白魔術士ルキアーノ、吟遊詩人に骨抜きにされる。

ナムラケイ

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 ちらりとルシオを見ると、力強く頷いたので、ルキアーノは迷わずマルタに回復魔法をかけた。

 敵の雑魚キャラの攻撃を防御で交わし、マルタの紅玉の弓から、眩く光る炎の矢が放たれる。
 矢は蜘蛛女の右目を貫いた。

「やった!」

 マルタはすぐさま次の矢をつがえ、チャージに入る。
 肉が焼ける匂いが漂い、蜘蛛女が痛みに蠢いている。
 6本の脚が不自然にゆらりゆらりと動く。 

 ルキアーノは眉を顰めた。
 次の蜘蛛女のターンは、単純な打撃攻撃のはずだ。

「防御しろ!」

 勇者カイが珍しく大声を上げた。
 カイは咄嗟に防護姿勢を取って構えた。
 構えると同時に、正面から鋭い雷光が迫ってきた。
 身体が痛みと痺れで焼き切れそうだ。
 いや、そんな痛みよりも、エネルギーの邪悪さに魂を持っていかれそうになる。

 なんだ、これ。

 ルキアーノは攻撃に必死に耐えながら思う。
 胸焼けを起こしそうなほど禍々しい妖気だが、その中に一抹の、人間らしい感情が混じっている。

 これは、悲しみ、か?

 バチバチと電気を放つ光線を受けながら、ルキアーノは顔を上げた。

 蜘蛛女の片目と目が合う。
 濃い紫色の瞳がルキアーノを見据える。
 どろりと濁ったその瞳には闘争心以外の何の感情も見いだせなかったが、ルキアーノは何故か、リュイを思い出した。
 そして、分かった。
 
 凄まじい雷光が止んだ時、武闘家ルシオ、弓使いマルタ、黒魔術士トーラは息絶えていた。
 ルキアーノが見遣ると、勇者カイのHPも瀕死だ。

「アハハハハハハハハハハ!」 

 蜘蛛女が高笑いする。
 祭壇から降りてきて、ルキアーノとカイの前に立った。
 まだらの皮膚に細かい毛がびっしりと映えた女の腹が蠢く。 

「これで終わりだねえ。覚えておくといいよ。後にも先にも、セレスは私だけだ。私こそがセレスだ」

 高笑いが、朽ち果てた地下のダンジョンに響き渡る。

 自分がセレスだと?
 どういうことだ?
 
 混乱するルキアーノにカイが言った。

「落ち着け。選択肢は二つだ。死を覚悟で戦い続けるか、一旦引くかだ」

 次のターンは、蜘蛛女、ルキアーノ、カイ、蜘蛛女の順だ。
 蜘蛛女もそろそろ限界のはず。
 カイの1撃が決まれば勝機はある。
 ただ、必殺技に必要なMPが今のカイにはない。

 蜘蛛女の攻撃をやり過ごし、ルキアーノがカイのMPを回復し、カイの必殺技が決まれば、決着だ。
 だが、蜘蛛女の次の攻撃で二人ともご臨終となる可能性の方が高かった。 

 ルキアーノは道具袋をちらりと見る。
 中にはダンジョン脱出用の羽が入っている。
 戦闘終了時に誰か一人でも生存していれば、教会で全員を生き返らせることができる。
 けれど、全員が死亡すれば、その時点で全員死亡だ。脱出して、態勢を整えて再挑戦するのもアリだ。
 普通に考えれば、脱出が正解だ。

 ただ。
 この戦いだけは逃げたくなかった。
 また、堂々と、リュイに会うために。


「なあ、カイ」

 ルチアーノは言った。

「なんだ」
「俺はおまえのパーティに入って間もないけど、おまえのことはかなり信用してる。  
 別におまえが勇者だとか、金の瞳を持ってるからだとかじゃない。冒険者の本能として、信頼してるんだ」
「知ってる」

 その高慢な返答に、ルキアーノは笑う。
 額と、肩と、腹と、脚が熱かった。
 自分は守られているのだと確信できる。

「次の一撃で、あの女、殺れるか」

 念押しすると、カイは頷いた。

「愚問だ」

 カイは態勢を立て直すと、光輝く剣を構え直した。

「それに、俺が何を言おうと、おまえはこの女との戦いから逃げるつもりはないだろう」

 ルキアーノが驚いてカイを見ると、勇者は余裕の表情で勝気に笑っている。

「ははっ」

 自然に声が漏れた。

 全部お見通しってわけか。
 さすが勇者様だ。
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