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体調不良の暫定食と惣菜パン
たとえ犯罪奴隷契約を行い体調が悪かろうと暫定食の日はやってくる。
メフィストに奴隷紋を刻んでから3日、まだまだ体調は良くなくて、常に熱が出ている。
しっかりと覚醒したのも今日の朝で、それまでは意識が朦朧としていた。そんな様子は滅多に見ないため、たとえ相手がメフィストであっても心配になる。
フェンネルの時のような甲斐甲斐しさはないが、チラチラ様子を見に来ていた。
勿論、眠っている場所はあの鉄格子がはめられた部屋である。
熱が出てフラフラなのに、朦朧としながらも何とか起き上がり何かを調べようとする為、様子を見に来る度に怒られてベッドに戻されている。
まるで聞き分けのない子供のようだが、本人は至って楽しそうだ。
「…………こんないい部屋まで貰えて幸せかもしれないなぁ」
熱に浮かされて、やっと意識がしっかりした今日の朝に言ったメフィストの言葉だ。
明らかに拘束する気しかない部屋なのに、嬉しそうなメフィストを見ると言葉を飲み込んでしまう。
確かに、バストイレがあり広い室内だ。
それだけ見たらいい部屋だろう。
窓に鉄格子があり、魔術によって強制的に弱体化させるとしても。
「今日、暫定食なんですけど食べられます?」
「あぁ、暫定食か……内容は? 」
「ローストビーフ」
「………………今の状態でローストビーフはなかなかお腹にきそうだね」
「ですね」
だが、たとえ体調が悪かろうと暫定食を食べないと呪いにかかる。
芽依たちはちゃんと極上のローストビーフを用意しているのだ。食べない理由はない。
渋々体を起こして、出されたローストビーフを見る。
今日からやっとご飯を食べ始め、水分多めのお粥からなのにいきなり肉である。
うーん……と悩みながらも手を伸ばした。
1切れだけで暫定食がクリアされる訳でもない。
ソースを付けて、眉をひそめてむぎゅむぎゅと口を動かすメフィストを見てから、芽依は静かに部屋を出ていった。
「頑張って食べれたらいいけど、これでクリア出来なくて1ヶ月ペナルティは厳しいねぇ……これ、体調不良の人には生命の危機だな」
こわぁ……と呟いて歩いていった。
今は午前中、口の中でとろけるローストビーフを食べて舌鼓を打つ。
幸せ……メディさんのローストビーフ幸せ……と頬を緩める芽依と、フェンネルにハストゥーレ。
パピナスは別部屋で昼食を食べていて、こちらにもローストビーフが出ている。
庭にいる人達に暫定食の危機は、滅多に起きないだろう。
「さて、今日は前に作った惣菜パン販売。本日の芽依ちゃんはパン屋さんです! 」
今日の芽依はパン屋さんだ。
真っ白なエプロンに、パンツスタイル。真っ白な帽子もかぶり気分はパン屋さんのカリスマパン職人だ。
ワクワクと見た目から入った芽依は、今日もコスプレだ。
甘いパンは勿論、沢山の惣菜パンやサンドイッチも作ってカテリーデンに並べている。
肉まんは無く、本当にパン屋さんだ。
芽依を見つけて集まる人達は、みんな目を丸くしてパンを見てから芽依を見た。
「………………パン? 」
「今日はパン屋さんでーす」
芽依は両手を広げてケースに小分けして置いてある山のようなパンを客たちは見る。
見た事のない不可思議なパンは、こっそり置いた自動販売機では大人気で毎回完売だ。
お姉さんたちが血眼になって、取り合いになっているのを、こっそり覗いて慄いたくらいだ。
きっとこちらでも売れるだろう。
パコッとケースを開けて小さく切ったパンがたくさん入っている。
半透明のそのケースは5ケースあってそれぞれ中身が違った。
試食用にしては豪華で量が多いのだが、全くこの世界にはないパンなのだ。
みんなが食べれる量にしてみた。勿論、メディトークの目が光っているので2個は食べれない。
「………………これはまた見たことないね」
「あれ、カイトさん」
「やぁやぁ! パンだよね? 」
「パンですよ」
見に来て一番最初にパンを手に取ったのは常連カイト。
素敵な呉服屋さん、ウササンの店長さんで、フェンネル達の衣装を芽依と笑いながら作る趣味友達だ。
グフグフと笑いながら作る、この時ばかりは邪魔立て禁止で、強い守りの魔術を敷いてひとりで出掛けられる貴重な時間である。
そんな彼が、様々なパンを取りいい笑顔を浮かべる。
「どれが美味かったか、また伝えるわ! 」
「はーい、ありがとう! 」
パンは2つの長テーブルに沢山並んでいて、それからは飛ぶように売れていった。
パンのいい香りが広がり、端のブースであっても遠くまで香りは運ばれていて視線を集める。
更に、いつもは居るはずのフェンネルがいないのも不思議そうにされた。
今日はメフィストもいる為庭に待機である。
「これはなに? 」
「シュガートーストですー」
「これは? 」
「ピザトースト。こっちは鶯パン。ウィンナーを入れてるのと、メロンパンにカレーパン」
「めろんぱん?! め……めろんが入ってる……の? 」
「入ってないよ?! 」
初めてのパンに、度肝を抜かれて恐る恐る眺める主婦の皆様。
メロンパン……生のメロンは入っていません。
こうして初出しのパンも、おっかなびっくり購入していく人達。
持ち帰り食べた人達の衝撃は凄まじく、まさに雷に打たれたかの様な感覚に陥り手足をバタバタさせていたそう。
販売のメインはあくまで野菜なので、次回パン欲しさに芽依のブースに来た客たちがパンが無いことを知ってショックに打ちひしがれ床に人の山を作る事になるのだった。
こうしてカテリーデンでのちょっと変わった販売を終わらせた芽依は、ハンバーガーもいいな……とまた販売意欲に火が着いていた。
メディトークとハストゥーレに挟まれて歩いていたはずだった。
楽しげなカテリーデンでの声を聞きながら、フェンネルさんにお土産を買おうか! なんて話していたはずだったのだ。
いきなり音が無くなった。
みんな動いているし、口をパクパク動かして話をしている様なのに、芽依の耳には一向に音が入ってこない。
そんな有り得ない状態なのに、焦っているはずなのに、気持ちは凪いでいて全くいつもと変わらない雰囲気だ。
メディトークもハストゥーレも何か話している。
1人だけ、異常なのだ。
「おねえさん、おねえさん」
「ねぇ、これを買ってよ」
「美味しい1口サイズのケーキだよ」
「美味しいんだから」
急に声をかけられた。
ヘッドドレスを着けた青いドレスの2人のそっくりな少女。
レースやリボンをふんだんに使って、豪華なドレスに、あみ籠を持つアンバランスさ。
スカートが潮風に揺れてふわりと動いているのを見て、やっばりおかしいと思うのに、思考はかき消される。
「…………潮風? 」
「ねえお願い。これを買ってよ」
「早く食べて」
あみ籠に入っているのは、小さな1口サイズの丸いケーキ。
中にカスタードクリームが入っている装飾品もなく地味な見た目だが、コロンとした丸いシルエットは可愛らしい。
買ってと言う割に、袋で小分けしてあるそれを無理やり渡してくる少女たち。
「さあ、たべて」
「美味しいから」
何故か逆らうことが出来ず、無意識に手が動いて袋を開ける。
そして、1口齧り飲み込んだ。
「………………食べたね」
「………………食べた。見てたよ」
不気味な程ににったりと笑った2人は笑いながら走り去って行った。
今更ぞわりと恐怖が襲ってきたが、どうにもならない。
次第に音が戻り、芽依の耳も正常に戻る。
ここで不思議だっのは、あの不思議な少女達は芽依の目の前、つまりはメディトーク達の前に居たのだ。
なのに、なんの反応も示さなかった。
これは大丈夫なやつなのだろうか。あの本のように、何かが起きるのではないだろうか。
この世界は不思議なものに溢れていて、簡単に死を招いてしまう。
不用意に口にした小さなケーキ。
それは、芽依を蝕んだりしないだろうか。
普段通りに話をしている2人を、緊張した面持ちで見つめた。
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