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シュヴァルツ・シュテルン《ゲルハルト・アベル》

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「だ、駄目だ駄目だ! アクセル、私はそんなこと許さないぞ!」
 既に場所はクラブからファルター邸へと変わっている。俺とフォーゲルは客間のソファに座ったまま、目の前で繰り広げられる「親子喧嘩」を眺めていた。
「ファルターさん。別に俺はコイツに抱かれるくらい、どうってことないと思ってる。こんなんで母さん達を殺した連中を突き止められるなら安いモンだ」
「いつも言ってるだろう、アクセル。私はお前には幸せになってもらいたいんだ。こんな男に息子を差し出すなど、何のために私が今までお前を大事にしてきたと思ってる」
「……仕事を依頼する相手を『こんな男』呼ばわりかい」
 俺の突っ込みも二人には届いていない。隣のフォーゲルだけが「妥当だろう」と軽蔑の眼差しを寄越してきた。
「ゲルハルト、お前はファルターさんの話を聞いて心が痛まないのか? 気に入った相手を抱けるなら他のことはどうでもいいのか」
「どぉーでもいいね!」
 ソファの背もたれに思い切り寄りかかり、腕組をする。
「俺にとっては酒とセックスだけがこの世の全てだ。他のことなんて気にしてたら何にもできねえよ。フォーゲルだって生き甲斐ってモンがあるだろ、言ってみろ」
「俺は仕事終わりの一服ができればそれで満足だ」
「はあ? 本当につまんねえなお前は。そんなだから童貞なんだぞ。硬派と童貞は比例しねえからな、無欲こそ人生最大の罪だ」
「強欲の方が罪だろう、どう考えても。いや、お前の場合は色欲か、……」
「フォーゲルちゃんまさかオナニーもしたことねえのか?」
「そ、それくらいはあるっ!」
 俺とフォーゲル、そしてファルターとアクセルの言い合いはそれから一時間近く続いたかもしれない。
 振り子時計が三回鳴ったところで、ようやくファルターが結論を出した。
「……息子の意思は固いようだ。……これもまた、この街では避けて通れない道なのか」
「そんな大袈裟に考えるモンでもねえだろ。ひでえことはしねえよ、安心しろ」
「………」
 無言で客間を出たアクセルの後に俺だけが続き、部屋を移動する。かなり古い屋敷らしいが、廊下は壁も床も掃除が行き届いていて美しい。
 俺は美しいものが好きだ。
 そうして通されたアクセルの寝室もまた美しかった。ベッドとソファがあるだけの簡素な部屋だが、それが却って気に入った。ほとんど寝るためだけにしか使っていない部屋なのだろう。アクセルは自分の部屋で過ごすより、ファルターと家族としての時間を持つ方を優先している──そんなことを思わせる部屋だった。
「………」
 ベッドに腰掛け、目の前で服を脱ぐアクセルを見つめる。クラブで着ていた半裸の衣装も良かったが、やはり脱ぐ工程を楽しむのもセックスの醍醐味だ。
「手が震えてんぞ、アクセルちゃん」
「……うるせえ」
 下着だけを穿いた状態のアクセルがベッドに上がり、仰向けになって投げやりに言った。
「こんなクソどうでもいいこと、さっさと終わらせろよ」
「強気に出られると興奮するね」
「変態」
 服を着たままアクセルの上に身を倒し、白い首に唇を寄せる。
「ん、っく……」
 弾くようなキスを繰り返すたびにアクセルが声を漏らした。必死で歯を食いしばっているらしいが、それもまたスパイスに過ぎない。小刻みに体は震え、きつく閉じた目尻には涙が浮かんでいる。
「……なあ、おい。目を開けろアクセル」
「い、……嫌だ」
「恐怖を受け入れるには正体を見据えるしかねえ。目を開けて俺を見ろ、アクセル」
「………」
 うっすらと開いた目蓋の間で揺れる青い瞳。俺は上体を起こしてアクセルの腕を掴み、同じように彼の体を起こさせた。
 向かい合い、上気したアクセルの頬を軽く指先で擦る。
「覚悟してんのは分かるし、本気なのも伝わったけどよ。そんなビビられると萎えるんだけど」
「だ、って……、こういうの俺、したことねえし……! アンタのことだってよく知らねえのに……」
「お前未経験なのか。その見た目で」
「わ、悪いかよ」
 フォーゲルといいコイツといい、最近の獄界はそれが流行っているのだろうか……理解できない。
 アクセルが語気を荒げて言った。
「ていうか、そんなことどうでもいいだろ。くだらねえ話してねえで早く終わらせろよ」
「強がるなって、怖いならそう言ってくれりゃ俺も考えるし」
「怖くなんかない!」
 俺の手を払い除けたアクセルが吐き捨てる。
「俺は絶対に母さん達の仇をとるんだ! そのためなら死んだって構わねえ。プライドなんかとっくに捨ててるからこそ、よく知りもしないアンタ達に協力を依頼したんだ。どんな手を使ってでも俺はやり遂げる。母さん達の魂のために、絶対、絶対に!」
「………」
「な、何だよその目は」
 どういう訳かアクセルを見ていると、哀れみとはまた違う、むしろ愛おしささえ覚えるような形容しがたい感情が湧き上がってくる。
 内心怖いくせに、少し触れただけでブルブル震えていたくせに、こうして少し引くとぎゃんぎゃん吠えて突っかかってくる。
 そうだ、これは犬だ。野良犬に対する哀れみと愛おしさ、この感情はそれに似ている。
「……ちょっ、何だよ、頭触んな!」
「わははは」
「笑うなボケ!」
 俺はひとしきりアクセルの頭を撫で回してから、ベッドを降りて散らばっていた服を彼に放った。
「え……?」
「着ろよ、オッサンの所に戻るぞ」
 ドアに向かう俺の後を慌てて追ってくるアクセル。その細かい動きも面白可笑しい。
「どういうことだよ? お、お前まさか依頼を断るつもりか」
「いいや、受けると言ったからには約束は守るぜ。前金としてお前を抱くつもりだったけど、今ヤるのは勿体ねえなと思ってさ」
「……勿体ないって?」
 廊下を歩きながらアクセルを振り返り、ニッと歯を見せて笑う。
「いつ、どこで、どうやってヤるかは俺が決める。その時には拒否権はないと思え」
「………」
 例えるなら高級料理を特別な日に食うような感覚で、俺はじっくりと待つ。機が熟すのを、一番美味く食えるであろうシチュエーションを、極上の快楽を得られるその時を、舌なめずりして待ち続ける。
 アクセルは不安げな、だけど少しホッとした顔で俺の後ろを歩いている。
「……わっ! 何すんだてめえ!」
 取り敢えずムラムラしたからアクセルの尻を揉んでみたが、逆に尻を蹴られて床に突っ伏すはめになった。亜人の癖にやりやがる。


 戻った客間ではフォーゲルが窓際で煙草を吸い、ファルターがソファの上で貧乏揺すりをしていた。
「お、……随分早かったな」
「アクセル! だ、大丈夫か? 怪我してないか!」
 駆け寄ってきたファルターが俺をおしのけアクセルを抱きしめる。その姿に、俺達に始め見せていた紳士らしさは少しも残っていなかった。
「何もしてねえよオッサン、安心しろ」
「ほ、本当だろうな。本当に何もされてないかアクセル」
「ああ、大丈夫だけど、……」
 アクセルがちらと俺を見たので、一応人差し指をたてて口止めしておいた。またファルターに騒がれても面倒だと思ったからだ。
「どういうことだゲルハルト。お前にしては珍しすぎる展開だな」
「フォーゲルちゃんまで何を疑ってんだよ。俺だって哀れな仔犬ちゃんを無理矢理押し倒す趣味はねえんだぜ」
 どっかりとソファに腰を下ろし、煙草を咥えて脚を組む。
「それじゃ、作戦会議だ」
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