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シュヴァルツ・シュテルン《光射す闇の彼方へ》

ゲルハルトとアクセル・2

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 あと二メートルと言ったところか。フィデリオは床に倒れ込んだままじりじりと体を動かし、意識のないアクセルの元へと移動している。
「やれよ、アクセルに触れる直前に感電死だぜ」
「お前のような、糞ガキに……」
「糞ジジイが敵う訳ねえだろ?」
 瞬間、フィデリオの片目がカッと見開かれた。来る──。右手に力を込め、奴を床へ叩き付けた時同時にコンクリートの中へ放電しておいたブリッツ・シュランゲに合図を送る。
「っ、……な、にっ?」
 しかし俺がそれを発動させるよりも前に、……フィデリオが笑った。「くっ……」鋭い痛みが背中から上半身を走り抜ける。
 突然背後から飛んできたナイフが俺の背中に深く突き刺さっていた。まだ近くで転がっているフィデリオの部下が持っていたナイフだ。フィデリオの狙いはこれだった。意識をアクセルだけに集中させ、隠し持っていたナイフを投げると同時に俺の背後へ「移動させた」。
「しまった、……!」
「ハッ! 俺の勝ちだ糞ガキ!」
 一瞬の動揺と隙を突いて、フィデリオがアクセルの足を思い切り掴む。ここでアクセルもろとも消えられたら終わりだ。目覚める前に、確実にアクセルは殺されてしまう。
「俺はこいつを連れて『移動』するッ……」
「………」
 青い瞳には憎悪の炎が宿っている。
「なっ、……お前、意識が……!」
 その右手には復讐の赤い花が咲いている。
「アクセル──」
 奥底でたぎる魂には、二人の母から受け継いだ誇りと強い意思とが渦巻き、呼応し合っている。
「───」
 アクセルが叫んだ瞬間、フィデリオの全身が瞬く間に炎に包まれ燃え上がった。
「か、……は、っ……ガキ、が……あぁ」
 服が焼け、皮膚が溶け、真っ黒に焼き尽くされてゆくフィデリオの最期を、アクセルはじっと見つめていた。その青い瞳からは涙が溢れ零れている。俺もまた言葉を発することなく、そんな彼を見つめていた。
 やがてフィデリオの体は骨すらも残らず、文字通り跡形もなくこの世から消滅した。
「……ゲルハルト」
 よろよろと立ち上がったアクセルを抱きしめ、その酷い泣き顔を胸に埋める。
「大丈夫か」
「……平気だ。体は……熱いけど」
「じきに慣れる。上手く操れるようになれば、熱さも感じなくなる」
「違くて、……」
 アクセルが俺の胸から顔を上げ、言った。
「すっげぇ、熱いってこと」
「………」
 俺達はどちらともなく深く唇を重ねて口付け合い、痛いほどに抱き合って互いの「生」を確かめ分かち合った。



「ファルターさんっ!」
 勢い良く屋敷に飛び込んだアクセルに続き、念の為に俺も右手に魔力を込める。屋敷は相変わらず静かで人の気配がない。
 が。
「お帰り、アクセル」
 ファルターはにこやかに笑っていた。俺達の焦りなど気付いてもいない様子で、客間のソファで悠々と葉巻をふかしていた。
「て、てめえオッサン! 何を悠長に構えてんだ、フィデリオの手下共がここに来るかと思って急いで戻ったんだぞ」
 俺が詰め寄ると、ファルターが得意げに笑って言った。
「そりゃあ、私も勘付いていたさ。年月を経て屋敷の結界が弱まってきているところを狙われるかもしれないとな。だからこそアクセルを貴方達に託した、ここにいるよりは幾らか安全だったろう」
「ファルターさん。組織の奴ら、ここに来たのか?」
「さ、さあ。気付かなかったが……?」
 脱力。俺はその場にしゃがんで額に手を置き、太い溜息を吐き出した。
「ハッタリだったか……コッチは急いで駆け付けてやったってのによぉ」
「良かっ、た……」
 俺とは反対に、アクセルはぼろぼろと泣きながらファルターに抱き着いている。
「ファルター、さんっ……いなぐ、なっだら、俺、俺はぁっ……」
「おおよしよし、アクセル。私はいなくならんよ、安心しなさい」
「あんまり引っ付かない方がいいぜ? まだ上手くコントロールできねえみたいだからな。興奮するとオッサンが火傷するぞ」
「何のことだ?」
 ひとまずは安心したが、本当にこれで終わったのかどうか、先のことは分からない。
 フィデリオはアクセルを独占するために自分のチームだけで動いていたが、今後も奴のような連中が来ないとは限らないのだ。
 フィデリオよりももっとデカい、例えば組織のトップであるコルネリオが今回の相手だったら──今の俺達ではとても太刀打ち出来なかっただろう。既にフィデリオのチームが壊滅したことは上にも伝わっているはずだ。
 過去にトイフェルのクソ野郎をぶっ殺した時も、コルネリオは黙っていた。噂でしか聞いたことのない、殆どの奴が顔も知らない、獄界のボス・コルネリオ。
 いつかは、奴とも決着をつける時が来るのだろうか。
「なあ、ゲルハルト。聞いてるか」
「……あ?」
「だから、この屋敷をお前らのチームの拠点にしたらどうかって言ったんだよ。お前らが住んでるアパート、ボロボロだったじゃんか。防犯システムもないし、狭いし臭いし」
 照れ隠しなのか、アクセルがそっぽを向いて口を尖らせながらそう言った。
「ありがてえけど、そうなったらオッサンを危険な目に巻き込むだろうから遠慮しとく。田舎だしな。近所にクラブも飲み屋もエロい店もねえし」
「はあ。お前って本当にそんなことしか頭にないんだな」
「前半聞いてたか?」
 頭をかいて立ち上がり、ファルターと向かい合うようにしてソファに座る。
「今回の報酬、アクセルを一晩借りるんじゃなくてよぉ、アクセルを無期限で借りる、に変更してもいいか」
「え?」
「………」
「アクセルを俺達のチームに加えたい」
 ファルターとアクセルの目が同時に見開かれた。
「覚醒したアクセルの力はかなりのモンだった。俺達でしばらく保護しながら鍛えてやりてえんだ。本当はオッサンも探してたんだろ、アクセルを託すことができる場所を」
「ゲルハルト殿、貴方は……」
「ああ」
「アクセルを都合の良いセフレにするつもりだなっ! そ、それだけは許さないぞ!」
「ばっ、……違げぇよっ! つうかジジイがセフレとか言ってんじゃねえっ」
「だってそうだろう。アクセルの若く美しい体を毎晩のように貪り尽くし、挙句汚らしいお前のアレを使って──」
「そうして欲しいならマジでヤるぞコラ」
 はあ、と溜息をついてアクセルがファルターの隣に腰掛けた。
「そんな真似はさせねえけど、俺もゲルハルトに賛成だ」
「アクセル?」
「獄界にはフィデリオみたいに腐った奴らが大勢いる。俺のように親を殺された孤児だってたくさん存在するはずだ。俺が何かの役に立てるなら、正しいことにこの力を使いたい」
 口元を緩めて笑うと、アクセルも笑った。
「……そうか。今回のことで、我が息子は大きく成長したのだな」
 ファルターもまた寂しげに笑った。
「しかしアクセルがまた狙われることになったら……」
「それは心配ないと思うよ、ファルターさん」
 自信に満ちた言い方をするアクセルに俺達が顔を向けると、人差し指の先を噛み皮膚を傷付けたアクセルが、俺の方へその手を伸ばして言った。
「舐めてみろよ」
「………」
 言われた通り指先を口に含み、滴る血液を舐めてみる。
「何か体に変化あったか?」
「特に何も。──で? って感じ」
 そういうことだ、とアクセル自身も安堵したように言う。
 それから、フィデリオに聞いたという二百年前の亜人の少年の話を俺達に聞かせた。
「その少年も俺も、亜人だけどたまたま能力が開花した、ってだけだ。俺は火と治癒、その少年は自身の血を使うことで特別な力を他人に分け与えていた。呪術にも奇跡にも使えた力だ。それを本人も理解できないうちに殺されてしまった」
 フィデリオや獄都の政府学者達は魔人から産まれた亜人の血液に等しく効力があると思っていたらしいが、それは違う。少年の能力が偶然そのようなものであっただけで、別の能力が開花したアクセルの血は俺達や他の連中のそれと変わらないただの血だ。
 魔人も亜人も、流れている血は同じなのだ。
「だから別に俺の血には何の価値も珍しさもないってこと。魔人から産まれた亜人だって、女同士から産まれた男だって、探せば他にもゴロゴロいるんじゃないかな」
 そう締め括ってアクセルが立ち上がり、客間を出て行こうとする。
「どこ行くんだ?」
「自分の部屋。……母さん達に、報告してくる」
 アクセルが出て行った後で、ファルターが俺を真正面から見て言った。
「まだ未熟なところもある。口も悪いし感情に従って突っ走りがちだ。……だけど芯の強い良い子だ。どうかアクセルをよろしく頼む」
「保護者はアンタだ、好きな時にいつでも会えばいい。アンタからアクセルを奪うつもりはねえよ」
「貴方達に依頼して本当に良かった。心から感謝する、ありがとう」
「……あ、忘れてた」
「ど、どうしたんだ?」
 本当に、すっかり忘れていた。
 左手首にはめている「バンデ」に口を寄せ、その男の名前を呼ぶ。
「おう、フォーゲル無事か?」
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