メタボの猿たちを嘲笑った私は社畜だった

kudamonokozou

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メタボの猿たちを嘲笑った私は社畜だった

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『メタボもここまで行くと、洒落にならんな。』
私は、そのメタボの腹を苦々しく見つめていた。

私の腹のことでは無い。猿の腹のことである。

子ザルは流石にそんなことはないが、大人の猿はメタボ腹が多い。
猿のメタボ腹は、出すぎているなんてものじゃなかった。
ひどいのになると、四つん這いで歩いているときは、まるで腹を引きずってるようだ。

ここは市が運営している公園であり、誰でも使える広場や施設、安価で使えるテニスコート、野球場、体育館、プールなど、なかなかの設備を有している。
その公園の広場の一角に、なぜかしら猿山が存在しているのである。

猿山は周りを水の溜まった堀で囲まれ、猿が逃げられないようにしている。
コンクリートで作られた小さな孤島に、猿たちは押し込められているのである。

その堀の外側の塀の回りを、人間たちが取り囲んで、おもしろおかしく猿たちを見物しているのだ。

そして、この猿たちが見苦しいくらいにメタボな理由は、一目瞭然であった。

一つは、猿山が小さいために、猿たちの行動範囲が狭く運動不足であることと、もう一つは、人間たちが猿にむやみやたらに餌を与えることである。

特に、二番目の理由が大きいであろう。

この人間たちはどういう了見で、猿に餌を与えるのであろうか。
当然看板には、『猿に餌を与えないでください』と、書いてある。

しかし人間どもは、そんなの無視だ。
たまたま手に持っていた菓子や果物を与える者もいるが、どこかからか用意してきた食料を、大量に投げ込む男もいた。

堀には、人間が投げ込んだ食べ物がたくさん浮かんでいる。
水も汚れている。

どういう了見だ?
常識のある人なら、それが猿にとって有害であることはすぐに分かるだろう。
こういった輩は、自分が餌を与えていることで、猿に対する優位性を保っているつもりなのだろうか。

ところで、いくら地方都市と言っても、こんな郊外の公園の一角にポツンと猿の一団が住んでいるのは、あまりにも不自然であった。

私は十数年前に、同じ県内からこの市に引っ越してきたのだが、今になって調べてみる気になった。

調べてみると、この一帯は、かつては結構栄えた観光地であったらしい。
今ではその面影は無いが、かつては海水浴客で賑わう海岸が有名で、それに隣接する娯楽施設として水族館が建設されたのだ。
その水族館の付属施設として、猿山が造られたのだった。
当時は、ラクダもいたとのことだ。
なんと、明治時代のことである。

かなり規模の大きい水族館だったようだが、戦後の臨海工業地帯造成により海水浴場が無くなり、それに伴って水族館も閉鎖された。
しかしながら、なぜかしら猿山だけは残ったのである。

そういう訳で、市民の憩いの場の公園に、ぽつんと猿山が存在しているのである。

それにしても、明治から続いていたとは、なんと歴史のある猿山だったのである。
戦時中も、空襲に耐え忍んで、ここの猿たちは生き続けたのである。
優に百年以上、この猿山の猿たちはこの狭い孤島で、子孫を作り暮らし続けてきたのだ。
彼らは何を見たのだろうか。

そう思うと、感慨深いものを感じる。

それにしても、この猿たちのメタボ腹は惨めである。

もちろん、それが猿のせいだとは思わない。
こんな環境にしてしまっている、人間と言う霊長類の長が悪いのである。

自宅からこの公園まで歩いていける範囲なので、私は時々気晴らしのためにここにやってくるのだった。
そして散策したり、遊んでいる人たちを眺めたり、猿を見物して、『今日は運動になった。』と、ささやかに満足しているだけの人間である。



そんな私だが、とうとう猿とお別れをする日がやって来た。

私はつい最近また転職して、しばらくして東京へ長期出張になったのである。

いや、今までにも、東京と地方とで住処を行ったり来たりしたことは、一度や二度では無かった。

だが今回は、もう東京に住むことになるのかなという予感があった。

苦心して地方で就職しても、仕事は何だかんだ言って、結局は東京になってしまう。
やはり、東京で仕事を続けることが収入面では安定するのかなと、思うようになっていた。

長期出張の最初の頃は、ホテル住まいだった。
会社の社宅がもうすぐ空くから、しばらくはホテル住まいをしてくれということだった。

『東京でホテルを予約するのは大変だから、早く押さえておかないといけない。』
『特に、東京オリンピックの時は、ホテルはまず取れない。』

そう聞かされていたので、私は1カ月くらい先の予約を押さえながら仕事をしていた。
やはり東京は凄いところで、すぐにホテルが満杯になってしまうので、あちこち探さないと、近くに確保できない場合があった。
人の出入りが激しい。
そしてホテルの予約も手間がかかる。
土日は地元に戻っていたので、結構忙しくて面倒だった。

ところが、ある日突然、事態が一変した。

中国の武漢で発生したと言われる熱病が猛威を振るって、海外からの客が激変したのである。

しかしながら私は、職場とホテルの往復の生活であったため、そのホテルの予約状況が変わったことを知らなかった。

そして突然会社から、『なんでそんな高いホテルに予約してるんだ。』と、いきなり恫喝口調の電話がかかってきた。
こちらは、一カ月先のホテルの予約で四苦八苦しているのに、なんという言い草だろう、と腹が立った。

調べてみると、確かにホテルの予約がガラガラになってしまっており、価格も安くなっていた。
それで今までの予約をキャンセルして、安い価格で取り直した。

ニュースを見ると、海外、特に米国では、その熱病が凄まじい勢いで、多くの人が亡くなっているという。
あたかも世紀末の様相だった。
「SARS」の時は、日本はほとんど影響が無かったと思うが、今回は違った。

ちょうどその頃、会社が社宅にしているアパートが空いたと言うので、そこに住むようになった。
ホテルの予約作業から解放されたのは、良かった。

通勤は楽であった。
なぜなら、通勤する人が減ったので、電車が混まなくなったからだ。

世の中が変わった。

昔体験したことのある、東京の通勤ラッシュは地獄だった。
最初の東京転勤での通勤ラッシュに耐えかねて転職をし、地方に戻ったのが転職人生の始まりだったが、癖になったように何度も転職を重ねてしまうことになり、地方と東京との行ったり来たりで、今回も結局東京が仕事場となった。

しかし今回の東京勤務は、様変わりしたのだ。
あの熱病のせいである...

ほどなく、テレワークと言う勤務形態に変わった。通勤すらしなくなったのだ。
慌てて、通勤用定期の解約を申し込んだが、熱病のせいで、解約料を取られなかった。

しかしこのテレワークが曲者で、なかなかネットが繋がらなかった。ユーザー側の回線容量不足のせいだった。
それで、割り当て時間を半分に切られたが、常にオンラインでないと仕事のできない者にとっては、仕事が半分しかできないと言うことになる。
それでいて納期は守らなければいけないと言う。
『ネットに繋がらない間は紙の資料で仕事をすればよい。』と、真顔で言う上司がいたが、『お前はアホか。』と、本気で思った。

やがてユーザーが回線容量を増やして事態は改善されたが、人間とはアホなことを平気で言うものだとつくずく感じた。
日本の管理職と言うのは、思考停止しながら口は動かすと言う、不思議な生き物だ。

世の中では、「緊急事態宣言」なるものが出され、買い物がパニックになった。
ある一部の商品が棚から消えた。
特に、トイレットペーパーは必需品なのに、一時期どこの店を探しても品切れ状態になった。

トイレットペーパーはマスクと違って、100パーセント国産なので、国内流通がスムーズに行けば、十分に行き渡るはずだったが、流通が滞った悪い事態が一定時期間じてしまった。
これは一部の人間の、買占めが原因だということが後になって分かった。酷い話である。
こういう非常事態に付け込んで、他人が困っていることを利用して儲けようと言う、意地汚い奴らの仕業だった。

本当に人間は、愚かな生き物だ。

『コ〇ナ警察』なるものが発生し、日本社会も険悪になった。

東京オリンピックも色々すったもんだした挙句、結局延期となった。

世の中が、あの熱病に引っ掻き回された。

そんな東京生活を送っていた私だが、突然、人生の分かれ目となる人生最悪とも言える事態に、遭遇することになってしまった。

長年のストレスの蓄積と、下請けと言う不利な立場で理不尽な扱いを受けてしまったために、突然大病を患い、緊急で手術を受けることになり、入院する羽目になったのである。

1カ月間、東京の大病院に入院していたが、その後、地元のリハビリ病院に転院することになった。

『ああ、また戻って来たか。』と、何とも言えない思いだった。

2カ月間、リハビリ病院に入院して、現場復帰を目指そうと思ったが、この短期間では体調不良は治らなかった。

世の中、テレワークが当たり前になり、地方にいて東京の仕事ができるようになったのだが、最初は何とかごまかせても、仕事がきつくなると、とてもついていけなかった。

直近に属していた会社の勤務期間が短かったために、3カ月で傷病手当が切れてしまったが、そのため無理して早急に復帰したのがまずかったのかもしれない。

結局私は、リタイアしてしまった。

こう振り返ってみると、私の社会人生活は、社畜だったと思う。

転職するたびに、次は長く勤めようとして、会社の思いに応えようと振る舞う結果、会社の奴隷と化す生活を続けてしまっていたのだ。
そして結果的には、長くても数年、悪ければ数カ月の勤務期間でしかなかった。
プロジェクト単位の仕事だったため、プロジェクトが終焉すると、ワーカーは切られてしまうのだ。

一度しかない人生だったが、今となっては、つまらない人生に思えて仕方がない。

無理して残業したり、他人に気を使ってストレスをため込んだ結果が、このざまだ。



退院した私は、久しぶりに猿山のある公園に、歩いて行った。

猿山は無くなっていた。

猿山は無くなっていたが、猿たちは健在で、大きくて立派なケージが猿の住処に変わっていた。

そこはサル用のアスレチックとでも言うか、猿が十分に運動ができる施設へと様変わりしていたのである。
ケージの回りには、柵が囲ってある。人間の安全のためであろう。

そして、メタボの猿は一匹もいなかった。
皆、軽快に動き回っている。
幸せそうに見えた。
人間が余計なことをしなくなったおかげで、猿のメタボが解消されたのだ。

それに引き換え自分はどうであろう。
社畜として長時間労働をした結果、体を壊してしまい、もう元気は戻らないようである。

かつては、メタボ腹の猿を哀れと見下していた自分の方が、よっぽど哀れではないだろうか。

それにここの猿たちは、労せずして餌をもらえる。
飼育員たちが、猿の健康を考えて餌を与えてくれる。
ケージのおかげで、むやみに餌を与える不届き者も皆無である。

私が年金を貰えるまでには、まだ間がある。預金も少ない。
失業期間もチョコチョコあるし、年金免除の期間もあるので、もらえる金額は随分少ない。
これから、どうしようか...

「お前たちは、幸せだな!」

猿を見ていた回りの子供たちが、不思議そうな顔をして私の顔を見つめていた。

しまった!
ずっと独り言を喋っていたつもりが、つい人前でいきなり大きな声を発してしまったのだ。

ばつが悪くなった私は、今までにしたことのないような、奇妙な動作でごまかしながらその場を離れ、自宅へと戻って行った。
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