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第一章 黎明を喚ぶもの

第三十四話 『ダメージブースト』

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「なんだそりゃあ……くだらねえ。くだらねえ、くだらねえ、くだらねえ!! あァ、テメェは骨の髄まで半端野郎だ! つまらないこだわりのせいで、本心を偽る大馬鹿だ!!」
「この気持ちだって本心だよ。それに、マグナ。中途半端はお互いさまだろ? なにが『反応速度が落ちりゃあ選手生命はおしまい』だ……自信をなくして引退しておいて、キメラに来たら王様気取りかよ?」
「なんだとォ……? なにが言いたい!」
「だからさ。プロで勝てなくなったから引退したくせに、自分が優位に立てるキメラに来たとたん得意げにするなんて——まるでスマーフ野郎じゃないか。初心者狩りで喜んでるやつとなにが違うんだ?」
「なッ……てっ、テメェ! ふざけんなよアレン!! オレがスマーフ野郎だと……!? 言うにこと欠いて、スマーフだとォ——!?」

 スマーフとは端的に言えば初心者狩りのことだ。ゲーム上級者がランクの低いアカウントを使用し、自身の実力に見合わない試合マッチに参加する。
 正常なマッチのバランスを破壊してしまうため、一般に嫌われる行為であり、スマーフを行うプレイヤーもスマーファーとも呼ばれて忌避される。
 そんな害悪プレイヤーのレッテルを貼られ、黙っていられるほどマグナは穏健な人間ではない。そもそもFPSプレイヤーはおおむね沸点が低い。

「今すぐテメェを撃ち殺して、粒子になって消える前の死体に嫌ってほど弾丸をぶっ放してやる!!」
「やってみろよ眼精疲労スマーフ野郎!」
「屈伸もしてやるからなァ!! 『二色領域の支配者バイカラー・ドミネーション』ッ!」

 マグナのいる廊下の位置から、部屋の内壁に背を預けるアレンに射線は通らないはず。にもかかわらず、アレンの目の前の、ドアとは逆側の壁に突然オレンジ色のポータルが出現した。

(……ポータルを通してポータルを生成して、バケツリレーみたいにここまで射線を運んできたのか。なんて応用力のあるユニークスキルだ、俺のと交換してくれよ)

 もっとも、その取り替えてほしい自身のユニークスキルで、今まさにマグナの『二色領域の支配者バイカラー・ドミネーション』を打倒しようというのだが。
 マグナにとってもこのポータルを経由してポータルを生成することを繰り返すやり方は、余人に自らのユニークスキルの性能スペックを大きく晒す禁じ手だ。SPの消費も甚だ著しい。

「オレのユニークスキルは退避にも攻撃にも使える優れモンだ! さあどうするアレン、さっきの爆発からしてテメェのスキルはグレネードみてェな感じだろ? へッ、ハズレもいいとこだなァ!」
「……部屋にいても蜂の巣にされるだけ、か」
「廊下に出てくるつもりかァ? 来いよ、今度こそ脳天ブチ抜いてやる!!」

 外へ出れば、直接エイムを置いた一射に撃ち抜かれる。かといって部屋に留まれば、ポータル越しの射撃に襲われる。
 進むも地獄、留まるも地獄。
 しかし退く先がないのなら、道はひとつだ。

「当てられるなら当ててみろ。『炸赤火球ブラストボム』!」

 強制被動ツークツワンクに対する解答は、既に用意されている。
 300SPが減算され、手のひらに火球が生じる。先ほどは薄い壁を壊すのに使ったそれを——アレンは自身の足元に放り投げながら、ドアの方向へ跳んだ。

「あっ、つぅ……!」

 床に着弾した火球が、その内に封じられた熱と音、それと閃光を撒き散らす。床を焦がす爆発に足と背を焼かれる痛苦に苛まれながら、アレンはドアの外へ一気に吹き飛ばされた。

「爆風を利用したオーバーピーク!? 無茶な真似を!」

 驚いたのは廊下からエイムを置いていたマグナだ。まさか爆風に巻かれて部屋を飛び出すとは露ほどにも思わず、アレンの姿はスコープのレティクルの中心を大きく過ぎ去って宙に浮かぶ。焦って『クリムゾン』の引き金を引かなかったのは長年の経験による好判断だ。

「さあ、勝負だマグナ! 『炸赤火球ブラストボム』!」

 スコープ越しの視界にマグナが見たのは、空中で再度火球を手に構えるアレンの姿だった。
 壁や床に接触すればすぐに起爆するグレネード。マグナはたった一目でそのユニークスキルの性質を見抜く。だが対処は誤った。その火球が自身へ向けて投擲されるものかと考え、退避のために身構えた。
 予想に反し、アレンはその火球を自ら手の中で握りつぶした。

「は……自分から起爆しただと? まさか、テメェっ、それは——」
「ぎっ、あ——っ、ぐぅっ」
「——ダメージブースト!! それがテメェの奥の手か!」

 苦悶の声を漏らし、再び爆風に巻き込まれて前方へ投げ出される。現実であれば腕がもげ、全身が火傷するほどの爆発も、この世界ではダメージに変換されるのみ。
 ダメージブースト。それはダメージを受けることによるノックバックを利用して移動するテクニックを指し、特別FPSだけの用語というわけでもない。年の功と言うべきか、アレンよりも多くのゲームタイトルをプレイしていたマグナはすぐにそのテクニックに思い至った。
 巻き上げられるアレンへ、再度マグナが狙撃銃の照準を合わせる。

(どうだ……!?)

 空中で身をひねってなんとか姿勢を制御しようとするアレンは、スコープを覗く目に射すくめられ、限りなく近い死の気配に凍りついた。
 通常であれば当てられない。自分から爆風に巻き込まれての移動、それも二度も。あの敵の照準をズラすためだけに、泣きたくなるくらいの激痛と四割のHPを犠牲にこの策を講じた。
 マグナが己のボーナスウェポンにコッキングキャンセルの技を見出したように、これこそアレンが、一見するとハズレにしか見えない『炸赤火球ブラストボム』のユニークスキルに見出した奥の手。
 この高速かつ三次元的な軌道を、幼女の小躯でやっているのだ。フルオートのマシンガンならまだしも、ボルトアクションの銃ではまず外す。
 だが相手はマグナ——<Determiデタミネnationーション>のMagnaだ。
 一発の銃弾で飛ぶ鳥を堕とそうと、なんら不思議はない。
 ドンッ、と腹に響くような銃声が轟いた。

「うっ」
「クソ……ッ!!」

 アレンの顔のすぐ隣を弾丸が過ぎ、ヒュッ、と空を切る音を短く耳に残す。
 外した——
 インベントリを操作して赤い銃床の狙撃銃をしまいつつも、マグナは怒りを込めたように吐き捨てる。
 誰に対しての怒りか、アレンには考えるまでもない。あるいは彼の言う『年齢による不調』がなければ当てられたと感じ、悔しさから口をついたのか。

「近づいたぞ、マグナ!」
「クソ、クソ、クソがッ!! 『二色領域の支配者バイカラー・ドミネーション』!」

 コッキングをキャンセルし、再びインベントリから銃を取り出そうとしたところへ、着地したアレンがキングスレイヤーを発砲する。
 対するマグナは離れた壁と近くの壁にポータルをそれぞれ生成し、さっきと同じように退避しようとする。その間際、アレンの弾丸が彼の鎖骨辺りに着弾し、うめき声を上げつつも渦の中へと身を投じた。

(当たった……けど、頭じゃない!)

 マグナのことだ、彼もレベルは相当に上げているだろう。ヘッドショットでなければ、六発すべてを撃ち込んでも倒れないかもしれない。
 さしものアレンも爆風で吹き飛ばされ、着地したその瞬間に頭を撃ち抜くのは難しかった。
 炎の熱に舐め取られ、ゲーム世界の恩恵でその白い腕に傷跡などは微塵もないが、感覚としてはしびれたような痛みがまだひりひりと残っている。さらに、二度のダメージブーストの代償にHPは四割減った。
 ただの転移者プレイヤーならまだしも、相手は同じチームだったマグナだ。爆風に巻かれる移動でさえ、長引けば対応されて問題なくエイミングされるだろう。

「ここで押し切る……!」

 後を追うように、アレンも壁面のポータルに飛び込む。景色が不自然に転換し、廊下の先の壁に一瞬で移動する。

「——! オレのポータルを使ってきやがったかッ」

 キングスレイヤーの銃口を向けて発泡すると、マグナは再度取り出した赤い銃床の狙撃銃を横に持ち、顔の前に掲げた。
 彼にとっても博打だったろうが、アレンの弾丸は狙撃銃のチャンバー付近の金属部分に当たり、あらぬ方向へ弾き飛ばされる。
 現実であれば受け止めた銃の方も不良が起きかねないが、ボーナスウェポンは他のアイテムと違い耐久値そのものが存在せず、壊れることは決してない。変形もしない。

「いい加減死にやがれ! 半端者が開き直りやがってよおッ!」
「『炸赤火球《ブラストボム》』!」

 反撃とばかりにクリムゾンの銃口が向くが、アレンのキングスレイヤーに比べ、狙撃銃スナイパーライフルであるマグナの銃は取り回しが悪い。引き金が引かれる直前に火球を握りつぶし、例のダメージブーストで真横へ吹き飛ばされ、照準を大きく狂わせて回避する。

「チィッ、うざってェんだよちょこまかと! 『二色領域の支配者バイカラー・ドミネーション』ッ!」

 この距離での撃ち合いではやはりリボルバー銃のアレンに分がある。
 そう判断したか、マグナは再度ポータルでの逃走を図る。さっきは入り口にしたポータルを出口として流用し、新たに展開したオレンジのポータルに身を投げた。
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