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それから

10.友情か恋情か?(ルトハルト視点) 2

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ちょっと胸糞かもです……。


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馬車は無事にバカヤーニ家の本宅へと到着した。


このアネーロ王国は、リッターナ辺境伯とフォルテロ男爵家がある南西が陸続きで隣国と接しているだけで、北西から東にかけては、海に面している。

海向こうの国とは貿易が盛んで、今のところは揉め事もなく平和だが、我が国の重要な拠点であることに違いはなく、北の公爵領としてバカヤーニ家がしっかりと守護してくれている。現在は、元騎士団長であったロイエのお祖父様が統括している場所だ。


「おお、これはルトハルト殿下、フリーダ殿下。遠路はるばる、ようこそいらっしゃいました」

「ロイズ翁、世話になる」

ロイエの祖父であるロイズ翁と使用人に出迎えられ、屋敷の中に案内される。

「ロイズ翁……どうですか?ロイエの様子は」

共にロイエの部屋へと向かう間に、俺はロイズ翁へ聞いてみた。

「……お会いしていただければお分かりになるでしょう。身内贔屓だったのだろうが、もう少し骨のある奴だと思っておりましたが。いやはや、情けない。殿下方にお会いして、少しでも戻れば良いが……私も老いぼれてしまったようで……思ったようにお役に立てず、お恥ずかしい限りです」

王国の懐刀と言われた好好爺が、悔しさと寂しさをないまぜにしたような、なんとも言えない表情で話す。

「……そうか。どうしようもないな、あいつも」

「自分でしでかしたという認識が、どうにも薄くて話にならんのです」

「……ああ……」

あいつはやっぱり昔と変わらないらしい。俺の気持ちも、呆れと悔しさと腹立たしさと、ごちゃごちゃしたものが渦巻いてきてしまう。

「お兄様……」

心配そうにフリーダに袖を引かれ、ハッと我に返る。どうやら顔に出ていたようだ。

「大丈夫だよ。フリーダ。きちんと話をするから」

俺はフリーダを安心させるように、笑顔を向ける。そうだ、会う前から熱くなっちゃだめだ。




「ロイエ。ルトハルト殿下とフリーダ殿下がお見えだ。開けるぞ」

ロイエの部屋の前でロイズ翁は声をかけ、ロイエの返答の前にドアを開けて入って行く。フリーダと俺も、少し躊躇しながらも後をついていく。

「ルト……?フリーダ?ああ、そう……」

ロイエはソファーにだらっと座り、気だるそうにこちらを見た。あの貴公子だった面影はすっかりなくなっている。

「!お前はまた!!酒を飲んどるな?!せっかくお二人がいらしてくれたというのに!きちんと伝えておったろう!……まったく、誰が出したのだ!おい、誰か!これを片付けろ!」

ロイズ翁はロイエから酒を取り上げながらそう叫ぶ。

「申し訳ございません!注意していたのですが」

執事と侍女長らしき二人が、慌てて飛んできた。
きっと、ロイエに絆されたメイドか下働きの者が用意してしまったのだろう。こういう所も、相変わらずだ。

「皆、いいよ。私達は大丈夫だ。ああ、お茶の準備もありがとう。それが済んだら三人にしてもらえるかな?よろしいか、ロイズ翁」

「……は。殿下がそう仰るのであれば」

「ああ。頼む」

テーブルの上はあっという間に片付けられ、ティーセットが綺麗に並べられる。そしてフリーダと俺がロイエの向かいのソファーに座ると、「では、失礼致します」と、皆が部屋をでた。




……しばしの沈黙。


「ロイエ……いや、和博と呼んだ方が良さそうだな?また酒に逃げるのか?」

「……」

ロイエはソファーの背もたれに寄りかかって天を仰ぐような姿勢のまま、こちらを見ようともしない。俺はため息を吐きながら話を続ける。

「ロイエ。今日はなぜフリーダを連れてきたか分かるか?……思い出さないか?」

「フリーダ……?思い出す……?」

怪訝そうな顔をしながら、フリーダにぼんやりと視線を移すロイエ。緊張気味に、それでもシャンと背筋を伸ばして座るフリーダを一瞥して、「さあ……?」と、興味がなさそうにぼやいて、また上を向く。

覚悟はしていたのだろうが、フリーダの表情は些か落胆の色が乗る。俺が視線で大丈夫かと問えば、大丈夫と気丈に頷き返してくる。

『……フリーダは、和博、お前の元カノだよ。リカちゃん、覚えてるだろ?……彼女の大学の後輩だった』

『……リカ?!後輩の……ああ!』

俺のあえての日本語に、ロイエはがばっとこちらを向き、続けて信じられない言葉を吐いた。

『リカ!リカは後輩だから、彼女の素晴らしさが分かるだろう?どれだけ僕が彼女を好きか、たくさん話をしたよね?今回だって、フリーダとして応援をしていてくれた!なあ、リアに伝えてくれないか?僕がどんなに……!』

『ロイエ』

『なあ!お前からも伝えてくれよ!僕は頑張っただろう?あんなに努力したのに!』

『いい加減にしないか!!』

俺の怒鳴り声に、ロイエが目を見開いて驚いている。無理もない、俺は前世を含めても奴に声を張り上げたことなんてなかったのだから。少し出来の悪い同い年の弟の面倒を、やれやれと見ている……いや、見ているでいただけだったのだから。

『ルト……?』

『何が努力だ!!よくもフリーダにそんな事が言えたな?前のお前を知っていても……そんな目に合っても……お前を、あれだけ慕って二人を応援していたのに!お前が勝手に裏切ったんだ!人の好意を何だと思っている?まずは謝れよ!!フリーダに……リカちゃんにもだ!』

「ルトお兄様……」

フリーダが目に涙を浮かべて泣くのを堪えている。俺が彼女の肩を抱いて、泣いてもいいんだ、と伝えると、俺の肩に顔を埋めて泣き出した。

『……何、それ。僕だけが悪者なの?リカだって僕に彼女がいるのを知ってたクセに、僕と付き合ったんだよ?同じじゃないの?しかも彼女の後輩でさ、最低なのはそっちじゃん』

『この……!』

『い、いいの、いいんです、お兄様。そう、カズの言う通り、私も最低でした。本来、泣く資格なんてないの。当時の私は、真っ直ぐな先輩が眩しくて、でも何か鼻について気に入らなくて。先輩に、勝てたような気がして。カズを好きな気持ちもあったけど、始めは優越感に浸っていただけで……本当にどうしようもない……』

言いながら、またボロボロと大粒の涙を溢すフリーダ。必死に止めようとすればするほど、しゃくりあげて止まらなくなってしまっている。

『ごめ……こんなっ、ひくっ、泣いても……っ』

『いいんだ。フリーダは頑張った。今回は二人を応援していたし、リアにも謝った。リアも許してくれて、フリーダの幸せを祈ってくれている。何の問題もない』

フリーダは更に泣き出した。俺は彼女を抱きしめる。

ーーーきっと、フリーダにはロイエを慕う気持ちがどこかにまだあったのだろう。その気持ちの整理のために、今回同行してきたのだ。最後の恋心も砕けて辛いだろうが、兄貴としては安堵してしまう。

『本当に何?兄妹ごっこを見せつけたいだけなら、帰ってよ。……何でどいつもこいつも、僕の頑張りは認めないんだよ』

ロイエが不貞腐れたようにぼやく。ああ、こいつはずっとチヤホヤされていないと気の済まない、たちの悪い子どものままなのだ。公爵家はもちろん厳しいが、周りからは充分愛されていたし、たくさん褒められて来たと思うのに。自分ばかりが欲しがって、周りに返そうとしない。……いや、本人は返しているつもりなのだ。だからこそ、たちが悪い。

「言われずとも帰る。……ロイエ。最後だ。公爵令息として、やり直す気はないのか?」

「は?リアがいないのに、頑張る必要なんてないだろ?頑張ったって、当たり前って言われるだけだし」

「……そうだ。俺たちは頑張って当たり前の立場なんだよ」

「はいはい。頑張ってよ、王子様。僕はもういいよ。どうせリアにも会ってもらえないんだろ?もう気楽に生活する」

「気楽に、か……。分かった。好きにしろ。……それと、俺が……俺たちも、もうお前と会うこともないよ。……自由に、好きなことをしたらいいさ」

「えっ、ルト……」

「それと。彼女の気持ち次第だが、できればシャルリアは俺が幸せにしたいと思っている」

「は……?」

ロイエが呆然と聞き返してくるが、構わず続ける。

「お前を……友を優先して、譲ったりしなければ良かったと、今は後悔している。……昔も今もだ」

ロイエは愕然とした顔をして、口をハクハクさせているが、言葉が出てこなくなっているようだ。想像もしていなかったのだろう。

「お前の醜聞も……私達の従兄弟でもあるし、叔母上の気持ちと……相手が平民であるし、公爵家の今後も考えて伏せていたが……お前がそう謂うのであるならば、各所と相談して対応を改めよう」

「え……」

?望みを叶えてやるよ。……フリーダ、大丈夫か?立てるか?うん、よし、帰ろうか」

呆然としているロイエを尻目に、俺はフリーダをエスコートして部屋を出ようと歩き出す。

「ル……!ちょ、どういう……!」

「言葉通りの意味だ。バカヤーニ公爵令息。我がアネーロ王国に、義務を放棄する貴族はいらない」

俺の言葉に、すがるような顔をするロイエ。誰も彼もが、つい絆されてしまう、いつもの顔。

でも、俺は……私は、この国の王子だ。

いつまでも流されている訳には行かない。失敗して後悔したならば、同じことを繰り返さないように努力をしなければ。

「では、失礼する」

友を切ると言うことは、こんなにも辛いのだな。


けど、もう振り返らない。

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