ダブルロール:死骸人形(マリオネット)の罪科

彗星無視

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Chapter1:死骸人形と欠けた月

第二十話:存在の理由

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「アロナブラン技師、相手は強敵です。目標の血統は二人いるのですから、男の方の生け捕りは諦めましょう」
「却下する。多少の手傷は構わないが、標的を殺すことは許可しない」
「なっ……! なんの権利があってそんな指示を出す! 臨時の隊長と言えど、命令の権限はあくまでブルトガング将軍に——」
「二者はどちらも帝国に必要な検体であり、それを故意に損なうのは軍部への背反である! 指示に従わないのであれは構わない、その際はキミたち違反者の背をワタシの光線が貫くことだろう」

 残された軍人は愕然とした様子で、恐ろしいものを見るような目をノルトへ向ける。
 一方ヤトはと言えば、あまりの出血からミアにしきりに心配されていた。

「ヤトさんっ、血がいっぱい流れて……す、すぐに止血しないとっ」
「大丈夫、これはあえて受けた傷だ。血を流すことが必要だった……言っただろ? 二人で洞窟を抜け出すって」
「だからって自分から攻撃を受けるなんて……!」
「『苦痛なくして勝利なし』、だ」
「え? あ……それ、道場の」

 苦痛なくして勝利なし。母屋のそばの稽古場に飾られていた言葉だ。
 これがムラクモ一族の家訓であると、ごく自然にヤトは思い出していた。かつて父が口酸っぱく言っていたことだ。
 懐かしさが胸中に蘇る。すると、あれほど固く閉ざされていた記憶の蓋が、どことなく開きかけていることを感じる。
 父——
 チギリ・ムラクモ。その威厳に満ちた姿を、病に臥せってなお毅然とした眼差しを、あと少しで思い出す。

「アロナブラン技師ッ、再考を!」
「却下と言った。キミも頭があるのなら、無駄口を叩くよりも先にその軍用サーベルを構え直せ」
「くッ! この件はのちほど将軍へ報告させていただく!」
「好きにすればいい。あの気だるげな御仁が、わざわざキミのような一介の兵士の愚痴に聞く耳を持つとも思えんがな」

 残った兵たちがサーベルを構え、半ば破れかぶれの様相でヤトへ突っ込む。
 しかし数も減り、手傷を負った者もいる中、ヤトを仕留めることはあまりにも難しかった。
 なにせ、彼らは傷を負えば戦力が減じるのだ。体から血を流せば流すほど、斬られれば斬られるほどに魔術の択が増えるヤトとは違って。
 血の魔術によって白刃を防ぎ、同じく血の魔術によって反撃を見舞う。
 向かってくる二名の無力化に成功。
 今やヤトはリアンと遜色ない魔術の勘を取り戻していた——血晶魔術に限っては。

(待て……ノルトは!?)

 違和感に周囲を見渡す。ノルトはどこへ行った?
 兵士たちを難なくいなせたのは、彼女が魔術による援護をしなかったからだ。だがノルトは理由もなしにそれを放棄するような人間ではない。
 戦慄がヤトの背筋を駆け抜ける。
 魔術ランタンを後方に捨て置き。ノルトの姿は、鋭血を脚に受けて崩れ落ちる兵士のすぐ背後にあった。
 兵士に気を取られた隙に接近されていたと気づく。

(なんだ……!? なにをする気だ!?)

 なにより不気味なのは、その意図がわからないことだった。
 魔術の援護を放棄し、味方を捨て石同然のデコイにして距離を詰める。
 そこまではいい。なにが起きたのかは理解できる。しかし、ではなぜそのような行動を取ったのか、どうしてむざむざ自分から近づいてきたのか意味がわからない。
 ひょっとして武器でも隠し持っていたのかと想ったが、ノルトは依然として無手むて。魔術を使う様子もなく、仮に腕力でヤトを抑え込もうとしても、男女差もある以上ヤトなら強引に振りほどけるはずだ。
 ノルトひとりで、武器も持たず魔術もなく、いかにしてヤトを倒すというのか?

「ヤト」

 疑問だけが脳内を吹き荒れる中、白衣に軍帽の女は、小さく唇を動かした。

「ワタシは、キミの弱点を知っているぞ」

 とすん、と胸に衝撃。
 当てられたのが手のひらであることには、ヤトはすぐに気づいた。掌底打ち……というやつだ。
 もっとも腰も入っていなければ腕力もない。思った通り、ノルトは博識だが、身体能力で言えば標準以下だ。
 これならば、ミアの寝返りの方がまだパワーがある——

「が、ぁあ……ッ」

——それなのにどうして、自分は地面に倒れている?

「ヤトさんっ!!」

 脂汗を浮かばせながら、ヤトは立ち上がろうと試みる。けれども力を入れようとする手足はみっともなく痙攣を繰り返すばかりで、とても倒れた体を起き上がらせることはできなかった。
 汗が止まらない。呼吸は一瞬にして全力疾走の後のように浅くなり、心臓も狂ったように早鐘を打ち続ける。
 胸部に衝撃を受けたことに対する、本能的な反応の結果だった。
 ヒトの本能ではない。心臓に寄生する、ヘルツェガヌムの本能だ。心臓付近への刺激は、寄生体が宿主の脳へと熱烈な危険信号を発する。

「防衛反応……忘れたわけではないだろう。無用心だったな、ヤト」

 やられた、と這いつくばったままヤトは歯噛みする。
 初めからノルトはこれを狙っていたのだ。ヤトにとって、ヘルツェガヌムの宿主にとって、最も致命的な弱点を。
 光の届かぬ深海の双眸が、侮蔑を帯びてヤトを見下ろす。

「キミさえいなければ、もっと楽に事は済んだというのに。まったく目障りだった……ああ、白状すると、ワタシはキミがずっと気に入らなかったよ。ヤト」
「っ、ぐ……」
「キミはただリアンの記憶を探る手段でいればよかった。だというのに、キミはリアンになろうとしていた。本物の、生前のリアンに成り代わろうと。それが不愉快で、苛立たしくて、許せなかった。リアンを冒涜する魔物が、彼のふりをするなんて……!」

 青の水底にぐるぐると激情が渦巻く。しかし、それが光に当たることも、水面に出ることも決してない。
 それ以上ヤトを詰ることも、踏みつけたり危害を加えることもせず、彼女はくるりと踵を返した。

「慈悲深き主よ、高き空にて雲に腰掛ける女神よ。憐れむのなら、安らぎの息吹を恵みたまえ——起きろ、倒れるのは任を果たしてからだ」
「うぅ……」

 手近な兵士に近づき、アーリア治癒魔術で傷を治して立たせる。
 それから首を巡らせ、壁のそばで身を縮こまらせるミアの方を向く。

「ヤトはしばらく動けない。さあ、ミアちゃんも観念することだ」
「い、いやっ……助けて」
「抵抗されれば、ワタシも魔術を使うしかなくなる。しかしミアちゃんに魔術戦の心得はないだろう。頼むから、ワタシにキミを傷つけさせないでくれ」
「ミアぁッ……! ぐっ」

 倒れたままなんとか顔を上げたヤトの視界で、ノルトが決断的に歩を進める。その先には怯え、後ずさるミア。背後には岩壁がそびえ逃げ場もない——足元の小さなくぼみに溜まった水が靴裏に踏みしだかれ、ちゃぷりと鳴った。
 彼女に抵抗のすべがないのも、ノルトの言う通りだった。ミアに使える魔術は一種のみで、それも攻撃に使える代物ではない。

(オレがなんとかしないと——ミアを守らないと!)

 身を焼く焦燥とは裏腹に、どれだけ力を入れようとしてもヤトの体はがくがくと震えるばかりだった。
 危険を察知し、身を守るはずの防衛反応だったが、それも行き過ぎればかえって体を硬直させてしまう。自由が戻るまで、前回の例から数十秒はかかるだろう。
 そして、そのことをノルトは十全に理解している。ヤトを診断し、その心臓にヘルツェガヌムが寄生していると見抜いたのは彼女だ。
 ゆえに、ノルトは倒れ伏すヤトなど一顧だにせず、ミアへと近づき、その手を伸ばす——

(くそ、動け、動け! 動けよ、オレの体……!)

 止めなくては。ミアを捕え、実験動物かなにかのように扱うなど許していいはずがない。
 ヤトはうめきながらなんとか立ち上がろうとするも、やはりうまく力が入らず、目前でミアが捕まえられるのを眺めることしかできない。

(……オレの体じゃ、なかったか)

 自在に動かせない手足に絶望を悟る。
 もとよりこの肉体は借り物。思い通りに動かそうなどと、土台身勝手な話だったのだ。
 ヤトはリアン・ムラクモではないのだから。

(……でも)

 けれど。ならばどうして、自分がリアンとは決定的に別人なのだと悟ってなお、この腕は立ち上がるのをやめようとしない?
 どうして、リアンではないはずの自分が、眼前で怯える少女を心から救いたいと思ってしまう?
 どうして、二人で洞窟を出ると約束したことを、当然のごとく命を賭して守らないといけないと感じてしまう?

(オレは、ミアを守らないと——)

 疑問に対する答えなど初めから必要ない。胸に湧く衝動のすべてが、ただの死者が抱いた感情の残滓なのだとしても、だからといってヤトにそれを棄てるすべなどないのだから。
 ミアを守る。この体はそのために存続する。
 りんと音がした。
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