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シュヴァルツ・シュテルン《フォーゲル・ミュート》

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 車に戻るなり、ゲルハルトとアクセルから同時に頭を叩かれた。
「やりすぎだ阿呆、失神させろなんて誰が言った」
「そ、そう言われても加減なんて知らないしだな」
「ファルターさんの金で罰金なんか払わされてるし」
「それはすまなかった……」
 しかし得るものもあった。
 エア・バイクのチームから聞き出した雇い主のフィデリオのこと、そしてリヒトから聞いた、フィデリオがアクセルの親を殺したらしいこと。
 フィデリオ・ヘス──コルネリオ一派の中堅か、それより少し下の位置にあるチーム・フィデリオのリーダー。直接手を下していないにしても、この男が取り敢えずのターゲットと考えても良いだろう。
「フィデリオは週末と月末、あの店に来る。行きに待ち構えるか、帰りに尾行してアジトを叩くかだな」
「簡単に言うけど、そう上手く行くモンでもないんじゃないの。護衛だって大勢いるだろうし……」
 アクセルが口を尖らせた。
「関係ねえよ、手段は選ばねえ。必ずお前の親の仇は討たせてやる」
「ゲルハルト……」
 そうなのだ。ゲルハルトは口が悪くて欲望に忠実でエロいから勘違いされやすいが、仲間と認めた者に対して、守ると決めた物に対しては俺なんかよりずっと男を貫く。俺は今まで、そしてこれからの出会いの中でこれほど頼もしいと思う男は二度と現れないとさえ思っているのだ。
「そんで仕事が終わったら必ずお前をヤる。そこだけ忘れんなよ」
「死ね! スケベジジイ」
「何だとコラ!」
 これさえなければ、もっと完璧なんだが。
「……なんだ?」
 ふと、運転席の窓の向こうに黒服姿の男が現れた。コツコツと二度窓をノックし、ゲルハルトに微笑みかけている。
 車内のスピーカースイッチをオンにして、ゲルハルトが言った。
「誰だてめえ」
「すみません、前の店の者ですが。長時間駐車されてるようですので声をかけさせて頂きました。何かお困りですか? それとも問題でも?」
 困ったような笑顔と丁寧な態度で男が言った。店の責任者に言われて渋々声をかけにきた、そんな印象だ。
「別に問題ねえよ。久々ウェルプに来たからどの店にするか話し合ってたんだ。大金払うんだし、よく吟味しねえとな。兄さんの店はどうだ? カワイコちゃん揃ってんのか?」
「そうでしたか。もちろん、当店は娼年の質もプレイコースにも自信がありますよ!」
「そんじゃもう少し考えて、結論出なかったら兄さんの店に行くわ」
「ぜひ、お待ちしております。失礼致しました」
 頭を下げて、男が車に背を向ける。遠ざかって行く男の背中を見つめながら、ゲルハルトが呟いた。
「バレたな」
 助手席で俺もそれに頷く。
「ああ、バレた」
 充分車から離れたところで、男がトランシーバーらしきものを取り出して何かを言った。──瞬間、街のあちこちから俺達の車に向けて銃口が向けられる気配がした。正面の雑居ビル屋上ではライフルも構えられている。完全包囲の状態だった。
「あのエア・バイクのガキ共が。生かしてやったのにチクりやがったな」
「ど、どういうことだよ? 何か起きたのか?」
 後部席から身を乗り出そうとしたアクセルの頭をゲルハルトが強く押さえ込んで、シートに沈める。
「なっ、何すんだ痛てえなっ!」
「黙って伏せてろ。お前はここでは殺されねえだろうけど、一応な。──どうするフォーゲル、強引に突破するか?」
 俺は顎に手をあててしばし考え、それからかぶりを振ってそれに反対した。
「一般人客と娼年達がいる中での銃撃戦は避けたい。結構な人数らしいし、アクセルを庇いながら二人で対応するのも限度がありそうだ」
「……となると、大人しく投降するしかねえな」
「俺達もすぐには殺されないだろう。金に汚い奴らだ、何をされるかは想像したくもないが」
「ケツに突っ込まれるのだけは勘弁願いてえなあ」
「お、お前らなに悠長なこと言ってんだよっ? どうするつもりなんだ、ここで終わりなのかっ?」
 泣きそうな顔で叫ぶアクセルに、ゲルハルトが早口で説明した。
「聞け、アクセル。俺達は今からフィデリオのアジトに連行される。お前は別で連れてかれるはずだ。お前だけは殺されはしねえ。必ず俺かフォーゲルのどちらかがお前を奪還しに行くから、それまで持ちこたえろ」
「待ってくれって、いきなりそんなこと言われてもっ……」
「男なら腹括れ。母ちゃんの仇を討つんだろ」
「っ、……!」
 アクセルが息を飲み、それから、強く頷いた。
「そんじゃ行くぞ」
 車から降りた俺達はその場で両手を挙げ、どこに潜んでいるかも分からない連中に向けて降伏の合図を送った。
 すぐに現れた黒服達が俺達三人を取り囲む。
「死ぬなよゲルハルト」
「お前もな」
「シュヴァルツ・シュテルンのゲルハルトとフォーゲル、それから例の亜人小僧だ。──ああ、間違いない。今から連れて行く」
 まずはアクセルが俺達から引き離され、横につけられた車に乗せられた。
「やっぱお前らが関わってたか」
 白のスーツに金色の長髪、そして眼帯に隠された左目。
 他の黒服達とは見た目もオーラも違う……この男だ、間違いない。
「フィデリオ──」
「トイフェルのチームを潰したゲルハルト、お前のことはよく知っている。……それから」
 フィデリオが俺の方に近付いてくる。鼻先数センチのところまで顔を近付けられ、小さく囁かれた。
「リヒトに悪戯したのはお前か?」
「………」
「ガキにしてはイイ男だったろ? だけど裏切り者は許さねえ、リヒトはこの件が終わったら即刻殺す。全てお前のせいだな」
「ふざけっ、……んな……!」
 掴みかかろうとした俺をフィデリオが片手で制した瞬間、目の前が歪んだ。足元がぐらつき、思わず倒れ込みそうになる。
「フォーゲル!」
 ゲルハルトの声が遠くに聞こえた。次第に喧騒も遠ざかり、意識が薄らぎ始める。恐らく何かの薬品だ。至近距離でまともに食らってしまった──
「車に乗せろ。目隠しと対魔用の手錠も忘れるな」
「コイツらでも金になりますかね?」
「何にでも需要ってのはあるさ。特にゲルハルトはマニアックなブタ野郎に好まれるし、こっちのフォーゲルは単純にツラが良いから高値で売れるだろうよ」
 ──クソ。好き勝手言いやがる。
「まあ、しばらくはチームの性処理道具だな」
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