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invitation

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「皆、揃ったか」
 奥の事務室から蒼汰が出てくると、子供達が片手を挙げて「ハロー!」と叫んだ。蒼汰も何かの仮装をするのかと思ったが、シャツとジーンズという普段着のままだ。
「hello everyone,sitdown,please!」
 普段の授業と違って今日は机がない。無造作に置かれている椅子に子供達がおのおの腰かけ、武虎も黙ったまま近くの椅子に座った。
「皆すごいな、思ってたよりカッコいいし、可愛い。ドラキュラもウィッチもゴーストも、これだけ揃えば悪いモンスターも逃げるだろうな」
 出欠を取った後で、蒼汰が俺を前に呼んだ。
「今日は武虎のお兄さんの翼くんが手伝いに来てくれたんだ。皆にクッキー作ってくれたから、帰る時にもらうように。ちゃんとお礼言うんだぞ。サンキュー、翼」
「サンキューつばさ!」
 俺は頭をかいて笑いながら、奥の方で俯いている武虎に目をやった。
 まさかこんな展開になるなんて想像もしていなかった。ミイラが否定されるということは、何を置いてもそれを選んだ武虎の個性が否定されたのも同然だ。何とかして元気付けないと、ハロウィンが武虎のトラウマになってしまう。
「俊介がドラキュラで、莉々菜が黒猫で、……お、武虎はミイラか。かっこいいじゃん」
 教壇に手をついて身を乗り出し、蒼汰が言った。
「皆、ミイラがどういうモンスターなのか知ってるか?」
「ケガして死んだ人!」
「はずれ」
「体中から血が出て、包帯巻いてる人!」
「それもはずれ」
 蒼汰が首を振り、腕を組んで笑う。
「正解は、昔の外国の偉い王様だ。その国ではな、死んだ人に包帯を巻いて寝かせることで、死んだ後もまた生き返るっていう伝説があったんだ。ただし生き返らせることができるのは王様だけで、ミイラになれるのは、本当に偉い特別な王様だけだったんだぞ」
 へえ、と子供達が目を丸くさせ、武虎を振り返った。武虎の頬も赤くなっている。
「だから先生は武虎の服、すごいカッコいいと思う。武虎は伝説通り蘇った王様だな」
 たちまち子供達が──取り分け男の子達が目を輝かせ、武虎に向かって「すげえ!」「カッコいい!」と称賛の言葉を浴びせ始めた。武虎の顔がみるみる嬉しそうになる。武虎自身、知らなかったのだ。自分の衣装が王様を表しているなどということは。
「でも、死んだ王様なんて怖い」
 先ほどの生意気な黒猫少女が、腕組みをしてツンとそっぽを向く。蒼汰はそんな彼女を見てにこにこと笑いながら、背後に用意していた「アレ」を取り出した。
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