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42話 森の小さなレストラン(挿絵あり)
しおりを挟むそれは監禁中も構わず現れる相変わらずの木彫りのアレ。
フェンネルと一緒に微睡んでいた朝方の出来事。
「………………ん?」
ゴト……と音がしたから目を開けると、目の前には木彫りのリスの真っ黒なつぶらな瞳。
そして、一瞬で口をカパッと開けたその人形に芽依は頭から食べられた。
眠るフェンネルには何か魔術が掛けられているのかと不安になるほど深く眠っていて、全く気付かず芽依だけが忽然と姿を消したのは早朝の事だった。
「………………ああぁぁ、心臓に悪い」
店内には珍しく3人の客がいて、それぞれ座って食事を楽しんでいる。
突然現れた芽依は、ドクドクと高鳴る胸を抑えて呟くと丁度食事中のシュミットがパチクリと瞬いた。
昨日帰ってこなかったシュミットと目が合う芽依。
お互い無言が数秒続いた後、叫ぶ。
「シュミットさん?!」
「メ……メイ?! 」
目を丸くするシュミットは、直ぐに移民の民の匂い消しをしているのを確認しながら立ち上がり、着ていたジャケットを脱いで芽依に着せた。
眠っている時間帯の為、随分と薄手の寝巻きを着ていたのだ。
手足が出ていてシュミットは慌てて体を隠すが、すでに客と店員のリスの幻獣は見てしまっていた。
抱き上げて椅子に座ったシュミットの膝に芽依を座らせる。
キョトンと見上げると、ため息をこぼしながら周りから隠すように抱きしめるシュミットを周りの客が手を止めて見ていた。
さすが有名な商人、スプーンを落としたり目を見開いたりと忙しい。
「…………まさか寝てるところを呼び寄せたか。悪かったな」
リスの店長が申し訳なさそうに謝ると、芽依はシュミットの腕の中から首を横に振った。
どうやら呼ばれるタイミングは店長でも選べないようだ。
「いえ、シュミットさんがいましたし……大丈夫……」
「はぁ……そういえば、呼ばれていたんだったな」
ホカホカのタオルを出して芽依の顔を綺麗に拭いていくシュミット。
むっ……と声を上げて静かに拭かれていると、寝起きの顔がパチリと覚める。
直ぐに化粧品などで肌を整えていくシュミットの食事はまだ湯気がたっていた。
「シュミットさん……冷めますよ」
「……ああ、大丈夫だ」
どうやら時間を止めているようだ。
パスタよりも太めの麺がスープに使っていた。
血のように真っ赤なスープ、何故か十字架に貼り付けられている震えるウサギの姿のチャーシューが2つ血の池スープに浸かっている。
今回も毒々しい……と眺めていたら、メニュー表を差し出された。
シュミットが受けとり開くと、中はメニューが変わったのか、中々の種類だ。
見つめる芽依を残りの2人がジッ……と見ている。おもにさらけ出された足を。
シュミットはすぐにひざ掛けを出して足を隠し芽依の頭を抱えるように抱きして2人を睨んだ。
「ぐっ……」
1人が威圧にビクリと体を跳ねさせて慌てて食事を再開して、もう1人は泡を吹いて倒れた。
「えっ?! 倒れ……」
「いいから、お前は選べ」
「え……はい」
チラッ……と見ていると、店長が片手でひょいと抱えて端にベッドを出してゴロリと寝かせる。
今まではどちらかと言うと穏やかな客と会っていたが、血気盛んな人外者が重なったら店を壊しかねない喧嘩もある。
その時用のベッドに用意されているようだ。
ちなみに、誰が相手でも店の中は店長の領域の為簡単に吹き飛ばしてしまえるので店は破壊されない。
「…………寝起きだからいっぱいは食べれないです」
「…………そうだな。パンケーキにしとくか」
「残しちゃいますよ」
「残ったら食べるから大丈夫」
シュミットを見ながら言うと、メニュー表を見ながら当たり前のように答えてくれる。
なら……とミニサイズのパンケーキを指さした。
これも毒々しいパンケーキだ。
「誰かと一緒だったよな?」
「フェンネルさんと」
「…………やっぱり、ひとりで呼ばれるって事は周りにも魔術が働いてるな」
腕に着けたブレスレットを見る。
何も変化がないブレスレットにシュミットはふむ……と頷く。
帰還の魔術が組み込まれているのだが、反応を示していない。
「…………もう少し弄った方がいいな」
確認してから、芽依を抱えたまま器用に食事を再開したシュミット。
手持ち無沙汰になった芽依はカウンターに上半身を乗せて、伸びをする。
腕をぐっ……と伸ばすと、隣の男性が芽依の手首を見て吹き出した。
「んぐっ……ごほっ! ごほっ!!」
「えっ……」
体を戻そうとした所、その男は芽依を掴もうとしてきた。伸びてきた腕にビクリとすると、シュミットが芽依を自らに引き寄せながら、男の腕を抑える。
「…………何をする気だ?」
「いっ……いたたたた!! いだぁ!! はな……離し……」
怒りに震えるシュミットを見てヒッ……と声を出した男の手首がギシギシと音を鳴らす。
「シュミットさん……手首折れちゃいます」
「お前に触れる手なんていらないだろう」
「おぅ、狂気的」
芽依の声にまた反応した男が痛いと騒ぎ出した。
ペシペシとシュミットの腕を叩く命知らずな男はシュミットの腕を見てまた目を見開いた。
「うぁぁあぁぁ! 貴方もショートの腕時計を!! あぁ! 丁寧に手入れされていていい!だがなあをんた! あんたはコレクターを敵に回したぞ!! 世界に10本しかないショートのプレミア腕時計のベルトを変えるなん……いだだだだだだ!!」
ボキッ……と音がなり、簡単に骨を折ったシュミット。
男は、先程とあまり変わらない反応をしながらも芽依の腕を睨む。
「そんな扱いをするなら僕に……ぎゃ! いてぇぇぇ!!」
腕を捻り上げられた男から手を離した頃にはカラスがぶっ刺さり真っ赤な血が滴るパンケーキを差し出された。
今回も素晴らしい見た目に思わず吹き出す。
カラスはチョコレートで、中にいちごのソースが入って垂れている。
少しソースを温めているため、チョコレートも一緒に溶け出ていた。
(挿絵はイメージです)
ドロ……と濃厚ソースがパンケーキに滴り、芽依はフォークとナイフで切り分けソースを付けて食べた。
フワフワのスフレケーキのようなパンケーキに濃厚ソース。
口に入れたらジュワ……と溶けてなくなり、感動した芽依はフォークに刺したパンケーキをシュミットの口に無理やり押し込んだ。
「んっ……」
「どうですか?! 美味しくないですか?! ジュワッとしてますよね!」
「……っ……無理やり口に入れるな、馬鹿」
「美味しくてぇ」
シュミットの口に運んだフォークを軽く噛みながら芽依は、えへえへと笑った。
「んー蕩けるぅ」
喜びに震えながら、たまにシュミットの口にパンケーキを運ぶ芽依を隣のコレクターらしい男性は恨みがましい眼差して見ていた。
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