ダブルロール:死骸人形(マリオネット)の罪科

彗星無視

文字の大きさ
10 / 25
Chapter1:死骸人形と欠けた月

第九話:記憶の欠片を探して

しおりを挟む
 食休みもそこそこに、三人は居間を出て廊下を渡り、屋敷の離れへと移動していた。
 ヤトの中にある、砕け散った記憶。あるいは断線した糸。
 それらを復元するため、まさしく一縷の望みにかけ、かつてリアンが使っていたという部屋へ向かうためだった。

「しっかし、リアンの部屋はずいぶん遠くにあるんだな」
「離れには稽古に使う武道場が隣接されているんです。幼い頃からそこで、兄さまは父さまに魔術の腕を鍛え上げられていました。その関係で、兄さまの部屋も武道場に近い離れの方にあるんです」
「チギリ氏か……。ワタシがこのフェルゼン村に赴任したのが五年前——リアンとミアちゃんの父君である氏の他界が三年前。同じ時間を過ごせたのはたったの二年、ワタシも多くの言葉を交わせたわけではないが、病に倒れる晩年までその厳格さ、雨風を跳ね返す屈強ないわおのような貫禄は損なわれていなかった」
「父さまはずっと感謝していましたよ。ノルトさんがいてくれたおかげで、半年は長く生きながられたと」
「たったの半年だ。できることなら、ミアちゃんが大人になった姿を見られるまで延命させたかった。可憐なキミならば、いずれ誰もが目を見張るほどに美しい女性になるはずだ——」

 言いながら、ノルトは軽く目を細める。あと五年か六年も経ち、成熟したミアの姿を想像しているのか。
 鉄のような表情こそぴくりとも変わらないものの、細められた青い目には、確かに少女を見守る親愛が浮かんでいた。

「そ、そんな。言い過ぎですよ」
「いいや、決して過言ではない。ヤト、キミもそう思うだろう?」

 白衣の彼女はヤトへ視線を移す。ミアの兄にして、かつての友人だったものを器として目覚めた何者かに。
 突然話を振られて驚くヤトだったが、ミアが大人になればどうなるかなど、考えるまでもない。

「当然だ。ミアはかわいいからな、綺麗になるに決まってる」
「なっ……!?」
「ふむ」

 誰よりも愛らしく、健気なミア——
 ノルトの言う通り、将来はとびきりの美人になるに違いない。
 自然と、そう思った。
 ミアに対する波濤のような感情が、どこから来ているのかがわからないほどヤトも馬鹿ではない。そもそもヘルツェガヌムの乗っ取った肉体の脳は相当な上物で、記憶を除けば機能的な劣化もなく、馬鹿になどなりようがない。
 だがその由来がわかったとて、なんの意味があろう?
 湧き出る想いを感じないようにはできない。感情は消せない。
 ヤトは初めから、ミアに会うために洞窟から歩いてきた。ヤトにとってミアが大切なのは、その魂が損なわれようとも変わりない、肉体に刻まれた絶対の指令なのだ。

「ヤ、ヤトさんまでなに言ってるんですかっ。大体、話が脱線してます……! 父さまの話だったはずです! ヤトさんは、父さまのことでなにか思い出したりしないんですか!」

 真っ赤になって話題を逸らす。その微笑ましい必死さに、胸が温かくなるのを感じる。
 この感情が、肉体に伴ったリアンの残滓なのか。純然たるヤトの気持ちなのか。判別することなどもはや不可能だった。

「なんにも。父親の……チギリ? の部屋はまだあるのか?」
「書斎が残ってます。ここじゃなく、母屋の方にありますけど……そちらも後で行ってみますか?」
「そうだな。見るだけ見てみよう」

 そうこうしているうちに、廊下の奥に着く。
 壁に一つだけぽつんと佇む扉。わざわざ名前など書かれてはいなかったが、ここがリアンの部屋なのだろう。ずいぶん奥まったところにある。
 部屋を前に足踏みする理由もなく、早速扉を開けてみる。
 殺風景とまではいかないが、細かく整頓された内装が一同を出迎えた。

「ん……こりゃあ、なんて言うか。ずいぶんと寂しい部屋だな」
「あっ、元々はこうじゃないんです。兄さまが学院に行く時、整理していったので。一部は倉庫の蔵に移したりして……」
「ああ、なるほど」

 持ち主のいないその空間は最低限の家具のみを残し、がらんとしている。窓は閉められていたが、埃っぽい感じもしなかった。

「ふむ。この部屋は掃除しているようだな、ミアちゃん」
「えっと……はい。屋敷全体には手が回らないですけど、ここだけは綺麗にしておきたくて……」

 道理で埃もないわけだ。リアンがいつ帰ってきてもいいよう、兄の部屋だけは掃除していたらしい。

「なら昨日、オレはここで寝ればよかったんじゃ?」
「——あ。そ、その発想はありませんでした……」

 うっかりしていた、と頬を赤くする。

「それで? ヤト、なにか思い出したか?」

 ノルトにそう問いかけられ、ヤトは改めて室内を見渡した。
 リアンが長年過ごした部屋。つまりそれは、ヤトの肉体が過ごしてきた部屋だ。その壁や床、机の細かな傷に至るまで、あちこちを見回し——

「ダメみたいだ。なんとなく見覚えくらいはある気がするが、特にこれといって浮かぶものはない」

——試みの一つ目が、空振りに終わったことを理解した。



 今度は離れに隣接した道場へやってくる。
 帝都やかの学術都市でもあるまいし、このような田舎の土地などいくらでも有り余っている。それゆえに面積を贅沢に占有した、広々とした板張りの稽古場が一同を迎え入れた。

「ここは掃除してないので……ちょっぴり埃っぽいかもです」
「広いな。ただなんとなく、ここも見覚えはあるような」

 奥の壁に目を向けると、そこには荒々しい筆使いで一文が記された、横書きの書がくすんだ色の額縁に入れて飾られていた。
——『苦痛なくして勝利なし』。
 どこか覚えのある格言。つながりそうな記憶の糸は、あと少しのところで届かない。

「そうでしょう。兄さまは小さい頃から、ここで父さまに陽魔術の鍛錬を受けてましたから」
「ああ、さっき言ってたな……ん? 陽魔術? 陰陽魔術、じゃなかったか?」

 昨日、ノルトの診療所から帰る道すがら。
 ヤトはミアにとてつもない兄自慢と、ついでに魔術血統に関して教示を受けた。
 子は親から血とともに、そこに宿る魔術をも受け継ぐ——
 通常は両親の片方。あるいは、母と父の魔術が混合したような性質の血統魔術を開化させる者もいる。
 そしてリアン・ムラクモはそのどちらでもない。二種の魔術血統が体内で完璧に調和し、互いに侵すことなく両立した二重顕在者ダブルホルダー
 その魔術は父より継ぎし陰陽魔術、そして、魔の蛇の血より得られた血晶魔術。

「あ……それは間違いではないんですけど。正確には、兄さまが使える陰陽魔術は陽魔術だけなんです。陰陽魔術は、性別によって陰と陽のどちらが使えるかが決まっちゃうので」
「え? そうなのか。えーと、リアンが陽……なら、男は陽魔術、女が陰魔術?」
「はい。どんな魔術血統も、世代を経るにつれての性質変化は避けられません。でも、これだけはずっと昔からそうらしいです」

 同じ血、同じ血統魔術を継いでいても、身体的性別で陰と陽のどちらを扱えるかが決定付けられる。
 それがムラクモの一族が継ぐ、陰陽魔術という力だった。もっともリアンの家系を遡れば、魔術を極め、その限界を超えた者もいたが。
 リアンたちとは浅くない付き合いのノルトも、その陰陽魔術の特性については承知しているらしい。彼女は形のいい顎を引いてうなずいた。

「同じ血統でありながら、性差に基づいて魔術の性質が二分される……。これは陰陽魔術の世界的に見てもかなり稀な特性と言えよう。確か、大陸西方に住まうセレイネスの民が似たような——いや、余計な話か。ヤト、ここなら広さも申し分ない。陽魔術を試してみてはどうだ」
「それがいいかもしれません。ガルディに襲われた時は血晶魔術を使ったんですよね? 少なくともわたしがここで見ていた限り、兄さまが使い慣れていたのは陽魔術の方でした」
「と、言われても。正直、陽魔術ってのがしっくり来ないんだが……どうすればいいのかさっぱりだ」
「そう、なんですか?」

 術式を構築するための詠唱が浮かばなければ、魔術もなにもない。手描きで術式を描く方法もあるが、そちらもまるでどうすればいいのかわからない。
 陽魔術が使えないヤトに、悪気はないのだろうがミアは落胆めいたものを見せる。
 長い年月をかけて鍛えたリアンの陽魔術の腕前は、その肉体を操るヤトには一片たりとも受け継がれず、きれいさっぱり消えてしまったのだろうか?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

万物争覇のコンバート 〜回帰後の人生をシステムでやり直す〜

黒城白爵
ファンタジー
 異次元から現れたモンスターが地球に侵攻してくるようになって早数十年。  魔力に目覚めた人類である覚醒者とモンスターの戦いによって、人類の生息圏は年々減少していた。  そんな中、瀕死の重体を負い、今にもモンスターに殺されようとしていた外神クロヤは、これまでの人生を悔いていた。  自らが持つ異能の真価を知るのが遅かったこと、異能を積極的に使おうとしなかったこと……そして、一部の高位覚醒者達の横暴を野放しにしてしまったことを。  後悔を胸に秘めたまま、モンスターの攻撃によってクロヤは死んだ。  そのはずだったが、目を覚ますとクロヤは自分が覚醒者となった日に戻ってきていた。  自らの異能が構築した新たな力〈システム〉と共に……。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

俺だけ“使えないスキル”を大量に入手できる世界

小林一咲
ファンタジー
戦う気なし。出世欲なし。 あるのは「まぁいっか」とゴミスキルだけ。 過労死した社畜ゲーマー・晴日 條(はるひ しょう)は、異世界でとんでもないユニークスキルを授かる。 ――使えないスキルしか出ないガチャ。 誰も欲しがらない。 単体では意味不明。 説明文を読んだだけで溜め息が出る。 だが、條は集める。 強くなりたいからじゃない。 ゴミを眺めるのが、ちょっと楽しいから。 逃げ回るうちに勘違いされ、過剰に評価され、なぜか世界は救われていく。 これは―― 「役に立たなかった人生」を否定しない物語。 ゴミスキル万歳。 俺は今日も、何もしない。

俺だけ永久リジェネな件 〜パーティーを追放されたポーション生成師の俺、ポーションがぶ飲みで得た無限回復スキルを何故かみんなに狙われてます!〜

早見羽流
ファンタジー
ポーション生成師のリックは、回復魔法使いのアリシアがパーティーに加入したことで、役たたずだと追放されてしまう。 食い物に困って余ったポーションを飲みまくっていたら、気づくとHPが自動で回復する「リジェネレーション」というユニークスキルを発現した! しかし、そんな便利なスキルが放っておかれるわけもなく、はぐれ者の魔女、孤高の天才幼女、マッドサイエンティスト、魔女狩り集団、最強の仮面騎士、深窓の令嬢、王族、謎の巨乳魔術師、エルフetc、ヤバい奴らに狙われることに……。挙句の果てには人助けのために、危険な組織と対決することになって……? 「俺はただ平和に暮らしたいだけなんだぁぁぁぁぁ!!!」 そんなリックの叫びも虚しく、王国中を巻き込んだ動乱に巻き込まれていく。 無双あり、ざまぁあり、ハーレムあり、戦闘あり、友情も恋愛もありのドタバタファンタジー!

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

処理中です...