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第一章 黎明を喚ぶもの
第十五話 『狩人たち』
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「————!!」
刹那、地下の空間が照らされる。
外の街並みとは打って変わって、打ちっぱなしのコンクリートが囲う無機質な灰色の空間。奥にまだ部屋はあるようで、アレンはまずその先にギルドフラッグが安置されていると当たりをつけた。
だがそれより注意すべきは、突然の照明に驚愕し、硬直する三つの人影。
男が一人に女が二人。
男は精悍な顔つきをした金髪の男で、いかにもこのキメラにそぐわしい西洋甲冑を着込んでいる。兜はなかったため顔こそ露わではあったが、その手には幅広の大剣があり、臨戦態勢であるのは明らかだ。
「ま、まぶしっ……一体なにが」
うめき声を上げたのは、甲冑の男——頭上のID表記はSiegとある——のそばで鉄色の槍を構えた赤髪の女だ。急な明かりに顔をしかめている。
さらに少し離れた壁のそばで、二者よりも少しだけ年若い青髪の少女が、同じようにまぶしさに耐えかねてか片手で目を塞いでいた。
(甲冑男がリーダーのジーク……赤髪の槍使いがノマ。そんで、青髪サイドテールがジークの妹のフラクチャ)
<アーミン>メンバーの情報は、ミカンから既に聞いている。もっとも追い出されてしまったために、一員であった期間は短く、知っていることは多くなかったが。
「やっぱり罠を張ってやがったな……! <アーミン>!!」
「うろたえるな二人とも! 手筈通りにいくぞ!!」
罠を張っていた者と、襲撃する者。プレイヤーキルに手を染めた者と、それを殺すことにこそ心を決めた者。
狩人と狩人は、互いを見るなり同時に声を張り上げた。
アレンが箸を持つよりも慣れた動作で銃口を向け、ジークが動じずに剣を掲げる。
発砲。そして硬い衝撃音。弾丸は、盾代わりと言わんばかりに顔の前に掲げた剣の刀身が呆気なく弾いていた。
「……読んだか」
「首から下は見ての通りのプレートアーマーだ。ならば顔を狙うのは当然のことだろう。ましてや、君のような腕の立つ転移者であれば」
——俺の十八番を。
アレンは歯噛みしつつも、甲冑の上からでも弾丸を浴びせようとする。だがそれを阻むように、赤髪の槍使いが身を翻した。
銛にも似た鋭い穂先がアレンを襲う。しかしそれもアレンの小さな躯体を刺し貫くには及ばず、遅れて階段を飛び降りてきたミカンの大盾によって防がれた。
「や、やめてください!」
「アンタは——ミカンっ?」
ミカンが現れたことで、ノマたちの間にわずかな動揺が広がった。
いち早く立ち直ったのはジークで、油断なく剣で顔の大部分を隠しながらも、その冷徹な眼で銀の輝きを構える少女を一瞥する。
「ミカン君か。なるほど、君がこの、噂のPKK……アレン君を連れてきたのか? まるで死神が訪れたような心持ちだが、そういうことなら納得できる」
「アンタ、自分がギルドを追放されたからって腹いせにPK狩りを連れてきたってこと!? なにそれ……ふざけないで! あれはアンタが役割をこなせないからじゃないの!」
「待ってください。ミカンさんはそんな、逆恨みをするような人じゃないはずです!」
色めき立つノマを、後方の青い髪の少女が諌めた。
彼女はまっすぐな目で、ミカンを見据える。
「そうですよね、ミカンさん」
「フラクチャさん……は、はいっ。みなさんを恨んでなんか……むしろ、わたしなんかを一時的にでも受け入れてくださって、本当に感謝してます」
「だったらなんで、アンタがこいつといっしょにいるのよ! プレイヤーID『Aren』……PK狩りの死神と!」
「PK……プレイヤーキラーなんて、嘘ですよね? みなさんが——<アーミン>がPKギルドだって聞いてもわたし、信じられなくて」
ミカンはすがるような目線で返した。それに対し、フラクチャはいたたまれないとばかりに目をそらした。
その反応がすべてだった。
「え……フラクチャ、さん?」
「事実だ——」
妹の代わりに兄が返答をよこす。
「——<アーミン>は他の転移者からSPを略奪する、俗に言うPKギルドとなった」
「うそ……嘘、です。そんな——、どうして」
淡々とした言葉にミカンは後ずさった。
まだ<アーミン>を、かつての仲間を信じていたミカンには残酷な事実だったが——
アレンの中には、予定調和のような納得感があった。そもそも<アーミン>がPKギルドでなければ、<和平の会>はこうしてカズラを通して依頼を送ってなどこない。
とっくに『PKギルドかどうか』という疑惑の段階ではない。クロだと確定しているからこそ、わざわざアレンを頼ってきたに違いないのだから。
「おれたちのような小規模なギルドは、激化する狩り場争いの中では淘汰される運命だ。ゆえに形を改める必要があった。このキメラで生み出されつつある社会構造に、より適応する形に」
「その適応とやらがPKギルドだと? 笑わせるなよ鎧野郎。お前らみたいに人殺しをせずとも、まっとうに生活してるギルドだっていくらでもあるだろうが」
「それには力が要る。平野の中に狩り場を確保する力、多く人を募る力……あるいは、需要を見出してビジネスとしてSPをやり取りする力。君は運や才覚に恵まれない者はそのまま飢えて死ねと言うのか?」
「論点をずらすな。どうあれお前らは自分たちで選んだんだろ、プレイヤーキラーになることを」
「<エカルラート>はPKギルドだが、力あるギルドだ。傘下に入り、その強大さに与ることこそ、おれたちが生き残る唯一の方法だった」
ジークの声に迷いはなく、まさしく鎧われたかのごとき硬い意思が表れていた。
マツとフラクチャ。転移者とプレイヤーキラーの境界線で揺れていた昨夜のあの兄妹とは違い——彼は、その線をとうに踏み越えている。
説得の余地はないのではないか?
アレンは、ここで初めてそう疑問を抱いた。
「そんな……モンスターを倒してSPを稼いでたみなさんが、どうしてプレイヤーキラーになんか。転移者は誰だって人間なんですよ!? ここはアルケーの、ゲームの中なんかじゃないのに……!」
「はぁ!? なに説教タレてるわけ? ここが現実と同じ……ううん、それ以下のクソだってことくらいアタシらはとうに知ってんのよ!」
「……ノマ君。我々は彼女を追放した身だ。彼女には、おれたちの狭量さを責める資格がある」
「そうですね。でも、それとこれとは別ですよ! ミカン、アンタは平気でしょうねぇ。たくさんプレイヤーキラーを殺してSPをたんまり貯めた、プレイヤーキラーキラーなんかといっしょにいるんだから!!」
「ぇ——」
憎悪さえ含んだ、敵意のにじむ視線。
事実、アレンは人より多くのSPを保有する。それこそランキングの上位に位置するくらいには。あれを見れば、誰だってアレンが金に困るような立場でないことは汲み取れる。
そのポイントは、彼らプレイヤーキルに手を染めた転移者たちの血だ。命脈そのものだ。
——なにが違う?
自分たちプレイヤーキラーと、それを食い物にするプレイヤーキラーキラー。そこにどれほどの違いがあるというのか?
赤い髪の少女の目は、どんな言葉よりも雄弁にそうアレンたちへ語りかけていた。
「俺はなにも、殺し合いにきたわけじゃない。ただPKから足を洗わせたいだけだ。ミカンもそう願ってる」
「そんなの、信じられるわけが……!」
「とうに戻れぬ道だ。中途で降りることなどできない」
ミカンが望むような、平和的な解決はあまりに難しい。彼女が思うよりもずっと、彼らとの断絶は深かった。
もはや、戦闘は避けられない。
(……できれば話し合いで解決できればよかったが、やっぱり無理か。なら殺さないように無力化して制圧……)
一切の隙を見せない西洋甲冑をアレンは碧色の眼で睨んだ。
想定よりもずっと相手が強力であることは、先の一合で気がついていた。
殺さずに相手を制圧することは、ただ殺すよりもずっと難度が高い。仮にもギルドマスターであるならば、キングスレイヤーのヘッドショットも一撃は耐えられるHPだろうと判断しての発砲だったが、知らぬ間に誘導され、いともたやすく防がれた。
刹那、地下の空間が照らされる。
外の街並みとは打って変わって、打ちっぱなしのコンクリートが囲う無機質な灰色の空間。奥にまだ部屋はあるようで、アレンはまずその先にギルドフラッグが安置されていると当たりをつけた。
だがそれより注意すべきは、突然の照明に驚愕し、硬直する三つの人影。
男が一人に女が二人。
男は精悍な顔つきをした金髪の男で、いかにもこのキメラにそぐわしい西洋甲冑を着込んでいる。兜はなかったため顔こそ露わではあったが、その手には幅広の大剣があり、臨戦態勢であるのは明らかだ。
「ま、まぶしっ……一体なにが」
うめき声を上げたのは、甲冑の男——頭上のID表記はSiegとある——のそばで鉄色の槍を構えた赤髪の女だ。急な明かりに顔をしかめている。
さらに少し離れた壁のそばで、二者よりも少しだけ年若い青髪の少女が、同じようにまぶしさに耐えかねてか片手で目を塞いでいた。
(甲冑男がリーダーのジーク……赤髪の槍使いがノマ。そんで、青髪サイドテールがジークの妹のフラクチャ)
<アーミン>メンバーの情報は、ミカンから既に聞いている。もっとも追い出されてしまったために、一員であった期間は短く、知っていることは多くなかったが。
「やっぱり罠を張ってやがったな……! <アーミン>!!」
「うろたえるな二人とも! 手筈通りにいくぞ!!」
罠を張っていた者と、襲撃する者。プレイヤーキルに手を染めた者と、それを殺すことにこそ心を決めた者。
狩人と狩人は、互いを見るなり同時に声を張り上げた。
アレンが箸を持つよりも慣れた動作で銃口を向け、ジークが動じずに剣を掲げる。
発砲。そして硬い衝撃音。弾丸は、盾代わりと言わんばかりに顔の前に掲げた剣の刀身が呆気なく弾いていた。
「……読んだか」
「首から下は見ての通りのプレートアーマーだ。ならば顔を狙うのは当然のことだろう。ましてや、君のような腕の立つ転移者であれば」
——俺の十八番を。
アレンは歯噛みしつつも、甲冑の上からでも弾丸を浴びせようとする。だがそれを阻むように、赤髪の槍使いが身を翻した。
銛にも似た鋭い穂先がアレンを襲う。しかしそれもアレンの小さな躯体を刺し貫くには及ばず、遅れて階段を飛び降りてきたミカンの大盾によって防がれた。
「や、やめてください!」
「アンタは——ミカンっ?」
ミカンが現れたことで、ノマたちの間にわずかな動揺が広がった。
いち早く立ち直ったのはジークで、油断なく剣で顔の大部分を隠しながらも、その冷徹な眼で銀の輝きを構える少女を一瞥する。
「ミカン君か。なるほど、君がこの、噂のPKK……アレン君を連れてきたのか? まるで死神が訪れたような心持ちだが、そういうことなら納得できる」
「アンタ、自分がギルドを追放されたからって腹いせにPK狩りを連れてきたってこと!? なにそれ……ふざけないで! あれはアンタが役割をこなせないからじゃないの!」
「待ってください。ミカンさんはそんな、逆恨みをするような人じゃないはずです!」
色めき立つノマを、後方の青い髪の少女が諌めた。
彼女はまっすぐな目で、ミカンを見据える。
「そうですよね、ミカンさん」
「フラクチャさん……は、はいっ。みなさんを恨んでなんか……むしろ、わたしなんかを一時的にでも受け入れてくださって、本当に感謝してます」
「だったらなんで、アンタがこいつといっしょにいるのよ! プレイヤーID『Aren』……PK狩りの死神と!」
「PK……プレイヤーキラーなんて、嘘ですよね? みなさんが——<アーミン>がPKギルドだって聞いてもわたし、信じられなくて」
ミカンはすがるような目線で返した。それに対し、フラクチャはいたたまれないとばかりに目をそらした。
その反応がすべてだった。
「え……フラクチャ、さん?」
「事実だ——」
妹の代わりに兄が返答をよこす。
「——<アーミン>は他の転移者からSPを略奪する、俗に言うPKギルドとなった」
「うそ……嘘、です。そんな——、どうして」
淡々とした言葉にミカンは後ずさった。
まだ<アーミン>を、かつての仲間を信じていたミカンには残酷な事実だったが——
アレンの中には、予定調和のような納得感があった。そもそも<アーミン>がPKギルドでなければ、<和平の会>はこうしてカズラを通して依頼を送ってなどこない。
とっくに『PKギルドかどうか』という疑惑の段階ではない。クロだと確定しているからこそ、わざわざアレンを頼ってきたに違いないのだから。
「おれたちのような小規模なギルドは、激化する狩り場争いの中では淘汰される運命だ。ゆえに形を改める必要があった。このキメラで生み出されつつある社会構造に、より適応する形に」
「その適応とやらがPKギルドだと? 笑わせるなよ鎧野郎。お前らみたいに人殺しをせずとも、まっとうに生活してるギルドだっていくらでもあるだろうが」
「それには力が要る。平野の中に狩り場を確保する力、多く人を募る力……あるいは、需要を見出してビジネスとしてSPをやり取りする力。君は運や才覚に恵まれない者はそのまま飢えて死ねと言うのか?」
「論点をずらすな。どうあれお前らは自分たちで選んだんだろ、プレイヤーキラーになることを」
「<エカルラート>はPKギルドだが、力あるギルドだ。傘下に入り、その強大さに与ることこそ、おれたちが生き残る唯一の方法だった」
ジークの声に迷いはなく、まさしく鎧われたかのごとき硬い意思が表れていた。
マツとフラクチャ。転移者とプレイヤーキラーの境界線で揺れていた昨夜のあの兄妹とは違い——彼は、その線をとうに踏み越えている。
説得の余地はないのではないか?
アレンは、ここで初めてそう疑問を抱いた。
「そんな……モンスターを倒してSPを稼いでたみなさんが、どうしてプレイヤーキラーになんか。転移者は誰だって人間なんですよ!? ここはアルケーの、ゲームの中なんかじゃないのに……!」
「はぁ!? なに説教タレてるわけ? ここが現実と同じ……ううん、それ以下のクソだってことくらいアタシらはとうに知ってんのよ!」
「……ノマ君。我々は彼女を追放した身だ。彼女には、おれたちの狭量さを責める資格がある」
「そうですね。でも、それとこれとは別ですよ! ミカン、アンタは平気でしょうねぇ。たくさんプレイヤーキラーを殺してSPをたんまり貯めた、プレイヤーキラーキラーなんかといっしょにいるんだから!!」
「ぇ——」
憎悪さえ含んだ、敵意のにじむ視線。
事実、アレンは人より多くのSPを保有する。それこそランキングの上位に位置するくらいには。あれを見れば、誰だってアレンが金に困るような立場でないことは汲み取れる。
そのポイントは、彼らプレイヤーキルに手を染めた転移者たちの血だ。命脈そのものだ。
——なにが違う?
自分たちプレイヤーキラーと、それを食い物にするプレイヤーキラーキラー。そこにどれほどの違いがあるというのか?
赤い髪の少女の目は、どんな言葉よりも雄弁にそうアレンたちへ語りかけていた。
「俺はなにも、殺し合いにきたわけじゃない。ただPKから足を洗わせたいだけだ。ミカンもそう願ってる」
「そんなの、信じられるわけが……!」
「とうに戻れぬ道だ。中途で降りることなどできない」
ミカンが望むような、平和的な解決はあまりに難しい。彼女が思うよりもずっと、彼らとの断絶は深かった。
もはや、戦闘は避けられない。
(……できれば話し合いで解決できればよかったが、やっぱり無理か。なら殺さないように無力化して制圧……)
一切の隙を見せない西洋甲冑をアレンは碧色の眼で睨んだ。
想定よりもずっと相手が強力であることは、先の一合で気がついていた。
殺さずに相手を制圧することは、ただ殺すよりもずっと難度が高い。仮にもギルドマスターであるならば、キングスレイヤーのヘッドショットも一撃は耐えられるHPだろうと判断しての発砲だったが、知らぬ間に誘導され、いともたやすく防がれた。
応援ありがとうございます!
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