不死殺しのイドラ

彗星無視

文字の大きさ
98 / 163
第2部1章 躍る大王たち

第95話 『嵐の前の』

しおりを挟む
「昨日、キミにギフトを使うなと言ったばかりだというのに。舌の根が乾かぬうちに、キミの助力を頼ってしまうとは。本当に……重ね重ね、情けない」
「能力さえ使わなければいいんだから、大丈夫です。アンゴルモアにコンペンセイターが通じるのは、確認済みですから」
「うぅ……まさかシスター・オルファさんがああもサイコだったなんて。つい油断させられた、一生の不覚だよ」

 首をさすりながら、ウラシマは珍しくため息などついている。
 三年前。花の咲く庭先で、オルファはウラシマのことを、気を引いた隙に首をザックリ切って殺したと言っていた。そのことをイドラは思い出し、「まあまあ」となだめる。

「今にしてみれば、ダイイングメッセージなんてその状況でよく遺せましたね」
「あぁ、地底世界へは精神のみのダイブだからね。精神さえ強く保てば、普通よりは頑丈なのさ」

 首を刎ねるところまでいかれても、二、三分は意識を保てると思うよ、とウラシマ。
 その様を想像してしまい、イドラは苦い顔をするほかなかった。

「北部地域を再び人類の手に取り戻すには、防壁の修復が不可欠だ。しかし、人手と資材を運びこむにも、アンゴルモアを一掃しなければ話にならん」
「要は露払いってことか」
「そうだ。被害状況の調査も兼ねている。外乱による数値観測の妨害さえなければ、もっと早くに決行できたはずなのだが……経過が大きいほど、損壊も増すだろう」
「とは言いますがね総裁どの。その外乱を排除して、数値観測をある程度復調させてくれたのもこのイドラなわけで」
「む……確かに。まったく、浦島君の言う通り、君たちには頼りきりだな。二日後の作戦は非常に危険なものになるだろう、覚悟はよいかね?」
「ソニアの言った通りだよ。僕たちは、できる限りのことをする」

 その返事に、ヤナギは満足げな笑みを薄く浮かべた。さながらチェスの盤面を有利に構築できたときのように。
 ヤナギは本当に、『片月』への配属と、今度の作戦のことだけを伝えるためにイドラたちを呼んだらしい。
「作戦の詳細は追って伝える」とだけ言って、今日のところは解散となった。

「おぅい、ちょいと待ってくれ」
「カナヒト?」
 
 先に総裁室を出て、部屋に戻ろうと廊下を歩くイドラとソニア。そこへ後ろから、バタバタとカナヒトが追いかけてくる。

「なんだ、なにか言い忘れたことでも?」
「いやァ、大した用じゃないんだが……」

 カナヒトは言いたいことがあるようだったが、いざ追いついても、イドラを前に閉口する。その間、舌の上で言葉を吟味するように口元は小さく動いていたが、中々それは発せられない。
 こんなに歯切れの悪いカナヒトは初めてだった。話の邪魔をしないようにしながら、ソニアも目を丸くしている。

「……れいのことだよ。この間、あいつが長い植物状態から回復したのは、イドラ。お前のギフトのおかげなんだろ」
「え? ああ、まあ。代償ってのがあるらしくて、もう能力は使うなって釘を刺されちゃったけど」
「ありがとな」

 視線を合わさずぶっきらぼうに、けれどはっきりとカナヒトは礼を告げた。
 まさかそんなことを言われるとは思わず、イドラはつい返事を忘れる。

「外乱排除作戦は、地底世界でよしんば外乱を排除できても、帰還の見込みはごくわずか……そもそも第一次ン時の羽生さんも植物状態だ。お前なら、あの人も引き戻せるのかもしれねえが……あっちはより時間が経ってる。代償とやらを思えば、少なくとも今やるべきじゃないだろうな」
「あ、ああ。そっか、ハブリ……じゃなくてハブって人は、ウラシマさんよりも先に僕らの世界に来たんだもんな。そっちの人も、先生と同じように寝たきりになってるのか」
「そうだ。羽生さんのことも——なにより零のことも、俺にはどうにもできなかった。俺の手が届く範囲なんてのは、口惜しいが、ごくごく小さなモンだってその時わかったよ」
「……カナヒト」

 初めて会った日、カナヒトは子どもらに飴を渡していたが、そのことを「偽善だ」と自ら蔑んだ。その意味をイドラはようやくわかった気がした。
 あの行為を、イドラは偽善だとはまったく思わない。けれど、カナヒトはきっと、より多くの人々を救いたいのだ。ミンクツの人々に、方舟の人々、その両方を。

「だからイドラ、お前には感謝してんだ。お前は、俺が助けられない人を助けてくれる」
「それはそっちも同じことなんじゃないのか?」
「どうだかな——ま、言いたいことはそれだけだ。じゃあなっ」
「えっ?」

 言うべきことは言ったと、カナヒトは会話を強引に打ち切り、背を向けるとそそくさと去っていく。
 逃げるように角を曲がっていくのを、イドラは呆然と見送った。

「な、なんであんな速足に……」

 困惑していると、ソニアがくすりと笑った。

「恥ずかしいんだと思いますよ。面と向かってお礼を言うの」
「いい年してそんな子どもみたいな……。先が思いやられるな」

 呆れたとばかりに息を吐く。わざわざ礼を告げるために廊下を走って追いかけてきたのだから、普段はテキトーなくせに、妙なところで律儀な男だった。
——これからはあれが上司になるわけか。
 カナヒトがリーダーを務めるチーム『片月』への配属を告げられた、先ほどの話し合いをイドラは思い返す。

「でも、イドラさんも嫌ってたりしないですよね? カナヒトさんのこと」
「ん、まあな……信用してもいいとは思ってる。あんな感じだし、嘘ついてからかってくるけど。ウラシマさんのことでずっと悔やんでたみたいだし……それに、あれで戦闘のときは頼りになりそ————ソニア?」
「っ、すみません。ふふふっ……」

 なぜだか含み笑いを漏らすソニアに、眉をひそめる。

「どうしたんだ、突然」
「だって気づいてないんですもん、イドラさん」
「え?」

 気づいていない? 一体なにに?
 きょとんとするイドラがおかしいのか、ソニアはまだ口元を緩ませたまま言った。

「そういう素直じゃないところ、ちょっぴり似てますよ。カナヒトさんとイドラさん」
「なっ……」

 思わぬ指摘に絶句する。そういえば、初めに総裁室に入った時も、似たようなことを言われたのだった。
 足を止めていると、ソニアは廊下の数歩先から振り返った。

「ほら、早く部屋に戻りましょう。イドラさんが昏睡の時、気を紛らわせるためにって、職員の方がアーカイブの見方を教えてくれたんですっ」
「……わかったよ。『ネガティヴ☆ナタデココ』か?」
「あれはもういいですよ……」

 肩を落としつつも、イドラはソニアの後を追う。横目で窺う少女の横顔は、どこか楽しげだった。

(まあ、いいか。ソニアが上機嫌なら)

 イドラがコンペンセイターの『代償』から目を覚ましてから、よほど嬉しいのか、ソニアはいつも笑顔でいる。
 なにせ、多くのことが丸く収まった。
 いよいよ旅は終わり、死した恩人ウラシマとも再会を果たすことができた。コンペンセイターの強烈な反動による想定外はあったものの、三日の昏睡で済んだのだから十分幸運だ。
 そうしたことが、ソニアはきっと嬉しいのだ。無論イドラも。
 だからこそ、この幸福を守らねばと思う。

(コンペンセイターの能力は使わない……先生と、そう約束をした。だけど……)

 ソニアの内から不死の力は日に日に抜け落ち、それ自体は喜ばしいことだったが、今度の作戦のような場では戦力の減少になる。
 もし仮に、ソニアが深い傷を負うことがあれば——補整すべき欠損を、被ることがあるとすれば。

(どんな『代償』だろうと、構うものか)

 廊下を行く。とうに心は決まっており、揺らぐことはない。
 大王の躍動を目の当たりにするまで、あと二日。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!

ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。 ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!? 「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」 理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。 これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

『ミッドナイトマート 〜異世界コンビニ、ただいま営業中〜』

KAORUwithAI
ファンタジー
深夜0時——街角の小さなコンビニ「ミッドナイトマート」は、異世界と繋がる扉を開く。 日中は普通の客でにぎわう店も、深夜を回ると鎧を着た騎士、魔族の姫、ドラゴンの化身、空飛ぶ商人など、“この世界の住人ではない者たち”が静かにレジへと並び始める。 アルバイト店員・斉藤レンは、バイト先が異世界と繋がっていることに戸惑いながらも、今日もレジに立つ。 「袋いりますか?」「ポイントカードお持ちですか?」——そう、それは異世界相手でも変わらない日常業務。 貯まるのは「ミッドナイトポイントカード(通称ナイポ)」。 集まるのは、どこか訳ありで、ちょっと不器用な異世界の住人たち。 そして、商品一つひとつに込められる、ささやかで温かな物語。 これは、世界の境界を越えて心を繋ぐ、コンビニ接客ファンタジー。 今夜は、どんなお客様が来店されるのでしょう? ※異世界食堂や異世界居酒屋「のぶ」とは 似て非なる物として見て下さい

処理中です...