不死殺しのイドラ

彗星無視

文字の大きさ
147 / 163
最終章プロローグ 神殺しの夜に

第143話 『神殺しの夜に』

しおりを挟む
(ここまでは想定通り。ほぼ確実に、あれにもクイーンにおける女王核コアに該当するものがあるはずだ)

 懐には偽神計画の産物である薬剤を忍ばせてある。後は、『星の意志』を殺し、偽神計画と同じことをするだけ。
 うまくいく保証などない。目算は誤りで、予想は裏切られ、計画は破綻するのかもしれない。
 だが、たとえどれだけ困難であっても、人は死の超克を目指さねばならない。待ち受ける悲劇があるというのなら、それを回避しようとするべきなのだ。諦めて受容することも、目をそらすこともせずに。
 百年以上にわたる妄執。その結果が、今まさに出ようとしている。
 さしものレツェリでも、舌が乾くような緊張を覚えた。

(すべては神の思し召し。……そんなはずがない)

 そんなものに縋るくらいなら、一天地六の賽の目に賭けた方が、まだマシというものだ。
 神が賽を振らないのなら——
 人こそが、それを行うべきだろう。

「起動しろ、万物停滞アンチパンタレイ……!!」

 意を決し、レツェリは建物の陰から身を離すと、その赤い天恵の能力を起動させた。
 そしてその魔眼で以って、原初の人間を直視する。
 視界の先。兵隊のように並ぶアンゴルモアに囲まれ佇む、黄金の髪の女。
 そこへ仮想の『箱』を重ねれば、『星の意志』は絶命する——
 そのはずだ。そうなれば、あとは女王核コアに該当するモノを奪い取る。
 だからまずは、『箱』を——

「————?」

『箱』が展開されない。
 否。正確には、『箱』とはレツェリが脳内で視界に被せて想像する立方体のことで、初めからそれ自体は現実に姿の現れるものではない。
 だからより正しく言うのなら、頭の中で配置した『箱』に、能力が働いていない。
 遷延能力が機能していない。
 万物停滞アンチパンタレイが、その力を発揮していない。

「馬鹿な——!」

 悲願が成就する瀬戸際だ。百歳を超えるレツェリでも、経験のない異常事態に焦りがにじむ。
 何度も何度も、視界内に仮想の立方体を被せることを繰り返す。
 本来、その立方体は万物停滞アンチパンタレイの能力が及ぶ空間を指定するもので、立方体との境界に存在する物は切断されるはずだった。そしてレツェリは先ほどから、『星の意志』の頭部に立方体を重ねている。
 しかし『星の意志』はまるで意に介さない。切断どころか、傷のひとつさえないようだ。

「私の天恵が、最強のギフトが効いていないだと……」
『————』
「むっ!?」

 その時『星の意志』の口元が小さく動いた。瞬間、彼女のそばで極小の天の窓ポータルが開かれる。
 小門・展開——四門。
 レツェリに向け、剣が二本、槍と六尺棒がそれぞれ一本ずつ放たれた。
 迫る漆黒の武具に、レツェリは急いで建物の陰へと体を引き戻す。だが剣と槍は分厚いコンクリートの壁を割り砕き、残る六尺棒がレツェリの喉元へと飛来する。

「はぁッ!」

 レツェリは上体をそらし、六尺棒が喉を貫くまでの距離を稼ぐ。そのままバク転の要領で床に両手をつくと、右脚で棒の腹を蹴り飛ばして軌道を変えた。
 即座に床を転がり、穿たれた壁の穴を凝視する。
 外套の裾が舞い、遅れて床に触れる。
 ……ひとまず追撃はないらしい。周囲にいたアンゴルモアたちも、追手として差し向けられてはいない。隊列はそのままだ。
 レツェリは緊張を吐き出し、先ほどの驚愕について振り返った。

「『星の意志』は確かに、私の天恵を無効化していた」

 試しにレツェリは、先ほど穿たれたのとは逆側の壁面へ、仮想の『箱』を展開してみる。すると豆腐でも斬るかのようにたやすく、コンクリートの壁がくりぬかれた。
 以前の、地底世界にいた頃のレツェリであればできなかった静止物への適用。それも、自転する世界の法則へ合わせ、ギフトの『順化』によって可能になっている。

(私の万物停滞アンチパンタレイが使えなくなっているわけではない。ならばやはり、『星の意志』はなんらかの方法で私のギフトの効力を受け付けなくなっている……)

 あるいは、ギフトへの耐性。
 地底世界の産物である天恵ギフトの脅威に対し、ついに完全な適応を果たしたのだとしたら。

「……お手上げだな」

 賭けは負けだ。
 少なくとも、先ほどの結果を見るに、レツェリの天恵はどうやら完全に通じない。もしかすると、先日の北部でクイーンを鏖殺おうさつした件で、『星の意志』はその眼に対し個別の対策を施したのかもしれない。
 どうあれ、レツェリにはもう、まるきり打つ手がなかった。
 そして、最強たるこの眼球がなければ、レツェリなど肉体が多少若いだけの偏屈な老人だった。

(ここまで、うまくいきすぎていたくらいだったが……最後にこのようなしっぺ返しがあるとはな)

 デーグラムの聖堂でイドラに敗れ、エンツェンド監獄に囚われたレツェリにとって、箱舟を使ってこの世界に来たこと自体が苦渋の選択であり賭けだった。
 だが、イモータルの研究が手詰まりだったのも事実。魔物が持つ魔法器官からのアプローチも、数十年前に見込みはないと結論付けた。
 ならば雲の上のまだ見ぬ地で、別の方法を模索をする。その思いでこの世界へ訪れたレツェリだったが、今日までの道行きはかなり順調であったと言える。
 アマネと出会い、根城となる廃教会を訪れ。
 トビニシを通じ、二十七年前の計画に触れ。
 ケイカノンと会い、『偽神計画』の遺産を手にし。
 そしてベルチャーナを誑かすことで、自身の天敵に対するための手駒とした。
 すべてがうまく回っていたというのに、あと一歩のところで、『星の意志』はレツェリが持つ最強の手札を対策してきた。

「残る可能性は……方舟の猟犬がどうにかしてくれる、くらいだな。奴らも『星の意志』を殺すところまでは目的が同じのはずだ」

『星の意志』がギフトを無力化していても、彼らならなんらかの対策を講じるかもしれない。
 計画の詰めが他力本願とは。らしくなさに、レツェリは思わず含み笑いを漏らす。

「——果報は寝て待て、だ。せいぜい期待して待つとしよう」

 開き直りの心境で、壁にもたれかかる。
 星でも眺めたいような気分だったが、あいにく夜空にはずっと厚い雲が被さってしまっているので、レツェリは天を見上げることさえしなかった。

 *

「あれは……イドラか?」

 方舟の戦闘班が『星の意志』と接敵したのは、それからしばらく経った頃だった。
『星の意志』の侵攻に合わせ、レツェリも認識されないよう一定の距離を置きながら追従している。そこは先ほどよりもさらに建物の密度が高く、道幅の狭い、まるで峡谷のように左右にオフィスビルが林立する道路だった。
 道路の真ん中を、我が物顔で往く『星の意志』とその配下。
 そこへ現れたのは戦闘班、チーム『片月』の三名だ。
 その中にイドラが混じっているのを遠目に見て、レツェリは内心舌打ちした。

(ベルチャーナ君を焚きつけ、イドラの足止めに使う策は空振りか? いや……ソニアの姿が見えない。ソニアひとりに任せたというのか?)

——そんなはずはない。
 そうレツェリは反射的に否定しかかるも、目前の事実がすべてだ。
 レツェリの策では、ベルチャーナがソニアに固執すれば、イドラもソニアを助けるためその場に残るはずだった。
 ソニアは、今やただの小娘とそう変わらないのだから。そんなか弱い存在を、歴戦のエクソシストの前に残しておけるはずがない。

(イドラであれば、間違いなくソニアを守ろうとするはずだが……なぜだ?)

 わからない。しかし結果は受け入れねばならない。
 イドラの足止めは失敗した。
 先のデーグラムでの敗戦から、レツェリはイドラを警戒していた。
 この赤い眼に匹敵する、青の短剣。傷を治し、不死身であるはずのイモータルを殺しながら、瞬間移動じみた能力まで使う。
 不死殺し。
 レツェリは、やつが自身にとって天敵にほかならないと認識していた。特にあの瞬間移動は、レツェリの展開する『箱』が境界を断裂させるまでのわずかなタイムラグの間に、その範囲から逃れ出てしまう。

「まったく、ここへ来てイレギュラーばかりだな」

 そうつぶやくレツェリだが、表情に落胆の色はない。遠大な計画ほど往々にして予想外の出来事は付き物だと彼は知っていた。
 イドラが現れたのは意外だったが、レツェリは彼らの戦闘の成り行きを見守った。
 遠目からでも戦闘員たちの狼狽が伝わってくる。やはり、ギフトの対策がなされているようだ。
 だが——方舟の狩人たちは奮闘の果てに、その防壁を打ち破る。
 レツェリは口元を歪めた。

「どうやらまだツキは残っているらしい」

——では、始めよう。
 レツェリはゆっくりと交戦地帯へ近づく。
 そして、射程内に入った『星の意志』の首に『箱』を展開した。
 ぼとり。
 神に近しい存在が、呆気なくその生白い首を落とす。死んだ——とは言い切れない。
 心臓部。クイーンで言うところの女王核コアが砕かれぬ限り、その輝きは損なわれない。

「ご苦労だったなァ、方舟の諸君」
「……レツェリ!」

 動揺するイドラ。それと、方舟の狩人二名。

「待ってたのか? 僕たちが、『星の意志』の防壁を突破するのを……!」
「イドラか。貴様がこの場にいるのは少々当てが外れたがな。だが、警戒自体が私の杞憂だったらしい。

 戦闘を見て、レツェリは気が付いていた。
 イドラのギフト、マイナスナイフは既にない。青い負数の天恵は、『順化』によって赤く染め上げられてしまっている。
 傷は治せるようだが、例の瞬間移動の力を使っていないことから、それは失われたと見ていいだろう。
 つまり今やイドラはレツェリの天敵ではなく。
 ベルチャーナを利用した策は空振ったが、もとより無用な警戒だったということだ。
 張りつめる緊張感の中、レツェリは悠然と歩を進め、『星の意志』の胴体をその眼の能力で切断する。そして、露わになった黄金の球体——原初の心臓をつかみ上げた。

「ふむ。想定通りだ」

 くずおれる『星の意志』。その死体。
 黄金の心臓にしかし、拍動はなく。そもそも血が流れ出ているわけでもない。
 だがそれは確かに、ヒトの胸で脈打つモノの原型だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...