ヤンキーDKの献身

ナムラケイ

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Sorano: 俺が好きなのは。

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 電話をするからと突然足早に去って行った行人は、明らかに様子が変だった。
 ほとんど視線を合わせてこないかと思えば無言で塔子を凝視したり、挙動不審極まりない。
 藤森のおっさんを見ると、アイスコーヒーを啜りながら、仕方ねえなあというふうに肩をすくめている。というか、にやついている。面白がっているのだ。
 追いかけたかったが、ワゴンの周りには次のお客さんが群がっている。メニューの可愛らしさに反して野郎率が高いのは、塔子のメイド服効果だ。
「アイスミルクティーください」
「俺は抹茶ミルクで。うわ、君、めっちゃ可愛いね」
「ありがとうございます。お二つで800円です」
 容姿を褒められ慣れている塔子は淡々と客を捌きながら、空乃を睨んだ。
「追いかけないの。電話とか、嘘でしょ」
「いや、でも客いるし」
「みのりにヘルプ頼むから」
 言うなり塔子は手早くスマホを操作する。頼もしい限りだ。
「悪い、んじゃちょっと抜ける」
「借りだからね」
「りょ」
 走り際に藤森を見ると、「頑張れよー、若者」と呑気に手を振ってくる。むかつく。

 ラインは既読にならず電話にも出てもらえないので、校舎を闇雲に探し回った。
 アマゾンで買った4千円の執事服は仕立てが悪くて走りづらい。2-Aに走り込んで、キッチンの宮内敦にジャケットを預けた。
「敦、ユキ見てないよな」
「ユキ?」
「近間サン」
「ああ。ちょっと前に覗きに来たけど、校庭で会わなかったか?」
「会ったけど。いや、いいわ、サンキュ」
「ちょっと三沢っち。塔子からヘルプ申請あったけど、あんた何してんの」
 角を立てるみのりに両手を合わせて謝る。
「悪い、緊急事態!」
「はあ?」
 走り去る空乃の後ろ姿に、みのりはぽかんと口を開ける。
「三沢っちがあんな焦ってんの初めて見た」
 その隣で、敦が頷く。
「だな。良い傾向だ」


 中庭の隅のベンチで、行人はぼんやりと座っていた。
 見つけて安堵するとともに、無性に腹が立ってくる。
「ユキ!」
 呼ぶと、行人の肩がびくりと震えた。
「空乃」
「こんなとこで何してんだよ」
「いや、ちょっと休憩」
「じゃねえだろ!」
 声に思わず怒気が孕んだ。中庭の生徒達が何事かと目を向けてくるので、行人の手を引いて校舎裏へ向かった。
「どしたん」
「何もないよ」
 そう答える行人は全然何でもなさそうではないので、無言の圧力をかけてみる。
 目力入れて行人を見つめると、怯んだように目を逸らされる。
 本当、面倒くせえ人だ。その面倒くささも含めて好きになったのだから、最初から負けている。
「ユキちゃん。俺言ったよな、言葉にしないと伝わらないって。怒んねえから、言えよ」
 行人は言いにくそうに唇をもごもごさせていたが、やがてぽつりと言った。
「さっき一緒にいた子」
「塔子のこと?」
「すごく、可愛かった」
 空乃は目を点にする。意味が分からない。
 何がどうなってそういう話になる。
「ちょい待ち。ユキちゃん、ゲイなんだよな」
 何故女子高生の容姿に関心を示す。
「そうだよ。それで、おまえはそうじゃない。彼女、おまえと、すごくお似合いだった」
 行人はそう言って俯いてしまう。
 合点が行くと共に、怒りが再燃する。
「っとに、面倒くせえ」
 ぼやくと、行人の瞳が歪む。
「俺は面倒くさいし、こじれてるし、ゲイのおっさんだよ。だからおまえはやっぱりああいう子と付き合った方が。綺麗な子だったし、名前で呼んでたし」
 付き合い始めてからも、行人は時々入らなくてもいい負のループに自ら飛び込んで、自虐的になる。
 これだけ献身的に尽くしているというのに。
「ああ、もう!」
 流石にかちんときて、空乃は校舎の壁に拳を打ち付けた。
「ユキ、それ以上言ったらマジで殴るからな。女じゃねえから手加減しねえ」
 本当に殴られると思ったのか、行人がぎゅっと目を閉じる。
 空乃はその顔から眼鏡を外してから、頬を両手でびたんと叩いた。じんと掌に痺れが走る。
「痛い」
「痛くしたからな」
「空乃。ごめん」
「あのさあ、俺、何百回も言ってるよな。俺が好きなのはユキだけだって」
 畳んだ眼鏡を行人のポロシャツのポケットに差し入れる。
「うん」
「なんで信じられないの」
「信じてる。けど、きらきらしてるおまえ見ると、不安になる」
 気持ちは分かる。
 空乃だって、行人がゲイだと分かっていても行人と砂羽が二人で飲みに行くと聞くと嫉妬するし、今日だって、自分から誘えと言ったくせに藤森と行人が並んでいるのを見ただけで舌打ちしたくなった。
 行人を好きになってから、知らなかった感情をたくさん知った。
 綺麗な気持ちも、汚い気持ちも。
 空乃たちがよく溜まり場にしているから、この校舎裏には誰も近寄ろうとしない。
 人気のないのを一応確認してから、空乃は行人に口づけた。すぐに離れて、頬を指先で撫でる。
 こんなすべすべした肌をしておいて、よくオッサンとか言えるものだ。
「じゃあ、次不安になった時は、逃げないでそう言えよ。不安なくなるまで何回でも好きって言うから。っつーか、抱き潰すから」
「え、それは勘弁」
 そう言う行人は気分が安定してきたのか、落ち着いた顔をしている。
「なんでだよ」
「おまえ、ただでさえ激しいだろ」
「DKだから」
 空乃は笑って、電話無視すんのはナシな、と付け加える。
「出たくない時は、出たくないって言って」
「それ、もう電話出てるだろ」
「はは、それな。ユキ、もう平気?」
「うん」
「俺、そろそろ戻らないと。塔子とみのりにしばかれる」
 空乃は立ち上がって、ズボンの尻をはたく。
 機嫌は治っていそうだが、もう少しフォローしておこう。
「ちな、俺、友達は男女関係なく名前呼びしてっけど。空乃って呼ばせてるのはユキちゃんだけだから」
「あ、宮内君も三沢って」
「そ。女みてえだからあんま呼ばれたくねえの。でも、あんたは特別。呼ばれると、嬉しい」
 言いながら、空乃は苦笑する。俺がこんな甘い台詞吐いていると知ったら、高陵のヤンキーどもは卒倒するだろうな。
 行人は頬を染めて黙っている。遊びまくってたくせに、こういう純情なところが可愛い。
「あと塔子。あいつ確かにこのへんでも有名なくらいの美少女だけど、中身おっさんだから。俺が朝眠そうにしてっと、お隣さんと励みすぎじゃないか、とか男口調で言ってくんだぞ」
 行人は想像できないというふうに眉をしかめ、それから叫んだ。
「おまっ! あの子に俺のこと話してるのか」
「突っ込むのそこかよ。仲良い奴ら4人にだけ話したって言ったろ。あ、あと姉貴にも」
「気まずすぎる。もうあの子と顔合わせられない」
「なんでだよ」
 今日の行人は感情のふり幅が大きい。
 休日で、高校の文化祭なんていう非日常空間だからかもしれない。こういう小さな諍いも、後で楽しい思い出だと懐かしめればいい。
 もう少し二人でいたかったけれど、さっきからポケットのスマホがうるさい。
 見るとライン通知が14件。
 塔子に事情を聞いたのか、みのりからは、しばらく戻らなくてよいという有り難いメッセ。
 最新のラインは野球部のキャプテンからだ。
「うちの焼きそばまずすぎる。全然売れねえ。助けてくれ」
 空乃は思わず吹き出す。画面を見せると、行人も笑った。
「行ってやれよ」
「そうすっか。ユキ、後で食べに来てよ」
「うん。あ、空乃」
 去ろうとした空乃の袖を、行人が引く。
「ん?」
「服、似合ってる」
 不意打ちに顔がにやける。この人のこういうところが好きだ。
「カッコいい?」
「カッコいいよ」
 褒めてくれる行人の指先を取って、空乃は膝を腰をかがめる。騎士がするように、愛を込めて手の甲に口づけた。
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