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Chapter1:死骸人形と欠けた月
第二十四話:兄妹をつなぐ赤色
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「確かにヤトさんはリアン兄さまとは違います。だけどヤトさんにはわたしと同じ血が流れてて、わたしを守ってくれる。だからわたしは、ヤトさんのことも兄さまと呼ぶべきなんだって、ようやく気がついたんです」
「兄……オレを? 馬鹿なことを言うなよ、それじゃあ昨日言った通りリアンはお前の中から消えちまう!」
「いいえ、なにも、わたしの兄さまは一人じゃなかった。リアン兄さまがいて……それから、ヤトさんもいる。ただそれだけのことだったんです」
ただ一人の席ではなく。同じ肉体であろうとも。
リアンとヤトを等しく兄とする。
「出会った日にわたしは……こう呼ぶべきだったんです。——ヤト兄さま、って」
「ミア……」
それが彼女が悩み、苦しんだ末にたどり着いた答えだった。
恥ずかしさを誤魔化すように小さく笑う、ミアの姿が——妹の姿が、ヤトの視界で強くにじむ。
一筋だけ涙がこぼれる。熱く頬を流れるそれは、リアン・ムラクモではなく、まぎれもないヤトの心から生まれた感情だった。
「……いいのか? オレは、リアンじゃないのに——誰でもない、死体に取り憑いた偽物なのに。兄だなんて言っても、オレは……」
「誰でもない人なんていませんよ、ヤトさんはヤトさんです。わたしを助けてくれて、同じ血が流れてる……わたしの家族です。ヤトさんは、わたしの兄さまになってくれますか?」
ヤトの意識が一体どこから来たのか、もはや確かめるすべはない。
リアン・ムラクモの残滓なのか? 心臓に寄生するヘルツェガヌムから生まれたものなのか? それとも神が振る賽子のように、まったくの偶然にのみ由来するものなのか?
わからないからこそ、ヤトは誰になることもできなかった。
しかし今、そんなヤトを認めてくれる者がいる。兄としての立ち位置を、肯定してくれる少女がいる。
「オレは——ああ。オレは、ミアの兄だ。今から、ずっとそうだ」
嗚咽を飲み込み、またあふれてしまいそうな涙をこらえ、なるべく平静さを保った態度でそう返す。
ちょっとした見栄だ。これからは兄として、威厳というものが必要なのだから。
空には少し欠けた月。
陽の沈むこの瞬間、ヘルツェガヌムの寄生に伴って動き出した誰でもない死骸人形は、ヤト・ムラクモとしてついに己を定義した。
「はいっ。嬉しいです、ヤトさん——いえ、ヤト兄さま!」
「うおっ」
全身で喜びを表現するように、ミアが飛び込んでくる。幸い怪我は治してくれたので、幸い受け止めても傷が痛むことはなかった。……あるいは、そのために話し合う前に陰魔術の治癒を施してくれたのかもしれない。
「ミア?」
「うー……待ってください。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけこのまま……吸ってますから、今」
「あ、ああ……吸う? え? なにを?」
抱きついて離れないミア。弛緩した表情でもたれかかり、軽い体重をすべて預けてくる。
元々体の丈夫な方ではないミアにとって、今日の疲労は相当なものだろう。治癒の礼ではないが、ヤトもミアのしたいようにさせてやることにした。
軽く頭を撫でながら、ついでに乱れた髪を整える。するとミアは目を閉じ、気持ちよさそうに身を預ける。
まだ甘えたい盛りの子が、三年の間、兄のいない日々を過ごしてきたのだ。本当はもっと早くに、こうしてやる誰かが必要だったのに。
(……結局、リアンがなんであんなところで死んでたかはわからずじまい、か)
謎は謎のまま、広間も崩落し、もはや解明の機会は失われてしまった。
仕方ない、とヤトは思う。過去に固執するのはやめ、ミアとのこれからに目を向けるべきだ。
しかし——未来に希望などあるのだろうか? ノルトが最後に言い残した通り、どこまでも軍の追手が来るのなら、どんな安息もいつかは奪われてしまうのではないか?
「……先のこと、考えてますか?」
鼓動を通し、不安までも伝わってしまったのか。ミアはゆっくりと身を離し、赤い宝石の瞳でヤトを見上げる。
「まあ、な。情けない兄だが、これからどうすればいいのか……ずっと逃げ続けるしかないのか?」
「きっと大丈夫ですよ。歩き続ければいつか、落ち着ける場所へ着きます」
「そんな理想の場所が……」
「地の果てまで逃げてしまえばいいんです。追手が届かないところまで」
決して、なんら根拠のない慰めではなく。ミアにはなにか勘案があると、ここでヤトは気がついた。
「東へ向かいましょう」
「東?」
「村を出て東へ向かって、丘をいくつか越えればそのうち砂漠の端っこに出て、やがてモラニア共和国との国境があります。警備を抜けるのは簡単ではないかもしれませんが……帝国から離れられれば、身の安全は高まるはずです」
「そうか……! 帝国だって世界中見張ってるわけじゃない、よな」
それは言われてみればごく当然の話で、いくら屈強かつ強大なベイン帝国軍とて、世界全土に影響力を持つわけではない。帝国領こそ各地に配置した魔術通話機とその専属技師による独自のネットワークを持つものの、外へ出てしまえばそれまでだ。
隣国やその隣程度なら追手を差し向けるくらいはできようが、それでも帝国領の中でことを行うのとは大きくわけが違う。
「——だから、わたしもヤト兄さまを助けます。いっしょに洞窟を抜けられたんですから、今度は二人いっしょに、この国を出ましょう」
「国を……」
「だめ、ですか?」
身長差から、ヤトを見据えるミアは自然と少し上目になる。昨夜見つめられた時と同じで、ヤトの答えなど自明だった。
兄と呼んでくれるのなら、この身はどんな危険の中へも飛び込んでゆけるだろう。
「行こう。誰が追いかけてきても、オレが絶対に守ってやる」
兄妹で助け合えば、きっと不可能なことなどないはずだから。
「はい!」
血の秘密を知り、軍がそう易々と諦めるはずもない。前途は多難で、理想は遠い。
そのうえで二人は、先に待つ幸福を信じて歩む、過酷な道程を選び取る。
苦境にあってなお爛漫な少女の笑みを、柔らかな月光が照らす。
十六夜だけが、兄妹の門出を祝福していた。
*
「お、今夜は綺麗な満月じゃないか。気づかなかったなぁ」
兄妹が一度屋敷に戻り、疲労した体に鞭打って急ぎの旅支度をしている頃。
そのはるか東、モラニア共和国との国境付近に設けられた帝国の駐屯地にて、兵舎かなにかだろうか、石造りの小高い建物の屋根から騒乱を見下ろす二つの影があった。
騒乱は火によって起きていた。
駐屯地には軍の人間のみならず、彼らを相手に売買をする商人たちも数多く訪れる。そんな彼らのテントや荷車が、今まさに炎に包まれている。
「——いいや。よく見てみなよ、今夜の月は少し欠けている。満月だったのは昨夜だね」
夜空を見上げずもせず答えたのは、仕立ててから日が浅いと思しき、ほつれや汚れのない清潔な服をまとうパンツルックの少女だった。その目線は眼下の火と、そこで商品に燃え移るのを止めるべく半狂乱になりながら炎の中へ飛び込もうとする商人、その無謀な試みを留まらせるため集う周囲の者たち——要は混乱の端々へ注がれていた。
まるで、どんな出来事も見逃すまいとするように。
ばちばち。ばちばち。
音を立てて激しく燃え盛り、きらめく火の色が、少女の瞳を赤に染める。
「む……本当だ。なんだ、損した気分」
「損ということもないだろう。これはこれで、また風情があるものさ」
「ハッ、気取り屋め。あたしはあいにく、そんな風には思えないな……欠落は埋められるべきだ。ほんの些細な違いだろうと、欠けた以上は価値がない」
「きみはそういうタイプだったね、テオ」
テオと呼ばれた女は、少女よりもいくらか年上のようだった。ややボサついた藍色の髪を後ろでまとめ、眼下の騒ぎなど興味がないと言うように、月の昇る夜空へ視線を彷徨わせている。
夜闇より黒いその衣服は、このような国境の駐屯地には似つかわしくない、はるか遠いポラリス魔術学院の制服だった。
「反りが合わなくて悪いな。あたしをパートナーにしたこと、後悔したか?」
「まさか。妥協を認めないきみの美学を、僕は尊重するよ」
「ふん……まあ、いい。そんで、これからどーするつもりだ? あたしの目的はおおむね達成できたわけだが、学友のよしみだ。きりのいいところまでは付き合ってやるよ」
「いいのかい? 安全は保証できないけれど」
「今さらだろ、そんなの。それにあたしも興味あるしな、お前がさんざん言ってた子のこと」
「そっか——」
少女はふっと微笑を浮かべた。知性や気品を感じさせるような、特異な笑みだった。
ちぐはぐな笑み、と言ってもいいかもしれない。なにせ顔立ち自体は年齢的な幼さを有しているのに、その表情にはどこまでも達観した、人間的に成熟した精神が表れている。
それから少女はようやく眼下の火から視線を移し、テオと呼んだそばに立つ女を見る。
その拍子に、少女の長い髪がなびく——夜闇の黒や地上の火の赤を吸い込んで塗りつぶしてしまうような、不自然なほどに白い髪が。
「——そうだね、次はどうしようか。なにせあっちもタイミングがわからないから……うーん、魔術通話機が使えたら、こういう時にすっごく便利なんだろうなぁ」
考え込みながら、自然な仕草で首に手を当てる。
そして、手に力を入れ——
ぽきり。
「そうだ、集落まで戻ろう」
関節の鳴る、小気味よい音が響いた。
「でも今からだと着いた時に目立つから、近くで適当に夜を明かしたあと、荷物が燃えて帰っていく商人たちにまぎれてしまおうか」
地を舐める猛火。
そこから目を離してもなお、少女の瞳は鮮血のように赤い。
月光を透かす髪と肌は白く。幼さから乖離した知性の落ち着きを携え、整った目鼻立ちは人の美を解する誰かが作為的に配置したかのよう。
少女はまるで人形だった。死体の肌にほど近い、真っ白な人形。
「へえ? 自分で火を点けておいて、泣く泣く商売のできなくなった商人たちにまぎれる……か。中々いい案じゃないの。お利口さんのリアンにしては、なぁ?」
「お褒めに預かり光栄だよ、今からミアに会わせるのが楽しみだ。優しいきみは、きっと妹と気が合うに違いない」
「ハハ」
「ふふ」
炎の熱を孕んだ風が吹き、少女の肌を撫で付ける。
人のものとは思えないその肌にも、血は確かに通っていた。
Chapter1:『死骸人形と欠けた月』 了
Chapter2:『死骸人形の逃避行』 へ続く
(ご愛読ありがとうございました。次回の更新は未定です)
「兄……オレを? 馬鹿なことを言うなよ、それじゃあ昨日言った通りリアンはお前の中から消えちまう!」
「いいえ、なにも、わたしの兄さまは一人じゃなかった。リアン兄さまがいて……それから、ヤトさんもいる。ただそれだけのことだったんです」
ただ一人の席ではなく。同じ肉体であろうとも。
リアンとヤトを等しく兄とする。
「出会った日にわたしは……こう呼ぶべきだったんです。——ヤト兄さま、って」
「ミア……」
それが彼女が悩み、苦しんだ末にたどり着いた答えだった。
恥ずかしさを誤魔化すように小さく笑う、ミアの姿が——妹の姿が、ヤトの視界で強くにじむ。
一筋だけ涙がこぼれる。熱く頬を流れるそれは、リアン・ムラクモではなく、まぎれもないヤトの心から生まれた感情だった。
「……いいのか? オレは、リアンじゃないのに——誰でもない、死体に取り憑いた偽物なのに。兄だなんて言っても、オレは……」
「誰でもない人なんていませんよ、ヤトさんはヤトさんです。わたしを助けてくれて、同じ血が流れてる……わたしの家族です。ヤトさんは、わたしの兄さまになってくれますか?」
ヤトの意識が一体どこから来たのか、もはや確かめるすべはない。
リアン・ムラクモの残滓なのか? 心臓に寄生するヘルツェガヌムから生まれたものなのか? それとも神が振る賽子のように、まったくの偶然にのみ由来するものなのか?
わからないからこそ、ヤトは誰になることもできなかった。
しかし今、そんなヤトを認めてくれる者がいる。兄としての立ち位置を、肯定してくれる少女がいる。
「オレは——ああ。オレは、ミアの兄だ。今から、ずっとそうだ」
嗚咽を飲み込み、またあふれてしまいそうな涙をこらえ、なるべく平静さを保った態度でそう返す。
ちょっとした見栄だ。これからは兄として、威厳というものが必要なのだから。
空には少し欠けた月。
陽の沈むこの瞬間、ヘルツェガヌムの寄生に伴って動き出した誰でもない死骸人形は、ヤト・ムラクモとしてついに己を定義した。
「はいっ。嬉しいです、ヤトさん——いえ、ヤト兄さま!」
「うおっ」
全身で喜びを表現するように、ミアが飛び込んでくる。幸い怪我は治してくれたので、幸い受け止めても傷が痛むことはなかった。……あるいは、そのために話し合う前に陰魔術の治癒を施してくれたのかもしれない。
「ミア?」
「うー……待ってください。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけこのまま……吸ってますから、今」
「あ、ああ……吸う? え? なにを?」
抱きついて離れないミア。弛緩した表情でもたれかかり、軽い体重をすべて預けてくる。
元々体の丈夫な方ではないミアにとって、今日の疲労は相当なものだろう。治癒の礼ではないが、ヤトもミアのしたいようにさせてやることにした。
軽く頭を撫でながら、ついでに乱れた髪を整える。するとミアは目を閉じ、気持ちよさそうに身を預ける。
まだ甘えたい盛りの子が、三年の間、兄のいない日々を過ごしてきたのだ。本当はもっと早くに、こうしてやる誰かが必要だったのに。
(……結局、リアンがなんであんなところで死んでたかはわからずじまい、か)
謎は謎のまま、広間も崩落し、もはや解明の機会は失われてしまった。
仕方ない、とヤトは思う。過去に固執するのはやめ、ミアとのこれからに目を向けるべきだ。
しかし——未来に希望などあるのだろうか? ノルトが最後に言い残した通り、どこまでも軍の追手が来るのなら、どんな安息もいつかは奪われてしまうのではないか?
「……先のこと、考えてますか?」
鼓動を通し、不安までも伝わってしまったのか。ミアはゆっくりと身を離し、赤い宝石の瞳でヤトを見上げる。
「まあ、な。情けない兄だが、これからどうすればいいのか……ずっと逃げ続けるしかないのか?」
「きっと大丈夫ですよ。歩き続ければいつか、落ち着ける場所へ着きます」
「そんな理想の場所が……」
「地の果てまで逃げてしまえばいいんです。追手が届かないところまで」
決して、なんら根拠のない慰めではなく。ミアにはなにか勘案があると、ここでヤトは気がついた。
「東へ向かいましょう」
「東?」
「村を出て東へ向かって、丘をいくつか越えればそのうち砂漠の端っこに出て、やがてモラニア共和国との国境があります。警備を抜けるのは簡単ではないかもしれませんが……帝国から離れられれば、身の安全は高まるはずです」
「そうか……! 帝国だって世界中見張ってるわけじゃない、よな」
それは言われてみればごく当然の話で、いくら屈強かつ強大なベイン帝国軍とて、世界全土に影響力を持つわけではない。帝国領こそ各地に配置した魔術通話機とその専属技師による独自のネットワークを持つものの、外へ出てしまえばそれまでだ。
隣国やその隣程度なら追手を差し向けるくらいはできようが、それでも帝国領の中でことを行うのとは大きくわけが違う。
「——だから、わたしもヤト兄さまを助けます。いっしょに洞窟を抜けられたんですから、今度は二人いっしょに、この国を出ましょう」
「国を……」
「だめ、ですか?」
身長差から、ヤトを見据えるミアは自然と少し上目になる。昨夜見つめられた時と同じで、ヤトの答えなど自明だった。
兄と呼んでくれるのなら、この身はどんな危険の中へも飛び込んでゆけるだろう。
「行こう。誰が追いかけてきても、オレが絶対に守ってやる」
兄妹で助け合えば、きっと不可能なことなどないはずだから。
「はい!」
血の秘密を知り、軍がそう易々と諦めるはずもない。前途は多難で、理想は遠い。
そのうえで二人は、先に待つ幸福を信じて歩む、過酷な道程を選び取る。
苦境にあってなお爛漫な少女の笑みを、柔らかな月光が照らす。
十六夜だけが、兄妹の門出を祝福していた。
*
「お、今夜は綺麗な満月じゃないか。気づかなかったなぁ」
兄妹が一度屋敷に戻り、疲労した体に鞭打って急ぎの旅支度をしている頃。
そのはるか東、モラニア共和国との国境付近に設けられた帝国の駐屯地にて、兵舎かなにかだろうか、石造りの小高い建物の屋根から騒乱を見下ろす二つの影があった。
騒乱は火によって起きていた。
駐屯地には軍の人間のみならず、彼らを相手に売買をする商人たちも数多く訪れる。そんな彼らのテントや荷車が、今まさに炎に包まれている。
「——いいや。よく見てみなよ、今夜の月は少し欠けている。満月だったのは昨夜だね」
夜空を見上げずもせず答えたのは、仕立ててから日が浅いと思しき、ほつれや汚れのない清潔な服をまとうパンツルックの少女だった。その目線は眼下の火と、そこで商品に燃え移るのを止めるべく半狂乱になりながら炎の中へ飛び込もうとする商人、その無謀な試みを留まらせるため集う周囲の者たち——要は混乱の端々へ注がれていた。
まるで、どんな出来事も見逃すまいとするように。
ばちばち。ばちばち。
音を立てて激しく燃え盛り、きらめく火の色が、少女の瞳を赤に染める。
「む……本当だ。なんだ、損した気分」
「損ということもないだろう。これはこれで、また風情があるものさ」
「ハッ、気取り屋め。あたしはあいにく、そんな風には思えないな……欠落は埋められるべきだ。ほんの些細な違いだろうと、欠けた以上は価値がない」
「きみはそういうタイプだったね、テオ」
テオと呼ばれた女は、少女よりもいくらか年上のようだった。ややボサついた藍色の髪を後ろでまとめ、眼下の騒ぎなど興味がないと言うように、月の昇る夜空へ視線を彷徨わせている。
夜闇より黒いその衣服は、このような国境の駐屯地には似つかわしくない、はるか遠いポラリス魔術学院の制服だった。
「反りが合わなくて悪いな。あたしをパートナーにしたこと、後悔したか?」
「まさか。妥協を認めないきみの美学を、僕は尊重するよ」
「ふん……まあ、いい。そんで、これからどーするつもりだ? あたしの目的はおおむね達成できたわけだが、学友のよしみだ。きりのいいところまでは付き合ってやるよ」
「いいのかい? 安全は保証できないけれど」
「今さらだろ、そんなの。それにあたしも興味あるしな、お前がさんざん言ってた子のこと」
「そっか——」
少女はふっと微笑を浮かべた。知性や気品を感じさせるような、特異な笑みだった。
ちぐはぐな笑み、と言ってもいいかもしれない。なにせ顔立ち自体は年齢的な幼さを有しているのに、その表情にはどこまでも達観した、人間的に成熟した精神が表れている。
それから少女はようやく眼下の火から視線を移し、テオと呼んだそばに立つ女を見る。
その拍子に、少女の長い髪がなびく——夜闇の黒や地上の火の赤を吸い込んで塗りつぶしてしまうような、不自然なほどに白い髪が。
「——そうだね、次はどうしようか。なにせあっちもタイミングがわからないから……うーん、魔術通話機が使えたら、こういう時にすっごく便利なんだろうなぁ」
考え込みながら、自然な仕草で首に手を当てる。
そして、手に力を入れ——
ぽきり。
「そうだ、集落まで戻ろう」
関節の鳴る、小気味よい音が響いた。
「でも今からだと着いた時に目立つから、近くで適当に夜を明かしたあと、荷物が燃えて帰っていく商人たちにまぎれてしまおうか」
地を舐める猛火。
そこから目を離してもなお、少女の瞳は鮮血のように赤い。
月光を透かす髪と肌は白く。幼さから乖離した知性の落ち着きを携え、整った目鼻立ちは人の美を解する誰かが作為的に配置したかのよう。
少女はまるで人形だった。死体の肌にほど近い、真っ白な人形。
「へえ? 自分で火を点けておいて、泣く泣く商売のできなくなった商人たちにまぎれる……か。中々いい案じゃないの。お利口さんのリアンにしては、なぁ?」
「お褒めに預かり光栄だよ、今からミアに会わせるのが楽しみだ。優しいきみは、きっと妹と気が合うに違いない」
「ハハ」
「ふふ」
炎の熱を孕んだ風が吹き、少女の肌を撫で付ける。
人のものとは思えないその肌にも、血は確かに通っていた。
Chapter1:『死骸人形と欠けた月』 了
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(ご愛読ありがとうございました。次回の更新は未定です)
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