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そして

9.彼女の隣を(グレイ視点)

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「えっ?」


シャルリア様が固まっている。それはそうだろう。今まで俺なんて眼中には無かったのだろうから。





生徒会役員になってからこっち、俺はこのままでは駄目だと痛感していた。


ライバルが殿下と王族の流れが強い公子様だ。気後れしなかったと言えば嘘になる。と、いうより、気後れしまくっている。相手は非の打ち所のない王子様と、社交界一の人気者だ。無愛想で不器用な子爵家の嫡男なんて、見劣りし過ぎる。彼女の元婚約者だって、本性がバレるまではキラキラしていた。やっぱり俺なんて、と、何度思った事か。


……未だにアズを好きだと思われてるし。


考えれば考える程、俺に有利な事など一つもないと思い知らされる。けれど、近くで話せるようになればなるほど、想いは勝手に募っていった。

無理だと思っていても心と体は素直なもので、勝手に彼女を守るように動いてしまう。


アネシス様との飾らないやり取り。無愛想な俺のことすら最近では楽しんでくれているようで、あれこれ試されているのも、ものすごく可愛い。さすがの公爵令嬢の知識量だし、本当に誰にでも優しい。殿下とフォンス様に口説かれて照れる姿なんて、天使以外の何者でもないと思う。かなり悔しいけど。あの二人のように振る舞うなんて、大火傷しそうで無理だよなあ。……無理とか言っている場合じゃないのだろうけれど……。いや、キツいな。


でも1日毎に、気持ちは積み重なっていく訳で。


シャルリア様の横に違う男がいるのは見たくない、とは思っていたけれど、日に日にその想いも強くなる。


「やっぱり気持ちをきちんと伝えるしかないと思うわよ」

「同感」


教室で悪友二人に言われるまでもなく、理解はしている。気持ちが伝わっていない以上、ライバルと同じ土俵にも立てていないのだから。


「分かってる、分かってるよ……」


けど、一歩が出ない。笑ってください。


「この間の休日、フリーダ殿下とお茶会をしたそうよ、シャルリア様」

「え……」

「前々から親しいものね。王城となると、殿下とフォンス様が有利だし?噂では、何か慶事ごとがあったようだし、どうなのかしらね?」


思わずガタンと立ち上がる。


「……シャルリア様のことかどうかは分からないけれどな」

「そんな顔をするくらいなら、って思うけど……。まあ、こればかりは本人次第だから。今日は殿下もいないし、私達は生徒会の外回りの日よ。話せるんじゃない?」


そう言われて生徒会室に行った俺は、シャルリア様の幸せそうな笑顔に遭遇する。そしてそれを悟らせまいと堪えているような。

やっぱり、あの二人のどちらかと纏まったのか。自分への不甲斐なさと相手への嫉妬心で、胸がチリチリする。


本当に俺は情けない。学習能力がない。また、見ているだけで何も出来なかった。そうだよ、何もしなくても、失恋はするんだ。だったら、行動するべきだった。知っていたはずなのに。


「……失礼ですが、シャルリア様、何かいいことがありましたか?」


この際だ、もう死刑宣告を受けよう。腹を括ってシャルリア様の言葉を待つ。


「実はね、まだ発表はされていないのだけれど……シス、いいわよね?」

ウキウキしている。こんな時でも可愛いな、くそ。

「グレイさんは口が固いですし、慶事ですし間もなく発表もされるので問題ないかと」

「そうよね!近々発表されるのだけれど、まだグレイさんの心に仕舞っておいてくださいな」

「……はい」


やはり慶事か。めでたいのに、心が重い。好きな人の幸せは願いたいのに。それすらできないほど執着しておいて、何もできなかったなんて笑い種だ。


「この間、フリーダ殿下とお茶会をしたのだけれど」

「……はい」


やっぱりルトハルト殿下か。長年の付き合いだしな。


「その場でね、うちのカルムとの婚約が決まったのよ!」


えっ?カ、カルム様?えっ。


「……カルム、様、と?」

「ええ、そうなの!可愛い二人のお祝い事だから、私、嬉しくて。恥ずかしながら顔に出てしまっていたのね」

「フリーダ殿下の……」


詳細は人の事だからと聞けなかったが、ぶっちゃけ俺にとっては経緯はどうでもよくて(カルム様スミマセン)、シャルリア様の事ではなかったことに、安心して体中の力が抜けたようだった。


そして、少し気が緩んだ俺は、また現実を知る。


「グレイさんたちのようにずっと仲良くても素敵」


そうだ、彼女には何ひとつ伝わっていないのだ。


そしてふと思い出す。彼女が殿下への誕生日プレゼントを選んでいたこと。幼馴染みの毎年恒例とは言っていたけれど、本当のところはどうなのだろう。特別だけれど、答えが出せないと彼女はポロッと言った。失言だったみたいで誤魔化していたから、きっと本音だ。


「弟にエスコートを頼むつもりだったのですけれど、今回のことで難しくなって……」


殿下のお誕生会だ。エスコートを受ければきっと、周りは二人が婚約したと思うだろう。きっと、フォンス様でも。……いや、フォンス様はそうならないか?


ともかく!逃げている場合じゃないぞ、俺!


首の皮一枚繋がっているだけだけど、何もしないであの絶望感を味わうのは嫌だ。


「でしたら。お……私では駄目ですか、シャルリア様のエスコート」







……いや、分かってる。俺なんか全く眼中になかったと。それでも、この沈黙は辛いものがある。


彼女は、「えっ」と言った後、数十秒は沈黙しているのだ。


普段は突っ込んでくれるアネシス様も、さすがに口を噤んでいる。正しいのだろうけれど、いたたまれない。


口から出た言葉は取り消せない。今さら言い訳しても仕方がない。こうなったら、砕けるしかないよな。


「あの」

「……アズさんはよろしいのですか?今、私の横に立たれると、きっといろいろと言われ……」

「構いません」


砕けようと口を開いた所で、シャルリア様が呆然としたように問いかけてきて、俺は思わず強めに肯定した。シャルリア様は驚いた顔をしている。


「すみません、大きな声を出しました。でも、これ以上貴女に誤解されたくないのです」

「誤解……」

「はい。以前も申し上げましたが、アズと私は恋仲ではありません。お互い本当にきょうだいとしか思っておりません。……アズもシャルリア様にお伝えしたはずですが」

「だって、グレイさんの笑顔が……」

「お、私の、笑顔?」

「大事な人を想う笑顔が眩しくて、だから、私……」


ああ、アーロン達に言われていた事だ。我ながら嫌になる。


「彼女が……、いや、家族や仲間が大切なのは本当です。そこに嘘はありません。ですが、私がずっとお慕いしていたのはシャルリア様です。不器用で情けないのですが、女性全般得意ではないのですが、その……自分の想い人となると、余計に緊張してしまって、ますますどうにもならない顔になってしまうと申しますか。本当に情けない話なんですけれど」


しどろもどろで、カッコ悪いな、俺。でもこれが俺だ、仕方ない。


「爵位も年も下ですけれど。ずっと、貴女の横に立ちたい。もう、他のひとが貴女の横に立つのは見たくない。どうか、私にもチャンスをください」


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