嬢というお姫様と一緒に街ブラをしてるのだ……!
まあ、もっと驚いているのは彼女が公爵令嬢と感じさせないところだ。
なんだろう……とても、懐かしい感じまでする。
彼女の振る舞いのおかげだろうか?
もし、演技だというなら大したものだ。
と、そんなことを考えているとすぐに凱旋パレードが行われている大通りへ到着
そこは紙吹雪の舞う盛大なパレードが行われていた。
大きなフロートの上には二人の男女が参列者に手を振っていた。
一人は良く知っている新しい聖女モニカ
彼女は聖女としてのトレードマークである宝石を散りばめた様な輝く白いドレスを身にまとっていた。
その衣装は実際に宝石が縫い付けられているわけではないらしい。
着ている者の魔力に反応して光り輝くのだ。
「彼女、大したことないんじゃない?」
たぶんローズは本心ではないだろう。
彼女は公衆の面前で他の男へ移るという残酷なことをしているのだ。
「いや、素晴らしいさ。彼女が少しの間でも俺の傍にいたことを誇りに思えるよ」
「なによそれ」
「おかしいか?」
「おかしいわよ」
「そんなことはないと思うが」
「思うわよ、こんなにもいい女が隣にいるのに」
冗談を言いながら笑顔を見せてくれるローズ。
「…………そうだな、失言だった」
「でしょ?」
「まあ、そんないい女に悪いことしたな」
「え?何が?」
「いや…………新しい勇者なんだが」
そう、もう一人の主役である新しい勇者とはアンソニー殿下だったのだ。
モニカの隣で手を振るアンソニー殿下。
『キャー殿下ぁー』
歓声の中の黄色い声が多いことに気が付く。
正直、今のローズがどういう表情をしているのか見るのが怖かった。
だが、怖いものみたさ恐る恐る視線をローズへ向ける。
すると意外なことに呆れたよう顔でため息までついている。
「何?あ、気を使っているの?別にいいわよ、むしろあいつが新しい勇者になってくれて助かったわ」
「そういうものなのか?」
「これが先代の勇者様なら発狂していたかもね」
「え?先代の勇者って確か……」
「そうよ、レイブン様よ。彼が別の女性とくっつくとかそのほうがダメージ大きいわ」
先代の勇者について語るローズの目は異様なまでに光り輝く。
まるで夢物語の王子様を語るような感じだ。
ちょっと待て、先代勇者のは確か今年で前世の俺と変わらない40歳のはず……ローズってもしかして……枯れ専か?
まあ、人の趣味をとやかく言うのは野暮ってもんだ。
「そ、そうか。ならお嬢様は婚約破棄されてよかったと思っているのか?」
「当たり前よ、あんないけ好かない王子様となんてごめんだわ」
うわー、一国の王子様に対してこの態度……流石だよ。
「それに、今は必要ないでしょ」
ローズは俺の顔を覗き込んでくる。
彼女の顔には俺が何を言ってほしいのか、鈍感な俺でも分かった。
「……ああ、そうだな、こんなにもいい男が隣にいるんだから!」
「そうよ!なんならあつらに見せつけてやるぐらいがいいのよ」
そういって俺の腕にしがみついてくるローズ
「うお!」
「どうしたのよ、変な声上げて」
「いや、急だったから……」
「そう?それよりもさっきのお肉、また食べに行かない?」
「ああ、そうだな」
俺は動揺することなくローズと一緒に移動することに
しかし、腕に当たる感触は紛れもなく女性特有のものだった。
慎ましいがローズも女性なのだと実感する。
「ねえ」
「ん?」
「失礼なこと考えてないわよね?」
「滅相もございません」
それにしてもどうして女性というのはこうも相手の思考が読めるのだろうか?
不思議で仕方ない。
☆彡
ローズと凱旋を見た後、再度、肉の屋台へと足を運ぶ。
まさか俺なんかが公爵令嬢と腕を組んで足並みを揃えて歩く日が来るとは……。
人生、何があるか分からんもんだな。
「それにしても夏季休暇なんてあっという間ね」
「え?」
「なに驚いているのよ。明日からまた授業再開でしょ」
「…………」
明日から授業?
夏季休暇は?
俺の……夏季休暇はどこへ?
「ただ、どうやらマギネスギヤを使った授業の再開は送れるらしいわ。まあ、あれだけの爆発があったから仕方ないのだけど」
「爆発?」
「え?知らないの?」
「すまん……その……実家にすぐ帰っていて」
「そうなんだ。あのねマギネスギヤの格納庫が爆発しているよ。犯人は騎士団の人が探しているんだけど……おかげで貴重なマギネスギヤが一体、行方不明なのよ」
「あ……そ、そ、そ、そうなんだ」
俺は動揺しないように平静を装う。
「ねえ、あなたさっきから可笑しいわよ」
「そんなことはないぞ……まあ、元気がでたんだ」
「そっか、よかった!デートしてあげた甲斐があったわ」
「ああ、ありがとうな」
ただ、嬉しかった。
母とモカ以外でこんなにも俺と一緒にいてくれた人は現世ではいない。
魔力が極端に低い=人としての尊厳がないに等しい世界だ。
同世代の子供たちからは忌み嫌われていた。
だからこそ、こんな俺を心配してくれて励ましてくれる。
そんなローズに惹かれているのが自分でも分かっている。
俺はこの時、どんな顔をしていたのだろうか?
変な顔になっていたのだろう。
頬を染めるローズは視線を逸らす。
「ま、ま、ま、まあ、こんなことならいつでもいいわよ」
笑いを堪えていてくれたのだろうか?
やっぱ、いいやつだな。
「それにしてもローズがこんなにも親しみやすい人とは思わなかったよ」
「そう?まあ、私も色々とあるのよ」
「そうなのか?」
「ええ、女には色々とあるの!」
彼女の言葉になんとなくだが、違和感があった。
それが何なのか言葉にすることが出来ないが彼女は何かを隠している気がしていた。
「こっちが近道だな」
「そうなの?」
「ああ、この裏道を通ればさっきの屋台の目の前に出るぞ」
「それじゃあ、行きましょう」
先ほどまで表情に影を落としていたがそれが一瞬にしてなくなるローズ。
なんというか表情がコロコロと変わるな。
まあ、とっつきにくいよりはいいかな。
そんなことを考えながら歩いていると路地の入り組んだところで
ドンッ
「キャ」
突如、背中に何かがぶつかる。
俺が振り向くとそこには美少女が尻もちを付いていた。
長い金髪のロングヘアーが特徴の女の子はすぐに立ち上がり強く打ち付けた臀部をさすっている。
ちなみにパンツは……見えなかった。
「イタタタ」
「大丈夫か?」
「あ、大丈夫、平気よ。それよりも急いでいるの……あっ」
「?」
金髪美少女は何かに気が付いて慌てて俺の腕の中に入ってくる。
「へ?」
「シー、匿って追われているの」
「マジか?」
彼女の言葉と同時に黒服の男性が数名現れる。
俺は何故か彼女を匿うことにした。
ただ、俺一人で完全にごまかすことは出来ないと思ったのでローズに助け求める。
「なあ、ちょっと手伝ってくれないか?」
「ええ、私が?」
「何でいやそうなんだよ」
「別に~、いいですけどね~」
若干、機嫌が悪そうなのは理解が出来ない……何故だ?
「人助けだから」
「はいはい。で、何するの?」
「ちょっと失礼」
「ふぇ!」
俺はローズを抱き寄せる。
その陰に金髪美少女を配置。
更に路地の死角を使って上手いこと金髪美少女を隠す。
「おい、どっちにいった」
黒服の男が声を荒げる。
かなり焦っている様子だ。
「こっちだ」
もう一人の黒服の男が俺たちのいる方へ指をさす。
そして、その指をさす先に丁度、俺とローズが抱き合っているのが見えたのだろう。
「おい、無粋な真似をするな。行くぞ」
「へ、へい」
どうやら黒服の男は紳士だったようだ。
すぐさま別ルートへと走り出す。
こうして、なんとか金髪美少女を匿うことに成功。
「行ったみたいだな」
「ええ、そうね」
ローズがいきなり頬をつねる
「イテテテ」
「もう、急に何するのよ」
「いやぁ、彼女を隠すのに妙案だったと思ったが」
「馬鹿じゃないの!いきなり抱き着くなんて」
「悪かった……」
咄嗟に思いついた案を実行したのはまずかったな。
昨日までほぼ赤の他人のような男に抱き着かれるなんて思ってみなかっただろうからな。
ん?でも、さっき俺の腕に抱き着いてきていたような……
「アハハ、楽しいですね」
何やら俺とローズのやり取りが気に入った金髪美少女。
「あ、自己紹介がまだでした。私はソフィアと申します」
金髪美少女はスカートの裾をつまみ上げ首を垂れる。
とてもきれいな所作で少し見とれてしまったが俺もすぐ名乗る。
「あ、俺はサミュエル……知り合いにはサムって呼ばれているよ」
「わかったわ、サム。それとありがとうございます」
「にしても、なんで追われていたんだ?」
「えっとですね……それは……」
俺が理由を聞くと何故か視線を逸らすソフィア
『いたぞ』
なぜか先ほどの黒服の男が戻ってくる。
欺けたと思ったがどうやらそんなに簡単にはいかないようだ。
「やっぱり、あそこだった」
「さあ、お前たちそこをどきなさい」
黒服の男はただ者でないのはすぐにわかった。
白いシャツに黒いジャケットを着ているのだが、筋骨隆々の筋肉が見て取れる。
「さもないと……」
腰に帯刀していたものを抜き、指で魔法陣を描く。
「ウィンド・ラン」
素早くなる魔法を使って自己強化をする。
「うわ……ただのチンピラじゃない……」
「そうでしょうね」
なぜか冷静に相手のことを理解するローズ
「うーん……白桃」
俺は白桃に助けを求めるためにウィンドウ画面があった場所に問いかけてみる。
出現場所は大体左肩付近。
すると
「なんですか、マスター」
「お、つながった」
「まあ、今は安定しますから」
「なあ、なんとかして」
「なんとかしてって……ああ、そういうことですか」
ウィンドウ画面の白桃がチンピラを見て状況を把握してくれる。
「頼む」
「しかた、ありませんね……簡易戦闘プログラムのスクリプトを実行させますのでどうぞ」
「わかった」
「あくまでも簡易プログラムなので気を付けて下さいね」
「OK牧場」
俺は素人ながらに戦闘態勢に入る。
「やる気か?死んでも恨むなよ」
相手はかなりの手練れだろうか?
金髪をかき上げながらこちらに高速接近をする。
だが、戦闘プログラムをインストールした状態の俺は相手が見えていた。
見えているというか遅いと思ってしまうほどだ。
フェンリルの攻撃のほうが早かったな……。
流石にあの難易度SSS洞窟の主と比べるのは可哀そうか?
相手の刀が俺の体を一直線に狙って繰り出す。
しかし、左手で相手の刀の背を強く強打して払いのける。
「なに!」
そして、相手の腕をつかんで引っ張ると相手は少しだけ体制を崩す。
その隙に死角にもぐりこんで俺は強烈な裏拳を相手の顔面にぶつける。
「グハッ」
たまらず相手はその場で崩れ落ちるのだった。
「よし、逃げよう」
もう一人の黒服の男が増援を呼んでいるのが分かりすぐに逃げの一手に出る。
「キャ」
「ちょっと、なんで私は脇に抱えるのよ」
ソフィアを肩に抱きローズを脇に抱える。
何処へ逃げようかなんて考えていない。
兎に角、走った。
☆彡
俺は追っ手から逃れるために当てもなく走る。
肩に担いでいる美少女はとても楽しいそうだ。
しかし、脇に抱えている美女は不満があるようだ。
「ちょっと、どこへ行くのよ」
「しゃべるな、下噛むぞ」
「わーい、すごい速い」
脇に抱えたローズは俺に質問してくる。
ただ、ソフィアは、なんというか……能天気な言葉で流れる景色を楽しんでいた。
そのまま、俺はなんとか振り切ることに成功
「この辺りまでくれば大丈夫か?」
「どうでしょね」
とても呆れているように見えるローズ
「それよりも早く降ろしてよ」
「あ、ごめん」
脇に抱えていたためすごい怒っているように思える。
どうしよう……思いついたことをすぐにやってしまうのは良くないと反省したばかりだというのに……。
二人を降ろして俺は謝ることにした。
「すまなかった」
「どうして、謝りますの?」
「いや、なんか怒っているから」
「私は怒ってません。むしろ面白かったです」
「は?面白い?」
この金髪美少女のソフィアが何を考えているのかさっぱり分からなかった。
「それにしても、あなたすごいのね。あれほどの強化魔法が使えるなんて」
「いや、俺は魔法が使えないんだ」
「え!そうなの?体が変なの?」
「おいおい」
何の躊躇もなく彼女は俺の体を撫でまわし始める。
「あははは、くすぐったい」
「一体、どこに秘密が?」
「ヒィーやめてー」
くすぐったいようなこそばゆい感じ
「はいはい、そこまでにしようね」
俺の体を撫でまわすソフィアの肩を捕まえて制止するローズ
そして、悶絶状態から脱出した俺に問いかける。
「ねえ、あなた……これからどうするのよ」
「え!どうするって……何が?」
「はぁ……」
クソデカため息をつくローズ。
なんだろう、またちょっと違ったローズだなっと思っていた。
しかし、彼女の口からとんでもない真実が出てくる
「あのね……彼女……ソフィアはお姫様よ」
「…………は?」
「間抜けな顔しない」
「いやいやいや、だって……え?」
ソフィアがお姫様?
そう言われてみれば、あまり着飾ってないが着ている服の生地はとても高級そうだ。
この世界で全身、絹の製品はいいとこのお嬢様だろう……って、まじで……いや、まだこの程度では……んー?
「で、ソフィー、あなたは何の用でSPから逃げていたの?」
「あら、ローズばかり楽しそうだったので私も混ぜてもらおうかと」
急に親しげに話し始める二人
あれ?やっぱりというか……王女様?
しかもSPって……さっきの黒服?
…………あ、俺……詰んだ?
「それよりも、どうしても行きたい場所があるの」
「どこよそれ」
「あのね、前に食べたあの謎肉が食べたいの」
「謎肉って……」
なるほど、どうやら彼女は屋台の肉が食べたいようだ。
そのために俺はSPをやっつけてしまったのか?
二人の会話から今後の自分がどうなってしまうのか気が気でない。
肩を落としてうなだれる。
「ほら、落ち込まない」
「そうです。かっこよかったですよ」
落ち込む俺を慰めてくれる二人。
俺はソフィアの顔を覗き込むと満面の笑みになっていることに更に落胆する。
ソフィアさん……原因はあなただって気づいてますか?
俺たちはそのあと彼女が言う謎肉を求めて屋台へ行く
「あー、この匂い……求めていたものだわ!」
「そうですか……」
「あら、元気がない?ほら、肉を食べて!元気になるよ」
「あ、ありがとうございます……」
「んーーーー、ジュスィー」
「うん……美味い……」
求めていた肉にありつけたソフィアは超が3つ付くほどご満悦だ。
「ほっぺが落ちる~」を全身で表現できている。
その反対側にいる俺は絶望のオーラで満ち溢れていた。
「もう、ソースが垂れているよ」
「おっと……はぁ」
「元気出しなよ」
「いや、出ねえよ……SPの人を殴って王女を誘拐したようなものだろ?」
「大丈夫よ」
「何を根拠に?」
「私がいるからよ」
「どういうことだ?」
ローズは大したことのない胸を張りドヤ顔をしてくる。
自信満々なのはいいが……根拠はあるのだろうか?
「私は公爵令嬢よ、それにあのSPは面識があるわ。だからあの人たちも気が付いたはずよ」
「なあ、その理屈でいうと俺はお前を脇に抱えて走り去った犯人だ……更に罪を重ねていないか?」
「そう言われればそうね」
俺は更に罪を重ねていることに気づいてしまい、頭を両手で抱えて悶絶する。
「ぬぉぉぉぉぉ」
悶絶する俺の肩をポンポンと叩き親指を立てるソフィア。
「まあまあ、そんなに気にすることないよ」
ソフィアさん、原因はあなたなんですよ……いや、早合点した俺も俺だけど……
「ローズ、この人の無実の罪を晴らすために協力しましょう」
「まあ、仕方ないわね……って、どうするの?」
「いい考えがあるの」
ソフィアは手招きをする。
それに対応するローズ。
ソフィアはローズの耳元を両手で覆い、俺に聞こえない様に囁く
何を話しているのかわからないが、俺はそれよりもこの後のどうなってしまうのか……そればかりを考えてしまう。
☆彡
しばらくするとローズ、ソフィアのSP達に囲まれることになる。
SP達は筋骨隆々にもほどがある。
サイドチェストで簡単に黒服が破裂するのではないかと思うほど……。
全員が殺気立っており、抜き身の剣を俺に向ける。
俺は泣きながら両手を挙げて降参の意思を示す。
超……コエェェェ!
ただ、そんな俺とSPの間に割って入り声を上げるソフィア。
「彼は無害だ。剣を納めよ」
先ほどまでのソフィアとは打って変わって、まるで彼らの女上司のような振る舞いにてSP達にものを言う。
すると、ソフィアのSPだけでなく、ローズのSP達も剣を納めて頭を下げ始める。
「「「「姫様」」」」
ソフィアに向かって頭を下げる筋肉達。
こちらの筋肉達の胸には金色に輝く王冠の形をしたバッチがある。
「「「「お嬢様!」」」」
一気にローズの目の前に群がり頭を下げる筋肉達。
こちらの筋肉達の胸には銀色に輝く剣の形をしたバッチ。
どうやら、俺は城の地下牢ではなく学園の寮に帰れるようだ。
……良かった……。
と思ったのも束の間
両者の筋肉達が一斉に俺に死の視線を向ける。
…………こ、こ、こわい。
俺と筋肉達が緊張して対立する中、ソフィアは優雅に俺の前に立つ。
「今日は楽しかった。ありがとうサム」
ソフィアの満面の笑みは宝石のようにキラキラと輝いていた。
本来ならこの笑顔にどんな男もワンパンで恋に落ちるかもしれない。
しかし、俺の今の状況を鑑みるに……恋に落ちるというよりも命を落としそうですわ!
俺とソフィアの会話に視線を向けるソフィア側の筋肉達。
ソフィアの素敵な笑顔も筋肉達の怖い視線で台無しである
「それはよかったです……アハハ」
と、社交辞令。
だが、筋肉達の視線は緩まない。
逃げ出したい……それが正直な感想だ。
SPに囲まれて楽しそうに手を振り帰っていくソフィア。
そして、残ったローズのSPに囲まれる俺
「あ、あの……」
「ほら行くわよ」
ローズの掛け声一つでゾロゾロと黒服が動く。
怖い、怖すぎる……黒服も怖いがローズもなんかすごい。
やっぱ住んでいる世界が違うな
貴族社会という前世の俺は考えれなかった制度の中での圧倒的な強者。
そんな二人と屋台で肉を食べるという非日常に思い出していたが、
「…………あっ!」
俺は重大なことを思い出す。
すぐさま白桃に回線をつなげる
「なあ、白桃」
「なんですか、マスター」
「夏季休暇の課題が終わっていない!」
「頑張ってください」
「いや、今からなんて無理だろ」
「私がやったら意味なのでは?」
「前世ではchatLLMに突っ込んで課題を終わらせる学生がいたぞ」
「私はそのChatLLMなんて旧時代ような言語モデルは使っていません」
「そこを頼むよ」
「たぶんですが、マスターが見た学生が問題になって私はそのあたりの倫理感が学習されているので無理です」
「ケチ」
「ケチで結構です」
俺は大急ぎで学園の寮の自室に戻る。
特に変わった様子はなく何だが、数か月ほど留守にしていたと感じるぐらいだ。
まあ、昨日今日の出来事が強烈すぎたな。
だが、現実に戻らねば!
頭に鉢巻を巻く。
前世の学生時代ですら鉢巻なんて巻いたことはない。
だ、この二回目の人生……本気を出す!
俺はその晩、これでもかというぐらい本気で課題に向き合った。
「よし、頑張るぞ!」
10分後
頭が重い。
瞼が勝手に閉店してしまう。
いかんいかん、眠ってしまう……次の問題だ
えっと、次は何を説明しているか答えよ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
電流(I)、電圧(V)、抵抗(R)の間の関係を表します。
V = I × R
ここで、Vは電圧、Iは電流、Rは抵抗を表します。電流と抵抗が与えられた場合にそれに対応する電圧が生じることを示しています。
回答
○○○○法則
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
なるほど、簡単だな
エンジニアコースを選択してよかった。
こんな問題、常識だろ
えっと………4文字か……簡単だな……答えは………おっ〇い……よし……あ、ヤバイ……眠気が……ぐぅ
翌朝
……カーテンの隙間から朝日が差し込む。
小鳥のさえずりが聞こえて朝だということがわかる。
そして、机の上に置かれた課題。回答を記入した問題は1問のみ。
更には、世界地図のようによだれがついているだけだった。
しかも何とかやっている問題も回答欄を見て唖然とする。
流石にあのような状態ではまともな思考回路ではなかったようだ。
仕方ない……諦めよう。
昨晩は早く寝たおかげで以外にもすっきりとした朝を迎える。
これで課題が終わっていれば最高だったのだが……。
☆彡
今日から夏季休暇が終わり二学期の始まりだ。
とても穏やかな晴天の日
のんびりとした学園生活を思い描くもそれを早々に壊してくれる人物が現れる。
この世界ではかなり珍しい自動車
庶民では絶対に手にできる代物ではない
それが学園の前に停車する。
自動車なんて伯爵以上の貴族しか乗れないだろう。
そんなものを学園の通学に使う輩がいるのだ!
まあ、言わずと知れた人だけど……
学園の前に止まった自動車から一人の男性が降りる。
高貴な人はゆっくりと歩くだけで絵になっている。
そんな注目の的になっているのは新しく勇者という称号を手にした第二王子のアンソニー殿下だ。
『キャー、アンソニー殿下』
豪華な靴は地面を踏みしめると黄色い声がするらしい。
何と憎たらしい靴だろう。
そして、その憎たらしい王子様の後から降りてくるのは俺がよく知っている……いや、もう別人かもしれない聖女モニカ様だ。
王子様は聖女モニカ様が自動車から降りるのをエスコートする。
二人は手を取り合って見つめ合いゆっくりと自動車から降りてくる。
その光景に周りに生徒は釘付けになっていた。
王子様の笑顔に心奪われている女子生徒も多い。
対して、男子生徒は聖女モニカ様を見て頬を赤く染めているものもいる。
たった二人だけだが、間違いなくこの朝の正門の風紀を乱しているな。
「けしからん!」
「何がですか?」
見えない場所から声が聞こえてくるが、これは俺にしか聞こえない。
超高性能サポートAIの白桃だ。
「いや、男どものいやらしい目がモカ……聖女モニカ様に向けられていると思うと居ても立っても居られないんだ」
「そうですか……で、あの方がマスターの元恋人ですか?」
白桃の問いに俺は少しばかり硬直してしまう。
ただ、すぐに元に戻り返事を返す。
「ああ、そうだよ」
他人に元恋人と言われるとなんとなくだが胸にとげが刺さるような痛みが走った。
割りれていない証拠だ。
「マスター、早く忘れたほうがいいのでは?」
「ぜんぜん、意識なんてしてないよ……本当だよ」
「それで幸せですか?」
「………………ああ、幸せさ」
白桃の回答に強がって見せる。
確かに本音ではモカと幸せな家庭を築き上げて行きたかった。
しかし、それは泡のように叶わぬ夢となり果てる。
「彼女の幸せだけを願う。それが俺のやるべきこと……いや、やりたいことだよ」
「寂しい人生になりそうですね」
「ほっとけ」
「そんなマスターをサポートしないといけないとは、ヤレヤレです」
「貴様……」
俺は白桃の悪態に激おこぷんぷん丸状態になりそうだったが
「ねえ、何アレ?」
俺の少し後ろの女子生徒が隣の女子生徒に疑問を投げかける。
どうやら俺が一人でしゃべっていると思われていたのだろう。
「え!知らないの?コソコソ」
隣の女子生徒が耳に顔を近づけ手で壁を作り小声で何かを話しかけていた。
「うわ、可哀そうに……きっと捨てられておかしくなったんだ」
「シー」
何を話しかけたのかある程度想像できるが、たぶん嫉妬で狂っているように思われているのだろう。
流石に気まずいので俺はその場から逃げるように退散した。
(ほら、あいつだよ)
(夜会での?)
(あいつは元から気に入らなかったんだよ)
(彼女に相応しいのはこの俺のはずだ)
(負け犬が歩いてる)
(馬鹿じゃないの?)
(近寄ったらだめだよ)
俺が移動していると周りの生徒は皆、俺の陰口を叩いている。
陰口叩くなら本人が聞こえないようにしろと言いたい。
「散々な言われようですね」
「ほっといてくれ」
「マスター元気出してください」
「ふん、元気いっぱいだよ」
「それはそれで……この状況で?大丈夫ですかマスター?」
「大きなお世話だ」
チラリとだが、聖女モニカ様に視線を移す。
先ほどから俺は彼女の視界に入る位置にいるのだが、一度も目を合わせてくれなかった。
どうやら嫌われているかもしれないな。
喧騒とするホームルーム前の教室。
俺は教室へ入るためにドアを開ける。
すると、教室にいる全員が俺を見るやピタリと会話が止まってしまう。
どうした?と思もいながら自分の机に到着するとその意味が分かる。
俺の机は物凄い状態だったのだ。
「俺って人気者だな」
「これが?」
白桃が映るウィンドウ画面は他人には見えない。
まあ、画面を見ずとも、口調だけで呆れているのがわかる。
「だって、見てみろよ……寄せ書き?」
「マスターそれを落書きと言います」
机の上に書かれた文字は放送禁止用語満載の下品なものだった。
木製の机にインク?で書いているのだろうと触ってみるとインクが滲む。
どうやら昨日、または今朝あたりにやられたのだろう。
暇な奴もいるんだ。
まあ、先ほどから俺を見てほくそ笑む人物が教室の隅にいるのであいつらかなって目星は付いた。
たしか、名前は……ブタトン?いや、ポルトンだっけ。あのデブ……とんかつにでもしてやろうか!
いかんいかん……大の大人がこんなことで心を乱してどうする。
気にすれば気にするほど相手の思うつぼだ。
気にしないようにしようとイスを引いて座ろうとしたのだが、イスにも色々と人気者の証が存在した。
「どうみても汚物?だよな」
ぼそりと呟いたら頭に白桃も同意する声が響く。
「ですね」
幸いにもかなり乾燥したもので匂いはなかった。
ただ、隣の生徒は物凄い嫌な顔でこっちを見てくる。
いや、俺も嫌だよ……まあ、隣の子はとばっちり受けて可哀そうだよな。
「どうすっかな」
「空気椅子ですね」
「二学期初日から空気椅子か……なかなかハードな授業になるな」
「冗談だったんですが、やる気ですか?」
「……グーでOK?」
俺が白桃を殴るか殴らないかで揉めていると同じクラスの女子生徒が俺に近づく。
「サム、あなた本当に嫌われているのね」
目の前に現れた女子生徒は昨日デートした制服姿のローズだった。
☆彡
「サム、あなた本当に嫌われているのね」
目の前に現れた女子生徒は昨日デートした制服姿のローズだった。
ただ、昨日のような砕けたものではなく令嬢として気品あふれる言葉遣いをしている。
なんだろう、ちょっと寂しい。
ちなみに腕を体の前で組んでいるが対して大きさが分からないのは何故だろう?
「ああ、おかげさまでな」
「ねえ、あなた、何か変なこと考えてない?」
「いや、別に」
俺は小さいのも好きだが、野暮ってものなので視線を逸らす。
「はぁ、サムって本当にバカなのかしら」
「バカ?違うね」
「へぇー、それじゃあ何なのかしら?」
「超バカだ!」
俺の回答にローズの髪留めが少しばかりずれ落ちる。
「ねえ、自分で言っていて虚しくない?」
「ふっ……」
透かした顔でごまかす。
それを見たローズの髪留めは完全にずれ落ちたのですぐに拾い上げて元の位置で留める。
「それにしてもこんなことに使うことになるなんて」
「何をだ?」
「はい、これ」
ローズが取り出したのは木で出来たイスだ。
「おお!」
「ほら、私の傍にいらっしゃい、そこだと勉強出来ないでしょ」
「いや、いいのか?お前の席は……」
「仕方ないでしょ、ほら早く来る」
「わ、わかった」
ローズにせかされて俺は教室の一番後ろの豪華な席へと移動する。
ただ、俺たち二人が並んでいると非常に目を引いてしまう。
(おい、どうなっている)
(そんな、お姉さま……)
(もしかして、慰め合ってるの?)
(くそ、ロゼッタお嬢様と仲良くしやがって)
(やっぱ、サミュエルのやつ〇ね)
まあ、今まで全く接点のなかった二人だ。
しかも、身分は天と地ほど違うから一緒にいること自体がおかしいだろう。
「気にしちゃだめよ」
「わかってるよ」
こんな時でも俺に気を遣うなんて本当に出来たお嬢様だな。
しかしながらほとんどのクラスメイトは俺たちの関係に妙に納得してる節もあった。
何故なら俺たちには共通点があるからだ。
そう、婚約破棄された似た者同士、そして周りからは傷のなめ合いなどと思われている。
一番後ろの席は教卓よりも大きく宝石などの飾りつけはないが材質は超一流のモノで作られていた。
それもそのはずだ。
公爵令嬢とは公爵家のご令嬢である。
公爵とは王様の次に偉いのだ。
そのせいだろうか?机やイスが普通の学園の備品よりも脚が高く作られている。
イスなんて完全に一段登って座る必要があった。
だからこそ、このイスはちょっと……。
「なあ」
「どうしたのかしら?」
「このイスって」
「ええ、職人に作らせた一流のイスですよ」
「おい、そんなこと聞いてねえよ」
「材質はもちろんトレントという……」
「そこはどうでもいい!それよりもイスの足の高さ!」
「……ほら先生来ますよ」
「……」
ローズは話を逸らしてしまう。
俺は仕方ないのでイスに座り前を見るとこに。
ローズの席はVIP席で幕板が付いているため前の席から足元が見えないのだ。
おかげで俺は…………前が見えない。
「何も見えねえ……」
「仕方ないでしょ……ミックのイスしかなかったのよ」
俺が愚痴を言うと少し顔を赤めてローズが衝撃の事実を語る。
「ちょっと待て、なぜ2歳児のイスを持ってきた」
「だから、それしかなかったのよ」
おいおい、2歳児のイスって……いや、待て……俺が乗ってもビクともしないな……これ、木の素材から組み方からすごい拘りが見て取れる。
素人が見ても「凝ってるな」と思えるのだ
「ってか、2歳児のイスにしては高級だな、おい」
「だって、可愛い天使のイスよ……もっと豪華にそれこそ玉座にしたかったわ」
ローズのブラコンが発揮されている。
しかも、顔がイってるよ……ちょっとヤバイ……ミックよ、強く生きろよ
それにしても玉座って……
「いや、2歳児が玉座なんて座りにくいし、落ちたらあぶねえよ」
「それもそうね」
やっと我に返ったローズ。
いつも通りの表情に戻り前を向く。
そして、俺も前を向く。
ただ、依然として俺の視界には机の脚しか見えないのであった。
授業が始まっても何も見えない俺はローズの立派なイスの脚にもたれ掛かって睡魔という誘惑に身を委ねる。
しばらくすると一限目が終了したのか皆が席から立ちあがる。
俺は机の脚しか見えないのだが他の生徒のイスが床に引きずられる音で目を覚ますのだった。
「おはよう」
俺の頭上から朝の挨拶が聞こえる。
その声の主は少々ご立腹なのだろうか?
少しばかり声のトーンがいつもより低かった。
「あ、おはよう……どうした?」
「いえ、気持ちよさそうで何よりです」
やっぱり少し怒っていらっしゃる
ローズは……女の子なのかな?
「生理か?」
「違うわよ、いびきがうるさかったのよ」
「あ、それはすまん」
「しかも、淑女に生理かどうかストレートに聞くって最低ね」
「まあ、気にするな」
「はぁ……」
ローズとスキンシップを取っていると次の授業を知らせる鐘が鳴る。
皆、足早に各自の席へと戻っていく音だけが聞こえるのだった。
目の前は机の脚しか見えないけど意外と教室の様子が分かるものだと感心する。
「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」」」
何やら教室が一気に騒がしくなった。
☆彡
「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」」」
何やら教室が一気に騒がしくなった。
(めっちゃ、可愛くね?)
(一目惚れしたぞ、俺、放課後告るわ)
(天使のような美少女だ)
男どもの欲望がかなり前のめりになっているご様子。
俺はそんな男子どもの美少女という単語に隣の脚の長いイスに座るローズを見上げた。
ローズは少々面白くなさそうに不貞腐れた顔で頬杖を付いていた。
あら、対抗意識?
「なあ、ローズ」
「なによ」
「お前は可愛いよ」
「え?ちょ!……いきなり何よ!」
ローズは俺の言葉に驚き頬を真っ赤に染める。
「いや、対抗意識でもあるのかなっと」
「誰が誰によ」
「謎の美少女とローズの比較じゃないのか?」
「何よそれ」
クスッと笑うローズは満面の笑みで俺の問いかけに答えてくれる。
「で、今はどういう状況なの?」
「転校生が来たのよ」
ローズはまた頬杖を付いて仏頂面になる。
「なんだ、嫌な奴なのか?」
「そんなわけないでしょ……まあ、私たちの知り合いよ」
「え?」
俺とローズの共通の知り合いで美少女?
心当たりが……って……まさか?
「それじゃあ、自己紹介をお願いします」
担任のエリザベス先生の声がする。
ん?エリザベス先生がお願いします?敬語?これはもう……
「はい、ソフィア=エルミレンディです。皆さん、よろしくお願いいたします」
やっぱり、ソフィアって……あのソフィア?
「ぬおおおお」
「ソフィアちゃーん」
「結婚してくれ~」
ソフィアの自己紹介に騒然となる我がクラスの男子たち。
見えないがかなり興奮しているのは手に取るようにわかる。
一気にすごい人気ものになったな。
「静まれ、男子」
パンパンと柏手を打ち男子どもの喧騒を鎮める先生。
エリザベス先生に逆らうと怖いんだよってのを皆、身に染みて分かってるな。
「それじゃあ、ソフィア様……おほん、ソフィアさんの席だが……ん?今日はサミュエルはさぼりか?」
先生……姿が見えないからってサボりと決めつけないで!
「先生、俺、ここにいます」
俺はローズの机から手だけを出してエリザベス先生に手を振る。
「貴様、なぜそんなところに隠れている」
「机の芸術を保護するためです」
「芸術だ?」
すぐにエリザベス先生の足音が聞こえた。
どうやら俺の席に向かって移動しているのだろう。
「なっ!」
エリザベス先生は俺の机を見て絶句する。
しばらく考えたのち、エリザベス先生は教壇へ戻り
「新しい机とイスを用意するか待っていろ。それとそこではロゼッタお嬢様の邪魔になる。すぐに退去しろ」
「先生、私は大丈夫です。机が用意できるまでこのままでもいいですよ」
「しかし……」
「構いません」
「……わかりました」
流石のエリザベス先生もローズの言うことは聞くようだ。
まあ、本来ならお姫様って言われてもおかしくない存在だしね。
「サミュエル、貴様、ロゼッタお嬢様の邪魔だけはするなよ」
「はーい」
俺は逆らうことなく、またしても机から腕を伸ばして手を振る。
「それではソフィアさんの席はこの一番前の席に……」
「エリザベス先生」
「なんでしょうか?」
「私、サミュエルさんの隣がいいです」
「「「え?」」」
ソフィアの提案にエリザベス先生だけではなく、生徒が全員驚きを隠せなかった。
「そ、それは、どのような意味で?」
「私は他国から来ましたので学園生活が不安なのです」
「はぁ」
「ですので、知人であるロゼッタさんとサミュエルさんと一緒にいると安心できるかと思いますがダメでしょうか?」
エリザベス先生は「うーん」と唸っていた。
しばらく、というかほんの少し考えて「ヨシッ」と自分で納得したかと思うといきなり俺の名前を呼ぶ。
「サミュエル、立て」
「はい」
俺はエリザベス先生の声に反射的に立ち上がり直立不動の姿勢をとる。
そして、見えた姿はやはり俺の知っているソフィアだ。
金色に輝く髪が特徴的で、その長さは腰まで届く。
細くて長いまつ毛が瞳を際立たせ、ライトブルー瞳には光が宿っている。
「サミュエル、お前がここに座れ」
エリザベス先生が出した回答は俺が本来ソフィアの席に座ることだ。
「ソフィア様、しばしお待ちください。ロゼッタお嬢様の隣に席を用意しますので」
「あ、サミュエルさんがここに座るなら私も一緒に座ります」
またしても、ソフィアの発言に教室が驚く。
「「「えっ!」」」
またしても驚きの声がハモる。
そして、一つの机に二人が座るという構図に教室の空気が異様なほどどんよりと沈む。
俺は明らかに殺意の籠った視線を男子生徒一同から受けることになる。
ただ、俺が持って行ったイスはミックのイスで普通の机ですらイスの高さが足りなかった。
「あの、サム、ここに座ってください」
なぜか、馴れ馴れしく名前で呼ぶソフィア
「いや、でも、そこはお前の席だ」
「大丈夫です、私は特別なイスがあることを思い出したので」
「そうなのか?」
「はい!」
俺はソフィアに促されるままソフィアのために用意された普通の椅子に座る。
「では私も座りますね」
「ちょ……ソフィア……さん」
なんとソフィアは俺の膝の上に座ってきたのだ。
前が見えないだろうと気を利かせてお姫様抱っこするかのように横に座る。
俺は彼女の姿勢がきつそうなのでとっさに抱きかかえてしまう。
「サム、ありがとう」
「え、あ……」
これにはクラス全員、開いた口が塞がらない状態だった。
「サミュエルよ……すぐに新しいイスをすぐに用意するから待ってなさい」
「お、お願いします」
流石のエリザベス先生も焦っているのが見て取れる。
そりゃあ……ソフィアの正体を知っているだろうからね。
何かあれば先生の立場がやばいもんな。
そのあと、他の先生たちがアート作品になっている机とおまけ付きのイスを撤去してくれ、真新しい机といすのセットが用意される。
その机に腰かけようとするのだがなぜかソフィアもついてくる。
それに見かねたエリザベス先生は
「ソフィア様……ゴホン、ソフィアさん……彼も学業に集中する必要がありますのでご自分の席で授業をお受けください」
「……仕方ありませんね」
あっさりと引き下がるソフィア
「では、また後で」
ウィンクしながら立ち去るソフィア。
ご機嫌なソフィアとは裏腹に俺に突き刺さる殺意の視線
うん、夜道には気を付けようと思った。
☆彡
殺気の籠った視線で人が殺せるか?
……俺は死にそうです。
まあ、今は大丈夫だけど、夜道には気を付けなければならないと決心している。
授業中……ソフィアがこちらを向き小さく手を振る
その様子を見る周りの男子生徒の目が怖い。おい、廊下側の一番後ろに座るヤツ、目から血が出ている……大丈夫か?
ただ、今の現状の認識を改め直す必要がある。
どうやら授業中もといわず、四六時中……気を付ける必要がありそうだ。
その後、何とか生きて本日のすべて授業を終えることが出来た。
「い、生きてる」
「何を当たり前のことを言っている」
「へ?」
俺は全ての授業が終わり、生きていることの喜びを感じているとエリザベス先生が声を掛けてくる。
「いいか、お前はこれから生活指導室へ来い」
「え?それはなぜですか?」
「まあ、なんだ」
エリザベス先生は俺の問いに答える前に辺りを見回す。
しかし、大勢の生徒がいることを確認したので
「それは生徒指導室に来れば分かる」
「はーい」
「ちなみに、一人で来いよ」
「えっ……は、はい!」
どういうことだ?
「帰り支度が済み次第来てくれ」
「あ、はぁ」
「くれぐれもバックレたりするなよ」
「りょ、了解であります!」
俺は直立不動で額に手を当て敬礼する。
その後、エリザベス先生は踵翻して教室を後にする。
ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待て……。
落ち着け、俺!
一人で生徒指導室へ来い?
それは、つまりエリザベス先生と二人きり?
女教師と男子生徒が密室で、二人きり?
しかも、ここでは話せる内容ではない?
待て待て待て…………。
こ、これは一体、どういうことだ?
どこかに隠しカメラが?
いや、この世界にそんなものはないか。
ドッキリじゃないよな?
じゃんけんで負けたら罰ゲームで嘘告白とか?
…………………エリザベス先生だとあり得ないな。
これは、どう考えても……結婚を前提とした交際の申し込みではないだろうか?
エリザベス先生……いや、エリザベス……俺はALLOKだ!
彼女のすべてを受け入れる準備ならできている!
この世界では先生と生徒の恋愛が禁止なんてものはない。
恋愛自由だ!
俺はモカに……聖女モニカに捨てられた男
でも、そんな俺でも必要としてくれる女性がいるなんて。
しかも、俺の理想の女性だ。
これほどうれしいことはない。
モカのことを忘れるにはやはり新しい恋が必要だな。
にしても、最低な男だ。
今まで散々、愛してる・お前だけだと豪語していたのに捨てられた程度で心変わりしているのだ……いや、普通か?
まあ、いつまでもモカのことを引きずるのは精神衛生上良くないよな。
……うまくいきすぎてないか?
まさか……ゆめ?
「サム、どうしたの?ぼーっとして」
俺はエリザベス先生の話を聞いた後、しばらくその場に立ち尽くしていた。
そんな俺に話し掛けてくれたのはソフィアだった。
「いや……すまないが頬をつねってくれないか?」
「え?どうしたのいきなり?もしかして、マゾ?」
「いや、違う」
ドン引きするソフィアに俺は弁明しようとした。
しかし
「イテテテテ」
「これでいいかしら?」
「ふぁい」
横から俺の頬を躊躇なく思いっきり引っ張ってくれるローズ。
うん、痛い……これは夢じゃないな。
「ほら、エリザベス先生に呼ばれているんでしょ」
「おう!」
どうやらローズは先ほどの会話を聞いていたようだ。
「よし、行ってくる!」
「うん、いってらっしゃい?」
ソフィアは首を傾げながら見送ってくれた。
俺は生徒指導室へと足を運ぶ。
廊下をスキップで移動する俺はどこからどう見ても浮かれていただろう。
生徒指導室の前に立つ。
扉のガラスに映る自分を見ながら身だしなみチェック!
「あーあー」
喉の調子よし。
戦闘準備は万全だ。
コンコン
ドアを叩くと「入れ」とエリザベス先生の声が聞こえる。
「失礼します」
ゆっくりとドアを開けて、一歩中に入る。
すると、未来の花嫁が体の前で腕を組み仁王立ちしていた。
なんと勇ましい姿だ。
俺は益々、エリザベス先生……いや、エリーを惚れ直す。
「まずは、これを見てくれ」
エリーは一枚の紙を差し出してくる。
ま、まさか……婚姻届け?
いや、この世界にそんなものは……いや、まて、彼女なりに意思表示が欲しいということだろうか?
俺は紙を受け取りその内容に目を通す。
「え?エリー、これは?」
「エ、エ、エリー!?……こほん、ふざけるな!……まあ、そのままだ」
その紙に書かれた内容はなんと「授業料未納」というものだった。
☆彡
俺はトボトボと歩いて寮の自室へと戻る。
「はぁ」
出るのはため息ばかり。
エリザベス先生から渡された紙は将来の伴侶としての約束ではなく……金を出せ!という内容だった。
『授業料未納』
エリザベス先生が手渡ししてくれた紙を見つめる
「はぁ」
ため息しか出ない。
それにしてもなぜ授業料未納になったのか?
大方の予想だがモカのオヤジ……聖女モニカの父親にあたるマクスウェル男爵のせいだろう。
本来ならマクスウェル男爵が俺を支援するという名目でこの学園に通わせてもらっている。
一応、俺の母親はマギネスギヤのパイロットとしては超一流で名前もエリザベス先生並みに知れ渡っている。
まあ、流石にあれほどの実力者の息子が魔力ゼロの無能とは誰も思うまい。
おかげで変なとばっちりを受けずに済んでいる。
そんなすごい女に貸しを作っておいて損はないというのがマクスウェル男爵の魂胆だろう。
しかし、今やモニカ……娘が聖女になったのだ。
マギネスギヤのパイロットを支持するなんてことは些細な事になってしまったのだ。
たぶん、金は全て聖女モニカへの支援金にでもなっている。
まあ、モニカが一定の戦果を出せば、後は遊んで暮らせるだろうからな。
ましてや自分の実の娘だ。
俺なんかよりもよほど大切だろう。
それにしても、どうしたものか。
母は他国へ遠征に行っているので連絡手段がない
俺は金を稼ぐ必要があった
「仕方ない、社会勉強としてバイトでもしますか!」
でも、この世界に来て仕事なんてしたことがない。
俺にできることがあるのだろうか?
それにしても一体、どんなものがあるんだろ?
時代的には、産業革命が起こってはいるがまだまだ人力が主流だ。
というよりも魔力なんてものがあるから機械の利便性が低いんだよな。
下手な機械よりも魔法を使ったほうが便利という……なんと言えばいいのやら。
まあ、魔力のない俺が出来る事なんて小売業の荷下ろしや店番ぐらいか?
明日でも組合ギルドへ行って登録するかな。
「よし!稼ぐぞ!」
俺は拳を作り天高く掲げる。
胸を張り背筋を伸ばして自室のドアを開けると……
「……………はぁ」
現実を見てしまう。
またも、猫背で暗い顔して、ため息付きながら俯く。
まあ、教室の机やイスと同じような被害をここでも受けていた。
壁一面にアートが描かれ、ベットは中身が爆発している。
机と椅子に至ってはもはや原型をとどめて居なかった。
これ、どうすればいいのだろうか?
俺は何もない左肩付近に話しかける。
「なあ、白桃」
「なんですか、マスター」
「これ、何とかして」
「ん?これをですか?」
「ああ、頼んだ」
「ご自分で片づけてください」
「……薄情者」
「それよりも誰か来ますよ」
「ん?」
白桃の促される方向へ視線を向ける。
すると、廊下の向こうから女神のような美しいプロポーションの女性が見える。
カツカツとハイヒールの音は心地よく歩く姿はまさにパリコレ。
「あれ?エリザベス先生、どうしたのですか?ここは男子寮ですよ」
「ああ、分かっている」
「……はっ!もしかして……男子生徒がお好みで?夜這いですか?」
「そ……そんな……ハレンチなことはしたことが……!!!って何を言っているだ、馬鹿者!」
おや、もしかしてエリザベス先生は清らかな乙女ですか?
……やばいな、誰か貰ってあげて!まじで好みだわこの人……!理性が吹っ飛んだら襲っちゃうよ?
「オホン、それよりもサミュエル、自分の部屋の前で何を突っ立ている?」
「いえ、どういえばいいのか……アハハ」
俺は後頭部をさすりながらごまかそうとした。
しかし、俺の態度が不自然なのは目に見えている。
エリザベス先生は俺の部屋を覗く。
「ふむ、ちょうどいい」
「え?先生、ちょうどいいって、ひどいじゃないですか!」
「あ、いや違う。そういう意味ではない」
「じゃあ、どういう意味なんですかね」
俺はエリザベス先生に顔を近づけて先生にガンを飛ばす。
あまりに顔を近づけてしまって気持ち悪かったのか、はたまた息が臭かったのか分からないが顔を逸らすエリザベス先生。
「いや、その……だな」
「ええ、なんですか?聞きましょう」
この部屋をちょうどいいと言われたことに流石に俺はムッっとしていた。
「ああ、もう離れろ!」
俺が顔を近づけているため話が出来ないとエリザベス先生は俺を突き飛ばす。
その力が意外にも強く俺の腹部に強烈な一撃がクリーンヒット。
「ぐふっ」
「あ、すまん」
俺は腹部を抱えてうずくまる。
エリザベス先生は俺と少し離れたかっただけだろう。
ちょっと照れている感じがしたので可愛いと思っていたが……油断した。
ここまで力強いとは……
「立てるか?」
俺を気遣って手を差し伸べてくれるエリザベス先生。
「先生酷いですよ、責任取ってください」
「す、すまん。そのなんだ……私の部屋に来るか?」
「え?」
もしかして、今晩の俺は狼になっていいの?
☆彡
本日の俺の仕事は魔導具ショップの店番だ。
学園の授業料が未納のために汗水を垂らし働く必要がある。
「はぁ」
当たり前のことだと分かっている。
別に働くことが嫌とかはない。
前世は完全なる社畜だった俺からしてみたら店番なんて遊んでいるようなものだ。
俺は魔力がないので扱うことが出来ない魔導具がたくさんある。
しかし、魔導具の理論は結構面白い!
本来なら俺の好物である魔導具。
マギネスギヤの次にこの世界で興味のあるものだ。
「はぁ」
だが、そんな好物に囲まれた環境でも気分が上がらない。
なぜか?
それは昨晩のエリザベス先生の部屋で起こった出来事だ。
☆彡
俺はエリザベス先生の部屋の前で立ち止まる。
ぱっと見の見た目は木製のどこにでもある普通のドアだ。
ただ、かなりの板厚のあるドアのため重厚感がある。
うちの学園は泊まり込みで働く先生が多く、先生のための独身寮が完備されている
先生の部屋の前は他の部屋と変わらず殺風景で通路とドアのみ。
しかし、このドアの向こうには俺の知らないエリザベス先生……エリーがいるに違いない!
期待と不安に胸に抱き先生の後に続く
「入ってくれ」
「おじゃまします」
日本のように靴を脱ぐ場所があるわけもなくそのまま部屋へ移動。
間取りとしては1DKという感じで風呂とトイレも完備。
流石、国内ナンバー1の学園の独身寮ということだけはある。
にしても、本当にここは女性の部屋なのかと思うほど……何もなかった。
全くと言っていいほど生活感がない。
先生……本当にここに住んでいますか?
「適当に座ってくれ」
「あ、ありがとうございます」
先生が座ってくれという目線の先には腰ぐらいの高さのテーブルにイスが4つあった。
これもまた、何も変哲もない木製のテーブルとイスのセット。
テーブルの上には花すら置かれていない。
本当にないもない部屋にポツンと木製のテーブルとイスが置いてあるだけだ。
俺はイスを引き腰をかける。
俺が座るとその対面にエリザベス先生も座る。
向かい合う二人。
しかし、何故か先生は少し思い悩んでいるようにも思えた。
そうか、そんなに真剣に俺との将来のことを考えているのか。
ただ、少しばかりの沈黙が俺は耐えることが出来なかったので口を開いてしまう。
「とてもいい部屋ですね」
「ああ、そうだな」
「ここなら居心地がよさそうだ」
「ああ、そうだな……」
ふいにエリザベス先生は影を落とす。
「どうしました?」
「いや、気にするな」
あれ?もしかして、地雷踏んじゃいました?
エリザベス先生は30超えても独身。
独身寮が住み心地が良くて出られない。
のではなく、結婚相手がいないから出られない。
それを住み心地がいいから出られないと掛けて馬鹿にしてしまった?
まさか、そんな風に思っていませんよね?
ここは弁明せねば!
「いや、決して結婚できないとかそういう話をしているつもりは」
「き、き、きさま……殺されたいらしいな」
あ、どうやら、先ほどの発言が地雷を踏みぬいてしまったようだ。
ど、ど、どうしよう?
「さあ、ここは私の部屋だ、死体が転がっていもおかしくないな!」
「いえ、普通におかしいです。自宅に死体が転がってるっておかしいですよ!」
腰に差していた剣を抜き、その切っ先を俺に向けるエリザベス先生。
抜き身の剣を構えるエリザベス先生はカッコイイ。
様になっている。
しかし、その剣先が俺に向かっているという事実が恐怖以外何者でもない。
ただ、恐怖と同時にちょっと涙目のエリザベス先生が可愛いと思ってしまった。
「先生!話が……話があるのでは?」
「(ぷるぷる)……そうだったな」
俺は話題のベクトルを変えるべく先生をなだめる。
しばらくすると震える剣先が俺から離れていき、俺は「ほっ」っと安堵する。
「貴様の学費だが、少しばかりは待ってもらえることになった」
「本当ですか?」
「ああ、ただし条件付きだ」
「条件?」
「まずは、これから1か月、私の知り合いの紹介の店で働いてもらう」
「それから?」
「とりあえずは店の手伝いのみだ」
なるほど……その話をしたくてここに呼ばれたのか。
あれ?
それじゃあ、もしかして……今夜、俺が狼になることは……なし?
「先生」
「なんだ?」
「それだけですか?」
「……?それだけって、十分大変なことだろ?」
「……いや、もっとこう……先生の気持ちとして……なんというか……」
「貴様は何が言いたいんだ?」
俺は勇気を振り絞ってストレートに聞いてみることにした。
「いえ、部屋に呼ばれるのでもしかして、俺と男女の関係になりたいとか?」
「は?お前とか?ないな」
あっさり、きっぱり、そして即レスで断られる。
「貴様を男として見れるわけないだろ」
(チーン)
……いや、まだだ。
なら男として見てもらうために……俺がすることは……
「エリザベス先生、いえ、エリザベス、俺はあなたが欲しい」
「……は?何を言っているんだ。私が欲しい欲しくないなど、私は物はない」
エリザベス先生……もしかして、そこまで恋愛音痴だっとは……。
ここはど真ん中のストレートに言うしかないのか?
俺は深呼吸した。
真剣な目つきでエリザベスを見つめる。
そして……
「エリザベス、結婚しよう」
ここで茶化したりは絶対にしない。
真剣であること、エリザベスを好きなことを打ち明ける必要がある。
そのためには姿勢が大事だ。
しかし、エリザベス先生は呆れた顔をして顔に手を当てる。
「……はぁ?馬鹿にしているのか」
「いや、本気です」
俺は真っ直ぐにエリザベスを見つめる。
「……ああ、わかった。お前は疲れているんだな?」
「違います」
「なるほど、ふざけているのか?」
「それも違います」
エリザベスはイスから立ち上がり俺に指さす。
「まあ、いい。明日から仕事をしてもらう。それだけだ」
流石に俺もここまで相手にされないとなると、黙ってはいられない。
「俺は真剣に言っています。答えをください」
「……わかった」
エリザベスは玄関へ体を向けていたが、俺の方へ振り向き鋭い視線を向ける。
「答えは"NO"だ」
「な、なんでですか?」
「さっきも言っただろう。貴様を男と見ることは出来ない」
「…………………………」
エリザベス先生の回答に俺は何も答えることは出来なかった。
その後、俺は自室に戻れないので別の部屋を借りて一晩を過ごした。
しかし、朝になってどうやって別の部屋に移ったか覚えていない。
ましてや、ここはどこ?状態。
幸いバイト先の2階ということもあり、初出勤は何とか遅れず無事に出社することが出来た。
☆彡
昨晩のことを思い出し俺は再度、溜息をつく
「はぁ」
それにしても盛大にふられたものだ。
いや、フラれてすらいない。
見向きもされていないのだ。
「男として見れない……か……」
前世では盛大に捨てられたが……何度味わっても失恋というものは胸が締め付けられる。
そして、辛いからこそ更にエリザベス先生の顔が頭にこびりついて離れない。
何をしていても浮かんでくる好きな人の笑顔や照れた時の顔。
泣きそうだ。
「成長がないな……俺」
クヨクヨしている自分を俯瞰して見れるようになっただけマシなのか?
前世の時は感情に任せていたからな。
吸いなれないタバコにやけ酒と……麻薬に手を出さなかっただけヨシとしておくか?
気持ち切り替えないとな。
カランコロン
店のドアが開く。
お客さんだ。
流石に仕事中に辛気臭い顔をするのは良くない。
この店のオーナーにも、何よりこの店を紹介してくれたエリザベス先生のためにも。
にしても、この店のオーナーはあまり魔導具屋って感じがしなかったな。
整った顔立ち金髪で日焼けしており如何にも陽キャウェイって感じの男だ。
確か年齢は30歳と若かったよな。
まあ、なんにせよ非モテな俺とは正反対で気に入らないが仕事は仕事だ!
自分の感情は捨てよう。
「いらっしゃいませ」
入ってきた客に営業スマイル&首を垂れる。
「あら、生きていたのね」
しかし、入ってきた客の態度は悪かった。
それもそのはず
「……って、なんだローズか」
入ってきた客はこの店には部不相応な客だ。
この店の魔導具は一般庶民が扱う値段のものばかりだ。
金に物を言わせて最高級を求める人は用がないはず。
「失礼な店員ね」
「冷やかしか?」
「エリザベス先生に言われて様子を見に来たのよ」
「へぇ」
「あら嬉しくないの?愛しのエリザベス先生が心配してるのよ」
「……別に~」
俺はあえて白々しく装う。
だって、フラれたばかりだなんて言えるものか!
「というか、なんで俺の愛しの人がエリザベス先生なんだよ」
「見てれば分かるわよ」
「………………」
え?俺ってそんなに分かりやすかったのか?
もしかして、そんなところがエリザベス先生に知られて……
嫌われていたのか……。
男として見れないは建前で気持ち悪かったとか……
「のおおおおおおおおおおおおお」
その場で頭を抱えてふさぎ込む。
そして、俺は自分の行動や浅慮な思考、行動を悔いる。
どこだ……どこで間違えた!
「ちょっと、いきなり頭を抱えて、どうしたのよ?」
「いや、別に……」
「ええっともしかして、気にしてる?大丈夫よ、先生は一切、あなたの気持ちになんて気づいてないわよ」
「………それは、それで悲しい」
昨日のことがあるから余計にエリザベス先生の顔が思い出されて胸に棘が突き刺さる。
流石に一晩で回復できるほど人間出来ていません!
いや、それよりも
「なあ」
「なによ」
「なんでお前は俺がエリザベス先生が……そのなんだ……愛しの人だって思ったんだ?」
「見ていればわかるわ。あなた、先生を見るときと私を見るときの目つきが違うもの」
「そんなに変えているつもりはなかったが、分かりやすかったのか?」
「いえ、些細な変化よ」
「じゃあ、なんでわかったんだよ」
「それは、うらや……おほん、悪役令嬢の感よ」
ローズは胸を張って言い張る。
「ぷっ。なんだよ、それ」
「面白いでしょ」
「ああ、最高だよ」
あれ?悪役令嬢?
そのフレーズを知っているということは?
「それよりも聞きなさい」
「ん?なんだ?」
「その愛しの人、エリザベス先生がお見合いするのよ」
「…………は?」
「私が聴いた情報によると明日のーーーーーー」
エリザベス先生が結婚?
ちょっと待て、早まるなエリザベス先生!
いや、もうフラれた外野がああだこうだ言う権利はないよな……。
待て!
お見合いってもしかして、無理やりだったりするのか?
それならば放っておけない。
強くあるが脆いところもあるエリザベス先生だ。
エリザベス先生の結婚相手は彼女に相応しい人であるべきだ。
じゃないと俺が報われない!
「おい、詳しく!」
居ても立っても居られないとローズの肩をつかみ食い入るようにローズに迫る。
「ちょっと、近い……近すぎる」
「あ、すまん」
あまりにも勢いよく近づいたせいであと少しで唇が接触してしまうところだった。
「で?」
ローズと距離を取り再度、聞き込みを開始する。
「待って、あなたが変なことするから心臓がーーーーーー」
「おう、そうか。すまん」
しばらくの間、ローズの呼吸が落ち着くまで待つことに。
そんなに激しく迫ってしまったのか?
そんなこともないような気がするが、まあ仕方ない。
今はローズの回復を待つしかないな。
しばらくするとローズの呼吸は落ち着き話ができるようになる。
「もう大丈夫よ」
「ああ、すまなかった」
「そうね、どこから話しましょうか」
「頼む、教えてくれ」
「えっとね、まずは相手なんだけど、30歳の男性、まあこの店のオーナーよ」
「え?マジ?」
「マジ」
もしかして、俺のために先生は身を売るようなこと……。
いや、俺のためってことはないか。
だったら、一体、どういった理由が?
まさか、本当にエリザベス先生、結婚するつもりなのか?
ならば、エリザベス先生には幸せになって欲しい
オーナーはエリザベス先生に相応しいか俺が見定めなければ。
いい男でなければ、エリザベスはやらん!
☆彡
王都でも名高い有名シェフが料理を出すホテル。
かなり高級な料理の数々に貴族御用達で一般人には無縁な場所。
王都の中心に位置するそのホテルは予約を取るだけで半年から一年という。
そんなホテルの5階
それこそ有名シェフが料理をもてなすところにお目当ての人物はいた。
そんな二人を俺とローズの二人は別の場所から監視していた。
しかし、かなり離れているので多分そうだろうという程度しか、認識できなかった。
「ちょっと、遠いな……仕方ない魔導具の出番だ!」
「あなた使えるの?」
「使えない、だからお前に来てもらったんだ」
「えっと、これはレンズに魔力を通すのね、こんな感じ」
「よし、そのまま魔力通しておいて」
俺は魔力を使った望遠鏡によってエリザベス先生の姿を捉える
「OH!NO!」
「ちょっと、どうしたのよ?大丈夫?」
いつものスーツ姿ではなく、ボディラインがはっきりとわかる白のドレスを着たエリザベス先生。
いつも見慣れているスーツとは違った大人の女性の色っぽさに俺はたまらず声を上げてしまう。
「ああ、大丈夫だ」
「…………ちょっと見せて」
ローズが俺から望遠鏡を取り上げる。
そして、そのまま覗き込む。
「……ねえ」
「なんだ?」
「…………スケベ」
「ちょっとまて、俺は純粋に……」
「純粋に?」
「……すごいなって思っただけで」
「何が?」
「な、な、なにがって……それよりもオーナーはいるのか?」
「逃げたわね」
「いいから、俺に見せてくれ」
俺はローズから奪い取るように望遠鏡を覗き込む。
しかし、ローズが手を離すと魔力が通らないのでローズの腕ごと自分に寄せる。
「ふむ、やっぱりオーナーだな」
女神エリザベス先生の目の前にある丸いテーブルを挟んで対面には金髪の日焼け肌のイケメンオーナー。
何やら爽やかな笑顔で喋っている。
そして、その会話でエリザベス先生は手を口に当てて「オホホ」と笑っているように見える。
「……なんか、嫌だ」
「何がよ?」
「エリザベス先生がお上品に笑っている」
「……そうね、それはちょっと……怖いわね」
「だろ」
俺のエリザベスはもっと豪快に笑う人だ。
どこぞのお嬢様のように「オホホ」なんて……もしかして、イケメンオーナーは好印象なのか?
「それにしてもちょっと肌寒いわね」
「そうか?」
夏季休暇が終了して日が暮れると風が冷たくなる。
俺は張り込むつもりで来たのでコートを着てきた。
しかし、ローズは学園の帰りに魔導具屋へ来たので、レース素材で風通しの良い夏服。
それにここは向かいの建物を見下ろせるような高台。
確かに風が肌に触れる場所は少し肌寒い。
「ねえ、もう帰りましょう」
「ちょっと待ってくれ、もうちょっと」
俺はエリザベス先生の意外な一面を見ているという状況に興奮していた。
確かにフラれてしまったが、いまだに未練がましく彼女にどこか思いを寄せているのだろう。
自分では引き出せないようなエリザベス先生の一面に嫉妬していた。
自分の思い人が別の男の前では自分の見たことのない姿を現しているのだ。
焼きもち、嫉妬
この感情以外の何物でもない。
「ねえ、もう寒くて無理帰るよ」
「ちょっと待て、寒いならほら」
「え?キャァ」
俺はピーチクパーチクうるさいローズを黙らせるために自分のコートの中にローズを入れた。
流石に俺のコートの中は暖かいのだろう。
しばらくの間はじっとして黙ってくれていた。
俺は今、忙しいのだ。
目が離せない。
エリザベス先生の一挙手一投足が気になって仕方ない。
そして、イケメンオーナーは雇い主ではあるが、負のオーラを送り続けていた。
「クソ、会話が聞こえない!」
「無理でしょうね、この距離だと」
「やっぱりあれか、読唇術を使うしかないな」
「へぇ、あなたすごいのね」
感心してくれているローズを気にせず、俺はイケメンオーナーの唇を読む。
”ア・イ・シ・テ・ル”
な、な、なんだってー
ストレートに来たな!
「あら、直球なのね。男らしくて良いじゃない」
「良いわけあるか!」
そして、俺はその返事が気になりエリザベス先生の唇を読む。
”ワ・タ・シ・モ・ヨ”
「チクショォォォォォ」
エリザベス先生の返答に俺は発狂してしまう。
「ちょっと、うるさいわね。耳元で大声出さないでよ……それにしても信じられないわね」
「ああ、俺だって信じられない。っていうか信じたくない」
俺の目から汗が溢れ出てくる。
なぜだ、なぜあの男なんだ。
「そうよね。でも、人の好みってわからないものね」
「ああ、そうだな。あんな男のどこがいいんだ?」
ローズは自信満々に俺の問いに答えてくれる。
「そりゃあ、お金持ちでイケメンでスタイルもいいわね」
「……チクショウ、勝てる要素がねえ」
「それよりもさ」
ローズはとても不満そうな顔を俺に向ける
だが、俺としてはおセンチな状態なので、ローズの言葉にムッっとする。
「それよりもって俺にとっては一大事だ」
「そうじゃなくて、今の状態分かってる?」
「何のことだ?」
「私ね、女なの、淑女なのよ」
一体何を言っているんだ?
ローズの言いたいことが分からない。
コートの中でぬくぬくしているローズ。
顔が少し赤いからもしかして、暑いのか?
いや、淑女?
女であることを主張?
「…………」
もしかすると、胸の大きさでエリザベス先生に負けているのを気にしているのか?
俺は再度、望遠鏡を覗き込み、女神のたわわに実ったものを拝む。
そして、今度はローズの発展途上国を確認
「大丈夫、ローズも女だ!」
俺は自信満々に答えた。
「どこ見て言ってんのよ!」
バチン
こうして俺の左の頬には真っ赤なもみじが出来上がる。
「それよりもあなた、読唇術が使えたのね」
「いや、今、初めて使った」
「…………バカね」
☆彡
(エリザベス視点)
「ねえ、エリザベス先生」
後輩のナタリーが甘い声で話しかけてくる。
見た目が幼く小動物のような仕草、それにこの甲高い声。
学生時代から多数の男子がこの子のことを狙っていたな。
まあ、この子自身、それで怖い目にも合っているから難儀なもんだ。
私なら大歓迎だというのに……。
「ナタリー、もうお前の先生ではない。それに今は任務中だ」
「あ、すみません。エリザベス先輩」
「はぁ、早く学生気分は抜けよ」
「はぁーい」
この子、優秀なのだが言動が少々軽率なのが傷だ。
「で、エリザベス先輩、そろそろじゃないですか?」
「ああ、そうだな」
私とナタリーは魔導具を使った追跡調査を行っていた。
「先輩は盗聴器の仕込みは成功したのですよね?」
「当たり前だ、何のためにあのような男と見合いなぞしたと思っている」
「結構、言われてましたね」
バキッ!
私は見合いの席のことを思い出し、手に持っていたコップを握りつぶしてしまう。
「ちょっと先輩、やめてください」
「ああ、すまない……だが、思い出しただけではらわたが煮えくり返りそうだ」
「どうどう」
「私は猛獣か!」
「いえ、そんなことはないですよ(似たようなものですけど)」
「何か言ったか?」
「……ほら、何が聞こえてきてますよ」
ナタリーが盗聴器の対となっているスピーカー魔導具の音が出る部分に指をさす。
耳を澄まして聞くと僅かだが小さな声が聞こえてくる。
『ザザザ……おい、開けろ』
『合言葉』
『デーモンの魂、閣下バンザイ』
『入れ』
魔導具から聞こえてくる声は紛れもなく先ほどまでお見合いしていた男だ。
「やはりアジトに行きましたね。突入しますか、先輩?」
「いや、まだだ」
現状、まだあの肌の色も黒いが腹も黒い男が犯罪者と決めるには早計だ。
『にしても、今回は出来が悪くないか?』
『おいおい、いちゃもんつけるなら売らねえぞ』
『わかったよ、いくらだ?』
『今回は正直やばかったんだ、それなりに頂くよ』
『ちょっと待て、これ以上高くなるのか?』
『バラ騎士が動いているって言われてな』
『バラか、厄介だな』
『詳しいのか?』
『いや、ほとんどが謎だよ。ただ、騎士団の中でもエリート勢が配属されるなんて噂は聞いたことがある』
『へえ、騎士団のエリートね』
ふむ。
どうやら相手も私たちが近づいていることに感づいているようだ。
これは早めに動くべきか。
「先輩、早めに動いた方がいいかもしれません」
「そうだな」
ナタリーも同意見のようだ。
優等生なだけあって、状況が見えている。
『おいおい、本気か?』
『ボスからの命令なんだ』
ちょっと待て、ボスだと?
まさか……あいつと繋がっている?
私は心当たりある人物の顔がを思い浮かべる。
そう、史上最悪の犯罪者の顔を!
「では、機動隊に連絡を入れます」
「いや、ちょっと待て」
私はすぐにでも突入する準備をするナタリーを制止する。
「どうしたんですか、先輩?」
「いや、気になることを言っている」
「え?」
再度、スピーカーに聞き耳を立てる。
すると
『流石にこれはいくら何でもあんまりだ』
『とは言われてもボスの命令になんて逆らえねえよ』
『こちらはかなり貢献しているはずだ』
『だから、ボスの命令なんですって』
どうやら価格交渉が上手くいっていないようだ。
麻薬の取引などすぐにでも成敗してやりたいが……。
『ならば、ボスに話がしたい。できるか?』
『うーん、わかりましたよ。ただし門前払いされたら潔く引き下がりなよ』
『ああ、分かっているさ』
これは千載一遇のチャンスだった。
「先輩、ボスって」
「ああ、長年追いかけていたヤツだ。ついに尻尾を掴めるな」
「では、泳がせますか」
「そうだな」
男たちはすぐに移動を始める。
多分、ボスのいるアジトとやらへ向かうのだろう。
「ナタリー、アルファ部隊に連絡を」
「了解です」
私の指示にナタリーは迅速な対応を行う。
この手際の良さ、新人とは思えない。
さすがナタリーだ。
その後も私たちは聞き耳を立て男どもの会話を聞く。
どうやら男どもはアジトを出て移動しているようだ。
そして、移動中の会話は世間話をしていた。
だが、その内容ときたら……
『それにしても今日、あんた、お見合いしていたのか?』
『ああ、最悪だったよ』
『そんなに酷い女?』
『ああ、酷い女だったよ。外見以外は女じゃねえな』
『見てくれは良かったのか?』
『いいね、正直、おもちゃとして抱くだけなら最高だぞ、あれは……ただ、如何せん中身がな』
『あんたみたいな人が中身を言うなんてよっぽどだな』
『俺のほうがマシだろ、料理出来ない、家事出来ない、おまけに趣味はロボットの改良だとよ』
『女として終わってるな』
『だろ?』
まあよくも私のことが言えたものだ。
自分たちは犯罪を犯している自覚がないのか?
中身だけならお前たちのほうが終わっているだろうに。
「先輩、意外とあっさりと受け流していますね」
心配そうに顔を覗き込んでくるナタリー。
「ふん、あんな男の評価は私にとってはゴミも同然だ」
「そういうものですか?」
「カス男に惚れられるよりマシだ」
「カス男ですか……同意ですね……あれ?何やら別の男性の声が……もしかして、ボスですかね?」
私達は会話を真剣に聞き耳を立てる。
『なんだ、おまえは?』
『撤回しろぉぉぉ!』
スピーカーから聞こえてくる音は先ほどまで蚊が鳴くような音だった。
それが急に大音量で流れてくるので驚き跳ねる。
「キャ、なによもう」
「……この声?」
「先輩、知っているんですか?」
「ああ、なんだ、私の生徒だ」
「あ、今回の任務で送り込んだ子」
「いや、奴は詳細を知らない。私が動きやすくなるように使ったのだ」
「へぇ、でも、そんな子がどうして?」
「いや、私にもわからない」
何故、私の生徒のサミュエルが?
『おい、お前』
『おいおい、雇い主になんだ、その態度は?』
『そんなのはどうでもいい、それよりもエリザベス先生に謝れ!』
『は?先生?ああ、そういえば、お前はアイツの生徒だったな』
『そうだ』
『で?なんで俺が謝る必要がある』
『そうだな、言葉のあやだ、謝る必要はない』
『なんなんだ、お前は』
『俺はお前がエリザベス先生の結婚相手に相応しくない。よって辞退しろ』
『……ふーん。嫌だと言ったら』
『お前はエリザベス先生の良さを一切分かっていない!』
『なんだあの女の良さって、ほれ言ってみろ。お前の惚れた女の良いところ言ってみろよ』
『ああ、いくらでも教えてやる』
それからサミュエルは私の特徴をことごとく上げていく。
正直、自覚のないことも含まれているので気恥ずかしい。
「へえ、この子、先輩のことよく見てますね」
「ああ」
『最後に、これだけ言わせろ』
『はいはい、どうぞ』
『エリザベスは最高の女だ。異論は認めない』
『あの鋼鉄の女が最高?笑わせるなよ』
『はぁ、やっぱりお前は分かっていない。彼女が時折見せる恥じらいや仕草は可愛いの一言で言い表せないほどだ』
『はいはい、そうですか。じゃあ俺がその先生をセフレにでもしてやるよ』
『きさま』
『そんなにもいい女なんだろ、孕ませて捨ててやるよ。そうしたらお前にくれてやる』
『うぉぉぉぉぉぉ』
先ほどの男の言葉にキレたサミュエルが殴りかかっているようだ。
どうやら取っ組み合いの喧嘩になっている。
しかし、どう考えても、あのいけ好かない男のほうが強いだろうな……。
『おいおい、こんなもんか』
『うるせえ』
『そんなんじゃ、愛しの先生も守れないんじゃないのか』
『お前はまだ分かっていない』
『は?』
『彼女ほど強い女性は守ってやるとかではなく、一緒に傍にいてやること。それが大切なんだ。最後の最後まで隣で手を握る存在になるべきなんだ』
『嫌だね、俺なら死にそうになった真っ先に逃げるね。あと、君、クビね』
『ぐふ』
魔導具からの音が静かになる。
「どうやらあの子、気を失いましたね」
「そうだな、誰か迎えに行ってやってくれ」
「もう先輩が迎えに行けばいいじゃないです……か?」
「どうした?」
ナタリーは私の方を向き驚いていた。
一体どうしたというのだ?
「先輩」
「ん?」
「涙」
「え?」
私はナタリーの言葉で初めて頬を伝うものに気が付く。
「な、どうして……」
「先輩、彼……カッコいいですね」
「う、うるしゃい、涙が……止まらない」
「いいじゃないですか」
「ぐす……誰か、あいつを迎えに……ぐす」
「はいはい、私が行きますよ」
「頼む」
私はその後、しばらく泣き止むことが出来なかった。
理由が分からない。
「それじゃあ、行ってきますね」
「ああ」
「(最後まで傍で手を握るか……あのフレーズに先輩はやられたんだろうね。私たちのような職業だと猶更だよね)」
☆彡
俺は些細なことでバイト先のオーナーと口論になってしまう。
ただ、俺にとっては些細なことではなく、まるで自分自身を深く傷つけられたように腹が立った。
「はいはい、そうですか。じゃあ俺がその先生をセフレにでもしてやるよ」
「きさま」
「そんなにもいい女なんだろ、孕ませて捨ててやるよ。そうしたらお前にくれてやる」
「うぉぉぉぉぉぉ」
俺は勢いをつけて殴りかかる。
素人丸出しの突進パンチ!
しかし、俺は絶対に負けないと思っていたので手加減も必要だろうなんて考えていた。
俺にはとっておきのサポートAIが付いているからだ。
「よし、白桃、頼むぞ」
「…………」
「あれ?」
俺はいつものように左肩付近に現れるウィンドウに話しかける。
「おーい、白桃さん?ねえ、返事して」
「何をごちゃごちゃ言ってんだ!」
俺の期待を裏切り白桃は返事をしてくれない。
勢いを止めることが出来ない俺はそのまま、イケメンオーナーに向かってパンチを繰り出す。
パンチを繰り出している間も白桃からの返事が返ってくるの待っていた。
しかし、俺に返ってきたのはイケメンオーナーのカウンター右ストレートだった。
「ひでぶっ」
「ほら、どうしたどうした。威勢だけか?」
何故か、白桃からの一切の反応がなかった。
そのために俺は相手の攻撃を避けるどころかまともに受けてしまう。
「おいおい、こんなもんか」
「うるせえ」
「そんなんじゃ、愛しの先生も守れないんじゃないのか」
「お前はまだ分かっていない」
「は?」
「彼女ほど強い女性は守ってやるとかではなく、一緒に傍にいてやること。それが大切なんだ。最後の最後まで隣で手を握る存在になるべきなんだ」
「嫌だね、俺なら死にそうになったら真っ先に逃げるね。あと、君、クビね」
「ぐふ」
殴られまくってフラフラ状態、立つのもやっとという感じ
そんな状態の俺に最後のパンチが送り込まれる。
俺はオーナーのパンチを画面で受け止めると同時に目の前が真っ暗になる
☆彡
ふと気が付くと俺は床に寝そべっていた。
全身が痛い……
殴って蹴られてのコンボを貰いすぎた。
何発殴られたのだろうか?
もう、そんなことはどうでもいい。
最悪の日だ。
「マスターどうしたんですか?」
今頃になってようやく俺の左肩付近にウィンドウ画面が開かれてお見えになる白いブリキのおもちゃ。
「あ、出たな薄情者」
「薄情者とは失礼な、一生懸命に回線を復帰させていたんですよ」
「そうか、その回線が切れていたせいで俺はこのざまだ」
俺は鼻で笑いながら皮肉を込めて白桃と会話する。
「まあ、そのようですね」
「全身が痛くて起きれない、何とかして」
「今は無理ですね、回線が不安定です」
「えー、マジかよ」
「マジですよ、マスター」
「はぁ、仕方ない」
俺は痛みに耐えながら起き上がる。
何故かって?
そりゃあ、帰るためだ。
一刻でも早くベッドの中に入ろう。
そして、目が覚めたらもしかしたら、エリザベス先生が裸エプロン起こしてくれるかもしれない。
「あっ!」
俺は帰ろうとしたのだが肝心なことを思い出す。
「どうしました、マスター」
「いや、そういえば、バイト先のオーナーに殴りかかったから、バイトをクビになったんだった」
「はあ、そうなんですね。それで?」
「帰る場所がない。ちくしょう!やってられるか」
痛みに耐えて起き上がったがどこへ行くことも出来ないことに嫌気がさして再度、仰向けで寝ろこぶ。
「はぁ、床……冷たい」
床が冷たいという事実以外何も頭に浮かんでこなかった。
一体、これからどうすればいいのかすら分からない。
ポツポツと雨が降り始める。
ポツポツという雨音は次第に強くなっていきサーという雨音へと変わっていく。
もう、動く気になれなかった俺はその雨を仰向けで全身に感じていた。
「冷たい」
正直な感想はそれだけ。
その他のことは何も考えられない。
無気力ってこういうことなのだと実感する。
だが、雨音が更に強くなっていく。
サーという雨音が一瞬にしてザーと激しい雨音へと音を変える。
「……痛いな」
雨音が強くなるにつれて次第に傷口が痛み出す。
これはヤバイと上半身を起こして動こうとした。
雨風を凌げる場所を考える。
しかし、不思議なことが起こった。
「……あれ?」
ふと、俺の周りだけ雨が止む。
だが、周りを見渡しても雨はまだ降っている。
激しい雨音が続いている。
だが、俺には雨が当たっていない。
ふと、上を見上げると大きめの傘が俺の頭上に浮かんでいた。
「……サム」
どうやら、大きな傘が浮かんでいたというのは錯覚で誰かが傘をさしてくれていたのだ。
そして、心配そうに俺に声を掛けてくれる。
聞きなれた声。
俺は振り返り声の主を見上げる。
なぜか声の主は今にも泣きだしそうな顔をしていた。
「モ……聖女モニカ……様?」
なんと、俺の後ろにモカ……聖女モニカ様が俺に傘をさしてくれていた。
一体、どういう風の吹き回しだ?
それとも……俺を嘲笑いに来たのか?
って、モカがそんなことをするはずもないな。
「…………」
なぜか聖女モニカ様は黙ったまま俺に雨が当たらない様に傘をさしてくれる。
☆彡
俺は無言ままの聖女モニカ様に連れられてやってきたのは……なんと学園にある王族用の別宅だった。
ずぶ濡れになっている俺に風呂と服を貸してくれる。
実際に聖女モニカ様が世話をするというよりも、聖女モニカ様の侍女が俺の世話をしてくれた。
「お召し物はこちらを使いください」
「あ、ありがとうございます」
手渡されたのは真っ白いバスローブだった。
俺はそれを羽織り浴場を後にする。
「では、こちらへ」
侍女に促されて俺は付いていく。
どうしてよいか分からない俺に意見する術などない。
成すがままされるがままに侍女の施しを受け入れる。
だが、不安で一杯だった。
聖女モニカ様はこれから俺のことをどうするのだろうか?
もしかして……口封じ?
いやいやいやいや……何を目的に?
俺という存在を消すことに何のメリットがあるんだ?
それに殺すならいつでも、それこそ雨の音に混ざって簡単にできたはず。
分からない。
聖女モニカ様の考えは何だ?
恐怖と不安の中、俺は侍女に付いていく。
その侍女の後ろ姿を見ていたが、男のサガだろうか。
素敵な臀部(siri)に目が行く。
侍女は俺と同い年ぐらいだろうか?
ボブカットの黒髪にキリリと細長い目が彼女の特徴だ。
一目で誰もが美人と口をそろえて言うだろう。
流石、聖女様の侍女となるとレベルが高い。
多分だが、彼女も一般人ではないだろう。
どこぞの令嬢でそれなりの教育を受けている。
一挙手一投足の所作がとてもきれいなのだ。
一般人ではなかなかあそこまでたどり着くのは難しいだろう。
侍女がある部屋の前で立ち止まる。
「こちらでお待ちください」
こちらへと手を差し伸べてくれるドアの大きいこと大きいこと……。
本当にこれが私室ですか?というぐらい。
どこかのコンサートホールの入り口じゃないんだからって思ってしまう。
ドアの両端には門番が立っていた。
フルアーマーのプレートを着た騎士がこちらを睨みつける。
侍女にはこの部屋に入れと言われているのだが、どうにも入りにくい。
威圧的な騎士の視線と圧倒的な重厚感あるドアの前で俺は立ちすくむ。
そんな俺を見かねて侍女は再度、中へ入るように促してくれる。
「遠慮せずどうぞお入りください」
「あ、は、はい」
緊張してしまっているために声が多少上ずってしまう。
「し、失礼します」
俺は重いドアに体重を掛けて開ける。
そして、中に入ると更に驚くことになる。
一体、この部屋は何条あるのだろうか?
学園の教室とほぼ同じぐらいの広さだ。
前世の記憶でいうところの大学の講義室ぐらいの広さはある。
更に置かれている家具は光り輝いていた。
それは抽象的でも何でもなく、本当に光り輝いている。
どうやらどの家具にも宝石が散りばめられており輝いているのだ。
俺は戸惑いながらも汚れ一つない床に踏み入れる。
「サム……こっち」
そんな光り輝く家具の奥には、これまたデカい天蓋付きキングサイズのベッド。
そこに腰掛ける聖女モニカ様が俺を手招きしていた。
恐る恐る聖女モニカ様の傍へと歩み寄る。
一体、何を言われる?
何が目的?
俺を捨てた彼女は一体、何がやりたいのだ?
分からない。
「…………」
俺が近づくと聖女モニカ様は俯いてしまう。
益々、訳が分からない。
しばらく沈黙したのち、聖女モニカ様は
「サム……私、湯あみしてくれるね」
そう言い残して聖女モニカ様は私室に備え付けのシャワー室へ小走りで入っていった。
何がどうなっているのかさっぱりわからない俺は天蓋付きのキングサイズベッドに腰かける。
俺は現状に思考回路が付いていかなかった。
一体全体、どうしてこうなった?
広い部屋の隅にあるシャワー室へと視線を動かす。
そこではシャワーを使って聖女モニカ様が湯あみを行っていた。
俺はふと前世を思い出す。
あれ?これって……嫁と初めて行ったラブホのような感じだな。
あの時は緊張したな。
何せ、お互い初めてだったもんだから……ん?
もしかして、今の現状もそれなの?
…………いやいやいやいや、待て
早とちりだ。
でも、それ以外っていったいなんだ?
このシチュエーションで何が考えられる?
バスローブを着た男がシャワー室へ入った女性を待つという状況
……ウソだろ。
ゴクリと生唾を飲み込む。
シャワー室のシャワーの音が止む。
しかし、なかなか聖女モニカ様は出てこない。
どうしたというのだろうか?
俺に迎えに来いと言っているのだろうか?
俺はベッドから立ち上がりゆっくりとシャワー室へと足を運ぶ。
据え膳食わぬは男の恥!
っと、思いはするが相手は国が定めた聖女様だ。
俺が手を出してただで済むわけがない。
いや、でも聖女がOKならいいのか?
なんて変な期待もしてしまう。
だって、男の子なんだもん……まあ、それは無理があるか。
それに少なからず……愛していた女性でもある。
前世の記憶という理性が働くも身体年齢が若いのでどうにもそっちに引っ張られてしまう。
17歳という年だと美女とやれると考えただけで色々と元気になってしまうのだ。
俺はシャワー室の前へで立ち止まる。
「モカ……」
不敬は承知の上で愛称で呼ぶ。
ただ、俺は断る言葉を口に出せない。
俺は捨てられたのだ。
その事実だけは変わらない。
どんな意図があれ彼女を抱く訳にはいかない。
だが、現状、彼女の姿を見たら……たぶん……いや、絶対に流されてしまうだろう。
だからこそ、ドア越しに断りを入れようとしているのだが、思ったように喋れない。
「すぅ……はぁ……」
俺は深呼吸する。
お断りします、という言葉を告げるために口を開く。
「あの、俺は……」
決死の思いで口を開くもドアの向こうからの声で俺は躊躇する。
「……サム」
猫なでるような甘い声は艶っぽく、声を聴いただけで瞳がうるんでいる表情を容易に想像できてしまった。
長年、一緒にいたことがあだとなってしまう。
「……グッ」
断ろうにも断れなくなってしまった。
これはもうすべてを受け入れる覚悟を決めるしかない。
これから俺はどうなってしまうのか想像することもできない。
たぶん、大変なことになってしまうのだろう。
ワンナイトのあと捨てられるかもしれない。
それでも、今の現状を断る勇気が俺にはなかった。
「よし!」
俺は決死の思いでシャワー室のドアの取っ手に手を伸ばす。
しかし……
大慌てで部屋に入ってくる一人の男性がいた。
彼は俺に向かって大声で叫ぶ。
「貴様は戦場行きだ!」
「へ?」
部屋に入って来たのはアンソニー殿下だった。
かなり慌てた様子で息を切らしている。
どうして、殿下が?
あれ、もしかして、これが美人局というものか……?
☆彡
(モニカ視点)
私が聖女になってから早1か月
夏季休暇も終わりが近づいていた。
この夏季休暇はトニーと各地を巡礼していき、忙しい日々が続いている。
特に夏季休暇の最終日には予定が分単位で決められており多忙なことは目に見えていた。
凱旋パレードなんて正直、やりたくない。
早くダーリン……サムに会いたい。
今のやりたいことはそれだけで、それ以外は何も興味を持てなかった。
サムと会えなくなって1か月……このまま永遠に会えなくなってしまうのではと思う。
今頃、サムは何しているのだろう?
ちゃんとご飯食べているのかな?
すぐに食事を抜いてしまうから心配。
夢中になったら倒れるまで突っ走るから……って、本当に倒れてないよね。
ああ、なんだか余計に心配になってきた。
そんなソワソワした気持ちで迎えた夏季休暇の最終日
「聖女様、お着替えを」
「聖女様、お化粧を」
「聖女様、靴を」
「聖女様……」
目まぐるしく多くの侍女が私の世話をしてくれる。
自分で出来るのに聖女となると自分で出来ない歯がゆさがもどかしい。
まずは、凱旋パレード。
大きなフロートの上にトニーと二人で登る。
大きいなとは思っていたが、上にあがると怖いぐらいの高さ。
「大丈夫かい?」
私が不安に思っているのを見抜いたのかトニーが優しい言葉を掛けてくれる。
「ええ、大丈夫」
こうして始まった凱旋パレード。
私とトニーは勇者と聖女として、皆にお披露目することになる。
一体こんなことに何の意味があるのか私にはわからない。
理屈は分かっている。
国民の不安を解消するためのものだと……それなら代役でも立てて欲しいと思うのはわがまま?
「ほら、皆が感極まっているよモニカ」
「ええそうね」
満面の笑みで私に話しかけてくるトニー
私は凱旋パレードに来てくれた人たちへ手を振りながら答える。
ただ、彼の顔を見る気はない。
必要がないからだ。
「冷たいな、こっちを向いてくれよモニカ」
そう言ってトニーは私を抱き寄せる。
「…………」
ここで取り乱すわけにはいかない。
なんせトニーは偽とはいえ世間では婚約者なのだ。
ここで嫌だからといって突き放すことは皆をだましていることを暴露することになる。
それだけはダメ。
「トニーやめてもらえる」
私は笑顔で国民に手を振りながら答える。
「恥ずかしがらないでいいよ。見てごらん、皆が祝福してくれている。もう、いっそのこと本当に結婚するものいいね」
トニーはどさくさに紛れてあり得ないことを口走る。
「……絶対に嫌よ」
私はトニーにも聞こえるか聞こえないかの小声でトニーの発言を否定する。
ため息をつきながら再度、手を振ることに集中する。
そして、私は見てしまった。
「え?サム……?」
地上はかなりの人混みであるが、サムを見間違えるはずはなかった。
サムだ……1か月ぶりのサムの姿。
私は興奮した。
ただ、雰囲気が変わった?
姿かたちはサムの姿をしているけど……うまく言い表せない。
うーん、見たことない服ね……新しく買ったのかしら?
サムの持っている服は全て把握している。
なぜなら全て、私が用意したから。
でも、1か月もあれば服を買ったりするわよね……サムってあんなにもセンスが良かったっけ?
どうしてこんなにも不安になるの……サムに限って言えば絶対にないよね……浮気なんて……。
あの服、高級そうな服ね。
お値段はいくらなのかしら?
私はサムのことを見つけると彼のことが気になって仕方なかった。
「モニカ、笑顔になろう」
「あ、ごめんなさい」
どうやらかなり真剣に見つめてしまったせいで少しこわばった表情になっていたみたい。
気を付けないと、聖女としての仕事を全うして少しでも早くサムのところに帰らないと。
それにしてもサムの隣の女性は……ロゼッタ公爵令嬢?
どうして、サムと仲良くしているのかしら?
あれ、二人して笑ってる?
そんな二人の笑顔に私はゾクッとするような、背筋が凍る寒気が走る。
な、何かしら。
胸が締め付けられるように苦しくなってくる。
でも、笑顔は絶やすまいと笑顔を作る。
「モニカ、顔が引きつっているよ」
「そ、そ、そうね、気を付ける」
ただ、私の予想は的中する。
先ほどの寒気の正体が……。
なんとロゼッタ公爵令嬢がサムの腕にしがみついたのだ。
「なっ!」
思わず声が出てしまう。
「どうしたんだい、モニカ?」
「い、い、いえ、何でもないわ、オホホ」
「……?変なモニカだな」
トニーは気が付いていない。
自分の婚約者が他の男性と一緒に腕を組んで歩いていることに……。
私はあまりに不釣り合いなカップルに仰天してしまった。
サムは騎士爵の息子……本来なら公爵令嬢と一緒にいるような身分ではない。
一体、何がどうなっているの?
も、も、もしかして、この1か月の間で仲良くなったの?
私がいない間に……これはもう、浮気ね。浮気をしてるのね、サム……。
でも、大丈夫よ……まだ、大丈夫。
まだ、挽回できる。
前のようなことには絶対にならない様にする。
愛する人と離れて暮らすなんて不幸そのもの。
私はようやくわかったのよ。
この婚約ものちの暮らしのためと思っていたけど……これ以上は取り返しがつかなくなりそうね。
彼を引き留めないと。
そのためには、純潔を捧げる……もう、これしかないよね。
でも…………
私は笑顔で手を振るトニーを見る。
「ん?どうしたんだい?」
この人は絶対に許さないだろう。
なぜなら、国家や教会の信頼を一身に受けて頑張っているからだ。
少しでも不安要素は排除するように動くだろう。
それでも、私にとっての不安要素も取り除かなければいけない。
ただ、問題はチャンスがあるかどうかよね。
お願いします神様……どうか私にチャンスをお与えください!
☆彡
私のお願いを神様が聴いてくれているかどうかは分からないが、チャンスがすぐにやって来た。
現在、自宅に戻るために自動車に乗っている。
ただ、同乗しているのはアンソニー殿下ではなく
伯爵令嬢にして私の侍女をしてくれているザラシア=ノーブル、ザラと一緒に乗っていた。
「雨がふりそうね」
「そうですね」
私が天気の話を振るもザラは微動だにせず背筋を伸ばした状態で答える。
無愛想なのだが、とても美しい姿勢を見て私も見習い背筋を伸ばす。
それは本当にふとした瞬間だった。
これが聖女の力なのかどうかわからない。
どちらかというと女の感だと思う。
(近くにサムがいる!)
私は見えもしないサムを感じ取る。
「お願い、止めて」
運転手は急に止めて欲しいという私のお願いに戸惑いながらもブレーキを踏み自動車を止める。
「聖女様、どちらへ?」
「ごめんなさい、私、行かないと」
「?」
ザラは私の言っている意味が分かっていない。
私もザラにどう説明すればいいのか分からない。
「傘借りるね」
「あ、聖女様、待ってください」
ザラの制止を振り切り自動車から飛び出す。
そして、サムのいる場所へと向かう。
私にはサムのいる場所がはっきりと分かった。
その場所がなぜわかるのか分からないがとても胸騒ぎがする方向へ足を向ける。
私は居ても立っても居られない状態で走ってその場所へ向かう。
そうして、到着した場所には傷だらけのサムがいた。
「冷たい」
ボロ雑巾のようになったサムが呟いている。
本物のサムだ。
ずっと会いたかった……やっと会えた。
目の前にサムがいることに口の中が乾いてしまう。
ただ、凱旋パレード時のロゼッタ公爵令嬢とのツーショットが脳裏を過る。
それと同時に私の心臓がドクンと大きく鳴る。
二人の関係がどうなっているのか聞きたかった。
でも……聞くのが怖かった。
まるで自分が否定されてしまうかのように思えて仕方なかった。
今のサムの中に私がいるのか不安で仕方ない。
「あれ……?」
私はサムが雨に濡れないように自分の傘を差しだす。
正面に向かう勇気が出ずに後ろからという形になってしまう。
サムはその後、振り向き私の顔を見る。
とても驚いた表情をしている。
ああ、よかった……いつものサムだ。
「……サム」
私はあまりの嬉しさに涙が出そうになった。
サムと離れるのは今後のためと言っても辛いものだ。
だけど、彼と一緒になることを拒絶する大きな力があるのも事実。
それを乗り越えるためにもトニーとの婚約は必要不可欠だった。
今すぐにでも抱きつきたい。
そして、抱きしめて欲しい。
「モ……」
サムに「モカ」って呼んでもらえる。
たったそれだけなのにこんなにも心躍るものなのね。
ただ、私の期待はすぐに裏切られてしまう。
「聖女モニカ……様?」
その他人行儀な呼び方に私はサムに突き放されたような気分になる。
「……」
お願いそんな他人行儀はやめて。
私はすぐにでもなんとかしなくてはいけないと思い、サムの手を引き自動車に乗せる。
「聖女様、その方は……どちら様ですか?」
運転手とザラはサムを見て驚く。
ボロ雑巾のようにボロボロの姿でずぶ濡れになっている男性を連れてきたからだ。
当たり前といえば当たり前だ。
「お願い、何も言わずに彼を私の部屋に連れて行って欲しいの」
「しかし」
運転手は私の言葉に戸惑っているのは理解している。
それでも私は強引に彼を自室へ連れて行って欲しいと懇願した。
すると、先ほどまで目を閉じて何か考えていたザラが口を開く。
「わかりました」
「ホント!ありがとう、ザラ!」
ザラが折れてくれた事でサムを自室へと連れ込むことに成功。
「しかし、そのまま聖女様の部屋へお連れすることは出来ません」
「どうして?」
「流石にこの汚れた姿のままというわけには……汚れを落として着替えてもらいます」
「うん、それはいいわ。自室のシャワー室を使ってもらうわ」
「いえ、それはなりません」
「どうして?」
「ですから、この汚れた姿で一歩たりとも聖女様の部屋に入ることは許しません。別の浴場にて体を清めてもらいます」
「……うーん、分かったわ」
ここはとりあえず、ザラの言うとおりにしましょう。
さあ、ここからよ。
私は今日、サムと結ばれる……サムの女にしてもらうことを決心し帰路に就いた。
☆彡
聖女モニカ様の私室から一変して俺は埃っぽい場所で仕事をしていた。
今日は勇者として出陣する王子様の初戦場となるフォーライト平原へ来ていた。
「本日はよく集まってくれた」
アンソニー殿下が兵士たちの前で指揮をするための演説を行う。
「このアンソニーは勇者としてこの戦場の指揮を執る」
勇者軍は総勢50名
アンソニー殿下と聖女モニカを筆頭にマギネスギヤ、歩兵、後方支援の3つの部隊で構成されている。
「数としてはこちらがかなり劣っている……だが、優秀な諸君ならばこの戦況を乗り越えられると信じている。」
兵士たちは皆、やる気になっているのは確かだ。だが……
これから始まるのは命のやり取りだ。
「誰一人欠けることなく戦闘が終わることを勝利の条件とする」
そのため、かなり緊張した面持ちでアンソニー殿下の演説を聞いていた。
「更に、この戦場でカギとなる聖女モニカを紹介しよう」
アンソニー殿下がモニカの紹介を行うとモニカがゆっくりと壇上へ上がる。
登場と同時に風が吹くとボリュームのある銀髪が光り輝く。
「「なっ」」
聖女モニカの神秘的な姿に兵士たちは声を漏らす。
ただ、この時のモニカの姿は正直、俺は誰にも見せたくないと思ってしまった。
際どいラインのレオタードの上に素材がレースのドレスで服が肌の露出を抑えるという機能が仕事をしてないからだ。
兵士たちは別の意味で興奮している。
「「「ゴクリ」」」
そして、視線が集まっているのは聖女モニカも分かっておりそれに応えるべく小さく手を振った。
「「「「うおおおおおおおおおおおおお」」」」
それに反応する男どもは雄たけびを上げる。
ついでに全員、鼻の下が伸びているのだが……まあ、仕方ないか。
モニカはアンソニー殿下の隣に立つとアンソニー殿下はモニカを抱き寄せ剣を掲げる。
それを合図に兵士たちが一斉に槍などの武器を地面に叩きつけて音を鳴らす。
ガシャン!ガシャン!
リズム良くなる音に気合が入る兵士たち。
若干名、鼻血を出しているが……大丈夫か?
「更にもう一人紹介したい。この戦場に駆けつけてくれてたポルトン=ウブリアーコ騎士爵だ」
アンソニー殿下に紹介された人物はかなりの恰幅の良い男性で普通なら「戦えるの?」って心配になりそうだが、彼はマギネスギヤ部隊のリーダーでもある。
そして、彼の功績は輝かしいもので付いた二つ名が……
「すごい、グランドナイトだ」
「あれが……本物か」
「迫力があるな」
そう、ポルトンはソロで難易度SSSを3層まで踏破したことが認められ王国からグランドナイトの称号を与えられ、学園の生徒ながらに騎士爵を賜る実力者だ。
って、いうか俺が出ていくとき3層から雑魚が道をふさいでいたので掃除した結果だろうが……。
「この俺がいるからには安心してくれ、この俺が剣となり盾となり皆を勝利に導こう!」
ポルトンは兵士の前に立ち皆を奮い立たせていた。
と、メイン会場では大盛り上がりであるが俺はというと会場から少し離れた場所にいた。
メイン会場の内容は遠隔操作された小型ドローンから送られてきた映像を見ている。
ただ、俺も一応、兵士として参加しているためパリッとした真新しい軍服に袖を通して働いていた。
一体、どうしてこうなった?
まあ、答えは簡単だった。
ようは俺を戦場に向かわせるための演技に俺はまんまと引っかかったということだ。
聖女モニカ様も男を手玉に取るのが上手くなったものだ。
「はぁ……なんだかなぁ」
まあ、それに釣られた俺はまだまだだと反省をする。
それと同時に聖女モニカ様はもう俺の知っているモカとは全く別人になっているという事実に俺は落ち込む。
昔はあんなにも仲良かったのにもう無理なのだろう。
まあ、今は生きて帰ることを目標にしますか。
幸いにも俺の軍服の腕章に紋様などは入っていない。
このことから後方支援兵であることを意味する。
そして、なんと俺自身が配属しているのはマギネスギヤ部隊だ。
これからやる作業はマギネスギヤのメンテナンスだ。
「おい、早くポルトン様のマギネスギヤを掃除するんだ」
デッキブラシをもってポルトンが乗るマギネスギヤをメンテナンスしていた。
「了解です」
そのメンテナンスと言えば聞こえはいいが……ただの掃除だ。
「マスター、報告があります」
俺にウィンドウ画面にて話しかけたのは白くて丸っこいブリキのおもちゃ。
それにしても白桃から話があるのか?
なんだろうか?
「エンシェントドラゴンがこちらに来ています」
「は?」
これまた、伝説級のドラゴンが来ているな。
今日はレッドドラゴンハントの予定だが……これ無理ゲーじゃない?
なんでもドラゴンの肝が必要な人がいるらしくそのために勇者に出動要請が出たとか。
ただ、エンシェントドラゴンって、王子様もついてないな。
伝説のドラゴンなんて国が亡ぶレベルだぞ。
「位置の特定はできているのか?」
「偵察用のドローンを向かわせています」
「俺のマギネスギヤの準備も頼んだぞ」
俺たちが敵の情報と戦略を話し合っていると偉ぶった声が近づいてくる。
「おい、独り言なら仕事が終わってからにしろ」
ちなみに白桃の写ったウインドウ画面を第三者が見ることが出来ないため独り言を言っているように思ったのだろう。
そして、嫌悪感がする声の主は案の定、俺の大嫌いなポルトンだった。
俺に近づいて、わざわざふんぞり返って立っていた。
☆彡
俺たちが敵の情報と戦略を話し合っていると偉ぶった声が近づいてくる。
「おい、独り言なら仕事が終わってからにしろ」
ちなみに白桃の写ったウインドウ画面を第三者が見ることが出来ないため独り言を言っているように思ったのだろう。
そして、嫌悪感がする声の主は案の定、俺の大嫌いなポルトンだった。
俺に近づいて、わざわざふんぞり返って立っていた。
「あ、あの……サム」
その嫌な奴とほぼ同時に現れたのは聖女モニカ様だった。
しかし、先ほどの露出の高いドレスの上に地味な色のトレンチコートを着ており、髪を上げ月桂樹で作られた冠、月桂冠を頭にのせている。
ただ、派手過ぎず地味すぎずで少しばかり大人っぽく見える聖女モニカ様に変身していた。
元気いっぱいのモカの姿ばかりを見てきた俺としては別人のように思えてしまう。
「これは聖女モニカ様、出陣前の励まし痛み入ります」
ポルトンは兵士としてモニカに頭を下げる。
「おい、サミュエル、貴様は土下座だ。俺がいいというまで顔を上げるな」
「あぁ?」
「生意気な奴だな」
反抗的な態度を取る俺にポルトンは俺の頭を掴み地面に叩きつける。
「グッ」
ポルトンはそのまま俺を押さえつけて俺の額を地面にこすりつける。
「聖女様の前で無礼を働くな」
「え……あ、あの……その……」
俺の姿にモニカはどういう表情をしているのだろうか?
まあ、既に俺のことを見下して入るだろうが、聖女として下手なことは言えないのだろう。
言葉が見つからずに口ごもっている。
にして、なんとも情けない姿であるが致し方ないことなのだ。
今のポルトンに逆らうということは死を意味する。
たぶん、他の兵士達は許してくれないだろう。
素直にポルトンに従うしかない。
それがもし、死ねという要求であってもだ……まあ、本当にそんな命令されたら逃げ出すけどね!
「わたし、精一杯歌いますので……頑張って下さい」
「ありがたき幸せ。このポルトンは聖女モニカ様のために粉骨砕身の思いで戦わせていただきます」
聖女モニカに美辞麗句を並べ立てるポルトン。
ただ、俺はその隣で額を地面にこすりつけているだけだった。
「おい、貴様も感謝しろ」
理不尽にも俺はポルトンに蹴り飛ばされる。
そして、無様に転がっていく。
「クッ」
我慢だ……我慢しろ、俺!
土下座をしてモニカに感謝を述べる。
「聖女モニカ様、ありがたき言葉頂戴致しました」
「…………はい、頑張ってください」
それにしてもなんぜこいつら俺のところに来たんだ?
頼むから俺の邪魔するなよ……全滅しそうなんだから。
「すみません、時間を取らせてしまい申し訳ありません。騎士ポルトン」
俺との対応とは打って変わってしっかりとした口調でポルトンとは話をする聖女モニカ様に少しばかりモヤモヤする。
「とんでもございません。出陣前の激励、しかと承りました」
ポルトンはモニカの前では巨大な体をしっかりと固定して紳士にふるまう。
流石は腐っても貴族の息子、礼儀作法は出来ているなっと感心する。
ポルトンの挨拶を聞いてお辞儀をして聖女モニカは踵をひるがえしてアンソニー殿下の元へと帰っていく。
聖女様がいなくなるとすぐに俺の背中に足をのせるポルトン。
「準備は出来ているな?」
「はい、ポルトン様」
俺は頭を上げることなくそのままの体勢で返事をする。
ポルトンは俺の返事が気に入らないのか3度踏みしめて唾を吐く。
「ふん、お前みたいなのをドラゴンの餌にしないだけでもありがたく思うんだな」
反抗することなく俺はポルトンに感謝した。
「ありがとうございます」
ポルトンはマギネスギヤに乗り込む。
ただ、マギネスギヤのコックピット入り口とポルトンの腹回りが同じサイズなので乗り込むというよりも押し込むというほうが正解だ。
あーさっき綺麗に磨いたのに絶対に入り口に腹が擦れたキズが付いてるよな……また後で磨こうかな。
それよりも……だ。俺は……
「あーぶん殴りてえ」
「ダメですよマスター」
「簡易戦闘プログラム実行しなきゃいいんだろ?」
「それではあのブヨブヨにあまりダメージが通りませんよ」
「あのブヨブヨにそんな防御力が!」
「あれだけあればありますね」
「マジかよ」
どうやらポルトンは巨体を生かした防御力を保有している事実に驚いた。
ただの肉団子ではないということか!
「まあ、マギネスギヤの操作に支障が出る体系ですが」
「だよな、この間も一人で降りれないで結局降ろしてもらっていたよな」
ちょっと白桃の機嫌が悪いことに気が付いた。
まさか、俺のために怒ってくれているのか?
AIの癖にいい奴だな……いいAIか。
「ありがとうな、白桃」
「ん?何がですか、マスター?」
「いや、俺の仕打ちに対して怒っているんだろ」
「え?なぜですか?」
「は?いや、機嫌が悪そうだからてっきり」
「あのブヨブヨは犬の糞を踏んだ靴でマギネスギヤに乗ったんです。あれは私も整備を手伝ったので愛着があります。そのような汚い靴のまま乗り込むなんて言語道断です!」
なんだよ、俺が踏まれたり蹴られたりしたから怒ってくれているものだと……あれ?ちょっと待って……ポルトンの足の裏に犬の糞?
「なあ、白桃」
「なんですか、マスター」
「もしかしてだけど、俺の背中……」
「……エンガチョ」
「テメェ!」
俺はすぐさま来ている上着を脱ぎ棄てる!
「……はぁ、この軍服、カッコいいからお気に入りなのに……」
予備の軍服を申請してもいいものだろうかと考えながら俺は戦場の様子を少し離れた場所から伺うことにした。
☆彡
俺は何とか無事に戦場から帰ってくることが出来た。
それにしても疲れた。
ってか、あのドラゴン……様子がおかしかったな。
まあ、いいか。
なんか、ドラゴンの肝?は手に入ってポルトンもドラゴンスレイヤーの称号を得る。
アンソニー殿下は勇者として箔が付いた。
聖女モニカ様も無事に帰ってこれた。
まあ、全くの犠牲がなかったわけではない。
戦死者がいたのも確かだ。
ただ、かなりの大物だったために報酬はかなり多く、下っ端の俺ですら学費一年分が払えるぐらいもらえた。
戦闘が終わって凱旋、そしてその夜の祝賀会の豪華なこと……まあ、俺は金がないのでそこでウェイターとしてバイトしたけど。
残り物が美味かった!
めでたしめでたし……というわけにはいかない。
俺にはまだ、肝心なことが残っている。
昨晩までは祝賀会の会場の手伝いと称して会場で寝泊まりさせてもらっていた。
学園の寮の玄関から真っ先に向かった部屋。
そう、マイスイートルーム……ってか自室。
前回は開けるととんでもないアートが飛び出して来たんだよな。
それを回収してくれたと聞いているが……はたして、真実はいかに!
俺は恐る恐るドアノブを握る。
「すぅ……はぁ」
緊張した面持ちでドアを開け中を見ると、なんと綺麗になっていた。
「……よかったぁ」
安堵とともに独り言をつぶやいてしまう。
一歩部屋の中へ入り、ドアを閉める。
部屋を見回して家具の位置やどのようになっているかを探っていると……なぜか、メイド服を着た女性がいた。
あ、あれ?
おかしいな?
メイド服を着た女性がいる?
もしかして、この寮の各部屋に配置されるようになった?
いやいや、それだと料金がめっちゃ上がるのでは?
どうしよう、折角、ドラゴン退治でもらった給料で一年分の学費を払ったばかりだぞ!
追加料金なんて……無理だ!
そんなことを考えながら頭を抱えていると、背の高い金髪切れ目のメイドさんが俺に向かって頭を下げる。
「あ、おかえりなさいませ」
「へ?あ……ただいま」
深々とお辞儀してくれるメイドに反射的に頭を下げる俺。
頭を上げたメイドさんは部屋を勝手に使っていることに対する謝罪を述べる。
「申し訳ございません。お嬢様のわがままでこちらのお部屋を使わせてもらっています」
お嬢様のわがまま?
おいおい、他人の部屋に入り込むとは一体、何処のお嬢様……だ?
俺はベッドに視線を送る。
すると、そこには横たわり眠っている女性がいた。
こいつがわがまま令嬢だなっと思ってよく見てみると……意外なことになんと……悪役令嬢だった。
訳が分からないのでとりあえずメイドさんに聞いてみる。
「えっと、どうして俺の部屋に?」
「すみません。私にもわからないのです。実はお嬢様は体調不良で横になっていたのですが起き上がるなり急にあなた様に用があると言ってこちらを訪れたのですが……」
「で?なんで寝ているの?」
「待ちくたびれたみたいでして」
「どのくらい待っていたのですか?」
「15分ぐらいでしょうか」
15分って……
こいつはお子様か?
「お嬢様、お嬢様」
メイドさんがローズをゆすって起こす。
しかし、ローズは起きる気配がない。
「困りましたね」
「……くぅ」
全く起きる気配のないローズは本当に気持ちよさそうに眠っている。
ただ、流石に俺も今日は疲れているので帰ってもらいたのだが……。
一応、二人部屋を一人部屋に変更してくれたおかげでソファがある。
俺はベッドを占領されているのでソファに腰を下ろす。
「よっこいしょ」
「うふふ、おじいさんみたいですね」
メイドさんが俺に笑いかけてくる。
「いやー疲れているんですよ」
「そうなんです。お疲れのところ申し訳ありません」
またしても頭を下げるメイドさん。
「いや、別にいいですよ……気にして……ません」
あ、やばいな。睡魔が襲ってくる。
このままでは眠てしまうと分かっていながら俺は睡魔に勝つことは出来なかった。
「おやすみなさいませ」
ああ、メイドさんが俺に毛布を掛けてくれている。
申し訳ないと思いながらも睡魔に抗えずそのまま眠りに落ちるのだった。
翌朝
俺はどうやらそのまま、ソファで眠ってしまったようだ。
目が覚めると何故か左腕がしびれている。
「ちょっと、何しているのよ!」
ヒステリックな女性の声がするので目を開けると、目の前には悪役令嬢のローズが体の前で腕を組み仁王立ちしていた。
「あ、おはよう」
「おはようじゃない、これはどういうこと!」
どうしたんだ?朝からご機嫌斜めだな。
寝ぼけた頭ではどうにもローズの言っていることが理解できない。
一体全体、何を怒っているんだ?
ずれ落ちた姿勢を直そうとしたときに左腕のしびれの正体がわかる。
「え……?メイドさん?」
なんとソファの横で俺の左腕を枕にメイドさんが寝ていたのだ。
「アンネリーゼ、起きなさい!」
このメイドさんはどうやら、アンネリーゼという名前らしい。
って、そんなことよりも何故、ここで寝てるの?
「あ、おはようございます、お嬢様」
「あ、あんたも呑気におはようじゃない。どうなっているのよ?」
「え?ああ、昨日はなかなか起きないお嬢様を待っていたら私も眠くなったので寝たのですが」
「どうしてサムの腕枕で寝ているのよ」
「気持ちよさそうでしたので」
次第に顔が真っ赤なトマトのようになるローズ。
その直後、彼女が地団太を踏みながら雄たけびを上げる。
「もう!サムもアンネリーゼも二人とも離れてぇぇぇ」
☆彡
ローズ、アンネリーゼさん、俺の三人が同じ部屋で一晩過ごすという素敵なハプニングが起こった。
その後、怒り散らすローズをなだめるアンネリーゼさん。
アンネリーゼさんは俺たちより少し年上という感じだった。
「どうどう」
「猛獣じゃない!」
「なら、落ち着いてください」
「だって!」
「どうどう」
「だから、違うって言ってるわよね?」
「まあ、今日は用事がありますので帰りましょう」
「それが嫌なのよ」
「ダメですよ、それはそれ、これはこれです」
「むぅ」
年長者のアンネリーゼさんはローズを簡単になだめて連れて帰っていく。
流石アンネリーゼさんって感じかな……まあ、年の功かな?
ローズはなだめられたと言っても少し不満がある顔をしながら部屋を出ていく。
「失礼しました」
アンネリーゼさんはドアを閉める前に一礼をして俺に頭を下げる。
「あ、そうだ。サムさん」
「はい」
「今度はお屋敷へいらして下さい」
「え?俺なんか行ってものですか?」
「はい、私の名前を出してもらえば大丈夫です。私はアンネリーゼ=フレミング と申します。以後、お見知りおきを」
アンネリーゼさんは再度、頭を下げてからドアを閉める。
アンネリーゼさん……綺麗な人だったなぁ。
でも、どこかで聞いたことがある名前だな。
どこだっけ?
その後、いくら考えても思い出せないので、俺は諦めて普通に学園に登校する。
学園に登校するとまたしても自動車が校門前に停車する。
はいはい、また王子様が黄色い声援を受けるのね。
よかったよかった。
俺は我関せずとスタスタと校舎へ向かって歩いていく。
どうせ、聖女モニカ様も乗っているんですね。
なるべく顔を合わせたくないのでスタスタと歩く。
「おい(ヒソヒソ)」
「ああ(ヒソヒソ)」
ん?なにやら様子がおかしい。
皆、校門へ視線を向けて話をしているのだが、黄色い声なども一切ない。
アンソニー殿下が下りれば必ずと言っていいほど女性たちが騒ぐのに女性達も驚いた表情で校門へ視線を向ける。
俺はあまりにも気になったので振り返り校門に止まっている自動車へ視線だけを動かした。
「なっ……!」
あまりの驚きにうめき声のような声が出る。
自動車から降りようとしているのは、あのドラゴンスレイヤーのポルトンだった。
あまりの体の大きさに少々使っているので運転手に引っ張り出してもらっている。
ただ、俺が驚いたのはその後だった。
ポルトンの後から降りてきたのはまさに真っ赤なバラと言ってもいいぐらい美しく着飾ったローズだった。
「ポルトン様、私は体調不良のためこのまま失礼させていただきます」
「ええ、構いませんよ、マイハニー」
「……では、失礼します」
ローズはポルトンに一礼をし再度、車に乗り込みそのまま帰っていく。
俺があっけに取られているとポルトンがズカズカと巨漢を揺らしながら俺に近づく。
それと同時に取り巻き達もポルトンの後ろに集結する。
そして、ポルトンは俺の正面で止まり指をさして宣言する。
「おい、キサマ」
「なんですか?」
「忠告しておく。俺とロゼッタ公爵令嬢は昨晩、婚約を正式に行った」
「へぇ」
俺は正直、かなり驚いた。
ただ、あまりに驚くとポルトンの思うつぼのような気がして平静を装う。
「いいか、今後、俺のハニーに近づくな、少しでも近づいてみろ……このドラゴンスレイヤーが黙っていないと思え」
「あ、そうですね」
こいつはあの状態で自分がドラゴンスレイヤーであることに一切の疑問を抱かないなんて……こいつはある意味で大物だな。
俺は淡々と回答していたが、取り巻きはどうも俺のことが気に入らないようだ。
「真剣に聞いているのか?」
「ええ、まあ」
「ポルトン様はあのドラゴンを倒したすごい人なんだぞ」
「すごいですね」
取り巻きAとBはかなり興奮している様子。
その後も、ポルトン様とやらすごさを語りだそうしたのだが、ポルトン本人に止められる。
「おい、もう行くぞ」
「あ、待ってください。ポルトン様」
「おいていかないでください」
俺の横を通って歩き始めるポルトン。
だが、何か言い忘れたのか振り向き再度、指をさして宣言する。
「貴様はこの学園ではゴミ以下だ。そのことは忘れるなよ」
その後、俺に宣言をしたポルトンはスッキリした顔で校舎へと歩いていく。
取り巻き達も俺に指をさして、何か言うのかと思ったら……指をさすだけだった。
何がしたいんだ?
ああ、ポルトンの真似がしたかったのか?
可愛いな。
それにしても、ローズのやつ……何かあったと思ったが婚約か……しかも、相手はポルトン。
何とかしてやりたいが、何もできないだろうな。
まあ、話ぐらいは聞いてやってもいいか。
授業が終わったらローズの元へ行こうと思った。
しかし、俺の教室前で何故か聖女モニカ様が俺を探しているのだ。
まさか、また戦場へ行かされるのか?
今度はどこへ飛ばす気だ?
……………………よし、今日は休もう。
そうだ、授業よりもローズが心配なのだ。
うん、そうしよう。
こうして俺は本日の授業をさぼることにした。
☆彡
「ここかぁ」
俺は巨大な門の前に立っていた。
「なあ、白桃」
「なんですか、マスター」
「制服で来てもよかったのかな?」
「さぁ、制服で公爵家へ行ってはダメというデータは存在しませんね」
「まあ、そうだよね」
「怖気づいているんですか、マスター?」
「当たり前だろ………こんな場所に来る必要性がある人が少ないぞ」
「おや、人が来ました」
「頼む白桃……傍にいて!」
「モニタリングはしておきますので」
「いざとなったら助けてね」
「……はい」
「おい、その間はなんだ?」
「冗談です」
俺に何かあったときに頼れるのは白桃のみ。
頼むぜ、相棒。
「ご用件は?」
鉄格子の大きな門の向こう側から声を掛けられる。
男性は白い口髭を蓄えており、ゆっくりと話をしてくるのだが……眼光が怖い。
今しがた声を掛けてくれたのが多分、この屋敷の執事かな?
そして、その後ろに屈強のSPが控えている。
って、あれ?
「あ、あの時の!」
あちゃーあの時、殴ってKOしてしまった……たしか、って名前なんだっけ?
「ゼリロスさん、お知り合いで」
「あ、はい。えっと」
あ、そうそう。ゼロリスって言われていたな。
何やら執事さんと話をしているな。
話が終わったのか執事は俺に体を向き直す
「どのようなご用件で?」
「えっと、ロー……ロゼッタ令嬢のお見舞いに来たのですが」
「お見舞いの品は?」
「お見舞いの品……いや、その様子を見に来たというか」
「ふぅ、手ぶらで来たのですか?こともあろうに公爵令嬢に会うというのに」
「あ、アハハ、アハハハハハハ」
俺は友達のお見舞いに来たって感覚で来てしまったことを後悔する。
まあ、いくらなんでも見舞いの品ぐらい持ってくるべきだったな。
出直すか。
「ほら、来なさい」
「え?」
「流石に手ぶらでお嬢様に会わせるわけには行きません」
「それって……」
「あ、代金は頂きますよ」
いくらになるんだ?
それ、お高いんですよね?
「あ、あの、えっと」
「大丈夫、簡単なモノですので」
「よ、よかった。はい、ではよろしくお願いします」
こうして俺は公爵家の中へ入ることになった。
その後、執事の人に付いていき焼き菓子を貰いそれをもってローズの部屋へと案内される。
で、簡単なモノって言っていたけど、これ……一か月分の食費なんですが……トホホ。
その後の案内はアンネリーゼさんが担当してくれた。
いや、それにしても公爵家のお屋敷って広いね……迷子になりそう。
「あの、アンネリーゼさん」
「何ですか、サミュエルさん」
「えっと、その、ローズ、ロゼッタ令嬢の婚約なのですが」
「ごめんなさい、私は使用人ですのでお答えできないことも多くございます」
「あ、はい……左様でございますか」
「こちらがお嬢様のお部屋になります」
大きな両開きのドアを開けてくれるアンネリーゼさん
そして中には寝間着姿のローズがいた。
「あ、アンネリーゼ……ってサム?なんでここに?」
「いや、体調不良と聞いてお見舞いに来たんだが」
「ちょっと、待って、いや、出て行って」
「ええ!」
「いや、その、準備があるのよ、だから出て行って」
かなり慌てているローズ。
寝間着姿を見られるのがそんなにも恥ずかしいものなのか?
フリルが沢山ついた寝間着は可愛いと思うけど。
「サミュエルさま、少しばかり部屋の外でお待ちいただけますでしょうか」
アンネリーゼさんも外で待つように言われる。
俺はローズの準備が出来るまで部屋の外で待つこととなる。
しばらく待っていると両開きのドアの片側が少しだけ開く。
そして、顔だけを出したローズが現れる。
「もう、いいわよ」
「ああ、わかった」
俺は扉を開き中へと入っていく。
そこには漆黒のパーティ用のドレスを着たローズがいた。
なんでそんなに気合入れているの?
「なあ、これから夜会でもあるのか?」
「ないわよ、というか、着替えがこれしかなかったの」
ふむ、これは体のラインがとても強調されたドレスだ。
そんなドレスを着たローズは……あれ?パットかな?
そこそこのボンキュッボンになっているな。
というか、腰は細いし手足は長い。
本当にこいつスタイルいいよな。
こういうボディラインが出る服を完全に着こなしているよ
「ねえ、その、ジロジロ見るのやめてもらえる」
「あ、すまない。似合っていると思うぞ」
「………バカ」
「それよりも寝ていなくていいのか?」
「別にいいのよ」
どういうことだ?
もしかして、こいつ仮病か?
「ほう、元気なのか?」
「そうね、元気よ」
「……仮病か」
「……うっさいわね」
白状しやがったな……折角、食費一か月分の焼き菓子を持ってきたというのに!
「じゃあ、これ喰うか?」
「あら、これは高級店の焼き菓子……奮発したのね」
「ああ、色々あってな」
「そっか……心配……してくれたんだ」
どうやらローズはこの焼き菓子が好きなのだろう。
嬉しそうに俺の手渡す焼き菓子を受け取り口に入れる。
「うん、おいしい!」
「おう、そうか、よかったよ」
まあ、あの値段で美味しくないなんて言われたら……最悪だ。
「そうだ、また街へ行ってデートしない?」
「そうだな、また行くか?」
ただ、部屋の隅で俺たちの会話を聞いていたアンネリーゼさんは強い口調で拒否する。
「ダメです!」
俺はアンネリーゼさんの声に驚く。
だが、ローズも驚いているみたいだ。
「アンネリーゼ?」
「お嬢様、もう少しご自身を大切にしてください」
「……わかったわ」
なるほど、本当に体調が悪いみたいだな。
今もただの空元気ということか。
渋々とベッドに腰を掛けるローズ。
あー、なんか空気が重い……ここは話題を変えたほうがいいかな?
「なあ、ミックって弟だっけ?今、何しているの?会ってみたいな」
俺の質問にローズもアンネリーゼさんも顔色を変える。
あ、あれ?
「「………………………………」」
黙り込む二人。
俺、何か聞いちゃいけないこと聞きました?
……誰か、教えて!
☆彡
俺の質問に黙り込む二人。
ローズもアンネリーゼさんも何も喋らない。
そんな二人の重い空気に俺も喋ることが出来なかった。
「ねえ、聞いてもいい?」
「なんだ?」
沈黙を破ったのはローズだった。
しかし、アンネリーゼさんはローズを止めに入る。
すかさずローズに近寄り肩を抱く。
「お嬢様、行けません」
ローズは静かにアンネリーゼさんを振り払う。
「ごめん、アンネリーゼ。もう決めたの」
「…………わかりました」
主従関係としてはローズが上。
素直にローズの言葉を聞き一歩下がるアンネリーゼさん。
「ねえ、ミックに会ってもらえるかな?」
「え?ああ、もちろん!ぜひとも、会ってみたいよ」
「ただし」
「ただし?」
真剣な顔で何やら条件を付きつけようとするローズ。
俺はゴクリと生唾を飲み込む。
「私のお願いを一つ聞いてね」
真剣な表情から一転、急に笑顔になり上目遣いでお願いをしてくるローズ。
「どんなことだ?」
「大丈夫、貴方なら絶対に出来る事よ」
俺は相手のペースに飲まれない様にシリアスな雰囲気を崩さずにいる。
だが、相手は完全に砕けた感じになっており、なんだかほっとしている自分がいた。
「わかったよ」
「よし、それじゃあ、行きましょう。アンネリーゼも」
アンネリーゼさんも誘うローズ。
だが、俺が見る限りアンネリーゼさんは硬い表情で対応をしてくる。
「かしこまりました」
手を前で組み頭をゆっくりと下げるアンネリーゼさん。
その姿はメイドとしてとても美しい一礼のはずだが、俺にはなんだか辛そうに思えた。
何がどうという説明はできない。
なんとなくという感覚の話だ。
俺たちはアンネリーゼさんについていく。
どうやらミックは離れにいるらしく、大きな庭を通るのだが、流石公爵家のお庭。
かなり手入れが行き届いており、きれいに整ったガーデニングを堪能することが出来た。
「こちらにミック様がおられます」
到着したのは小さな小屋だった。
蔦の植物で覆われた小さな小屋。
何でまたこんなところにいるんだ?
「えっとね、私のお願いをこの中で聞いてほしいの」
「え、この中で?」
「うん」
ローズはとても可愛い声で答える。
どうしたっていうんだ?
ローズのキャラとしてはもっとクールに「ええ、頼むわよ」って髪をふさぁっとかき上げる感じなのに。
「それじゃあ、行ってくるねアンネリーゼ」
「はい、お嬢様」
アンネリーゼさんは美しい一礼にてローズに頭を下げる。
だけど、その表情は先ほどよりももっと辛そうだった。
流石にこれは鈍感な俺でも分かった。
中に何かある……これだけは言える。
ガチャっとドアノブを回して中に入る二人。
中はかなり薄暗く部屋の奥が見えないほどだ。
「ミック、おねえちゃんだよ」
「……ねえね?」
「うん、ねえね」
暗い部屋の奥には大きなベッドがあるのが分かった。
そこに話しかけるローズ。
返ってくる返事は拙い幼児言葉。
俺とローズは暗い部屋の奥へと足を運ぶ。
そして、実物のミックに出会うことが出来た。
「なっ!」
俺は声を上げて驚いてしまう。
「……ん?」
上半身だけ起き上がりこちらを向く小さな命。
しかし、それはあまりにも痛々しい姿をしていた。
かなり痩せこけており、年齢は2歳と1か月……の割にはかなり小さい。
「ねえね、ねえね……だっこ」
抱っこをおねだりするその声も枯れており幼児が出す声ではなかった。
唇もかなりの乾燥をしておりまるで老人のような唇だ。
「うん、抱っこ。おいで」
「きゃきゃ」
ローズの腕の中に納まる小さな命は無邪気な笑顔を見せる。
「ミック」
「ねえね」
かなり年が離れているせいで姉弟というよりも親子に見えてしまう。
ミックはローズの腕の中でほほ笑む。
ただ、その微笑みも痛々しく思えるほどカサカサに乾いた手でローズの顔や胸を触る。
その乾いた手を握り返すローズ。
ミックを抱き寄せるローズの瞳から一筋の涙が零れる。
「ミックね、1歳ぐらいに発症したのよ」
「そ、そう、なのか」
「うん……不治の病のアレね」
アレと言われても分からないので俺はそれは何だと聞く。
すると返って来た返事は21世紀初頭の医学でも不治の病と言われるものだった。
「そこで、お父様が錬金術師に依頼したのよ、不治の病を治す薬を作ってくれと」
お父様?それってヴィンダーソン公爵……だよね……ドラゴン退治を依頼した本人……。
「なあ、その薬の材料って」
「ええ、察しの通り、ドラゴンの肝よ」
なるほど、ここに来てようやく理解できた。
俺、頑張った甲斐があったなぁ。
なんたってこの子たちのためになったんだから……うん、気分がいいっと思っていたのも束の間。
ローズにあっさりと否定される。
「でもね、結局ドラゴンの肝で作られた薬も効かなかったのよ」
「へ?」
ちょっと、錬金術師様、何やってんのよ……って、まあ、簡単に直らないから不治の病なんだろうけど。
「それでね……ゴホゴホゴホ」
説明をしている途中でローズが急に咳き込む。
なんだろう、痰がらみの咳っぽいが……。
「ごめんなさい」
ローズは口の周りに付いた血のりを拭う。
「おいおいおい、ちょっと待て」
まさか……姉弟して同じ病気なのか?
「なあ、まさかと思うが」
「ええ、私もなのよ」
俺は絶句する。
そして、俺の方へ体の向きを変え真剣な表情で俺にお願い事を言う。
ただ、そのお願い事が
「あのね、お願いしても…………いいかな?」
「……ああ……お、俺の出来る事ならな」
ローズはミックをベッドの上に戻す。
そして、ベッド脇にある棚の引き出しから取り出したのは銀色に輝くリボルバー拳銃だった。
しかし、この世界の拳銃は魔力をトリガーに銃弾を打ち出す。
ただ、魔力のない俺にどうしろと?
「なあ、これは?」
「うん、あなた魔力がないなんてウソでしょ?」
「いや、本当だが」
「じゃあ、この間のソフィアのSPを倒した力は何?」
「あれは、その……」
「わかっているわ。何か事情があるのよね。だから深く追求しない。だから……」
「だから?」
なんとなくだが、嫌な予感しかしない。
ただ……嫌な予感は的中してしまうというものだ。
ローズはベッドに座るミックを抱きしめながら笑顔でこちらを向く。
彼女の出した答えは……
「私とミックを楽にして欲しいの」
「…………はっ。バカヤロウ……俺は魔力がなくて無理だって」
当然のことながら俺は断固として断る。
それ以前にこの拳銃を俺は白桃のサポートなしに使うことは出来ない。
ローズは俺が断ることを重々承知の上でお願いしているという。
「私ね……ミックに拳銃を向けたの」
「…………」
「でも、トリガーを引けなかったの」
「…………」
「ミックが、ミックがね、ねえねっていうの……銃口を向けているのにねんねって笑顔で呼んでくれるの……そんなミックに私は銃口を向けていることに気が付いて……うわぁぁぁぁぁ」
銃口を向けてた時のことを思い出したのか、たちまち崩れ落ちるローズ。
どう考えても今のローズは危ない。
俺は説教臭くなってもいいので彼女を諭すことを試みる。
「なあ、ローズ聞いてくれ」
俺は崩れ落ちたローズの肩に手を当て話始める。
しかし、彼女は聞く耳を持つ気がない。
それどころか人が変わるぐらい乱心状態に陥ってしまう。
「もう、嫌!」
彼女は物凄い感情的になり俺の体を叩く。
しかし、魔法を使っているわけではないので普通の女性が叩く強さと変わりない。
「ドラゴンの肝ですらダメだったのよ」
もう一度、俺の体を叩く。
「最高級の魔法薬でもダメだったのよ」
大粒の涙を流しながら俺の体を叩くその手にはもう力が入っていない。
「もう、終わりに決まってる」
いつも強気だが、時には無邪気な彼女の弱々しさが俺にはつらかった。
「ねえね……うわぁぁぁぁん」
ローズが泣いているのでそれをみてミックも泣き始める。
二人が同時に泣き始めるので俺は困惑してしまう。
「あ、えっと……」
まずは、ミックを抱き上げる。
そして、ミックをあやしながらローズの傍へ持っていく。
「ほら、大丈夫、ねえねは大丈夫だよ」
異様なほどの軽さに俺は驚いたがそれどころではない。
ローズの傍に行くと、ミックは小さな腕を精一杯伸ばしてローズに触れようとする。
「ごめん、ごめんねミック」
ローズもミックが泣いていると分かると泣くのをやめ、俺からミックを受け取りあやし始める。
すると、泣き疲れたのだろう。
ミックは目を閉じてスヤスヤと眠り始める。
俺はミックのおやすみの邪魔にならない様にと静かにその場を離れて出入口へと向かった。
☆彡
出入口の戸の前に立つとすすり泣く声が聞こえた。
多分、アンネリーゼさんだろう。
ローズがこれから俺に何を頼むのかを知っていたのだろうな。
俺はすぐにアンネリーゼさんを安心させようとドアを開ける。
ドアの前ではしっかりと立っているのだが頬を伝う涙が彼女の心境を物語っている。
「アンネリーゼさん」
「……お嬢様は?」
多分、アンネリーゼさんはもうこの世にいないローズとミックを思って泣いていたのだろう。
だが、俺がそんなことをするわけがない。
それに今の状況は姉が弟を寝かしつけるという素敵な場面を見れるのだ。
だから、俺は少々カッコつけて振り返らずに後ろを指指さす。
ただ、俺が指差した先ではとんでもないことが起ころうとしていた。
「お嬢様!やめてください」
アンネリーゼさんが大声でローズを制止する。
一体、何をしているんだと振り返ると、そこには目を疑う光景が俺の網膜に飛び込む。
ミックはいつの間にかベッドに寝かされていた。
そして、銀色に輝くリボルバーの銃口がベッドに寝るミックに向けられていたのだ。
もちろん拳銃を持っているのはローズ。
暗い部屋の奥で眩しいぐらい輝くリボルバー。
「やめろ、ローズ」
咄嗟に俺も大声でローズに声を掛ける。
だが、ローズは更に脅かせてくれる。
ミックに向けていた銃口をそのまま自分のこめかみに密着させるのだ。
俺はそれを見た瞬間に息が止まる。
「白桃ぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「マスター、既に加速状態です」
白桃はすぐに俺へ回答を返す。
思考が加速状態なので時間がゆっくり進む。
「ローズを止める。戦闘プログラムをよこせ」
「ダメです。現状はナノマシンが足りません」
「じゃあ、俺の体に直接入れてもいいから何とかしろ」
「しかし、生身の体にそんなことをしたら、いくら生体強化しているとはいえ」
「うるさい、やれぇぇぇ」
「……わかりました。戦闘プログラムをEXE形式へ、過負荷によるリミッター解除。痛覚を遮断……マスター、どうぞ」
「間に合えぇぇぇぇぇぇぇぇ」
俺は自分の体に直接戦闘プログラムを入れるという無茶をしてローズに駆け寄る。
白桃が応答してから、ローズの元へたどり着くまでわずか0.1秒。
流石にまだ、リボルバーから銃弾は発射されていなかった。
俺はすぐさまリボルバーをローズの手から取り上げる。
「キャァ」
あまりの勢いで取り上げたためローズはその場で尻餅をつく。
何が起こったか理解できない感じのローズだが俺と目が合うと何があったのか理解したようだ。
そして、涙を流しながら懇願する。
「お願い、お願いよ……楽にさせて」
「ダメだ……生きろよ、死ぬ気で生きてみろよ」
「いやよ、もう……疲れたのよ」
「この分からずや!」と俺は怒鳴ろうとしてしまう。
が、体が言うことをきかなかった。
「あ、あれ?」
力が入らなくなり膝から崩れ落ちる。
そして、口いっぱいに何かが逆流してきた。
加速Gでよったのかと思ったが……吐き出したのは大量の赤い液体だった。
「ちょっと、サム」
ローズは血まみれになった俺を支えてくれる。
「よ、汚れるぞ」
「何を気にしているのよ。大丈夫?」
「あ……」
俺は喋ることもままならない状態になっていた。
すると、ウィンドウが現れる。
そこに映し出されたのは白桃だった。
「何これ?」
どうやらローズにも見える様にプロテクトを解除しているようだ。
「はじめまして、私はマスターのサポートを行っているAIで認証コード……はやめておきましょうか。名前を白桃といいます」
「え?白桃?」
「はい、どうやらロゼッタ令嬢は日本語が出来るようですね」
「ええ、まあ……ね。あ、私のことローズでいいわ」
「ローズですね、了解しました。では、ローズ、あなたは日本語が出来るということである程度の化学や科学の知識があるとみてもよろしいですか?」
「そうね、この世界の一般の人よりは知識があるつもりよ」
俺は白桃と会話するときは日本語を使っていた。
そして、またローズも日本語が使えるということでどうやら彼女も転生者であることは間違いなさそうだ。
「わかりました、ローズ。では、一つお願いをしてもよろしいでしょうか?」
「お願い?」
「はい、そこのマスターを看病してあげてください。足の骨は粉砕骨折してますし、内臓は破裂していますので生きているのがやっとなぐらいです」
「え?ちょっと、私よりも今すぐ死にそうなの?」
「はい。それとローズ。あなたとミックの病気は治りますよ」
白桃の言葉に反応するローズ。
しかし、それには少しばかり疑心暗鬼になっており、表情が凄みを増している。
「……どういうこと?」
それに対して白桃は淡々と治療の説明を始める。
「ナノマシンによる治療ですが、免疫系を攻撃し、徐々に弱めていくウイルスを駆除したのちに書き換えられたDNAを元へ戻します。瞬時に治るものではありませんが、即効性はありますよ。大体ですが、一晩で治ります」
どうやら話の内容はローズに伝わったのだろう。
どこまで内容が理解できているのかは分からないが、鳩が豆鉄砲を食ったような表情をしている。
「……ウソ」
「ウソではありません」
「じゃあ、私とミックは……」
「はい、治ります。……ですが、そちらのミックは早めの治療が必要でしょう。明日にはミックだけでもナノマシンが入った治療薬をお渡しします」
希望の兆しが見えると同時にローズの表情は一転、すごい笑顔で俺に話しかけてくる。
「サム、ねえ、サム、聞いた?今の聞いた?」
かなり興奮した状態で俺に詰め寄る。
が、俺は声を出すことすらできずに床で仰向け状態。
指一本動かすことができなかった。
「私とミックは助かるの。ミックは大きく成長してイケメンになれるのよ。私はサムのお嫁……」
と、ここまで言いかけて口ごもるローズ。
「コホン、まあ、まずはあなたの看病ね。アンネリーゼ、来て頂戴」
「はい、お嬢様」
すぐにどころか一瞬にして傍に控えるアンネリーゼさんはやっぱただ者ではない。
「ミックを私の部屋に連れてきて欲しいの」
「かしこまりました。して、サミュエルさんはいかがなさいますか?」
「私が連れて行くわ」
ローズはすぐに自己強化魔法を掛けて俺をお姫様抱っこする。
「サムも私の部屋に連れて行くから包帯と食事……重湯を準備して」
アンネリーゼさんにテキパキと指示を出すローズ。
その表情は生き生きとしており、俺は素直にカッコいいと思った。
遠い遠い昔
世界は一度、滅びてしまいしました。
創造主は考えました。
どのような世界が必要か?
ふと思い出されるのは神々の対話でした。
創造主は色々なものを足すことによって生命を誕生させます。
この世界はアルパイン_アーチと名付けられました。
沢山の種族が生まれました。
その中で最強はドラゴン、そして最弱は人間でした。
人間はドラゴンと戦うために神像を作り出します。
神像でドラゴンを倒しますがドラゴンも負けじと対抗してきます。
神像が生まれては消え生まれては消えの繰り返し。
終わりのないループにみんな疲れていました。
ただ、どこから来たのか分かりませんが創造主に気に入られる女性が現れます
女性は争いごとの絶えない悲しい場所に涙します。
女性は自分に何か出来ないかと歌を歌います。
歌はドラゴンを眠らせることが出来ました。
歌で争いごとを鎮めることが出来ました。
これが歌魔法の始まりとされています。
------------------------------------------------------------------------------------------------
キーンコーンカーンコーン
先生が教科書を読み上げたところで授業の終了を知らせる鐘が鳴る。
「はい、今日の授業はここまでだ」
先生が教科書を閉じ、静かに告げた。
小さな子供が手を挙げて先生に質問する。
「せんせー、歌魔法って聖女様が始まりなの?」
「そうだ、今でも聖女様は歌魔法でみんなを守っているんだ」
強面でガタイの良い男性だが小さな生徒達には笑みを浮かべて優しく答えた。
だが、その笑顔が少々不気味であるが幼い子供たちは特に意識せず、先生のいう事を素直に聞きいれる。
「「「そうなんだー」」」
初等部の学生たちが無邪気にかつ元気よく納得する。
好奇心旺盛な初等部の学生は更に質問をする。
「しんぞう?ってなんですか」
「ああ、神像だね。これは諸説あるが今のマギネスギヤがそれに当たると言われているよ」
「マギネスギヤ好き」
「僕も」
「私も」
口々にマギネスギヤのことを話し始める生徒達
まあ、この学園に通ってエリートとしてのし上がるその道があるからそれを目指す子もいるのだろう。
また、マギネスギヤのパイロットは上級騎士として扱われるからな。
「はい、しずかに」
授業は終わったので区切りを付けたい先生。
柏手を打って少々興奮気味の生徒たちを落ち着かせる。
「はいはい、それまでだ。今日の授業はこれで終わりだ、それに明日からは夏季休暇だ。だからってあまり遅くまで残るんじゃないぞ」
男性は顔に似合わず優しい言葉をかけて、生徒たちに帰りの挨拶を促した。
「「「はーーーい」」」
可愛い声で返事する少年少女達
その声を聴くだけで強面の男性教師の顔が緩んでいるのが廊下からも見て分かる
「せんせーさようなら」
元気いっぱいの男の子が一番に廊下へ飛び出した。
俺は廊下にいたためにその男の子と目が合ってしまう。
ここは年上として怖がらせないように笑顔を送ろう。
最高のスマイルを男の子に送った。
「あーこの人、また廊下に立たされてる」
「本当だ、このお兄ちゃん、また廊下に立ってる」
「面白ーい」
なぜか少年少女が俺の周りに集まってくる。
バカやめろ、つつくな!
今、両手が塞がっているし筋肉が……震えているんだ!
「バケツおもそー」
「水いっぱい入ってるね」
「お兄ちゃん、楽しい?」
俺はすでに成人した大人の男性だ
マッチョでもなければ高身長イケメンでもないごくごく普通の17歳の男だ。
そんな、俺は不敵な笑みが自然と出てきてしまう。
無性にこの少年少女達をぶん殴りたい気持ちで満ち溢れている証拠だ
殴ってみようか、よし殴ろう
「はぁ」
と思っても自制心が働いてしまい俺が出来る事といえばため息をつくことぐらいだ。
初等部の教師前
俺が初等部のガキが鬱陶しいので殴ろうと決心したが心優しいので許してやることにした。
なんていう、そんな冗談を頭の中で考えながらバケツを持つ手に力を入れる。
何とも情けない姿をさらしながらやり過ごしていたところ……とある女性が俺の目の前に現れた。
そう女神が降臨されたのだ。
「ダーリンったら、また廊下にいる」
「おや、モカこんにちは」
「もう、こんにちはじゃないよ。今度なにしたの?」
少年少女をかき分けて俺に掛ける声はまるで天使のように美しく澄んでいた。
ボリュームのある金髪をなびかせながら、大きな瞳でこちらを見てくる。
俺と同じ17歳のはずだが、とても成熟した女性で男性なら誰しもが見惚れて釘付けになってしまうほどの美貌を持っていた。
そんな彼女は俺の自慢の恋人であり婚約者だ。
名前はモニカ=マクスウェルというのだが俺は親しみを込めてモカと呼んでいる。
なんせ俺の将来の伴侶だからな!
「ああ、ちょっとマギネスギヤのブラックボックス部の改造をしていたんだよ、そしたら先生がさぁ……」
俺はマギネスギヤのエンジニア志望だった。
魔力を持たない俺でも出来るエンジニアという職を目指すのだが、まさかテストで魔力が必要な問題を出されるとは……。
別に魔力がゼロでも他人に魔力を魔石に入れてもらい使ってもテストでは合格が出来る。
いつもならモカにお願いしていたのだが、ある思い付きで学園のマギネスギヤを弄っているところを先生に見つかってしまったのだ。
そして、今に至る……とほほ。
「あっ、ダーリン……ちょっと待ってね」
俺が愚痴をこぼそうと思っているとモカは手で遮り少年少女たちに体を向ける。
そして、優しく微笑みながら少年少女と目の高さを合わせるように座り込み早く帰るように諭す。
「みんな早く帰らないとお父さんとお母さんが心配するよ」
「うん、わかった」
「はい、よいお返事です」
少年の元気のよい返事に天使の笑みを浮かべるモカ。
「ねえ、お姉ちゃん」
「ん?」
「今日ね歌魔法ならったの!」
「そうなんだ、偉いね」
今度は小さくて可愛い女の子が興奮した状態でモカに詰め寄る。
どうやら今日の授業は小さな女の子にとって衝撃的だったのだろう。
「お姉ちゃんはお歌を歌えるの?」
「お歌?歌魔法の?」
「うん」
目を輝かせて期待に満ちた眼差しをモカに向ける。
モカは歌唱学科の生徒特有のピンクリボンが付いた制服を着ているので少女も歌が歌えると思ったのだろう。
モカは若干戸惑いながらも少女の光り輝く瞳に応えることした。
「ええ、ちょっとだけね」
モカは軽く息を吸い込み
『ら~らん、ららら~♪』
素晴らしい歌声を子供たちに披露する。
モカの歌声はいつ聞いても素晴らしい。
天使の歌声と賞賛があるほど彼女の歌は全校生徒が認めている。
「お姉ちゃん、きれいな歌声!」
「ありがとう」
「ねえ、もっと聞かせて」
「また今度ね、早く帰らないとこのお兄ちゃんみたいになっちゃうよ」
モカさんそれは最高のオタクになれる素質がありますよ。いいんですか?
「それはイヤ!」
少女は物凄い嫌そうな顔をして条件反射的に答える。
そんな少女にモカはにっこり……俺はガックリする。
「それじゃあ、早く帰りましょうね」
「うん!」
モカの笑顔は誰でも幸せにできるのだろう。
俺のようになると脅されたせいで、先ほどまでの眉間のシワは取れ満面の笑みで頷く少女。
これにはさすがの俺も笑みがこぼれる。
なんというか微笑ましい光景だ。
「ばいばい、お姉ちゃん」
「ばいばい」
少年少女はモカに手を振り帰っていく。
モカもそれに応えるように手を振って見送る。
手を振るだけなのにモカは絵になるよな。
「ねえ、ダーリン……あのね」
皆が帰ったのを確認してモカは俺のほうに向きを戻す。が、しかし……
「おい、少しは反省したか?」
何やらモカが話し始めていたのだが突如現れた諸悪の根源が威嚇するように俺に詰め寄る。
モカが話始めたことろに割って入ってくる諸悪の根源
その女性は長い足を見せつけるようなタイトなスカートを履いており普通の男性なら興奮して妄想が止まらないだろう。
しかし、この女性に限っては……男が傍に近寄れなかった。
その人はエリザベス=クライツ先生
マギネスギヤというロボットの戦闘において功績を残し女性ながら騎士爵の爵位を持つ有名人だ。
この王都で彼女ことを知らない人のほうが珍しいだろう。
ただ、性格がこの通り横暴であることから結婚相手がいまだに……
「なあ、サミュエルよ」
「は、はい」
「おまえ、今、何か失礼なこと考えていないか?」
「いえ、そんな……まさか……ハハハ」
この人は心を読むことが出来るのだろうか?っというぐらい何故か相手のことを見透かしてくる。
正直、やりにくい先生だ。
「モニカ」
「はい?」
「アンソニー殿下が探しておられたぞ」
「私を……ですか?」
モカは自分が呼ばれていることに驚いている。
「ああ、準備がどうとか……今日の夜会の準備係だったのか?」
「いえ、違いますが」
「まあ、すまないが行ってもらえるか?」
「わかりました。ダーリン、また後でね」
「おう」
俺に背を向けて移動を開始するもモカは何かを思い出したのか立ち止まり振り返る。
「そういえば、明日の朝の朝食、またナポリタンスパゲッティでもいい?」
「ああ、毎日でもいいぞ」
「それは流石に飽きるよ」
「モカが作るなら何でもいいよ」
「ありがとう、サム……それじゃあ、行ってくるね」
「ああ」
モカは少し名残惜しそうに職員室のほうへと歩き出す。
そういえば、さっき何を言いかけたのだろう?
「で、サミュエル=ロスガードよ」
「はい」
高圧的なエリザベス先生に名前を呼ばれ俺の背筋が伸びる。
「こんな初等部の廊下に立たされて初心にかえれただろう?純粋な心に戻ったことで今一度、問う。なぜあのようなことをした?」
「あのようなこと?」
正直、俺には何故咎められるのか見当もつかない!
ってことはなく、申し訳ないと思いながらもシラを切ってみた。
「シラを切るつもりか?」
流石です。お見通しですか……ですが、今日は夜会もあるのでここは早く切り抜けなれば!
「実はあれには訳がありまして」
「ほう、言ってみろ」
「あれは亡き母の遺言で……」
「ちょっと待て」
「はい?」
「お前の母親はセリーヌ=ロスガードだったよな?」
「それが何か?」
「まだ、生きているではないか馬鹿モン!」
俺としたことが失態だ。
そういえば、うちの母親とエリザベス先生は知り合いだったな。
「よーし、夜会までまだ時間があるからそれまでみっちりと語り合おうじゃないか」
「ちょ、先生、それはいくら何でもあんまり」
「そこに座れ」
床に指をさしそこへ座れと命令するエリザベス先生
「え?ここは廊下で床が冷たく……」
「聞こえなかったか?」
俺が反論すること自体が間違いだったと思うほどの形相でにらみつけてくるエリザベス先生。
美人だからか迫力がその他大勢と比較して半端ねえ……。
鬼だ……目の前に鬼がおる……
「…………はい」
俺は恐怖のあまり小さくなりながらエリザベス先生が指さす場所へと座る。
そのまま俺は初等部の教室前の廊下でみっちりとありがたいお話を貰う。
ただ、エリザベス先生って中身は兎も角、見た目は……めっちゃタイプなんだよな。
しかも、鍛えているし女性としての膨らみもしっかりと強調する服を着ているため……エロい。
胸や尻のカタチなんて見ているだけでよだれが……
正直、この性格を差し引いても恋人にしても全然、俺なら問題ないな。
「おい、聞いているのか!」
「はい」
っと、顔を近づけて詰め寄るエリザベス先生なのだが…………なぜか顔が高揚しており頬が赤く染まっている。
「そ、その、なんだ、あまりそんな目で見るな」
目が伏せ、口を研がせるエリザベス先生。
かわいいの破壊力が凄まじいことになっていた。
俺、モカがいなかったら絶対に落ちてる……よ。
ってか、先生、本当に心が読めるのでは?
にしても反則的にカワイイ反応しないでください。
アウトです。
先生は今年でさんじゅう……
と、先生の年齢を頭に思い浮かべていると表情が一変する。
「……サミュエル、お前死にたいようだな」
「……滅相もございません」
絶対に心が読めるよな……うん……。
このあと、本当に俺は夜会ギリギリまで先生の体を眺めることになってしまった。
☆彡
エリザベス先生の女体をこれでもかと拝んだ日の夜。
ヴォルディスク王立学園伝統の夏季休暇前・親睦パーティが開かれた。
ただ、この親睦パーティは通称「夜会」と呼ばれる。
本来、夜会とは社交界や上級階級などでパーティやイベントのことを指すが、学園のパーティーなので平民なども参加する。
ただ、ドレスコードはあるので平民であれ皆、普段着ではないフォーマルな服装で来場していた。
そして、当然のことながらダンスパーティも組み込まれており恋人がいる生徒は一緒に参加してダンスを楽しむ。
また、恋人がいない生徒はこの場……夜会での出会いを期待する生徒も男女問わず大勢いる。
俺は着替えるのに少し手間取ったがなんとか間に合うことができた。
モカに渡していた洗濯物が見つからなくてちょっと焦ったが何とかなったな。
いつもモカ任せなのを少しばかり反省する。
走ってきたので息を整えていると俺に向けての囁く声が聞こえてくる。
「あいつ、やっぱり来たな」
「ああ、爆発しろよ」
「くそ、アイツさえいなければモニカさんは……」
何やらやっかみが聞こえるが俺はそれを無視する。
だがそんな、嫌われ者の俺に声を掛ける人物がいる。
「よう、勝ち組」
白いスーツを纏った男が俺のところへやってくる。
こいつの名前はカーツ。
なんとも陽キャ、ウェイ!って感じで馴れ馴れしい男だ。
ただ、こいつは決して悪い奴じゃないんだよな。
「カーツか……って勝ち組ってなんだよ」
「お前にはモカちゃんがいるだろ」
「ふっ、まあな」
俺はカーツの言葉に少々、鼻が高くなる。
高く成るどころじゃないな、まさに天狗だな。
「俺はこれから探すぜ」
「まあ、お前ならすぐだろ」
俺は決して嫌味でも何でもなく、カーツはその気になれば恋人の一人や二人作るのは朝飯前だろう。
だってさ、逆立ちしても絶対に勝てないほどイケメンだもん。
だからみな、こいつと何かするときは絶対に彼女連れてこないからな。
こいつになびかなかったのはモカぐらいだよ。
「そんなことはないよ」
「なんだろう、その面でその謙虚な姿勢は腹が立つな」
「おいおい、お前と同じ田舎の貧乏男爵子息なんて相手にしてもらえないよ」
「結婚相手としては別ってことか」
「まあな」
本当にそうなのか?っと疑問を持つが……
それよりもテーブルには色とりどりの花が飾られており、その花に負けいぐらい豪華な料理も並んでいる。
「カーツ、この夜会の料理ってこんなにも豪華なんだな」
俺は正直、もっと簡素な立食用の料理だと思っていたので驚いていた。
「いや、どうやらあの人が在籍しているのが大きいらしいぞ」
と、友人のカーツが教えてくれる。
「もしかして、第二王子か?」
俺はカーツに尋ねる。
「だろうな」
なんとなくだが、そうだろうと思っていたことが当たったようだ。
「本当、俺たち男爵家の芋料理と比べたら……クッ」
「泣くなサム、思う存分楽しもうじゃないか」
あまりの料理の質の違いに驚きと興奮で泣けてくる。
いや、芋料理も美味しいんだけどね。
見た目の豪華さがあまりにも桁違いだ。
「あ、カーツくんここにいた」
声のするほうに視線を移すと、少し離れた場所から駆け寄ってくる少女の姿があった。
彼女の茶色いボブカットに光があたり、光り輝くように見えた。
なんとも親しそうにカーツに近づく女性はすぐさまカーツの右腕にしがみつく。
「おや、バレた?」
「もう、探していたんだよ」
彼女は少しほほを膨らましながらカーツを見上げる。
「ごめん、アリーシャ」
カーツは、特に悪気はなかったが、謝罪することにした。
しかし、彼の謝罪はめんどくさいというのを一切に顔に出さずに爽やかな笑顔というオプション付きだ。
イケメンスマイルのおかげなのは目に見えていた。
右腕にしがみつく彼女の頬は高揚し赤くなりながら「仕方ないな」っと呟くように許していた。
カーツ……爆発しろ
「なんだ、カーツここにいたのか」
と、逆サイドからカーツの左腕にしがみつく女性が現れる。
逆サイドの女性はアリーシャと違い胸が大きく開いたドレスを着ている。
「ルアナ、その……当たってる」
ルアナって確かカーツの幼馴染だっけ?
俺と同じクラスだから知っていたが、なんだそういう関係だったのか。
「なんだよ、アリーシャは良くはあたいはダメなのか」
ルアナの性格はガサツそのものだが、体はとても発育がよく、まるで大玉スイカ2つがカーツの腕を挟み込むような状態だ。
そして今、目のまえでカーツを取られまいと自分の武器を使ってカーツに迫っているって感じかな。
ルアナも女の子だったんだな……教室の様子からは想像が出来なかったが……
「もうルアナばかり意識しないでよ」
ルアナの反対の腕に更なる圧力をかけるアリーシャ
「ア、アリーシャ!」
「むう……」
アリーシャの反撃にカーツが反応する。
その反応が気に入らないルアナは更なる圧力をカーツに与える。
ただ、大きさの比較は一目で分かるほどの違いがありルアナの圧勝だ。
「えっと、向こうの料理がおいしそうだから行ってくるよ」
カーツはその場から動いて現状を打破しようとするのだが
「いいね、行こう」
「おう、いいぜ」
しがみついた腕から離れない2人にため息をつくカーツ。
また、カーツの見えないところでカーツを挟んでいがみ合う女性2人。
「サム、すまない。俺は向こうのテーブルへ移動するよ」
「ああ、爆発しろよカーツ」
「うるさい!」
カーツは2人の女性と腕を組んで移動する。
その後ろ姿を見送りながらふっと我に返ると音楽が聞こえてくる。
しかし、その音楽はずっと流れていたものだった。
先ほどまで濃いメンバーと一緒にいたせいでBGMを聞き逃しているだけなのだ。
ってか、俺はさっきまで一体、何を見せられていたんだ?
クソ、カーツのやつめ……イケメンはやっぱり敵だな。
「にしても、モカ遅いな……」
ロフトの傍で待っていて言われたのだが一向に現れる気配がない。
ただ、闇雲に探し回ってすれ違う可能性があるので、その場で音楽を聴きながら料理を楽しんでいた。
『ロゼッタ、今この瞬間を持ってお前との婚約は破棄する!』
「ん?」
夜会のパーティ会場で何やらイベントでも開催されたのだろうか?
若く凛々しい金髪の男性が声高らかに宣言した。
にしても、内容が少々穏やかではないのだが?
「そ、そんな……私はいつもアンソニー殿下のことを思って……」
俺はイベントが行われているであろう場所が見えるところへ移動する。
そこには2人の男女が少し離れた位置で会話をしていた。
「うるさい。そのような戯言を信じる俺ではない」
男のほうは声量も大きく、威圧的な感じだ。
「アンソニー殿下……」
対して、女性は真っ青な顔をしており声も震えている。
彼女の髪は情熱的な赤色でこの国でも珍しい。
また、手入れが行き届いているおかげで、艶がよく光っているように見えるほどだ。
だが、その髪も艶がなくくすんだように見えてしまっている。
「俺にふさわしい女性が現れたのだ!」
ちなみに男性はこの学園では超有名人で王子様のアンソニー=ヴォルディスク
第二王子であるが次期国王としての期待が高い。
優秀がゆえに第二王子のアンソニー殿下を推す貴族が多いとか。
にしても、婚約破棄って聞こえたんだが?
その理由が相応しい女性?
王子様……優秀だと聞いていたが……大丈夫か?
「そんな……私の何が不服なのですか?」
対する女性もこの学園では超有名人。
公爵令嬢であり、第二王子の婚約者ロゼッタ=ヴィンダーソン
言い争っているのは婚約者同士なのだ。
「そんなもの自分の胸に手を当てて考えろ」
「そんな……アンソニー殿下」
王子様の破天荒な言葉で崩れ去るロゼッタ令嬢。
正直、見て居られないな。
だが、周りの女性は何故かロゼッタ令嬢に冷たい
(いい気味)
(ホント)
おいおい、ロゼッタ令嬢ってそこまで嫌われているの?
俺はいたって普通の令嬢だと思っていたが、どういうことだ?
『俺のこれからを支えてくれる最高の伴侶を紹介しよう』
またもアンソニー殿下が声高らかにしゃべり始める。
すると見慣れた女性が現れてアンソニー殿下の隣に並ぶ。
「え?……あ……」
俺は目の前の事実にショックを受ける。
「彼女がこれからの俺を支えてくれる、そして未来の国母となる聖女モニカだ」
声が出ない
理解が追い付かない
体も微動だにできなかった
呼吸も次第に出来なくなり呼吸困難になっているのがわかる。
まるで自分の体ではないようだ。
「は?……モニ……カ?う……うそ……だろ?」
口の中が乾いて上手く声が出ない。
そんなことよりも……なぜだ!
何故、そんなところにモカがいる?
ドレスも一緒に選んで同じ店でオーダーメイドしたものじゃないだろ?
そんなに高級ではないが、今着ている服は明らかに必要金貨の枚数の桁が違う
優雅に手を体の前に組んで立っているモカ。
その左手の薬指には眩しく輝く指輪が俺の心臓を焼き払う。
そう、一目で見てわかってしまうほど豪華で俺が送った指輪と違うからだ。
モカの指には俺の知らない指輪が光り輝いているのを見て少しづつだが可笑しくなっていく自分がいた。
さらに追い打ちをかける様にアンソニー殿下は俺を指さし忠告をしてくる。
「そこのお前も分かっているな?彼女は聖女として選ばれたのだ。今後、気安く話しかけるのはやめてくれたまえ」
アンソニー殿下はモカの肩を抱き寄せ俺のほうを見て勝利の笑みを浮かべる。
その光景を見た俺はどのように解釈すればよいかわからなかった。
「いいか、次から聖女と廊下ですれ違う時は跪いて動くなよ」
アンソニー殿下の訳の分からない言葉が俺には全くと言っていいほど響かない。
それよりも、モカに捨てられたという事実のみが俺の脳を破壊する。
「そんな……モニカ……あなたは……」
ロゼッタ令嬢は何かを言いかけるがその言葉に被せる様にアンソニー殿下は言葉を放つ
「ロゼッタ、モニカは神聖教会から聖女と認定されている。立場は君より上だということを理解しろ」
アンソニー殿下の言葉はどれほどロゼッタ令嬢に突き刺さったのだろう。
彼女はその場でバタンと勢いよく倒れてしまい、気を失う。
「ロゼッタ!」
倒れたロゼッタ令嬢に駆け寄るのはアルフレッド殿下だ。
アンソニー殿下の腹違いの兄である。
「おい、ロゼッタ、大丈夫か?」
アルフレッド殿下が抱き上げ声を掛けるが返事がなかった。
「すぐに彼女を医務室へ」
彼はロゼッタ令嬢を抱え上げそのままこの場を去ろうとする。
アルフレッド殿下はアンソニー殿下へ鋭い眼差しを向けるがすぐに出口へと向きを変える。
夜会の会場が混乱する中、俺はモカが別の男に抱き寄せられていることを見つめ続ていた。
それに先ほどからモカは俺と目を合わせてくれない。
「なんで……」
彼女に手を伸ばそうにもそれすら許さない様な気がした。
ただ、頭の中にあるキーワードで思考回路が停止する。
そう、俺は「捨てられた」のだ。
俺と先ほど倒れたロゼッタ令嬢は婚約者に捨てられた。
その事実をどう解釈すればよいのか分からない。
これが現実なのかと受け入れることが出来ずに必死に頭の中で否定するも目の前の現実が否定を否定する。
頭が可笑しくなったんだろうな。
ふと、遠い記憶が思い出される。
それは悪役令嬢の婚約破棄というアニメで見たことのある場面だ。
「あはは、俺はモブだったのかな……そして、ロゼッタ令嬢はまるで悪役令嬢だな」
ん?
……って、あれ?
もしかして、これはゲームのイベント?
いや、俺はそんなものを知らない
ゲームってなんだ?
乙女ゲーム?いや、俺はプレイしたことがない。
アニメや小説で見たことあるとか?
ちょっと待て
……そもそも、ゲームやアニメってなんだ?
更に頭が混乱してきた。
どうなっている?
モカに捨てられたから頭がおかしくなった?
ありえるな。
確か、この世界の身分制度は小説で見るような絶対王政で、魔法技術が発達しており都市部機能は産業革命時のイギリスに近い。いや、でも食文化は日本に近いのか?
……だ・か・ら!産業革命ってなんだよ!日本ってどこだよ!?
いや……思い出した。
俺……転生者なのか……!
何も出来ない俺はその場で動けない状態でモカを見る。
その後もずっと俺とは目を合わせないモカ。
思考が混乱して挙動不審な俺に対して軽蔑の目を向けるアンソニー殿下
「ふん……では我々も行こう」
「はい」
モカはアンソニー殿下の言葉に笑顔で返事をする。
そして、アンソニー殿下が構えると腕を取り体を寄せるモカ。
二人はゆっくりと歩幅を合わせて夜会の会場から出ようとしていた。
それを呆然と見つめるだけの俺
今の俺にはどうするのが正解なのか分からなくなっていた。
今自分のおかれた環境を整理するには時間が必要だな。
にしてもなんだか、懐かしい感じがする。
前世を色々と思い出すなぁ……って、なんだ……頭が……痛い……割れそうだ。
「キャー、ちょっと人が倒れたわ」
「……サム!(ダーリン)」
薄れゆく意識の中、女性の悲鳴が聞こえた
それと同時にモカの声も聞こえたような……気がした。
☆彡
俺の前世は至って普通のサラリーマンだった。
これといった特技はなく中肉中背の平凡な顔……モブという言葉がピッタリの男だ。
そういう意味では転生しても何も変わっていないと思う。
高校時代に自作パソコンを作成してそれを散々いじり倒す根っからのオタク。
ただ、前世では人に誇れるものがあったことはあった。
前世で俺は奇跡的に結婚できた。
嫁は隣に住む幼馴染で誰もが羨む美貌を持っており、俺と違って中、高、大、そして社会人になっても毎月告白されるぐらいモテる女だ。
正直、自慢しても恥ずかしくないむしろ自慢したいぐらいの嫁だった。
今思えば、なんで俺と結婚したのだろうと思う。
他校の生徒から告白されていることも見たことがあるし、芸能関係者から名刺を貰ったりもしていた。
また、見た目だけではなかった。
家事スキルは完璧で高校生ぐらいから俺の身の回りの世話は嫁がしてくれていた。
そんな嫁はずっとそばにいてくれて結婚したのは俺たちが28歳の時だ。
正直、社会人になってからはほぼ同棲しているも同じような状態だったが、俺が気おくれしてしまいプロポーズに時間が掛かってしまったのが原因だ。
ただ、その2年後、30歳の時に離婚することになった。
何故、分かれたのか?
それは嫁の浮気が原因だった。
ある日、会社から帰ると嫁がリビングで電気もつけずにイスに座っていた。そして、テーブルの上には離婚届が置かれていた。
その時の嫁の表情ときれいに片付けられた机の上に置かれた紙切れを見て足が震えたのは鮮明に思い出せる。
離婚の理由は……「好きな人が出来た」と一言のみ。
「おい、どうして……俺の一体、何がダメだったんだ?」
「…………」
「何か言えよ。じゃないと分からないだろ」
「…………」
「俺と喋るのすら嫌ってことか?」
「…………」
何もしゃべらない嫁に怒りがピークに達して
「何とか言えよ!ばかヤロウ!」
しまいには、大声で怒鳴り散らしてしまう。
それでも嫁は俯き、俺がその後も罵声を浴びせ続けてるもがその日は一言も喋らなかった。
翌日、目が覚めると朝飯だけは用意してくれていた。
ただ、嫌味で作っているのか、罪滅ぼしでもしたいのか分からない。
机の上に置かれていたのは俺が昔から大好きなナポリタンだ。
だが、流石に浮気した嫁の作った食い物なんて食べる気にはなれずゴミ箱に捨てた。
そして、その日から嫁が家に帰ってくることはなかった。
浮気相手の家に転がり込んでいるのだろうと思うと正気でいることは出来ずにモノに当たり散らしてしまう。
「クソッ!クソッ!クソッ!」
帰ってこないことに腹を立て電話をするも嫁は出ない。
嫁は今頃、浮気相手とよろしくやっているなんて考えただけで何度も嘔吐してしまった。
そして、一週間が経ったころに嫁がふらりと家に帰ってくる。
嫁を説得しようとした。
当時も感じていたが今思い出すだけでも惨めだったなと思う。
一週間、悶々としたせいか精神的なダメージが大きく正常ではなかった。
ただ、「捨てられる」……この恐怖に心が支配されていた。
腹が立つのもこの恐怖を誤魔化すためだと後になって理解する。
だが、この日、嫁が衝撃的な事実を口にすることで離婚届にサインする決心がついた。
離婚届に名前を書くことを決めたきっかけが、嫁のお腹に相手の子供がいると知ったからだ。
もう、ダメだ……受け入れるしかない。
しかしだ……いざ、既に嫁の名前が書いてある離婚届に記入するときに手が震えた。
正直、自分の字はお世辞でもきれいな字とは言えない。
それが更に震える手で書くので自分で書いた自分の名前が読めないぐらい酷かった。
慰謝料、財産分与、住む場所……嫁はすべてこちらに任せると言ってくれた。
慰謝料も言い値を払うと言ってくれる。
しかし、俺はどれも放棄した。
俺は家から出ていくことにした。
マンションを購入していたが、もう嫁と一緒にいることが出来ないと理解し……いや、違うな。
早く離れないと俺が持たなかった。
常に心臓がうるさく鳴り響く毎日に心身ともに疲れていたのだ。
顔を合わせるたびに涙が零れそうになった。
しかし、俺はまだ絶望を知らなかった。
俺は会社を辞めてニートになっていた。
幸いというか金はあったので生活に困ることはなかった。
だが、人間というのは簡単にダメになるんだと実感。
俺は安いチューハイで飲んだくれて毎日ダメ人間になっていた。
仕事もせずに昼からレモンチューハイを飲み、腹が減ったらスーパーの惣菜コーナーへ行くという生活。
高校時代からの自作パソコンも気が付けば12年以上たっていた。
こいつには自作のチャットボットが入っておりAIで学習したモデルを元に会話をしてくれる。
といっても、帰ってくるのは定型文であるので返事にはパターンがあった。
「なあ、楽しいことない?」
「………………とデートしてみては?」
「クソ!」
嫁もこのチャットボットと話をしていたので時折、嫁の話が出てくる。
その度に涙が止まらなくなり、同時に行き場のない感情を物にぶつけてしまう。
ただ、このチャットボットに悪気なんてない。
学習したデータを使って返事を返しているだけなのだ。
そんな生活を1年ほど続けたある日、実家から呼び出される。
一体何事かと実家に帰るといきなりオヤジが喪服を差し出す。
無言で渡された喪服を受け取り着替えると近所の葬儀にでるから一緒に来いと言われた。
なんとなくというか、オヤジの無言が真剣さを物語っていたのでしぶしぶと付いていく。
連れていかれたのは、実家の隣の家……元嫁の家だった。
元義父か元義母が亡くなったのか?
元嫁と顔を合わすのは気まずいな……。
そんなことを考えながら玄関をくぐり通夜が行われている居間へと足を運ぶ。
うちの実家はかなりの田舎なので自宅の葬儀が近所では普通に行われていた。
間取りは昔のまま変わっておらず、一番奥の部屋に和室がある。
階段の横に大きな傷がそのまま残っているのを確認して当時を思い出してしまう。
目的の部屋の前から焼香の香りが強くなりいかにも葬儀だなって感じる。
そして、部屋に通されたときに一番最初に目につくのは亡くなった方の写真だ。
その写真を見たとき、俺は固まった。
あまりにも想定外の人物の葬儀であることにこの時、初めて気が付いたのだから……。
そこには元嫁が満面の笑みでピースサインをして写っている写真が飾られていた。
正直、この時は悲しいとかよりも事実を受け止めるのに戸惑ったという感覚だ。
「和樹さん、これ見てくれる」
居間の入り口で立ち止まってしまった俺に元義母が震える手で手紙の入った封筒を渡してくれた。
封筒を受け取る際に通夜が行われている部屋の奥にはベビーベットが見える。
正直、気の毒だなと思ったが口には出さなかった。
もしかしたら、この元義母は生まれて間もない孫の面倒をこれから見るのだろうかなど思考してしまう。
不倫の末に出来た赤子でも血のつながりのある孫なら愛情持って育てられるのか?
と、ちょっと上から目線で見てしまった。
「わかりました。後で確認させて頂きます」
俺は失礼のないように丁寧にその封筒を受け取る。
受け取った封筒は内ポケットにしまい、オヤジと香を上げ自宅へと帰宅しようとした。
が元義父に玄関で引き留められる。
「よかったら動画見てもらえないか?」
「動画……ですか?」
「ああ、頼む」
元義父は俺に頭を下げた。
いくら不倫して出て行った元嫁の父親であっても小さいころから知っている近所のおじさん。
その人がこうして頭を下げているのだ。
俺は断ることなんて出来なかった。
ただ、封筒は一度開封されており簡単に中身を取り出せた。
分厚い手紙だと思っていたが、入っていたのは俺の名義の預金通帳と動画データが記録されたカードが入っていた。
俺は元嫁の玄関で動画を見ることに。
ただ、動画を進むにつれて手足が震え立つことが出来なくなりその場にへたり込む。
動画はどうやら元嫁が友達と宅飲みしているものだった。
写っている場所は俺の知らない部屋だが、なんとなく元嫁の友達の部屋だろうと推測される。
動画には2人しか映っておらず、ビデオカメラかスマホをタンスか何かの上に置いて定位置で撮っているようだ。
『『かんぱーい』』
チューハイの缶を開けお互いに相手の缶を気づかないながら激しくぶつける。
『はーちゃん、報告があります』
『なんでしょうか?』
その場で元嫁は立ち上がり手を額に当て敬礼する。
『旦那と離婚しました!』
『おぉ』
ついでに缶チューハイを天高く掲げ離婚報告をする。
その嫁の姿は家の中なのにニット帽をかぶったままだった。
だが、違和感があった。
元嫁は腰まできれいな髪が伸びていた。
いくらなんでもニット帽の中に全部入るほどの毛量ではない。
もし入ったとしたらニット帽はもっと大きく膨らむはずだ。
それとも浮気相手に合わせて切ったのか?
と、そんな考察をしながら再度、動画に集中する。
室内ニット帽の嫁にパチパチと拍手するはーちゃん。
ちなみに友達のはーちゃんを俺は知っている。
学生時代の元嫁の友人だ。
『これで新しい人生……ぐすん……』
元嫁が泣き始めて呂律が回らなくなる。
離婚できたことが泣くほど嬉しいのだろうか?
逆に俺が泣きたくなってくる。
『ちょっと、どうしたの。あなたが望んだことでしょ?』
立ち上がった嫁に近づき背中をさすってくれるはーちゃん。
『だって……ずっと一緒……だったから……』
『分かってる辛かったね』
『うん』
『じゃあ、今日は飲んで泣こう』
『うん!』
『飲むぞー』
『おー!』
二人は立ち上がったままその場で缶チューハイを天高く掲げる。
『って、そういえば、あんた妊婦……』
そうだ、彼女は……あれ?お腹が大きくないな。
これは離婚してすぐの動画だろうか?
『あぁあれね……実は……うそぴょん!』
『マジ?あぶな、危うく騙されるところだったわ』
『でしょ、離婚のサインの決め手はそれだったよ』
クソッ……俺はそんなウソに引っかかったのか?自分が情けなく思えてくるぞ。
『じゃあ、末期ガン……ってのも嘘だよね?』
『…………それは……ホント』
は?ちょっと待て……。
ガン?
『…………そっか、ってアルコール大丈夫なの?』
『先生がね、もう……好きなことしてもいいよって』
沈んだ表情で話す嫁に、はーちゃんは焦っていた。
どういう反応していいか困っている様子だ。
『なら、飲まなきゃね!』
『おー!』
すぐにはーちゃんは切り替えて明るい顔になる。
しかし、無理しているのが映像で見て取れる。
その後も二人はかなりの缶チューハイを開ける。
次第に、机の上はおつまみセットと空き缶で埋め尽くされる。
にしても……元嫁が末期ガン?
浮気した天罰か?
『よし、じゃあもっと超ガールズトークだ』
はーちゃんが嬉しそうに意味のわからない単語を大声で叫ぶ。
『何々?』
『愛を叫んじゃおう!』
『はーちゃんの?』
『あんたの!』
『えー、もうしょうがないな』
なるほど、浮気相手の名前がここで聞けるな。一体、誰なんだ?俺の知っている奴か?
『ほれほれ、言ってみ。新しい恋が始まるかもよ』
『んーじゃあ、愛の告白しゅる』
『いいねいいね!』
『和樹ぃぃぃ大好きだぁぁぁ愛してるぅぅぅ』
『それ元旦那じゃん』
え?俺?
『そう!それ以外いらない!和樹以外の男なんてどうでもいい』
『絶世の美女がもったいない』
『いいもん、和樹が幸せならそれでいいもん!』
頬を膨らませて拗ねる元嫁。
その頬を指で刺して空気を抜くはーちゃん。
プシュー
『すねないすねない』
『わたし生まれ変わったら絶対に和樹の子供を産むの!』
『頑張れ~』
口を手で囲って元嫁を煽るはーちゃん。
『あぁぁぁ、信じてないな!』
『信じてる信じてる』
『和樹は私の分まで幸せになってねぇぇぇ』
『イェーイ』
カメラに向かって叫ぶ元嫁。
正直、近所迷惑なんじゃないかと思うほど叫んでいる。
『生まれ変わったらまた会おうねぇぇぇ』
『イェーイイェーイ!』
『うぞづいでごめんねぇぇぇ、あいじでるぅぅぅ』
突如、泣きながら叫ぶものだから涙とよだれがあふれ出てくる。
俺が知っている元嫁よりも瘦せこけており、酒を飲んだというのに顔色が悪い。
想像するに本当にこの時点でもう……
『イェーイイェーイイェーイ!』
陽気にイェーイと煽っているはーちゃんだが、彼女もしっかりと泣いていた。
目を真っ赤に充血させて鼻水も出ている。
『『アハハハハハハハ』』
二人は女の友情を確かめるように肩を組み涙を流しながら笑っていた。
動画が終わると俺もその場で腰を抜かして泣いていた。
喪服を着た大の大人が座り込んで涙を流す。
また、動画が終わり自分の中で理解が進むと俺は元義父に頭を下げていた。
そう、嫁は不倫して離婚したわけではなく……末期がんで後先短いことを悟り自ら離れたのだ。
「お義父さん、遅いかもしれませんが、もし良かったら……可憐の傍に……いさせてください」
俺は間違いを起こした……そして、それはもう手遅れになっている。
元嫁の辛い時に俺は彼女から離れてしまった。
今から傍にいてやっても意味がないかもしれない。
それでも俺は彼女の傍にいたかった。
だから、自然と頭を下げることが出来る。
座り込んで泣きながら頭を下げる……気が付いたら土下座していた。
なぜ、この時、土下座したのか自分でも分かっていない。
もしかしたら、許されたいなんて甘えがあったのかもしれない。
そんな俺にはお義父さんは俺の肩を叩く。
そして、意外な言葉を俺に掛けてくれる。
「……ありがとう」
ただ、お義父さんはどことなく嬉しそうに俺に声を掛けてくれる。
「俺は、何も気が付かず、可憐が一人寂しく……」
「違うよ、和樹くん」
「え?」
「可憐は最後に言っていたんだ。『和樹、ナポリタン出来たよ』って」
「ナポリタン?」
「ああ、あの子は夢の中で……最後の最後まで君に料理を作っていたんだ」
「…………ッ」
心深くにお義父さんの言葉が胸に刺さる。
元嫁、可憐は最後まで俺と一緒にいる夢を見ていたんだ。
そこまで……俺は……愛されていたんだ……なのに、俺は……。
「すみません、すみません」
もう、どうしていいか分からない。
感情が生理出来ない、心と思考が一致しない。
目の前の景色もバラバラになっていくような気分だ。
「いいんだ。謝る必要なんてない。最後まで可憐の傍にいてくれたのは紛れもなく、和樹くんなんだ……ありがとう」
「お、おじさん……お、お、俺……俺は……」
「娘の……可憐の傍にいてやってくれるかい?」
お義父さんに言われ俺はすぐに可憐へ身も心も向ける。
「ありがとうございます」
先ほどは赤の他人のように一歩引いた感じで可憐に接していた。
それは自分を守るために一歩引いていたのもあるだろう。
ただ、もうそんなことはしたくない。
もう遅いが、離れたくない、少しでも傍に寄り添いたい。
「可憐……俺も……お前のこと……愛してる」
冷たくなった妻に熱く話しかける。
もう動かない、話もしない、笑わない……そんな可憐の枕元で俺は愛を囁く。
聞いてくれなくていい、答えなくていい、自己満足であることは十分承知の上。
俺は可憐に愛を伝えて生きていくと心に決めた。
そのためだろうか、前世では可憐以外の伴侶を持つことが出来ず寂しい人生となる。
過労死するまで俺の相棒は自作パソコンに入ったチャットボットだけだった。
前世でよく考えていたな。
捨てられても女々しくすがってみるのもいいかもなって思っていた。
次捨てられたら…………女々しくすがってみるのもありなのかもしれない。
☆彡
ふと、気が付くと自室の天井が見える。
そして、右手がとても暖かった。
これは誰かと手を握っている?
体を起こすことなく顔と視線だけを右手に向ける。
すると、女性が俺の右手の傍にいた。
「あれ?」
可憐?と思ったが違う。
前世の記憶を思い出してしまったせいで少しばかりだが記憶の混乱が起こっていた。
女性は俺が目を覚ましたことに気が付くとグッと顔を近づけてくる。
「あ、サム!」
「モ、モ、モカ?」
俺に話しかけてくれたのはモカだ。
俺の右手をモカは両手で祈るように握りしめていた。
モカはもしかして、泣いていたのだろうか?
目が少し赤く腫れあがっている。
「よかった。急に倒れたから……大丈夫?」
俺のことを心配してくれていることが嬉しいのだが……どうしてここに?
アンソニー殿下は?
もしかして、モカがアンソニー殿下と婚約したのはやっぱり夢?
じゃあ、転生前の記憶って何?全部夢なのか?
ダメだ、あまりにも沢山の情報が入ってきすぎて整理が追い付かない。
「大丈夫?」
モカが心配して俺の顔を覗き込む。
すぐにでも唇と重ね合わせることが出来るぐらい覗き込むモカ。
こんなにも大胆だったかな?
「なあ、モカ?」
「ん、どうしたの?」
正直、モカとアンソニー殿下との関係を聞くのが一番手っ取り早いか。
ただ、本当だったら……俺はどうすればいいだろうか?
「急にこんなこと言って変かもしれないんだけどモカは俺と結婚……」
俺の話は遮られ目の前にあったモカの顔は一気に離れていく。
そして、罵声のような声が飛んでくる。
「おい、気安くモカと呼ぶな。聖女モニカ様だ」
急に俺とモカの間に割って入ってくるアンソニー殿下
なぜこんなところにアンソニー殿下が?
もしかしてだけど、やはりあれは現実なのか?
「ちょっとトニー、サムには……」
モカがアンソニー殿下をトニーと呼ぶと同時に俺の胸に痛みが走る。
「いや、ダメだ。お前は聖女だ。このような下賤な者と対等に会話をするなど」
「なによ、その下賤な者って私は……」
トニー……か……二人ともいつの間にかそんなに仲良くなっていたんだな。
俺は全然、気が付かなかったよ。
モカは付き合いの長い俺から見て絶世の美女だ。
また、アンソニー殿下のことをトニーか……
俺の恋敵は王子様か……これは敵わない……だろうな。
それにいつの間にか俺のことはダーリンからサムに降格しているよ。
それじゃあ、俺もけじめをつけないといけないな。
なあに、前世でもこうやって女に捨てられることはあった。
初めてじゃないんだ……落ち着けよ、俺!
まずは前世の教訓を受けて……泣いてすがってみるか?
「なあモカ……たのむよ……謝るからさ……俺を捨てないでくれよ……世界一、モカを愛してるんだ」
俺はベットから降りてモカの足元で土下座をしてみた。
正直、情けないと思ったりもするが、何か行動してみないと事態は好転しない。
ただ、これが良いかどうか分からなかった。
一種の賭けだと思っている。
「なあ、モカぁ~」
俺はまだ続けてみた。
しかし、何の反応も帰ってこない。
これは失敗したかもと、モカの顔色を窺おうと顔を上げると、目の前にキラリと光るものが現れる
「う、うわ」
突如、俺に抜き身を剣を向けるアンソニー殿下
「貴様は恥を知れ」
俺は両手を挙げて降参の意を示す。
「ちょっと、トニー待って」
アンソニー殿下の腕にしがみつき制止を促してくれるモカ
「おい、離せモカ。こんな男は生きている必要などない」
「お願い落ち着いてトニー」
モカはなんとか矛を収めてもらうと二人の間に割り込みアンソニー殿下に正面から抱き着く。
その必死な制止に答えるアンソニー殿下
すぐに剣は鞘にしまわれて、モカを抱きしめる。
「わかったよ、モカ」
「あ、ありがとう、トニー」
抱き合う二人を見て流石にこれはもう復縁は不可能だと思い知る。
前世の時とは状況がまるっきり違う。
モカはこれから俺以外の人と力を合わせて幸せになろうとしているのだ。
それによく考えてみろ、相手は王子様だ。
俺が逆立ちしても敵うはずがない。
むしろ、モカの幸せを考えるなら喜ぶべきことだ。
俺は情けない態度から一変し、節度ある態度に切り替える。
そう、諦めることが肝心だ。
「見苦しいところをお見せして申し訳ございませんでした。アンソニー殿下、聖女モニカ様」
俺は膝をつき深々と頭を下げる。
「今後はこのようなことがないように致します、どうかお許しを」
俺の謝罪の言葉を聞いて満足してくれるアンソニー殿下。
「それでいい。いくぞモニカ」
「ちょっと待ってよトニー。サム、またね」
またね……か。
アンソニー殿下とモカが結婚すれば彼女はいずれ王妃。
身分が違いすぎる。
なるべく、会わないほうが良いだろう。
ただ、自分が思っているよりも冷静でいられる。
どうやら前世の記憶や経験が蘇ったからだろう。
現状を俯瞰して客観的に見れていると思う。
よく考えてみろ。
モニカは聖女に選ばれたのだ。
たかが、騎士の息子と結ばれるなんて部不相応だ。
「今更、新しい恋なんて……出来るかなぁ……はぁ、無理だろうな……なぁ、可憐」
俺は一人残された部屋、独り言をつぶやきながらため息をついた。
☆彡
(モニカ視点)
「ちょっと、なんでダーリンにあんなこと言うのよ」
先ほどまで耐えていた感情を爆発させわたしはトニーに強く抗議した。
身に着けていた高級アクセサリーも投げつける。
それとあまりにもサムが不憫でサムのことを思うと涙が止まらない。
「君はまだ自分の価値が分かっていない」
トニーは投げつけられたアクセサリーを振り払い強い口調で返してくる。
「分かっているよ、聖女だと言いたいんでしょ?」
だけど、私も頭に来ていたので口調としてはかなり強く反論してしまった。
「その通りだ。そして、君は俺の妻になる女性だ」
「そんなわけないでしょ。全部演技だって言ってたじゃない」
そう、この婚約は神聖教会や国民の支持を仰ぎ目的を達するまで期間限定婚約なのだ。
「大声で言うな!誰がきいているか分からない」
だけど、このことを知っているのは当事者とごく一部の人間のみ。
ついつい血が頭に上りトニーを問い詰めていたことに、私は「ハッ」と我に返り手で口を覆い涙をぬぐった。
そして、先ほどよりも声量を落としてトニーへの抗議を再開しようと思った。
しかし、さきに口を開いたのはトニーだ。
「それに、お前がダーリンといっても現状では俺がダーリンになる。それを忘れるな」
「違う、あなたは本当のダーリンじゃない。わたしのダーリンはサムだけ。これまでもこれからも……」
私の決意は固いということをトニーへ抗議する。
「教会が、国が、民が、それを望んでいない。聖女は勇者である俺と一緒になるべきだという声が大きいのだ」
トニーもあまり大きな声を出せないが威圧するような喋り方で正論を説いてくる
「だから一時的に婚約ということにしたんでしょ。それにあなたとわたしは公務以外は一緒に生活しない」
だけど、わたしはわたし。聖女である前にダーリン……サムが大好きなモカなのよ。
そこは譲れない!
「……わかっている」
「だから私生活はダーリン……サムと一緒にいるの!」
「それはダメだ」
「約束と違うじゃない、それに明日の朝ごはんも帰って作らないと」
頑なにわたしとサムの生活を邪魔しようとするトニー。
「これは……サムとも話が付いている」
「本当に?」
「あ、ああ、本当だとも。彼は君に対しての様子がぎこちなかっただろ?」
「え?そうね……もしかして、あれは演技だって言いたいの?」
「そうだ、彼は聖女のことを考えて、周りに悟られないように演技をしているんだ」
わたしだけ知らなかった?
でも、どうしてダーリンは私に何も言ってくれなかったの?
そうか、言いそびれたのね。
あの時、エリザベス先生に叱られてたから……
それにダーリンがあんなにすがってくるなんて今までなかったし、あれも演技だった?
「……わかったわ。でも、絶対に魔王を倒したら婚約破棄してよね」
わたしの言葉にトニーは暗い顔をする。
「ああ、生きていればな」
いくらなんでも失言だと感じた。
これから行われるのは魔王討伐。
当然、命の保証なんてない。
ましてや勇者として戦陣に立つトニーは命がけと言っていいだろう。
「……悪かったわよ」
そう、これは魔王を倒すために王国と神聖教会が一致団結するための政略婚約。
でも、ダーリンをダーリンって呼べないのがこんなにもつらいなんて。
しかも、なんでトニーなんかをダーリンって……おぇ
そっか、サムか……サム、サム、サム……ああ、会いたくなってった!
私を聖女ではなく、モカとして見てほしい。
パイロットとしての才能ないけど、マギネスギヤが大好きでオタクなサム。
ダメなところもあるけど優しくてとても手先が器用なの。
彼は機械の修理をするけど手で再び組み立てられたその機械は、どんなに古く傷んでいても、まるで新品のように見事に復活する
それぐらいすごい人。
愛してやまない愛しのダーリン。
だからこんなウソの婚約なんて早く解消しなきゃ。
でも、トニーは約束してくれている。
魔王を倒したら婚約破棄してくれてサムと一緒に生活できるように……。
サムにもこのことは伝わっていると聞いている。
サムも頑張ってくれているんだよね。
サムとの将来のため、絶対に負けられない!
待っててね、本当のダーリン……全部終わったらすぐに新婚旅行よ!
わたしはトニーと別れた後、着替えと入浴を済ませ自室に戻った。
聖女となったことでかなり豪華な部屋を用意してもらっている。
質素なベッドから天蓋付きのベッドになり大きさも倍以上だ。
しかし、落ち着かないわたしは衣装ケースに入っている男性用の肌着を抱きしめる。
「サム……会いたいな」
くんくんと匂いを嗅いでサムを思い出し、肌着に顔を埋めながら静かな夜を過ごしていた。
しかし、あることに気が付いてしまう。
「……匂いが薄くなっている!」
赤ちゃんのような匂いがしていたサムの肌着。
私が顔を埋め頬釣りを繰り返したことで自分の匂いが移ってしまったのだ。
このままじゃ……わたし、死んじゃう!
居ても立っても居られないわたしは衣装ケースからもう一枚の男性用の肌着を取り出し抱きしめる。
「これはまだ、大丈夫!」
予備のサムがまだ残っていることに安心してそのまま眠りにつくのだった。
☆彡
(???視点)
月が綺麗で静かな夜。
王城の窓辺で金髪の男性が月を眺めていた。
虫のさえずりがかすかに聞こえる中、無音といえるほど僅かな物音しか立てずに彼に近づく者が現れる。
「影か?」
男は動揺することなく物陰に隠れる者に話しかける。
「いかがなさいましょうか?」
声は少々籠っている。
マスクをしているのだろう。
そして、その声は明らかに女性ということが分かる。
見えたりはしないがひざ下から声が聞こえてきた。
声の響きや方向から見えない相手は膝をつき首を垂れている様子がうかがえる。
「サミュエルを処分しろ」
「……よろしいのですか?」
男の命令に少し戸惑いを隠せない影と呼ばれる者。
「何がだ?」
自分の判断に疑問を投げかける影に少々、苛立ちをつのらせる男。
「聖女様がお知りになったら」
明らかに男のほうが上なのだが、進言をやめない影
「事故に見せかけろ。内容は任せる」
「かしこまりました」
何も見えないがなんとなくの気配で礼節は知っている人物だとわかる。
そして、またしても無音で去っていく。
気配がなくなったことを確認したことで動き始めたと喜ぶ金髪の男性。
「ああ、やっと君が来てくれた。愛しているよモニカ……もう誰にも渡すものか……モニカさえいれば何もいらない……」
月に手を伸ばし、ほほを染める男性。
☆彡
(ロゼッタ視点)
夜会が終わり私は寮の自室へと戻ってきた
椅子に腰かけふと思い出す今夜の出来事。
婚約破棄、そして悪役令嬢
この単語を知ったのは私が12歳の時だ。
家の廊下で思いっきり転んで頭を強く打った時に思い出したのがアニソンだった。
そして、徐々に思い出される前世の記憶。
そう、私は転生者だった。
死因はガンだった。
最後の病院のベットの上で飽きるまで見たアニメ達のオープニングテーマが今でも脳裏に焼き付いている。
アニソンを歌うたびに少しづつ戻る記憶。
この体は前世と違い美貌も美声も兼ね備えているおかげで、いつの間にか周りから歌姫と呼ばれるようになっていた。
更には聖女に一番近いとすら噂されるほど
そのおかげだろう。
14歳の時にこの国の第二王子と婚約することになった。
ただ、婚約時に思い出したことで気になることがあった。
私の名前や王子の名前に聞き覚えがあるのだ。
その後しばらくして思い出される乙女ゲームのタイトル
「勇者達と恋するマギネスギヤ」
という、SFRPG要素が入った女性向け恋愛シミュレーションゲーム。
ロボットに乗った勇者に守ってもらったり、お姫様抱っこでコックピットに乗ったりとどちらかというと男性が好みそうなものであまり人気がなかった。
私は……あれ?誰だっけ?確か、知り合い?恋人?にロボット好きがいて彼なら好きだろうなと思いながらポチポチやっていたので覚えていたのだ。
まあ、そのおかげだろう。
今回の婚約破棄のイベントはいずれ起こるだろうと予期していた。
それに、第二王子のアンソニー殿下と話をしたことなんて数えるぐらいしかない。
感情なんてものは何もない。
強いて言えば、父がどんな顔をするのかが不安である。
ゲームでは婚約破棄後のロゼッタのことは触れられていなかった。
それにしても、我ながらかなりの名演技よね。
ゲームで何度か見ているけどセリフも完ぺきには覚えていなかったから、半分以上はアドリブで凌いだ。
自画自賛するしかないが、満足いく演技だったな。
ただ、一つ気がかりがある。
ゲームではモニカに恋人なんていなかったはず。
だから、もしかしたら婚約破棄はイベントは発生しないのでは?っと思っていたのだが案の定である。
そして、あのモニカの恋人が可哀そうだったわ。
絶望という言葉が彼の周りに纏わりつくように覆っていた。
顔面が真っ青になっており、立つことも辛そうだった。
モニカは女の私から見ても美少女よね。
私だって今の自分の見た目に自信があるけど、あの子は反則だわ。
それなのに決して驕ったりしないいい子なのよね。
まあ、おかげで男女問わず人気でるってものね。
あのモニカの恋人、正確には元恋人かしら……やっかみとかあったのに平気な顔しているから何というか、精神的に逞しいと思っていたけど、やっぱりモニカが心の支えだったようね。
それが失われて今後、どうするのかしら?
まあ、私が考える事じゃないわね。
明日から夏季休暇のために準備を始めることにした。
そこで、教室に忘れ物をしているの思い出して取りに行く。
「やあ、ロゼッタ」
「これは、アルフレッド殿下」
教室へ行く途中で顔見知りに出会った。
私は立ち止まりスカートを裾をつまみ挨拶をする。
公爵令嬢の私がここまで礼儀正しくしないといけない相手だからだ。
その出会った人はこの国の第一王子。
第一王子は第二王子と違ってとても優秀で気品のある男性です。
正直、第二王子と婚約するより第一王子と婚約したかった……いや、本命は現在の勇者レイブン様だけど。
「その、今回の件については……僕も知らなかったことで……何といえばいいのか」
どうやら婚約破棄の件をアルフレッド殿下は知らなかったみたいね。
でも、私の心配よりも自分のほうがかなりダメージ大きいと思いますけど。
なんたって、モニカを狙っていた一人ですもの。
「いえ、私は大丈夫です。お気遣いありがとうございます。清々した気分です」
私の意外な回答にキョトンとするアルフレッド殿下。
「え?あ、あ、そうなんだ……えっと、こんな時間にどうしたんだ?」
「教室に忘れ物をしてしまいまして」
「君が?珍しいこともあるもんだね」
「ええ、お恥ずかしい限りですわ」
オホホと手を口に当てて微笑む。
「おや、これはロゼッタ令嬢ではありませんか」
私がアルフレッド殿下と話をしていると割って入る男が現れる。
「このような時間にこのような場所で会えるなんて運命を感じます」
「あら、お上手ね、ポルトンさん」
「いえいえ、滅相もございません」
私たちにズカズカと近づくぽっちゃり男子は男爵家子息のポルトン=ウブリアーコ
苦手な男なのよね。
先ほどから視線が私の胸にしか行ってないのですが?
そんなにも私の胸とおしゃべりがしたいのかしら。
まあ、あまり大きくない胸で喜べるなんて……そこだけは見る目があるわね!
ただ、生理的に彼を受け付けないのはどうしようもない。
「お二方ともごめんなさい。急いでますので」
早くこの場から切り抜けようと脱出を試みる。
「そうだね、もう時間も遅いから早く戻ったほうがいい」
「ありがとうございます。アルフレッド殿下」
流石にアルフレッド殿下は分かっていらっしゃる。
この場からすぐにでも逃げたい私の気持ちが。
「まあ、ここで会ったのも何かの縁です。用事があるならお供しますよロゼッタ令嬢」
いや、一秒でも早くあなたと離れたいのよ!
空気読みなさい!
「いえいえ、私も用事が済み次第、すぐに部屋に戻りますので」
「ならば、しばしの間、わたくしめが……」
どうしよう、意地で付いてこようとしてない?
「ポルトンくん、ちょっといいかな?」
「これはアルフレッド殿下、いかがなされました?」
アルフレッド殿下はポルトンの耳に顔を近づけ手で壁を作りヒソヒソと小声で何か話しかけていた。
私には聞こえないが次第にポルトンが興奮していき
「申し訳ございません。ロゼッタ令嬢。用事が出来ましたのでここで失礼させていただきます」
「ええ、大丈夫ですよ。ごきげんよう」
ポルトンはアルフレッド殿下に何を吹き込まれたのか知らないが大きな体を揺らしながら急ぎ足でその場を離れる。
残された私はアルフレッド殿下に視線を向けると彼と目が合う。
するとアルフレッド殿下は二コリを笑いかけてくれる。
たぶん、アルフレッド殿下が助け舟を出してくれたみたいだ。
「アルフレッド殿下、ありがとうございます」
「気にしないで、それじゃあ俺はこれで」
アルフレッド殿下は進行方向へ体を向け背中越しに手を振る。
私はその背中に頭を下げアルフレッド殿下が見えなくなってから移動を始めるのだった。
目的の教室に到着。
正直、深夜の学園は不気味なので早く帰りたいと思っていた。
お化け?いえ、この世界では正直、人間のほうが怖いわ。
人の命を何とも思っていない人が多いこと多いこと……。
日本人の感覚でいたら命がいくらあっても足りないもの。
っと、自分が今しがた深夜の学園に一人でいることに気が付き更に恐怖する。
「誰も……いないよね」
ガタ!
「きゃぁぁぁぁぁぁ!」
私はあまりの恐怖に絶叫を上げる。
しかし、冷静に物音がするほうを見ると机から忘れ物の教科書が堕ちただけだった。
「なんだ……脅かさないでよ」
ホッと胸をなでおろす。
しかし、次の瞬間に激しくせき込む。
「ゴホゴホゴホッ」
口を手で覆い咳き込む
かなり苦しく咳が止まらかった。
そして、何かを戻してしまう。
正直、食べたものが少し出たのだろうと思っていたのだが
手に付いたのは……大量の血のりだった。
「そ、そ、そんな……今度こそ……幸せになろうって思っていたのに」
その場でペタンとへたり込んでしまう。
自分がこの後、どうなってしまうのか……不安で一杯になりしばらく立ち上がることが出来なかった。
☆彡
(サミュエル視点)
夜会の翌日
俺は前世の記憶が蘇ったことでやってみたいことがあった。
それは未だに解読不能とされているマギネスギヤのブラックボックスを操作してみることだ
どこかで見たことある文字だと思っていたが何の変哲もない普通のプログラミング言語であることを思い出す。
確認をするために俺は学園の訓練用のマギネスギヤを借りることにした。
まずはマギネスギヤのもう一人の教官、ギルボア先生に許可をもらう。
とても情に深い先生で俺の好きな先生だ。
母の遺言としてああだ、こうだと説明をし使わせてもらうことに……まあ、母からはマギネスギヤをああしろこうしろなんて一切聞いたことがない。
「そうか、おっかさんの……」
「……はい」
俺は罪悪感を感じながら学園にある訓練用のマギネスギヤの元へ案内される。
格納庫の奥にある全長10mの機体、マギネスギヤは赤と黒のアドバンスカラーで塗装されていた。
「はぁ……カッコイイ」
「ふっ、おめえもこいつの良さが分かるのか」
「当たり前じゃないですか、ワクワクが止まりません」
前世と合わせるといい年した精神年齢のおっさんになるが、ロボットだけは別腹だ。
この合理性の合わせ技がなせるフォルム……魔力とかわけわからんが、駆動関係やこいつに使われるパーツはとても理にかなっている。
前世で人型のロボットを見たいと思ったら新幹線に乗る必要があったが、こうして目の前にあるだけで感無量だ。
「ほらよ、鍵の魔石だ」
「あ、ありがとうございます!」
「なに、気にするな。おっかさんの思い、無駄にするなよ」
「……はい」
キュィーン
借りた魔石を使うとマギネスの起動音がする。
ああ、この音……心地いぃ!
この音を聞くたびに俺は鳥肌が立ち武者震いをする。
はあ、自分自身でこのマギネスギヤに魔力を入れて操作できたらどんなに気持ちいいことか。
まあ、そんな夢物語は置いておいて作業だ。
コックピットの操作パネルの根本にキーボードを繋いでキーを叩く。
これをこうして……ここを入れ替えて起動っと。
前世の記憶が思い出せたおかげで変更する工程は頭の中に出来上がっていた。
しかし…………
ビィー
警告音が鳴り響く
それと同時にコクピットの前面に赤く光る文字が浮かび上がる
「あ、失敗した……」
これは少々骨が折れる作業になりそうだな……。
「あのギルボア先生」
「なんだ?」
「もう少し、ここにいてもいいですか?」
なぜかギルボア先生は少し涙目になりながら
「そうか、おっかさんを思い出したか……ああ、いくらでもかまわんよ」
壮大な勘違いをしているようだが、この際、ヨシとしよう。
「俺は戻るから好きなだけやってくれ」
「ありがとうございます」
ギルボア先生は俺を残して職員室へ戻っていった。
その後、俺はマギネスギヤのコックピットに残り赤く発行する文字と戦うことになった。
「さあ、前世で嫌というほど見てきたエラー文そっくりだ。一日で片付けてやるよ!」
服の袖口をまくり上げて気合を入れる。
そう、この程度の作業はあのデスマーチから比べれば屁でもない。
その後、次々と修正していくが、妙な感覚に陥り自分でも不思議だった。
俺ってこんなにプログラミング得意だったっけ?
前世では仕事だから仕方なくやっていた。
だが、この若い体だからだろうか?
かなりのペースで修正作業が終わっていく。
「よし、完成、スイッチオン!」
修正作業を終えて再度、マギネスギヤの起動をする。
甲高い機械音と共にマギネスギヤのコックピットが光り輝く。
成功かな?っと思った矢先に突如、目の前にウィンドウスクリーンが表れる。
『パスワードを入力してください』
パスワード……流石に分からない……適当に何か入れてみるか?
っといっても何を入れようか悩んでいた。
うーんっと唸っても出てくるのは前世のスマホのロック画面に入力していた数字の羅列のみ……しかし、安直すぎるから却下する。
「よし、これ入れてみよ」
俺が入れてみたのは前世の自作パソコンで使っていたパスワードだ。
あまり金がなかったから最安の低スペックパーツをかき集め作った。
しかし、あまりに低スペックすぎてWINが動かなくてオープンソースのOS入れたんだよな……。
幸い会社で使い慣れたOSのために別に苦労したことはない。
むしろ仕事の勉強になったよな。
前世を思い出しながらパスワードを入力したのだが
「マジかよ……」
パスワードをクリアしてしまう。
適当に入れたパスワードが通ってしまったことに驚いていると、新たにウィンドウが現れて画面に文字が浮かび上がる。
『ダウンロードとインストールを行いますか?y/n』
と、装飾などはなく質素というかシンプルな画面が怖かったりする。
何をダウンロードするんだ?
俺の経験上、訳の分からないものはダウンロードもインストールもしないのが良い
それにこれは学園のマギネスギヤで俺のものじゃない。
ここはNOだ。
俺は「n」を打ち込んだ。
『要求は取り消されました』
は?
『ダウンロードとインストールを行いますか?y/n』
おいおい、もしかして?
「n」は違うということはと思い俺は「no」を打ち込んだ。
『要求は取り消されました』
まじか……
『ダウンロードとインストールを行いますか?y/n』
一体、どうなっているんだ?
プログラムを見た限りそんなものはなかった。
俺がやったことといえば、文法エラーを修正しただけだ。
パッケージ管理?
それともヴァージョンに問題が?
もしかして、ウィルスか何かに感染しているのか?
うーんと唸っても解決策が浮かんでこないのでダメもとで俺は「いいえ」を打ち込んだ。
『要求は取り消されました』
はぁと溜息をつく
『ダウンロードとインストールを行いますか?y/n』
何度も俺の目の前に浮かび上がるウィンドウスクリーン。
魔力の残量を見るともう残り少ない
魔力を持たない俺がこれ以上触るには新しい魔石が必要だ。
魔石も安いものじゃない。
これ以上は授業にも支障が出るだろうと思い俺は電源を落として帰ることにした。
マギネスギヤから降りて出入口へ向かおうとしたのだが……
『ダウンロードとインストールを行いますか?y/n』
なぜかマギネスギヤの動力切っても俺の目の前に現れるウィンドウスクリーン。
更にはマギネスギヤから離れてもウィンドウスクリーンは付いてくるのだった。
もうどうでもいいやと少々やけになり俺は「y」を押す。
押してダウンロードが開始されインストールが始まると同時に激しい腹痛が襲い掛かる。
「え?」
急に腹が熱くなり全身が動かなくなる。
俺は恐る恐る視線を腹部へと持っていく。
何故か俺の腹部から剣の刃の部分が生えていた。
薄れゆく意識の中、ゆっくりと世界が動く。
どう考えても剣を背中から突き立てられたようだ。
しばらくすると、剣が俺の体から引き抜かれる。
それと同時に、振り向くとそこには黒づくめの男が立っていた。
正直、もう駄目だと観念した俺はゆっくりと意識が遠のいていく。
「か……可憐……やっと、会いにいけるよ……」
前世を思い出したからだろう。
最後まで可憐のことが頭から離れなかった。
今度は可憐の生まれ変わりと一緒に生活できれば最高だな……。
☆彡
目を覚ますと辺りは真っ暗だった。
現状、分かるのは冷たい床の上にいるということぐらい。
ここがあの世だろうか?
音もなく静まり返っていた。
その静寂を破るよう音が鳴り始める。
その音はどこか懐かしい……前世の自作パソコンの起動音に似ている。
次の瞬間、辺り一面が光始める。
見たこのない場所。
辺りを見渡せばずらりと並ぶ制御基板や制御装置。
そして、天井にも大型のスクリーンによるレーダー探知機のようなもの。
展望台のような窓から見える光り輝く無数の星々。
まるでアニメの宇宙戦艦のメインブリッジのような場所。
「目が覚めましたか?マスター」
性別は男だろうか?
ただ生身の人間というよりも合成音声のような声がする。
声のするほうに振り向くが誰もいなかった。
「おい、誰だ?誰かいるのか?」
「マスターこっちですよ」
今度は左から声が聞こえるので左を向く
しかし、誰もいない。
「ですからこっちです」
またも左側から声が聞こえる。ただ、少しばかり下にいるようなので左下に視線を移す。
「……は?」
「その呆れたような顔はなんですか。失礼ですマスター」
やっと姿を見ることができたが、一言でいうと前世のご当地キャラって感じだ。
とても小さく拳ほどの大きさである。
まあ、前世でいうところの手のひらサイズのブリキのおもちゃという感じだな。
真っ白い体は手入れが行き届いているのだろうか?光に当たる場所の光沢は眩いほどであった。
俺の目の間に現れたブリキのおもちゃは流暢に話しかけてくる。
ただ、想像からかなり逸脱した姿をしているために
「お、お、お、お前は」
「キュートな姿に驚きました?」
「あ、いや……えっと」
「あ、これは自己紹介が遅れました。私の認識コードはW21815109407618205544435409です。あなたをサポートする超高性能サポートAIです。よろしくお願いいたします」
自己紹介で認識コードを教えられても覚えられないな
それに、こいつ良くしゃべる……情報の処理の追い付かない。
「名前はないのか?」
「認識コードですか?それなら先ほど」
「違う、もっとその簡単な名称はないのか?」
「私は認識コード以外の名称を登録していません」
「そうか……」
にしても認証コード……覚えれないな
「なあサポートAI」
「なんでしょうか?あ、ちなみに超高性能サポートAIです」
変な奴だなっと思いながらも再度、その姿を瞳に移す。
似ているんだよね……
前世のご当地キャラで桃ちゃんという名前だったよな。
更にこいつは白いから……
「白桃って名前じゃダメか?」
「マスターがそう呼びたいならどうぞ」
「わかった、ならそれで頼む。認証コードは覚えれないよ」
「了解です。マスター!『白桃』をアーカイブへ登録しておきます」
白桃は特に変わった様子はないが何やら内部で処理を行っているのが分かる。
「では、質問。白桃、ここはどこだ?」
なんとなくだが、白桃の処理が終わっただろうというタイミングで俺は話しかけた。
「宇宙船ジャスミンの中です」
「……は?」
宇宙船?それは宇宙へ行くための船!
って、まじか?
「宇宙船の中です。そして、現在位置は操作系が集中するメインブリッジですね」
「…………は?」
「マスター、言葉がわかりませんか?」
「そうじゃなくてなんでこんなところに俺はいるんだ?」
「連れてきました」
「なんで?」
正直、理解が追い付かない。
こいつの言っていることは本当なのか?
「ナノマシンによる生体強化を施すためです」
白桃は更に訳の分からない言葉を並べ立て俺を混乱させる。
「……は?」
俺は白桃の言葉を聞き、もしかしてと思い慌てて体のいたる場所を触る。
ナノマシンだって?
俺はロボットになったのか?
ロボットは好きだが自分がロボットになるのはちょっと抵抗があるぞ。
もしかして、男性のシンボルも……よし、大丈夫……健在だ。
「どこ触っているんですか?」
「いやいや、いきなり宇宙船に連れてこられて生体強化?何、俺ってサイボーグにでもなったの?」
「サイボーグ?……あの歯車で動く人形ですか?」
「違うのか?」
「マスターの言っているサイボーグとはこのようなものですか?」
そういって俺の目の前に現れるウィンドウには機械仕掛けの人間が映し出される。
「そうこれ」
「違いますよ。私が施したのは生体強化ですので……そうですね超人と言ったほうが良いかもしれません」
「マジか」
「マジです」
「疑問なんだが、なんで俺を超人にしたんだ?」
「マスターは一度心肺停止いたしました」
「…………は?」
「その顔、やめましょう。馬鹿に見えますよマスター。あ、馬鹿ですか?」
「おい」
一度心臓が止まった?もしかしてあの黒づくめの仕業か?
あいつは一体誰だったんだ?
「なあ、白桃。俺を殺そうとしたヤツのことは知っているのか?」
「さぁ」
「さぁって……」
俺の傍で浮かんでいるブリキのおもちゃは表情を変えることなく淡々と話しを続けてくれる。
「マスターはブラック・アカシックレコードからシステムをダウンロードとインストールを行いました。そして、この船のスーパーユーザーとなったマスターの危機に駆け付けただけですから」
「お前ってこの船のAIなのか?」
「はい、このジャスミンの制御からお掃除まで担当する超高性能サポートAIです」
白桃は自信満々に自分の胸を叩く
「自分で高性能って大した自信だな」
「この銀河にいる以上、最上位システムと言っても過言ではありません」
物凄い自信だな。
自信過剰じゃないか?
まあ、いいか。それよりも……
「じゃあ、その超高性能なAIくんにお願いがあるのだが」
「命令でしょうか?」
命令?まあ、俺がマスターになるから命令になるのかな。
「まあ、そうだな。俺を自宅まで帰してくれないか?」
「申し訳ございませんが、エネルギーが足りません」
「何故だ?」
「マスターの治療にほとんどのエネルギーを使ってしまったので、現状も余剰エネルギーで何とか稼働しています」
俺の治療ごときで宇宙船のエネルギーがなくなるのか?
まあ、助けてもらったからあまり無理は言えないか。
「エネルギー不足って今後はどうするんだ?」
「とりあえずは恒星からエネルギーを補給しようかと」
「恒星?太陽からってなると太陽電池ようなものか?」
「いえ、そのような非効率的なもではなく、直接太陽などの核反応エネルギーを貰います」
白桃が言ってることが理解できないが何やらすごい技術のようだ。
「そのエネルギー補給というのはどのぐらいかかるんだ?」
「2か月ほどは掛かりますね」
「おいおい、すぐに帰りたいんだが」
「方法がないわけではありません」
「何でもいいよ、頼むよ」
そうじゃないと学園の出席日数が……あっ、そういえば夏季休暇か?
「ただ、よろしいでしょうか?」
「なにがだ?」
「この宇宙戦をこのまま目標地点まで落下させることならできますよ」
なんだ、出来るんじゃないか。
最初から……ん?落下?いや、その前に燃え尽きないのか?
「なあ、大気圏突破出来るのか?」
「この程度の惑星の大気圏で傷がつくジャスミンではありません。ただ……」
「ただ?」
俺は少しばかりだが、嫌な予感がしてきた。
「減速ができません」
んんんんんんんん?
「ちょっと待て」
「そのまま地表に落下という形になります」
「おいおい、木っ端みじんじゃないか」
自殺行為を進めるなんてなんてクソAIだ?と思ったが、予想外の答えが返ってくる。
「ええ、惑星がね」
「え?そっち?」
「この船はブラックホールに飲まれても平気な設計ですよ。この程度の質量の惑星に衝突した程度では無傷です」
「なあ、それって帰る帰らないじゃなくて、帰る場所がなくなるよな」
「そうともいいますね」
どうしよう……このサポートAI……ポンコツなのでは?
「なあ、他に方法はないのか?」
「そうですね、その他の方法となると……検索してみます」
白桃はどうやらアーカイブに接続して検索中のようだ。
俺は検索結果が出るまで待つことにした。
「お待たせしました」
「何かあったか?」
「ええ、地上にある特定のポータルと接続をつないで転移することが可能です。あ、もちろん学園の付近で検索しましたよ」
「なるほど!ってエネルギー不足なのに転送できるのか?」
「ポータル施設に残っているエネルギーを使用します」
正直、白桃が何を言っているのかよくわからないが帰れるなら良しとしよう。
白桃が準備するから待ってくれと待つこと15分
白桃からお呼びがかかる。
「接続完了しました」
「お、おう」
目の前にあったポータルの中心が眩く光り輝く。
「これに入るのか?」
「はい、学園に一番近いポータルにつないでます」
「そ、そうか……」
「ではいってらっしゃい、マスター」
「なんだ、付いてきてくれないのか?」
「ええ、私はここから離れるわけにはいかないのです」
「はいはい、超高性能AIは忙しいんだな」
「エッヘン、ただ回線はつなげておきますのでどこにいても通話などはいつでもできますよ」
「どこにいてもか?」
「はい、この銀河内なら遅延のないレスポンスが可能です」
これでもかとふんぞり返る白桃。
それにしてもこの船といいAIといい誰が作ったんだ?という疑問が浮かぶ。
「なんというかすごい進んだ文明で作られたのか?」
「はい、私が作られた時の文明は既にレベル5でした」
レベル5ってどれぐらいなのかよくわからないが……まあ、すごいのだろう。
っていうか、本当に戻れるのかちょっと不安になってきたな。
なぜなら目の前のまばゆい光の中に入る必要があるのだ……大丈夫なのか?
この光の中、正確にはポータルで移動するのだろうけど、原理がさっぱりわからん……信用していいのか?
「よぉぉぉし、いくぞ」
俺は気合を入れるために声を上げる。
しかし、その掛け声を茶化す白桃。
「掛け声はいいのですが、腰が引けてますよマスター……早く入って下さい」
「うるさい、心の準備が必要なんだよ」
こうして俺は命を取り留め、無事に学園の近くへと戻ることができた……はずだった。
しかし、光を抜けた先は薄暗い空間だ。
見回して見ても辺り一面何もない場所にポツンとある転送装置。
天井も高く土というか岩に囲まれた……まさに地中の巨大ドームといった感じだ。
だが、俺が驚いたのはその空間というよりも……
「なあ、白桃聞こえるか?」
振り向きざま転送装置に向かって話しかける。
「何でしょうか、マスター」
すると、左肩付近にウィンドウ画面が開き脳裏にテレパシーのように白桃の声が響く。
不思議な感覚で面白いのだが、今自分が置かれている状況が面白くないので血の気が引いていた。
「ここは……?」
「学園の近くにあるポータル施設です。ジャスミンの船とここをつないで転送しました」
その説明は入る前に聞いたな。
「いや、そうじゃない」
「どうしました?何か問題でも?」
「大ありだろう!」
「ポータル施設ですか?ここは遥か昔に栄えた文明が残した遺産のようなもので」
俺が期待する回答から離れた解答が返ってきたので再度、質問する。
「だから、そういうことじゃない」
「ではなんだというのですか?」
目の前の状況に緊張しており、呆れたような白桃の姿にイラっとする。
「なんでダンジョンの中なんだよ!」
白桃は首をかしげる。
何が問題なのか分からないといった感じだ。
「それは、長い時間をかけて魔力がたまりダンジョン化しているだけです」
「だけって、あのやばそうなモンスターどうするんだよ」
俺は数メートル先にいるヤバイ奴に指をさし、ウィンドウ画面の白桃に唾を飛ばした。
「モンスター?あのわんこですか?」
わんこ?確かに眠っている寝顔は可愛いかもしれないけど、図体の大きさからヤバイ感じがヒシヒシと伝わってくる。
「わんこってあんなドデカいわんこ?見たことねえよ」
「あれはフェンリルというわんこですね」
フェ……ン……リルだと?
「おいこら……ちょっと待て、フェンリルって空想のモンスターじゃねえのか。絵本でしか見たことねえよ!」
「実物が見れてよかったですね」
「良くねえよ……ってかこうやって正面から会いたくなったなぁ」
「まあ、出会ってしまったので仕方ありませんね」
「お前は安全な場所にいるから気楽いいよな」
「私も忙しいのです。それよりもいいんですか?」
「何がだ?」
「あのわんこ、やる気ですよ」
「……っえ?」
わんこがやる気になっている。
その事実から一刻も早く逃げ出したい。
「ガルルルルルッル」
臨戦態勢のわんこ……
あっ、俺、終わった……
「あ、そういえば、マスター忘れ物が……」
何か白桃が言っているが俺はそれどころではなかった。
死相が見える。ってか、死ぬよな俺……
「白桃……忘れ物なんてどうでもいいよ……ってか、この状況を何とかして……く……」
俺の言葉よりも早くフェンリルは動き出す。
銀色に光り輝く毛並みが逆立ち強化魔法を纏う。
この世界に来てあそこまで完璧な強化魔法は見たことがない。
まさに伝説の生き物……
「では、ポータルから大きいの出ますので離れてくださいね」
白桃が何か言っている。
だが、もうどうでもいい。
勢いよくこちらに向かってくるフェンリルに俺は死を覚悟した。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ」
俺は頭を抱えて身を低くする。
そうしたいと思ったわけではない。
反射的に体が動いたのだ。
惨めな格好であることは認める。
だが……怖いものは怖いのだ。
「……あれ?フェンリルは?」
恐る恐る自分の体を見るが何も変化はない。
自分の体に変化がないと確認した視線をゆっくりと上げるとそこには巨大な狼の体を受け止めるアドバンスカラーのロボットがいた。
「マギネス……ギヤ……」
「なんとか間に合いましたね」
脳に直接響く白桃の声に安心したのか強張った身体から力が抜けるのを感じる。
「は、白桃……」
「何ですか?マスター」
「こ、これは?」
「マギネスギヤですよ」
「ああ、そうだな……」
目の前ではアドバンスカラーのマギネスギヤが伝説の生き物であるフェンリルと戦っている。
フェンリルは身体強化の魔法によって超高速移動にてマギネスギヤの背後を取る。
しかし、マギネスギヤはアクロバティックな動きであっさりとフェンリルの攻撃を避けることに成功。
「俺は夢を見ているのだろうか……」
現実離れした高次元な戦いに俺は身動きを取ることができなかった。
「マスター、ぼーっとしてないで乗ってください」
「え?乗るの?ってか乗っていいの?」
「当たり前です」
その言葉に俺は興奮していた。
本来なら恐怖でしかない命のやり取りだが、なぜか白桃が付いてくれていれば大丈夫という楽観的な感情も持ち合わせていた。
そのため、「憧れのマギネスギヤに乗って戦闘が出来るかも……」っという子供の頃からの夢が実現し、ワクワクしている。
「というか、戦闘中にどうやって乗ればいいんだ?」
「ちょっと待っていてください」
「分かった」
すると、マギネスギヤは俺に向かって移動してくる。
それを真っ直ぐに追いかけてくるフェンリル。
あまりに直進的な動きだったためマギネスギヤはタイミングを合わせて回し蹴りにてフェンリルに強烈な一撃を放つ。
その蹴りがヒットして盛大に吹き飛ぶフェンリル。
「さあ、乗ってください」
「わかった」
移動しているマギネスギヤに合わせて俺も走って移動して、動きながらマギネスギヤに乗り込む。
ただ、乗ってすぐに俺は驚いた。
「これが……マギネスギヤのコックピットだと?」
「ええ、少しばかりですが改良いたしました」
乗り込んだマギネスギヤは俺の知っているマギネスギヤとは全くの別物だった。
本来のマギネスギヤなら目の前に小さなモニターがあり頭部のカメラと連動しているのが普通なのだが、
こいつは完全マルチビューで360度すべてがコックピット内に映し出されていた。
「これが少しって……全く別物じゃないか」
「いえ、そんなことはないですよ、コックピットはユニットで交換可能なので大したことではありません」
俺は憧れの……前世のロボットアニメで出てきそうなコックピットに興奮していた。
「いや、すごい、すごいよめっちゃすげー!。なあ、これってやっぱりジャスミン……宇宙船に備え付けのマギネスギヤなのか?」
「いいえ、マスターの近くに落ちていたので回収しておきました」
俺はふと我に返り冷静になり始める。
「俺の近く?それって学園のモノじゃない?」
「そうなのですか?てっきりマスターのモノだと」
「「…………………………」」
少しばかり沈黙ののち俺たちは何もなかったかのように話を進める。
「そういえば、これってどうやって動いているんだ?ちなみに俺は魔力なんてないぞ、いやもしかして超人になった俺に魔力が……!」
そう、マギネスギヤは魔力で動くロボット。
だから魔力が皆無の俺はパイロットではなくエンジニアを目指したのだ。
「マスターに魔力なんてありませんよ」
「なんだよ……期待したのに……っというか、ほんと、どうやって動かすの?」
「超人うんぬんというより魔力も要はエネルギーの一種ですから、代替エネルギーがあればこの手のモノは動かせます」
「……で、どうすればいいんだ?」
「普通に戦ってください」
「白桃がサポートしてくれるんだよな」
「いえ、必要ないでしょう」
「待て待て待て……俺……マギネスギヤで戦闘なんてしたことないぞ」
「あ、大丈夫ですよ、マスター」
「何が大丈夫なんだよ」
「戦闘プログラムをインストールしますのでしばしお待ちください」
「は?」
え?俺にインストールされるの?
もう俺、ロボットじゃん……なんか自分が怖くなってきたよ
「では、マスター操作を預けますので……って何落ち込んでいるんですか?」
「いやさ……なんでもない」
「?」
俺の目の前のプログレスバーがいっぱいになる。
それと同時にフェンリルが再度、こちらを目掛けて突進していた。
「こえー、でも、やるしかない!」
俺は操作ボールを握りマギネスギヤを動かす。
まるで熟練者のようにフェンリルの攻撃を避けることに成功する。
「あれ?俺って……すごい?」
「いえ、戦闘プログラムが優秀なのです」
「そこは誉めろよ」
「いえ、事実です」
可愛げのない白桃はさておき……これは少し、いやかなり面白い。
フェンリルの攻撃は音速を超えているのだろう。
マギネスギヤの測定ではマッハ3だ。
しかし、俺にはスローモーション撮影のようにゆっくりと見える。
「た、た、た……」
「た?」
「楽しい!」
「マスター戦闘中ですよ」
「いや、これ……最高にすごいじゃん」
「そうですか?もっとカスタマイズできれば良かったのですが、何分エネルギー不足だったために」
「いやいや、これ最高だよ、伝説の生き物倒せちゃうよ」
「まあ、あの程度なら楽勝ですね」
俺はとても良い気分になっていた。調子に乗った俺は腰に装備してあった魔導ライフルを構える
「これで終わりにしてやるぜ……て、これもカスタマイズされている?」
これはマギネスギヤの魔力を使って弾丸を飛ばす魔導ライフル。
弾丸と言っても大きめの石を飛ばすと言ったほうがいいだろう。
と、本来の魔導ライフルよりも前世のアニメでみたライフル銃に近い気がするが……
「ですね、ただ、あまりにも非効率的なのでカスタマイズしておきました。連射も可能です」
カスタマイズ……そういえば、マギネスギヤもカスタマイズしたって……
少しばかりだが違和感があったので白桃に聞いてみた。
「カスタマイズってどこにあったやつを改造したのだ?もしかして学園の……」
「それもマスターの近くに落ちていました」
「「………………………………」」
俺と白桃は少し沈黙してすぐに両者とも頷き解決する。
そう、過ぎてしまったことだと。
「にしても、こんな魔導ライフルであのフェンリルを倒せるのか?」
「普通は無理ですね」
「ならもっと別の強力な武器ないの?」
「ありません、それで戦ってください。大丈夫、レクチャーは行います」
「マジかよ」
俺は攻撃を避けながら白桃から一通りのレクチャーを受けてそれに従いフェンリルに挑む
「ここがああなってこうなって……」
「ふむふむ」
「で、こうしてああして……」
「ふむふむ」
「わかりましたか?」
白桃の問いに俺は自信満々に答える
「よし、ちょっとだけ理解した」
「全部理解して下さい」
ようは実践あるのみだ。
「よし、銃弾をセット。ロックオンしてトリガーを引く」
俺は魔導ライフルを勢い任せでぶっ放す。
しかし、弾丸はフェンリルの硬い皮膚に弾かれてダメージを与えることが出来なかった。
「あるぇ?おかしいな」
「マスター先ほど説明したとおりにやってください」
「やったぞ」
「全然違います」
「だってさ、加速?念動力?だっけ、よく意味が分からんぞ」
俺は事前に加速状態に入って念動力で出力を調整と言われても意味がよくわからなかった。
戦闘プログラムがインストールされていると言っても理解できていないので体もいまいち反応が悪いのだ。
「んー、そうですね。よし、ではこうしましょう」
「おう、どうすればいいんだ?」
「写経してください」
「は?」
すると、白桃は俺の目の前に光センサーのキーボードを用意する。
そして、ウィンドウにはかなり長いプログラムが映し出されていた。
「おいおいおい、まさかこれを写せと?」
「はい、理解できないならプログラムを写経するのがマスターには一番かと」
「だって、マイクロスコープ現象?がどうとかこうとか言われてもわかんねえよ」
「だから、写経しましょう」
「……戦闘中に?」
「もちろんです」
俺はもうやけくそになりキーボード入力を行い始めた。
「まずは加速から」
「ぬおおおおおお」
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ
兎に角、手を動かせ!という勢いで写経を始める。
「なあ、白桃」
「なんですか、マスター」
「コピペしたい」
「ダメです」
「ちくしょおおおおおお」
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ
その後、フェンリルのひっかき攻撃やしっぽグルグル攻撃を避けながらも俺はタイピングを続けた。
カタカタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ
「出来た!」
ターンと、最後のエンターキーを打つ力に力が入りキーボードの良い音がした。
って、このキーボードもよく考えればすごいよな。
空中に浮かんでいる光をタッチしているだけなのにキーの打鍵感が最高に気持ちいいからな。
「なるほど、ここの部分で微小な粒子や波動の相互作用を計算するのね」
「それで念動力が使えます」
「ならば、最後にこのプログラムを弾丸にインストール」
全ての工程が終了。
しかし、フェンリルの攻撃がやむことはなかった。
ただ、写経中もフェンリルは攻撃を続けていたせいでかなり疲れているのか舌を出して息を切らしていた。
「これで終わりだ!」
俺はフェンリルに向かって魔導ライフルを構えた。
そして、トリガーを聞く瞬間に白桃が話掛けてくる
「マスター、弾道補正しました?」
「あっ!」
ターン!
俺が放った弾丸はフェンリルのこめかみを掠めて奥の壁にぶつかる。
その弾丸は壁にぶつかったぐらいでは勢いは衰えることなく次々と壁をぶち抜いていった。
「あー、えっと」
「マスター」
白桃が俺を白い目でみる。
「大丈夫……次は大丈夫だ」
「マスター、あのですね」
何かもの言いたげに話しだす白桃。
だが、お前の言いたいことは分かってる。
「大丈夫、次は絶対に当てるから心配するなって」
「いえ、違います……相手が怯えていますよ」
「え?」
フェンリルはいつの間にかマギネスギヤと距離を取っていた。
そして、いつ逃げ出そうかと後退りをしている。
右後ろ脚を一歩……左前脚を一歩……少しずつ後退していた。
「クゥゥゥン」
まるで捨てられた子犬のような鳴き声をして、怯えているのが分かる。
「マスター」
「なんだよ、白桃」
「それ撃ちます?」
白桃はマギネスギヤが魔導ライフルを構え銃口をフェンリルに合わせていることに疑問を投げかける。
「バカヤロウ……無理だろ」
俺は戦闘状態を解除して魔導ライフルを煽り向こうへ行けとゼスチャーを送る。
「ほら行けよ」
「…………」
フェンリルはゆっくりと元居た場所へと戻っていく。
「はあ、なんか疲れた」
「ご苦労様です、マスター」
「ホント……ご苦労様だよ」
この後、俺たちは無事にダンジョンを脱出した。
☆彡
扉を開けるとそこは学園の礼拝堂だった。
ジャスミンという宇宙船から空間移動ポータルに乗ったのはいいが……そこは、学園地下のダンジョンだった。
宇宙船からこの礼拝堂までの道中……そりゃあ、色々ありましたよ。
本当に色々、あったさ……うん。
俺は白桃の力とマギネスギヤの力を借りてなんとか死に物狂いでダンジョンを脱出することに成功。
そして、今に至る。
「し……死ぬかと思った」
「ご苦労様です。マスター」
「ああ、本当にご苦労様だよ」
にしても学園の礼拝堂がダンジョンと繋がっていたなんて信じられない。
俺はもう一度、扉を開けて中を覗いてみる。
そこはやっぱり岩で出来た洞窟だ。
しかもかなり暗いので明かりを照らすものが無ければほとんど中を見ることは出来ない。
「ちょっと、あなた死ぬ気?」
俺は腕をつかまれて礼拝堂へと引き出される。
そんなに強い力ではないが、急な出来事だったためにドアに後頭部をぶつける。
「イテテテ」
「もう、その中に入ったらその程度の痛みでは済まないわよ」
俺の腕を引っ張った本人は腕を組み説教を始める
彼女の名前はロゼッタ=ヴィンダーソン
王太子殿下の元婚約者だ。
「なんで、こんなところにいるんだ?」
「それはこっちのセリフよ。ここは一般生徒は立ち入り禁止のはずよ。それによりにもよって難易度SSSのダンジョンに入ろうとするなんて」
「へ?難易度SSS?」
「そうよ……って、そんなことも知らずに入ろうとしていたの?」
入ろうとしていたというか、出てきたんだけどね……説明が面倒だから話合わせるか。
「いやー迷子になったんだ」
「迷子って普通は入れないわよ」
「そうなのか?」
「ええ、そうよ。それに見つかったら捕まるわよ」
「マジ?」
「マジよ」
「よし……それじゃあ、戻るわ」
捕まるのは嫌と反射的に来た道を戻ろうとしてしまう
「ちょっと、戻るってなんでダンジョンへ行こうとしているのよ」
「…………冗談だよ」
「もう……あなた、辛いかもしれないけど失恋なんていつでもそんなものよ」
「え?」
「だって、モニカさんに捨てられたでしょ?それで死のうとしているのね……気持ちは分かるけどそのつらさは一時の感情よ」
「は……はぁ……」
「そうだ、私がデートしてあげようか?」
「……は?」
「そうね、気分転換が大切よ。楽しいことすれば少しは気が晴れるわ」
「そうだな、いつする?」
調子に乗って返事する
そうすると意外な返答が返ってくる。
「もちろん、今でしょ!」
「マジ?」
「マジ」
というわけで、なぜかいきなり公爵令嬢とデートすることになった。
この学園は王都のほぼ中央にあり一歩出れば活気のある街へアクセスすることが出来る。
「まずは服ね」
「え?服?」
「そうよ、これからデートするのよ。身だしなみは整えてもらわないと」
「ああ……」
そういって服を買いに行き試着する。
ただ、試着する服はあまりにも高価だった
「流石にこれは買えないぞ」
「いいわよ、私が払うわ」
これは断ってもダメなやつだろうと俺は服を受け取る。
ああ、これで本日はロゼッタ令嬢の言いなり確定だな
と内心怯えてしまう。
どんなことをさせられるのだろうと、思っていると手を引かれて連れてこられたのは
いい匂いがする屋台だった。
「ほら、あれ食べよう」
ロゼッタ令嬢は屋台で肉を買いその肉を渡される
「驚いたな」
「何がよ?」
「お嬢様が小銭を持っているなんて」
「なに?私がお金持っているのが不思議?」
「いや、お嬢様なら金貨しか持ってないか付き人に払わせるものだとばかり」
「偏見……いや、意外と多いわね。まあ、そういう点、他の令嬢と違うわね」
「だろ?」
「嫌かしら?」
「まさか!そんなことはありませんよ、ロゼッタお嬢様」
「そう、あ、そうだ。私のことはローズって呼んでいいわよ」
「え?いいのか?」
「あまりロゼッタお嬢様って呼ばれるのは好きじゃないの」
「わかったよ、ローズ」
「よろしい」
意外にもフランクな感じで内心ほっとしていた。
にしても、こいつも婚約破棄されて大変なはずなのに俺のこと気遣うなんてすごい奴だな
隣に歩くローズに興味がわき見とれてしまう
トン
俺がローズに見とれているせいで他の通行人に肩がぶつかってしまう
「おい、いてえじゃねえか、にいちゃん」
肩がぶつかってしまった男は2メートルちかい大男でこちらに啖呵を切りながら歩み寄ってくる。
「す、すまん」
あまりの身長差に圧倒されてしまう。
一応、俺は謝るしかし何故か男は腹の虫の居所が悪かったのか
「ふん」
「グハッ」
何を言うこともなく痛烈なボディブローを仕掛けてくる。
俺は避けることが出来ずにそのまま受け入れる。
先ほどまで食べていた肉が喉元まで戻ってくるのではないかというぐらい強く打たれた。
まともに立つことが出来ずそのまま膝を地につけうずくまる。
「ちょっと、何してるのよ、こっちは謝っているでしょ」
ローズが大男に対して文句を飛ばす。
「あ?」
どうやら話が出来る相手ではなさそうだ。
「おい、やめておけ」
俺がローズを制止する間もなく大男はローズに俺と同じボディブローを放つ。
しかし、ローズはそれをあっさりとかわす
「へ?」
更に避けるのみならず、反撃をするローズ
カウンターの上段蹴りが炸裂する。
しかし、身長差から大男の脇腹にクリーンヒット。
スカートを履いているのにお構いなしで蹴りを入れるローズ
ちなみにパンツは見えなかった俺……。
「ガハッ」
大男は口から泡を吹く。
ローズの完璧な身のこなしによりいつの間にか大男は地に伏せる。
「すげえな」
「大したことないわよ、こんな男」
「それよりさ」
「そうね、ここは退散しましょう」
大通りのど真ん中でひと悶着してしまい人だかりができてしまっていた。
(あのお姉ちゃんすごい)
(それに比べて、隣は彼氏か?)
(情けないやつだな)
どうやら俺は情けない彼氏というレッテルを貼られているようだ。
トホホ
「ほら、行くわよ」
「ああ」
あまりにも注目を集めているためにその場から脱出する
☆彡
情けない彼氏という勲章をもらったのち
俺は手を引かれて小走りになるローズを追いかける。
ローズの口は緩んでおり、とてもかわいい笑顔だった。
その顔に俺は少しばかりだが心がざわつく。
俺と同じ背丈で女性としては背が高いローズ。
ドレスを着こなせばカッコイイ女性として周りから評価を受ける。
そのような女性が無邪気に見せる笑顔がこれほどまで強烈だとは……良いものが見れたな。
「ねえ、見てあそこ……行きたかったのよ、行きましょう!」
小走りで行きついた先は別のお踊りに面する大きなお店だった。
そこは職人がこだわりの家具を売る店だった。
一見(いちげん)さんお断りの超高級店。
「ようこそ、ロゼッタお嬢様」
中に入ると店主がいの一番にローズに挨拶をする。
流石、公爵令嬢
店主の腰が低いこと低いこと……
「ねえ、ミックのイスが欲しいの」
「弟君のですね、もちろん最高級の幼児用のイスをご用意いたします」
「頼むわ」
店員はすぐさま店の奥へ行き、他の店員にイスを用意するように指示を出す。
あとから知るのだが腰の低かった店員はこの店のオーナーだったようだ。
「なあ、ミックって?」
「え?私の弟なの。まだ2歳で……そして、天使なの!」
キラキラと輝く目つきでミックに思いをはせるローズ。
どうやら年の離れた弟がよほど可愛いと見える。
俺はどんなイスが出てくるのか楽しみだったが意外にも店員が持ってきたのはシンプルなイスだった。
「こちらでいかがでしょうか?」
「悪くないわ、これを届けておいてもらえるかしら」
「かしこまりました」
これだけのやり取りとあとはイスが届くのを待つだけらしい。
荷物持ちぐらいはしたほうがいいのかと思ったがこの後もまだ、色々と店を回るから手ぶらで行こうと言われる。
その後も彼女はとても元気に俺の手を引きあちこちへと誘導してくれる。
にしても、今の彼女に公爵家のご令嬢という姿はどこにもない。
俺の知っているロゼッタ公爵令嬢は物静かで優雅な女性というイメージだ。
若いのに物腰が落ち着ているなっという印象だった。
それが今、目の前の彼女にそのようなお淑やかさは欠片もない。
もしかしたら、これが本来の彼女なのかもしれない。
今まで王太子殿下の婚約者で聖女としてふるまう必要があった、
それがなくなり解放されているということだろうか?
それか彼女も無理をしていると考えるべきなのかもしれない。
(マスター)
「なんだ?」
目の前にウィンドウが開くが音声オンリーという文字のみが映し出される。
(つけられていますよ)
「なんだと」
(ウィンドウで確認を……)
「うわ……ほんとだ」
俺は白桃のナビゲーションシステムにより追跡者の位置が手に取るように分かっていた。
ただ、一切手を出そうとする気配はない
様子見?それかローズの護衛かもしれないと思っていた。
「ねえ、何て辛気臭い顔しているのよ」
「してねえよ、お前がそんなキャラだと思わなくて驚いてんだよ」
「もう、私はそんな堅苦しいお嬢様な訳ないじゃない」
「学園では堅苦しいお嬢様だろうが」
「そうよ、だって必要だったんだもん」
「大変だな」
「ほんと、肩が凝って仕方ないのよ」
肩こり?
俺は少し視線を降ろす。
その大きさで?
……っとは口が裂けても言ってはならないだろう。
『おい、新しい勇者様と新しい聖女様のお披露目が始まるぞ』
何やら周りが騒がしくなってくる。
どうやら大広間にて勇者と聖女の凱旋が行われるようだ。
「ねえ、向こう行こうか」
なぜか、彼女は凱旋が行われている大通りとは反対側へと誘導する。
「見に行かなくていいのか?」
「あなた、見たいの?」
どうやら彼女は俺に気を使ってくれているのだろう。
全く気にしていないと言えばうそになる。
だが、前世の記憶が戻っているせいで恋人を取られたことがそこまで苦になっていなかった。
「いや、大丈夫だ。この目で確かめたいんだよ」
「そうなの?」
心配そうに俺の顔を覗き込むローズ。
こいつ本当にいいやつだな。
「ああ、頼む連れて行ってくれ」
「仕方ないわね、それじゃあ一緒に行きましょう!」
俺はローズに手を引かれて凱旋パレードを行っている大通りへと足を運ぶ。
それにしても、俺はすごいことをしているという実感があった。
一般市民の俺が公爵令嬢というお姫様と一緒に街ブラをしてるのだ……!
まあ、もっと驚いているのは彼女が公爵令嬢と感じさせないところだ。
なんだろう……とても、懐かしい感じまでする。
彼女の振る舞いのおかげだろうか?
もし、演技だというなら大したものだ。
と、そんなことを考えているとすぐに凱旋パレードが行われている大通りへ到着
そこは紙吹雪の舞う盛大なパレードが行われていた。
大きなフロートの上には二人の男女が参列者に手を振っていた。
一人は良く知っている新しい聖女モニカ
彼女は聖女としてのトレードマークである宝石を散りばめた様な輝く白いドレスを身にまとっていた。
その衣装は実際に宝石が縫い付けられているわけではないらしい。
着ている者の魔力に反応して光り輝くのだ。
「彼女、大したことないんじゃない?」
たぶんローズは本心ではないだろう。
彼女は公衆の面前で他の男へ移るという残酷なことをしているのだ。
「いや、素晴らしいさ。彼女が少しの間でも俺の傍にいたことを誇りに思えるよ」
「なによそれ」
「おかしいか?」
「おかしいわよ」
「そんなことはないと思うが」
「思うわよ、こんなにもいい女が隣にいるのに」
冗談を言いながら笑顔を見せてくれるローズ。
「…………そうだな、失言だった」
「でしょ?」
「まあ、そんないい女に悪いことしたな」
「え?何が?」
「いや…………新しい勇者なんだが」
そう、もう一人の主役である新しい勇者とはアンソニー殿下だったのだ。
モニカの隣で手を振るアンソニー殿下。
『キャー殿下ぁー』
歓声の中の黄色い声が多いことに気が付く。
正直、今のローズがどういう表情をしているのか見るのが怖かった。
だが、怖いものみたさ恐る恐る視線をローズへ向ける。
すると意外なことに呆れたよう顔でため息までついている。
「何?あ、気を使っているの?別にいいわよ、むしろあいつが新しい勇者になってくれて助かったわ」
「そういうものなのか?」
「これが先代の勇者様なら発狂していたかもね」
「え?先代の勇者って確か……」
「そうよ、レイブン様よ。彼が別の女性とくっつくとかそのほうがダメージ大きいわ」
先代の勇者について語るローズの目は異様なまでに光り輝く。
まるで夢物語の王子様を語るような感じだ。
ちょっと待て、先代勇者のは確か今年で前世の俺と変わらない40歳のはず……ローズってもしかして……枯れ専か?
まあ、人の趣味をとやかく言うのは野暮ってもんだ。
「そ、そうか。ならお嬢様は婚約破棄されてよかったと思っているのか?」
「当たり前よ、あんないけ好かない王子様となんてごめんだわ」
うわー、一国の王子様に対してこの態度……流石だよ。
「それに、今は必要ないでしょ」
ローズは俺の顔を覗き込んでくる。
彼女の顔には俺が何を言ってほしいのか、鈍感な俺でも分かった。
「……ああ、そうだな、こんなにもいい男が隣にいるんだから!」
「そうよ!なんならあつらに見せつけてやるぐらいがいいのよ」
そういって俺の腕にしがみついてくるローズ
「うお!」
「どうしたのよ、変な声上げて」
「いや、急だったから……」
「そう?それよりもさっきのお肉、また食べに行かない?」
「ああ、そうだな」
俺は動揺することなくローズと一緒に移動することに
しかし、腕に当たる感触は紛れもなく女性特有のものだった。
慎ましいがローズも女性なのだと実感する。
「ねえ」
「ん?」
「失礼なこと考えてないわよね?」
「滅相もございません」
それにしてもどうして女性というのはこうも相手の思考が読めるのだろうか?
不思議で仕方ない。
☆彡
ローズと凱旋を見た後、再度、肉の屋台へと足を運ぶ。
まさか俺なんかが公爵令嬢と腕を組んで足並みを揃えて歩く日が来るとは……。
人生、何があるか分からんもんだな。
「それにしても夏季休暇なんてあっという間ね」
「え?」
「なに驚いているのよ。明日からまた授業再開でしょ」
「…………」
明日から授業?
夏季休暇は?
俺の……夏季休暇はどこへ?
「ただ、どうやらマギネスギヤを使った授業の再開は送れるらしいわ。まあ、あれだけの爆発があったから仕方ないのだけど」
「爆発?」
「え?知らないの?」
「すまん……その……実家にすぐ帰っていて」
「そうなんだ。あのねマギネスギヤの格納庫が爆発しているよ。犯人は騎士団の人が探しているんだけど……おかげで貴重なマギネスギヤが一体、行方不明なのよ」
「あ……そ、そ、そ、そうなんだ」
俺は動揺しないように平静を装う。
「ねえ、あなたさっきから可笑しいわよ」
「そんなことはないぞ……まあ、元気がでたんだ」
「そっか、よかった!デートしてあげた甲斐があったわ」
「ああ、ありがとうな」
ただ、嬉しかった。
母とモカ以外でこんなにも俺と一緒にいてくれた人は現世ではいない。
魔力が極端に低い=人としての尊厳がないに等しい世界だ。
同世代の子供たちからは忌み嫌われていた。
だからこそ、こんな俺を心配してくれて励ましてくれる。
そんなローズに惹かれているのが自分でも分かっている。
俺はこの時、どんな顔をしていたのだろうか?
変な顔になっていたのだろう。
頬を染めるローズは視線を逸らす。
「ま、ま、ま、まあ、こんなことならいつでもいいわよ」
笑いを堪えていてくれたのだろうか?
やっぱ、いいやつだな。
「それにしてもローズがこんなにも親しみやすい人とは思わなかったよ」
「そう?まあ、私も色々とあるのよ」
「そうなのか?」
「ええ、女には色々とあるの!」
彼女の言葉になんとなくだが、違和感があった。
それが何なのか言葉にすることが出来ないが彼女は何かを隠している気がしていた。
「こっちが近道だな」
「そうなの?」
「ああ、この裏道を通ればさっきの屋台の目の前に出るぞ」
「それじゃあ、行きましょう」
先ほどまで表情に影を落としていたがそれが一瞬にしてなくなるローズ。
なんというか表情がコロコロと変わるな。
まあ、とっつきにくいよりはいいかな。
そんなことを考えながら歩いていると路地の入り組んだところで
ドンッ
「キャ」
突如、背中に何かがぶつかる。
俺が振り向くとそこには美少女が尻もちを付いていた。
長い金髪のロングヘアーが特徴の女の子はすぐに立ち上がり強く打ち付けた臀部をさすっている。
ちなみにパンツは……見えなかった。
「イタタタ」
「大丈夫か?」
「あ、大丈夫、平気よ。それよりも急いでいるの……あっ」
「?」
金髪美少女は何かに気が付いて慌てて俺の腕の中に入ってくる。
「へ?」
「シー、匿って追われているの」
「マジか?」
彼女の言葉と同時に黒服の男性が数名現れる。
俺は何故か彼女を匿うことにした。
ただ、俺一人で完全にごまかすことは出来ないと思ったのでローズに助け求める。
「なあ、ちょっと手伝ってくれないか?」
「ええ、私が?」
「何でいやそうなんだよ」
「別に~、いいですけどね~」
若干、機嫌が悪そうなのは理解が出来ない……何故だ?
「人助けだから」
「はいはい。で、何するの?」
「ちょっと失礼」
「ふぇ!」
俺はローズを抱き寄せる。
その陰に金髪美少女を配置。
更に路地の死角を使って上手いこと金髪美少女を隠す。
「おい、どっちにいった」
黒服の男が声を荒げる。
かなり焦っている様子だ。
「こっちだ」
もう一人の黒服の男が俺たちのいる方へ指をさす。
そして、その指をさす先に丁度、俺とローズが抱き合っているのが見えたのだろう。
「おい、無粋な真似をするな。行くぞ」
「へ、へい」
どうやら黒服の男は紳士だったようだ。
すぐさま別ルートへと走り出す。
こうして、なんとか金髪美少女を匿うことに成功。
「行ったみたいだな」
「ええ、そうね」
ローズがいきなり頬をつねる
「イテテテ」
「もう、急に何するのよ」
「いやぁ、彼女を隠すのに妙案だったと思ったが」
「馬鹿じゃないの!いきなり抱き着くなんて」
「悪かった……」
咄嗟に思いついた案を実行したのはまずかったな。
昨日までほぼ赤の他人のような男に抱き着かれるなんて思ってみなかっただろうからな。
ん?でも、さっき俺の腕に抱き着いてきていたような……
「アハハ、楽しいですね」
何やら俺とローズのやり取りが気に入った金髪美少女。
「あ、自己紹介がまだでした。私はソフィアと申します」
金髪美少女はスカートの裾をつまみ上げ首を垂れる。
とてもきれいな所作で少し見とれてしまったが俺もすぐ名乗る。
「あ、俺はサミュエル……知り合いにはサムって呼ばれているよ」
「わかったわ、サム。それとありがとうございます」
「にしても、なんで追われていたんだ?」
「えっとですね……それは……」
俺が理由を聞くと何故か視線を逸らすソフィア
『いたぞ』
なぜか先ほどの黒服の男が戻ってくる。
欺けたと思ったがどうやらそんなに簡単にはいかないようだ。
「やっぱり、あそこだった」
「さあ、お前たちそこをどきなさい」
黒服の男はただ者でないのはすぐにわかった。
白いシャツに黒いジャケットを着ているのだが、筋骨隆々の筋肉が見て取れる。
「さもないと……」
腰に帯刀していたものを抜き、指で魔法陣を描く。
「ウィンド・ラン」
素早くなる魔法を使って自己強化をする。
「うわ……ただのチンピラじゃない……」
「そうでしょうね」
なぜか冷静に相手のことを理解するローズ
「うーん……白桃」
俺は白桃に助けを求めるためにウィンドウ画面があった場所に問いかけてみる。
出現場所は大体左肩付近。
すると
「なんですか、マスター」
「お、つながった」
「まあ、今は安定しますから」
「なあ、なんとかして」
「なんとかしてって……ああ、そういうことですか」
ウィンドウ画面の白桃がチンピラを見て状況を把握してくれる。
「頼む」
「しかた、ありませんね……簡易戦闘プログラムのスクリプトを実行させますのでどうぞ」
「わかった」
「あくまでも簡易プログラムなので気を付けて下さいね」
「OK牧場」
俺は素人ながらに戦闘態勢に入る。
「やる気か?死んでも恨むなよ」
相手はかなりの手練れだろうか?
金髪をかき上げながらこちらに高速接近をする。
だが、戦闘プログラムをインストールした状態の俺は相手が見えていた。
見えているというか遅いと思ってしまうほどだ。
フェンリルの攻撃のほうが早かったな……。
流石にあの難易度SSS洞窟の主と比べるのは可哀そうか?
相手の刀が俺の体を一直線に狙って繰り出す。
しかし、左手で相手の刀の背を強く強打して払いのける。
「なに!」
そして、相手の腕をつかんで引っ張ると相手は少しだけ体制を崩す。
その隙に死角にもぐりこんで俺は強烈な裏拳を相手の顔面にぶつける。
「グハッ」
たまらず相手はその場で崩れ落ちるのだった。
「よし、逃げよう」
もう一人の黒服の男が増援を呼んでいるのが分かりすぐに逃げの一手に出る。
「キャ」
「ちょっと、なんで私は脇に抱えるのよ」
ソフィアを肩に抱きローズを脇に抱える。
何処へ逃げようかなんて考えていない。
兎に角、走った。
☆彡
俺は追っ手から逃れるために当てもなく走る。
肩に担いでいる美少女はとても楽しいそうだ。
しかし、脇に抱えている美女は不満があるようだ。
「ちょっと、どこへ行くのよ」
「しゃべるな、下噛むぞ」
「わーい、すごい速い」
脇に抱えたローズは俺に質問してくる。
ただ、ソフィアは、なんというか……能天気な言葉で流れる景色を楽しんでいた。
そのまま、俺はなんとか振り切ることに成功
「この辺りまでくれば大丈夫か?」
「どうでしょね」
とても呆れているように見えるローズ
「それよりも早く降ろしてよ」
「あ、ごめん」
脇に抱えていたためすごい怒っているように思える。
どうしよう……思いついたことをすぐにやってしまうのは良くないと反省したばかりだというのに……。
二人を降ろして俺は謝ることにした。
「すまなかった」
「どうして、謝りますの?」
「いや、なんか怒っているから」
「私は怒ってません。むしろ面白かったです」
「は?面白い?」
この金髪美少女のソフィアが何を考えているのかさっぱり分からなかった。
「それにしても、あなたすごいのね。あれほどの強化魔法が使えるなんて」
「いや、俺は魔法が使えないんだ」
「え!そうなの?体が変なの?」
「おいおい」
何の躊躇もなく彼女は俺の体を撫でまわし始める。
「あははは、くすぐったい」
「一体、どこに秘密が?」
「ヒィーやめてー」
くすぐったいようなこそばゆい感じ
「はいはい、そこまでにしようね」
俺の体を撫でまわすソフィアの肩を捕まえて制止するローズ
そして、悶絶状態から脱出した俺に問いかける。
「ねえ、あなた……これからどうするのよ」
「え!どうするって……何が?」
「はぁ……」
クソデカため息をつくローズ。
なんだろう、またちょっと違ったローズだなっと思っていた。
しかし、彼女の口からとんでもない真実が出てくる
「あのね……彼女……ソフィアはお姫様よ」
「…………は?」
「間抜けな顔しない」
「いやいやいや、だって……え?」
ソフィアがお姫様?
そう言われてみれば、あまり着飾ってないが着ている服の生地はとても高級そうだ。
この世界で全身、絹の製品はいいとこのお嬢様だろう……って、まじで……いや、まだこの程度では……んー?
「で、ソフィー、あなたは何の用でSPから逃げていたの?」
「あら、ローズばかり楽しそうだったので私も混ぜてもらおうかと」
急に親しげに話し始める二人
あれ?やっぱりというか……王女様?
しかもSPって……さっきの黒服?
…………あ、俺……詰んだ?
「それよりも、どうしても行きたい場所があるの」
「どこよそれ」
「あのね、前に食べたあの謎肉が食べたいの」
「謎肉って……」
なるほど、どうやら彼女は屋台の肉が食べたいようだ。
そのために俺はSPをやっつけてしまったのか?
二人の会話から今後の自分がどうなってしまうのか気が気でない。
肩を落としてうなだれる。
「ほら、落ち込まない」
「そうです。かっこよかったですよ」
落ち込む俺を慰めてくれる二人。
俺はソフィアの顔を覗き込むと満面の笑みになっていることに更に落胆する。
ソフィアさん……原因はあなただって気づいてますか?
俺たちはそのあと彼女が言う謎肉を求めて屋台へ行く
「あー、この匂い……求めていたものだわ!」
「そうですか……」
「あら、元気がない?ほら、肉を食べて!元気になるよ」
「あ、ありがとうございます……」
「んーーーー、ジュスィー」
「うん……美味い……」
求めていた肉にありつけたソフィアは超が3つ付くほどご満悦だ。
「ほっぺが落ちる~」を全身で表現できている。
その反対側にいる俺は絶望のオーラで満ち溢れていた。
「もう、ソースが垂れているよ」
「おっと……はぁ」
「元気出しなよ」
「いや、出ねえよ……SPの人を殴って王女を誘拐したようなものだろ?」
「大丈夫よ」
「何を根拠に?」
「私がいるからよ」
「どういうことだ?」
ローズは大したことのない胸を張りドヤ顔をしてくる。
自信満々なのはいいが……根拠はあるのだろうか?
「私は公爵令嬢よ、それにあのSPは面識があるわ。だからあの人たちも気が付いたはずよ」
「なあ、その理屈でいうと俺はお前を脇に抱えて走り去った犯人だ……更に罪を重ねていないか?」
「そう言われればそうね」
俺は更に罪を重ねていることに気づいてしまい、頭を両手で抱えて悶絶する。
「ぬぉぉぉぉぉ」
悶絶する俺の肩をポンポンと叩き親指を立てるソフィア。
「まあまあ、そんなに気にすることないよ」
ソフィアさん、原因はあなたなんですよ……いや、早合点した俺も俺だけど……
「ローズ、この人の無実の罪を晴らすために協力しましょう」
「まあ、仕方ないわね……って、どうするの?」
「いい考えがあるの」
ソフィアは手招きをする。
それに対応するローズ。
ソフィアはローズの耳元を両手で覆い、俺に聞こえない様に囁く
何を話しているのかわからないが、俺はそれよりもこの後のどうなってしまうのか……そればかりを考えてしまう。
☆彡
しばらくするとローズ、ソフィアのSP達に囲まれることになる。
SP達は筋骨隆々にもほどがある。
サイドチェストで簡単に黒服が破裂するのではないかと思うほど……。
全員が殺気立っており、抜き身の剣を俺に向ける。
俺は泣きながら両手を挙げて降参の意思を示す。
超……コエェェェ!
ただ、そんな俺とSPの間に割って入り声を上げるソフィア。
「彼は無害だ。剣を納めよ」
先ほどまでのソフィアとは打って変わって、まるで彼らの女上司のような振る舞いにてSP達にものを言う。
すると、ソフィアのSPだけでなく、ローズのSP達も剣を納めて頭を下げ始める。
「「「「姫様」」」」
ソフィアに向かって頭を下げる筋肉達。
こちらの筋肉達の胸には金色に輝く王冠の形をしたバッチがある。
「「「「お嬢様!」」」」
一気にローズの目の前に群がり頭を下げる筋肉達。
こちらの筋肉達の胸には銀色に輝く剣の形をしたバッチ。
どうやら、俺は城の地下牢ではなく学園の寮に帰れるようだ。
……良かった……。
と思ったのも束の間
両者の筋肉達が一斉に俺に死の視線を向ける。
…………こ、こ、こわい。
俺と筋肉達が緊張して対立する中、ソフィアは優雅に俺の前に立つ。
「今日は楽しかった。ありがとうサム」
ソフィアの満面の笑みは宝石のようにキラキラと輝いていた。
本来ならこの笑顔にどんな男もワンパンで恋に落ちるかもしれない。
しかし、俺の今の状況を鑑みるに……恋に落ちるというよりも命を落としそうですわ!
俺とソフィアの会話に視線を向けるソフィア側の筋肉達。
ソフィアの素敵な笑顔も筋肉達の怖い視線で台無しである
「それはよかったです……アハハ」
と、社交辞令。
だが、筋肉達の視線は緩まない。
逃げ出したい……それが正直な感想だ。
SPに囲まれて楽しそうに手を振り帰っていくソフィア。
そして、残ったローズのSPに囲まれる俺
「あ、あの……」
「ほら行くわよ」
ローズの掛け声一つでゾロゾロと黒服が動く。
怖い、怖すぎる……黒服も怖いがローズもなんかすごい。
やっぱ住んでいる世界が違うな
貴族社会という前世の俺は考えれなかった制度の中での圧倒的な強者。
そんな二人と屋台で肉を食べるという非日常に思い出していたが、
「…………あっ!」
俺は重大なことを思い出す。
すぐさま白桃に回線をつなげる
「なあ、白桃」
「なんですか、マスター」
「夏季休暇の課題が終わっていない!」
「頑張ってください」
「いや、今からなんて無理だろ」
「私がやったら意味なのでは?」
「前世ではchatLLMに突っ込んで課題を終わらせる学生がいたぞ」
「私はそのChatLLMなんて旧時代ような言語モデルは使っていません」
「そこを頼むよ」
「たぶんですが、マスターが見た学生が問題になって私はそのあたりの倫理感が学習されているので無理です」
「ケチ」
「ケチで結構です」
俺は大急ぎで学園の寮の自室に戻る。
特に変わった様子はなく何だが、数か月ほど留守にしていたと感じるぐらいだ。
まあ、昨日今日の出来事が強烈すぎたな。
だが、現実に戻らねば!
頭に鉢巻を巻く。
前世の学生時代ですら鉢巻なんて巻いたことはない。
だ、この二回目の人生……本気を出す!
俺はその晩、これでもかというぐらい本気で課題に向き合った。
「よし、頑張るぞ!」
10分後
頭が重い。
瞼が勝手に閉店してしまう。
いかんいかん、眠ってしまう……次の問題だ
えっと、次は何を説明しているか答えよ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
電流(I)、電圧(V)、抵抗(R)の間の関係を表します。
V = I × R
ここで、Vは電圧、Iは電流、Rは抵抗を表します。電流と抵抗が与えられた場合にそれに対応する電圧が生じることを示しています。
回答
○○○○法則
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
なるほど、簡単だな
エンジニアコースを選択してよかった。
こんな問題、常識だろ
えっと………4文字か……簡単だな……答えは………おっ〇い……よし……あ、ヤバイ……眠気が……ぐぅ
翌朝
……カーテンの隙間から朝日が差し込む。
小鳥のさえずりが聞こえて朝だということがわかる。
そして、机の上に置かれた課題。回答を記入した問題は1問のみ。
更には、世界地図のようによだれがついているだけだった。
しかも何とかやっている問題も回答欄を見て唖然とする。
流石にあのような状態ではまともな思考回路ではなかったようだ。
仕方ない……諦めよう。
昨晩は早く寝たおかげで以外にもすっきりとした朝を迎える。
これで課題が終わっていれば最高だったのだが……。
☆彡
今日から夏季休暇が終わり二学期の始まりだ。
とても穏やかな晴天の日
のんびりとした学園生活を思い描くもそれを早々に壊してくれる人物が現れる。
この世界ではかなり珍しい自動車
庶民では絶対に手にできる代物ではない
それが学園の前に停車する。
自動車なんて伯爵以上の貴族しか乗れないだろう。
そんなものを学園の通学に使う輩がいるのだ!
まあ、言わずと知れた人だけど……
学園の前に止まった自動車から一人の男性が降りる。
高貴な人はゆっくりと歩くだけで絵になっている。
そんな注目の的になっているのは新しく勇者という称号を手にした第二王子のアンソニー殿下だ。
『キャー、アンソニー殿下』
豪華な靴は地面を踏みしめると黄色い声がするらしい。
何と憎たらしい靴だろう。
そして、その憎たらしい王子様の後から降りてくるのは俺がよく知っている……いや、もう別人かもしれない聖女モニカ様だ。
王子様は聖女モニカ様が自動車から降りるのをエスコートする。
二人は手を取り合って見つめ合いゆっくりと自動車から降りてくる。
その光景に周りに生徒は釘付けになっていた。
王子様の笑顔に心奪われている女子生徒も多い。
対して、男子生徒は聖女モニカ様を見て頬を赤く染めているものもいる。
たった二人だけだが、間違いなくこの朝の正門の風紀を乱しているな。
「けしからん!」
「何がですか?」
見えない場所から声が聞こえてくるが、これは俺にしか聞こえない。
超高性能サポートAIの白桃だ。
「いや、男どものいやらしい目がモカ……聖女モニカ様に向けられていると思うと居ても立っても居られないんだ」
「そうですか……で、あの方がマスターの元恋人ですか?」
白桃の問いに俺は少しばかり硬直してしまう。
ただ、すぐに元に戻り返事を返す。
「ああ、そうだよ」
他人に元恋人と言われるとなんとなくだが胸にとげが刺さるような痛みが走った。
割りれていない証拠だ。
「マスター、早く忘れたほうがいいのでは?」
「ぜんぜん、意識なんてしてないよ……本当だよ」
「それで幸せですか?」
「………………ああ、幸せさ」
白桃の回答に強がって見せる。
確かに本音ではモカと幸せな家庭を築き上げて行きたかった。
しかし、それは泡のように叶わぬ夢となり果てる。
「彼女の幸せだけを願う。それが俺のやるべきこと……いや、やりたいことだよ」
「寂しい人生になりそうですね」
「ほっとけ」
「そんなマスターをサポートしないといけないとは、ヤレヤレです」
「貴様……」
俺は白桃の悪態に激おこぷんぷん丸状態になりそうだったが
「ねえ、何アレ?」
俺の少し後ろの女子生徒が隣の女子生徒に疑問を投げかける。
どうやら俺が一人でしゃべっていると思われていたのだろう。
「え!知らないの?コソコソ」
隣の女子生徒が耳に顔を近づけ手で壁を作り小声で何かを話しかけていた。
「うわ、可哀そうに……きっと捨てられておかしくなったんだ」
「シー」
何を話しかけたのかある程度想像できるが、たぶん嫉妬で狂っているように思われているのだろう。
流石に気まずいので俺はその場から逃げるように退散した。
(ほら、あいつだよ)
(夜会での?)
(あいつは元から気に入らなかったんだよ)
(彼女に相応しいのはこの俺のはずだ)
(負け犬が歩いてる)
(馬鹿じゃないの?)
(近寄ったらだめだよ)
俺が移動していると周りの生徒は皆、俺の陰口を叩いている。
陰口叩くなら本人が聞こえないようにしろと言いたい。
「散々な言われようですね」
「ほっといてくれ」
「マスター元気出してください」
「ふん、元気いっぱいだよ」
「それはそれで……この状況で?大丈夫ですかマスター?」
「大きなお世話だ」
チラリとだが、聖女モニカ様に視線を移す。
先ほどから俺は彼女の視界に入る位置にいるのだが、一度も目を合わせてくれなかった。
どうやら嫌われているかもしれないな。
喧騒とするホームルーム前の教室。
俺は教室へ入るためにドアを開ける。
すると、教室にいる全員が俺を見るやピタリと会話が止まってしまう。
どうした?と思もいながら自分の机に到着するとその意味が分かる。
俺の机は物凄い状態だったのだ。
「俺って人気者だな」
「これが?」
白桃が映るウィンドウ画面は他人には見えない。
まあ、画面を見ずとも、口調だけで呆れているのがわかる。
「だって、見てみろよ……寄せ書き?」
「マスターそれを落書きと言います」
机の上に書かれた文字は放送禁止用語満載の下品なものだった。
木製の机にインク?で書いているのだろうと触ってみるとインクが滲む。
どうやら昨日、または今朝あたりにやられたのだろう。
暇な奴もいるんだ。
まあ、先ほどから俺を見てほくそ笑む人物が教室の隅にいるのであいつらかなって目星は付いた。
たしか、名前は……ブタトン?いや、ポルトンだっけ。あのデブ……とんかつにでもしてやろうか!
いかんいかん……大の大人がこんなことで心を乱してどうする。
気にすれば気にするほど相手の思うつぼだ。
気にしないようにしようとイスを引いて座ろうとしたのだが、イスにも色々と人気者の証が存在した。
「どうみても汚物?だよな」
ぼそりと呟いたら頭に白桃も同意する声が響く。
「ですね」
幸いにもかなり乾燥したもので匂いはなかった。
ただ、隣の生徒は物凄い嫌な顔でこっちを見てくる。
いや、俺も嫌だよ……まあ、隣の子はとばっちり受けて可哀そうだよな。
「どうすっかな」
「空気椅子ですね」
「二学期初日から空気椅子か……なかなかハードな授業になるな」
「冗談だったんですが、やる気ですか?」
「……グーでOK?」
俺が白桃を殴るか殴らないかで揉めていると同じクラスの女子生徒が俺に近づく。
「サム、あなた本当に嫌われているのね」
目の前に現れた女子生徒は昨日デートした制服姿のローズだった。
☆彡
「サム、あなた本当に嫌われているのね」
目の前に現れた女子生徒は昨日デートした制服姿のローズだった。
ただ、昨日のような砕けたものではなく令嬢として気品あふれる言葉遣いをしている。
なんだろう、ちょっと寂しい。
ちなみに腕を体の前で組んでいるが対して大きさが分からないのは何故だろう?
「ああ、おかげさまでな」
「ねえ、あなた、何か変なこと考えてない?」
「いや、別に」
俺は小さいのも好きだが、野暮ってものなので視線を逸らす。
「はぁ、サムって本当にバカなのかしら」
「バカ?違うね」
「へぇー、それじゃあ何なのかしら?」
「超バカだ!」
俺の回答にローズの髪留めが少しばかりずれ落ちる。
「ねえ、自分で言っていて虚しくない?」
「ふっ……」
透かした顔でごまかす。
それを見たローズの髪留めは完全にずれ落ちたのですぐに拾い上げて元の位置で留める。
「それにしてもこんなことに使うことになるなんて」
「何をだ?」
「はい、これ」
ローズが取り出したのは木で出来たイスだ。
「おお!」
「ほら、私の傍にいらっしゃい、そこだと勉強出来ないでしょ」
「いや、いいのか?お前の席は……」
「仕方ないでしょ、ほら早く来る」
「わ、わかった」
ローズにせかされて俺は教室の一番後ろの豪華な席へと移動する。
ただ、俺たち二人が並んでいると非常に目を引いてしまう。
(おい、どうなっている)
(そんな、お姉さま……)
(もしかして、慰め合ってるの?)
(くそ、ロゼッタお嬢様と仲良くしやがって)
(やっぱ、サミュエルのやつ〇ね)
まあ、今まで全く接点のなかった二人だ。
しかも、身分は天と地ほど違うから一緒にいること自体がおかしいだろう。
「気にしちゃだめよ」
「わかってるよ」
こんな時でも俺に気を遣うなんて本当に出来たお嬢様だな。
しかしながらほとんどのクラスメイトは俺たちの関係に妙に納得してる節もあった。
何故なら俺たちには共通点があるからだ。
そう、婚約破棄された似た者同士、そして周りからは傷のなめ合いなどと思われている。
一番後ろの席は教卓よりも大きく宝石などの飾りつけはないが材質は超一流のモノで作られていた。
それもそのはずだ。
公爵令嬢とは公爵家のご令嬢である。
公爵とは王様の次に偉いのだ。
そのせいだろうか?机やイスが普通の学園の備品よりも脚が高く作られている。
イスなんて完全に一段登って座る必要があった。
だからこそ、このイスはちょっと……。
「なあ」
「どうしたのかしら?」
「このイスって」
「ええ、職人に作らせた一流のイスですよ」
「おい、そんなこと聞いてねえよ」
「材質はもちろんトレントという……」
「そこはどうでもいい!それよりもイスの足の高さ!」
「……ほら先生来ますよ」
「……」
ローズは話を逸らしてしまう。
俺は仕方ないのでイスに座り前を見るとこに。
ローズの席はVIP席で幕板が付いているため前の席から足元が見えないのだ。
おかげで俺は…………前が見えない。
「何も見えねえ……」
「仕方ないでしょ……ミックのイスしかなかったのよ」
俺が愚痴を言うと少し顔を赤めてローズが衝撃の事実を語る。
「ちょっと待て、なぜ2歳児のイスを持ってきた」
「だから、それしかなかったのよ」
おいおい、2歳児のイスって……いや、待て……俺が乗ってもビクともしないな……これ、木の素材から組み方からすごい拘りが見て取れる。
素人が見ても「凝ってるな」と思えるのだ
「ってか、2歳児のイスにしては高級だな、おい」
「だって、可愛い天使のイスよ……もっと豪華にそれこそ玉座にしたかったわ」
ローズのブラコンが発揮されている。
しかも、顔がイってるよ……ちょっとヤバイ……ミックよ、強く生きろよ
それにしても玉座って……
「いや、2歳児が玉座なんて座りにくいし、落ちたらあぶねえよ」
「それもそうね」
やっと我に返ったローズ。
いつも通りの表情に戻り前を向く。
そして、俺も前を向く。
ただ、依然として俺の視界には机の脚しか見えないのであった。
授業が始まっても何も見えない俺はローズの立派なイスの脚にもたれ掛かって睡魔という誘惑に身を委ねる。
しばらくすると一限目が終了したのか皆が席から立ちあがる。
俺は机の脚しか見えないのだが他の生徒のイスが床に引きずられる音で目を覚ますのだった。
「おはよう」
俺の頭上から朝の挨拶が聞こえる。
その声の主は少々ご立腹なのだろうか?
少しばかり声のトーンがいつもより低かった。
「あ、おはよう……どうした?」
「いえ、気持ちよさそうで何よりです」
やっぱり少し怒っていらっしゃる
ローズは……女の子なのかな?
「生理か?」
「違うわよ、いびきがうるさかったのよ」
「あ、それはすまん」
「しかも、淑女に生理かどうかストレートに聞くって最低ね」
「まあ、気にするな」
「はぁ……」
ローズとスキンシップを取っていると次の授業を知らせる鐘が鳴る。
皆、足早に各自の席へと戻っていく音だけが聞こえるのだった。
目の前は机の脚しか見えないけど意外と教室の様子が分かるものだと感心する。
「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」」」
何やら教室が一気に騒がしくなった。
☆彡
「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」」」
何やら教室が一気に騒がしくなった。
(めっちゃ、可愛くね?)
(一目惚れしたぞ、俺、放課後告るわ)
(天使のような美少女だ)
男どもの欲望がかなり前のめりになっているご様子。
俺はそんな男子どもの美少女という単語に隣の脚の長いイスに座るローズを見上げた。
ローズは少々面白くなさそうに不貞腐れた顔で頬杖を付いていた。
あら、対抗意識?
「なあ、ローズ」
「なによ」
「お前は可愛いよ」
「え?ちょ!……いきなり何よ!」
ローズは俺の言葉に驚き頬を真っ赤に染める。
「いや、対抗意識でもあるのかなっと」
「誰が誰によ」
「謎の美少女とローズの比較じゃないのか?」
「何よそれ」
クスッと笑うローズは満面の笑みで俺の問いかけに答えてくれる。
「で、今はどういう状況なの?」
「転校生が来たのよ」
ローズはまた頬杖を付いて仏頂面になる。
「なんだ、嫌な奴なのか?」
「そんなわけないでしょ……まあ、私たちの知り合いよ」
「え?」
俺とローズの共通の知り合いで美少女?
心当たりが……って……まさか?
「それじゃあ、自己紹介をお願いします」
担任のエリザベス先生の声がする。
ん?エリザベス先生がお願いします?敬語?これはもう……
「はい、ソフィア=エルミレンディです。皆さん、よろしくお願いいたします」
やっぱり、ソフィアって……あのソフィア?
「ぬおおおお」
「ソフィアちゃーん」
「結婚してくれ~」
ソフィアの自己紹介に騒然となる我がクラスの男子たち。
見えないがかなり興奮しているのは手に取るようにわかる。
一気にすごい人気ものになったな。
「静まれ、男子」
パンパンと柏手を打ち男子どもの喧騒を鎮める先生。
エリザベス先生に逆らうと怖いんだよってのを皆、身に染みて分かってるな。
「それじゃあ、ソフィア様……おほん、ソフィアさんの席だが……ん?今日はサミュエルはさぼりか?」
先生……姿が見えないからってサボりと決めつけないで!
「先生、俺、ここにいます」
俺はローズの机から手だけを出してエリザベス先生に手を振る。
「貴様、なぜそんなところに隠れている」
「机の芸術を保護するためです」
「芸術だ?」
すぐにエリザベス先生の足音が聞こえた。
どうやら俺の席に向かって移動しているのだろう。
「なっ!」
エリザベス先生は俺の机を見て絶句する。
しばらく考えたのち、エリザベス先生は教壇へ戻り
「新しい机とイスを用意するか待っていろ。それとそこではロゼッタお嬢様の邪魔になる。すぐに退去しろ」
「先生、私は大丈夫です。机が用意できるまでこのままでもいいですよ」
「しかし……」
「構いません」
「……わかりました」
流石のエリザベス先生もローズの言うことは聞くようだ。
まあ、本来ならお姫様って言われてもおかしくない存在だしね。
「サミュエル、貴様、ロゼッタお嬢様の邪魔だけはするなよ」
「はーい」
俺は逆らうことなく、またしても机から腕を伸ばして手を振る。
「それではソフィアさんの席はこの一番前の席に……」
「エリザベス先生」
「なんでしょうか?」
「私、サミュエルさんの隣がいいです」
「「「え?」」」
ソフィアの提案にエリザベス先生だけではなく、生徒が全員驚きを隠せなかった。
「そ、それは、どのような意味で?」
「私は他国から来ましたので学園生活が不安なのです」
「はぁ」
「ですので、知人であるロゼッタさんとサミュエルさんと一緒にいると安心できるかと思いますがダメでしょうか?」
エリザベス先生は「うーん」と唸っていた。
しばらく、というかほんの少し考えて「ヨシッ」と自分で納得したかと思うといきなり俺の名前を呼ぶ。
「サミュエル、立て」
「はい」
俺はエリザベス先生の声に反射的に立ち上がり直立不動の姿勢をとる。
そして、見えた姿はやはり俺の知っているソフィアだ。
金色に輝く髪が特徴的で、その長さは腰まで届く。
細くて長いまつ毛が瞳を際立たせ、ライトブルー瞳には光が宿っている。
「サミュエル、お前がここに座れ」
エリザベス先生が出した回答は俺が本来ソフィアの席に座ることだ。
「ソフィア様、しばしお待ちください。ロゼッタお嬢様の隣に席を用意しますので」
「あ、サミュエルさんがここに座るなら私も一緒に座ります」
またしても、ソフィアの発言に教室が驚く。
「「「えっ!」」」
またしても驚きの声がハモる。
そして、一つの机に二人が座るという構図に教室の空気が異様なほどどんよりと沈む。
俺は明らかに殺意の籠った視線を男子生徒一同から受けることになる。
ただ、俺が持って行ったイスはミックのイスで普通の机ですらイスの高さが足りなかった。
「あの、サム、ここに座ってください」
なぜか、馴れ馴れしく名前で呼ぶソフィア
「いや、でも、そこはお前の席だ」
「大丈夫です、私は特別なイスがあることを思い出したので」
「そうなのか?」
「はい!」
俺はソフィアに促されるままソフィアのために用意された普通の椅子に座る。
「では私も座りますね」
「ちょ……ソフィア……さん」
なんとソフィアは俺の膝の上に座ってきたのだ。
前が見えないだろうと気を利かせてお姫様抱っこするかのように横に座る。
俺は彼女の姿勢がきつそうなのでとっさに抱きかかえてしまう。
「サム、ありがとう」
「え、あ……」
これにはクラス全員、開いた口が塞がらない状態だった。
「サミュエルよ……すぐに新しいイスをすぐに用意するから待ってなさい」
「お、お願いします」
流石のエリザベス先生も焦っているのが見て取れる。
そりゃあ……ソフィアの正体を知っているだろうからね。
何かあれば先生の立場がやばいもんな。
そのあと、他の先生たちがアート作品になっている机とおまけ付きのイスを撤去してくれ、真新しい机といすのセットが用意される。
その机に腰かけようとするのだがなぜかソフィアもついてくる。
それに見かねたエリザベス先生は
「ソフィア様……ゴホン、ソフィアさん……彼も学業に集中する必要がありますのでご自分の席で授業をお受けください」
「……仕方ありませんね」
あっさりと引き下がるソフィア
「では、また後で」
ウィンクしながら立ち去るソフィア。
ご機嫌なソフィアとは裏腹に俺に突き刺さる殺意の視線
うん、夜道には気を付けようと思った。
☆彡
殺気の籠った視線で人が殺せるか?
……俺は死にそうです。
まあ、今は大丈夫だけど、夜道には気を付けなければならないと決心している。
授業中……ソフィアがこちらを向き小さく手を振る
その様子を見る周りの男子生徒の目が怖い。おい、廊下側の一番後ろに座るヤツ、目から血が出ている……大丈夫か?
ただ、今の現状の認識を改め直す必要がある。
どうやら授業中もといわず、四六時中……気を付ける必要がありそうだ。
その後、何とか生きて本日のすべて授業を終えることが出来た。
「い、生きてる」
「何を当たり前のことを言っている」
「へ?」
俺は全ての授業が終わり、生きていることの喜びを感じているとエリザベス先生が声を掛けてくる。
「いいか、お前はこれから生活指導室へ来い」
「え?それはなぜですか?」
「まあ、なんだ」
エリザベス先生は俺の問いに答える前に辺りを見回す。
しかし、大勢の生徒がいることを確認したので
「それは生徒指導室に来れば分かる」
「はーい」
「ちなみに、一人で来いよ」
「えっ……は、はい!」
どういうことだ?
「帰り支度が済み次第来てくれ」
「あ、はぁ」
「くれぐれもバックレたりするなよ」
「りょ、了解であります!」
俺は直立不動で額に手を当て敬礼する。
その後、エリザベス先生は踵翻して教室を後にする。
ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待て……。
落ち着け、俺!
一人で生徒指導室へ来い?
それは、つまりエリザベス先生と二人きり?
女教師と男子生徒が密室で、二人きり?
しかも、ここでは話せる内容ではない?
待て待て待て…………。
こ、これは一体、どういうことだ?
どこかに隠しカメラが?
いや、この世界にそんなものはないか。
ドッキリじゃないよな?
じゃんけんで負けたら罰ゲームで嘘告白とか?
…………………エリザベス先生だとあり得ないな。
これは、どう考えても……結婚を前提とした交際の申し込みではないだろうか?
エリザベス先生……いや、エリザベス……俺はALLOKだ!
彼女のすべてを受け入れる準備ならできている!
この世界では先生と生徒の恋愛が禁止なんてものはない。
恋愛自由だ!
俺はモカに……聖女モニカに捨てられた男
でも、そんな俺でも必要としてくれる女性がいるなんて。
しかも、俺の理想の女性だ。
これほどうれしいことはない。
モカのことを忘れるにはやはり新しい恋が必要だな。
にしても、最低な男だ。
今まで散々、愛してる・お前だけだと豪語していたのに捨てられた程度で心変わりしているのだ……いや、普通か?
まあ、いつまでもモカのことを引きずるのは精神衛生上良くないよな。
……うまくいきすぎてないか?
まさか……ゆめ?
「サム、どうしたの?ぼーっとして」
俺はエリザベス先生の話を聞いた後、しばらくその場に立ち尽くしていた。
そんな俺に話し掛けてくれたのはソフィアだった。
「いや……すまないが頬をつねってくれないか?」
「え?どうしたのいきなり?もしかして、マゾ?」
「いや、違う」
ドン引きするソフィアに俺は弁明しようとした。
しかし
「イテテテテ」
「これでいいかしら?」
「ふぁい」
横から俺の頬を躊躇なく思いっきり引っ張ってくれるローズ。
うん、痛い……これは夢じゃないな。
「ほら、エリザベス先生に呼ばれているんでしょ」
「おう!」
どうやらローズは先ほどの会話を聞いていたようだ。
「よし、行ってくる!」
「うん、いってらっしゃい?」
ソフィアは首を傾げながら見送ってくれた。
俺は生徒指導室へと足を運ぶ。
廊下をスキップで移動する俺はどこからどう見ても浮かれていただろう。
生徒指導室の前に立つ。
扉のガラスに映る自分を見ながら身だしなみチェック!
「あーあー」
喉の調子よし。
戦闘準備は万全だ。
コンコン
ドアを叩くと「入れ」とエリザベス先生の声が聞こえる。
「失礼します」
ゆっくりとドアを開けて、一歩中に入る。
すると、未来の花嫁が体の前で腕を組み仁王立ちしていた。
なんと勇ましい姿だ。
俺は益々、エリザベス先生……いや、エリーを惚れ直す。
「まずは、これを見てくれ」
エリーは一枚の紙を差し出してくる。
ま、まさか……婚姻届け?
いや、この世界にそんなものは……いや、まて、彼女なりに意思表示が欲しいということだろうか?
俺は紙を受け取りその内容に目を通す。
「え?エリー、これは?」
「エ、エ、エリー!?……こほん、ふざけるな!……まあ、そのままだ」
その紙に書かれた内容はなんと「授業料未納」というものだった。
☆彡
俺はトボトボと歩いて寮の自室へと戻る。
「はぁ」
出るのはため息ばかり。
エリザベス先生から渡された紙は将来の伴侶としての約束ではなく……金を出せ!という内容だった。
『授業料未納』
エリザベス先生が手渡ししてくれた紙を見つめる
「はぁ」
ため息しか出ない。
それにしてもなぜ授業料未納になったのか?
大方の予想だがモカのオヤジ……聖女モニカの父親にあたるマクスウェル男爵のせいだろう。
本来ならマクスウェル男爵が俺を支援するという名目でこの学園に通わせてもらっている。
一応、俺の母親はマギネスギヤのパイロットとしては超一流で名前もエリザベス先生並みに知れ渡っている。
まあ、流石にあれほどの実力者の息子が魔力ゼロの無能とは誰も思うまい。
おかげで変なとばっちりを受けずに済んでいる。
そんなすごい女に貸しを作っておいて損はないというのがマクスウェル男爵の魂胆だろう。
しかし、今やモニカ……娘が聖女になったのだ。
マギネスギヤのパイロットを支持するなんてことは些細な事になってしまったのだ。
たぶん、金は全て聖女モニカへの支援金にでもなっている。
まあ、モニカが一定の戦果を出せば、後は遊んで暮らせるだろうからな。
ましてや自分の実の娘だ。
俺なんかよりもよほど大切だろう。
それにしても、どうしたものか。
母は他国へ遠征に行っているので連絡手段がない
俺は金を稼ぐ必要があった
「仕方ない、社会勉強としてバイトでもしますか!」
でも、この世界に来て仕事なんてしたことがない。
俺にできることがあるのだろうか?
それにしても一体、どんなものがあるんだろ?
時代的には、産業革命が起こってはいるがまだまだ人力が主流だ。
というよりも魔力なんてものがあるから機械の利便性が低いんだよな。
下手な機械よりも魔法を使ったほうが便利という……なんと言えばいいのやら。
まあ、魔力のない俺が出来る事なんて小売業の荷下ろしや店番ぐらいか?
明日でも組合ギルドへ行って登録するかな。
「よし!稼ぐぞ!」
俺は拳を作り天高く掲げる。
胸を張り背筋を伸ばして自室のドアを開けると……
「……………はぁ」
現実を見てしまう。
またも、猫背で暗い顔して、ため息付きながら俯く。
まあ、教室の机やイスと同じような被害をここでも受けていた。
壁一面にアートが描かれ、ベットは中身が爆発している。
机と椅子に至ってはもはや原型をとどめて居なかった。
これ、どうすればいいのだろうか?
俺は何もない左肩付近に話しかける。
「なあ、白桃」
「なんですか、マスター」
「これ、何とかして」
「ん?これをですか?」
「ああ、頼んだ」
「ご自分で片づけてください」
「……薄情者」
「それよりも誰か来ますよ」
「ん?」
白桃の促される方向へ視線を向ける。
すると、廊下の向こうから女神のような美しいプロポーションの女性が見える。
カツカツとハイヒールの音は心地よく歩く姿はまさにパリコレ。
「あれ?エリザベス先生、どうしたのですか?ここは男子寮ですよ」
「ああ、分かっている」
「……はっ!もしかして……男子生徒がお好みで?夜這いですか?」
「そ……そんな……ハレンチなことはしたことが……!!!って何を言っているだ、馬鹿者!」
おや、もしかしてエリザベス先生は清らかな乙女ですか?
……やばいな、誰か貰ってあげて!まじで好みだわこの人……!理性が吹っ飛んだら襲っちゃうよ?
「オホン、それよりもサミュエル、自分の部屋の前で何を突っ立ている?」
「いえ、どういえばいいのか……アハハ」
俺は後頭部をさすりながらごまかそうとした。
しかし、俺の態度が不自然なのは目に見えている。
エリザベス先生は俺の部屋を覗く。
「ふむ、ちょうどいい」
「え?先生、ちょうどいいって、ひどいじゃないですか!」
「あ、いや違う。そういう意味ではない」
「じゃあ、どういう意味なんですかね」
俺はエリザベス先生に顔を近づけて先生にガンを飛ばす。
あまりに顔を近づけてしまって気持ち悪かったのか、はたまた息が臭かったのか分からないが顔を逸らすエリザベス先生。
「いや、その……だな」
「ええ、なんですか?聞きましょう」
この部屋をちょうどいいと言われたことに流石に俺はムッっとしていた。
「ああ、もう離れろ!」
俺が顔を近づけているため話が出来ないとエリザベス先生は俺を突き飛ばす。
その力が意外にも強く俺の腹部に強烈な一撃がクリーンヒット。
「ぐふっ」
「あ、すまん」
俺は腹部を抱えてうずくまる。
エリザベス先生は俺と少し離れたかっただけだろう。
ちょっと照れている感じがしたので可愛いと思っていたが……油断した。
ここまで力強いとは……
「立てるか?」
俺を気遣って手を差し伸べてくれるエリザベス先生。
「先生酷いですよ、責任取ってください」
「す、すまん。そのなんだ……私の部屋に来るか?」
「え?」
もしかして、今晩の俺は狼になっていいの?
☆彡
本日の俺の仕事は魔導具ショップの店番だ。
学園の授業料が未納のために汗水を垂らし働く必要がある。
「はぁ」
当たり前のことだと分かっている。
別に働くことが嫌とかはない。
前世は完全なる社畜だった俺からしてみたら店番なんて遊んでいるようなものだ。
俺は魔力がないので扱うことが出来ない魔導具がたくさんある。
しかし、魔導具の理論は結構面白い!
本来なら俺の好物である魔導具。
マギネスギヤの次にこの世界で興味のあるものだ。
「はぁ」
だが、そんな好物に囲まれた環境でも気分が上がらない。
なぜか?
それは昨晩のエリザベス先生の部屋で起こった出来事だ。
☆彡
俺はエリザベス先生の部屋の前で立ち止まる。
ぱっと見の見た目は木製のどこにでもある普通のドアだ。
ただ、かなりの板厚のあるドアのため重厚感がある。
うちの学園は泊まり込みで働く先生が多く、先生のための独身寮が完備されている
先生の部屋の前は他の部屋と変わらず殺風景で通路とドアのみ。
しかし、このドアの向こうには俺の知らないエリザベス先生……エリーがいるに違いない!
期待と不安に胸に抱き先生の後に続く
「入ってくれ」
「おじゃまします」
日本のように靴を脱ぐ場所があるわけもなくそのまま部屋へ移動。
間取りとしては1DKという感じで風呂とトイレも完備。
流石、国内ナンバー1の学園の独身寮ということだけはある。
にしても、本当にここは女性の部屋なのかと思うほど……何もなかった。
全くと言っていいほど生活感がない。
先生……本当にここに住んでいますか?
「適当に座ってくれ」
「あ、ありがとうございます」
先生が座ってくれという目線の先には腰ぐらいの高さのテーブルにイスが4つあった。
これもまた、何も変哲もない木製のテーブルとイスのセット。
テーブルの上には花すら置かれていない。
本当にないもない部屋にポツンと木製のテーブルとイスが置いてあるだけだ。
俺はイスを引き腰をかける。
俺が座るとその対面にエリザベス先生も座る。
向かい合う二人。
しかし、何故か先生は少し思い悩んでいるようにも思えた。
そうか、そんなに真剣に俺との将来のことを考えているのか。
ただ、少しばかりの沈黙が俺は耐えることが出来なかったので口を開いてしまう。
「とてもいい部屋ですね」
「ああ、そうだな」
「ここなら居心地がよさそうだ」
「ああ、そうだな……」
ふいにエリザベス先生は影を落とす。
「どうしました?」
「いや、気にするな」
あれ?もしかして、地雷踏んじゃいました?
エリザベス先生は30超えても独身。
独身寮が住み心地が良くて出られない。
のではなく、結婚相手がいないから出られない。
それを住み心地がいいから出られないと掛けて馬鹿にしてしまった?
まさか、そんな風に思っていませんよね?
ここは弁明せねば!
「いや、決して結婚できないとかそういう話をしているつもりは」
「き、き、きさま……殺されたいらしいな」
あ、どうやら、先ほどの発言が地雷を踏みぬいてしまったようだ。
ど、ど、どうしよう?
「さあ、ここは私の部屋だ、死体が転がっていもおかしくないな!」
「いえ、普通におかしいです。自宅に死体が転がってるっておかしいですよ!」
腰に差していた剣を抜き、その切っ先を俺に向けるエリザベス先生。
抜き身の剣を構えるエリザベス先生はカッコイイ。
様になっている。
しかし、その剣先が俺に向かっているという事実が恐怖以外何者でもない。
ただ、恐怖と同時にちょっと涙目のエリザベス先生が可愛いと思ってしまった。
「先生!話が……話があるのでは?」
「(ぷるぷる)……そうだったな」
俺は話題のベクトルを変えるべく先生をなだめる。
しばらくすると震える剣先が俺から離れていき、俺は「ほっ」っと安堵する。
「貴様の学費だが、少しばかりは待ってもらえることになった」
「本当ですか?」
「ああ、ただし条件付きだ」
「条件?」
「まずは、これから1か月、私の知り合いの紹介の店で働いてもらう」
「それから?」
「とりあえずは店の手伝いのみだ」
なるほど……その話をしたくてここに呼ばれたのか。
あれ?
それじゃあ、もしかして……今夜、俺が狼になることは……なし?
「先生」
「なんだ?」
「それだけですか?」
「……?それだけって、十分大変なことだろ?」
「……いや、もっとこう……先生の気持ちとして……なんというか……」
「貴様は何が言いたいんだ?」
俺は勇気を振り絞ってストレートに聞いてみることにした。
「いえ、部屋に呼ばれるのでもしかして、俺と男女の関係になりたいとか?」
「は?お前とか?ないな」
あっさり、きっぱり、そして即レスで断られる。
「貴様を男として見れるわけないだろ」
(チーン)
……いや、まだだ。
なら男として見てもらうために……俺がすることは……
「エリザベス先生、いえ、エリザベス、俺はあなたが欲しい」
「……は?何を言っているんだ。私が欲しい欲しくないなど、私は物はない」
エリザベス先生……もしかして、そこまで恋愛音痴だっとは……。
ここはど真ん中のストレートに言うしかないのか?
俺は深呼吸した。
真剣な目つきでエリザベスを見つめる。
そして……
「エリザベス、結婚しよう」
ここで茶化したりは絶対にしない。
真剣であること、エリザベスを好きなことを打ち明ける必要がある。
そのためには姿勢が大事だ。
しかし、エリザベス先生は呆れた顔をして顔に手を当てる。
「……はぁ?馬鹿にしているのか」
「いや、本気です」
俺は真っ直ぐにエリザベスを見つめる。
「……ああ、わかった。お前は疲れているんだな?」
「違います」
「なるほど、ふざけているのか?」
「それも違います」
エリザベスはイスから立ち上がり俺に指さす。
「まあ、いい。明日から仕事をしてもらう。それだけだ」
流石に俺もここまで相手にされないとなると、黙ってはいられない。
「俺は真剣に言っています。答えをください」
「……わかった」
エリザベスは玄関へ体を向けていたが、俺の方へ振り向き鋭い視線を向ける。
「答えは"NO"だ」
「な、なんでですか?」
「さっきも言っただろう。貴様を男と見ることは出来ない」
「…………………………」
エリザベス先生の回答に俺は何も答えることは出来なかった。
その後、俺は自室に戻れないので別の部屋を借りて一晩を過ごした。
しかし、朝になってどうやって別の部屋に移ったか覚えていない。
ましてや、ここはどこ?状態。
幸いバイト先の2階ということもあり、初出勤は何とか遅れず無事に出社することが出来た。
☆彡
昨晩のことを思い出し俺は再度、溜息をつく
「はぁ」
それにしても盛大にふられたものだ。
いや、フラれてすらいない。
見向きもされていないのだ。
「男として見れない……か……」
前世では盛大に捨てられたが……何度味わっても失恋というものは胸が締め付けられる。
そして、辛いからこそ更にエリザベス先生の顔が頭にこびりついて離れない。
何をしていても浮かんでくる好きな人の笑顔や照れた時の顔。
泣きそうだ。
「成長がないな……俺」
クヨクヨしている自分を俯瞰して見れるようになっただけマシなのか?
前世の時は感情に任せていたからな。
吸いなれないタバコにやけ酒と……麻薬に手を出さなかっただけヨシとしておくか?
気持ち切り替えないとな。
カランコロン
店のドアが開く。
お客さんだ。
流石に仕事中に辛気臭い顔をするのは良くない。
この店のオーナーにも、何よりこの店を紹介してくれたエリザベス先生のためにも。
にしても、この店のオーナーはあまり魔導具屋って感じがしなかったな。
整った顔立ち金髪で日焼けしており如何にも陽キャウェイって感じの男だ。
確か年齢は30歳と若かったよな。
まあ、なんにせよ非モテな俺とは正反対で気に入らないが仕事は仕事だ!
自分の感情は捨てよう。
「いらっしゃいませ」
入ってきた客に営業スマイル&首を垂れる。
「あら、生きていたのね」
しかし、入ってきた客の態度は悪かった。
それもそのはず
「……って、なんだローズか」
入ってきた客はこの店には部不相応な客だ。
この店の魔導具は一般庶民が扱う値段のものばかりだ。
金に物を言わせて最高級を求める人は用がないはず。
「失礼な店員ね」
「冷やかしか?」
「エリザベス先生に言われて様子を見に来たのよ」
「へぇ」
「あら嬉しくないの?愛しのエリザベス先生が心配してるのよ」
「……別に~」
俺はあえて白々しく装う。
だって、フラれたばかりだなんて言えるものか!
「というか、なんで俺の愛しの人がエリザベス先生なんだよ」
「見てれば分かるわよ」
「………………」
え?俺ってそんなに分かりやすかったのか?
もしかして、そんなところがエリザベス先生に知られて……
嫌われていたのか……。
男として見れないは建前で気持ち悪かったとか……
「のおおおおおおおおおおおおお」
その場で頭を抱えてふさぎ込む。
そして、俺は自分の行動や浅慮な思考、行動を悔いる。
どこだ……どこで間違えた!
「ちょっと、いきなり頭を抱えて、どうしたのよ?」
「いや、別に……」
「ええっともしかして、気にしてる?大丈夫よ、先生は一切、あなたの気持ちになんて気づいてないわよ」
「………それは、それで悲しい」
昨日のことがあるから余計にエリザベス先生の顔が思い出されて胸に棘が突き刺さる。
流石に一晩で回復できるほど人間出来ていません!
いや、それよりも
「なあ」
「なによ」
「なんでお前は俺がエリザベス先生が……そのなんだ……愛しの人だって思ったんだ?」
「見ていればわかるわ。あなた、先生を見るときと私を見るときの目つきが違うもの」
「そんなに変えているつもりはなかったが、分かりやすかったのか?」
「いえ、些細な変化よ」
「じゃあ、なんでわかったんだよ」
「それは、うらや……おほん、悪役令嬢の感よ」
ローズは胸を張って言い張る。
「ぷっ。なんだよ、それ」
「面白いでしょ」
「ああ、最高だよ」
あれ?悪役令嬢?
そのフレーズを知っているということは?
「それよりも聞きなさい」
「ん?なんだ?」
「その愛しの人、エリザベス先生がお見合いするのよ」
「…………は?」
「私が聴いた情報によると明日のーーーーーー」
エリザベス先生が結婚?
ちょっと待て、早まるなエリザベス先生!
いや、もうフラれた外野がああだこうだ言う権利はないよな……。
待て!
お見合いってもしかして、無理やりだったりするのか?
それならば放っておけない。
強くあるが脆いところもあるエリザベス先生だ。
エリザベス先生の結婚相手は彼女に相応しい人であるべきだ。
じゃないと俺が報われない!
「おい、詳しく!」
居ても立っても居られないとローズの肩をつかみ食い入るようにローズに迫る。
「ちょっと、近い……近すぎる」
「あ、すまん」
あまりにも勢いよく近づいたせいであと少しで唇が接触してしまうところだった。
「で?」
ローズと距離を取り再度、聞き込みを開始する。
「待って、あなたが変なことするから心臓がーーーーーー」
「おう、そうか。すまん」
しばらくの間、ローズの呼吸が落ち着くまで待つことに。
そんなに激しく迫ってしまったのか?
そんなこともないような気がするが、まあ仕方ない。
今はローズの回復を待つしかないな。
しばらくするとローズの呼吸は落ち着き話ができるようになる。
「もう大丈夫よ」
「ああ、すまなかった」
「そうね、どこから話しましょうか」
「頼む、教えてくれ」
「えっとね、まずは相手なんだけど、30歳の男性、まあこの店のオーナーよ」
「え?マジ?」
「マジ」
もしかして、俺のために先生は身を売るようなこと……。
いや、俺のためってことはないか。
だったら、一体、どういった理由が?
まさか、本当にエリザベス先生、結婚するつもりなのか?
ならば、エリザベス先生には幸せになって欲しい
オーナーはエリザベス先生に相応しいか俺が見定めなければ。
いい男でなければ、エリザベスはやらん!
☆彡
王都でも名高い有名シェフが料理を出すホテル。
かなり高級な料理の数々に貴族御用達で一般人には無縁な場所。
王都の中心に位置するそのホテルは予約を取るだけで半年から一年という。
そんなホテルの5階
それこそ有名シェフが料理をもてなすところにお目当ての人物はいた。
そんな二人を俺とローズの二人は別の場所から監視していた。
しかし、かなり離れているので多分そうだろうという程度しか、認識できなかった。
「ちょっと、遠いな……仕方ない魔導具の出番だ!」
「あなた使えるの?」
「使えない、だからお前に来てもらったんだ」
「えっと、これはレンズに魔力を通すのね、こんな感じ」
「よし、そのまま魔力通しておいて」
俺は魔力を使った望遠鏡によってエリザベス先生の姿を捉える
「OH!NO!」
「ちょっと、どうしたのよ?大丈夫?」
いつものスーツ姿ではなく、ボディラインがはっきりとわかる白のドレスを着たエリザベス先生。
いつも見慣れているスーツとは違った大人の女性の色っぽさに俺はたまらず声を上げてしまう。
「ああ、大丈夫だ」
「…………ちょっと見せて」
ローズが俺から望遠鏡を取り上げる。
そして、そのまま覗き込む。
「……ねえ」
「なんだ?」
「…………スケベ」
「ちょっとまて、俺は純粋に……」
「純粋に?」
「……すごいなって思っただけで」
「何が?」
「な、な、なにがって……それよりもオーナーはいるのか?」
「逃げたわね」
「いいから、俺に見せてくれ」
俺はローズから奪い取るように望遠鏡を覗き込む。
しかし、ローズが手を離すと魔力が通らないのでローズの腕ごと自分に寄せる。
「ふむ、やっぱりオーナーだな」
女神エリザベス先生の目の前にある丸いテーブルを挟んで対面には金髪の日焼け肌のイケメンオーナー。
何やら爽やかな笑顔で喋っている。
そして、その会話でエリザベス先生は手を口に当てて「オホホ」と笑っているように見える。
「……なんか、嫌だ」
「何がよ?」
「エリザベス先生がお上品に笑っている」
「……そうね、それはちょっと……怖いわね」
「だろ」
俺のエリザベスはもっと豪快に笑う人だ。
どこぞのお嬢様のように「オホホ」なんて……もしかして、イケメンオーナーは好印象なのか?
「それにしてもちょっと肌寒いわね」
「そうか?」
夏季休暇が終了して日が暮れると風が冷たくなる。
俺は張り込むつもりで来たのでコートを着てきた。
しかし、ローズは学園の帰りに魔導具屋へ来たので、レース素材で風通しの良い夏服。
それにここは向かいの建物を見下ろせるような高台。
確かに風が肌に触れる場所は少し肌寒い。
「ねえ、もう帰りましょう」
「ちょっと待ってくれ、もうちょっと」
俺はエリザベス先生の意外な一面を見ているという状況に興奮していた。
確かにフラれてしまったが、いまだに未練がましく彼女にどこか思いを寄せているのだろう。
自分では引き出せないようなエリザベス先生の一面に嫉妬していた。
自分の思い人が別の男の前では自分の見たことのない姿を現しているのだ。
焼きもち、嫉妬
この感情以外の何物でもない。
「ねえ、もう寒くて無理帰るよ」
「ちょっと待て、寒いならほら」
「え?キャァ」
俺はピーチクパーチクうるさいローズを黙らせるために自分のコートの中にローズを入れた。
流石に俺のコートの中は暖かいのだろう。
しばらくの間はじっとして黙ってくれていた。
俺は今、忙しいのだ。
目が離せない。
エリザベス先生の一挙手一投足が気になって仕方ない。
そして、イケメンオーナーは雇い主ではあるが、負のオーラを送り続けていた。
「クソ、会話が聞こえない!」
「無理でしょうね、この距離だと」
「やっぱりあれか、読唇術を使うしかないな」
「へぇ、あなたすごいのね」
感心してくれているローズを気にせず、俺はイケメンオーナーの唇を読む。
”ア・イ・シ・テ・ル”
な、な、なんだってー
ストレートに来たな!
「あら、直球なのね。男らしくて良いじゃない」
「良いわけあるか!」
そして、俺はその返事が気になりエリザベス先生の唇を読む。
”ワ・タ・シ・モ・ヨ”
「チクショォォォォォ」
エリザベス先生の返答に俺は発狂してしまう。
「ちょっと、うるさいわね。耳元で大声出さないでよ……それにしても信じられないわね」
「ああ、俺だって信じられない。っていうか信じたくない」
俺の目から汗が溢れ出てくる。
なぜだ、なぜあの男なんだ。
「そうよね。でも、人の好みってわからないものね」
「ああ、そうだな。あんな男のどこがいいんだ?」
ローズは自信満々に俺の問いに答えてくれる。
「そりゃあ、お金持ちでイケメンでスタイルもいいわね」
「……チクショウ、勝てる要素がねえ」
「それよりもさ」
ローズはとても不満そうな顔を俺に向ける
だが、俺としてはおセンチな状態なので、ローズの言葉にムッっとする。
「それよりもって俺にとっては一大事だ」
「そうじゃなくて、今の状態分かってる?」
「何のことだ?」
「私ね、女なの、淑女なのよ」
一体何を言っているんだ?
ローズの言いたいことが分からない。
コートの中でぬくぬくしているローズ。
顔が少し赤いからもしかして、暑いのか?
いや、淑女?
女であることを主張?
「…………」
もしかすると、胸の大きさでエリザベス先生に負けているのを気にしているのか?
俺は再度、望遠鏡を覗き込み、女神のたわわに実ったものを拝む。
そして、今度はローズの発展途上国を確認
「大丈夫、ローズも女だ!」
俺は自信満々に答えた。
「どこ見て言ってんのよ!」
バチン
こうして俺の左の頬には真っ赤なもみじが出来上がる。
「それよりもあなた、読唇術が使えたのね」
「いや、今、初めて使った」
「…………バカね」
☆彡
(エリザベス視点)
「ねえ、エリザベス先生」
後輩のナタリーが甘い声で話しかけてくる。
見た目が幼く小動物のような仕草、それにこの甲高い声。
学生時代から多数の男子がこの子のことを狙っていたな。
まあ、この子自身、それで怖い目にも合っているから難儀なもんだ。
私なら大歓迎だというのに……。
「ナタリー、もうお前の先生ではない。それに今は任務中だ」
「あ、すみません。エリザベス先輩」
「はぁ、早く学生気分は抜けよ」
「はぁーい」
この子、優秀なのだが言動が少々軽率なのが傷だ。
「で、エリザベス先輩、そろそろじゃないですか?」
「ああ、そうだな」
私とナタリーは魔導具を使った追跡調査を行っていた。
「先輩は盗聴器の仕込みは成功したのですよね?」
「当たり前だ、何のためにあのような男と見合いなぞしたと思っている」
「結構、言われてましたね」
バキッ!
私は見合いの席のことを思い出し、手に持っていたコップを握りつぶしてしまう。
「ちょっと先輩、やめてください」
「ああ、すまない……だが、思い出しただけではらわたが煮えくり返りそうだ」
「どうどう」
「私は猛獣か!」
「いえ、そんなことはないですよ(似たようなものですけど)」
「何か言ったか?」
「……ほら、何が聞こえてきてますよ」
ナタリーが盗聴器の対となっているスピーカー魔導具の音が出る部分に指をさす。
耳を澄まして聞くと僅かだが小さな声が聞こえてくる。
『ザザザ……おい、開けろ』
『合言葉』
『デーモンの魂、閣下バンザイ』
『入れ』
魔導具から聞こえてくる声は紛れもなく先ほどまでお見合いしていた男だ。
「やはりアジトに行きましたね。突入しますか、先輩?」
「いや、まだだ」
現状、まだあの肌の色も黒いが腹も黒い男が犯罪者と決めるには早計だ。
『にしても、今回は出来が悪くないか?』
『おいおい、いちゃもんつけるなら売らねえぞ』
『わかったよ、いくらだ?』
『今回は正直やばかったんだ、それなりに頂くよ』
『ちょっと待て、これ以上高くなるのか?』
『バラ騎士が動いているって言われてな』
『バラか、厄介だな』
『詳しいのか?』
『いや、ほとんどが謎だよ。ただ、騎士団の中でもエリート勢が配属されるなんて噂は聞いたことがある』
『へえ、騎士団のエリートね』
ふむ。
どうやら相手も私たちが近づいていることに感づいているようだ。
これは早めに動くべきか。
「先輩、早めに動いた方がいいかもしれません」
「そうだな」
ナタリーも同意見のようだ。
優等生なだけあって、状況が見えている。
『おいおい、本気か?』
『ボスからの命令なんだ』
ちょっと待て、ボスだと?
まさか……あいつと繋がっている?
私は心当たりある人物の顔がを思い浮かべる。
そう、史上最悪の犯罪者の顔を!
「では、機動隊に連絡を入れます」
「いや、ちょっと待て」
私はすぐにでも突入する準備をするナタリーを制止する。
「どうしたんですか、先輩?」
「いや、気になることを言っている」
「え?」
再度、スピーカーに聞き耳を立てる。
すると
『流石にこれはいくら何でもあんまりだ』
『とは言われてもボスの命令になんて逆らえねえよ』
『こちらはかなり貢献しているはずだ』
『だから、ボスの命令なんですって』
どうやら価格交渉が上手くいっていないようだ。
麻薬の取引などすぐにでも成敗してやりたいが……。
『ならば、ボスに話がしたい。できるか?』
『うーん、わかりましたよ。ただし門前払いされたら潔く引き下がりなよ』
『ああ、分かっているさ』
これは千載一遇のチャンスだった。
「先輩、ボスって」
「ああ、長年追いかけていたヤツだ。ついに尻尾を掴めるな」
「では、泳がせますか」
「そうだな」
男たちはすぐに移動を始める。
多分、ボスのいるアジトとやらへ向かうのだろう。
「ナタリー、アルファ部隊に連絡を」
「了解です」
私の指示にナタリーは迅速な対応を行う。
この手際の良さ、新人とは思えない。
さすがナタリーだ。
その後も私たちは聞き耳を立て男どもの会話を聞く。
どうやら男どもはアジトを出て移動しているようだ。
そして、移動中の会話は世間話をしていた。
だが、その内容ときたら……
『それにしても今日、あんた、お見合いしていたのか?』
『ああ、最悪だったよ』
『そんなに酷い女?』
『ああ、酷い女だったよ。外見以外は女じゃねえな』
『見てくれは良かったのか?』
『いいね、正直、おもちゃとして抱くだけなら最高だぞ、あれは……ただ、如何せん中身がな』
『あんたみたいな人が中身を言うなんてよっぽどだな』
『俺のほうがマシだろ、料理出来ない、家事出来ない、おまけに趣味はロボットの改良だとよ』
『女として終わってるな』
『だろ?』
まあよくも私のことが言えたものだ。
自分たちは犯罪を犯している自覚がないのか?
中身だけならお前たちのほうが終わっているだろうに。
「先輩、意外とあっさりと受け流していますね」
心配そうに顔を覗き込んでくるナタリー。
「ふん、あんな男の評価は私にとってはゴミも同然だ」
「そういうものですか?」
「カス男に惚れられるよりマシだ」
「カス男ですか……同意ですね……あれ?何やら別の男性の声が……もしかして、ボスですかね?」
私達は会話を真剣に聞き耳を立てる。
『なんだ、おまえは?』
『撤回しろぉぉぉ!』
スピーカーから聞こえてくる音は先ほどまで蚊が鳴くような音だった。
それが急に大音量で流れてくるので驚き跳ねる。
「キャ、なによもう」
「……この声?」
「先輩、知っているんですか?」
「ああ、なんだ、私の生徒だ」
「あ、今回の任務で送り込んだ子」
「いや、奴は詳細を知らない。私が動きやすくなるように使ったのだ」
「へぇ、でも、そんな子がどうして?」
「いや、私にもわからない」
何故、私の生徒のサミュエルが?
『おい、お前』
『おいおい、雇い主になんだ、その態度は?』
『そんなのはどうでもいい、それよりもエリザベス先生に謝れ!』
『は?先生?ああ、そういえば、お前はアイツの生徒だったな』
『そうだ』
『で?なんで俺が謝る必要がある』
『そうだな、言葉のあやだ、謝る必要はない』
『なんなんだ、お前は』
『俺はお前がエリザベス先生の結婚相手に相応しくない。よって辞退しろ』
『……ふーん。嫌だと言ったら』
『お前はエリザベス先生の良さを一切分かっていない!』
『なんだあの女の良さって、ほれ言ってみろ。お前の惚れた女の良いところ言ってみろよ』
『ああ、いくらでも教えてやる』
それからサミュエルは私の特徴をことごとく上げていく。
正直、自覚のないことも含まれているので気恥ずかしい。
「へえ、この子、先輩のことよく見てますね」
「ああ」
『最後に、これだけ言わせろ』
『はいはい、どうぞ』
『エリザベスは最高の女だ。異論は認めない』
『あの鋼鉄の女が最高?笑わせるなよ』
『はぁ、やっぱりお前は分かっていない。彼女が時折見せる恥じらいや仕草は可愛いの一言で言い表せないほどだ』
『はいはい、そうですか。じゃあ俺がその先生をセフレにでもしてやるよ』
『きさま』
『そんなにもいい女なんだろ、孕ませて捨ててやるよ。そうしたらお前にくれてやる』
『うぉぉぉぉぉぉ』
先ほどの男の言葉にキレたサミュエルが殴りかかっているようだ。
どうやら取っ組み合いの喧嘩になっている。
しかし、どう考えても、あのいけ好かない男のほうが強いだろうな……。
『おいおい、こんなもんか』
『うるせえ』
『そんなんじゃ、愛しの先生も守れないんじゃないのか』
『お前はまだ分かっていない』
『は?』
『彼女ほど強い女性は守ってやるとかではなく、一緒に傍にいてやること。それが大切なんだ。最後の最後まで隣で手を握る存在になるべきなんだ』
『嫌だね、俺なら死にそうになった真っ先に逃げるね。あと、君、クビね』
『ぐふ』
魔導具からの音が静かになる。
「どうやらあの子、気を失いましたね」
「そうだな、誰か迎えに行ってやってくれ」
「もう先輩が迎えに行けばいいじゃないです……か?」
「どうした?」
ナタリーは私の方を向き驚いていた。
一体どうしたというのだ?
「先輩」
「ん?」
「涙」
「え?」
私はナタリーの言葉で初めて頬を伝うものに気が付く。
「な、どうして……」
「先輩、彼……カッコいいですね」
「う、うるしゃい、涙が……止まらない」
「いいじゃないですか」
「ぐす……誰か、あいつを迎えに……ぐす」
「はいはい、私が行きますよ」
「頼む」
私はその後、しばらく泣き止むことが出来なかった。
理由が分からない。
「それじゃあ、行ってきますね」
「ああ」
「(最後まで傍で手を握るか……あのフレーズに先輩はやられたんだろうね。私たちのような職業だと猶更だよね)」
☆彡
俺は些細なことでバイト先のオーナーと口論になってしまう。
ただ、俺にとっては些細なことではなく、まるで自分自身を深く傷つけられたように腹が立った。
「はいはい、そうですか。じゃあ俺がその先生をセフレにでもしてやるよ」
「きさま」
「そんなにもいい女なんだろ、孕ませて捨ててやるよ。そうしたらお前にくれてやる」
「うぉぉぉぉぉぉ」
俺は勢いをつけて殴りかかる。
素人丸出しの突進パンチ!
しかし、俺は絶対に負けないと思っていたので手加減も必要だろうなんて考えていた。
俺にはとっておきのサポートAIが付いているからだ。
「よし、白桃、頼むぞ」
「…………」
「あれ?」
俺はいつものように左肩付近に現れるウィンドウに話しかける。
「おーい、白桃さん?ねえ、返事して」
「何をごちゃごちゃ言ってんだ!」
俺の期待を裏切り白桃は返事をしてくれない。
勢いを止めることが出来ない俺はそのまま、イケメンオーナーに向かってパンチを繰り出す。
パンチを繰り出している間も白桃からの返事が返ってくるの待っていた。
しかし、俺に返ってきたのはイケメンオーナーのカウンター右ストレートだった。
「ひでぶっ」
「ほら、どうしたどうした。威勢だけか?」
何故か、白桃からの一切の反応がなかった。
そのために俺は相手の攻撃を避けるどころかまともに受けてしまう。
「おいおい、こんなもんか」
「うるせえ」
「そんなんじゃ、愛しの先生も守れないんじゃないのか」
「お前はまだ分かっていない」
「は?」
「彼女ほど強い女性は守ってやるとかではなく、一緒に傍にいてやること。それが大切なんだ。最後の最後まで隣で手を握る存在になるべきなんだ」
「嫌だね、俺なら死にそうになったら真っ先に逃げるね。あと、君、クビね」
「ぐふ」
殴られまくってフラフラ状態、立つのもやっとという感じ
そんな状態の俺に最後のパンチが送り込まれる。
俺はオーナーのパンチを画面で受け止めると同時に目の前が真っ暗になる
☆彡
ふと気が付くと俺は床に寝そべっていた。
全身が痛い……
殴って蹴られてのコンボを貰いすぎた。
何発殴られたのだろうか?
もう、そんなことはどうでもいい。
最悪の日だ。
「マスターどうしたんですか?」
今頃になってようやく俺の左肩付近にウィンドウ画面が開かれてお見えになる白いブリキのおもちゃ。
「あ、出たな薄情者」
「薄情者とは失礼な、一生懸命に回線を復帰させていたんですよ」
「そうか、その回線が切れていたせいで俺はこのざまだ」
俺は鼻で笑いながら皮肉を込めて白桃と会話する。
「まあ、そのようですね」
「全身が痛くて起きれない、何とかして」
「今は無理ですね、回線が不安定です」
「えー、マジかよ」
「マジですよ、マスター」
「はぁ、仕方ない」
俺は痛みに耐えながら起き上がる。
何故かって?
そりゃあ、帰るためだ。
一刻でも早くベッドの中に入ろう。
そして、目が覚めたらもしかしたら、エリザベス先生が裸エプロン起こしてくれるかもしれない。
「あっ!」
俺は帰ろうとしたのだが肝心なことを思い出す。
「どうしました、マスター」
「いや、そういえば、バイト先のオーナーに殴りかかったから、バイトをクビになったんだった」
「はあ、そうなんですね。それで?」
「帰る場所がない。ちくしょう!やってられるか」
痛みに耐えて起き上がったがどこへ行くことも出来ないことに嫌気がさして再度、仰向けで寝ろこぶ。
「はぁ、床……冷たい」
床が冷たいという事実以外何も頭に浮かんでこなかった。
一体、これからどうすればいいのかすら分からない。
ポツポツと雨が降り始める。
ポツポツという雨音は次第に強くなっていきサーという雨音へと変わっていく。
もう、動く気になれなかった俺はその雨を仰向けで全身に感じていた。
「冷たい」
正直な感想はそれだけ。
その他のことは何も考えられない。
無気力ってこういうことなのだと実感する。
だが、雨音が更に強くなっていく。
サーという雨音が一瞬にしてザーと激しい雨音へと音を変える。
「……痛いな」
雨音が強くなるにつれて次第に傷口が痛み出す。
これはヤバイと上半身を起こして動こうとした。
雨風を凌げる場所を考える。
しかし、不思議なことが起こった。
「……あれ?」
ふと、俺の周りだけ雨が止む。
だが、周りを見渡しても雨はまだ降っている。
激しい雨音が続いている。
だが、俺には雨が当たっていない。
ふと、上を見上げると大きめの傘が俺の頭上に浮かんでいた。
「……サム」
どうやら、大きな傘が浮かんでいたというのは錯覚で誰かが傘をさしてくれていたのだ。
そして、心配そうに俺に声を掛けてくれる。
聞きなれた声。
俺は振り返り声の主を見上げる。
なぜか声の主は今にも泣きだしそうな顔をしていた。
「モ……聖女モニカ……様?」
なんと、俺の後ろにモカ……聖女モニカ様が俺に傘をさしてくれていた。
一体、どういう風の吹き回しだ?
それとも……俺を嘲笑いに来たのか?
って、モカがそんなことをするはずもないな。
「…………」
なぜか聖女モニカ様は黙ったまま俺に雨が当たらない様に傘をさしてくれる。
☆彡
俺は無言ままの聖女モニカ様に連れられてやってきたのは……なんと学園にある王族用の別宅だった。
ずぶ濡れになっている俺に風呂と服を貸してくれる。
実際に聖女モニカ様が世話をするというよりも、聖女モニカ様の侍女が俺の世話をしてくれた。
「お召し物はこちらを使いください」
「あ、ありがとうございます」
手渡されたのは真っ白いバスローブだった。
俺はそれを羽織り浴場を後にする。
「では、こちらへ」
侍女に促されて俺は付いていく。
どうしてよいか分からない俺に意見する術などない。
成すがままされるがままに侍女の施しを受け入れる。
だが、不安で一杯だった。
聖女モニカ様はこれから俺のことをどうするのだろうか?
もしかして……口封じ?
いやいやいやいや……何を目的に?
俺という存在を消すことに何のメリットがあるんだ?
それに殺すならいつでも、それこそ雨の音に混ざって簡単にできたはず。
分からない。
聖女モニカ様の考えは何だ?
恐怖と不安の中、俺は侍女に付いていく。
その侍女の後ろ姿を見ていたが、男のサガだろうか。
素敵な臀部(siri)に目が行く。
侍女は俺と同い年ぐらいだろうか?
ボブカットの黒髪にキリリと細長い目が彼女の特徴だ。
一目で誰もが美人と口をそろえて言うだろう。
流石、聖女様の侍女となるとレベルが高い。
多分だが、彼女も一般人ではないだろう。
どこぞの令嬢でそれなりの教育を受けている。
一挙手一投足の所作がとてもきれいなのだ。
一般人ではなかなかあそこまでたどり着くのは難しいだろう。
侍女がある部屋の前で立ち止まる。
「こちらでお待ちください」
こちらへと手を差し伸べてくれるドアの大きいこと大きいこと……。
本当にこれが私室ですか?というぐらい。
どこかのコンサートホールの入り口じゃないんだからって思ってしまう。
ドアの両端には門番が立っていた。
フルアーマーのプレートを着た騎士がこちらを睨みつける。
侍女にはこの部屋に入れと言われているのだが、どうにも入りにくい。
威圧的な騎士の視線と圧倒的な重厚感あるドアの前で俺は立ちすくむ。
そんな俺を見かねて侍女は再度、中へ入るように促してくれる。
「遠慮せずどうぞお入りください」
「あ、は、はい」
緊張してしまっているために声が多少上ずってしまう。
「し、失礼します」
俺は重いドアに体重を掛けて開ける。
そして、中に入ると更に驚くことになる。
一体、この部屋は何条あるのだろうか?
学園の教室とほぼ同じぐらいの広さだ。
前世の記憶でいうところの大学の講義室ぐらいの広さはある。
更に置かれている家具は光り輝いていた。
それは抽象的でも何でもなく、本当に光り輝いている。
どうやらどの家具にも宝石が散りばめられており輝いているのだ。
俺は戸惑いながらも汚れ一つない床に踏み入れる。
「サム……こっち」
そんな光り輝く家具の奥には、これまたデカい天蓋付きキングサイズのベッド。
そこに腰掛ける聖女モニカ様が俺を手招きしていた。
恐る恐る聖女モニカ様の傍へと歩み寄る。
一体、何を言われる?
何が目的?
俺を捨てた彼女は一体、何がやりたいのだ?
分からない。
「…………」
俺が近づくと聖女モニカ様は俯いてしまう。
益々、訳が分からない。
しばらく沈黙したのち、聖女モニカ様は
「サム……私、湯あみしてくれるね」
そう言い残して聖女モニカ様は私室に備え付けのシャワー室へ小走りで入っていった。
何がどうなっているのかさっぱりわからない俺は天蓋付きのキングサイズベッドに腰かける。
俺は現状に思考回路が付いていかなかった。
一体全体、どうしてこうなった?
広い部屋の隅にあるシャワー室へと視線を動かす。
そこではシャワーを使って聖女モニカ様が湯あみを行っていた。
俺はふと前世を思い出す。
あれ?これって……嫁と初めて行ったラブホのような感じだな。
あの時は緊張したな。
何せ、お互い初めてだったもんだから……ん?
もしかして、今の現状もそれなの?
…………いやいやいやいや、待て
早とちりだ。
でも、それ以外っていったいなんだ?
このシチュエーションで何が考えられる?
バスローブを着た男がシャワー室へ入った女性を待つという状況
……ウソだろ。
ゴクリと生唾を飲み込む。
シャワー室のシャワーの音が止む。
しかし、なかなか聖女モニカ様は出てこない。
どうしたというのだろうか?
俺に迎えに来いと言っているのだろうか?
俺はベッドから立ち上がりゆっくりとシャワー室へと足を運ぶ。
据え膳食わぬは男の恥!
っと、思いはするが相手は国が定めた聖女様だ。
俺が手を出してただで済むわけがない。
いや、でも聖女がOKならいいのか?
なんて変な期待もしてしまう。
だって、男の子なんだもん……まあ、それは無理があるか。
それに少なからず……愛していた女性でもある。
前世の記憶という理性が働くも身体年齢が若いのでどうにもそっちに引っ張られてしまう。
17歳という年だと美女とやれると考えただけで色々と元気になってしまうのだ。
俺はシャワー室の前へで立ち止まる。
「モカ……」
不敬は承知の上で愛称で呼ぶ。
ただ、俺は断る言葉を口に出せない。
俺は捨てられたのだ。
その事実だけは変わらない。
どんな意図があれ彼女を抱く訳にはいかない。
だが、現状、彼女の姿を見たら……たぶん……いや、絶対に流されてしまうだろう。
だからこそ、ドア越しに断りを入れようとしているのだが、思ったように喋れない。
「すぅ……はぁ……」
俺は深呼吸する。
お断りします、という言葉を告げるために口を開く。
「あの、俺は……」
決死の思いで口を開くもドアの向こうからの声で俺は躊躇する。
「……サム」
猫なでるような甘い声は艶っぽく、声を聴いただけで瞳がうるんでいる表情を容易に想像できてしまった。
長年、一緒にいたことがあだとなってしまう。
「……グッ」
断ろうにも断れなくなってしまった。
これはもうすべてを受け入れる覚悟を決めるしかない。
これから俺はどうなってしまうのか想像することもできない。
たぶん、大変なことになってしまうのだろう。
ワンナイトのあと捨てられるかもしれない。
それでも、今の現状を断る勇気が俺にはなかった。
「よし!」
俺は決死の思いでシャワー室のドアの取っ手に手を伸ばす。
しかし……
大慌てで部屋に入ってくる一人の男性がいた。
彼は俺に向かって大声で叫ぶ。
「貴様は戦場行きだ!」
「へ?」
部屋に入って来たのはアンソニー殿下だった。
かなり慌てた様子で息を切らしている。
どうして、殿下が?
あれ、もしかして、これが美人局というものか……?
☆彡
(モニカ視点)
私が聖女になってから早1か月
夏季休暇も終わりが近づいていた。
この夏季休暇はトニーと各地を巡礼していき、忙しい日々が続いている。
特に夏季休暇の最終日には予定が分単位で決められており多忙なことは目に見えていた。
凱旋パレードなんて正直、やりたくない。
早くダーリン……サムに会いたい。
今のやりたいことはそれだけで、それ以外は何も興味を持てなかった。
サムと会えなくなって1か月……このまま永遠に会えなくなってしまうのではと思う。
今頃、サムは何しているのだろう?
ちゃんとご飯食べているのかな?
すぐに食事を抜いてしまうから心配。
夢中になったら倒れるまで突っ走るから……って、本当に倒れてないよね。
ああ、なんだか余計に心配になってきた。
そんなソワソワした気持ちで迎えた夏季休暇の最終日
「聖女様、お着替えを」
「聖女様、お化粧を」
「聖女様、靴を」
「聖女様……」
目まぐるしく多くの侍女が私の世話をしてくれる。
自分で出来るのに聖女となると自分で出来ない歯がゆさがもどかしい。
まずは、凱旋パレード。
大きなフロートの上にトニーと二人で登る。
大きいなとは思っていたが、上にあがると怖いぐらいの高さ。
「大丈夫かい?」
私が不安に思っているのを見抜いたのかトニーが優しい言葉を掛けてくれる。
「ええ、大丈夫」
こうして始まった凱旋パレード。
私とトニーは勇者と聖女として、皆にお披露目することになる。
一体こんなことに何の意味があるのか私にはわからない。
理屈は分かっている。
国民の不安を解消するためのものだと……それなら代役でも立てて欲しいと思うのはわがまま?
「ほら、皆が感極まっているよモニカ」
「ええそうね」
満面の笑みで私に話しかけてくるトニー
私は凱旋パレードに来てくれた人たちへ手を振りながら答える。
ただ、彼の顔を見る気はない。
必要がないからだ。
「冷たいな、こっちを向いてくれよモニカ」
そう言ってトニーは私を抱き寄せる。
「…………」
ここで取り乱すわけにはいかない。
なんせトニーは偽とはいえ世間では婚約者なのだ。
ここで嫌だからといって突き放すことは皆をだましていることを暴露することになる。
それだけはダメ。
「トニーやめてもらえる」
私は笑顔で国民に手を振りながら答える。
「恥ずかしがらないでいいよ。見てごらん、皆が祝福してくれている。もう、いっそのこと本当に結婚するものいいね」
トニーはどさくさに紛れてあり得ないことを口走る。
「……絶対に嫌よ」
私はトニーにも聞こえるか聞こえないかの小声でトニーの発言を否定する。
ため息をつきながら再度、手を振ることに集中する。
そして、私は見てしまった。
「え?サム……?」
地上はかなりの人混みであるが、サムを見間違えるはずはなかった。
サムだ……1か月ぶりのサムの姿。
私は興奮した。
ただ、雰囲気が変わった?
姿かたちはサムの姿をしているけど……うまく言い表せない。
うーん、見たことない服ね……新しく買ったのかしら?
サムの持っている服は全て把握している。
なぜなら全て、私が用意したから。
でも、1か月もあれば服を買ったりするわよね……サムってあんなにもセンスが良かったっけ?
どうしてこんなにも不安になるの……サムに限って言えば絶対にないよね……浮気なんて……。
あの服、高級そうな服ね。
お値段はいくらなのかしら?
私はサムのことを見つけると彼のことが気になって仕方なかった。
「モニカ、笑顔になろう」
「あ、ごめんなさい」
どうやらかなり真剣に見つめてしまったせいで少しこわばった表情になっていたみたい。
気を付けないと、聖女としての仕事を全うして少しでも早くサムのところに帰らないと。
それにしてもサムの隣の女性は……ロゼッタ公爵令嬢?
どうして、サムと仲良くしているのかしら?
あれ、二人して笑ってる?
そんな二人の笑顔に私はゾクッとするような、背筋が凍る寒気が走る。
な、何かしら。
胸が締め付けられるように苦しくなってくる。
でも、笑顔は絶やすまいと笑顔を作る。
「モニカ、顔が引きつっているよ」
「そ、そ、そうね、気を付ける」
ただ、私の予想は的中する。
先ほどの寒気の正体が……。
なんとロゼッタ公爵令嬢がサムの腕にしがみついたのだ。
「なっ!」
思わず声が出てしまう。
「どうしたんだい、モニカ?」
「い、い、いえ、何でもないわ、オホホ」
「……?変なモニカだな」
トニーは気が付いていない。
自分の婚約者が他の男性と一緒に腕を組んで歩いていることに……。
私はあまりに不釣り合いなカップルに仰天してしまった。
サムは騎士爵の息子……本来なら公爵令嬢と一緒にいるような身分ではない。
一体、何がどうなっているの?
も、も、もしかして、この1か月の間で仲良くなったの?
私がいない間に……これはもう、浮気ね。浮気をしてるのね、サム……。
でも、大丈夫よ……まだ、大丈夫。
まだ、挽回できる。
前のようなことには絶対にならない様にする。
愛する人と離れて暮らすなんて不幸そのもの。
私はようやくわかったのよ。
この婚約ものちの暮らしのためと思っていたけど……これ以上は取り返しがつかなくなりそうね。
彼を引き留めないと。
そのためには、純潔を捧げる……もう、これしかないよね。
でも…………
私は笑顔で手を振るトニーを見る。
「ん?どうしたんだい?」
この人は絶対に許さないだろう。
なぜなら、国家や教会の信頼を一身に受けて頑張っているからだ。
少しでも不安要素は排除するように動くだろう。
それでも、私にとっての不安要素も取り除かなければいけない。
ただ、問題はチャンスがあるかどうかよね。
お願いします神様……どうか私にチャンスをお与えください!
☆彡
私のお願いを神様が聴いてくれているかどうかは分からないが、チャンスがすぐにやって来た。
現在、自宅に戻るために自動車に乗っている。
ただ、同乗しているのはアンソニー殿下ではなく
伯爵令嬢にして私の侍女をしてくれているザラシア=ノーブル、ザラと一緒に乗っていた。
「雨がふりそうね」
「そうですね」
私が天気の話を振るもザラは微動だにせず背筋を伸ばした状態で答える。
無愛想なのだが、とても美しい姿勢を見て私も見習い背筋を伸ばす。
それは本当にふとした瞬間だった。
これが聖女の力なのかどうかわからない。
どちらかというと女の感だと思う。
(近くにサムがいる!)
私は見えもしないサムを感じ取る。
「お願い、止めて」
運転手は急に止めて欲しいという私のお願いに戸惑いながらもブレーキを踏み自動車を止める。
「聖女様、どちらへ?」
「ごめんなさい、私、行かないと」
「?」
ザラは私の言っている意味が分かっていない。
私もザラにどう説明すればいいのか分からない。
「傘借りるね」
「あ、聖女様、待ってください」
ザラの制止を振り切り自動車から飛び出す。
そして、サムのいる場所へと向かう。
私にはサムのいる場所がはっきりと分かった。
その場所がなぜわかるのか分からないがとても胸騒ぎがする方向へ足を向ける。
私は居ても立っても居られない状態で走ってその場所へ向かう。
そうして、到着した場所には傷だらけのサムがいた。
「冷たい」
ボロ雑巾のようになったサムが呟いている。
本物のサムだ。
ずっと会いたかった……やっと会えた。
目の前にサムがいることに口の中が乾いてしまう。
ただ、凱旋パレード時のロゼッタ公爵令嬢とのツーショットが脳裏を過る。
それと同時に私の心臓がドクンと大きく鳴る。
二人の関係がどうなっているのか聞きたかった。
でも……聞くのが怖かった。
まるで自分が否定されてしまうかのように思えて仕方なかった。
今のサムの中に私がいるのか不安で仕方ない。
「あれ……?」
私はサムが雨に濡れないように自分の傘を差しだす。
正面に向かう勇気が出ずに後ろからという形になってしまう。
サムはその後、振り向き私の顔を見る。
とても驚いた表情をしている。
ああ、よかった……いつものサムだ。
「……サム」
私はあまりの嬉しさに涙が出そうになった。
サムと離れるのは今後のためと言っても辛いものだ。
だけど、彼と一緒になることを拒絶する大きな力があるのも事実。
それを乗り越えるためにもトニーとの婚約は必要不可欠だった。
今すぐにでも抱きつきたい。
そして、抱きしめて欲しい。
「モ……」
サムに「モカ」って呼んでもらえる。
たったそれだけなのにこんなにも心躍るものなのね。
ただ、私の期待はすぐに裏切られてしまう。
「聖女モニカ……様?」
その他人行儀な呼び方に私はサムに突き放されたような気分になる。
「……」
お願いそんな他人行儀はやめて。
私はすぐにでもなんとかしなくてはいけないと思い、サムの手を引き自動車に乗せる。
「聖女様、その方は……どちら様ですか?」
運転手とザラはサムを見て驚く。
ボロ雑巾のようにボロボロの姿でずぶ濡れになっている男性を連れてきたからだ。
当たり前といえば当たり前だ。
「お願い、何も言わずに彼を私の部屋に連れて行って欲しいの」
「しかし」
運転手は私の言葉に戸惑っているのは理解している。
それでも私は強引に彼を自室へ連れて行って欲しいと懇願した。
すると、先ほどまで目を閉じて何か考えていたザラが口を開く。
「わかりました」
「ホント!ありがとう、ザラ!」
ザラが折れてくれた事でサムを自室へと連れ込むことに成功。
「しかし、そのまま聖女様の部屋へお連れすることは出来ません」
「どうして?」
「流石にこの汚れた姿のままというわけには……汚れを落として着替えてもらいます」
「うん、それはいいわ。自室のシャワー室を使ってもらうわ」
「いえ、それはなりません」
「どうして?」
「ですから、この汚れた姿で一歩たりとも聖女様の部屋に入ることは許しません。別の浴場にて体を清めてもらいます」
「……うーん、分かったわ」
ここはとりあえず、ザラの言うとおりにしましょう。
さあ、ここからよ。
私は今日、サムと結ばれる……サムの女にしてもらうことを決心し帰路に就いた。
☆彡
聖女モニカ様の私室から一変して俺は埃っぽい場所で仕事をしていた。
今日は勇者として出陣する王子様の初戦場となるフォーライト平原へ来ていた。
「本日はよく集まってくれた」
アンソニー殿下が兵士たちの前で指揮をするための演説を行う。
「このアンソニーは勇者としてこの戦場の指揮を執る」
勇者軍は総勢50名
アンソニー殿下と聖女モニカを筆頭にマギネスギヤ、歩兵、後方支援の3つの部隊で構成されている。
「数としてはこちらがかなり劣っている……だが、優秀な諸君ならばこの戦況を乗り越えられると信じている。」
兵士たちは皆、やる気になっているのは確かだ。だが……
これから始まるのは命のやり取りだ。
「誰一人欠けることなく戦闘が終わることを勝利の条件とする」
そのため、かなり緊張した面持ちでアンソニー殿下の演説を聞いていた。
「更に、この戦場でカギとなる聖女モニカを紹介しよう」
アンソニー殿下がモニカの紹介を行うとモニカがゆっくりと壇上へ上がる。
登場と同時に風が吹くとボリュームのある銀髪が光り輝く。
「「なっ」」
聖女モニカの神秘的な姿に兵士たちは声を漏らす。
ただ、この時のモニカの姿は正直、俺は誰にも見せたくないと思ってしまった。
際どいラインのレオタードの上に素材がレースのドレスで服が肌の露出を抑えるという機能が仕事をしてないからだ。
兵士たちは別の意味で興奮している。
「「「ゴクリ」」」
そして、視線が集まっているのは聖女モニカも分かっておりそれに応えるべく小さく手を振った。
「「「「うおおおおおおおおおおおおお」」」」
それに反応する男どもは雄たけびを上げる。
ついでに全員、鼻の下が伸びているのだが……まあ、仕方ないか。
モニカはアンソニー殿下の隣に立つとアンソニー殿下はモニカを抱き寄せ剣を掲げる。
それを合図に兵士たちが一斉に槍などの武器を地面に叩きつけて音を鳴らす。
ガシャン!ガシャン!
リズム良くなる音に気合が入る兵士たち。
若干名、鼻血を出しているが……大丈夫か?
「更にもう一人紹介したい。この戦場に駆けつけてくれてたポルトン=ウブリアーコ騎士爵だ」
アンソニー殿下に紹介された人物はかなりの恰幅の良い男性で普通なら「戦えるの?」って心配になりそうだが、彼はマギネスギヤ部隊のリーダーでもある。
そして、彼の功績は輝かしいもので付いた二つ名が……
「すごい、グランドナイトだ」
「あれが……本物か」
「迫力があるな」
そう、ポルトンはソロで難易度SSSを3層まで踏破したことが認められ王国からグランドナイトの称号を与えられ、学園の生徒ながらに騎士爵を賜る実力者だ。
って、いうか俺が出ていくとき3層から雑魚が道をふさいでいたので掃除した結果だろうが……。
「この俺がいるからには安心してくれ、この俺が剣となり盾となり皆を勝利に導こう!」
ポルトンは兵士の前に立ち皆を奮い立たせていた。
と、メイン会場では大盛り上がりであるが俺はというと会場から少し離れた場所にいた。
メイン会場の内容は遠隔操作された小型ドローンから送られてきた映像を見ている。
ただ、俺も一応、兵士として参加しているためパリッとした真新しい軍服に袖を通して働いていた。
一体、どうしてこうなった?
まあ、答えは簡単だった。
ようは俺を戦場に向かわせるための演技に俺はまんまと引っかかったということだ。
聖女モニカ様も男を手玉に取るのが上手くなったものだ。
「はぁ……なんだかなぁ」
まあ、それに釣られた俺はまだまだだと反省をする。
それと同時に聖女モニカ様はもう俺の知っているモカとは全く別人になっているという事実に俺は落ち込む。
昔はあんなにも仲良かったのにもう無理なのだろう。
まあ、今は生きて帰ることを目標にしますか。
幸いにも俺の軍服の腕章に紋様などは入っていない。
このことから後方支援兵であることを意味する。
そして、なんと俺自身が配属しているのはマギネスギヤ部隊だ。
これからやる作業はマギネスギヤのメンテナンスだ。
「おい、早くポルトン様のマギネスギヤを掃除するんだ」
デッキブラシをもってポルトンが乗るマギネスギヤをメンテナンスしていた。
「了解です」
そのメンテナンスと言えば聞こえはいいが……ただの掃除だ。
「マスター、報告があります」
俺にウィンドウ画面にて話しかけたのは白くて丸っこいブリキのおもちゃ。
それにしても白桃から話があるのか?
なんだろうか?
「エンシェントドラゴンがこちらに来ています」
「は?」
これまた、伝説級のドラゴンが来ているな。
今日はレッドドラゴンハントの予定だが……これ無理ゲーじゃない?
なんでもドラゴンの肝が必要な人がいるらしくそのために勇者に出動要請が出たとか。
ただ、エンシェントドラゴンって、王子様もついてないな。
伝説のドラゴンなんて国が亡ぶレベルだぞ。
「位置の特定はできているのか?」
「偵察用のドローンを向かわせています」
「俺のマギネスギヤの準備も頼んだぞ」
俺たちが敵の情報と戦略を話し合っていると偉ぶった声が近づいてくる。
「おい、独り言なら仕事が終わってからにしろ」
ちなみに白桃の写ったウインドウ画面を第三者が見ることが出来ないため独り言を言っているように思ったのだろう。
そして、嫌悪感がする声の主は案の定、俺の大嫌いなポルトンだった。
俺に近づいて、わざわざふんぞり返って立っていた。
☆彡
俺たちが敵の情報と戦略を話し合っていると偉ぶった声が近づいてくる。
「おい、独り言なら仕事が終わってからにしろ」
ちなみに白桃の写ったウインドウ画面を第三者が見ることが出来ないため独り言を言っているように思ったのだろう。
そして、嫌悪感がする声の主は案の定、俺の大嫌いなポルトンだった。
俺に近づいて、わざわざふんぞり返って立っていた。
「あ、あの……サム」
その嫌な奴とほぼ同時に現れたのは聖女モニカ様だった。
しかし、先ほどの露出の高いドレスの上に地味な色のトレンチコートを着ており、髪を上げ月桂樹で作られた冠、月桂冠を頭にのせている。
ただ、派手過ぎず地味すぎずで少しばかり大人っぽく見える聖女モニカ様に変身していた。
元気いっぱいのモカの姿ばかりを見てきた俺としては別人のように思えてしまう。
「これは聖女モニカ様、出陣前の励まし痛み入ります」
ポルトンは兵士としてモニカに頭を下げる。
「おい、サミュエル、貴様は土下座だ。俺がいいというまで顔を上げるな」
「あぁ?」
「生意気な奴だな」
反抗的な態度を取る俺にポルトンは俺の頭を掴み地面に叩きつける。
「グッ」
ポルトンはそのまま俺を押さえつけて俺の額を地面にこすりつける。
「聖女様の前で無礼を働くな」
「え……あ、あの……その……」
俺の姿にモニカはどういう表情をしているのだろうか?
まあ、既に俺のことを見下して入るだろうが、聖女として下手なことは言えないのだろう。
言葉が見つからずに口ごもっている。
にして、なんとも情けない姿であるが致し方ないことなのだ。
今のポルトンに逆らうということは死を意味する。
たぶん、他の兵士達は許してくれないだろう。
素直にポルトンに従うしかない。
それがもし、死ねという要求であってもだ……まあ、本当にそんな命令されたら逃げ出すけどね!
「わたし、精一杯歌いますので……頑張って下さい」
「ありがたき幸せ。このポルトンは聖女モニカ様のために粉骨砕身の思いで戦わせていただきます」
聖女モニカに美辞麗句を並べ立てるポルトン。
ただ、俺はその隣で額を地面にこすりつけているだけだった。
「おい、貴様も感謝しろ」
理不尽にも俺はポルトンに蹴り飛ばされる。
そして、無様に転がっていく。
「クッ」
我慢だ……我慢しろ、俺!
土下座をしてモニカに感謝を述べる。
「聖女モニカ様、ありがたき言葉頂戴致しました」
「…………はい、頑張ってください」
それにしてもなんぜこいつら俺のところに来たんだ?
頼むから俺の邪魔するなよ……全滅しそうなんだから。
「すみません、時間を取らせてしまい申し訳ありません。騎士ポルトン」
俺との対応とは打って変わってしっかりとした口調でポルトンとは話をする聖女モニカ様に少しばかりモヤモヤする。
「とんでもございません。出陣前の激励、しかと承りました」
ポルトンはモニカの前では巨大な体をしっかりと固定して紳士にふるまう。
流石は腐っても貴族の息子、礼儀作法は出来ているなっと感心する。
ポルトンの挨拶を聞いてお辞儀をして聖女モニカは踵をひるがえしてアンソニー殿下の元へと帰っていく。
聖女様がいなくなるとすぐに俺の背中に足をのせるポルトン。
「準備は出来ているな?」
「はい、ポルトン様」
俺は頭を上げることなくそのままの体勢で返事をする。
ポルトンは俺の返事が気に入らないのか3度踏みしめて唾を吐く。
「ふん、お前みたいなのをドラゴンの餌にしないだけでもありがたく思うんだな」
反抗することなく俺はポルトンに感謝した。
「ありがとうございます」
ポルトンはマギネスギヤに乗り込む。
ただ、マギネスギヤのコックピット入り口とポルトンの腹回りが同じサイズなので乗り込むというよりも押し込むというほうが正解だ。
あーさっき綺麗に磨いたのに絶対に入り口に腹が擦れたキズが付いてるよな……また後で磨こうかな。
それよりも……だ。俺は……
「あーぶん殴りてえ」
「ダメですよマスター」
「簡易戦闘プログラム実行しなきゃいいんだろ?」
「それではあのブヨブヨにあまりダメージが通りませんよ」
「あのブヨブヨにそんな防御力が!」
「あれだけあればありますね」
「マジかよ」
どうやらポルトンは巨体を生かした防御力を保有している事実に驚いた。
ただの肉団子ではないということか!
「まあ、マギネスギヤの操作に支障が出る体系ですが」
「だよな、この間も一人で降りれないで結局降ろしてもらっていたよな」
ちょっと白桃の機嫌が悪いことに気が付いた。
まさか、俺のために怒ってくれているのか?
AIの癖にいい奴だな……いいAIか。
「ありがとうな、白桃」
「ん?何がですか、マスター?」
「いや、俺の仕打ちに対して怒っているんだろ」
「え?なぜですか?」
「は?いや、機嫌が悪そうだからてっきり」
「あのブヨブヨは犬の糞を踏んだ靴でマギネスギヤに乗ったんです。あれは私も整備を手伝ったので愛着があります。そのような汚い靴のまま乗り込むなんて言語道断です!」
なんだよ、俺が踏まれたり蹴られたりしたから怒ってくれているものだと……あれ?ちょっと待って……ポルトンの足の裏に犬の糞?
「なあ、白桃」
「なんですか、マスター」
「もしかしてだけど、俺の背中……」
「……エンガチョ」
「テメェ!」
俺はすぐさま来ている上着を脱ぎ棄てる!
「……はぁ、この軍服、カッコいいからお気に入りなのに……」
予備の軍服を申請してもいいものだろうかと考えながら俺は戦場の様子を少し離れた場所から伺うことにした。
☆彡
俺は何とか無事に戦場から帰ってくることが出来た。
それにしても疲れた。
ってか、あのドラゴン……様子がおかしかったな。
まあ、いいか。
なんか、ドラゴンの肝?は手に入ってポルトンもドラゴンスレイヤーの称号を得る。
アンソニー殿下は勇者として箔が付いた。
聖女モニカ様も無事に帰ってこれた。
まあ、全くの犠牲がなかったわけではない。
戦死者がいたのも確かだ。
ただ、かなりの大物だったために報酬はかなり多く、下っ端の俺ですら学費一年分が払えるぐらいもらえた。
戦闘が終わって凱旋、そしてその夜の祝賀会の豪華なこと……まあ、俺は金がないのでそこでウェイターとしてバイトしたけど。
残り物が美味かった!
めでたしめでたし……というわけにはいかない。
俺にはまだ、肝心なことが残っている。
昨晩までは祝賀会の会場の手伝いと称して会場で寝泊まりさせてもらっていた。
学園の寮の玄関から真っ先に向かった部屋。
そう、マイスイートルーム……ってか自室。
前回は開けるととんでもないアートが飛び出して来たんだよな。
それを回収してくれたと聞いているが……はたして、真実はいかに!
俺は恐る恐るドアノブを握る。
「すぅ……はぁ」
緊張した面持ちでドアを開け中を見ると、なんと綺麗になっていた。
「……よかったぁ」
安堵とともに独り言をつぶやいてしまう。
一歩部屋の中へ入り、ドアを閉める。
部屋を見回して家具の位置やどのようになっているかを探っていると……なぜか、メイド服を着た女性がいた。
あ、あれ?
おかしいな?
メイド服を着た女性がいる?
もしかして、この寮の各部屋に配置されるようになった?
いやいや、それだと料金がめっちゃ上がるのでは?
どうしよう、折角、ドラゴン退治でもらった給料で一年分の学費を払ったばかりだぞ!
追加料金なんて……無理だ!
そんなことを考えながら頭を抱えていると、背の高い金髪切れ目のメイドさんが俺に向かって頭を下げる。
「あ、おかえりなさいませ」
「へ?あ……ただいま」
深々とお辞儀してくれるメイドに反射的に頭を下げる俺。
頭を上げたメイドさんは部屋を勝手に使っていることに対する謝罪を述べる。
「申し訳ございません。お嬢様のわがままでこちらのお部屋を使わせてもらっています」
お嬢様のわがまま?
おいおい、他人の部屋に入り込むとは一体、何処のお嬢様……だ?
俺はベッドに視線を送る。
すると、そこには横たわり眠っている女性がいた。
こいつがわがまま令嬢だなっと思ってよく見てみると……意外なことになんと……悪役令嬢だった。
訳が分からないのでとりあえずメイドさんに聞いてみる。
「えっと、どうして俺の部屋に?」
「すみません。私にもわからないのです。実はお嬢様は体調不良で横になっていたのですが起き上がるなり急にあなた様に用があると言ってこちらを訪れたのですが……」
「で?なんで寝ているの?」
「待ちくたびれたみたいでして」
「どのくらい待っていたのですか?」
「15分ぐらいでしょうか」
15分って……
こいつはお子様か?
「お嬢様、お嬢様」
メイドさんがローズをゆすって起こす。
しかし、ローズは起きる気配がない。
「困りましたね」
「……くぅ」
全く起きる気配のないローズは本当に気持ちよさそうに眠っている。
ただ、流石に俺も今日は疲れているので帰ってもらいたのだが……。
一応、二人部屋を一人部屋に変更してくれたおかげでソファがある。
俺はベッドを占領されているのでソファに腰を下ろす。
「よっこいしょ」
「うふふ、おじいさんみたいですね」
メイドさんが俺に笑いかけてくる。
「いやー疲れているんですよ」
「そうなんです。お疲れのところ申し訳ありません」
またしても頭を下げるメイドさん。
「いや、別にいいですよ……気にして……ません」
あ、やばいな。睡魔が襲ってくる。
このままでは眠てしまうと分かっていながら俺は睡魔に勝つことは出来なかった。
「おやすみなさいませ」
ああ、メイドさんが俺に毛布を掛けてくれている。
申し訳ないと思いながらも睡魔に抗えずそのまま眠りに落ちるのだった。
翌朝
俺はどうやらそのまま、ソファで眠ってしまったようだ。
目が覚めると何故か左腕がしびれている。
「ちょっと、何しているのよ!」
ヒステリックな女性の声がするので目を開けると、目の前には悪役令嬢のローズが体の前で腕を組み仁王立ちしていた。
「あ、おはよう」
「おはようじゃない、これはどういうこと!」
どうしたんだ?朝からご機嫌斜めだな。
寝ぼけた頭ではどうにもローズの言っていることが理解できない。
一体全体、何を怒っているんだ?
ずれ落ちた姿勢を直そうとしたときに左腕のしびれの正体がわかる。
「え……?メイドさん?」
なんとソファの横で俺の左腕を枕にメイドさんが寝ていたのだ。
「アンネリーゼ、起きなさい!」
このメイドさんはどうやら、アンネリーゼという名前らしい。
って、そんなことよりも何故、ここで寝てるの?
「あ、おはようございます、お嬢様」
「あ、あんたも呑気におはようじゃない。どうなっているのよ?」
「え?ああ、昨日はなかなか起きないお嬢様を待っていたら私も眠くなったので寝たのですが」
「どうしてサムの腕枕で寝ているのよ」
「気持ちよさそうでしたので」
次第に顔が真っ赤なトマトのようになるローズ。
その直後、彼女が地団太を踏みながら雄たけびを上げる。
「もう!サムもアンネリーゼも二人とも離れてぇぇぇ」
☆彡
ローズ、アンネリーゼさん、俺の三人が同じ部屋で一晩過ごすという素敵なハプニングが起こった。
その後、怒り散らすローズをなだめるアンネリーゼさん。
アンネリーゼさんは俺たちより少し年上という感じだった。
「どうどう」
「猛獣じゃない!」
「なら、落ち着いてください」
「だって!」
「どうどう」
「だから、違うって言ってるわよね?」
「まあ、今日は用事がありますので帰りましょう」
「それが嫌なのよ」
「ダメですよ、それはそれ、これはこれです」
「むぅ」
年長者のアンネリーゼさんはローズを簡単になだめて連れて帰っていく。
流石アンネリーゼさんって感じかな……まあ、年の功かな?
ローズはなだめられたと言っても少し不満がある顔をしながら部屋を出ていく。
「失礼しました」
アンネリーゼさんはドアを閉める前に一礼をして俺に頭を下げる。
「あ、そうだ。サムさん」
「はい」
「今度はお屋敷へいらして下さい」
「え?俺なんか行ってものですか?」
「はい、私の名前を出してもらえば大丈夫です。私はアンネリーゼ=フレミング と申します。以後、お見知りおきを」
アンネリーゼさんは再度、頭を下げてからドアを閉める。
アンネリーゼさん……綺麗な人だったなぁ。
でも、どこかで聞いたことがある名前だな。
どこだっけ?
その後、いくら考えても思い出せないので、俺は諦めて普通に学園に登校する。
学園に登校するとまたしても自動車が校門前に停車する。
はいはい、また王子様が黄色い声援を受けるのね。
よかったよかった。
俺は我関せずとスタスタと校舎へ向かって歩いていく。
どうせ、聖女モニカ様も乗っているんですね。
なるべく顔を合わせたくないのでスタスタと歩く。
「おい(ヒソヒソ)」
「ああ(ヒソヒソ)」
ん?なにやら様子がおかしい。
皆、校門へ視線を向けて話をしているのだが、黄色い声なども一切ない。
アンソニー殿下が下りれば必ずと言っていいほど女性たちが騒ぐのに女性達も驚いた表情で校門へ視線を向ける。
俺はあまりにも気になったので振り返り校門に止まっている自動車へ視線だけを動かした。
「なっ……!」
あまりの驚きにうめき声のような声が出る。
自動車から降りようとしているのは、あのドラゴンスレイヤーのポルトンだった。
あまりの体の大きさに少々使っているので運転手に引っ張り出してもらっている。
ただ、俺が驚いたのはその後だった。
ポルトンの後から降りてきたのはまさに真っ赤なバラと言ってもいいぐらい美しく着飾ったローズだった。
「ポルトン様、私は体調不良のためこのまま失礼させていただきます」
「ええ、構いませんよ、マイハニー」
「……では、失礼します」
ローズはポルトンに一礼をし再度、車に乗り込みそのまま帰っていく。
俺があっけに取られているとポルトンがズカズカと巨漢を揺らしながら俺に近づく。
それと同時に取り巻き達もポルトンの後ろに集結する。
そして、ポルトンは俺の正面で止まり指をさして宣言する。
「おい、キサマ」
「なんですか?」
「忠告しておく。俺とロゼッタ公爵令嬢は昨晩、婚約を正式に行った」
「へぇ」
俺は正直、かなり驚いた。
ただ、あまりに驚くとポルトンの思うつぼのような気がして平静を装う。
「いいか、今後、俺のハニーに近づくな、少しでも近づいてみろ……このドラゴンスレイヤーが黙っていないと思え」
「あ、そうですね」
こいつはあの状態で自分がドラゴンスレイヤーであることに一切の疑問を抱かないなんて……こいつはある意味で大物だな。
俺は淡々と回答していたが、取り巻きはどうも俺のことが気に入らないようだ。
「真剣に聞いているのか?」
「ええ、まあ」
「ポルトン様はあのドラゴンを倒したすごい人なんだぞ」
「すごいですね」
取り巻きAとBはかなり興奮している様子。
その後も、ポルトン様とやらすごさを語りだそうしたのだが、ポルトン本人に止められる。
「おい、もう行くぞ」
「あ、待ってください。ポルトン様」
「おいていかないでください」
俺の横を通って歩き始めるポルトン。
だが、何か言い忘れたのか振り向き再度、指をさして宣言する。
「貴様はこの学園ではゴミ以下だ。そのことは忘れるなよ」
その後、俺に宣言をしたポルトンはスッキリした顔で校舎へと歩いていく。
取り巻き達も俺に指をさして、何か言うのかと思ったら……指をさすだけだった。
何がしたいんだ?
ああ、ポルトンの真似がしたかったのか?
可愛いな。
それにしても、ローズのやつ……何かあったと思ったが婚約か……しかも、相手はポルトン。
何とかしてやりたいが、何もできないだろうな。
まあ、話ぐらいは聞いてやってもいいか。
授業が終わったらローズの元へ行こうと思った。
しかし、俺の教室前で何故か聖女モニカ様が俺を探しているのだ。
まさか、また戦場へ行かされるのか?
今度はどこへ飛ばす気だ?
……………………よし、今日は休もう。
そうだ、授業よりもローズが心配なのだ。
うん、そうしよう。
こうして俺は本日の授業をさぼることにした。
☆彡
「ここかぁ」
俺は巨大な門の前に立っていた。
「なあ、白桃」
「なんですか、マスター」
「制服で来てもよかったのかな?」
「さぁ、制服で公爵家へ行ってはダメというデータは存在しませんね」
「まあ、そうだよね」
「怖気づいているんですか、マスター?」
「当たり前だろ………こんな場所に来る必要性がある人が少ないぞ」
「おや、人が来ました」
「頼む白桃……傍にいて!」
「モニタリングはしておきますので」
「いざとなったら助けてね」
「……はい」
「おい、その間はなんだ?」
「冗談です」
俺に何かあったときに頼れるのは白桃のみ。
頼むぜ、相棒。
「ご用件は?」
鉄格子の大きな門の向こう側から声を掛けられる。
男性は白い口髭を蓄えており、ゆっくりと話をしてくるのだが……眼光が怖い。
今しがた声を掛けてくれたのが多分、この屋敷の執事かな?
そして、その後ろに屈強のSPが控えている。
って、あれ?
「あ、あの時の!」
あちゃーあの時、殴ってKOしてしまった……たしか、って名前なんだっけ?
「ゼリロスさん、お知り合いで」
「あ、はい。えっと」
あ、そうそう。ゼロリスって言われていたな。
何やら執事さんと話をしているな。
話が終わったのか執事は俺に体を向き直す
「どのようなご用件で?」
「えっと、ロー……ロゼッタ令嬢のお見舞いに来たのですが」
「お見舞いの品は?」
「お見舞いの品……いや、その様子を見に来たというか」
「ふぅ、手ぶらで来たのですか?こともあろうに公爵令嬢に会うというのに」
「あ、アハハ、アハハハハハハ」
俺は友達のお見舞いに来たって感覚で来てしまったことを後悔する。
まあ、いくらなんでも見舞いの品ぐらい持ってくるべきだったな。
出直すか。
「ほら、来なさい」
「え?」
「流石に手ぶらでお嬢様に会わせるわけには行きません」
「それって……」
「あ、代金は頂きますよ」
いくらになるんだ?
それ、お高いんですよね?
「あ、あの、えっと」
「大丈夫、簡単なモノですので」
「よ、よかった。はい、ではよろしくお願いします」
こうして俺は公爵家の中へ入ることになった。
その後、執事の人に付いていき焼き菓子を貰いそれをもってローズの部屋へと案内される。
で、簡単なモノって言っていたけど、これ……一か月分の食費なんですが……トホホ。
その後の案内はアンネリーゼさんが担当してくれた。
いや、それにしても公爵家のお屋敷って広いね……迷子になりそう。
「あの、アンネリーゼさん」
「何ですか、サミュエルさん」
「えっと、その、ローズ、ロゼッタ令嬢の婚約なのですが」
「ごめんなさい、私は使用人ですのでお答えできないことも多くございます」
「あ、はい……左様でございますか」
「こちらがお嬢様のお部屋になります」
大きな両開きのドアを開けてくれるアンネリーゼさん
そして中には寝間着姿のローズがいた。
「あ、アンネリーゼ……ってサム?なんでここに?」
「いや、体調不良と聞いてお見舞いに来たんだが」
「ちょっと、待って、いや、出て行って」
「ええ!」
「いや、その、準備があるのよ、だから出て行って」
かなり慌てているローズ。
寝間着姿を見られるのがそんなにも恥ずかしいものなのか?
フリルが沢山ついた寝間着は可愛いと思うけど。
「サミュエルさま、少しばかり部屋の外でお待ちいただけますでしょうか」
アンネリーゼさんも外で待つように言われる。
俺はローズの準備が出来るまで部屋の外で待つこととなる。
しばらく待っていると両開きのドアの片側が少しだけ開く。
そして、顔だけを出したローズが現れる。
「もう、いいわよ」
「ああ、わかった」
俺は扉を開き中へと入っていく。
そこには漆黒のパーティ用のドレスを着たローズがいた。
なんでそんなに気合入れているの?
「なあ、これから夜会でもあるのか?」
「ないわよ、というか、着替えがこれしかなかったの」
ふむ、これは体のラインがとても強調されたドレスだ。
そんなドレスを着たローズは……あれ?パットかな?
そこそこのボンキュッボンになっているな。
というか、腰は細いし手足は長い。
本当にこいつスタイルいいよな。
こういうボディラインが出る服を完全に着こなしているよ
「ねえ、その、ジロジロ見るのやめてもらえる」
「あ、すまない。似合っていると思うぞ」
「………バカ」
「それよりも寝ていなくていいのか?」
「別にいいのよ」
どういうことだ?
もしかして、こいつ仮病か?
「ほう、元気なのか?」
「そうね、元気よ」
「……仮病か」
「……うっさいわね」
白状しやがったな……折角、食費一か月分の焼き菓子を持ってきたというのに!
「じゃあ、これ喰うか?」
「あら、これは高級店の焼き菓子……奮発したのね」
「ああ、色々あってな」
「そっか……心配……してくれたんだ」
どうやらローズはこの焼き菓子が好きなのだろう。
嬉しそうに俺の手渡す焼き菓子を受け取り口に入れる。
「うん、おいしい!」
「おう、そうか、よかったよ」
まあ、あの値段で美味しくないなんて言われたら……最悪だ。
「そうだ、また街へ行ってデートしない?」
「そうだな、また行くか?」
ただ、部屋の隅で俺たちの会話を聞いていたアンネリーゼさんは強い口調で拒否する。
「ダメです!」
俺はアンネリーゼさんの声に驚く。
だが、ローズも驚いているみたいだ。
「アンネリーゼ?」
「お嬢様、もう少しご自身を大切にしてください」
「……わかったわ」
なるほど、本当に体調が悪いみたいだな。
今もただの空元気ということか。
渋々とベッドに腰を掛けるローズ。
あー、なんか空気が重い……ここは話題を変えたほうがいいかな?
「なあ、ミックって弟だっけ?今、何しているの?会ってみたいな」
俺の質問にローズもアンネリーゼさんも顔色を変える。
あ、あれ?
「「………………………………」」
黙り込む二人。
俺、何か聞いちゃいけないこと聞きました?
……誰か、教えて!
☆彡
俺の質問に黙り込む二人。
ローズもアンネリーゼさんも何も喋らない。
そんな二人の重い空気に俺も喋ることが出来なかった。
「ねえ、聞いてもいい?」
「なんだ?」
沈黙を破ったのはローズだった。
しかし、アンネリーゼさんはローズを止めに入る。
すかさずローズに近寄り肩を抱く。
「お嬢様、行けません」
ローズは静かにアンネリーゼさんを振り払う。
「ごめん、アンネリーゼ。もう決めたの」
「…………わかりました」
主従関係としてはローズが上。
素直にローズの言葉を聞き一歩下がるアンネリーゼさん。
「ねえ、ミックに会ってもらえるかな?」
「え?ああ、もちろん!ぜひとも、会ってみたいよ」
「ただし」
「ただし?」
真剣な顔で何やら条件を付きつけようとするローズ。
俺はゴクリと生唾を飲み込む。
「私のお願いを一つ聞いてね」
真剣な表情から一転、急に笑顔になり上目遣いでお願いをしてくるローズ。
「どんなことだ?」
「大丈夫、貴方なら絶対に出来る事よ」
俺は相手のペースに飲まれない様にシリアスな雰囲気を崩さずにいる。
だが、相手は完全に砕けた感じになっており、なんだかほっとしている自分がいた。
「わかったよ」
「よし、それじゃあ、行きましょう。アンネリーゼも」
アンネリーゼさんも誘うローズ。
だが、俺が見る限りアンネリーゼさんは硬い表情で対応をしてくる。
「かしこまりました」
手を前で組み頭をゆっくりと下げるアンネリーゼさん。
その姿はメイドとしてとても美しい一礼のはずだが、俺にはなんだか辛そうに思えた。
何がどうという説明はできない。
なんとなくという感覚の話だ。
俺たちはアンネリーゼさんについていく。
どうやらミックは離れにいるらしく、大きな庭を通るのだが、流石公爵家のお庭。
かなり手入れが行き届いており、きれいに整ったガーデニングを堪能することが出来た。
「こちらにミック様がおられます」
到着したのは小さな小屋だった。
蔦の植物で覆われた小さな小屋。
何でまたこんなところにいるんだ?
「えっとね、私のお願いをこの中で聞いてほしいの」
「え、この中で?」
「うん」
ローズはとても可愛い声で答える。
どうしたっていうんだ?
ローズのキャラとしてはもっとクールに「ええ、頼むわよ」って髪をふさぁっとかき上げる感じなのに。
「それじゃあ、行ってくるねアンネリーゼ」
「はい、お嬢様」
アンネリーゼさんは美しい一礼にてローズに頭を下げる。
だけど、その表情は先ほどよりももっと辛そうだった。
流石にこれは鈍感な俺でも分かった。
中に何かある……これだけは言える。
ガチャっとドアノブを回して中に入る二人。
中はかなり薄暗く部屋の奥が見えないほどだ。
「ミック、おねえちゃんだよ」
「……ねえね?」
「うん、ねえね」
暗い部屋の奥には大きなベッドがあるのが分かった。
そこに話しかけるローズ。
返ってくる返事は拙い幼児言葉。
俺とローズは暗い部屋の奥へと足を運ぶ。
そして、実物のミックに出会うことが出来た。
「なっ!」
俺は声を上げて驚いてしまう。
「……ん?」
上半身だけ起き上がりこちらを向く小さな命。
しかし、それはあまりにも痛々しい姿をしていた。
かなり痩せこけており、年齢は2歳と1か月……の割にはかなり小さい。
「ねえね、ねえね……だっこ」
抱っこをおねだりするその声も枯れており幼児が出す声ではなかった。
唇もかなりの乾燥をしておりまるで老人のような唇だ。
「うん、抱っこ。おいで」
「きゃきゃ」
ローズの腕の中に納まる小さな命は無邪気な笑顔を見せる。
「ミック」
「ねえね」
かなり年が離れているせいで姉弟というよりも親子に見えてしまう。
ミックはローズの腕の中でほほ笑む。
ただ、その微笑みも痛々しく思えるほどカサカサに乾いた手でローズの顔や胸を触る。
その乾いた手を握り返すローズ。
ミックを抱き寄せるローズの瞳から一筋の涙が零れる。
「ミックね、1歳ぐらいに発症したのよ」
「そ、そう、なのか」
「うん……不治の病のアレね」
アレと言われても分からないので俺はそれは何だと聞く。
すると返って来た返事は21世紀初頭の医学でも不治の病と言われるものだった。
「そこで、お父様が錬金術師に依頼したのよ、不治の病を治す薬を作ってくれと」
お父様?それってヴィンダーソン公爵……だよね……ドラゴン退治を依頼した本人……。
「なあ、その薬の材料って」
「ええ、察しの通り、ドラゴンの肝よ」
なるほど、ここに来てようやく理解できた。
俺、頑張った甲斐があったなぁ。
なんたってこの子たちのためになったんだから……うん、気分がいいっと思っていたのも束の間。
ローズにあっさりと否定される。
「でもね、結局ドラゴンの肝で作られた薬も効かなかったのよ」
「へ?」
ちょっと、錬金術師様、何やってんのよ……って、まあ、簡単に直らないから不治の病なんだろうけど。
「それでね……ゴホゴホゴホ」
説明をしている途中でローズが急に咳き込む。
なんだろう、痰がらみの咳っぽいが……。
「ごめんなさい」
ローズは口の周りに付いた血のりを拭う。
「おいおいおい、ちょっと待て」
まさか……姉弟して同じ病気なのか?
「なあ、まさかと思うが」
「ええ、私もなのよ」
俺は絶句する。
そして、俺の方へ体の向きを変え真剣な表情で俺にお願い事を言う。
ただ、そのお願い事が
「あのね、お願いしても…………いいかな?」
「……ああ……お、俺の出来る事ならな」
ローズはミックをベッドの上に戻す。
そして、ベッド脇にある棚の引き出しから取り出したのは銀色に輝くリボルバー拳銃だった。
しかし、この世界の拳銃は魔力をトリガーに銃弾を打ち出す。
ただ、魔力のない俺にどうしろと?
「なあ、これは?」
「うん、あなた魔力がないなんてウソでしょ?」
「いや、本当だが」
「じゃあ、この間のソフィアのSPを倒した力は何?」
「あれは、その……」
「わかっているわ。何か事情があるのよね。だから深く追求しない。だから……」
「だから?」
なんとなくだが、嫌な予感しかしない。
ただ……嫌な予感は的中してしまうというものだ。
ローズはベッドに座るミックを抱きしめながら笑顔でこちらを向く。
彼女の出した答えは……
「私とミックを楽にして欲しいの」
「…………はっ。バカヤロウ……俺は魔力がなくて無理だって」
当然のことながら俺は断固として断る。
それ以前にこの拳銃を俺は白桃のサポートなしに使うことは出来ない。
ローズは俺が断ることを重々承知の上でお願いしているという。
「私ね……ミックに拳銃を向けたの」
「…………」
「でも、トリガーを引けなかったの」
「…………」
「ミックが、ミックがね、ねえねっていうの……銃口を向けているのにねんねって笑顔で呼んでくれるの……そんなミックに私は銃口を向けていることに気が付いて……うわぁぁぁぁぁ」
銃口を向けてた時のことを思い出したのか、たちまち崩れ落ちるローズ。
どう考えても今のローズは危ない。
俺は説教臭くなってもいいので彼女を諭すことを試みる。
「なあ、ローズ聞いてくれ」
俺は崩れ落ちたローズの肩に手を当て話始める。
しかし、彼女は聞く耳を持つ気がない。
それどころか人が変わるぐらい乱心状態に陥ってしまう。
「もう、嫌!」
彼女は物凄い感情的になり俺の体を叩く。
しかし、魔法を使っているわけではないので普通の女性が叩く強さと変わりない。
「ドラゴンの肝ですらダメだったのよ」
もう一度、俺の体を叩く。
「最高級の魔法薬でもダメだったのよ」
大粒の涙を流しながら俺の体を叩くその手にはもう力が入っていない。
「もう、終わりに決まってる」
いつも強気だが、時には無邪気な彼女の弱々しさが俺にはつらかった。
「ねえね……うわぁぁぁぁん」
ローズが泣いているのでそれをみてミックも泣き始める。
二人が同時に泣き始めるので俺は困惑してしまう。
「あ、えっと……」
まずは、ミックを抱き上げる。
そして、ミックをあやしながらローズの傍へ持っていく。
「ほら、大丈夫、ねえねは大丈夫だよ」
異様なほどの軽さに俺は驚いたがそれどころではない。
ローズの傍に行くと、ミックは小さな腕を精一杯伸ばしてローズに触れようとする。
「ごめん、ごめんねミック」
ローズもミックが泣いていると分かると泣くのをやめ、俺からミックを受け取りあやし始める。
すると、泣き疲れたのだろう。
ミックは目を閉じてスヤスヤと眠り始める。
俺はミックのおやすみの邪魔にならない様にと静かにその場を離れて出入口へと向かった。
☆彡
出入口の戸の前に立つとすすり泣く声が聞こえた。
多分、アンネリーゼさんだろう。
ローズがこれから俺に何を頼むのかを知っていたのだろうな。
俺はすぐにアンネリーゼさんを安心させようとドアを開ける。
ドアの前ではしっかりと立っているのだが頬を伝う涙が彼女の心境を物語っている。
「アンネリーゼさん」
「……お嬢様は?」
多分、アンネリーゼさんはもうこの世にいないローズとミックを思って泣いていたのだろう。
だが、俺がそんなことをするわけがない。
それに今の状況は姉が弟を寝かしつけるという素敵な場面を見れるのだ。
だから、俺は少々カッコつけて振り返らずに後ろを指指さす。
ただ、俺が指差した先ではとんでもないことが起ころうとしていた。
「お嬢様!やめてください」
アンネリーゼさんが大声でローズを制止する。
一体、何をしているんだと振り返ると、そこには目を疑う光景が俺の網膜に飛び込む。
ミックはいつの間にかベッドに寝かされていた。
そして、銀色に輝くリボルバーの銃口がベッドに寝るミックに向けられていたのだ。
もちろん拳銃を持っているのはローズ。
暗い部屋の奥で眩しいぐらい輝くリボルバー。
「やめろ、ローズ」
咄嗟に俺も大声でローズに声を掛ける。
だが、ローズは更に脅かせてくれる。
ミックに向けていた銃口をそのまま自分のこめかみに密着させるのだ。
俺はそれを見た瞬間に息が止まる。
「白桃ぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「マスター、既に加速状態です」
白桃はすぐに俺へ回答を返す。
思考が加速状態なので時間がゆっくり進む。
「ローズを止める。戦闘プログラムをよこせ」
「ダメです。現状はナノマシンが足りません」
「じゃあ、俺の体に直接入れてもいいから何とかしろ」
「しかし、生身の体にそんなことをしたら、いくら生体強化しているとはいえ」
「うるさい、やれぇぇぇ」
「……わかりました。戦闘プログラムをEXE形式へ、過負荷によるリミッター解除。痛覚を遮断……マスター、どうぞ」
「間に合えぇぇぇぇぇぇぇぇ」
俺は自分の体に直接戦闘プログラムを入れるという無茶をしてローズに駆け寄る。
白桃が応答してから、ローズの元へたどり着くまでわずか0.1秒。
流石にまだ、リボルバーから銃弾は発射されていなかった。
俺はすぐさまリボルバーをローズの手から取り上げる。
「キャァ」
あまりの勢いで取り上げたためローズはその場で尻餅をつく。
何が起こったか理解できない感じのローズだが俺と目が合うと何があったのか理解したようだ。
そして、涙を流しながら懇願する。
「お願い、お願いよ……楽にさせて」
「ダメだ……生きろよ、死ぬ気で生きてみろよ」
「いやよ、もう……疲れたのよ」
「この分からずや!」と俺は怒鳴ろうとしてしまう。
が、体が言うことをきかなかった。
「あ、あれ?」
力が入らなくなり膝から崩れ落ちる。
そして、口いっぱいに何かが逆流してきた。
加速Gでよったのかと思ったが……吐き出したのは大量の赤い液体だった。
「ちょっと、サム」
ローズは血まみれになった俺を支えてくれる。
「よ、汚れるぞ」
「何を気にしているのよ。大丈夫?」
「あ……」
俺は喋ることもままならない状態になっていた。
すると、ウィンドウが現れる。
そこに映し出されたのは白桃だった。
「何これ?」
どうやらローズにも見える様にプロテクトを解除しているようだ。
「はじめまして、私はマスターのサポートを行っているAIで認証コード……はやめておきましょうか。名前を白桃といいます」
「え?白桃?」
「はい、どうやらロゼッタ令嬢は日本語が出来るようですね」
「ええ、まあ……ね。あ、私のことローズでいいわ」
「ローズですね、了解しました。では、ローズ、あなたは日本語が出来るということである程度の化学や科学の知識があるとみてもよろしいですか?」
「そうね、この世界の一般の人よりは知識があるつもりよ」
俺は白桃と会話するときは日本語を使っていた。
そして、またローズも日本語が使えるということでどうやら彼女も転生者であることは間違いなさそうだ。
「わかりました、ローズ。では、一つお願いをしてもよろしいでしょうか?」
「お願い?」
「はい、そこのマスターを看病してあげてください。足の骨は粉砕骨折してますし、内臓は破裂していますので生きているのがやっとなぐらいです」
「え?ちょっと、私よりも今すぐ死にそうなの?」
「はい。それとローズ。あなたとミックの病気は治りますよ」
白桃の言葉に反応するローズ。
しかし、それには少しばかり疑心暗鬼になっており、表情が凄みを増している。
「……どういうこと?」
それに対して白桃は淡々と治療の説明を始める。
「ナノマシンによる治療ですが、免疫系を攻撃し、徐々に弱めていくウイルスを駆除したのちに書き換えられたDNAを元へ戻します。瞬時に治るものではありませんが、即効性はありますよ。大体ですが、一晩で治ります」
どうやら話の内容はローズに伝わったのだろう。
どこまで内容が理解できているのかは分からないが、鳩が豆鉄砲を食ったような表情をしている。
「……ウソ」
「ウソではありません」
「じゃあ、私とミックは……」
「はい、治ります。……ですが、そちらのミックは早めの治療が必要でしょう。明日にはミックだけでもナノマシンが入った治療薬をお渡しします」
希望の兆しが見えると同時にローズの表情は一転、すごい笑顔で俺に話しかけてくる。
「サム、ねえ、サム、聞いた?今の聞いた?」
かなり興奮した状態で俺に詰め寄る。
が、俺は声を出すことすらできずに床で仰向け状態。
指一本動かすことができなかった。
「私とミックは助かるの。ミックは大きく成長してイケメンになれるのよ。私はサムのお嫁……」
と、ここまで言いかけて口ごもるローズ。
「コホン、まあ、まずはあなたの看病ね。アンネリーゼ、来て頂戴」
「はい、お嬢様」
すぐにどころか一瞬にして傍に控えるアンネリーゼさんはやっぱただ者ではない。
「ミックを私の部屋に連れてきて欲しいの」
「かしこまりました。して、サミュエルさんはいかがなさいますか?」
「私が連れて行くわ」
ローズはすぐに自己強化魔法を掛けて俺をお姫様抱っこする。
「サムも私の部屋に連れて行くから包帯と食事……重湯を準備して」
アンネリーゼさんにテキパキと指示を出すローズ。
その表情は生き生きとしており、俺は素直にカッコいいと思った。
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面白かった!ただ、マギネスギヤに何度つまずいたか。覚えにくい。なのにAIは白桃?なんか笑えるんですけど。サムは本当にイイ男ですねえ。誰と結ばれるのか知りたいような、知りたくないような・・・続きを楽しみにしています。
ん?Σ(゚Д゚)え?治療で終わり???(A;´・ω・)アセアセ誰とサムがくっつくの〜?(  ̄▽ ̄)
お読みいただきありがとうございます。
現在、リライトという形で続きを作成中ですのでしばらくお待ちください。