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第2章 鮮烈なるイモータル
第21話 残響の猜疑心
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「イドラ……そうですか。葬送は人々の役に立っていたのですね」
「うーん、仲直りできてよかったよかった! まったく困っちゃうよねー作戦前なのに。ミロウちゃんってば、とっても優秀なのについてこれるのがベルちゃんくらいだからいっつもひとりなんだよね。悪い子じゃないから仲良くしてあげてよ」
「ちょッ、ベルチャーナ! なにをそんないきなり……後輩のくせに余計な気を回さなくていいんです!」
「後輩だから気を回すんだよお。ミロウちゃんと違ってベルちゃんは色んなチームに入れられるし、ずっといっしょにはいられないから! まあ、単独で使われることも多いってことはそれだけ、ミロウちゃんは司教様に信頼されてるってことなんだろーけど」
「それが余計だと言っているんですっ。もう、あなたはいつも——ああ違う、いい加減話を本筋に戻さなくては!」
ミロウは大きな声を出すと、両手で自分の頬をぱんぱんと叩いた。かなり思いきりやったらしく、革手袋越しなのに大きな音が響き、ソニアがびっくりして「ぴえっ」と小さく声を漏らす。
痛みを伴う強引な方法で場の流れを断ち切ったミロウは、キッと表情を引き締めて再度口を開く。真剣な表情に似つかわしくない頬の赤みには触れないようにしながら、イドラたちはそれを聞いた。
「——続きを話します。そのイモータルは独特の修正からスクレイピーと協会内で呼称されている個体です」
「スクレイピー……こする?」
葬送においては、よほど喫緊《きっきん》でもない限りそのイモータルについての綿密な調査が行われる。個体ごとに特徴が様々であるイモータルだからこそ、その習性や特性を掴み、把握してから葬送に挑むのだ。むしろエクソシストたちにしてみれば、こうした調査も葬送の一部と言えるだろう。
よって、葬送対象には個別に、調査内容に応じた呼称が付けられることも多い。それが今回イドラに依頼する個体はスクレイピーと名付けられていた。
「はい。発見されたのはもう四日も前になります。湿原のど真ん中に佇む白い怪物……幸い港や町からはまだ距離がありましたので、担当のエクソシスト——あ、わたくしではないですわよ? 当時は別の任に当たっていました」
「ミロウちゃん忙しいもんねー。司教様と近いだけに、協会内でもお仕事多いし」
「それは仕方のないことです……っと、またベルチャーナにペースを乱されかけてしまいました。それで、差し当たっての危険はないということでまず二日を調査に費やしたのです。この慎重さは称賛に値しますね、担当の者と面識はありませんが、実によい判断です」
えーベルちゃんのせいー? とぶーぶー文句を言うベルチャーナをよそに、イドラはつい感心の頷きを返した。
二日もイモータルの調査に使うなどイドラはやったことがない。そりゃあ多少観察くらいはしたりもするが、せいぜいが五分程度だ。基本、出たとこ勝負で突っ込む。調査などやろうと思ったことさえない。
マイナスナイフがあるのだから、ある程度は怪我を負うのが前提だ。そして即死でなければ関係がない。しかし世のエクソシストたちは横着せず、こうもゆっくりとプランを立てるのだと、イドラは寝耳に水の気分だった。エクソシストたちの葬送には学ぶところも多いに違いない。
「その結果、スクレイピーはほとんど移動をしないことが明らかになったのです」
「移動をしない? 歩けない、ってことか」
「いえ、歩かない、でしょうね。報告によれば脚はあり、形は羊に似ているようです。サイズも小型の部類でしょう」
「え、えと……じゃあ、そのイモータルは、一日中ぼんやりしてるってことですか? 日なたぼっこする羊さん……なんだかかわいく思えてきたような」
「それも違います、ソニア。スクレイピーは一日中、地面や岩に自分の顔をこすりつけているのです。耐えがたい痒みでも感じているかのように、病的に」
「え——や、やっぱりかわいくないかもですっ」
「なるほど、それでスクレイピーか。異常行動に夢中だから移動はしていないと?」
「はい。四日が経ち、あれはおそらくは今も湿原で同じことを繰り返しています」
そういう論拠があったらしい。ならばそれを早く言ってくれれば、無用な言い合いをすることもなかったのに……と思ったものの、聞く前に口を挟んだ自分にも非はある。イドラは口をつぐんだ。
「依頼の概要はそんなとこかなー。漁業の邪魔になっちゃうからそろそろ対処しておきたいんだよね。そこでイドラちゃんに白羽の矢が立ったってわけ。改めて、引き受けてくれる?」
「……それで僕が『やっぱ無理』って言えば、馬車から放り出されるのか?」
「ふふー。どうかな?」
笑みを崩さないベルチャーナ。冷然としたミロウよりも、その真意は余程に見えづらい。
——やっぱり疑念がある。頭の中で、裏になにかを隠しているのではないかという思いが影のように離れない。
この猜疑心は、三年前に端を発する残響なのだろうか?
イドラには判断がつかない。真意が隠されているのか、自身の目がありもしない真意を見ようとしているのか。
だが、どうであれ返事は決まっていた。
「やるよ、僕の役目はイモータルを殺すことだ。その情報が本当なら、スクレイピーがいるっていう湿原に連れてってくれるのは僕としてもありがたい」
「なーんだ、ならよかった! 期待してるよイドラちゃん。葬送とは違う、イモータルの完璧な殺害はある種、ベルちゃんとしても悲願なんだからさ」
「協会もそりゃあ、殺せるんなら殺したいか。それで……セグメ海岸は僕も場所くらいは知ってるが、いかんせんデーグラムの辺りは行ったことなくてね。距離がいまいち体でわかってないんだけど、どのくらいかかる?」
「夕方には。あなたには即座に、その場で葬送——ではないのでしたね。討伐に取り掛かってもらうことになりますが」
今日も空は晴天だ。ミロウの確認に、『雨の日を待つことはできないぞ』と言外に含ませてあることはイドラはすぐ気付いた。
イモータルは雨の日、動きが鈍る。この特性は、イドラもイモータルと戦う上で、何度も利用してきた。すぐさま対処に当たらなくてもよい場合、何日か待って雨の日にしてから殺害を試みることがある。
どうやら、葬送協会のエクソシストたちも同じらしい。
「ああ。まあ、馬と人を連れて何日も野営ってのも無理だろうし。しょうがない」
「わかっているならばいいですが。こちらとしても時間は掛けたくないので」
本来対処に当たるべきエクソシストたちを差し置いて、イドラを指名するほどだ。さぞかし強力な個体なのだろう。そんなイモータルに雨なしで挑むというのは、身震いするような話だった。
……ふつうであれば、だが。イドラは既に不死を狩ることに慣れている。
しかしだからといって、楽観的にはなれるはずもない。イドラは不死を傷つけるギフトを持つだけで、いつも圧倒してきたわけではない。むしろ綱渡りだ。一歩足を踏み外せば死の暗闇に落とされる。唯一楽な殺しは、協会に葬送されて葬送檻穽に閉じ込められた個体だけ。
そんなことを何度も何度も繰り返し、恐怖が麻痺しているだけだ。今回も死にかけ、あるいは本当に死ぬことになるだろうが、力の限りは抗う。そのことはもう決まっているのだから、いちいち感情に心を乱されることもない。
「……しかし、夕方か」
ちらりとイドラは小窓の外に目をやる。
景色はほとんど変わらない。少し遠くに山があり、そばにはちまちまと木が並ぶ平原。時折がたつく道の上を走り、その度に尻が振動で浮く。
太陽は、まだ真上にも差し掛かってはいないだろう。
……長い。
仕方のないことだが、イドラは心中で呟くと、息を吐いて木製の内壁に背を預けた。ぎしり、と小さくきしむ音。
湿原に着くまではまだまだかかる。せめてそれまで、体を休めておくべきだ。
会話が途切れ、再び道を進む音だけが響く。今のところ、揺れはまだ小さい方だ。乗っているだけで体力を使うということはない。
いっそ仮眠でも取ってしまおうか。昨晩はソニアのこともあり、きっとお互いに睡眠時間は十全とは言い難い。イドラがそう考えた時、しかし静けさを好まない人物が若干一名同乗していた。
「ね、ね。ソニアちゃんさ、イドラちゃんとはどんな関係なの? 娘……って歳じゃないし、兄弟って雰囲気でもないよね? あとそのおっきいのに細い剣なに?」
「えっ、え。あ、えっと、あの」
「あー! わかった、イドラちゃんに無理やり荷物持ちさせられてるんだ! 流石は不死殺し、こんないたいけな女の子を奴隷扱いなんて鬼畜だねー!」
「そのくだりはもうやった……! いやミロウもそこまでは言ってこなかったぞ!?」
興味津々といった風に、矢継ぎ早に質問を繰り出すベルチャーナ。その勢いに気圧されてソニアはあたふたとし、ついでにまたしてもあらぬ誤解を招いていた。
見ればミロウも、ベルチャーナに同調するように冷やかさが平常時の七割増しの目線を向けてきている。この機にそろそろ誤解を解いておかねば、協会内で嫌なうわさが流れかねない。不死殺しではなく幼女奴隷のイドラとでも呼ばれた日には、あまりに恥ずかしくて故郷に帰ることさえできなくなってしまう。
しかしながら、とはいえ、ソニアにワダツミを持たせているのを説明するには、彼女の特異性について語らねばならない。不死憑きと蔑まれたソニアの、あまり知られたくはないであろう事柄を。
それをイドラの口から一方的に話すのは、よくないことだ。たとえ自身の弁解のためであっても。
(く……受け入れるしかないのか——幼女奴隷の名を)
本気でそんな思考が頭をかすめた時、ソニアがおずおずと声を発する。それは不死憑きと呼ばれ続け、周囲に恐れや遠慮が根付いてしまったがゆえの質問だった。
「あの……お二人は怖くないんですか? イモータルみたいな、わたしのことを」
「えー? なんでなんで、どう見てもイモータルとは違うじゃん」
「怖い? わたくしはイモータルなんて怖くありません」
エクソシストの二人は、それぞれ平然と答えた。
「……いえ、それ以前に、あなたはイモータルとは程遠い。イモータルはこんなに小さくて、可愛らしいおめめをしていませんもの」
「あーっ、ベルちゃんもそーいうこと言いたかったのに! 髪も雪みたいで綺麗だよー、ちょっと癖あるのもわんちゃんみたいでかわいいし!」
「か、かわ……っ、わたしがそんなっ、ぅぅ」
ベルチャーナに頭を撫でられ、ソニアは顔を赤くしてうつむいている。
その様子を壁際で見つめながら、イドラはエクソシストの二人がソニアを邪険に扱ったりしてこないことに安堵した。
昨日、協会の連中がソニアを殺しにきたのかも、などと早とちりしたのは完全な間違いだった。協会にも、こうして真っ当な価値観を持った人間がいる。協会の人間が誰しもオルファのように凶悪な二面性を持つわけではない。
依頼に関して、まだ心のうちにへばりついた疑念を払いきることはできないが、少なくともミロウとベルチャーナの人間性に関しては信頼してもいいのかもしれない。照れながら、しかし嬉しそうにはにかむソニアを見てそう思う。
「でも、そうですね。イモータルを葬送してきたエクソシストとして興味はあります。あんたのそれは、あの不死の怪物となにか関係のあるものなのか」
「それは……」
ミロウに見つめられ、ソニアは身をよじるようにしてわずかに目をそらす。
言いにくいことなのは間違いなかった。イドラも、詳しく聞いたわけではない。単純に昨日は夜中だったし、ワダツミのこともあったので機会がなかったというのもあるが、なによりおいそれと訊けることではなかった。
一年前。何者かに、体をおかしくされた。それについて話そうとする時のソニアは、本当につらそうだったからだ。
「ソニア、言いたくなければ……」
「ううん……いいんです。説明しないとかえって不気味がられても仕方ないですから。もっとも、説明してもわたしのことを怖いっていう人もいるかもしれませんが」
今度の笑みは明らかに不自然で、作ったものだった。ただならぬ様子にエクソシストたちは自然と表情を引き締める。
そうして、がたりごとりと小さな体を車体の振動に揺らしながら、ソニアはその出来事を口にした。
「うーん、仲直りできてよかったよかった! まったく困っちゃうよねー作戦前なのに。ミロウちゃんってば、とっても優秀なのについてこれるのがベルちゃんくらいだからいっつもひとりなんだよね。悪い子じゃないから仲良くしてあげてよ」
「ちょッ、ベルチャーナ! なにをそんないきなり……後輩のくせに余計な気を回さなくていいんです!」
「後輩だから気を回すんだよお。ミロウちゃんと違ってベルちゃんは色んなチームに入れられるし、ずっといっしょにはいられないから! まあ、単独で使われることも多いってことはそれだけ、ミロウちゃんは司教様に信頼されてるってことなんだろーけど」
「それが余計だと言っているんですっ。もう、あなたはいつも——ああ違う、いい加減話を本筋に戻さなくては!」
ミロウは大きな声を出すと、両手で自分の頬をぱんぱんと叩いた。かなり思いきりやったらしく、革手袋越しなのに大きな音が響き、ソニアがびっくりして「ぴえっ」と小さく声を漏らす。
痛みを伴う強引な方法で場の流れを断ち切ったミロウは、キッと表情を引き締めて再度口を開く。真剣な表情に似つかわしくない頬の赤みには触れないようにしながら、イドラたちはそれを聞いた。
「——続きを話します。そのイモータルは独特の修正からスクレイピーと協会内で呼称されている個体です」
「スクレイピー……こする?」
葬送においては、よほど喫緊《きっきん》でもない限りそのイモータルについての綿密な調査が行われる。個体ごとに特徴が様々であるイモータルだからこそ、その習性や特性を掴み、把握してから葬送に挑むのだ。むしろエクソシストたちにしてみれば、こうした調査も葬送の一部と言えるだろう。
よって、葬送対象には個別に、調査内容に応じた呼称が付けられることも多い。それが今回イドラに依頼する個体はスクレイピーと名付けられていた。
「はい。発見されたのはもう四日も前になります。湿原のど真ん中に佇む白い怪物……幸い港や町からはまだ距離がありましたので、担当のエクソシスト——あ、わたくしではないですわよ? 当時は別の任に当たっていました」
「ミロウちゃん忙しいもんねー。司教様と近いだけに、協会内でもお仕事多いし」
「それは仕方のないことです……っと、またベルチャーナにペースを乱されかけてしまいました。それで、差し当たっての危険はないということでまず二日を調査に費やしたのです。この慎重さは称賛に値しますね、担当の者と面識はありませんが、実によい判断です」
えーベルちゃんのせいー? とぶーぶー文句を言うベルチャーナをよそに、イドラはつい感心の頷きを返した。
二日もイモータルの調査に使うなどイドラはやったことがない。そりゃあ多少観察くらいはしたりもするが、せいぜいが五分程度だ。基本、出たとこ勝負で突っ込む。調査などやろうと思ったことさえない。
マイナスナイフがあるのだから、ある程度は怪我を負うのが前提だ。そして即死でなければ関係がない。しかし世のエクソシストたちは横着せず、こうもゆっくりとプランを立てるのだと、イドラは寝耳に水の気分だった。エクソシストたちの葬送には学ぶところも多いに違いない。
「その結果、スクレイピーはほとんど移動をしないことが明らかになったのです」
「移動をしない? 歩けない、ってことか」
「いえ、歩かない、でしょうね。報告によれば脚はあり、形は羊に似ているようです。サイズも小型の部類でしょう」
「え、えと……じゃあ、そのイモータルは、一日中ぼんやりしてるってことですか? 日なたぼっこする羊さん……なんだかかわいく思えてきたような」
「それも違います、ソニア。スクレイピーは一日中、地面や岩に自分の顔をこすりつけているのです。耐えがたい痒みでも感じているかのように、病的に」
「え——や、やっぱりかわいくないかもですっ」
「なるほど、それでスクレイピーか。異常行動に夢中だから移動はしていないと?」
「はい。四日が経ち、あれはおそらくは今も湿原で同じことを繰り返しています」
そういう論拠があったらしい。ならばそれを早く言ってくれれば、無用な言い合いをすることもなかったのに……と思ったものの、聞く前に口を挟んだ自分にも非はある。イドラは口をつぐんだ。
「依頼の概要はそんなとこかなー。漁業の邪魔になっちゃうからそろそろ対処しておきたいんだよね。そこでイドラちゃんに白羽の矢が立ったってわけ。改めて、引き受けてくれる?」
「……それで僕が『やっぱ無理』って言えば、馬車から放り出されるのか?」
「ふふー。どうかな?」
笑みを崩さないベルチャーナ。冷然としたミロウよりも、その真意は余程に見えづらい。
——やっぱり疑念がある。頭の中で、裏になにかを隠しているのではないかという思いが影のように離れない。
この猜疑心は、三年前に端を発する残響なのだろうか?
イドラには判断がつかない。真意が隠されているのか、自身の目がありもしない真意を見ようとしているのか。
だが、どうであれ返事は決まっていた。
「やるよ、僕の役目はイモータルを殺すことだ。その情報が本当なら、スクレイピーがいるっていう湿原に連れてってくれるのは僕としてもありがたい」
「なーんだ、ならよかった! 期待してるよイドラちゃん。葬送とは違う、イモータルの完璧な殺害はある種、ベルちゃんとしても悲願なんだからさ」
「協会もそりゃあ、殺せるんなら殺したいか。それで……セグメ海岸は僕も場所くらいは知ってるが、いかんせんデーグラムの辺りは行ったことなくてね。距離がいまいち体でわかってないんだけど、どのくらいかかる?」
「夕方には。あなたには即座に、その場で葬送——ではないのでしたね。討伐に取り掛かってもらうことになりますが」
今日も空は晴天だ。ミロウの確認に、『雨の日を待つことはできないぞ』と言外に含ませてあることはイドラはすぐ気付いた。
イモータルは雨の日、動きが鈍る。この特性は、イドラもイモータルと戦う上で、何度も利用してきた。すぐさま対処に当たらなくてもよい場合、何日か待って雨の日にしてから殺害を試みることがある。
どうやら、葬送協会のエクソシストたちも同じらしい。
「ああ。まあ、馬と人を連れて何日も野営ってのも無理だろうし。しょうがない」
「わかっているならばいいですが。こちらとしても時間は掛けたくないので」
本来対処に当たるべきエクソシストたちを差し置いて、イドラを指名するほどだ。さぞかし強力な個体なのだろう。そんなイモータルに雨なしで挑むというのは、身震いするような話だった。
……ふつうであれば、だが。イドラは既に不死を狩ることに慣れている。
しかしだからといって、楽観的にはなれるはずもない。イドラは不死を傷つけるギフトを持つだけで、いつも圧倒してきたわけではない。むしろ綱渡りだ。一歩足を踏み外せば死の暗闇に落とされる。唯一楽な殺しは、協会に葬送されて葬送檻穽に閉じ込められた個体だけ。
そんなことを何度も何度も繰り返し、恐怖が麻痺しているだけだ。今回も死にかけ、あるいは本当に死ぬことになるだろうが、力の限りは抗う。そのことはもう決まっているのだから、いちいち感情に心を乱されることもない。
「……しかし、夕方か」
ちらりとイドラは小窓の外に目をやる。
景色はほとんど変わらない。少し遠くに山があり、そばにはちまちまと木が並ぶ平原。時折がたつく道の上を走り、その度に尻が振動で浮く。
太陽は、まだ真上にも差し掛かってはいないだろう。
……長い。
仕方のないことだが、イドラは心中で呟くと、息を吐いて木製の内壁に背を預けた。ぎしり、と小さくきしむ音。
湿原に着くまではまだまだかかる。せめてそれまで、体を休めておくべきだ。
会話が途切れ、再び道を進む音だけが響く。今のところ、揺れはまだ小さい方だ。乗っているだけで体力を使うということはない。
いっそ仮眠でも取ってしまおうか。昨晩はソニアのこともあり、きっとお互いに睡眠時間は十全とは言い難い。イドラがそう考えた時、しかし静けさを好まない人物が若干一名同乗していた。
「ね、ね。ソニアちゃんさ、イドラちゃんとはどんな関係なの? 娘……って歳じゃないし、兄弟って雰囲気でもないよね? あとそのおっきいのに細い剣なに?」
「えっ、え。あ、えっと、あの」
「あー! わかった、イドラちゃんに無理やり荷物持ちさせられてるんだ! 流石は不死殺し、こんないたいけな女の子を奴隷扱いなんて鬼畜だねー!」
「そのくだりはもうやった……! いやミロウもそこまでは言ってこなかったぞ!?」
興味津々といった風に、矢継ぎ早に質問を繰り出すベルチャーナ。その勢いに気圧されてソニアはあたふたとし、ついでにまたしてもあらぬ誤解を招いていた。
見ればミロウも、ベルチャーナに同調するように冷やかさが平常時の七割増しの目線を向けてきている。この機にそろそろ誤解を解いておかねば、協会内で嫌なうわさが流れかねない。不死殺しではなく幼女奴隷のイドラとでも呼ばれた日には、あまりに恥ずかしくて故郷に帰ることさえできなくなってしまう。
しかしながら、とはいえ、ソニアにワダツミを持たせているのを説明するには、彼女の特異性について語らねばならない。不死憑きと蔑まれたソニアの、あまり知られたくはないであろう事柄を。
それをイドラの口から一方的に話すのは、よくないことだ。たとえ自身の弁解のためであっても。
(く……受け入れるしかないのか——幼女奴隷の名を)
本気でそんな思考が頭をかすめた時、ソニアがおずおずと声を発する。それは不死憑きと呼ばれ続け、周囲に恐れや遠慮が根付いてしまったがゆえの質問だった。
「あの……お二人は怖くないんですか? イモータルみたいな、わたしのことを」
「えー? なんでなんで、どう見てもイモータルとは違うじゃん」
「怖い? わたくしはイモータルなんて怖くありません」
エクソシストの二人は、それぞれ平然と答えた。
「……いえ、それ以前に、あなたはイモータルとは程遠い。イモータルはこんなに小さくて、可愛らしいおめめをしていませんもの」
「あーっ、ベルちゃんもそーいうこと言いたかったのに! 髪も雪みたいで綺麗だよー、ちょっと癖あるのもわんちゃんみたいでかわいいし!」
「か、かわ……っ、わたしがそんなっ、ぅぅ」
ベルチャーナに頭を撫でられ、ソニアは顔を赤くしてうつむいている。
その様子を壁際で見つめながら、イドラはエクソシストの二人がソニアを邪険に扱ったりしてこないことに安堵した。
昨日、協会の連中がソニアを殺しにきたのかも、などと早とちりしたのは完全な間違いだった。協会にも、こうして真っ当な価値観を持った人間がいる。協会の人間が誰しもオルファのように凶悪な二面性を持つわけではない。
依頼に関して、まだ心のうちにへばりついた疑念を払いきることはできないが、少なくともミロウとベルチャーナの人間性に関しては信頼してもいいのかもしれない。照れながら、しかし嬉しそうにはにかむソニアを見てそう思う。
「でも、そうですね。イモータルを葬送してきたエクソシストとして興味はあります。あんたのそれは、あの不死の怪物となにか関係のあるものなのか」
「それは……」
ミロウに見つめられ、ソニアは身をよじるようにしてわずかに目をそらす。
言いにくいことなのは間違いなかった。イドラも、詳しく聞いたわけではない。単純に昨日は夜中だったし、ワダツミのこともあったので機会がなかったというのもあるが、なによりおいそれと訊けることではなかった。
一年前。何者かに、体をおかしくされた。それについて話そうとする時のソニアは、本当につらそうだったからだ。
「ソニア、言いたくなければ……」
「ううん……いいんです。説明しないとかえって不気味がられても仕方ないですから。もっとも、説明してもわたしのことを怖いっていう人もいるかもしれませんが」
今度の笑みは明らかに不自然で、作ったものだった。ただならぬ様子にエクソシストたちは自然と表情を引き締める。
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