ヤンキーDKの献身

ナムラケイ

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Sorano: 望みはあんの?

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「弁当箱ってこんな色々あるんだな」
 土曜日午後のロフト渋谷店。ずらりと並んだカラフルな弁当グッズを見て、行人は目を丸くしている。
「ユキちゃん、どんなのがいい?」
「おまえが使いやすいのでいいよ」
「食べるのユキちゃんだろ」
「詰めるのはおまえだろ」
 喋りながら、空乃は弁当箱を手に取っていく。

 スタンダードな二段のもの、保温が出来るサーモスジャー、どんぶり用の弁当箱もある。ビジネスバッグに入れるなら、底面積が小さいものがいいかもしれない。
 真剣に物色していると、横で行人が噴き出した。
「なに」
「いや、だって」
 行人はおかしそうに笑っている。何か面白いものでもあったのだろうかと回りを見るが、店内は休日の買い物客で混雑しているだけだ
「金髪ピアスの不良の子が弁当箱選んでる図が可愛くて」
「はあ?」
 空乃は大袈裟に眉をしかめた。心外である。
「不良だって弁当食うだろ」
「自分では作らないと思う」
「作る不良もいるだろ。ってか、俺不良じゃないし」
「ああ、ヤンキーか」
「否定しないけど自称したくない」
「じゃ、ウェイ」
「あんた、意味分かって言ってる?」
「さっぱり。それぞれの定義を簡潔に述べよ」
「発言が公務員過ぎ」
 空乃は笑う。
 なんでもない会話なのに驚くほど楽しい。
 行人と休日に買い物デートとか、嬉しすぎる。
 しかも、空乃は弁当箱を買いに行こうと提案しただけなのに、二人してロフトに行く気だったのだ。

「で、どれにする? ユキちゃんのだから、自分で決めろよ」
 空乃が言うと、行人はしばらく思案していたが、「じゃあ、これ」と棚の端にディスプレイされていた曲げわっぱを手に取った。
 白木の木目と曲線が美しいもので、行人らしいチョイスだ。
 値札を見ると5千2百円也。
 弁当箱はプレゼントしようと決めていた。ちょっと予算オーバーだが、小判型のわっぱはいかにも「お弁当箱」といった風情で、毎朝詰めるのも楽しそうだ。これなら、金は惜しくない。
「いいじゃん。わっぱって冷めても美味いっていうし。んじゃ、それにしよーぜ」
 空乃が言うと、行人はわっぱをもう一つ手に取り、すたすたとレジに歩いていく。
「ちょい待ち」
「何? 他にも欲しいものある?」
「いや、なんで2個」
「おまえのと俺のだろ」
 行人は当然のように商品をレジに置き、クレジットカードを取り出している。
「ユキちゃん、買ってくれんの?」
「当たり前だろ」
「プレゼントしようと思ってたのに」
 食い下がると、行人は人差し指を立てて、「10年早い」と強調した。「10」と発音した時の唇がキスをねだっているようで、どきりとする。
「親の脛かじってる高校生に貢がせる気はないよ」
「俺バイトしてるし。ユキちゃんになら喜んで貢ぐのに」
 押し問答していると、レジのお姉さんが笑いを堪えながらレシートを差し出した。
「こちらにサインをお願いします」
 行人は慣れた手つきでペンを走らせた。ちょっとした仕草だが、クレジットカードを持たない空乃には恰好よく見える。

「ご兄弟ですか?」
 レジのお姉さんがわっぱを袋に詰めながら訊いてくる。
 ヤンキーっぽい高校生と、眼鏡で真面目そうな大人の二人組は、兄弟に見えるのだろうか。
 空乃は、お姉さんに囁くように身を乗り出して言った。
「友達以上恋人未満っす」
 それを聞いたお姉さんはきらっと瞳を輝かせ、「頑張ってくださいね」と応援してくれる。
 「頑張ります」と応じてレジを離れながら、隣の行人を見る。
 ほのかに頬が赤い。でも怒っている風ではない。
 あんな昭和的フレーズで照れるとか、可愛すぎだろ。
 にやけながら、先を歩く行人の背中に話しかけた。
「ユキちゃん、怒ってんの?」
「怒ってない」
「照れてんの?」
「照れるか」
 照れてるくせに。んで、俺のことまんざらでもないくせに。
「俺、恋人目指していいんだよな?」
 ストレートに訊くと、行人は脚を止めた。
 通路の半ばだったので、空乃は行人の腕を引いて、陳列棚の影に引き込む。距離を詰める。
「これ、はたから見たらリーマン狩りだろ」
 行人は目を逸らしたまま薄く笑った。
「茶化すなよ」

 嫌われてはいない。それは分かる。好かれている。それも分かる。
 でも付き合う相手とは見られていない。この人は、どうでもいい相手とは何でもするけど、「特別」は作らない。その理由は分からない。
 どうせ、前にこっぴどく振られたとか酷いことをされたとか、そんでもってそいつが忘れられないとかなんだろうけど。
 空乃は奥歯を噛む。
 そいつ、ぶっ殺してやりてえ。 

「もっかい聞くけど。俺、あんたの恋人になりたいって、思ってていいんだよな? 望みはあんの?」
 こんな風に逃げ場を無くして問い詰めるみたいな聞き方したくない。
 あんたがこんな風に一緒に買い物に来てくれる以上、望みがないって言われても、引き下がるほど根性ナシでもないけど。
 でも、俺はガキで、俺もあんたも男で、不安なんだ。

 店内は賑わっていて、照明は明るくて、色んな国の言葉のアナウンスが流れている。
 今、このロフトの中で、ツレをこんなに困らせてるのは、俺だけだろうな。
 行人は俯いて黙っていたが、やがてまっすぐに空乃を見た。眼鏡越しの瞳は黒くて綺麗で、ずっと見つめていたくなる。
「俺は、君のこと」
 声が震えていた。瞳には水気が滲んでいて、唇は何も塗っていないのに色づいている。
 話しかけた行人の唇を、ゆっくりと唇で塞いだ。衝動ではなく、確信を持って。
 至近距離にある行人の目が見開かれる。
 逃げようとする行人の手首を掴んで、キスしたまま囁いた。
「やっぱ、聞きたくない」
 伝えてから、唇を離して、手首も開放する。
 行人は辛そうに顔を歪めて、小さな声でごめんと言った。その今にも壊れそうな表情に、空乃は泣きたくなった。

 この人が、好きだ。すげえ年上でも、男でも。
 どこが好きなのかなんて、考えても分からない。好きなところ100個言えって言われたら、すぐに言える。でも、そんな言葉はどれも核心ではない。
 ただ、好きで仕方がない。今、この場で、壊れるほど抱きしめて、叫び声を上げたくなるほど。馬鹿みたいに。

「ごめん」
 空乃は同じ言葉を口にした。行人は首を傾げる。空乃が謝る意味が分からないというように。
 ごめんな、こんな好きになって。
 空乃は店内の天井を見上げた。
 蛍光灯が眩しい。大きく深呼吸をしてから、笑顔を作った。
「ユキちゃん。腹減らねえ? 弁当箱買ってもらったし、昼飯は俺が奢るからさ」
 手に持った袋の中で、二つの曲げわっぱが触れ合い、かたりと音を立てた。
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