10 / 20
10
しおりを挟むみんなが静かに1点集中している。
場所は甘い香りを漂わせるオーブンで、中身はプリンだ。
そうだ、この世界では初めてのプリンか! とハッとした時、プリンは出来上がった。
我先にと料理長がオーブンを開けて天板で火傷しないように慎重に取り出す。
「…………こ、れは」
キラキラ輝く卵プリン。
マリーは、見た目合格! と笑顔を浮かべた。
後は舌触りや味、甘さだけど……と顎に手を当てると、料理長はプリンから目を離さずマリーに話しかけた。
「……奥様……これは」
「プリンというの。甘い食べものなんだけど、上手に出来たかしら」
首を傾げて言うマリーに、ラーゼンの喉がなる。
作業台の上にあるプリンを覗き見て鼻先を近付けるラーゼンの首を鷲掴むと、周りはヒッ! と息を飲んだ。
「だぁめ! 冷やさないといけないの」
《……だめなのか》
振り返りマリーを見るラーゼンの潤んだ目の破壊力が凄まじい。
くっ……なにこの虎……可愛すぎないか……
猛獣の可愛さに気付いたマリーは怯む。
食べたい食べたいと周りをグルグルするラーゼンは擦り寄ったり太い尻尾を絡めてみたりとできる限りのお強請りをしていて、簡単に陥落しそうなマリーは手を握った。
「だ……だめよ! 美味しく食べるためにまて!!」
そういうと、ピシリ! とお座りをして待てをした。
…………虎なのに、待てしてくれるんだ
思わず笑ったマリーは、手を伸ばして頭を撫でる。
「クッキーは焼きたてでも食べれるから、後でお茶にしましょうか」
そのマリーのお誘いに喜んだラーゼンは尻尾を揺らしてマリーの手に頭を擦り寄せた。
獣人とは、獣の姿をとるが趣味趣向は人間と変わりは無い。
だからこそ、甘えて擦り寄る本能に近い行動が無意識に出ているのは心の底からその喜び甘えている証拠だ。
強い種族であればあるほどに自制心が強い。
だから、虎であるラーゼンが静かに言うことを聞いて待ち、偉いねと撫でるマリーの手に擦り寄る姿に料理人たちは驚いていた。
そんな様子に全く気付いていないマリーは、自らの足元で絡まるラーゼンをよしよししながら、クッキーをオーブンに入れる。
《時間かかる?》
「そんなにかからないわ」
大きなオーブンだから、一気に全部焼けるだろう。
マリーは片付けをしようと使った調理器具を持つと、料理人達が来て回収していった。
「……あ、ごめんなさいね」
「お気になさらず奥様」
にこやかな笑みを浮かべるが、全員がプリンを見ている。
思わず笑ったマリーは粗熱が取れてから冷蔵庫に入れた。
「ごめんなさいね、あまり量がなくて。数個は残るから、それを食べてみて気に入ったらレシピ教えるわ」
「いいのですか……?」
「ええ、勿論。美味しいものは皆で食べましょうね」
マリーのにこやかな笑みに、奥様万歳! と厨房が騒がしくなる。
それに思わず笑うマリーだったが、今まではこんな風に笑うことも無かっただろう。
獣人との交流が、こんなにもマリーを変えたのだと使用人達が実感していた。
「……あら、出来たわね。薄焼きにしてみたの。パリパリ……は冷めてないからまだねぇ」
取り出した丸い形のクッキーがずらりとある。
バターの香りが一気に厨房に広がり鼻腔を擽る。
料理人たちはまたてを止めてマリーを見た。
「…………うん、いいんじゃないかしら」
少しだけ天板の上で粗熱を取っていたマリーがひとつ手に取る。
もう焼きたての柔らかさはなく、温かさは伝わるがパリッと硬いクッキーになっていた。
それをラーゼンの口元に差し出すと、目を丸くしてからパクっ……と食べた。
給餌は愛情表現なんだけどなぁ……とラーゼンは思いながら口を動かすと、パリパリ食感と共に広がるバターと甘み。
甘いお菓子の概念がないこの世界での、初めての甘味にラーゼンは夢中になって口を動かし食べた。
「……どう? あまり好きじゃない?」
反応のないラーゼンに首を傾げて1枚食べる。
ほのかな甘みのクッキーは歯触りも楽しく満足出来るが好みもあるだろう。
イマイチだったかな? とラーゼンを見ると口を開けて待機していた。
マリーはピタリと止まる。
お座りで口を開けて尻尾をビタンビタンと床に叩き付けているのだ。
周りにはハートが乱舞している幻覚が見える。
「…………気に入ったのかしら?」
「わふっ!」
「人語すら忘れているわ!!」
衝撃の出会いにラーゼンのテンションが上がり、虎と言うより犬だ。
わふわふとクッキーが運ばれてくるのを待っている。
「…………うん。はい」
クッキーを渡すと勢いよく食いつきマリーの小さな手も一緒に食べられた。
口の中でラーゼンの舌がマリーの指を開いてクッキーを攫っていく。
「………………私の手は食べられないの。メッ」
「それでいいのですか、奥様……」
完全に犬扱いするマリーに、料理人たちは思わず笑った昼下がり。
マリーが来てから一番のホンワカした時間が厨房で流れたのだった。
314
あなたにおすすめの小説
白い結婚で結構ですわ。殿下より、私の自由のほうが大事ですので
鍛高譚
恋愛
「第二王子との婚約? でも殿下には平民の恋人がいるらしいんですけど?
――なら、私たち“白い結婚”で結構ですわ。お好きになさってくださいな、殿下」
自由気ままに読書とお茶を楽しむのがモットーの侯爵令嬢・ルージュ。
ある日、突然“第二王子リオネルとの政略結婚”を押しつけられてしまう。
ところが当の殿下は平民の恋人に夢中で、
「形式上の夫婦だから干渉しないでほしい」などと言い出す始末。
むしろ好都合とばかりに、ルージュは優雅な“独身気分”を満喫するはずが……
いつしか、リナという愛人と妙に仲良くなり、
彼女を巡る宮廷スキャンダルに巻き込まれ、
しまいには婚約が白紙になってしまって――!?
けれどこれは、ルージュが本当の幸せを掴む始まりにすぎなかった。
自分を心から大切にしてくれる“新しい旦那様”候補が現れて、
さあ、思い切り自由に愛されましょう!
……そして、かの王子様の結末は“ざまぁ”なのか“自業自得”なのか?
自由気ままな侯爵令嬢が切り開く、
“白い結婚破談”からの痛快ざまぁ&本当の恋愛譚、はじまります。
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫」と笑った夫。~王宮から私が去ったあと「愛していた」と泣きついても、もう手遅れです~
水上
恋愛
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫だ」
夫である王太子はそう笑い、泣き真似が得意な見習い令嬢ばかりを優先した。
王太子妃セシリアは、怒り狂うこともなく、静かに心を閉ざす。
「左様でございますか」
彼女は夫への期待というノイズを遮断し、離縁の準備を始めた。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
【完結】白い結婚を終えて自由に生きてまいります
なか
恋愛
––アロルド、私は貴方が結婚初日に告げた言葉を今でも覚えている。
忘れもしない、あの時貴方は確かにこう言った。
「初めに言っておく、俺達の婚姻関係は白い結婚として……この関係は三年間のみとする」
「白い結婚ですか?」
「実は俺には……他に愛する女性がいる」
それは「公爵家の令嬢との問題」を理由に、三年間だけの白い結婚を強いるもの。
私の意思を無視して三家が取り決めたものであったが、私は冷静に合意を決めた
――それは自由を得るため、そして『私自身の秘密を隠すため』の計算でもあった。
ところが、三年の終わりが近づいたとき、アロルドは突然告白する。「この三年間で君しか見えなくなった。白い結婚の約束をなかったことにしてくれ」と。
「セシーリア、頼む……どうか、どうか白い結婚の合意を無かった事にしてくれ」
アロルド、貴方は何を言い出すの?
なにを言っているか、分かっているの?
「俺には君しかいないと、この三年間で分かったんだ」
私の答えは決まっていた。
受け入れられるはずがない。
自由のため、私の秘密を守るため、貴方の戯言に付き合う気はなかった。
◇◇◇
設定はゆるめです。
とても強い主人公が自由に暮らすお話となります。
もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!
「最高の縁談なのでしょう?なら、かわってあげたら喜んでくれますよね!」
みっちぇる。
恋愛
侯爵令嬢のリコリスは20歳。立派な嫁きおくれである。
というのも、義母がなかなかデビューさせてくれないのだ。
なにか意図を感じつつも、周りは義母の味方ばかり。
そん中、急にデビュタントの許可と婚約を告げられる。
何か裏がある――
相手の家がどういうものかを知り、何とかしようとするリコリス。
でも、非力なリコリスには何も手段がない。
しかし、そんな彼女にも救いの手が……?
白い結婚を告げようとした王子は、冷遇していた妻に恋をする
夏生 羽都
恋愛
ランゲル王国の王太子ヘンリックは結婚式を挙げた夜の寝室で、妻となったローゼリアに白い結婚を宣言する、
……つもりだった。
夫婦の寝室に姿を見せたヘンリックを待っていたのは、妻と同じ髪と瞳の色を持った見知らぬ美しい女性だった。
「『愛するマリーナのために、私はキミとは白い結婚とする』でしたか? 早くおっしゃってくださいな」
そう言って椅子に座っていた美しい女性は悠然と立ち上がる。
「そ、その声はっ、ローゼリア……なのか?」
女性の声を聞いた事で、ヘンリックはやっと彼女が自分の妻となったローゼリアなのだと気付いたのだが、驚きのあまり白い結婚を宣言する事も出来ずに逃げるように自分の部屋へと戻ってしまうのだった。
※こちらは「裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。」のIFストーリーです。
ヘンリック(王太子)が主役となります。
また、上記作品をお読みにならなくてもお楽しみ頂ける内容となっております。
『婚約破棄されたので王太子女となります。殿下より上位です』
鷹 綾
恋愛
「君は王太子妃に相応しくない」
その一言で、私は婚約を破棄されました。
理由は“真実の愛”。選ばれたのは、可憐な令嬢。
……ええ、どうぞご自由に。
私は泣きません。縋りません。
なぜなら——王家は、私を手放せないから。
婚約は解消。
けれど家格、支持、実務能力、そして民の信頼。
失ったのは殿下の隣の席だけ。
代わりに私は、王太子女として王政補佐の任を命じられます。
最初は誰もが疑いました。
若い、女だ、感情的だ、と。
ならば証明しましょう。
怒らず、怯えず、排除せず。
反対も忠誠も受け止めながら、国を揺らさずに保つことを。
派手な革命は起こしません。
大逆転も叫びません。
ただ、静かに積み上げます。
そして気づけば——
“殿下の元婚約者”ではなく、
“揺れない王”と呼ばれるようになるのです。
これは、婚約破棄から始まる静かな逆転譚。
王冠の重みを受け入れた一人の女性が、
国を、そして自分の立場を塗り替えていく物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる