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第二十六話 黄金連環と白い髪
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「……待て。なんだ……なんだそれは、待て、お前」
若月を使ってすぐ、そばまで駆け寄ってきていたコハクは、斬り飛ばされた永一の頭部をキャッチし——その髪をわしづかむようにしながら、腕を振りかぶる。
先よりさらに強い驚愕と、恐れにも似た困惑をありありと浮かべるのは、剣を振り抜いた体勢のまま立ち尽くすアワブチだ。
「……はぁッ!」
「お前——自分の頭を武器にさせッ、ぐ」
遠心力を伴い、投げつけられた生首の後頭部が直撃する。
さしもの冒険者ギルドを率いる団長も、今まさに目の前に立つ人間の頭部が自分めがけて飛んでくるとは思わなかったのか。魔術と違い詠唱を伴うこともない、極めて原始的で冒涜的な一撃は、彼の顔面にクリーンヒットした。
先の永一の発言通り、ヒトの頭部というのは結構な重量がある。それをあのコハクが投擲したのだから、威力はそこらの投石とはわけが違う。
不覚と言えば不覚だろう。彼にはその魂に根付く、投擲物のひとつ簡単に止められる手段があった。
しかしそのことを忘れるほど、驚愕を禁じ得なかった。相手が不死者だとわかっていてもだ。
「頭を使うってのはこういうことだ——! くらいやが……あっ!?」
脳は別物でも、その思考は同じ。連続する意思に従い、永一は初めて見せた大きな隙を逃すことなく、逆手に握る長子苦無を振り抜こうとする。
が、柄にぐっと力を入れた瞬間、先の一合で限界を迎えていたのか、クナイはぼろりと自然に砕けてしまった。ククリナイフのようにへし折られたのではなく、内側からばらばらに自壊した感じだ。
「大事なクナイがっ! すまんコハク!」
「狂人がッ、お前スワンプマンを知ってるか……!?」
その間に、アワブチは悪態交じりに距離を取る。文字通り命を懸け、頭を使った一度きりの奇襲は失敗に終わってしまった。
「スワンプ……ラクトの転生特典のことか?」
「——っ、無教養バカが……! ちっ、見誤ったのは俺の落ち度か。死ぬことを前提とした転生特典が宿る時点で、まともな人間の精神をしているはずもなかった」
「散々な言いようだなおい。平気で他人を踏みにじる悪党にまともがどうとか説かれたくはねえな」
「俺は人間らしく生きてるつもりだよ、お前のような狂ったイカレ野郎とは違って。坂水エーイチ、お前はやはり危険すぎる。どうあってもここで憂いを断っておく……!」
スワンプマン。落雷によって死亡した誰かとまったく同一の構造を持つ、同じく落雷によって偶然生まれた泥沼の男。
永一であれば、その有名な思考実験の提起する問題を聞けばこう答えるだろう。
『同一の構造・機能を持つ以上、それは同じ人間だ』——と。
連続性がなくとも構わない。よって、首を断ち、古い頭部をそのまま放棄し、再生した新しい脳で生きていくことに対して躊躇を覚えることもない。
それを狂気と呼ぶのは、ある種正しいのかもしれなかった。
「エーイチ様……! 援護、を——うっ」
「はぁ……はっ、ぁ…………」
武器を失った永一を助けるため、姉妹が魔術を紡ごうとする。だが度重なる魔術行使で血中の魔力は著しく薄まり、貧血に似た疲労が彼女らを蝕む。
立ち位置こそ振り出しに戻ったが、永一たち一行の状況は初めに比べて大きく悪化している。永一は今度こそ武器を無くし、シンジュとコハクもこれ以上無理に魔術を使い続ければ命にかかわる。
(どうする……アワブチに逃がしてくれるつもりはなさそうだ。だが狙いはオレに向いている。シンジュとコハクだけならなんとか……いや、逃げろって言って逃げるふたりじゃない)
永一が真の意味で死ぬことはない。とはいえ、無力化をする方法はいくらでもある。さっきアワブチが言った通り、手と足を斬り落として、あとは舌でも噛めないようにすれば不死の転生特典も形無しだ。
じり、じりと殺意をにじませるようにして距離を詰めようとする茶の長衣。
——片月の効果はまだ続いている。こうなれば、素手で組み付くくらいしかないか。
片や丸腰、片や魔石による魔術を帯びる魔道具の剣。武装に雲泥の差はあれど、その魂の性質までは劣っていないはず。
今まさに、アワブチが一気に動き出し、永一もまた迎撃すべく腕を構えようとした——その時。
「相変わらずのようじゃな。アワブチ」
二者を隔てるように、子どもの腕ほどの太さをした黄金色の鎖が幾本も伸び、その場に張り巡らされた。
「この、鎖は……!!」
「螺旋迷宮の破壊を防ぐべくエーイチを襲う、か? まったく、おぬしもとんだ奸物になってしまったものじゃ。おぬしをこの世に転生させた身として悔いるばかりだ」
鎖が発せられた方向から、小さな足音が響く。そこへやってきたのは、口調にそぐわぬ、ひとりの少女だった。
夕陽に濡らされる横顔は幼く。しかし、そのマリンブルーの瞳には深い理知を思わせる光が宿る。今しがたどこからともなく出したものと同様なのか、その小さな体にはぐるりと同じ色の鎖が巻き付けてあり、歩くのに合わせてじゃら、と音を発している。
「パードラ。助けに来てくれたのか? この鎖は転生特典、それとも魔術か? なんにしろ、戦う力はないんじゃ」
「どちらでもない、この鎖は女神としての権能じゃ。ただ魔物を殺すには不足での、単なる手品じゃよ、こんなものは。大した助勢にはなれぬ」
「俺の邪魔を……しに来たというわけか、パードラ」
アワブチの黒い眼が、割って入った白髪の少女を睨む。その目には、怒りとも憎しみともつかぬ、複雑で形容のしがたい感情がにじんでいた。
「先に邪魔をしたのはおぬしだろうに。螺旋迷宮を殺すべく吾輩はエーイチを呼び、エーイチはそれに賛同してくれている。同調しないばかりか、冒険者ギルドを私利私欲の組織へ変貌させ、迷宮の踏破を阻害しようとするおぬしとは違っての」
「はっ。否応なしに俺を殺し、魂をここへ呼んだのはお前だ。俺がここでなにをしようが、お前に文句を言われる筋合いはないな。いい加減歳だろう? 1000歳にもなるんだ、でしゃばらず隠居でもしていろよパードラ」
「ふん。1000歳などと適当を抜かすでないわ、吾輩はまだ970歳だ。隠居も耄碌もせん」
「……そこまでいけば誤差だろうぜ、30歳くらい」
——旧知の仲なのか、ふたりは。
憎々しさをぶつけあうようでいて、底にどこか別の感情をわだかまらせるような二者のやり取りを傍観しながら、永一は横目で姉妹の様子を窺う。
「パードラと言えば……タカイジンを……このラセンカイへ転生させる……女神」
「あの方は確か、路地で」
「ああ。別に隠してたわけじゃなかったんだが、少しだけ話した」
「もしかして……その時に…………成長した螺旋迷宮から、魔物が……エーイチ様の世界に送られる……というのも……?」
「察しがいいな、コハク」
「えっ、あんなに小さな子が女神なんですか? えぇーっ、とってもかわいい方なのですね」
シンジュはどこか場違いに、黄金色の瞳をきらきらと輝かせてパードラを見ている。
姉だけあり、小さな子の世話をするのが好きなのかもしれなかった。が、相手はシンジュたち姉妹の50倍以上の年月を生きてきた、姉妹の亡くなった祖父母よりもなお老体だ。無論肉体そのものは見た目相応のハリとツヤを保ってはいるし、本人を老人扱いすればぷんすかと怒ることしきりではあるが。
「うわ、よく見たらそこの地面に落ちとるのエーイチの生首じゃん……こわ……」
「気にすんな、それはオレが自分から斬らせたもんだ」
「いや余計怖いわ。なに考えとるんじゃおぬし」
さっきまで首とつながっていた、血を失って青白い肌をした古い頭部を見てパードラが幼顔を引きつらせる。かなりショッキングな絵面であり、彼女が見た目年齢そのものの精神をしていれば泣き喚いていたことだろう。
そんな彼女に、アワブチは露悪的に舌打ちを鳴らす。
「自力じゃ迷宮にも潜れないような貧弱女神。今さら助勢に来たところで無駄なんだよ、役割に踊らされる人形が」
「生まれた世界を愛するのは当然のことじゃ。おぬしには、わからんかもしれぬが」
「ああわからないね! 親の顔さえおぼろげで、どこもかしこも荒廃と暴力が満ちていたあの故郷を愛するなんて気が知れない。戻りたくもないな」
「それで今は、こちらでせっかくできたギルドという居場所を守ろうと必死なわけじゃな。動機自体は理解を示してやらんでもないが、やりすぎだ。吾輩がおぬしを止めてやろう、アワブチ!」
「理解なんてしてもいないくせに、知った風な口を叩くな! 非人間の人形が!」
パードラの伸ばした手から、黄金の鎖が何本も放射状に放たれる。十本近くはあると思われたその鎖は、回転しながらアワブチを拘束せんと蛇のように迫る。
しかしそれらのすべては、男の数十センチそばにまで近づくと、凍らされたかのごとく一斉に静止した。
「俺の転生特典を知らないわけでもないだろ、お前の鎖なんて俺には通じない。なんなら叩き斬ってやってもいい、このギルド長の権限によって造らせた魔道具の剣でな!」
「そうじゃな。口惜しいが、物理的に拘束することは吾輩にはもはや叶わぬ。じゃが……おぬしが必死に積み上げてきたその立場は、この状況を許容できるのか?」
「……なんだと?」
眉間にしわを寄せ、怪訝な顔つきのアワブチ。永一もまた、パードラの言葉の真意を測りかね、疑問符を真新しい頭に浮かべる。
「エーイチ様、人が……」
「え?」
最も後ろにいたシンジュが、その変化に真っ先に気が付いた。
街路の向こうから徐々に、まばらな人影がやってくる。何人も何人も——それも、普段この螺旋迷宮を訪れる冒険者たちではない、武器を持たない見るからに市井で過ごす一般人たちの装いだ。
彼らは、迷宮の手前で対峙するアワブチや永一たちを見て、何事かとざわめき立っている。野次馬の類だろうか。
「これは——お前が集めたのか! パードラ!」
「吾輩は非力な神じゃが、たとえ名ばかりだとしても神は神。人を集めるくらいは造作もない」
白絹のような長い髪に、やや緑がかった青の双眸。どこか超然とした雰囲気も相まって、路地で話した通り、姿を隠さずに外を歩けば耳目を引くのは間違いない。
「扇動した、ということか。俺の前に……民衆の目を置くために」
「そこまで大それたことではないわ。ただ、このように衆目に晒される中で、そんな物騒なものを振るえば皆はギルドにどんな印象を抱くじゃろうな?」
「……狡猾な真似を。神を名乗るにしては卑怯じゃないか」
「卑怯にもなろう。おぬしを止めるためならば」
若月を使ってすぐ、そばまで駆け寄ってきていたコハクは、斬り飛ばされた永一の頭部をキャッチし——その髪をわしづかむようにしながら、腕を振りかぶる。
先よりさらに強い驚愕と、恐れにも似た困惑をありありと浮かべるのは、剣を振り抜いた体勢のまま立ち尽くすアワブチだ。
「……はぁッ!」
「お前——自分の頭を武器にさせッ、ぐ」
遠心力を伴い、投げつけられた生首の後頭部が直撃する。
さしもの冒険者ギルドを率いる団長も、今まさに目の前に立つ人間の頭部が自分めがけて飛んでくるとは思わなかったのか。魔術と違い詠唱を伴うこともない、極めて原始的で冒涜的な一撃は、彼の顔面にクリーンヒットした。
先の永一の発言通り、ヒトの頭部というのは結構な重量がある。それをあのコハクが投擲したのだから、威力はそこらの投石とはわけが違う。
不覚と言えば不覚だろう。彼にはその魂に根付く、投擲物のひとつ簡単に止められる手段があった。
しかしそのことを忘れるほど、驚愕を禁じ得なかった。相手が不死者だとわかっていてもだ。
「頭を使うってのはこういうことだ——! くらいやが……あっ!?」
脳は別物でも、その思考は同じ。連続する意思に従い、永一は初めて見せた大きな隙を逃すことなく、逆手に握る長子苦無を振り抜こうとする。
が、柄にぐっと力を入れた瞬間、先の一合で限界を迎えていたのか、クナイはぼろりと自然に砕けてしまった。ククリナイフのようにへし折られたのではなく、内側からばらばらに自壊した感じだ。
「大事なクナイがっ! すまんコハク!」
「狂人がッ、お前スワンプマンを知ってるか……!?」
その間に、アワブチは悪態交じりに距離を取る。文字通り命を懸け、頭を使った一度きりの奇襲は失敗に終わってしまった。
「スワンプ……ラクトの転生特典のことか?」
「——っ、無教養バカが……! ちっ、見誤ったのは俺の落ち度か。死ぬことを前提とした転生特典が宿る時点で、まともな人間の精神をしているはずもなかった」
「散々な言いようだなおい。平気で他人を踏みにじる悪党にまともがどうとか説かれたくはねえな」
「俺は人間らしく生きてるつもりだよ、お前のような狂ったイカレ野郎とは違って。坂水エーイチ、お前はやはり危険すぎる。どうあってもここで憂いを断っておく……!」
スワンプマン。落雷によって死亡した誰かとまったく同一の構造を持つ、同じく落雷によって偶然生まれた泥沼の男。
永一であれば、その有名な思考実験の提起する問題を聞けばこう答えるだろう。
『同一の構造・機能を持つ以上、それは同じ人間だ』——と。
連続性がなくとも構わない。よって、首を断ち、古い頭部をそのまま放棄し、再生した新しい脳で生きていくことに対して躊躇を覚えることもない。
それを狂気と呼ぶのは、ある種正しいのかもしれなかった。
「エーイチ様……! 援護、を——うっ」
「はぁ……はっ、ぁ…………」
武器を失った永一を助けるため、姉妹が魔術を紡ごうとする。だが度重なる魔術行使で血中の魔力は著しく薄まり、貧血に似た疲労が彼女らを蝕む。
立ち位置こそ振り出しに戻ったが、永一たち一行の状況は初めに比べて大きく悪化している。永一は今度こそ武器を無くし、シンジュとコハクもこれ以上無理に魔術を使い続ければ命にかかわる。
(どうする……アワブチに逃がしてくれるつもりはなさそうだ。だが狙いはオレに向いている。シンジュとコハクだけならなんとか……いや、逃げろって言って逃げるふたりじゃない)
永一が真の意味で死ぬことはない。とはいえ、無力化をする方法はいくらでもある。さっきアワブチが言った通り、手と足を斬り落として、あとは舌でも噛めないようにすれば不死の転生特典も形無しだ。
じり、じりと殺意をにじませるようにして距離を詰めようとする茶の長衣。
——片月の効果はまだ続いている。こうなれば、素手で組み付くくらいしかないか。
片や丸腰、片や魔石による魔術を帯びる魔道具の剣。武装に雲泥の差はあれど、その魂の性質までは劣っていないはず。
今まさに、アワブチが一気に動き出し、永一もまた迎撃すべく腕を構えようとした——その時。
「相変わらずのようじゃな。アワブチ」
二者を隔てるように、子どもの腕ほどの太さをした黄金色の鎖が幾本も伸び、その場に張り巡らされた。
「この、鎖は……!!」
「螺旋迷宮の破壊を防ぐべくエーイチを襲う、か? まったく、おぬしもとんだ奸物になってしまったものじゃ。おぬしをこの世に転生させた身として悔いるばかりだ」
鎖が発せられた方向から、小さな足音が響く。そこへやってきたのは、口調にそぐわぬ、ひとりの少女だった。
夕陽に濡らされる横顔は幼く。しかし、そのマリンブルーの瞳には深い理知を思わせる光が宿る。今しがたどこからともなく出したものと同様なのか、その小さな体にはぐるりと同じ色の鎖が巻き付けてあり、歩くのに合わせてじゃら、と音を発している。
「パードラ。助けに来てくれたのか? この鎖は転生特典、それとも魔術か? なんにしろ、戦う力はないんじゃ」
「どちらでもない、この鎖は女神としての権能じゃ。ただ魔物を殺すには不足での、単なる手品じゃよ、こんなものは。大した助勢にはなれぬ」
「俺の邪魔を……しに来たというわけか、パードラ」
アワブチの黒い眼が、割って入った白髪の少女を睨む。その目には、怒りとも憎しみともつかぬ、複雑で形容のしがたい感情がにじんでいた。
「先に邪魔をしたのはおぬしだろうに。螺旋迷宮を殺すべく吾輩はエーイチを呼び、エーイチはそれに賛同してくれている。同調しないばかりか、冒険者ギルドを私利私欲の組織へ変貌させ、迷宮の踏破を阻害しようとするおぬしとは違っての」
「はっ。否応なしに俺を殺し、魂をここへ呼んだのはお前だ。俺がここでなにをしようが、お前に文句を言われる筋合いはないな。いい加減歳だろう? 1000歳にもなるんだ、でしゃばらず隠居でもしていろよパードラ」
「ふん。1000歳などと適当を抜かすでないわ、吾輩はまだ970歳だ。隠居も耄碌もせん」
「……そこまでいけば誤差だろうぜ、30歳くらい」
——旧知の仲なのか、ふたりは。
憎々しさをぶつけあうようでいて、底にどこか別の感情をわだかまらせるような二者のやり取りを傍観しながら、永一は横目で姉妹の様子を窺う。
「パードラと言えば……タカイジンを……このラセンカイへ転生させる……女神」
「あの方は確か、路地で」
「ああ。別に隠してたわけじゃなかったんだが、少しだけ話した」
「もしかして……その時に…………成長した螺旋迷宮から、魔物が……エーイチ様の世界に送られる……というのも……?」
「察しがいいな、コハク」
「えっ、あんなに小さな子が女神なんですか? えぇーっ、とってもかわいい方なのですね」
シンジュはどこか場違いに、黄金色の瞳をきらきらと輝かせてパードラを見ている。
姉だけあり、小さな子の世話をするのが好きなのかもしれなかった。が、相手はシンジュたち姉妹の50倍以上の年月を生きてきた、姉妹の亡くなった祖父母よりもなお老体だ。無論肉体そのものは見た目相応のハリとツヤを保ってはいるし、本人を老人扱いすればぷんすかと怒ることしきりではあるが。
「うわ、よく見たらそこの地面に落ちとるのエーイチの生首じゃん……こわ……」
「気にすんな、それはオレが自分から斬らせたもんだ」
「いや余計怖いわ。なに考えとるんじゃおぬし」
さっきまで首とつながっていた、血を失って青白い肌をした古い頭部を見てパードラが幼顔を引きつらせる。かなりショッキングな絵面であり、彼女が見た目年齢そのものの精神をしていれば泣き喚いていたことだろう。
そんな彼女に、アワブチは露悪的に舌打ちを鳴らす。
「自力じゃ迷宮にも潜れないような貧弱女神。今さら助勢に来たところで無駄なんだよ、役割に踊らされる人形が」
「生まれた世界を愛するのは当然のことじゃ。おぬしには、わからんかもしれぬが」
「ああわからないね! 親の顔さえおぼろげで、どこもかしこも荒廃と暴力が満ちていたあの故郷を愛するなんて気が知れない。戻りたくもないな」
「それで今は、こちらでせっかくできたギルドという居場所を守ろうと必死なわけじゃな。動機自体は理解を示してやらんでもないが、やりすぎだ。吾輩がおぬしを止めてやろう、アワブチ!」
「理解なんてしてもいないくせに、知った風な口を叩くな! 非人間の人形が!」
パードラの伸ばした手から、黄金の鎖が何本も放射状に放たれる。十本近くはあると思われたその鎖は、回転しながらアワブチを拘束せんと蛇のように迫る。
しかしそれらのすべては、男の数十センチそばにまで近づくと、凍らされたかのごとく一斉に静止した。
「俺の転生特典を知らないわけでもないだろ、お前の鎖なんて俺には通じない。なんなら叩き斬ってやってもいい、このギルド長の権限によって造らせた魔道具の剣でな!」
「そうじゃな。口惜しいが、物理的に拘束することは吾輩にはもはや叶わぬ。じゃが……おぬしが必死に積み上げてきたその立場は、この状況を許容できるのか?」
「……なんだと?」
眉間にしわを寄せ、怪訝な顔つきのアワブチ。永一もまた、パードラの言葉の真意を測りかね、疑問符を真新しい頭に浮かべる。
「エーイチ様、人が……」
「え?」
最も後ろにいたシンジュが、その変化に真っ先に気が付いた。
街路の向こうから徐々に、まばらな人影がやってくる。何人も何人も——それも、普段この螺旋迷宮を訪れる冒険者たちではない、武器を持たない見るからに市井で過ごす一般人たちの装いだ。
彼らは、迷宮の手前で対峙するアワブチや永一たちを見て、何事かとざわめき立っている。野次馬の類だろうか。
「これは——お前が集めたのか! パードラ!」
「吾輩は非力な神じゃが、たとえ名ばかりだとしても神は神。人を集めるくらいは造作もない」
白絹のような長い髪に、やや緑がかった青の双眸。どこか超然とした雰囲気も相まって、路地で話した通り、姿を隠さずに外を歩けば耳目を引くのは間違いない。
「扇動した、ということか。俺の前に……民衆の目を置くために」
「そこまで大それたことではないわ。ただ、このように衆目に晒される中で、そんな物騒なものを振るえば皆はギルドにどんな印象を抱くじゃろうな?」
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