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Chapter1:死骸人形と欠けた月
第七話:困惑の二日目
しおりを挟む「広い家なんだから、掃除が行き届かないのはしょうがない。明日、よかったらオレが掃除しておくぜ」
納得したところで布団に入る。当然だが、ミアから距離は離していた。
「え? それは……悪いですよ」
「いや、実は屋敷を見て回りたいって気持ちもあってさ。……ここでリアンは育ったんだろ。だったら、それでなにかを思い出すかもしれない」
「あ——。兄さまの死因の手がかりを探すっていう話、覚えててくれたんですね」
「まあ、な」
ヤトの中で唯一鮮明な、リアン・ムラクモの記憶。
それは、今より幼いミアが、花を見つけたと無邪気にはにかむ風景だ。
そしてその記憶の場所が、この屋敷の庭であると、なんとなくヤトは気づいていた。
(リアンの記憶をたどれば——)
ミアの兄であり、ノルトの友人。
遠く離れた学院にいたはずの彼が、なぜ命を落としたのか? 謎の解明をミアとノルトは強く望んでいる。
ならばリアンの肉体に宿ったヤトには、協力する義務があるはず。
……否、それはただの建前なのかもしれない。
(——オレは、リアン・ムラクモになれるだろうか?)
バラバラになったパズルのピースを集めて、並べ直すように。
砕け散った記憶をつなぎ直すことができれば、死骸人形に過ぎないこの身も、元の人間に戻れるだろうか。
もし仮にそうなら。今のヤトという人格は消えてしまうのかもしれない。だがそうであっても、リアンが代わりに戻ってくるならば——
ミアは喜んでくれるはず。
「そんなわけだから、明日はこの家を見て回りたいんだけど」
「はい。わかりました、わたしが案内します」
「ありがとう。それじゃあ、おやす——ああ、忘れるところだった」
「——?」
薄暗い部屋で、木造の天井を眺めながら。妙に懐かしい、さっきの味を思い出す。
「夕飯、すごくおいしかった。ええと……塩気とかが、こう、絶妙って言うか」
「あ……。そ、そうですか。ありがとうございます」
「本当だぞ? うまく言えないんだけど、味付けなんかがちょうどいい、すげえしっくり来る感じで……」
「別に疑ってませんよ。むしろ、そうやって必死になると嘘臭く思えてきます」
「……う」
ミアの方から、寝返りを打つ際の、寝巻きと布団の擦れる音が聞こえてくる。そっぽを向かれてしまったようだ。
「……明日やることも決まったんですから、早く休んでしまいましょう。おやすみなさい——ヤトさん」
「あ、ああ……おやすみ」
やはりミアとはまだどうしても、壁があるように思えた。
それも仕方がない、とヤトは思う。
兄と同じ顔をした男、それも魔導生物に寄生された兄の死体ともなれば、接し方にも戸惑うというもの。
いつか打ち解けることができるだろうか? その時、自分はどうなっているだろうか?
過去を持たず、未来への問いかけは尽きない。
ただ疲れだけはたんまりと体に積もっていたらしく、思考はすぐに曖昧になり、うとうととした眠気がヤトの意識を柔らかく包んでいく。
(——? なんだ……早く休むなんて言っておいて……)
だが少しすると、もぞもぞとミアの方から音がして、眠りに落ちかけた意識が輪郭を取り戻す。
うっすらと目を開けると、ミアが部屋を出ていくところだった。
(……ま、便所かな)
あまり気にせず、離れない眠気が誘うまま、ヤトは再びまぶたを閉じる。
外の方からコロコロと、かすかに虫の鳴き声が響いてくる。
なんとなく布団で寝るのは久しぶりに思えた。耳に入る虫の雑音もどこか子守唄のように心地よく、ヤトはすぐに、夢さえ見ない深い眠りへと今度こそ落ちていった。
*
そして翌朝。疲れは完全に取れ、ヤトの目覚めはとてもよかった。
「起きろ、ミア」
「んー……」
穏やかな寝息を漏らすミアの肩を揺する。
それでも起きないので、ヤトはぺちぺちと軽く頬を叩いてみる。
「んっ」
反射的にか、ミアは頬を叩く手をぎゅっと包むようにつかみ、ぼんやり目を開けた。
「……兄さま?」
五秒ほど寝ぼけまなこが見つめてくる。
それから、次第に意識が覚醒してきたのか、赤い目を数回ぱちくりとさせ——
「——わぁぁぁっ!?」
「うわっ。すごい動きだな」
顔を真っ赤にしながら手を放し、布団を蹴っ飛ばすと寝たままの体勢でカサカサと手足を動かし壁際にまで後ずさった。
中々の器用さだ。ヤトは素直に感心した。
「ヤ、ヤトさん……!」
「すまん、気持ちよさそうに寝てたんで起こすのも憚られたが、あんまり遅くなるのもアレだろ?」
外はすっかり明るく、快晴の空で朝陽がまぶしく輝いている。
しばらく雨は降らないだろう、とはノルトの談。幸いなことに一日経ち、彼女も昨日の怒りは水に流してくれたようだった。
「ノルトも待たせてることだしな——もうすぐ、ご飯もできるって」
「へ? ノルトさんも来てるんですか? この屋敷に? しかもご飯を!?」
「ああ、さっき朝イチで来たぜ。……なにをそんなに驚いてるんだ?」
「た、大変です……早く止めないとっ!」
眠気の消えた顔で立ち上がり、ミアは戸へ向かおうとする。
だがちょうどその戸がパッと開き、朝一番でも普段となんら変わらない、澄ました表情をしたノルトが姿を表した。
「朝食が出来た、自信作だ。……ん、ミアちゃんも起きたのか。おはよう、今日は実にいい朝だね」
「あ……ノルト、さん。あはは……おはようございます」
「うん。顔を洗ったら、すぐ居間へ来るといい。冷めてしまっては台無しだ」
かすかに微笑むと、白衣を翻して廊下へ戻っていく。
ノルトがいなくなった途端、ミタはぺたりと膝からくずれ落ちた。床が畳だったので幸い怪我はしないだろうが、力の抜けるような妙なよろけ方に心配で駆け寄るヤト。
「ミア!? どうしたっ」
「大変なことになってしまいました……」
ミアはこの世の終わりみたいな顔をしていた。
「あは……あはは。そうだ、これは夢……夢に違いありません!」
「布団に戻ろうとするなっ! なんだ!? 突然どうしたんだよ!」
「目が覚めたら、亡くなった母さまと父さまもいて……兄さまだって、学院なんかに行かずわたしといてくれるんです……!」
ヤトの立場からは微妙に否定のしにくい、幸せな幻想へと逃避しようとするミア。
だがノルトが待っているので、ヤトは特に遠慮せず布団から引きずり出した。
「本当悪いけどそれ全員死んでるから!」
「ああああぁぁ~……後生ですからぁ……」
「ほら、行こう。ノルトが自信作だなんて言うもんだから、オレも腹減ってきちまった」
「うぅぅ」
ぐずる姿に、結構子どもらしいところもあるのだな、とそんな感想を抱く。
しかしなぜこうも、突然布団から離れたがらなくなったのだろうか。
ヤトの率直な疑問は、食卓に着くとともに氷解することとなる——
*
「いただきます」
食卓を囲み、そろって挨拶。手を合わせるといった作法は、少なくともこの国では特にメジャーではない。
ヤトの隣にミアが座り、その向かい側にノルトが座る形。
「それで早速だが。ヤト、今日はどうするつもりだ?」
空腹が誘うまま食事に手を付けようとしたところで、問いをぶつけられる。
落ち着いて食べさせてくれる気はないらしい。しかしいっそ、この方が合理主義っぽい彼女らしい……そう思う程度には、ヤトも昨日でノルトという女性について慣れていた。
「昨晩、ミアと少し話したんだが……この屋敷の中を見て回ろうと思う。ノルトが言ってた通り、オレにはミアの記憶がわずかに残ってた。なら、ここを見て回ればまたなにか思い出せるかもしれない」
「ふむ……」
言い終えると、ヤトはスープを掬って口にした。
ほとんど無味に近かった。
(え?)
味がしない——
ひょっとして記憶に続き、味覚までおかしくなってしまったのだろうか?
昨夜は平気だったが、遅れてから異常が出るというのも考えられる。記憶に障害が出ている以上、まったくありえない話ではない。なにせ肉体的には一度死んだのだ。
焦燥を覚えながら、隣に座るミアの方を盗み見る。
「……っ」
ミアも野菜の炒め物を口にしては、微妙に顔をしかめていた。
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