不死殺しのイドラ

彗星無視

文字の大きさ
158 / 163
最終章 忘れじの記憶

第154話  『星が空に瞬かずとも』

しおりを挟む
 *

 屋上に向け、イドラとソニアが長い階段を上っている頃。
 タワーのふもとでは、方舟の戦闘班が黒い海の中で奮戦していた。

「キリがないなぁ、もう……! 紅炎バーニングっ!」

 一面の黒は、すなわち地を埋めるアンゴルモアだ。タワーの周囲一面に広がっていた侵略者たちは、方舟の戦闘員たちを見るや否やそちらに向けて殺到していた。
 斬っても焼いても尽きない暗黒の群れに、セリカは悪態をつく。

「はッ——このぶんだと、夜明けまで戦うことになりそうだの。年齢的にもそろそろ無理はしたくないんじゃが」

 それに反応して、まだ中年という歳でもないだろうに、タカモトもため息交じりにぼやく。
 そこへ真っ黒い虎のような形をした、大型のハウンドが大口を開けて飛びかかった。
 展開エクスパンディング——
 起動コードに反応し、タカモトのコピーギフト、42号・墨雲が盾の形状に変形する。そうして敵の攻撃を防ぐと、その黒い盾はさらにうねうねと変形し、今度は鋭い剣のような形状を取った。

「ふんっ!」

 一刀両断。アンゴルモアは絶命し、影と消える。
 だが敵は無数。一匹を殺したところで、二匹目、三匹目はすぐに、生きる者をおしなべて屍に変えんと牙を剥く。

「よかったじゃないですかぁ。無理をするのも、きっと今日が最後ですよぉ」

 それを、赤い大鎌が寸断した。
 49号・千手刈手せんじゅがいしゅ。ミナの操るコピーギフトは、ひと振りで複数の斬撃を放つことができる。対多数のこの状況では実にあつらえ向きだ。
 そんなミナの隣で、大槍でハウンドを串刺しにしながらタカヤが同調する。

「そうやな。イドラクンたちが打ち勝てば、明日からは平和な世界が待っとるんや。そうなれば戦う必要もなくなりますよ、リーダー!」
「それもありますけどぉ。あの地底世界から来たふたりが負けるか、私たちがここで死ぬ——そうなった場合でも、戦いは今日で終わりですからぁ。どう転んでも、って感じです」
「いや縁起悪いわ!! あんまそういうこと言わへん方がいいよ美菜ちゃん!!」

 倒せど倒せど、無尽蔵に湧いてくるアンゴルモア。世界中のすべての個体がこの塔のもとに集結しているかのようだ。
 いかに戦闘班の精鋭と言えど、気を抜けば暗黒の濁流に呑み込まれ、骸と化すだろう。
——されど。

「まあ、でも。むざむざ負けてやるつもりも、ありませんけど……!」

 赤い鎌が振るわれ、押し寄せる濁流を跳ねのける。
 窮状であろうと、狩人たちは未だ健在。彼らは劣勢に慣れている。

「簡単に死んだら、先輩に呆れられちゃいますから!」
「ああ——そうじゃな。せっかく平和になるというのに、ここで死ぬのはまっぴらじゃ。総員、生きて帰るぞ!」
「了解——!」

 押し寄せる波濤はとうの中で、彼らは必死に応戦する。
 命を賭して戦っているのは彼ら『鳴箭』の者だけではない。
『寒厳』、『巻雲』、『逆風』、『無色』——あらゆる戦闘班の人員が、一丸となってアンゴルモアたちに対抗する。もちろんカナヒトのように、負傷してこの場に集えない者もいたが、そうでない者は死地にあってなお生きるために死力を尽くす。
 四面楚歌の黒い海で、勝利を信じて力を振り絞る。
 その様はまるで暗澹あんたんたる夜空に散るまばらな星々が、彼方へ届けと輝きを放つようだ。
 とはいえ全体で見れば、それらは弱々しい光に過ぎない。広大な闇に辛うじて呑まれていないだけの、ごくごくか細い輝き。
 光を摘まんと、侵略者たちが押し寄せる——
 その中には地を這う雑兵ハウンドだけでなく、得物を手にした女王クイーンもいた。

「うっ、あぶなッ……!」
 
 クイーンが振るう漆黒の大剣を危ういところで回避し、セリカはたたらを踏む。
 ハウンドどもと違い、クイーンは流石に一筋縄ではいかない相手だ。セリカもその手ににぎる赤い西洋剣、73号・烈日秋霜で何度か斬りつけたものの、まだ倒すには至っていない。
 多勢が相手だ。一匹にあまり手間をかけてもいられない。
——ここは周囲と連携し、一気に仕留める。
 そうセリカが目算を立てたところで、クイーンはセリカから目を離し、一目散に駆け出した。

「えっ……!?」

 ハウンドに阻まれ、追うこともできない。
 クイーンはなにを思ったのか、向かう先は狩人たちではなく、自身が守る塔。
 ハウンドより知能の高いそれは、なんらかの理由から悟ったのかもしれなかった。戦闘班の者たちを相手にするのではなく、今しがたビルに入っていった二人組を始末することこそ、最も優先されるべき事柄であると。
 付近の敵に対処するので精一杯で、戦闘班の狩人たちはそのクイーンの独走に気が付けない。あるいは気が付いても、止めるすべがない。
 これ幸いと、クイーンは狩人たちには目もくれずビルの入り口に突進する。
 やはり戦闘班の者たちに対処の余裕はない。
 しかし——この場にひとり。
 ただひとりだけ、戦闘班のあらゆるチームに所属しない、例外がいた。

「そんなに急いでどこへ行こうというのかな? いいさ、通りたいなら通ればいい。ただし——」

 かつて存在し、そして現在は解散したチーム、『山水さんすい』のリーダー。
 彼女はタワーの入口の前に立ち。ロフストランド杖を地面に捨て置き、腰を軽く落とすと、いた刀の柄に手をやった。
 刀——そう。彼女の腰にはひと振りの太刀がある。
 けれど彼女の愛刀、地底世界を実に百年以上連れ添った傑作コピーギフト、55号・ワダツミは今もタワーを上るソニアが持っている。
 では、彼女の腰にある太刀は?

「——このワタシを倒せたら、の話だよ」
「——————ッ!!」

 刀のことなどクイーンには知る由もない。だいいち、知っていても考慮しない。
 女王と言えどアンゴルモア。『星の意志』の不出来なデッドコピー。所詮は人間を探して殺せとプログラムされただけの心なき生命。昆虫の類と大差はない。
 よってクイーンはタワーを塞ぐウラシマを見ても、疾走する足を止めようとはせず、むしろ叩き潰さんとその大剣を振り上げる。
 瞬く間に二者の距離が縮まる。
 蹴散らさんとする者と、迎え撃たんとする者。

「ギィィィィイイイイイイ————ッ!!」

 大剣の間合いに入ったその瞬間、ノイズに似た金切り声で、クイーンはその大剣を振り下ろす。 
 人間などとは比べ物にならぬアンゴルモアの膂力。加えて得物の質量も十分。
 もしクイーンに感情があれば、会心の笑みをその真っ黒い面貌に浮かべただろう。そして次の瞬間、怪物は知るのだ。
 この塔の前に立つ者こそ、不落の守護者であると。

「抜刀——伝熱ヒーティング

 振り下ろされる剣がウラシマを潰す直前——
 逆巻く黒雲の下。星のない夜に、片割れ月が輝いた。

「————ギッ」

 12号・灼熱月輪しゃくねつがちりん。その白熱した刃が、闇夜の中に弧を描く。
 すべての同胞の死が、どうか価値あるものでありますように。
 負傷によりこの場にいない担い手に代わり、その意志ねがいごとウラシマは引き継いでいた。
 居合の一撃は漆黒の大剣を打ち砕き、さらにそのままクイーンを逆袈裟に斬り上げる。

「さっきクイーンはほかに譲る、って言っちゃったけれど。まあ——イドラ君たちに頼ってばかりなのも事実だからね。ワタシも少しは、先達の務めというモノを果たさないと」

 不遜なる侵略者は、一刀のもと、得物もろとも真っ二つに裂かれた。
 消滅するクイーン。 
 ウラシマはこれでも本調子ではなく、少し前までは車椅子生活だった。そんな有り様で戦場に出るなど、およそ正気の沙汰ではない。回りくどい自殺をしに行くようなものだ——
 スドウならそう説得するだろう。だが、ウラシマにも意地がある。
 結果的にイドラが果たしてくれたからよかったものの、外乱の排除という役目を全うできず、道半ばで死亡し。そのイドラの赤い天恵により地底世界から意識を呼び戻されるも、体は十全に動いてくれず——またこうして、イドラたちにもっとも重要な役割を押し付けている。
 先達として、イドラを長い旅へ導いた者として、それから、元『山水』のリーダーとして。
 この身には、なにより重い責任があるはず。
 その意識がウラシマを方舟本部で大人しくなどさせてくれなかった。

「さあ、何匹でもかかってくるといい。地底の怪物イモータルに比べれば、斬って殺せる化け物なんて恐れるほどでもない……!」

 眼前で無数に蠢く暗黒の侵略者たち。白く輝く刀を構え、ウラシマは不敵に笑う。
 彼女こそ最優の狩人にして地底の旅人。いかに肉体が不調であろうとも、かの世界で培った経験が無に帰るわけではない。
 襲いかかる黒い影を何度でも切り裂く、白熱した刃。暗晦あんかいの中でひときわ強く輝くもの。
 暗闇に瞬く光はそれだけではない。
 セリカやタカモトたち、この場にいる方舟所属の誰もが、圧倒的な戦力差を前にしながらも闘志を燃やしている。その明日を求めてあがく生命の輝きこそ、決別の証であり、ヤナギが望んだ前進の意志でもある。
 恐怖の大王アンゴルモアと人類と、どちらが夜明けを迎えるのか——
 それを語るには、塔の頂にて決せられる、文明の行く末を知らねばなるまい。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!

ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。 ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!? 「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」 理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。 これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

『ミッドナイトマート 〜異世界コンビニ、ただいま営業中〜』

KAORUwithAI
ファンタジー
深夜0時——街角の小さなコンビニ「ミッドナイトマート」は、異世界と繋がる扉を開く。 日中は普通の客でにぎわう店も、深夜を回ると鎧を着た騎士、魔族の姫、ドラゴンの化身、空飛ぶ商人など、“この世界の住人ではない者たち”が静かにレジへと並び始める。 アルバイト店員・斉藤レンは、バイト先が異世界と繋がっていることに戸惑いながらも、今日もレジに立つ。 「袋いりますか?」「ポイントカードお持ちですか?」——そう、それは異世界相手でも変わらない日常業務。 貯まるのは「ミッドナイトポイントカード(通称ナイポ)」。 集まるのは、どこか訳ありで、ちょっと不器用な異世界の住人たち。 そして、商品一つひとつに込められる、ささやかで温かな物語。 これは、世界の境界を越えて心を繋ぐ、コンビニ接客ファンタジー。 今夜は、どんなお客様が来店されるのでしょう? ※異世界食堂や異世界居酒屋「のぶ」とは 似て非なる物として見て下さい

処理中です...