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それから

21.さすが私のお嬢様2(アネシス視点)

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「ふっふ~ん。今日も楽しかったわね、シス」

「そうでございましたね」


ワイズ家からお土産を沢山いただいて、公爵家へ帰宅したお嬢様。少し久しぶりにアズさんとお会いできたことと、お気に入りの美味しいもの達のお土産に、浮かれていらっしゃる。可愛いは正義。


「それにしても、グレイさんのお気持ちは、全くアズさんに届いてなさそうだったわよね?もう少し伝え方があったかしら?」


いやいや、それは止めてあげてください。そんなことを言おうものならアズさんが困り切った顔をされるのが、想像に難くないです。


「……自然にお任せするのがよろしいのでは?アズさんの気持ちもございますし」

「はっ!そうよね。随分と元気になったけど、みんなが私みたいにスパッと割り切れる訳じゃないもんね!ありがと、シス」

「とんでもないことでございます」


まあ、アズさんもクズに関してはすっかり割り切れていそうですが、そういうことにしておきましょう。


「ではお嬢様、私、少し他のお仕事も片付けて参りますので」

「はーい。いってらっしゃい」


お嬢様のいってらっしゃいと笑顔、尊い。


さて、この尊いお嬢様を預けるのに相応しいお相手は、どなたとなるのでしょうか。




「へぇ。ヘンドラー子爵令息ね」

「はい。先日から新しく生徒会の役員に選出されまして。アーロン様のご推薦で」

「なるほどね。友人たちも悪くないね……」


私のもうひとつのお仕事。それは、シャルリア様へ言い寄って来るであろう殿方の、カルム様への報連相でございます。


「シスから見てみて、どう?」

「悪くないと思います。どうにも女性に不器用らしく、誤解を招きがちですが。お嬢様にも勘違いをされているようですし」

「勘違い?」

「ええ、実は……」


私は学園からアズさんに会うまでの、一連の流れを説明しました。


「あはははは!さすが、姉上らしい!」

「はい、さすが私のお嬢様でございます。ただ、間違いはないと思うのですが、後日アズさんとお会いして、しっかりと確認を取るつもりです」

「うん、そうしてくれる?そうだ、それ、僕も行こうかなあ。ルト様とフォンス様は知ってるけれど、ヘンドラー子爵令息の人となりは知らないからね」

「……承知いたしました」


休みの日までカルム様とご一緒は、少し面倒ですが。お嬢様の為なので仕方ありません。

アズさんに……は、早くから緊張させることになりそうですよね。ちょっと可哀想ですが、当日驚いていただきましょう。


「では、カルム様。明後日にまたお願い致します」

「うん。よろしくね」



◇◇◇



そして、当日。


待ち合わせをした茶寮で、茫然自失な顔をしているアズさんが目の前におります。


「アウダーシア、こ、公子様……?」


さすがに少し可哀想だったかしら。ごめんなさい、アズさん。シャルリア様に慣れたから大丈夫かしらと思ったけれど、よく考えたらそういうことではなかったのかもしれませんね。


「ごめんね?来たら迷惑だったかな?」

「と、とんでもないことでございます!失礼致しました、アズ=ワイズと申します。この度はアウダーシア公爵家に多大な……」

「ああ、それはいいよ。済んだことだ。今日は僕が勝手をしたしね。……姉上が心配でね、シスに無理を言った。笑うかい?」

「い、いえ、まさかそんな!公子様のご心配も、ごもっともかと。お姉様想いの素敵な弟君なのですね」


カルム様のあざとい上目遣いに、すっかり騙されているアズさん。こういう素直な所が、お嬢様に似ていると思いますし、心配案件でもございます。今はアウダーシア家の庇護があるので変な輩は寄ってこないはずですが、目を光らせておかなくては。


「ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいよ。そうそう、僕のこともカルムでいいからね、ワイズ嬢」

「あ、ありがとうございます、では、カルム様。私のこともアズで、呼び捨てで、結構です!」

「シスと姉上は?」

「アズさんですね」

「じゃあ、僕もそれに倣おう。アズさんの方が年上だしね」


カルム様の(エセ)貴公子スマイルに「はうっ」と、変なうなり声を上げてしまうアズさんも可愛いですが、見た目王子様がお好きなのかしら、そちらも合わせて心配です。


「アズさんは王子顔がお好きなのですか?」

「シスさん、そんな身も蓋もないことを……だって、こんな綺麗な男性に微笑まれたら、誰だって……はっ、申し訳ございません!」

「いいよ。綺麗と言われるのも悪くないな」


カルム様が楽しそうに笑われて、アズさんも少し肩の力が抜けたようです。良かった。


「では……そろそろ、今日の本題に入りますか」


私の言葉に、二人が頷く。


「では、アズさん。ヘンドラー子爵令息のことですよね」

「はい。あの、でもその前に……不敬を承知でお尋ねしてもよろしいでしょうか?」


アズさんが以前も見せた真っ直ぐな表情で、カルム様と私を見てきます。


「いいよ。君と姉は友人だしね。一切の不敬は取らないと約束しよう」

「そんな、失礼でしたら仰ってくださいませ!でも、ありがとうございます。その、カルム様はやはり、子爵ごときが公爵ご令嬢に懸想するなど、許し難くお思いになられたり……」

「僕?しないね。昔と今はだいぶ違うというのもあるけれど……僕にとって何よりも大切なことは、姉上が幸せになることだけだからね」

「カルム様……」


なかなかのシスコン発言ですが、アズさんには姉想いの弟の範疇に入ってくれているようです。


「では、失礼ながら。お話させていただきます」





「成る程ね。そんな昔から……」

「グレイ兄、昔から不器用なんです。元々、ちょっと表情も睨み顔というか……でも、とても優しいんです」

「ええ。この間の生徒会の時でも認識しましたわ。でもそれがかえってお嬢様の誤解を招いたと……」

「そう、なんですよね……」


ひと通り話をし、アズさんはぐったりと項垂れる。


「姉上も思い込みが激しい所があるからね。純愛ものとか好きだもんねぇ?そこも可愛いんだけどさ」

「はい。その純粋な所がさすが私のお嬢様なのですが、なかなか頑固でもあるので……アズさんが魅力的な方ですから、余計に思い込んでしまわれているのでしょう」

「そんな、私に魅力なんて」

「いや、アズさんは魅力的だよ。蒸し返してしまうようだけれど、あのグズが気に入ったのも分かるくらいには」

「そんな……遊ばれた、だけ、ですから」

「奴の完璧な理想は姉上だからね。言い方は悪いが、今回は例え遊びでもくだらない女性は選んでいないね。まあそれが、余計に腹立たしくもあるわけだけれど」

「カルム様……お気遣い、ありがとうございます」

「お世辞ではないよ。被害にあった女性の皆さんは、どなたも素敵な方たちだ。あんなのに囚われずに、幸せに生きて欲しいと願っている。と、話が逸れたね。すまない」


アズさんは泣くのを堪えて、必死に首を振っています。こんな気丈な所も、素敵です。そんなアズさんを優しい微笑みで見守るようなカルム様も、本性を知っている私から見ても美しく見えます。


「シス、今何か失礼な事を考えなかった?」


相変わらず、勘の鋭い方ですね。


「とんでもないことでございます」


私の返事に軽く一瞥し、カルム様は話を続けます。


「ともかく、だ。僕はなかなか令息と接点がないから……あればフォローするけれど。シス、少し頑張ってあげたら?」

「畏まりました」

「よ、よろしいのですか?」


アズさんがぱあっと満面の笑顔になりました。やはり、笑顔がいいですね。


「うん、真面目で悪くないと思うよ。でも結果は姉上の気持ち次第だからね?……ちょっと手助けがないと、昔から知っている二人に比べて不利そうだし」

「それはもちろん!……え、?王子殿下だけではなく……?ですか……?」

「あれ、殿下のことは知っているんだ?まあ、噂にはなるか。フォンス様も直に、だろうな」

「フ、フォンス様とは……?」

「グランツール公爵家の、フォンス様です」


アズさんの恐る恐るの質問に、さらりと答えます。アズさんは5秒ほど固まりました、その後。


「お、王弟殿下のご子息ですよね?!社交界のお姉様方が憧れの……!ちょ、無理!殿下だけでもいっぱいいっぱいなのに……応援はしたけど!だって、え?ちょっと、やっぱり、グレイ兄、無理!!」


パニックになり、いつもの冷静なアズさんではなくなってしまいました。無理もないですが。


「落ち着いて、アズさん。ヘンドラー子爵令息も悪くないと思うよ」

「カルム様……!しつ、失礼しました、取り乱してしまい……でも、あの」

「姉上の気持ち次第って言ったでしょう?あの二人だってこれから、なんですよ」

「……これから……」

「むしろしがらみがない分……ヘンドラー子爵令息を押すか……?いや、でも姉上のお気持ちが大事だ」

「カルム様?」

「いや、何でも。アズさんはそのまま、ヘンドラー子爵令息を応援してあげて」

「あ、ありがとうございます!……かなり無謀だとは思いますが……はい!」


アズさんは自分を奮い立たせるかのように、何度も自分に言って聞かせるように頷いていました。そんな一生懸命さが、とても微笑ましいです。そんなアズさんがオススメしてきたのですから、グレイ様もいい方ではあるのでしょう。


まあ結局は、そんな皆様に愛されるお嬢様が最強な訳でございますが。さすが私のお嬢様。


これからどうなるか、しっかりと見届けたいと思う次第でございます。

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